夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
夢を見た。
遠い夢。
懐かしい夢を、ユザレは見た。
ヒュドラが部屋に入ってきて、きょろきょろと周りを見る。
部屋には掃除をしているユザレしかいない。
小気味いい音がするので窓から外を見れば、サンドバッグをダーラムが叩いていた。
ティガとカミーラが居ないのを不思議に思い、ヒュドラは顎を擦る。
「おいユザレ、あいつらどこ行ったんだ」
「買い物」
「へー、また一緒に行ったのか
ヒヒヒヒヒヒ、あいつら付き合ってんじゃねえ?」
ヒュドラは無礼千万な所作で、ソファーに落ちるように腰を下ろす。
「あの二人最近付き合い始めたわよ」
「ほげえええええええええ!?!?!?!?」
そしてソファーごとひっくり返った。
後方に倒れたソファーがヒュドラを射出し、ヒュドラが床を転がっていく。
立ち上がったヒュドラがユザレに掴みかかろうとしたが、ティガ以外の男に気安いボディタッチを許したことのないユザレの、超速ビンタパリィがヒュドラの手をはたき落とす。
「ちょっと、掃除中に埃を巻き上げないで」
「えっ、はっ!? いや……ん!? いつから!? いやそうじゃなくて……は!?」
「ヒュドラはカミーラのことが好きだったものね。自覚が無かっただけで」
「ばっ……お前っ……んなわけねぇだろ! オレがんなアホな人間なわけあるか!」
「どうだか」
ヒュドラが窓から体を乗り出し、速くではなく重くサンドバッグを殴り続けるダーラムに大声で呼びかけた。
「おいダーラム! ティガとカミーラが付き合っ……ダーラム!」
「
「んなああああああああああ!?!?!?!?!」
ヒュドラが窓から落下し、地面に激突する。
どうやらヒュドラ以外は全員知っていたようだ。
鬼気迫る表情で、ヒュドラはユザレに怒鳴りつけた。
「なんでオレにだけ知らせてねえんだよ!」
「え……ティガ先輩に絶対ウザ絡みする人に私が教える義理ないし……」
「クソが!」
当人のティガとカミーラが言い触らさないのはいいとして、ユザレとダーラムが黙っていたのは完全にヒュドラ除けで間違いない。
ちょっと害虫か何かみたいな扱いに、ヒュドラは傷付く。
そして"許せねえ……ティガの奴……いつだってお前はオレの理想の道を行きやがる……!"とティガに対する怒りを湧き上がらせた。
が、すぐに"こんなんだからオレはダメなのか……?"と冷静になった。
しょぼしょぼしてきたヒュドラは土まみれの顔を拭って、ユザレに語りかける。
「っていうか、お前はいいのかよ。お前だってティガのやつのこと……」
ヒュドラは何気なく、無神経に問いかけた。
ヒュドラの後方でダーラムが渋い顔をして、少々責めるような目でヒュドラを見る。
無神経なヒュドラの言葉の裏には、デリカシーのない気遣いがあるのだが、イマイチそれは誰にも伝わらないものだった。
ユザレはヒュドラの問いかけに曖昧な表情で返す。
微笑んでいるようで、微笑んでいるようには見えない、色んな感情が混ざった顔。
ティガの前ではしない顔。
とても曖昧で、儚くて、春に降り積もった雪のような表情だった。
ユザレはいつも凛々しく毅然としている。
ティガの横に居る時やカミーラと遊んでいる時だけ少女の顔をする子であった。
ほとんどのウルトラマンはユザレを美しくも超然とした勇者と見ているだろう。
だからユザレがこういう表情をしているのを見るのはヒュドラもダーラムも初めてで、ヒュドラは内心困惑し、ダーラムは開きかけた口を閉じた。
曖昧な顔で、ユザレは言い切る。
「いいに決まってるでしょう? この上なくお似合いよ。素敵な少年と、素敵な少女で」
その言葉に嘘はなく、その言葉に迷いはなかった。
間違いなく本心からの言葉だろう。
ダーラムは"自分の幸せより他人の幸せ"を基本に生きているユザレを見て、その姿がティガと重なり、またその不器用な仲間達を守る意思を固めた。
ヒュドラは"一番好きな男が一番好きな女とくっつくのを応援し続けてきた"ユザレに、複雑な感情を抱きながらも、その清廉な献身に憧れに近い感情を抱いていた。
「……お前がいいならいい。オレも知ったこっちゃねーしな、ヒヒ」
ヒュドラはふっと笑んで、ユザレの選択を褒める。
ことはしないで、めっちゃ笑って煽りを始めた。
「いややっぱ煽るわ! ヒッヒッヒ! ざまぁ見ろ! 次はいい恋するんだなぁ!」
「子供か……」
「聞こえんな~? ヒャッヒャッヒャ、ま、ティガで目が肥えたお前じゃこの先……」
ヒュドラが調子に乗って長い舌をぺらぺらと回し、ユザレが呆れた顔で聞き流す。
と、その時。
ヒュドラの肩に手が置かれて、ヒュドラが振り返る。
「おいヒュドラ、今この辺でユザレを傷付けるようなこと言ってなかったか?」
そこに、いつの間にか湧いて出たティガが居た。
「ヒィッ! ホラー!」
ヒュドラの肩を掴むティガの手の力は強くないはずなのに、ヒュドラが全力で逃げようとしてもまるで逃げられない。
手付きが優しく痛みを与えないようにしているのが逆に怖かった。
ティガはいつもの雲の微笑でみで、声は子猫を撫でるように優しい肌触りのままなのに。
「質問に答えろ」
「あ、はい。神に誓ってオレは何も言ってないが?」
「いいんだな? 神に確認取るからな?」
「言ったが何か? ヒャヒヒッ!
オレより遥かに恵まれてる女のくせにウジウジしてんのが気に入ら―――」
「……」
「お、オイオイ、なんか言えよ」
「……」
「……悪かったって」
「言う相手が違うんじゃないかな?
僕は怒ってないし、怒らないよ。
でもね、ヒュドラ。僕はユザレの味方なんだよ、いつもね」
「う……」
ヒュドラは調子に乗ってついつい言ってしまった内容を反省し、バツが悪そうに頭を掻く。
「まあ、何言ったのか知らないけど。
あんまりユザレに好き勝手言わないようにね。
ユザレは君にお仕置きしてるだけで、気にしてないようにも見えるけど……
素の性格が結構乙女だから、皆気付いてないところで傷付いたりしてる子なんだよ」
先輩がそれを言えるかなあ、と、ユザレは誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「……もう二度とこのネタは言わねえよ。それでいいだろ。いいよなユザレ」
「結局謝らないのがヒュドラらしいわね。
ティガ先輩、話してあげてください。
私は傷付いてもないし怒ってもいないですから」
「そっか。ごめんねヒュドラ、勘違いだったみたいだ」
「なんなんお前ら……」
ヒュドラは土をはたいて落とし、庭の隅っこで買ってきた物の荷解きをしているカミーラを一瞬遠目に視界に入れつつ、ティガに嫌味な声色で語りかけた。
「はぁ。ったくよぉ、ユザレと比べたらオレの扱いが軽すぎんだろ」
「ヒュドラのことあんまりにも酷く言ってる人が居たら、その時の僕も同じ気持ちになるよ」
「……けっ」
ヒュドラは照れくさそうに、けれどその照れを隠すように、ティガから顔を逸らした。
ティガは微笑み、「あっ」と何か思い出した様子でユザレの方に行く。
「ユザ島、なんか僕の靴下片方だけ無くなったのが四セット目に入ったんだけど知らない?」
「ユザレ! もう……部屋で探しててください。後から行きます」
「おっけ。助かるよ」
そのまま自分の部屋に行ったティガを見送り、ユザレはとても優しい微笑みを浮かべる。
ユザレの誰にも向けてない言葉を、ヒュドラだけが聞いていた。
「ああいう人なのよ、ティガ先輩は。
私なんかじゃもったいなくて釣り合わないわ」
「あんなだらしねーところのどこに何があるんだよ」
「普段かっこいい人の可愛げ」
「あーはいはい」
ヒュドラも元は善人であり、善人の輪の中に居たはずだ。
今の自分はもうそこに気楽に馴染めない、と前は考えていた。
"こういうもの"を見るたびに、おかしくなったヒュドラの頭は違和感を覚える。
ここは自分の居場所じゃない、と。
オレはこんな善人の輪には馴染めない、と。
善の世界に対する忌避感は、常にヒュドラの内にあった。
けれど今は、"こういうもの"の中に居られることに幸せを感じていて、それは周りの仲間達にも伝わっている。
だからユザレは、ちょっとした失言くらいは許してやるのである。
「アホらし。煽らねえと楽しめもしねえや。
どいつもこいつも我慢しっぱなし、ハッ。
つまんねえ上に苦労しかしねえ生き方だ。なあ、ダーラム!」
「
「ダーラムくん!?」
くすくす笑って、ユザレはティガの部屋に向かった。
ティガのなくした靴下の場所にあたりをつけて、すぐにユザレはそこら中を探していく。
二つ目の靴下を見つけたあたりで、ユザレは話し声を耳にした。
「ユザレが戦ってるのは、僕のせいなんだ」
咄嗟に物陰に隠れて、こっそりと覗き見る。
屋外ベンチに並んで座るティガとダーラムが、ユザレについて話しているようだった。
普段は盗み聞きなどという行儀の悪いことをユザレはしない。
でも、ティガが自分のことを話していると知れば、ちょっとだけ悪い子になってしまうのがユザレという女の子であった。
「昔ね、諸事情あって僕はユザレの家にお世話になってたことがあるんだよ。
昔のユザレは今ほど心が強くなくて、怯えがちで……
戦いが向いてないけど優しい女の子だった。よく覚えてる。ああ、その頃から可愛かったよ」
自分の居ない所で自分の話をしているティガ。
自分が居る時にはしないような話をしているティガ。
それを盗み聞きしていると、ユザレはなんだかむず痒い気持ちになってしまう。
「ユザレは……
ええと……
そうだね、文学少女だったんだ。
遺伝的な問題らしくてね。
ユザレは祖先も子孫も一定の確率で病弱になりやすくなるんだって。
意外かな? まあ今はダーラムにも腕相撲で勝ってるもんね。
子供の頃ユザレの家に行っても、ユザレは僕そっちのけで本にばっかり夢中だったよ」
ユザレは顔を手で覆う。
あれは先輩に好かれる話をしたくて、先輩に嫌われたくなくて、どう話しかければいいのか分からなくて、本を読むふりして先輩のことチラチラ見てただけです……と言えない状況があった。
「すごく女の子らしい女の子だったと思うよ。
正統派の美少女の理想解、ってくらい。
ご両親にも周りの人にも愛されてたなあ。
うん、なんていうか、理想の家族がいる理想の美少女、みたいな」
「
「うーん、久々だからかな。
ユザレが思春期になってからこういう言葉あんま受け取ってくれなくなっちゃったからね」
頬を掻くユザレ。
そういうの面と向かって言ってほしいな、という気持ちと、そういうの面と向かって言われたら耐えられないな、という気持ちがあった。
「まだ『光』が空から来てなかった頃。
神様と、聖剣に選ばれたユザレが人を守っていたよね。
あの時に僕を守ってくれていたのがユザレだったんだ。
彼女は僕の恩人。
今僕がここにあるのは彼女が居たから。
彼女の家族からユザレを一人にしないでやってくれって言われて……
ついていった僕が、空から飛来した『光』に選ばれた。それが始まり」
「
「うん、ユザレもそう思ってくれてると思う」
思ってますよ、何を今更、とユザレは内心で思う。
「だから彼女が戦わないで良い世界を作れるなら、って。
最初はそういう気持ちで変身して頑張ってたなあ。
辛くて泣いちゃった時も、そう思ったら頑張れた。
最初の頃は僕も子供で、戦う理由が目に見えてないと戦えなかったしさ」
「
「……あっ。今の話内緒ね。
昔の僕が泣いてたとかそういう話、今広まるのはあんまよくないから」
「
ティガは気を許しているユザレや、親友のダーラムとの会話では、本音がぽろっと零れやすい。それはユザレも知っていた。
知っていたが、こういう本音を改めて聞くと、嬉しさと申し訳無さが心に浮かんでしまう。
「さばさばしてて、凛々しい剣士だと皆に思われてる。
でも本当は今でもそんなに根っこは変わってない気もするんだ。
ユザレは今でもインドア趣味だし。
本が好きで、恋に興味があって、頭が良くて、優しい……
……そんなユザレのまま、ユザレは頑張ってるんじゃないかって、僕は思うんだよ」
ユザレは胸の奥がきゅっとなって、ほぅと息を吐く。深呼吸すると、心が少し落ち着いた。
「いつも感謝してるんだ。
ユザレはいつも僕が本音を吐き出しやすいように振る舞ってる。
僕が気楽に話せる話し方を心がけてくれてる。
本当にはもっとたおやかで、女の子らしいんだよ。
……僕は。
あの子が戦わなくていい未来をあげたいんだ。
あの子が気楽に、本を読んで、女の子らしく生きられるように、そう……思った」
ティガの語り口を受け、ダーラムは思ったことを口にする。
「初恋か」
「そこまでのものじゃないと思うよ。
ユザレに抱きしめたいとか思ったことないしね、僕。
チィちゃんに抱いた感情とは明確に別だと思う。
うん、違う、だけど……とても大事な人であることに変わりはないんだ」
「そうか」
知っている。
ティガとユザレは、誰よりも互いのことを知っているから。
互いが互いをどう見ているかもほとんど知っている。
そして少しだけ、知らない。
ティガはユザレの一部を知らず、ユザレはティガの一部を知らない。
「僕、思うんだよね。
聖剣に選ばれる人の条件って何だろう……ってさ。
思うに、"未来を諦めない人"。
そして、"決して堕ちない人"。
最後に、"皆の希望になる人"。
そんな感じだと思うんだ。
そういう人が最後にちゃんと幸せになれたら、最高じゃない?」
それでも、互いが互いの幸せを願っていることだけ分かっていれば、十分だった。
そして、ユザレは目を覚ます。
いい夢だった。
もう戻れない過去だった。
大切な人の記憶を思い出し、ユザレは寝床から体を起こす。
「先輩」
寝間着を脱いで、体の各部の状態を確認。
大きい胸を固定する下着を付けて、万が一の時のための生命保護術式を刻み直す。
ここ数年女性らしい成長が続いている体に合わせて、装着は緩やかに。
服を着て、ボタンとベルトを一つずつ止めていき、防護機能が万全かどうかを確認する。
戦闘服の状態のチェックが終われば、マントのようにローブを肩に掛け、普通の人間であれば一瞬で絶命する闇の中でも生きられる光の加護が健在であることを再確認。
ティガに昔誕生日プレゼントとして貰った革靴を履いて、外に出ていく。
一つ一つの過程をゆっくりとこなし、一つずつ、心の覚悟をちゃんと決めていく。
ユザレは全ての報告を受けており、全ての事情を把握している。
「責めるつもりはない。
誰も先輩を責める権利はない。
それでも責めてほしいなら責めるけど……
今はそれは後回しにしましょう。もっと大事なことがある」
そして、集合予定地に集まった皆の先頭に、ユザレは立った。
「ウルトラマンティガを止めます。皆さん、覚悟を決めてください」
最低最悪の、希望を繋ぐ戦いに臨むために。
ティガの闇落ちは、世界中に激震を走らせた。
その影響はまだ未知数であり、加速度的に増大している。
影響が収まるまで待ってなどいられない。
大きすぎる影響の波及を防ぐため、人類は打って出ることを決めた。
ティガは説得に応じるのか。
止められるのか。
殺してでも止めないといけないのか。
そもそも、殺せるのか。
誰も彼もがこの先の未来に仄暗い不安を持ちながら、それでも世界の未来のため、自分達が生きる明日のために参戦していた。
その不安を、対ティガの戦いに参加を拒絶したヒュドラ、ダーラム、カミーラの三人の不在が補強する。
ユザレはアマテラスからの言葉―――信託を受けている。
『神々は 高天原と人の世界の間に天岩戸を置きました
まだ確かな話ではありませんが
今戦っている 神が消えれば もう援軍の神は来ないと 思ってください』
「……え」
『すぐに 分かります 今が どうなっているのか』
こんなにも光のないアマテラスを、ユザレは見たことがなかった。
元気がなく、希望がなく、威厳がない。
もう何かが致命的に終わってしまった実感は、ユザレの中にもある。
それでも諦めることなどできない。
神が諦めても、人は諦めない。
ユザレは未来もティガも、どちらも諦めてはいなかった。
『あなたを頼りにします
私にはまだ 人間が分かっていない
少しは分かったつもりになっていました
でも ティガがああなって 私はもう 人間を理解できる自信がない
人間の善き部分を信じられない
人間の些細な悪性が 以前より目につくようになってしまった
もう 人間を どう見ればいいのか どう分かれば良いのか 分からない』
ユザレはアマテラスの現状に胸が痛くなる。
神の倫理には、神の信頼がある。
神と人との契約は、古今東西侵してはならないもの。
破ることは許されない。
ウルトラマンティガが闇に堕ちたことは、光の太陽神であるアマテラスの神の心に、入れてはならないヒビを入れていた。
『ティガが信じたあなただけが 希望です』
「最善を尽くします。アマテラス様」
『…… そう言ったティガも 結局は ……』
「……私は先輩を信じています。今もです」
皆が力を合わせ、心を合わせ、ある街の城壁に並び、遠く彼方の闇を見る。
そして、地獄の蓋が開いた。
肉が舞っていた。
ウルトラマンの肉が。
命と光が形になった肉が、宙を舞っていた。
雨のように、ウルトラマンの肉片が降り注いでいた。
ここに来るまで、ティガダークは進行ルート上に存在する闇を片っ端から喰らい、その力を爆発的に増やしながら、全ての怪獣を爆散させていた。
胸のカラータイマーに光はない。
活動時間に制限がない。
遅延戦術すら取れなかった怪獣達は、あっという間に粉微塵にさせられていた。
邪神の闇がもう、ティガの力を増すためのブーストにしかなっていない。
そのまま街に突っ込んだティガを、ウルトラマン達が迎え撃った。
いや、迎え撃とうとした、というのが正しい。
出会い頭に放たれた無数の八つ裂き光輪により、まずウルトラマンが三十人ほど消し飛んだ。
光線の精密射撃で迎え撃ったウルトラマンがいた。
光線を切り裂いた八つ裂き光輪に両断された。
バリアを張って仲間ごと守ろうとしたウルトラマンがいた。
バリアごと、仲間ごと、全員切り刻まれた。
大地を操り、大要塞一つ分のサイズと合金の強度を持つ壁を作ったウルトラマンがいた。
無数の八つ裂き光輪に壁は解体され、中のウルトラマン達もまた解体された。
一瞬で"恐怖"を植え付けたティガを見て、思わずウルトラマンの一人が笑った。
『―――あ、はっ、ははっ』
皆分かっていたはずだった。
ティガの強さを。
その最強を。
無敵になるまで鍛え上げたその力と技の全てを。
分かっていたけど、分かっていなかった。
ティガが
誰も、想像していなかったのだ。
『うわああああああああああ!!!!』
二十を超えるウルトラマンが、ティガを包囲し、光線を撃とうとする。
それを目にして、ティガは片手を上げ、全身を赤熱化させる。
そうした、次の瞬間。
ティガを包囲していた二十のウルトラマンの体が、内側から爆発した。
闇に堕ちる前にティガが使っていた"ヒートハッグ"を、より高みに押し上げた技。
体を赤熱化させ、周囲全ての敵へのエネルギーラインを作り、そこに膨大なエネルギーを流し込むことで爆発させる。
ウルトラマン達が全員、肉片となって飛び散っていく。
「おいおい」
誰かが言った。
「誰だよ……あいつを……ティガを止められるなんて言った奴……」
もうダメだ、と。
「人が神になるには二つ。
英雄神か、怨霊神。
崇められてそうなるか、恐れられてそうなるか。
英雄が反転した果てに……ここまで冥府魔道に落ちることができるのか……」
残るウルトラマン達は100も居ない。
ティガは全身に力を入れ、吠えた。
瞬間、ティガの全身から闇の弾が無数に撃たれた。
撃たれた弾は一瞬にして空へと舞い上がり、一つ一つが小隕石の激突をはるかに超える威力で街に降り注いで行く。
上がる悲鳴。
救いを求める声が千切れ飛ぶ。
命乞いをする人々が肉片になっていく。
ティガを憎み責める声が、爆発音に飲まれて消えた。
庇い合う親子を潰し、泣く赤ん坊を消し、祈る老婆をバラバラにして、誰も彼もを殺して、殺して、殺して、殺していく。
今、ティガが殺した地球人口の総数は、ちょうど100億人を超えた。
西暦の時代の地球であれば、とっくに全人類が絶滅に至る殺害数。
地球の現人口が600億を切っても、ティガの虐殺は止まらない。まだ、まだ、止まらない。
『―――街を守れッ―――!!!』
一人のウルトラマンが叫び、ウルトラマン達が、神々が、一斉に前に出た。
広域干渉が得意なウルトラマンが街を守る。
自分の体を守れるサイズのシールドしか作れないウルトラマンが、シールドを張りながら超高速で空を飛ぶ。
神々もまた、自ら降臨して人々を守る盾となる。
地上ではウルトラマン達と連携している軍人達が、街の生き残りを避難させようと懸命に車両で人を運んでいる。
人と、神と、ウルトラマンが、それぞれの使命感と責任感から完璧な連携を行い、力なき人々を救って回っていた。
『そう、それでいい』
そう、ティガが呟いた、その瞬間。
ウルトラマンの首が十個ほど、体から離れて落ちた。
落下していく首と体が街に衝突し、数万トンの重量が高所から落下したことで、街は壊れ、多くの人間が死んでいく。
悲鳴が上がる街の上空で、ティガがまた一つウルトラマンの首を切り落とした。
街を守るウルトラマンや神々を、ティガが背後から襲ったのだ。
完全に意識の隙を突いた、反応すら許さない殺戮技巧。
誰よりも人助けが得意なウルトラマンティガが反転すれば、それは誰よりも虐殺が得意なティガダークへと変じる。
ティガは一瞬で街の人間を消し飛ばすこともできた。
そうしなかったのは、こうした方が効率がいいと考えたからだ。
人も神も、人を見捨てることはできない。
だからこうすれば、一番効率良く全部殺せる。
街の外に逃げ出すことに成功した人間に光線を撃って念入りに殺し、空からの闇の弾丸を防いで人を守るウルトラマンを八つ裂き光輪で切り裂いて、ティガは無言のまま知らしめる。
一人も逃さないと。
生存など許さないと。
全員、殺すと。
戦慄したウルトラマンの一人が、震える口で言葉を漏らす。
『……最悪、だ』
まだ空から降り注ぐ闇の弾丸の脅威は続いている。
十以上のウルトラマンが消えたことで空いた防衛の穴から降り注ぐそれらが、泣き叫ぶ子供を、その子供を助けようとしていた地上の軍人を消し飛ばす。
選択肢はない。
神々とウルトラマンは残った面々で人々を守りながら、数体の神を抽出し、ティガダークを包囲して一撃の下に無力化せんとする。
神が攻撃する、その一種に、ティガは体を闇に変える。
0質量の闇になったティガは光と同等の速度で神二柱の背後に周り、闇を纏った両腕で神の胸部を背後から貫いた。
まるで砂の城に水を流した時のように、流し込まれた闇が神の体をぐずぐずに崩し、その神性ごと崩壊させていく。
『え あ う』
『あ え…… おっ』
『神の殺し方はもうコツを掴んだ。世界に神が存在できる存在の枠を潰せばいいだけだ』
バラバラになった神の残骸を闇に巻き込んで、ティガは腕を振る。
近場に居たウルトラマンが五人、強制的に爆発させられ、その肉片が街に降り注ぐ。
響く悲鳴。
絶望の声。
折れる心。
生きて逃げることなどできようもない人々が、空のティガを見上げて恐れていた。
もはやこの地上のどの神よりも恐れられ、憎まれ、嫌われる、光を消し去る黒き神。
「クソッ……ウルトラマン達を援護しろ!」
『ティガ、お前どうしちゃったんだよ!』
『優しい心を取り戻してくれ! 君はそんな者ではなかったはずだ!』
『待ってくれよ……ボクまだ、ティガに命を助けられて"ありがとう"って言ってないんだよ!』
『止まれ、止まってくれ、止まってくれよ、私だってまだ伝えてない感謝がいっぱい―――』
全て、潰した。
全て、消し去った。
話しかけてくる全てを。
邪魔してくる全てを。
立ちはだかる全てを。
無情に、無慈悲に、無理解に、ティガダークは消し飛ばす。
最前線でティガが邪神とその手先から受け続けた闇。
無理をし続けたティガの心に蓄積していた闇。
そして、カミーラへの蛮行が生み出した、何よりも大きな闇。
自分を憎み、全ての人間を憎み、世界を憎み、運命を憎み、何もかもを憎む今のティガダークは闇の純度で全ての悪を上回る。
誰よりも強い光は、人々にとって誰よりも頼れる仲間だった。
誰よりも強い闇となり、人々にとって誰よりも恐ろしい敵となった。
全ては、反転している。
心は闇に染まり、暴走する。
感情は常に爆発し、もうどうやっても止まれない。
記憶は欠落し、大切なことは忘れ、ただただ心の闇だけがティガダークを突き動かしていく。
歪んだ思考がティガを動かし、ティガの大切なものを全て壊していくようになる。
そんなティガを、空から光が照らした。
アマテラスの光、人を導く陽光だ。
光に照らされたティガの動きが止まり、アマテラスがティガの前に現れる。
『ティガ 光を あなたの心の光を思い出して どうか』
ティガの心が少しだけ動き、目の前の少女の形をした神が、何故か泣いているように見えて―――ティガは自分でも理解できない感情に、首を傾げる。
『私の 家族を 仲間を 殺さないでください お願いします』
神は死んだ。
今も死んでいる。
ティガに殺された天の神はもう、この短期間で数え切れない。
アマテラスの懇願は神なりの悲痛さに満ちたものだった。
多くの神が居た。
今はもう居ない。
既に海の邪神より多くの神々がティガに殺されており、このまま行けば天地の神は全て、あるいは海の邪神すらも、ティガに皆殺しにされてしまいかねない。
闇の力を得て、完全に闇に堕ちきったティガには、それができる力がある。
ティガが手を伸ばしてきたのを見て、アマテラスは嬉しそうに笑んだ。
この所作には覚えがある。
アマテラスが覚えている数少ない人間の所作だ。
昔、アマテラスはこうしてティガに握手を求められて、ティガに敬意と友情の両方を向けられ、ティガならいつまでも信じられると、そう思えた。
その時からずっと、ティガを一人の人間として信じてきた。
ティガが伸ばしてきた手に、アマテラスも手を伸ばし返して。
『邪魔だ、どけ』
ティガがその手で、アマテラスを握り潰す。手の中に闇を放出して、念入りに磨り潰す。
『あ あ……』
そして、地面に叩きつけた。
地面に叩きつけたアマテラスを踏み、ティガは最後の光線を撃つ。
それが最後のウルトラマンと、最後の街の生き残りを消し飛ばし、ティガは嘲笑った。
楽しそうに、嘲笑った。
雨が降っている。
ティガの力が引き起こした気象異常、闇色の雲から降る雨だ。
その雨の中、変身を解除したティガの前に、一人の少女が立ちはだかった。
「先輩」
血まみれのユザレを見ても、もうティガの心は動かない。
ユザレが呼びかけても、もうティガは返答を返さない。
奇跡的に生き残ったユザレを見ても、もうティガは喜ばない。
こんなにも濁った瞳のティガを、ユザレは一度も見たことがなかった。
「いつもの先輩は、どこに行ったんですか、ねえ」
ユザレが無理矢理に笑って、ティガをその場に引き留めようとした。
「覚えてますか?
私が幼い頃、本を読んでて。
先輩が私を楽しませようとしてて。
家に、アリが入って来て。
私はびっくりして潰そうとして。
先輩が『かわいそうだよ』って言って。
手に乗せて逃がそうとして、失敗して。
外に誘導しようとして上手く行かなくて。
四苦八苦しながら、あれやこれや試して……
先輩を見て、私、とっても優しい人だなって思ってて。
先輩が笑うと可愛いなって思ってて。
先輩が笑っていれば……それだけで私……頑張れるなって……」
泣いているような声で、ユザレは笑っていた。
ざぁざぁと、雨が降っている。
ユザレの涙と、雨が混じっている。
「なんで先輩、いつもみたいに笑ってないんですか? ねえ、先輩……ねえ……」
そんなユザレの腹を、ティガは迷いなく蹴り上げた。
「ぐっ……あうっ……痛っ……」
「どけ」
体が折れたユザレの顔を狙って、もう一度ティガは蹴り上げる。
空中で一回転して瓦礫の山に突っ込んだユザレに目もくれず、ティガはどこかへ去っていく。
ざぁざぁと雨が降っている。
ユザレの涙と雨が混じっている。
「うううっ……うううううう……あああああ……」
雨音の中に、泣き声が混じっていく。
「ああああああ……ああああああああっ!!」
何度も何度も、地面を殴る音がする。
「なんで……なんで……なんでなんでなんでっ!!」
悲鳴じみた叫びが、雨音の中に溶けていく。
「ああああああああああああああああああああっ!!!」
ユザレがいくら泣いても、いくら叫んでも。
失われたものは、戻っては来なかった。