夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 かつて、ウルトラマントレギアというウルトラマンが居た。

 『40万年犯罪者が出なかったため警察が廃止された』と語られる、グレートとパワードの故郷、ウルトラの星の光の国で闇に堕ちたウルトラマンである。

 トレギアは多くのウルトラマンに対し劣等感を持っていたが、自分が遠く及ばない天才であり自分の上司であるウルトラマンヒカリが堕ちたのを見て、思ってしまった。

 

 『彼ですら堕ちるなら、もう……』と。

 

 光のウルトラマン達の多くは、心に"留め金"を持っている。

 それは幼少期の経験であったり、ヒーローに救われた記憶であったり、死んでしまった家族の残した言葉であったり、いつか得た信念であったり、仲間との絆であったりする。

 闇に落ちそうになった時、ウルトラマンは留め金によって踏み留まる。

 それこそが心の堕墜を止めてくれるのだ。

 

 ティガこそがこの時代の留め具であり、もうその留め具は壊れている。

 

 闇に堕ちようとしていたのは、一人や二人ではない。

 多くのウルトラマンが闇に転びかけ、多くの人間が自暴自棄に陥りかけた。

 それでも彼らは"遺伝子の欠陥"を乗り越えつつある種族、新時代に進もうとする人間達だ。

 各々が各々の乗り越え方をして、光の側に踏み留まり、絶望的な戦いの中でも闇に落ちることなく戦い続けた。

 

 けれど、そう在れない者もいた。

 

 ダーラムとヒュドラは元より、この善性の世界に生まれた異端個体であり、シノクニの外で生まれ育った者の中でも特別闇に近かった。

 ヒュドラには猜疑心、攻撃性、情緒不安定、嫉妬心、劣等感、嘲笑の悪癖があり。

 ダーラムは凶暴性、殺害癖、戦闘狂、血を求める性情があり、他者への殺傷を躊躇わない。

 そしてどちらにも、ティガを一人で戦わせ、一人に多くを背負わせ、一人闇落ちさせてしまったという、途方も無い無力感と罪悪感があった。

 

 もっとオレが速ければ、とヒュドラは思わずにはいられない。

 もっと俺が強ければ、とダーラムは思わずにはいられない。

 あんな邪神が、怪獣が、現れさえしなければ、と二人は思わずにはいられない。

 と、同時に、怪獣が現れなければ、ティガにもユザレにもカミーラにも出会わず、出来損ないの善者として生涯を終えていただろう……と、二人は苦々しげに理解している。

 拭い去れない思考の淀み。

 無くすことのできない二律背反。

 ティガを助けられるほどの強者であるがゆえに自らの弱さに苦しみ、ティガを苦しめる敵が現れてくれたからこそティガ達と出会えたという、矛盾じみた苦悩の構図。

 

 その苦悩は、村の人間が敵だったからこそ竜胆が救いに来てくれた千景や、バーテックスが人々を襲い始めたからこそ竜胆と出会えた仲間達にも無関係なものではない。

 絶望が在れば闇が生まれる。

 闇はそれまでの人生の過程から生まれる。

 生まれた闇に飲まれれば、同一人物のまま正反対の別人が出来上がる。

 仲間すらも殺そうとした竜胆のティガダークのように。

 

 ティガに強く照らされた分だけ、光の反対側に濃い影ができて、それが闇になる。

 

 ティガとカミーラが思っているよりもずっと、ダーラムとヒュドラは悪性を持っていた。

 ティガが思っているよりもずっと、ダーラムとヒュドラはティガのことが好きだった。

 カミーラが思っているよりもずっと、ダーラムとヒュドラはカミーラのことが好きだった。

 二人に"悪"がしたことと、"光"がカミーラの生を許さなかったことを知れば、悪に落ちることに躊躇いがなくなる程度には、『絆』があった。

 

 何よりも強い絆の光が反転すれば、それは何よりもおぞましい悪逆となる。

 

 

 

 

 

 ティガがヒュドラとまた会った時、ヒュドラは闇に堕ちかけていた。

 殺す必要はない、とティガは判断する。

 服についた小虫を見るような目で、ティガはヒュドラを見ていた。

 

 "今のティガ"を見たヒュドラは、必死に何かを噛み殺すような表情で、叫び出したい気持ちを必死に抑え込んでいた。

 もう何もかもが終わり果てている実感があって、ヒュドラが何を叫ぼうと、ティガには届かないという確信があった。

 もうあの頃のティガはどこにも居ないのだという理解があった。

 

「ティガ……お前……」

 

 何せ、怖いのだ。

 ヒュドラは今のティガが怖い。

 怖くて怖くてたまらない。

 正気で向き合えない。

 狂気が無くば目も見れない。

 「道を正してやらないと」だとか、「救ってやらないと」だとか、「止めてやらないと」だとか……そういった仲間らしい感情が、全く湧いてこない。

 闇に染まっていくティガが、ただただ恐ろしい。

 無情に殺しに来そうなティガの目が恐ろしい。

 ずっと見てきた優しさや暖かさの欠片もない、ただ冷たい殺意の具現がそこにいる。

 

 耐えきれずヒュドラが闇に身を委ねようとすると、正気が狂気に置き換わって、これまでのヒュドラが新しいヒュドラに成っていき、少しだけ気持ちが楽になる。

 心はそちらに流れて、どんどん狂気がヒュドラの内側を侵食していく。

 狂気は何者も恐れない。

 何も見えない闇の中に長期間放り込まれた人間は狂う。それが命の基本だ。

 闇の中で恐れから逃げるには、狂うしかない。

 

 ヒュドラはティガを恐れる自分を、恐れない自分に置き換えていく。

 ティガを恐れないようにしようとする仲間意識で、ティガを好きだった理由を忘れていく。

 ただティガの目の前に立っているだけで、自分が闇の底に落ちていくような感覚があった。

 

 そこに存在するだけで全ての人間に希望の光を見せる人間は、闇に反転することで、そこに存在するだけで全ての人間の心を折り絶望の闇に堕とす存在となった。

 

「テメエを信じたオレがバカだった、それで終わる話か」

 

 ヒュドラはティガをバカにするような語調と、ティガをバカにするような言葉を選ぶ。

 

「……なんでオレは、お前ならどんなことがあっても平気だと、信じ切ってたんだろうな……」

 

 けれど、その裏にあるのは、途方も無い後悔。

 "お前を信じた俺がバカだった"という言葉を、他者への罵倒のように口にしてその実、己への罵倒として口にしている。

 ウルトラマンティガを追いかけるヒュドラの旅路は、こうして終わった。

 

 もうヒュドラの中に、光は何も残っていない。

 

「ああ、分かってる、分かってるっての。

 俺ぁゲスだ。

 最初からお前らの光になんか並べると思ってねえよ。

 どうせこうなるだろうと……いや……

 ……俺が悪党になる想像はしてたが、お前がそうなるのは、毛の先ほども思ってなかったな」

 

 ティガの心の、どこかが軋む音がした。

 

「だからそんな目で見るんじゃねえ……

 その目で見るな!

 お前だけが、オレを対等に見る。

 オレより上等なお前が俺を対等に見てると、こんなクソなオレが嫌になる……

 テメエが一番、オレをみじめな気分にさせる!

 テメエと同じ目でオレを見ることがねえあのクソ聖人どもを、殺したくなるんだよ!」

 

 ヒュドラが闇に染まれば、ヒュドラが最後まで馴染めなかった『人間の善』ことごとくを殺し尽くす殺戮者が完成する。

 

「テメエはもう、オレを見ねえだろうが……」

 

 心が軋む音がした。

 

「そういうのありなら、俺もそうするさ。ヒヒッ」

 

 そう言い切るヒュドラの中に、善性は欠片も残っていなかった。

 

 光が一つ、闇に堕ちる。

 

 

 

 

 

 ティガがダーラムとまた会った時、ダーラムは闇に堕ちかけていた。

 殺す必要はない、とティガは判断する。

 服についた小虫を見るような目で、ティガはダーラムを見ていた。

 

 今のティガを見ても、ダーラムは何も思わない。

 結局、人はそういうものなのだな……と、心に割り切りが一つ増えるだけ。

 

 ダーラムには己を恥じる気持ちがあった。

 戦いを好む自分。

 血を好む自分。

 傷害にも殺害にも何の躊躇いもない。

 戦いの中で赤ん坊をその手で殺しても、何の後悔も抱かなかった。

 戦いに夢中になって仲間を攻撃し殺しかけても、自分を何も変えられない。

 そんな彼にとって、己を恥じる気持ちとはティガから貰うものであった。

 

 彼を見るたび、そこから外れた自分を見つめることになる。

 戦いに生きる気概以外何も興味を持っていなかったダーラムは、仲間と出会い、仲間と過ごし、仲間に合わせるために倫理を身に着けてきた。

 だがそれももう、過去の話。

 ティガの絶望も、カミーラが味わった絶望も、ダーラムには痛いほど分かってしまう。

 それはティガ達と過ごしてきた時間がダーラムに与えた、豊かな人間性が感じさせたものだ。

 

 だから、堕ちる。

 人間性を得たがゆえに人間らしい闇を得て、闇と引き換えに人間性を捨ててしまった。

 ダーラムには既に闇に堕ちる躊躇はなく、その心は闇に染まっている。

 そして、獣性が顔を出し、それが闇を引き寄せる。

 

「血と戦いを好む俺の居場所は光の側にはない。

 こちらにいれば光の戦士達とも戦える。

 何より……お前が居る。親愛なる我が友よ(Dear My Friend)

 

 もうダーラムの中に、光は何も残っていない。

 

「この心は人よりも怪獣に近いと、ずっと思っていた。俺はずっと獣だった」

 

 ティガの心の、どこかが軋む音がした。

 

「俺はようやく、怪獣になれるのかもしれない。

 人を殺しても当然で。

 物を壊しても当然で。

 戦いのことだけを考えていればよく。

 日常の中で人間らしく生きる必要もない。

 ティガを助けてやれないことに苦しむ必要もない。

 目の前の敵に全力でぶつかればいいだけの、獣になれる。

 愛さず、救わず、助けず、殺すだけでいい闇の獣のなんと楽なことか」

 

 心が軋む音がした。

 

「上手く使え。俺はお前とカミーラを傷付けた全てを滅ぼす、怪獣だ」

 

 そう言い切るダーラムの中に、善性は欠片も残っていなかった。

 

 光が一つ、闇に堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガがカミーラとまた会った時、カミーラは闇に堕ちかけていた。

 殺す必要はない、とティガは判断する。

 愛おしい宝石を見る目で、ティガはカミーラを見ていた。

 一つ、他の二人と違ったのは、カミーラはティガを止めるために来ていたということだった。

 

『ティガ』

 

「カミーラか」

 

『……っ。ユザレが場所を教えてくれたのよ』

 

「そうか、ユザレ……ユザレって誰……ああ、ユザレか」

 

『―――』

 

 何故カミーラが泣きそうなのか、ティガにはもう分からない。

 何故自分が泣きそうなカミーラに駆け寄ろうとしたのか、ティガにはもう分からない。

 何を忘れてもカミーラのことだけは忘れない自分が何故そんな自分であるのか、ティガにはもう分からなかった。

 

 カミーラが巨人体で、ティガはまだ人間体のままであるというのに、ティガはカミーラに臆する様子をまるで見せない。

 むしろ怯えはカミーラの方に見て取れた。

 絶対的強者への恐怖、ティガが纏う闇の雰囲気への恐怖、そして何より、変わり果てた愛する人と戦うかもしれないという恐怖が、カミーラを支配している。

 

 ティガは眩しいものを見るような目でカミーラを見上げる。

 カミーラの心は壊れている。

 改めて話して確認するでもなく、相対すればそれが分かる。

 カミーラはまだ光の側だ。

 "あれだけのこと"をされてなお、カミーラは光の中にいる。

 心が力の形を左右するウルトラマンは、あの時のカミーラほど絶望していれば間違いなく闇に堕ちているはずだ。

 なのに、そうなっていない。

 

 カミーラは希望が何一つない幼少期を過ごしてきた。

 絶対的な絶望は彼女にとって、いつも近くにあった空気と変わらないものでもあった。

 希望が最初から無いという絶望と、希望を突然取り上げられる絶望は全くもって別種のものだったが、カミーラはそのどちらにも耐えたのである。

 効かなかったのではない。

 耐えたのだ。

 心を壊しながら。

 あの幼少期のように、カミーラは心を砕きながら、絶望に懸命に耐えていた。

 そして、光で在り続けたのだ。

 ティガが闇に堕ちた今になっても、カミーラは光だった。

 

『あなたは光の側にいなきゃダメなのよ』

 

 あまりにも酷い仕打ちは、幸せの中に居た少女を地獄に突き落とし、心を壊した。

 それでもまだカミーラは闇に堕ちない。

 もうその心も力もだいぶ闇に寄っているはずなのに。

 光の側に居続けて、光の側にティガを引き戻そうとする。

 

 "彼女が居るから僕は光でいられるんだ"と―――ティガは今でも、心のどこかで思っていた。

 

 人間は誰もが光になれることを証明する少女。

 カミーラがただ生きているだけで、ティガはその在り方に心惹かれ、目を引かれる。

 ティガが光であれたのは、心が強いわけでもなく、生まれに恵まれていたわけでもない、ただ誰よりも"頑張って光に向かおうとしている"だけの、この少女が隣に居てくれたから。

 

 それももう、昔の話だ。

 

『私は知ってる。

 あなたに照らされていたから知ってる。

 あなたは光よ。

 今のあなたは本当のあなたじゃない。

 本当のあなたは皆の希望で、誰が見ても光である人。

 誰よりも輝いているあなたを、皆大好きで、皆待ってるの』

 

 いつも全力で信じてくれるカミーラのことが好きだった。

 

 その気持ちはまだ、昔の話になっていない。

 

『世界中があなたを待ってる! だから!』

 

 傷付き壊れた心が治らないまま、あるいは一生消えない心の傷を抱えながら、自分の心の痛みもそっちのけで"ティガのため"に、ティガを必死に光に引き戻そうとしている。

 カミーラが泣きそうなのは、自分の痛みよりも大きな悲しみを感じているから。ティガの現状に悲しみが溢れているから。

 自分が泣くことすら後回しにして、ただティガの未来のために、大好きなティガのために、壊れた心で無理をして頑張っている。

 いつものカミーラなら、もう少し冷静な手段だって選べたはずなのに、もうカミーラにはそれを考えるだけの余裕もない。

 

 心が軋む音がした。

 

「じゃあ世界中を殺せば、ようやく誰も俺を待ってない世界ができるのか」

 

『―――え』

 

「悪くないな」

 

 ティガが飛ぶ。

 人間体、そのままで。

 高さ40m、直線距離にして100mを越える距離を一瞬にして詰めたティガは、心が闇に寄っていることで力を失いつつあるカミーラを、思い切り手の平で叩いた。

 ガードしたはずのカミーラがよろめき倒れ、地面に強く背中を打つ。

 

 ウルトラマン――ウルトラウーマン――の巨体を凌駕する膂力。いや、闇の力か。それが人間体の時点で発揮されている。

 闇に完全に身を浸しているティガは既に、光を失いつつあるカミーラ相手であれば、変身すらせずとも圧倒できるだけの力を持っていた。

 カミーラが手に光を集めて放とうとするが、放つ前にティガが操る闇によって四散する。

 

「極めたウルトラマンは人間体でも力を使える。知ってるよな」

 

『うっ、くっ……!』

 

 カミーラの胸の上にティガが軽く乗ると、それだけでカミーラは動けなくなってしまう。

 闇の力は強い。

 この星における光の巨人と闇の巨人の平均値を取れば、ティガを除外して算出しても、闇の巨人が圧倒的に強いだろう。

 規格があまりにも違いすぎる。

 闇の力を短期間で極めたティガは、もはや触れるだけでウルトラマンを金縛りにできてしまう。

 

 カミーラを見つめて、ティガは優しげな声をかけた。

 

「寂しいな。君のために闇に堕ちたのに」

 

『……え……』

 

「見逃してあげようか? 逃げたいなら逃げてもいいよ」

 

 露骨にカミーラを特別扱いする言葉。

 カミーラはそこに戸惑いと嬉しさを覚える。

 意図が読めなくとも、カミーラはいつだってティガの優しさを嬉しく感じてしまうから。

 

「カミーラは特別だからね」

 

 心がぐらつく。

 ティガの言葉に耳を傾けたくなってしまう。

 けれど"カミーラ"と呼ぶその声が、カミーラに最後の一線を越えることを躊躇わさせる。

 カミーラは僅かな希望を頼りに、けれどそれにすがることなく、ティガに問いかけた。

 

『ねえ、ティガ、あなたは何がしたいの……?

 闇に堕ちて、それから……何がしたいの……?』

 

「全部殺したいんだよ。とりあえず生きてるのは全部ね。生きてるなら殺したい」

 

 自分の心が割れる音を、カミーラは聞いた気がした。

 

 あんなにも優しかったティガが、全ての命を愛おしんでいたティガが、こんなにも醜く醜悪に堕ちてしまっている。

 

 それがカミーラには悲しくて、辛くて、苦しくて……()()()()()

 

 そこに幸せを感じていた。

 ティガは世界を救う英雄である。

 世界の全ての人を守るため、光の側に居続けた巨人の勇者である。

 彼の光は世界のためにあり、世界中の人々が彼の光を求めていた。

 その光の全てを捨てて闇に堕ちたのだ。彼は。カミーラのために。カミーラのせいで。

 "カミーラのせい"と彼は絶対に言わないけれど、カミーラは自分のせいだと分かっていて、それがたまらなく嬉しくて、幸せで、心が満たされる思いだった。

 

 あんなにも輝かしいものを全て捨てて闇に堕ちるほど、ティガはカミーラを愛していた。

 

 だから、心の闇は囁いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 愛されている証明。

 自分の愛が報われていた証明。

 ティガの闇の大きさが、そのままティガのカミーラへの愛を証明する。

 土居球子が殺された時のティガダークが、竜胆の球子への愛を証明したように。

 

 あんなにも貴く輝かしかったものが、自分のためにここまで堕ちてきてくれた。

 

 カミーラは嘆き悲しみながらも、それが嬉しくてたまらない。

 

 光と闇が拮抗しているカミーラの心は、明らかに二律背反を発生させていた。

 

「全部殺すんだよ。

 人も。

 神も。

 邪神も。

 怪獣も。

 巨人も。

 光も闇も善も悪も。

 そして闇で世界を満たすんだ。

 どんな光も存在できない醜い闇で覆うんだ。

 俺と、君と、君に優しい仲間以外、全部全部殺すんだ」

 

 ティガはもうとっくの昔に狂っている。

 外なる神、クトゥルフ神話体系の邪神に関わった人間の末路など、そのほとんどが正気を失い狂気に落ちて終わるものだと相場が決まっているものだ。

 彼の言葉に正気はない。

 耳を傾ける意味はない。

 その思考は既に破綻していて、いつ真逆のことを言い出すかも分からない。

 カミーラだって分かっている。

 今の彼の言葉に意味を見出しても破滅しかないと。

 分かっている。分かっているのに。

 

「そうしたらその世界で、君が一番輝く光か、一番綺麗な闇の人になれる」

 

『―――』

 

「もう誰も、君を傷付けたりしないんだよ」

 

 ティガの言葉に、カミーラの頭の芯が痺れて、思考が動かない。

 "嬉しい"で頭が染まる。

 "幸せ"で頭が染まる。

 光の中に居た時も。闇に堕ちた今もなお。ティガは、カミーラを愛してくれている。

 それが嬉しくて、嬉しくて、たまらなくなってしまう。

 

 愛ゆえに、悪人を許容するなら。悪行を肯定するなら。悪に加担するなら。

 それすなわち、悪である。

 悪を行う自分をそのまま肯定すること、それそのものが闇となる。

 悪性、反社会性とも言えるそれは、"普通の人達"が持つ遺伝子のどれにも存在している。

 カミーラはもう止まれない。

 

「俺は君に強要できない。

 君が光でも闇でも俺は構わない。

 でもできるなら、俺は君にも同じになってほしい。

 光でも闇でも、俺は君を嫌うことはないけれど。

 叶うなら、俺の隣で、俺と同じ道をいつまでも歩んでいてほしい」

 

 だって、本当は、カミーラは人々の安寧なんてどうでもよかったから。

 善が満ちる世界の未来を守るだなんて、どうでもよかったから。

 彼女はずっと、自分を救ってくれた一人の少年だけを追いかけて、ここまで来たのだ。

 

 過去は光。今は闇。ティガのそのどちらにも、カミーラは強く魅了された。

 

 

 

「君が欲しい。僕と同じところに堕ちてくれ」

 

 

 

 もうカミーラの中に、光は何も残っていない。

 

「おいで。

 辛いこと全て忘れさせてあげる。

 全てを覚えて背負っていくのが光なら。

 忘れて見えなくしてしまうのが闇だ。

 君のための闇だよ。

 君は辛いことを全部忘れて、幸せになるんだ」

 

 カミーラは自ら望んで、その手を取って。

 

 光が一つ、闇に堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「力こそ全てだ。この力で全てを壊す。そして、そして―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴が響く。

 悲鳴に悲鳴が重なり、奏でられるは世界に響く大合唱。

 子供が逃げ惑い、大人が子供を助けようとして、まとめて轢き潰される。

 人の命が米粒よりも軽い世界が、それまでの世界を塗り潰していった。

 

 燃える街に悲鳴が響く。

 

『ヒャアアアアア! 気ィ持ちィィィィ!! 人間の悲鳴! 最っ高じゃねぇかぁ!』

 

 ヒュドラが持つ夢幻空間・ルマージョンが展開され、引きずり込まれた人間達がルマージョンの真空の中、苦悶の表情で窒息死していく。

 窒息死した死体を現実の街にばらまいて、真空の刃で切り刻んで死臭を街に彩っていく。

 人々を守ることをティガに教わった男は、人々を虐殺することを楽しむ男になっていた。

 街を飛び回り殺して回るヒュドラは、救いを求める子供を見つける。

 

「助けて……助けて……ウルトラマン……」

 

 そこで、ヒュドラはわざわざ自分に群がってきたウルトラマンを真ん中で真っ二つに両断し、子供の前に落として見せた。

 子供の顔から血の気が引いて、絶望の表情に涙が浮かぶ。

 

『よぉ、楽しんでるか?』

 

「ひっ……助けて……たすけてぇ……ウルトラマンっ……ティガぁ……!」

 

 途中まで楽しんでいたヒュドラは、子供が漏らした一言を聞いて、嫉妬に多くの感情がまぜこぜになった顔になる。

 一瞬心が冷えたヒュドラは、指先を弾いて子供の首をもぎ取った。

 涙が流れる子供の首が、綺麗な放物線を描いて宙を舞う。

 

 不可逆の変化を迎えたヒュドラの心は、この光景をたまらなく楽しんでいた。

 一瞬前に抱いた複雑極まりない感情を、ヒュドラはもう忘れている。

 

『ヒャヒャヒャ、助けてやったぞ?

 生きててもいいことなんてないからよぉ。

 殺して救ってやったぜぇ! ヒャハハハぁ!!』

 

 その横で、ダーラムが人を踏み潰していた。

 近くにいる人間を一人ずつ丁寧に踏み潰し、踏み潰す度に含み笑いを漏らしている。

 広範囲に人間が散っていったのを見ると、ダーラムはおもむろに地面を殴った。

 その瞬間、地面が全て海になり、人々が地面だった海に飲まれ、溺れ死んでいく。

 弱者をいたぶりながら殺すことに、ダーラムは至上の快楽を覚えていた。

 

最高だな(Very good)

 

 ダーラムは街を練り歩き、強者など探しもせず、悲鳴を上げる一般人を探して回る。

 そして店に隠れていたカップルを見つけ、両手に一人ずつ持った。

 愛し合う男女が互いを庇い始めるのを、ダーラムは静かに待つ。

 

「この人だけは……この女性だけは助けてください! お願いします!」

 

「やめて! この人を殺さないで! わたしなんでもします! なんでもするから……!」

 

 そして二人の愛の言葉をしっかり聞いてから、二人の体を押し付け合う。

 重ねた二人の体を、両手でぎゅうぎゅうと、ぎゅうぎゅうと、力強く押していく。

 

「やめ……やめ……この人だけは……僕の心を救ってくれた……! ぐぁぁっ……」

 

「やめてぇ……この人が潰れちゃ……痛い痛い痛い痛いぃ……!」

 

 ぶじゅっ、と音が鳴って。

 声が止まる。

 一つになった肉塊をゴミのように捨て、ダーラムは心底楽しそうに笑う。

 不可逆の変化を迎えたダーラムは、これがおかしくてたまらない。

 先程まで愛の言葉で互いを庇い合っていた人間が、より大きな力に理不尽に負け、もう愛の言葉を囁くこともできなくなったのが、最高に滑稽に見え、最高に笑えてしまうのだ。

 

『愛し合う二人は永遠に一緒であるのが望ましい……そうだろう?』

 

 親子を探し、子の前で親をつまみ上げ、助けに来たウルトラマンに投げつけてぶつけて殺し、子とウルトラマンの反応を見る遊びをダーラムは始める。

 

 その横でカミーラの氷の鞭がウルトラマン数人の首を掴み、その首をへし折っていた。

 

『本当にみじめね、光の巨人。こんなにも弱くて何かが守れるとでも?』

 

 カミーラの冷たい心がそのまま形になったかのような氷の槍が放たれ、人々を守ろうとするウルトラマン達を次々と穴だらけにしていく。

 かつてカミーラの敵だった怪獣達がカミーラに従い、街を闊歩する。

 その指揮が、僅かな光の勝機を潰していく。

 闇に堕ちた巨人達は、邪神の闇をも取り込んでいた。

 それが更に心をおかしくさせるが、彼らは誰も気にしない。

 

 邪神の闇を取り込んだ闇の巨人達は怪獣を操る力も獲得しており、この時シビトゾイガーの存在も知り、シビトゾイガーを操ることで人類の全戦線を崩壊させていた。

 シビトゾイガーは神の結界を容易く抜ける。

 神の目でも見つけられない。

 人が判別する手段はない。

 そうして詰ませた各戦線を、カミーラは巧みな指揮で皆殺しに持っていく。

 

 光を集め、束ねる、他者愛のウルトラマンだった女は、変わり果て。

 闇を集め、束ねる、自己愛のウルトラマンに成り果てていた。

 

『あら』

 

 そしてカミーラがウルトラマンを皆殺しにし、気まぐれに海を見れば、そこには無数の神をこの世界から消し飛ばす黒き巨人が飛んでいた。

 もはや黒き神としか言えない威容。

 全ての神を蹂躙する黒き神が、空を鋭利に切り裂いている。

 

 ティガは全てを滅ぼそうとしていた。

 善人も、悪人も。

 善神も、邪神も。

 だから時折海を探している。

 海の底に蠢く邪神を見つけるために。

 

 邪神は地上に上がってこない。

 海上に痕跡を見せることもない。

 邪神の目的は光を消すこと……ならば、ティガ達がそれらを消している現状、自らが姿を見せるまでもないということなのか。

 現状で満足ということなのか。

 

 あるいは、ティガとぶつかった時、どちらが勝つか邪神にも自信が無いからなのか。

 

 ティガが吠え、闇が弾ける。

 八つ当たりじみた咆哮で、大きな島が二つ三つ、まとめて消滅させられていた。

 

『……素敵』

 

 その光景を、カミーラがうっとりと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ウルトラマンヒュドラ。その本質は『間に合わない最速』。

 ウルトラマンダーラム。その本質は『無力な剛力』。

 ウルトラマンティガ。その本質は『最強』。

 ウルトラマンカミーラ。その本質は『絆』。

 

 かつてはそうだった。

 

 今はもう、変わり果てた別の何かになっている。

 

 軽薄なひねくれ者だったヒュドラは、残忍な悲鳴嗜好者に。

 言葉少なで友情と戦闘のみを愛したダーラムは、殺戮戦闘をを嗜好する男に。

 不器用だが他人想いで愛深き女だったカミーラは、もはや自己愛とティガへの愛しか持たない、他者への愛を持たない女に。

 誰よりも貴き光であったウルトラマンティガは、誰よりも深き闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

 邪神の到来前、1000億はいた人口は既に1万人を切っていた。

 健在であるウルトラマンは0。

 四人の闇の巨人を除けば、全てのウルトラマンが死に果てていた。

 軍事兵器の残存戦力もなく、軍人の生存者も0で、神々も数えるほどしか残っていない。

 人工衛星も、空中都市も、宇宙都市も、地上の都市も、シェルターさえもが全て壊れた。

 原始的な村すら、数えるほどしか残されてはいなかった。

 

 病院に数人のウルトラマンが入院し今も手術中だが、それもおそらく明日までに半分以上は死に至るだろう。

 残る1万人の人間も、無傷の人間を数えれば、おそらく100人居るか居ないかというところだ。

 文明は既に壊れている。

 元に戻せる目は完全に消えてなくなった。

 

 神々はもはや人類存続のための一手を打つしか無く、逃げるように新たな手を打つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここは 安全です』

 

「ありがとうございますアマテラス様、ですがここは……?」

 

『ここは 高天原 隔離された異次元

 あなた達 生き残りの人間のため

 神の世界の一部を切り取り ここに置いています

 ブラックホールを越え

 特異点を越え

 世界を隔絶する障壁 天岩戸を越えなければ

 絶対に辿り着くことができない

 作り上げた安全な世界

 残る神々も此処に集まってくれました

 このままでは人類は滅びる

 僅かでも ここで人類の命脈を繋ぎ

 あの厄災が終わった後 地球に戻り 再び繁栄するのです』

 

「厄災……あの闇の巨人達のことか……」

「助かった……のか?」

「よかったぁ、本当によかったぁ」

「ありがとうございます、ありがとうございます、天にまします神様……!」

「パパ、だいじょうぶなの?」

「ああ、そうだよ。ママはダメだったけど、パパとお前は助かったんだ」

「凄いな神様。ブラックホールの向こうに世界を作れるのか」

 

『神々は人を見捨てません

 天より見守り 人をその手で守ります

 人と 神の 信頼が ある限り

 いつの日かまた あなたたちが 光を―――』

 

「ヒィッ……ああああああ……てぃ、ティガだ! アレを見ろ! あいつが来てる!」

 

『あ……』

 

「ブラックホールを引き裂いて……天岩戸を引きちぎって……!」

「……そうだよな。そんなうまい話はないよなぁ」

「皆殺されちゃったんだもん。私達だけ、生き残れるわけないか」

「嫌だぁ! 嫌だ嫌だ! 死にたくない! 誰か助けてくれえ!」

「ママが、ママが助けてくれたんだもん、生き残らないと、生き残らないと」

「美しいな。ああ、美しい。あれが、世界を終わらせる黒い神か」

「ああ、ダメだ、神様達が紙切れみたいに……」

「もう終わりだ、終わり、ははは……」

「オレ達、何か悪いことしたっけ」

「……どっかで生きてた普通の少年に、全部任せてたバチが当たったんだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ティガ ティガ ティガ ティガ ティガぁ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界終焉の引き金が、一つ、一つ、引かれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りの灰色の砂漠があった。

 全てが燃え尽きた灰色の砂漠があった。

 砂ではない、灰の砂漠。

 世界の多くは焼き尽くされ、宙を舞うはずの塵と灰は闇に色を奪われて、付着した闇の重さで地表に堆積している。

 灰の砂漠を一人歩く女が居た。

 その歩みに迷いはない。

 腰に光り輝く剣を携え、女は真っ直ぐに目的地へと歩いていく。

 

 今日、彼が此処に一人で居ることを、彼女は知っていた。

 

「久しぶり。酷い顔ね、ティガ」

 

「……ユザレ」

 

 灰の砂漠の中心で、死体のような表情で、ティガは世界を見つめていた。

 死体のような生気の無さで、無気力にティガは立ち上がる。

 変わり果てたティガを見て、ユザレは泣きながら彼に抱きつきたかったが、ぐっとこらえて、不敵な表情で聖剣の柄に手をかけた。

 ティガが手で触れることすら必要とせず、彼の前にブラックスパークレンスが浮き上がる。

 

「死にに来たのか」

 

 虚無の殺意であった。

 無気力な殺害宣言であった。

 そう言ったなら言った通りにティガはユザレを殺しにかかるだろう。

 そこに疑いはない。

 されどユザレは、現在の地球最強を目の前にしても、なお一向に揺るぎない。

 

「それも良いと思ったこともある。

 でも、ね。

 ふと思っちゃったんだ。

 このまま行けばカミーラは幸せ。

 でもティガはそうじゃない。

 このままだとティガは絶対に幸せになれない。

 永遠に後悔したまま闇の中で揺蕩い続ける。

 だから戦えるくらいに傷が治ってすぐに、ここに来た」

 

「ユザレ、何を……」

 

「知ってる?

 私がティガとカミーラが恋人になるのを推してた理由。

 それはね、ティガが一番幸せになれそうだったから、それだけ」

 

 ユザレは深呼吸を一つして、聖剣を抜く。

 別に、自分がティガを幸せにする自信がなかったわけではない。

 ティガに負い目があったわけでもない。

 ティガはカミーラと付き合うのが一番幸せだろうと思った、それだけ。

 ティガが一番幸せになれる未来をいつも考えていたユザレは、だから当然のようにそうした。

 結局、それは大失敗に終わってしまったけれど。

 悔いはあるけど、悔いはない。

 ティガを不幸にしてしまったことだけが後悔で、ティガの一番の幸せを考えてきたことに後悔はなかった。たとえ、そのティガ自身に裏切られたとしても。

 

 "愛してるから後悔はない"と―――心の中でなら、ユザレは無限に言い続けられる。

 

「カミーラが幸せでも、ティガが幸せになれないなら、私が肯定する理由がない」

 

「俺が何故幸せになれないって? 闇の力で殺戮するのはこんなに楽しいのに?」

 

「あなたがいつも誠実で。

 どこかの誰かの正義の味方で。

 悲しんでいる誰かの味方で在り続けたことを、私は覚えてるから」

 

「―――」

 

「この先、どんな未来を迎えるとしても。

 ティガ・ゲンティアが闇に堕ちたまま後悔したまま終わるよりは、ずっとマシなのよ」

 

 "愛してるから知っている"と、幾度となく思っても、口に出せたことはない。

 

「だってあなたは、いつだって、誰かの花咲く笑顔を守りたかった人なんだから」

 

 一人の少女を愛し、その愛のために狂い、たった一人のために世界さえ滅ぼしてしまうティガ・ゲンティアだから―――ユザレ・ナイトリーブは、ずっとずっと大好きだった。

 

「天神よ。ここに対価を捧げます。どうかその御力をお貸しください」

 

 ユザレが天の神の加護を受け、地を駆ける流星となる。

 

 ティガダークが大きく固めた闇を投げつけ、それが炸裂する。

 

 ユザレが死んだ―――そう、ティガの軋む心が思った瞬間。

 

 奇跡の光が、闇を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 全ての闇を弾く聖剣の力。

 それはティガも知っている。

 邪神とその眷属に対する絶対的な特攻剣。

 星の中心核を星に分けて貰い、神々が力を込めて鍛え上げた、邪悪を滅ぼす光の剣だ。

 

 だが今日までの戦いで、この聖剣はそれなりにしか活躍していなかった。

 出力が足りていなかったのだ。

 使い手がただの人間でしかない以上、聖剣は聖剣単品の力を不十分に放出するのみ。

 それでは怪獣相手にすら力不足で、闇の巨人相手には全く歯が立たない。

 使い手の基礎出力値が高まらない限り、聖剣は本当に力を解放できない。

 普通の人間には過ぎた武器であり、なのに人間にしか使えない。

 聖剣は子の時代において、拭い去れない欠陥を抱えていた。

 

 ならば何故今、聖剣はティガの闇を切り裂いているのか。

 

『その……姿は……?』

 

 闇を切り裂き、ユザレはティガダークを見下ろせる高さまで飛び上がる。

 

 その背中には、天狗のような、烏の翼が生えていた。

 

「『大天魔』」

 

 ユザレが振るった聖剣に炎が宿り、それが斬撃として射出される。

 ティガはそれを殴り壊し、いつものように"他者だけを強制自爆させる力"によって、ユザレを体内から爆発させんとする。

 僅かな所作からそれを見切ったユザレが、その両手に『真紅の手甲』を生やした。

 見えないはずのエネルギーラインを、赤き手が掴んで握り、そのまま潰す。

 

「『大鬼神』」

 

 追撃にティガが放った闇を飛翔でくぐり抜けながら、ユザレの頭に狐の耳が生えた。

 

「『玉藻命』」

 

 ティガの闇には呪詛がある。

 世界を呪う呪詛がある。

 人間らしい呪いがある。

 呪いを操る力を手にしたユザレは、ティガの放った闇を容易に捻じ曲げ、圧倒的実力差を無視して攻撃を逸らすことができるようになっていた。

 

 ティガは困惑する。

 こんなもの、見た覚えがない。

 こんなもの、これまではなかったはずだ。

 ユザレの力なら勇者の力であるはず。

 勇者の力であるはずなのに、ティガが知っている力が何一つとしてない。

 似ているものなら知っている。

 しかし、決定的に違う。

 ()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()技術体系など―――ティガは今日まで、見たことがなかった。

 

『人を超えた存在を人がその身に憑ける……なんだそれは……なんだ……!?』

 

 それはウルトラオーバーラッピングの模倣。

 貼り付ける(ラッピング)力を、ウルトラマンではなく人と神で行う技法。

 かつて神の力を纏う最強の光であったティガの存在を人に落とし込んだもの。

 その模造品。

 ゆえに、最強の模造。

 人の力で至ることができる究極の限界点。

 心体が穢れに汚染されることもいとわず、神や妖魔を体に宿すという、世界最新にして世界最高の勇者の戦闘形態(バトル・スタイル)

 

 "人ならざるものをその身に憑ける無垢なる少女の戦士"こそを、『勇者』と呼ぶ神の理―――その初代。神の力と精霊をもって世界を救う勇者の初代だ。

 

「ティガのためなら私もこれだけ絞り出せる……光だあああああああっ!!!!」

 

 『大天魔(だいてんま)』。

 欲界の最高位、他化自在天が神性、そして全ての神々と聖性の大敵である大魔王。

 後の時代に『大天狗』と呼ばれるそれは、ユザレに神の刀、烏の翼、神殺しの炎を授ける。

 その力は世界の終末に最も大きくなるという。

 

 『大鬼神(だいきじん)』。

 神であり鬼である神群、ティガの師であったスクナの同族が一体。

 神と鬼、二つの属性の力を拳に宿すことができ、その拳の威力は絶大。

 その手は見えない攻撃、あるいは堕ちた友の手を掴むためにある。

 伊吹大明神の兄にあたる西暦の記録にない神であり、血縁上は酒呑童子の叔父にあたる。

 

 『玉藻命(たまものみこと)』。

 西暦の記録のほとんどには残っていない、アマテラスの分御魂が変じた新興の神。

 西暦においては古義真言宗の一派、東寺真言宗において「狐のダキニ天はアマテラスと同種の存在である」と語られる程度にしかその痕跡を認知されていない神。

 後に名を変え、変わり果てた存在として地上に降りる、呪術に特化した狐の神性。

 

 それは、ユザレの心に応じた神々。

 闇に堕ちた男を救わんとする、少女の祈りに応えた力。

 世界の始まりに数えられる造化の三神とは違う、『最も貴き神』と呼ばれる天照ら三貴神とも違う、神に繋がる三つの魔。

 勇者が纏う希望の蕾だ。

 

「ティガあああああああッ!!!」

 

『ユザレ……くっ……なんでそんなに……ああああああッ!!!』

 

 それは、受け継がれる光の絆。

 

 絆ある限り、希望ある限り、この三つの魔はそれを繋ぐ。

 

 今はただ―――ティガとユザレの絆のために。

 

 

 


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