夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
三千万年前は現代地質学的な分類においては、新生代・漸新世・ルペリアンに分類される。
細かい時代ごとの詳細は流石に判別が難しく、新しい学術的根拠が発掘される度に見解がひっくり返ることも珍しくはないが、一つ確かなことが言える。
新生代は陸上では恐竜の生き残りが絶滅し、海中ではアンモナイトや海生爬虫類などが絶滅し、地球の生態系が一変した時代であるということだ。
漸新世は大まか3400万年前から2300万年前を指すが、前半部(ルペリアン)において、地球の環境激変が起こったと考えられている。
気温が急激に下がっていき、約2900万年前には海面が150mも下がったのだとか。
前時代にメタンハイドレートの大量放出があったと考えられていることもあり、大気の組成までもが影響を受けていたらしい。
当然ながら、数え切れないほどの生物種がこの時代に滅亡したと考えられている。
虎や狼、ライオンのような強い大型哺乳類の祖先が登場し、しかし同時に植物食性の哺乳類が大型小型を問わず絶滅していった。
クジラの祖先のほとんどが絶滅し、生き残ったごく一部が現代のクジラの祖先となった。
多くの動物が絶滅する中、霊長類は環境に適応し、猿が世界中で大きな進化を遂げていく。
突然変異じみた生物も、この時代多く生まれたという。
この時代の大量絶滅は、地球史の中でも相当に目立つものの一つであり、その原因として考えられているものが一つある。
『地球外原因説』である。
隕石や彗星、あるいはもっと別の―――
この説を唱えている者は本当に多いが、肯定材料も否定材料も決定的なものがないために、主流説にもトンデモ説にもなれていないというのが現状である。
たとえば三千万年前に、地球を闇で覆い、気温を下げた何かが居たなら?
環境を激変させ、海面を150mも下げるほどの何かが、海に居たなら?
陸と海で数え切れないほどの生物を絶滅させた何かが……空から降ってきて居たなら?
その規格外が地層の堆積すら滅茶苦茶にして何の痕跡も残していかなかったのなら、もはや西暦の時代の人間では影を踏むことも敵わないだろう。
気付けばまた、"それ"に滅ぼされる。それだけだ。
この星は三千万年前にあたる漸新世に、何かが決定的に変わってしまった。
ほぼ全ての命は闇を恐れる本能を獲得し、それが子孫に継承されていった。
星と神だけがそれを記憶したまま、海の底で何かが眠ったまま、未来に至っている。
象徴の敗北は、一敗ではなく百敗、あるいは千敗にも匹敵する。
三分しか戦えないウルトラマンを順次出す継投だってそうだ。
"ウルトラマンティガがまだ居る"という気持ちが希望になり、力になる。
"ウルトラマンティガは誰にも負けない"という気持ちが不安を消し、弱さを無くす。
人々と一体化した『光』は『心を力の形にするもの』であったのだからなおさらだ。
心の光がそのままウルトラマンの光の強さになり、闇を相殺する力になるのであれば、この時代のウルトラマンの光は絶望や悪徳などによって弱くなる。
そういう意味では、ティガは負けてはならなかった。
彼の敗北は、万の敗北にも匹敵していたのだから。
分かっていたから、ティガは腐敗を貫き、皆の前で誰よりも強い無敵の戦士を演じてきた。
けれど負けてしまった。決定的に、どうしようもなく負けてしまった。
だからもう、保たない。
通常の生物の多くが絶滅する中、劣勢に入れば止まらない。
自然の化身たる自然神達の中でも力が弱い神々は、あっという間に消滅した。
天の神と呼ばれる天体神達は天体と地球を分断しながら飲み込んでいく闇に力を削がれ、地の神と呼ばれる神の力の源である地上の自然も死に絶えていく。
独立した神性は闇の力で消滅を迎え、あるいは汚染されて狂っていった。
神話の時代に君臨する外宇宙の邪神に、神々は一柱、また一柱と朽ちていく。
鬼神・スクナ鬼は寡黙な神であり、古い在り方の神だった。
人に一切何も与えず、人に何も求めない。
無言なままにただ其処にある神。戦闘のみを権能とする戦闘の神である。
戦闘が得意であるがゆえに、他の神に請われてティガに戦闘指南を行い、万年の鍛錬を息を吐くようにこなす神の武術を叩き込んだ。
乗り気ではなかったスクナであったが、飲み込みの早いティガへの指導に徐々にのめり込み、最後には"ゼペリオン"を伝授し、免許皆伝の証として神々の力を宿した紋章を渡した。
だが魂も肉も陵辱する闇に触れ、狂い、壊れ、染まり、狂える二面鬼・宿那鬼と化した。
穢れし荒御魂となった彼を、ティガはゼペリオン光線で殺した。
多くの戦神を失った鬼神神群の長は次代の鬼神が継ぎ、地の神群に加わったという。
動物神群の期待の若手ガーディーは、犬の形で顕現した神であり、ティガをよく援護してくれるウルトラマンと仲が良かった。親友だったと言ってもいい。
そのウルトラマンとガーディーは共に戦場を駆け、ティガ達ほどでないにしろ戦場で活躍し、また巨人と神々の友好の橋渡しになっていた。
また変身していない時は人間と子犬サイズにまで戻るため、平時は仲良くしている人間と子犬にしか見えず、ティガともかなり仲の良い友人だった。
そのウルトラマンに許可を貰って、ティガは何度かガーディーを撫でたこともある。
ある日の、戦闘終了後。
地中から、戦闘中に闇に飲まれていたそのウルトラマンとガーディーが見つかった。
全身からミミズのような寄生虫が這い出ていて、全身と捕まえている触手が一体化して一つの肉になっていて、もうその一人と一匹が助かる可能性がないのは明白だった。
食い荒らされている、としか言えない惨状。
責任を取り――それが彼の取るべき責任だったかは大いに議論の余地があるが――ティガは二人を、セルチェンジゼペリオンで痛みなく殺した。
神樹ギジェラは、地の神の筆頭であった。
神々を生む地母神にして、この星に永らく存在し続ける植物と夢の神。
どの神よりも慈悲深いと評されたギジェラは、人々を守る神の樹であった。
人に幸せを与える力を持ち、心を癒やす夢をもたらすことができ、地上を強大な光で照らす、誰よりも人の幸せを願う地の神だった。
いっそ人間らしさすら感じる"人の幸せを理解しそれを願う神"は、ティガの尊敬と親愛を一身に受けていて、ティガからの好感が最も大きな神だった。
撤退戦で殿を務め海に引きずり込まれたギジェラは、深海から帰還した頃にはもう、全ての善性を失っていた。
人々を脅かすかつての神。慈悲は反転し無慈悲となって、されどその本質は変わらず、ギジェラは狂った善意で全ての人間と神々を幸せな地獄へ運ぼうとする。
ティガの未来がどうなってもいいという覚悟で全ての神々の力をティガに集約し、ギジェラの多くを焼き払うことで、人類はなんとか生き残ることができた。
居なくなって、居なくなって、居なくなって、居なくなって。
命懸けの戦いを奇跡的にくぐり抜け、闇が空を覆う夜を越え。
また、夜が来る。
若き神々を高天原に残し戦いには参加させず、戦場に赴き人とウルトラマンに力を化していた天の神々は、三柱しか残らなかった。
神々はもはや人類の生存圏全体の防衛に回れるほどの数も余力もなく、ここに来てティガの体と命を考え実行に移さなかった手段を取った。
『ウルトラオーバーラッピング』である。
ウルトラオーバーラッピングとは、光が持ち込んだ技術。
カミーラと一体化した光は多弁相応に多くの智慧をカミーラに与えており、その中にあったのが多くの力をウルトラマンに束ねる技術であった。
神々の力を加護として与えていてももうおっつかない。
ティガを主体に力を一体にする必要がある。
しかしながら、それはティガの命を失いかねないものであった。
大きな力は命への負担が大きい。
やれば成功するか死ぬかのどちらかであり、中間はない。
よほどの戦闘の才がなければ不可能と言い切れるものであった。
造化の三神は手法に吟味に吟味を重ね、アマテラスが彼に与えた三つの加護に目をつけ、そこを基点にできる限り絞った最小の力を注ぎ込んだ。
その甲斐あって、ティガはなんとかギリギリ細い綱を渡り切る。
そして得た力こそが、
一戦闘に一度、マルチに戦えるタイプ、力を活かせるタイプ、速さを高めたタイプへの切り替えができるようにした。
個人レベルで見れば気休め程度の強化であったが、戦略的に見ればティガの戦略的柔軟性と生存率が高まることには大いに意味があった。
ティガの命を懸けた強化であったが、これのおかげでまた世界は延命する。
だがそれは同時に、ティガが果たすべき役割が爆発的に増えることも意味していた。
しかししょうがない。
他にその役割を振れる存在が居ないのだ。
英雄神も、人の英雄も、もう残ってなどいない。
ティガがやるしかない。やるしかないのだ。彼がやらなければ、世界は滅びる。
そしてティガは勝ち続けて……けれど、ティガ以外は振り落とされていく。
人が死んで、死んで、死んで。
神が消え、自然が消え、星が穢れ。
何が来ても、ティガは負けない。
戦争で負けても、戦闘で負けない。
敵味方の全てが負けても、ティガだけは一度も負けないまま、最強のままだった。
日本神話の特徴の一つとして、"神話の初期が薄い"、"始まりの神の描写が少ない"という指摘がされることがある。
神話は世界が何故存在するかの理由付けや、権力者の箔付けに使われるため、始まりにあった神の描写や世界創世のくだりをしっかりとする傾向がある。
しかしながら日本神話はそのあたりの描写がかなり少ないのだ。
最初に降臨した天之御中主神などはほとんど描写がなく、それとほぼ同時にあったという天地開闢もほとんど語られない。
描写が一気に増えるのはイザナギ、イザナミの世代に入ってから。
相対的に見れば、アマテラスの父であるイザナギの世代に入るまでの描写は不自然なほどに少ないと言える。
これに関しては日本神話が各地の文献や伝承を当時まとめたものだから、つまり断片的な情報を想像で補って繋ぎ合わせたからだと言われている。
だから伝承が多い神の記述部分だけが膨らんでいる、というわけだ。
アマテラスが皇室の祖として扱われ、時の権力者の権威付けに使われたのも、このあたりの描写の多さ・信仰の強さなどに源流がある。
ただし、その他にも理由があった。
天之御中主神の時代に生きた神とそのほとんどは……
神は居ない。
記録もない。
誰にも覚えられていない。
誰も覚えていない自然の形があって、その自然の神を誰もが覚えていなかった。
誰にも覚えられていないのなら、生まれなかったのと同じなのではないだろうか。
神は忘れない。
人のような忘却の悪癖を持たない。
いつまでも、いつまでも、覚えている。
神が人を覚えていてくれるなら、誰が神を覚えていてくれるのだろうか。
意志ある闇が、"北極大陸"を捕食した。
かつてそこにあった氷雪の大陸が、そこに築かれていた美しい漆黒の王国が、人々が積み上げていた文明が、ウルトラマンと神に祈っていた人々が、消し去られる。
それを見て、ティガは泣きそうになった。
いずれこの領域がまた極点の寒さによって氷に覆われようとも、ここに北極大陸が戻ることはなく、また文明が蘇ることもないだろう。
そして大陸を飲み込んだ闇が、それを倒そうとしていたティガ達の方を向く。
次の標的はカラータイマーが点滅しているウルトラマン。そしてそれを支える神々。
ティガは咄嗟に前に出て、放出された膨大な闇の奔流を相殺し、後方のウルトラマンや戦艦の人間達を守りきった。
しかし周囲全てが闇に包まれ、何もかも見えなくなってしまう。
闇の中からは千や万では収まらないほどの数の、怪獣の笑い声が響いていた。
『くっ』
もはや声すら通らない、音すら響かぬ"闇に侵された"世界の中で、ティガは声を張り上げる。
『ダーラム! ヒュドラ! 他のウルトラマンを守りながら下がれ!』
思念波に乗せた声は届くが、命令を聞いてはもらえない。
『そういうところが嫌いなんだよ! 黙ってろ! 死ね! 敵を道連れに死にやがれぇ!』
ヒュドラが多くの怪獣を吹き飛ばしながら闇を突き抜け、ティガの隣に辿り着く。
その足はもう取れかけていて、それを見たティガの心が痛む。
彼をここに誘ったのはティガだから。
一緒に戦ってくれと願ったのはティガだから。
その傷は、ティガのせいでもあるから。
だがヒュドラはそんなことは全く気にしていないようで、ティガと背中合わせに構える。
互いの背中を守りながら、互いが互いを守りながら、息を整える。
無数の怪獣が殺到してくる。
ティガは全身傷だらけで、ヒュドラは足がもげそうなだけでなく、よく見ると内臓にも届きそうなほど深い切り傷が背中にあった。
二人共活動時間は残り一分も無く、あといくつか傷が増えれば命の喪失に届き得る。
それでも戦う。
今は、まだ、隣に友が居るから。
『カミーラと一緒に生きて帰るって約束してんだろうが!
裏切るのか!? ああ!?
それでお行儀のいいウルトラマンティガ様は平気かって聞いてんだよ!』
ヒュドラの叫びには、命を絞り出すような響きがあった。
ヒュドラの風が怪獣を切り裂き、闇を吹き散らす。
その隙間にティガの光線がねじ込まれ、怪獣を爆散させながら光が散らばる。
周囲の闇が光に押され、遠巻きに闇の中でも目立つティガの光を見たウルトラマン達が、僅かに希望を取り戻した。
ティガさえ居れば希望はある。
ティガさえ。
ティガさえ、生存していれば。
そんな思考が、常識のようにそこにある。
けれど、ヒュドラはそんなことを考えないで戦っていた。
女との約束くらい守れと、二人の風を合わせながら叫ぶ。
『オレは他人を裏切るのは気にせずやるが、他人の裏切りは許さねえんだよ! クソ野郎!』
そして、合流に成功する。
『行くぞ、ティガ、ヒュドラ……
『遅れたわ。逆転しましょう』
「ティガ先輩、ユザレです、ここまで近付いたら聞こえますか?
南東の守りが薄いです。
ここを突破しつつ他のウルトラマンを誘導してください。
一旦闇を抜けてから残存戦力を再構築、この闇が他の大陸に行く前に消さないと……!」
腕にも腹にも穴がいくつも空いているダーラム。
体の色んなところが焼け焦げているカミーラ。
血まみれの体を包帯でどうにか覆っているユザレ。
全員が満身創痍だが、もはや負ける気がしなかった。
……もう、守る戦いは負けで決まっているとしても。
倒す戦いでまでは負けられない。見逃してやるには、この闇は大きすぎる。
『ヒィーハァッ! いいぜぇ、ノッてきたぜぇ!』
『……皆、死ぬなよ! ゼペリオン―――光線ッ!!』
光が、闇を貫いていく。
神すらも脱落していく無限の戦禍があった。
昨日も、今日も、明日も、こんな戦いばかり。
最悪な日には、雨粒の数と怪獣の数がさして変わらない日すらあった。
ゾイガーが空を埋め尽くすことで作られた曇り空があった。
地中の無数のゴルザにより、地盤ごとマグマに沈んでいった首都があった。
新型の怪獣による環境汚染で国家レベルで食料が尽き、餓死していった国があった。
一つの街の死体全てが、踊りながら邪神を称える肉人形に変えられた。
明日も、明後日も、その先もそんな戦いばかりになるだろう。
だから、そこには孤独が出来る。
誰もがその横に並べない英雄は、一人になるしかない。
まずユザレとカミーラがついていけなくなり、他のウルトラマン達と共に振り落とされた。
ダーラムとヒュドラは、心の力一つで食らいつく。
他のウルトラマン達が全員脱落してもなお、ティガの奮闘に助力する。
銀色の光を、虹の端の光二つが追いかけていく。
一人にさせてたまるかと、心の底で吠えながら、ティガの死闘についていく。
それでもなお、最後まで立っているのは、ウルトラマンティガだけだった。
ティガは微睡みの中にあった。
そこにバシャリ、と音が鳴る。
水から何かが上がるような水音だった。
それを、他人事のように、夢の中の音を聞くように、ティガが遠い音として聞いている。
「……ん」
ティガの頬をぺちぺちと叩く、誰かの手の感触。
それでティガは目を覚ます。
目を覚ましたティガはずぶ濡れで、夜の砂浜の上に横たわっていた。
眼前にはティガ同様ずぶ濡れのアマテラスが居て、ティガの頬を叩きながらじっと見ている。
ティガはぼんやりと、寝起きに近い頭で思い出す。
海上で戦い、全力を尽くして。
三分を使い切ってしまったので、アマテラスの力を受けて無理矢理生命力の限界点を越えて、命を燃やす20秒を得て。
それで無数の怪獣を内包する闇の塊とぶつかって……おそらくは、気絶して、海に落ちた。海に落ちたティガをアマテラスが海から引き上げてくれたのだろう。
そこまで思い至ったところで、ティガはハッとして、アマテラスに礼節を示しつつ、戦いの結末を聞く。
「……アマテラ、ス。……! 結果はどうなりました!? 僕はやつを倒しましたか!?」
『……』
「アマテラス?」
『倒しました 今日もまた あなたのおかげで 世界は救われました ありがとう』
「……そっか。ああ、よかった……」
『……』
ほっとするティガは、アマテラスの視線の意味に気付かない。
『あなたは 本当に よくやっています』
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
『他の地域と見比べれば
尚更に分かります
あなたは素晴らしい
あなたの影響を受けた者も素晴らしい
此処が一番戦えている 他の所は もう気概がない もう保たない』
「失礼ながら、それは違うと思います」
『なぜ』
「皆頑張ってます。
皆懸命です。
だから僕は戦えるんです。
僕はたまたま、皆の助けになれる人間に生まれただけ。
この時代の皆の頑張りを無駄にしないために、僕は生まれたんだと思っています。
皆頑張ったから、皆一生懸命だから、未来を掴めたんだと……そう言いたいんです」
『ふむ なるほど 理解しました 皆 頑張っている……』
「そうですとも」
アマテラスは神の服の袖で、海水に濡れたティガを拭こうとする。
少し拭いたところで、陽光で乾かせばいいことに気付き、光で互いの服を乾かした。
感謝の言葉を述べるティガを見て、アマテラスは少し得意げに胸を張っているように見えた。
「そういえば、前の戦い……
あれ、なんだったか分かりましたか?
なんというか……急に何もかも上手く行かなくなったみたいな」
『わかりません
明らかに何かがおかしい
おかしいのですが 神の目をもってしても わからないのです』
「闇の特性……ですね」
『闇とは見通せぬもの
その向こうが見えぬもの
隠すものでもあり
見えないからこそ 恐怖を生み出すものです
邪神は 闇に覆われた領域のどこかにいます
しかし 見つかりません
見つかったならば ティガをぶつければ それで勝てるのに』
「勝てるかは分かりませんが、勝ちますよ。
場所さえ分かれば勝ってきます。
僕、他人との約束破るの苦手なんです。あはは」
『信じます あなた自身はきっと どんな絶望にも負けはしない』
「ありがとうございます。その信頼に応えてみせます」
ティガは立ち上がり帰ろうとするが、立てない。
足に力が入らない。
体を支える腕がもうこれ以上動かない。
指が震えて、指をこれ以上曲げる力も残っていない。
深く呼吸をするのが難しくて、浅く早い呼吸を繰り返すしかなくなっている。
この状態のティガが海に放置されていたら、ティガは無敗を維持したまま、海で溺死していたことは間違いないだろう。
「本当にありがとうございます、アマテラス。
あなたのおかげで僕は生きて帰れます。
皆で生きて帰るという約束を守れる。
何より、チィちゃんの下に帰るという約束を守れる。
あの子を一人にしないであげられる……また、あの子の笑顔を見られる……」
カミーラのことを語るティガの言葉に、アマテラスは穏やかな声色で反応する。
『それが愛 ですか』
「……そうかもしれません」
『最近 正式に恋人になったと ユザレから聞きましたが』
「……………………………………はい。
ええと、その、アマテラスからすれば、シノクニの子は気に入らなかったりしますか?」
『いえ』
言いにくそうにするティガに対し、アマテラスは淀みなく、本心からの言葉を告げる。
『あなたが愛しているなら まあ いいのではないでしょうか』
「!」
まあ、いいか、と。
今日までずっと、ティガを必死に守り、ティガを一途に愛し、ティガを懸命に幸せにしようとするカミーラを見てきたアマテラスは、そう思えるようになっていた。
『結婚するなら 神前式で 私の前で どうぞ』
「それ天照大御神様に愛を誓うやつではないですか?」
『その通りです』
「……よく人間を学ばれたようですね。日々成長を感じられます」
『神の前に愛を誓えば その愛は永遠
片割れが不慮の事故を迎えても
神はその誓約を見届けています
神が見届けた誓約は 永遠に人の愛に勝る
あなたが仮にどこかで死んでも 私が代わりに彼女を見守ります』
「まだ結婚とかそういう話をする段階ではないので、後でお願いします、はい」
神の倫理はよくわからない。
が、人が神に求めるものが神のルールであるとも言える。
アマテラスは神の倫理の上で、最大限の好意を表明していた。
体が動かないティガを、アマテラスが癒やしの光でゆっくりと治していると、そこに小型の飛行船が飛んでくるのが遠目に見えた。
それを見て、ティガは雲の微笑みを浮かべる。
「そろそろ来ると思ってたよ、ユザレ」
『見なくても 分かるのですね』
「わかりますよ。こんなに速く僕を見つけて来てくれるなら間違いなくユザレです」
その言葉からは、揺らがない確かな信頼が感じられた。
彼の感情の塩梅を、天照は正確に理解することができない。
人が神を理解することは難しい。
同時に、神が人を理解することも難しい。
両者の間には常に感覚的な不理解がある。
ティガのカミーラへの感情と、ティガのユザレへの感情は、アマテラスから見ればひどく見分けがつかなくて、パっと見ただけでは違いが分かりそうになかった。
ダーラムやヒュドラなら、『全然違う』と言うだろう。
されど未熟な神にはまだ分からない。
ティガから二人の少女への信頼、友情、愛情、親愛、尊敬、責任感、罪悪感、相互理解……全ての度合いが違うというのに、それらが混ざり合い神の目から見てもどれがどれだか分からない。
ティガがカミーラを選んでユザレを選ばなかった理由も、アマテラスには分からない。
それはもしかしたら、ティガ自身にも分からないことなのかもしれないが。
飛行船が降りて来て、そこから人影が飛び出して来るのをティガは見た。
「ユザ島、今日もありが……」
「ティガ!」
「チィちゃん!?」
しかし飛び出してきた人影は、ユザレではなくカミーラだった。
カミーラは勢いよく飛び出して、立ち上がれないティガに飛びつくように抱きついて、その胸に顔を埋める。
ティガが無事で無かったらそのまま自殺していたかもしれない、とすら思わせる勢いだった。
それは、ティガが決して死ねない理由の一つ。
「心配……心配した……」
「ごめんね、心配かけて。
でもほら、約束したでしょ。
君と無事に帰るって。
何があっても君のところに帰るって。
どんな時でも君のピンチには駆けつけるって」
「うん」
「僕は君を置いて行かないよ。だからほら、ちょっと離れて……」
「いや」
苦笑するティガが、離れようとしないカミーラの髪を優しく撫でている。
二人の"愛"を尊重して、アマテラスの横でユザレがそれを眺めていた。
「あれは今夜カミーラと先輩、キスくらいするかもしれませんね、アマテラス様」
『下品』
「あ、すみません……」
『私のティガは無責任な婚前交渉なんてしない』
「この女神圧が強い」
ユザレは立ち上がれもしないティガからカミーラを引き剥がし、ティガを背負って船に乗せ、ダーラムとヒュドラが待つ本拠地に帰還した。
ティガが礼を言って、「ユザ島じゃないんですが」とユザレが返す。
カミーラが羨ましそうにそれを見ている。
それを見ていたアマテラスは、ますますティガがカミーラを選んだ理由が分からなかった。
邪神による地球掌握率、58%。
その次の日も。
その次の日も。
その次の日も、その次の日も、その次の日も。
ティガは戦った。
まだ傷の癒えない仲間達を置いて、続く戦いでまた負傷した仲間達を置いて、戦場でついていけなくなった仲間達を置いて、一人きりで戦った。
ティガは仲間を頼り、仲間を信じ、仲間の力を借り、けれど本当の窮地にはティガに誰もついていくことができず、ティガは一人で戦った。
その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も。
ティガは戦っていた。たった一人で。
仲間達が全身揃って戦線に復帰した頃には、百人を超えるウルトラマンが死んでいて。
邪神の闇は地球の七割に及んでおり。
空間圧縮技術が無ければ、とうの昔に人類は残り少ない土地で圧死していただろう。
1000億を超えていた人口は、既に700億を切っている。
カミーラ達が戦場に赴いた時、そこには小山よりも大きな、積み上げられた無数の怪獣の死体があって。
そして、ティガがいつものようにそこに居た。
死の数歩手前の体で、負傷と疲労が他人に見えることだけは絶対に避ける小細工をして、元気に溢れた立ち姿で仲間を迎え、雲のように微笑んでいた。
ヒュドラは虚ろな目で、天井を見上げていた。
体を預けているソファーがなんとも頼りない。
だらりと全身から力を抜いて、ヒュドラはソファーに全身を預ける。
ダーラムは全身の傷がまだ塞がっていないのに、包帯まみれでダンベルを上下させている。
ユザレは皆の分のお茶を入れ直している。
カミーラは不安からティガに次々と不安と恐怖の言葉を漏らして、カミーラに膝枕をしているティガがそれを聞いてあげている。
カミーラが一つ不安を漏らすたび、ティガが勇気の言葉でその不安を拭ってやっていた。
いつもの光景だった。
少し前まで、日常ではなかった光景だった。
ヒュドラは立ち上がり、舌打ちし、近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。
「クソが」
空っぽのゴミ箱が転がり、壁に当たり、カミーラがビクッと反応した。
叱ろうとしたユザレを手で制し、ティガが立ち上がる。
ヒュドラとティガが向き合うと、傷だらけのヒュドラと、傷一つない無傷のティガの対比がよく目に入る。
……その無傷が、神の加護による視覚的幻惑による見かけ上のものでしかないことを、ヒュドラは知っている。
「ヒュドラ、どうかしたのかい? 物にあたるのはあまりよくないよ」
「あ? うるせえな、鬱陶しい。話しかけて来んなよ。
馴れ合ってて忘れたのか? オレがテメエを嫌ってることを」
嘘だ。
もうヒュドラはティガを嫌ってなんかいない。
ただ対抗心が混ざった尊敬があって、ティガと共に戦っていきたいという使命感がある。
だからこそ、ヒュドラは彼の隣で戦えない今の自分を嫌っていた。
嫌いなのはティガではなく自分だ。
それをティガが嫌いという言葉に置き換えて口にしている。
本当に嫌いなのは、普段は偉そうな口を叩いているくせに、最後まで仲間と共に戦えない弱い自分なのに。
素直にそう言えば、ティガに気を使わせてしまう。
ティガの隣がもっと遠ざかる。
だから言えない。
言えるわけがない。
傷は癒えず、想いは言えず、ただ自分に対する憎しみだけが募っていく。
戦場でティガが数え切れないほど自分を助けてくれていることに感謝しているのに、それを言えばまたティガの横が遠ざかるから、それも言えない。
罪悪感と、無力感と、劣等感と、感謝と、そして自責。
そんなヒュドラを前にして、ティガはいつも揺るぎなく、雲の微笑みを見せる。
「さあ、どうだろう。
そんなこともあったような気がするね。
でも僕は、ヒュドラが僕をどう思ってくれてるか、それを勘違いしてるつもりはないよ」
その言葉に、ヒュドラは嬉しさを感じた。
そして一瞬で、嬉しさが悔しさと怒りに変わる。
ひねくれたヒュドラのことを理解していなければ言えないセリフ。
ねじくれたヒュドラに感謝していなければ言えないセリフ。
ヒュドラがティガを嫌っていないことを分かってくれていて、"嫌い"という言葉すら流してくれるティガに、ヒュドラは嬉しくて、悔しくて、自分が情けなくて、「なんでオレはこいつと同じになれないんだ」と、「なんでオレはこいつと対等になってやれないんだ」と思って、体が持つ攻撃性の欠陥が抑えられなくなってしまって。
ヒュドラは思い切り、目の前のティガの頬を殴った。
衝動的にそうしてしまった。
我慢なんてできなかった。
カミーラが息を飲み、ダーラムとユザレが反射的に取り押さえようとして、ティガが二人を手で制して止める。
「ヒュドラ!」「……」
「大丈夫、皆座ってて」
ティガはまた、ヒュドラに微笑みかける。
自分に居場所をくれた大切な友のその微笑みに、ヒュドラは耐えられない。
怒ってほしかった。
役立たずと罵ってほしかった。
自分と本音を出し合って喧嘩をしてほしかった。
何もかも我慢して何もかも許すのではなく、抱えたものを吐き出してほしかった。
ティガを助けてやれない役立たずのヒュドラというウルトラマンを、その力で叩きのめして、かつての思い上がりを粉微塵に砕いてほしかった。
ヒュドラは、ティガの両親が殺されその死すら侮辱されたあの戦いですら自分を罵倒しなかったティガに、自分を罵倒してほしかった。
自分を許し、何もかも抱えながら走っていくティガの痛ましさに、耐えられない。
ティガの微笑みに、それを向けられる価値などないと思ってしまい、苦しみが増す。
だから殴ってしまった。
なのに。
ティガは微笑んで、ヒュドラを許してしまう。
ティガはヒュドラを大切に思っているから。
大切な友だと、大切な仲間だと認めているから。
だから許す。
それがヒュドラには耐えられない。
ここまで自分を救ってくれる友に、自分が何ができたのか―――そう思うだけで、ヒュドラは死にたくなってしまう。
「ははは、ヒュドラだってそんな日もあるさ」
「……っ」
「うん、まあ、ほらね。
皆疲れてるんだよ。
皆よく頑張ってくれてるから、その証さ。
ありがとう、いつも皆のおかげで、僕はたくさん助かってる」
その微笑みが。
その許しが。
ヒュドラを苛立たせる。
何もできない。ヒュドラには何もできない。
自分の敗北のせいで両親が殺され、あんなことになったティガに、『泣きゃいいだろ』と言ってやることすらできない。
だってティガが泣けば、誰もが崩れる。
辛うじて維持できている戦線も間違いなく崩壊する。
さっきまでティガが堂々と励ますことで心の安定を得ていたカミーラなんて、ティガが弱音を吐いてしまえば、どうなるかも分からない。
今、ティガへの信心とカミーラの指揮が失われれば、皆死ぬ。
それでは本末転倒だ。
だからもう、ヒュドラに言えることはない。
出来ることもなにもない。
戦場でいつものように戦うのが精一杯だ。
ヒュドラが弱いから、遅いから、何もできないから、ヒュドラは言ってやりたいことを何も言ってやることができない。
ティガに親が殺された悲しみを吐き出させることしかできない。
親が死んでも象徴としての姿しか他人に見せられないこの少年に。
15歳の誕生日を戦場で迎え、そんな余裕がないため誰にも祝われないまま連日の戦いを続け、二ヶ月後にようやくユザレに祝われていたようなこの少年に。
報いる方法を、ヒュドラは知らない。
女の子を元気付けるためにいつだって格好良く在れる男と、そんな男に八つ当たりした自分の差が、あまりにも情けなくて情けなくて、歯を噛み砕きそうになってしまう。
「頼りにしてるよ、最速のウルトラマン。
昨日の戦いはヒュドラのおかげで助かった。
君の最速の救援がウルトラマンを20人は救ったんだ。
これは大きいと思うよ? 僕もとても助けになったと思ってる」
「―――」
けれど、それでも。
もうこれ以上八つ当たりなんてしてられない。
ティガを傷付けることなどもってのほかだ。
情けない自分はここで終わらせねばならない。
こんなにも自分を見てくれている男を前にして、情けない自分をこんなにも必要としてくれてる男を前にして、ヒュドラはひねくれた雑魚のままでは居られない。
「クソッ」
ティガに背を向け、ヒュドラはどこぞへと去っていく。
「このオレをこんなにもみじめな気持ちにさせるのはテメエだけだ! 見てろよ……!」
「ああ、見てるよ。いつも」
ティガの期待が重かった。
ヒュドラはその期待に押し潰されそうになる。
その期待をもう何度か裏切ってしまっていることも、分かっていた。
それでも、ティガが背負わされている期待の重さを考えれば―――綿毛のような軽さだと、そう思えた。
戦って、戦って、戦って。
今日もヒュドラは戦う。
彼はウルトラマンヒュドラ。
ウルトラマンカミーラが操る両翼、ウルトラマンダーラムの相棒、ウルトラマンティガを支えるチーム・トリガーが一人。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
シノクニ防衛戦で虹色のメッシュが入った髪の男を、百人ほどの人間とまとめて助けて。
「あ……ウルトラマン! ありがとー!」
似たような虹色のメッシュの髪の子供と、他の子供達がたくさん入っているバスを抱えて、怪獣から距離を取って救う。
「ありがとうございます、ヒュドラ様……!」
「ありがとー! ウルトラマーン!」
そして逃した先で父娘が再会するのを見て、改めて感謝されて、それに悪い気がしない。
『へっ、シノクニの人間も礼が言えるんだな……
……いや、カミーラみたいなやつが多いならそれも当然か』
次の日も、次の日も、次の日も、そうして戦っていく。
随分とオレも変わったな、とヒュドラは思う。
救えた命を一つ一つ数えていく。
救えなかった命を数えるのはもうやめた。
それはもう、とっくの昔にキリが無くなっていたから。
今はただ、ティガの僅かな救いになるかもしれない、そしてヒュドラの心の支えになる、救われた人の数を数えていく。
人を救い、怪獣と戦い、二人の風を起源とするウルトラマンは戦っていく。
ダーラムの援護に入ったところで、ティガが何気なく声をかけた。
『ヒュドラ、もうちょっと頑張ってみようよ。
今諦めるには残ってるものが多すぎる。
僕らが諦めることで失われるものが多すぎる。だから、ね』
守れた命を数えながら、まだ生きている人の数を数えながら、ティガは嘯く。
家族を守れなかった少年がそんなことを言う。
ヒュドラの胸は軋み、されど怒りに似た力が湧いてくる。
『テメエが言うのかよ、それを』
ヒュドラの横で、ダーラムが力強く頷き、ティガが嬉しそうに頷き返していた。
ダーラムは無言ながらに、いつもティガと通じ合っている。
だからこそティガの親友なのだと、事あるごとにヒュドラは肌身に染みて理解するのだ。
言葉なくとも、その意志は自分と同じであるだろうと、ヒュドラは分かっている。
『だよな、ダーラム。
……いいぜ、付き合ってやる、最後まで。
待ってろよ。すぐ追いついて並んでやる。死ぬ時は全員一緒で前のめりだ』
『いいや、僕が目指すのは全員生きて未来に行くことだ。訂正しなよ、ヒュドラ』
『どっちだって同じなんだよ! ヒャハハッハァッ!』
そして、三人はまた戦場に身を投げた。
今日のところは、カミーラを除いて。
現在の戦闘はシノクニ防衛戦から転じて、本土東北の沿岸部へと転戦していた。
邪神の怪獣は次々と新型を投入しており、現在は海の水がある限り不死の怪獣、他の怪獣の装備怪獣になる怪獣、光線を吸収し反射する怪獣などが跋扈している。
それが海の底で無制限に増殖しており、おそらくは海の底に邪神の端末が存在しているのだと考えられている。
ティガ達は連日連夜それと戦い続け、どうしようもないほどに疲弊していた。
質、量、頻度を並立させる海岸線からの攻撃は、根底を絶たなければ勝ち目がない。本丸の端末を潰さなければいつかは負ける。
「おいティガよ、早く本丸見つけられねえのか?」
「もう少し食い止められれば、本丸を見つけてみせると技術開発部は言ってる」
数日前。
ティガは迷っていた。
どうにかして戦場という気の張り詰める場所から自分以外のウルトラマンを離脱させ、普通の休息をそれなりに取らせ、抜本的に疲れを取らなければならない。
疲労で皆のパフォーマンスが落ちすぎている。
これでは勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
決定権はティガに与えられていたが、ティガはそこに僅かな私情を混ぜるかどうか、心底迷っていた。
皆疲れている。
ならば最初に街に帰して休息を取らせたウルトラマンの生存率がもっとも高くなるだろう。
だが、それは、少し悩ましい。
悩むティガに、ダーラムが親友らしく必要な言葉を投げかける。
「言え。無理をしろと。
俺は受ける。承諾する。
そして言え。
カミーラを一旦帰らせ、休ませると」
ティガはダーラムらしくもない長台詞にびっくりするが、それが気遣いだと理解し、その気遣いを受け取るか迷う。
「チッ……おい! オレの休みを後に回すなら、その分長くしろよ!」
ヒュドラの遠回しな承諾に、思わず素直に微笑んでしまうティガ。
二人の後押しを受け、ティガは恋愛感情に起因する、ほんの少しの贔屓をした。
「交代交代でちゃんと休もう。
いくらなんでも毎日激戦すぎる。
ぼ……皆このままじゃ体が保たないだろうから」
"僕はともかく"と言いかけて、それを言わないことで、周りが自分にかける心配の言葉を生み出さないようにする少年が居た。
言いかけた一文字だけで、それを察した二人の男が居た。
あえて突っ込まないでいてやる優しさが、二人にもあった。
少し、眉根を寄せはしたが。
カミーラが帰還することが決定し、順次ウルトラマン達が休息を取るスケジュールが組まれていき、ティガと一緒に休めないことが不満そうなカミーラを、ティガがなだめすかして送り出す。
指揮官たるカミーラの疲れを取るのは、贔屓を抜きにしても重要だ。
戦略的・戦術的な勝率が天地ほどに違ってくる。
それでもカミーラは、ティガと一緒に休みたかったようで、ちょっとばかりむすっとしていた。
「いつでも呼んで。もう私もウルトラマンよ。
私は、確かに……
いつもティガの助けを期待してた。
ティガがいつも来てくれると信じてた。
でももう昔の私じゃないわ。
今度は私が助ける番だから。
ティガが困ってたら、今度は私が駆けつけるから……だから、またね」
そんなことを言っていたカミーラだったが、別れ際に抱きしめられ、顔を真っ赤にしていた。
「もう……もう!」
「あはは。もう夏だから、抱きしめるのは流石に暑いね」
「誰のせいだと……! ……ティガは本当に、もう……嫌いになれないんだから……」
カミーラはまだまだ、ティガ相手に恋愛的優位を取れる日が遠いようだ。
そして、終焉の音が鳴る。
かつての戦争に負けた者達は、代々子孫にまで教育をほどこした。
自分達は正常だと。
人間は悪性があってこその人間だと。
悪性を克服した人間など人間ではないと。
悪いこともしてしまう自分達こそが人間らしい人間で、いつだって隣の人に優しくしようとするシノクニの外の人間は、もう普通の人間なんかじゃないのだと。
善悪あってこその人間であり、我々こそが正しい意味で人間なのだと。
そうしてできた、悪性の塊のような武装集団が在った。
悪性の遺伝子は、歪んだ思考の源泉である。
善人の子孫も悪になる。
善人だった人間も環境と不運で悪になる。
どんな人間も教育を用いれば悪性に純化される。
ウルトラの星の光の国のウルトラマン達のように、悪性を完全に乗り越え、40万年無犯罪の国を作る段階まで行かなかれば、永遠に悪は一定数の派閥を作り続けてしまう。
恨みは思想になる。
教育は常識になる。
悪性は邪悪になる。
それを、心に作用する邪神の闇が強化し、狂化し、教化していく。
世界中の人々が攻撃的になり、悪意的になり、短慮に走り反社会性を持ちやすくなっていく。
真っ先に効果が強く現れたのは、当然ながらシノクニだった。
邪神の闇は見通せぬもの。
神の目からすら隠し切るもの。
邪神の加護を得た者達は『邪神カルト』となり、善良な全ての人類と神々に気付かれぬまま、シノクニでずっと準備をしてきた。
反乱の準備である。
邪神がけしかけた無制限の怪獣による攻撃で、ウルトラマン達がほとんど動けないタイミングを狙って、邪神カルトは善良なる人々の街を襲った。
地の神に守られていた人間が天の神を崇めるカルトに走った、などではなく。
天地の神とウルトラマンに守られていたシノクニの中で生まれた、海の神を崇める邪神信奉者のカルトであった。
善良なるこの時代の人々は、シノクニの人間達にも慈悲深く接していた。
悪性が証明されていても同じ人間だと扱い、支援を欠かさなかった。
怠け者達が生活保護を求めるのが絶えないシノクニの財政を維持していたのは、誰もが勤勉だったシノクニの外の人間達の税金だった。
余計なことにこだわり効率化できないシノクニの人間の食料を提供していたのは、余計なこだわりや執着を我慢して捨てられる、シノクニの外の人間達の食糧生産地だった。
頑張っているから豊かなシノクニの外と、悪性や反社会性ゆえに無駄が多いシノクニの平等を求める人権活動家の主張に譲歩し、シノクニとの平等を測った。
犯罪がなくならないシノクニに対し、犯罪がなくなりつつあったシノクニの外の人々は、警官の派遣などでシノクニの治安向上にも貢献していた。
過激派達が決起した時、その後に続いたシノクニの人間達は、「彼らが優しいから生かしてくれている」だなんて思っていなかった。
「あいつらが何もかもを独占しているから俺達は幸せになれないんだ」と思っていた。
異常な教育を施された『司祭』達に追従した『愚民』たちは、今この世界を守っている光の者達を全員殺せば、自分達が幸せになれると思ったのだ。
仕事の中で失敗失敗、毎日叱られ、それを「自分にはもっと相応しい職業がありそれをあいつらが独占してるから、俺はシノクニで不幸になってるんだ」と思い込もうとした者が居た。
衝動的に他人を殴り、それゆえ刑罰を受けた者が、「あいつらが善人気取りのルールを押し付けてきてるからだ」と逆恨みを抱いていた。
「ウルトラマンも怪獣もデマ、ペテン、富の独占の偽装」と信じ切っている者が居た。
「本来が俺達の民族が世界を自分の物としていて、奴らはそれを奪った盗人だ」と、誰かが創作した話を信じ、自分の生まれを信じて疑わない者が居た。
「いつか僕は報われる、だって僕はこんなにも真面目で頑張ってるんだから」と、特に頑張ったこともないまま信じ込んでいる者が居た。
「幸せな奴らが破滅するのが見たい」という衝動を持つだけの者が居た。
誰かが「ようやく私の時代が来た」と叫んだ。
どこかで「愚かだねえ」と誰かが呟いた。
「やめろ」と誰かが止めた。
「俺達が苦しいのは世界が悪いんだ」と。
「だって僕は頑張ってるもん」と。
「私は何も悪いことをしていない、だから誰かが悪いに決まってる」と。
「儂の不幸は幸せそうな奴、成功した奴らのせいに違いない」と。
「今の世界を壊せば、政権を変えれば、全てが良くなるはずだ」と。
闇に煽られ、人に煽られ、邪神カルトに煽られて、人々は熱狂に飲み込まれながら、『隣の人が殺してるから私もできる』くらいの状態に陥れられていく。
『司祭』に連れられ、シノクニの人々は善良なる人々の街に攻め込んだ。
人間の正義をそこにもたらすために。正しい平等をもたらすために。……"嫉妬"、ゆえに。
そうして、街一つ丸ごと全員が惨殺された街に、休息をしにきたカミーラがやって来た。
「え……なに、これ……」
死体が並んでいる。
まるで、花畑のように。
死体で作った花畑が、街いっぱいに広がっていた。
死体はそれぞれ別の加工を施され、あたかも色とりどりの花が咲き乱れる美麗の風景のようで、けれど決定的にそれの真逆だった。
殺された人達が棒で突き刺され捧げられている。
一人は生で、一人は焼かれ、一人は内側から爆裂し、一人は折りたたまれ、一人は石化し。
死体が街路に沿って並べられ、咲き乱れている。
溶けた死体が街を流れている。
生きたままオブジェにされた人達が、悲鳴を上げ続ける演奏機に改造されいる。
手足を切り落とされ全身の皮膚から虫の幼虫のような触手が生えた人間が何十人も、泣きながら街を転がっている。
共食いをする肉塊の中に、虹色のメッシュが見える。
善良な人間だけではない。
邪神カルトはシノクニの同胞すらも『生贄』にしていた。
ウルトラマン達が逃した人間を丸ごとさらい、怪獣の餌にし。
ヒュドラが助けた人間をさらって、怪物に改造し。
ダーラムが守った人間の脳を改造し、潜入員とし。
ティガが愛した人間達を、邪神の手下に成れ果てさせた。
そんなことを、彼らの奮闘の裏でずっと繰り返していた。
ずっと、ずっと、ずっと。
ウルトラマンに守ってもらいながら、ウルトラマンにありがとうと声を上げながら、その裏で、ずっと、この日のための準備をしてきた。
いあ、いあ、いあ、と音がする。
いあ、いあ、いあ、という声に聞こえる。
火が放たれ、善良な人々が愛したものが次々燃え尽きていく街の中で、善良な人々だったはずのものが肉塊となって踊っている。
「うっ」
カミーラが凄惨な光景に吐き気を覚え、口元を抑える。
まだ邪神の加護はある。
邪神の闇は全てを隠し、神にもウルトラマンにも気付かせない。
ゆえに、カミーラは、この世界のウルトラマンで初めて気付いた者となった。
「まさ、か」
最悪の手品の、種明かしに。
「
邪神の闇は見通せぬもの。
神の目からすら隠し切るもの。
邪神の加護を得た者達は『邪神カルト』となり、善良な全ての人類と神々に気付かれぬまま、シノクニでずっと準備をしてきた。
『邪神召喚の準備』である。
今は邪神カルトと呼べる彼らは、気の遠くなるほどの長い間、一発逆転を狙っていた。
もうこの世界は善と光の勝利で終わりかけている。
善良なる人々には付け入る隙はなく、そのまま次の世代の人類へと進化していくことに疑いようはなかった。
そしてシノクニの人間は、昔は普通の人間と呼ばれていたもの、今は次世代の人間に進化できなかった出来損ないとして、永遠に負け犬になる。
善良な人々はそうは思わないだろう。
彼らはそんな醜悪さはとうに卒業している。
そう思うのは、シノクニの人間だ。
遺伝子の悪性が残っているから、劣等感に支配され、自分達の方が生命として劣っているという事実に狂い、優れた者の破滅を願い、その足を引っ張ろうとする。
シノクニの人間だけが、シノクニの人間を負け犬だと言い切って、シノクニの人間は負け犬だと思われることに激怒してしまう。
シノクニの人間が見下し、シノクニの人間が怒り、シノクニの人間が行動を起こす。
旧時代の人間としてはあまりにも自然な、あまりにも普通の醜悪。
だから呼んだのだ。
全てを壊し、全てを滅ぼす、宇宙の彼方の邪神を。
『司祭』達はこのまま終わるのでなければどうでもよかった。
あの幸せそうなやつらが不幸になればそれでよかった。
あの楽しそうなやつらが滅びればそれでよかった。
神に祝福されたやつらが苦しめばそれでよかった。
順当に神を超えた善良な次世代生命体になるはずだったやつらが、泣き叫びここまでの生涯を後悔し、自分達を見下したことを後悔すればそれでよかった。
このままいけば自分達は負け、善良な彼らが勝って終わるだけ。
だから、どんな博打でも打つことに迷いはなかった。
そのまま負け犬として終わってしまうより、ずっと良かったから。
邪神も自分を呼んだ者達のことなどどうでもよかった。
まとめて滅ぼす対象でしかなかった。
『司祭』達は儀式で邪神に餌場の位置を示しただけ。
邪神は儀式を見て、『司祭』達に加護を与え、その星にある光全てを消し去りに来ただけ。
全ての光を消し去ることのみを生態としつつ、訪れたその星々で闇の使徒を作り出す生態も持つ邪神は、『司祭』達に加護を与え"闇の者"としたのである。
この世界は。
理不尽な邪神の到来によって滅びが始まったのではない。
どこにでもいるどこかの誰か、旧世代で"普通の人"と呼ばれた人間達によって。
人の心の消え去ることのない闇によって、滅び始めたのだ。
ティガが幸せになることを許さないのは、邪神でもなく、神でもなく、人間だった。
自分が幸せになれないから、自分以外の誰かの幸せがなくなることを願う人間だった。
「ティガに知らせないと……!」
カミーラが踵を返し、街を出ようとする。
しかし遅かった。
カミーラの周囲に、多くの人間達が居た。
その誰もが笑っていて、理性を失った雰囲気を身に纏い、全員が『今日の戦闘でもう変身しているカミーラはもう今日は無力』であると知っていた。
それでも反射的にスパークレンスを抜いたカミーラの手を殴り、落ちたスパークレンスを男達が取り上げる。
誰も彼もが闇と悪に染まっている悪徳の街で、誰の助けも来ない状況で、カミーラを男達がジリジリと追い詰め、囲んでいく。
「えっ、あっ……くっ」
カミーラは美しかった。
少女の頃から容姿が優れてはいたが、成長していくにつれてどんどん美しくなっていき、着飾って街を歩けば振り向かない男はいなかった。
ティガ相手には恋する乙女だが、それ以外の人間に対しては無愛想で、めったに笑顔も見せないクールなふるまいの氷の女。
飛び抜けた容姿と冷たい振る舞いに恋する者も多かったが、カミーラがティガを愛していると知った時点で、誰もが"敵わない"と思って諦めていた。
そんなカミーラが、男達に怯えて、後ずさって、壁に背をぶつけている。
男達の中には、シノクニの同郷が居て、幼少期のカミーラをいじめていた者達も居た。
カミーラを沼に蹴り落とし、木の棒で殴り、淫売の子と罵って、階段から突き落として笑って、小便をかけて家に帰らせた男の子達も、もう随分と大人になってきていた。
かつていじめた女が。
見目麗しい美女になって。
自分達を見下せる偉人、光の巨人という強者となり。
にもかかわらず、自分達にまだビクビクしていて。
脅せば好きにできそうな様子でいる、その姿は。
とても、"そそった"らしい。
彼らがしようと考えたことは、情欲に従った至極自然なものだった。
カミーラの視界に映るのは、邪神の闇の影響で、狂気に飲まれた人間達。
女が好きな男が居た。
傷付く人間の悲鳴が好きな男が居た。
殺人嗜好に目覚めた男が居た。
心を読み、傷を癒やすことができる『司祭』が居た。
外見を見ただけでカミーラに恋していた男が居た。
皆に褒められているティガが苦しむならなんでもいいという男が居た。
年を取って皺が増えた妻の代わりの愛人が欲しい男が居た。
折を見て劣等感を刺激する美人の顔を潰してやろうという女が居た。
強い力を持つ女の心を取り返しがつかないくらいに折るのが好きな男が居た。
ティガが初めて敗戦を迎えた戦いの時の司令部と、邪神カルトの幹部と、この愚かな民衆の中に、
彼らは人の横で、人の欲望と醜悪をずっと肯定する台詞を吐いていた、が。
全てが終わるまで、誰も気付きはしなかった。
「やめて……来ないで……近寄らないで……私を……私を……」
カミーラは幸せだった。
ティガと出会えて幸せになれた。
幸せになれるだなんて思っていなかった彼女を、ティガが幸せにしてくれた。
だから。
「私を……いじめないで……」
"幸せじゃなくなれ"と、闇の中で誰かが言った。
助けて、とカミーラは言った。
誰も助けには来なかった。
数日後。
いつも"他人が見る自分を取り繕う"ティガが、全身血まみれで、怪我だらけで、どのウルトラマンも手に入らない激戦を処理して、駆けつけた時。
そこには。
カミーラと、それを囲む人間達と、『絶対に許せない光景』があった。
「―――あ」
その日、人類の未来を照らしていた、ただ一つの太陽が、沈んだ。
「……今度は遅かったね、ティガ」
ただ一言。
その一言が。
カミーラには傷付ける意図などなかったその一言が。
『光の勇者』としてのウルトラマンティガを、決定的に終わらせた。
「やっぱり私は……絶対に……幸せになっちゃいけなかったのかしら……」
「みんな良い人だから……私みたいな闇の遺伝子がある人間は……生きていることが罪で……」
「……生まれて来なければよかった。生まれてなんて、来なければ……」
茹で上がりそうな夏空の下、守りきれなかった、虐めの果ての地獄に落ちた友が居た。
今にも落ちてきそうな夏空の下、ティガはその者達を虐殺した。
全てが終わった後の更地に駆けつけた軍人とウルトラマン達は、口元を抑えて呻いた。
全てがなくなっていた。
全てが消しされれていた。
善も悪も、光も闇も、そこにはなかった。
ただただ、ガラス化した大地だけが残されていた。
先行調査隊から聞き事態を全て把握していたウルトラマン達だが、それでも驚きは隠せない。
100万人を超えていたはずの大都市は、もう何も残っていなかった。
空気が重い。
雰囲気の話ではない。
圧倒的圧力、絶対的規模のエネルギー。
神が降臨した時、普通の人間は頭を垂れたまま、頭を上げることすらできない。
ここにあるのは、それだ。
その発生源はティガ。
あの柔らかな光はもうどこにも無い。
あの優しげな風はどこにも吹いていない。
ティガに見える何かが、間違いなくティガである何かが……ティガでない何かとなって、そこに在る。
もうかつてのティガは存在しないのだと、誰もが本能で理解していて、けれど誰もがティガのことを大好きで、誰もがティガのことを信じていたから、理性がそれを否定する。
ティガはカミーラを優しく地面に置き、光の者達に向き直る。
その髪は黒く染まっていた。
見るものの気が狂いそうなほどに穢れきった黒だった。
もはやそこに、光はない。
「止まれ! ティガ!」
「なんだ……黒い!?」
「そこを退いてください。カミーラさん……カミーラは、もう手遅れです!」
「計測値が、なんだこれ!?」
「ティガ……計測スカラー値はそのまま、光が闇に……」
「大丈夫だ、あのティガだぞ? 話せば分かるはずだ。皆軽挙はやめろ」
「ティガさん、カミーラを引き渡してください。彼女には闇の遺伝子が大いにあります」
「今回の惨劇を見て、政府は苦渋の決断を下しました」
「ようやくですが、抹殺による遺伝子の排除が決定しました」
「こんな事は言いたくないが、彼女は生きていてはいけない」
「子を残すだけで危険だ」
「こんな悲劇をもう残してはいけない」
「我々が手を汚さねばならないんだ、ティガ」
「待て、皆焦るな、ティガの気持ちも……」
「残しておいてはならない遺伝子だったんだ! 彼女が悪いのではなく、遺伝子が悪い!」
「……これ、本当に、正しいの……?」
「私がやります。他の人にやらせるには、罪が重すぎる」
「カミーラ。ティガを思うなら、そこで自らの命を絶ってくれ。頼む」
「結果が示してしまった。カミーラ、貴様は生きていてはいけない」
「あーもうガサツな男どもはうるさいわね! カミーラとティガの気持ちになりなさいよ!」
「おいあまり時間がないぞ。政府決定は……」
「市民の不安が大きすぎる」
「せめて明確で確実な再発防止策を目に見える形にしなくては」
「犠牲者が多すぎる。それに闇に負けかけてる今また反乱されたら世界が終わるぞ」
「大昔に慈悲を見せて彼らを生かしておいたことが間違いだったというのか?」
「遺伝子の運命に打ち勝つことはできないのか」
「無理だろ、もうどうしたって市民感情がこの遺伝子を持つ人間の生を許せない」
「こんなことに時間かけてられないぞ! 邪神の侵攻はすぐそこまで来てるんだ!」
「説得に使ってられる時間は一秒も無いが、それは分かるが、しかし彼らの心情は……」
「なんでこんなことになっちゃったんだろう。なんで、なんで……」
彼らの言葉を聞き、全ての光を失い空っぽになったティガの胸に、闇の炎がそろりと宿る。
ティガは気付いてしまった。
あるいは、思い込んでしまった。
この世界は人類が次の段階に進化しようとする過度期。
善と悪が人の中で分かれつつある時代だ。
分かたれた善の中ではカミーラは"排除すべきもの"になる。
分かたれた悪の中ではカミーラは"食い物にされる者"になる。
カミーラは善の中でも、悪の中でも、幸せにはなれない。
この時代の光も闇も、潜在的にカミーラを傷付ける性質を持っていた。
ティガという光がカミーラを守り続けていたがゆえに、大して視覚化されなかっただけで。
だから、こうなった。
守りたかった女の子は、こうなってしまった。
ティガがどんなに頑張っても、カミーラの幸せすら守ってやることはできなかった。
『闇』は空から落ち、カミーラをいつか殺す獣の群れ。
『光』は人が選んだ選択を尊重するがゆえに、カミーラの排除に力を貸す。
『善』は世界と平和と未来、そして人々のため、闇の遺伝子を駆逐しようとしている。
『悪』はもはや語るまでもなく、カミーラを害することしかしない。
……ティガですら、カミーラが生き残ってしまえば、子供を残してしまえば、この善なる者達の理想郷で起きた惨劇が繰り返されることを、分かっていた。
ティガ自身ですら、目の前のウルトラマン達の主張の正しさを認めていた。
だって。
今日カミーラを地獄に落としたのは、闇の遺伝子を持つ普通の人間達だったから。
悪性の遺伝子さえ根絶してれば、こんな悲劇は起こらなかったのだから。
遺伝子の善性だけを残そうとする判断は、正しかったのだと言えるから。
今日の地獄を起こした人間を根幹から否定することは、回り回ってカミーラを遺伝子ごと否定することに繋がってしまうから。
全て分かっている。全て理解できている。その正しさを肯定する心がティガにはある。
そんな自分が、ティガは憎くて憎くてたまらなかった。
カミーラを守るための、カミーラのためだけの思考を持てない自分が。
カミーラを傷付ける思考を欠片でも持ってしまう今の自分が、心底憎かった。
ティガは己を憎む。
ずっと自分を憎みたかった。
憎む理由は無数にあった。
けれど、光だったから、そんな闇を持たないよう心がけていた。
ティガが優しく地面に置いたカミーラが、ぼそりと呟く。
「……ごめんね……ティガ……私……あなたを……好きになって……ごめんなさい……」
カミーラの言葉が、どんな刃よりも鋭く刺さり、ティガの心を切り刻んでいく。
ティガの足元のガラス化した地面が、ティガは指一本動かしていないというのに、半径1km弱に渡って粉々に割れた。
目には見えない力の圧が、相対しているウルトラマンの一人の呼吸を止め、膝をつかせる。
「言わせたくなかった」
ティガが手を開くと、そこに闇が集まる。
集まって、集まって、集まって。
地球の七割を覆っていた邪神の闇の、地球の表面三割にあたる闇が、一瞬で手の中に集まり。
喰われた闇はそのまま凝固化し、ティガの手の中で黒きスパークレンス―――ブラックスパークレンスへと形を帰る。
その時、全てが恐怖した。
全ての人間が。
全ての怪獣が。
全ての神が。
この星そのものが。
喉元にナイフの先を突きつけられ、少し差し込まれた瞬間のような、絶対的な死の確信を得る。
それは、終わりの始まりを告げる鐘の音。
「チィちゃんにだけは、そんなことを、言わせたくなかった。ずっと幸せでいてほしかった」
「この世界が。
善なる人々が。
悪なる全てが。
カミーラは生きていてはいけないと言うのなら。
カミーラの遺伝子が悪性だから、カミーラを殺せというのなら」
「俺が、この世界を滅ぼす。―――全て、死ね。天地の間にあるもの、全て」
そうして、『ティガダーク』は生まれた。全ての未来を、踏み潰しながら。
それはきっと、一言で言うならば、『力に溺れた』と表現するのが正しい闇堕ちだった。
許せないことがあった。
消しされない憎しみがあった。
殺せる力があった。
殺すことに躊躇いはなかった。
だから殺した。
殺して、殺して、殺して、殺して。
殺してしまった。
街を一つ丸ごと殺した。カミーラを苛んだ街一つ、全てを殺した。
カミーラを悪と、闇に成るものだと定義し、処刑しようとする光の巨人達も殺した。
ティガとウルトラマン達を敵対させるために軍人に混じって煽っていたシビトゾイガーも、シビトゾイガーだと気付かないまま、人間だと思ったまま殺した。
罪有る人も、罪無き人も。全て殺した。
この世界におけるウルトラマンの力は心の反映。
激情一つで光と闇は切り替わる。
そうなればもう、後は心に宿る闇に引きずられていくしかない。
スイッチがカチッ、と右から左へ動くように、光の英雄戦士は闇の最強戦士へと変じた。
誰もが気付いていなかった。
誰よりも闇と戦っているということは、誰よりも多くの闇に触れているのだということに。
皆を闇から守るということは、皆の代わりに闇を引き受けているのだということに。
何よりも純粋だった銀色は、誰よりも透き通った善性は、いつの間にか、きっかけ一つで闇に落ちてしまうほどに、濁っていた。
ティガの心の芯地の色は、ずっと前から神より邪神に近いものに近付いていた。
アマテラスが地上に降り、光を当て続けられる人の世界に居たのはそのためだった。
それでもずっと焼け石に水。
アマテラスの信頼は裏切られ、ティガの闇が全てを殺す時代が始まる。
ティガは全てを殺し、闇の中へ飛び去った。
この時、カミーラを闇の側へ誘わなかったことが、彼の心に残った最後の光の一欠片だったことに、カミーラはついぞ気付かなかった。
■共生関係
劇場版ウルトラマンティガパンフレット『超古代の設定』に記載されている内容。
邪神ガタノゾーアは闇の巨人(傘下の人間)にシビトゾイガーなど含む力を与え、闇の巨人の歪んだ闇の心によって強大になっていく、とされる。
人間らしい協力関係ではない。
人間が想像する従属関係でもない。
宇宙生命の底辺と頂点、原始生物と神が形成する共生関係である。
たとえば、闇の巨人がガタノゾーアを倒そうとしていたとしても、ガタノゾーアはそれを特に気にすることはない。
闇の巨人の心の闇は全てガタノゾーアの力となるため、本質的に闇の巨人がガタノゾーアを倒すことは不可能に近い困難な事柄であるからである。
闇の巨人が強ければ強いほど、ガタノゾーアもまた強い。
闇の巨人の心の闇こそが、ガタノゾーアを強くする。
同時に、ガタノゾーアがその気になれば、地上の人間の闇・悪性の総量を自分に加算することができるかもしれない……と、解釈することもできる。
地球においてもアリとアブラムシの共生関係は"最低二億年以上"続いていると見られており、『共生』概念とは人類史とは比較にならないほど古来から続けられてきた、神話の時代からの理であると言えるものである。