夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 もののけがこの世に現るるは 事の道理なり
 されど そのもののけを打ち破らんとする心
 それさえあれば 百戦して危うからず
 つわものは常に孤独
 つわものは勝ち続けねばならない
 そのために 孤独になる

 ―――耐えられるかな?

【ウルトラマンティガ16話 錦田小十郎景竜】


10

 天狗の翼、鬼の手甲、狐の尾耳。

 三つの神魔の力をもって、ユザレは立ち向かう。

 大天魔の炎は闇を照らす篝火となり、鬼の手は友へと伸ばされる少女の手を守り、呪術は世界を呪う怨嗟の声を消し去っていく。

 

 ティガに力では勝てない。

 この存在は最強だ。

 もはやこの黒き神を殺せる力など存在しない。

 けれどユザレは止まらない。

 倒す気などない。

 殺す気などない。

 ただ、救いたかった。

 これまでも、これからも、ただ幸せに笑っていてほしかった。

 

「はあああああッ!!」

 

 ユザレは、最初からずっと彼を分かっていた。

 人々を虐殺するティガを見て、少し揺らいだ。

 そして、アマテラスとユザレが生き残ったことで、ユザレは確信した。してしまった。

 

 ティガは自分を憎んでる。

 事ここに至らせた自分を憎んでいる。

 消えてなくなれ、消えてなくなれと、自分を憎んで憎んで憎みきって、それが心の闇を増幅、最強の闇の巨人としての力を確固たるものとしてる。

 己を憎む心こそが、闇の巨人を完成させ、究極の戦闘力を与える最後のピース。

 

 そこまで自分を憎んでも、ティガは自分自身を全て捨て切ることができなかった。

 ダーラムとヒュドラを仲間として迎え入れ、カミーラへの愛は濁り切ってもそこにあり、アマテラスもユザレも殺せなかった。

 堕ちても堕ちても、捨てられない。

 自分からは逃げられない。

 優しかった過去の自分を捨てられず、優しいだけで救えなかった自分から逃げられない。

 闇で目を覆い何も見えないようにしてもなお、自分自身から目を逸らすことが許されない。

 

 あの日、ティガに蹴り飛ばされたユザレが感じたのは、大切な人に痛めつけられた悲しみと、変わり果てた大切な人に感じた絶望と―――それでも自分(ユザレ)を殺すことができない、ティガに対する憐憫だった。

 

『ユザ、レ……!』

 

 今のティガを見ていると、ユザレは泣きそうになる。

 天地の間に生きる全てを殺そうとしているのに、殺せない者達がいる。

 最強の力を得ても、闇の力では邪神を見つけられず、延々と海上を彷徨っている。

 人をいくら殺しても殺しても嘲笑うだけで満たされず、何も幸せそうではない。

 多くを忘れつつあるカミーラを幸せにできても、自分だけは幸せにできない。

 

 それでいて、世界中の幸せを願って戦った果てに、世界中の幸せを守れないことで苦悩し、闇に堕ちた果てに多くを忘れ、世界中の笑顔も苦痛も希望も絶望も消し去ることで、誰も笑わず誰も苦しんでいない空っぽの世界を作り上げ、そこに歪んだ安らぎを感じてもいた。

 

 かつての世界には、ティガが救えた人間もティガが救えなかった人間もいた。

 救えなかった人間の家族も、救われてもずっと泣いたままの人間もいた。

 いつだってティガは守れなかった笑顔を数えて、胸を痛めていた。

 ここにはもう何も無い。

 灰の砂漠があるだけだ。

 誰も泣いていない。誰も苦しんでいない。誰も助けを求めていない。

 全てが殺されたから、笑顔を奪われた人間が一人もいない、一人ぼっちの理想郷。

 使命も責任も願いも忘れ、カミーラを大切に思いながら、歪んだ安らぎに身を浸し続ける。

 その歪んだ安らぎが永遠の苦しみをティガに与えていることすらも、自分が見えなくなった今のティガにはもう分からない。

 

 ダーラムも、ヒュドラも、カミーラも、アマテラスも、ユザレも、まだ生きている。

 "私達は生かされている"と―――気付かぬ間抜けがどこに居ようか。

 カミーラの事件を割り切って光に留まることもできなかった。

 カミーラの事件でかつての大切なものを全て捨て去ることもできなかった。

 

 神のように、いつまでも光り輝く存在で居続けることもできなかった。

 邪神のように、光を消し去り続けるだけの生に至上の満足を得る迷い無き存在で居続けることもできなかった。

 彼は人間だった。

 強くも弱い、ただの人間だった。

 自分で自分を止められない、ただ誰かを愛していただけの、あの日幼いユザレを笑顔にしてくれた頃から根っこは何も変わっていない、ただの人間だった。

 

「ティガ!」

 

 ティガに追いつける翼で。

 ティガを照らす炎を纏って。

 ティガの闇を呪術で逸らし。

 ティガの強制自爆を手甲で握り潰して。

 白雪のような髪が切り飛ばされても気にもせず。

 傷だらけのユザレが突っ込み、聖剣を盾として、友へと向ける手を伸ばす。

 

 それはいつかの未来に、ティガダークへと向けられる、若葉の翼、球子の篝火、千景の呪術、友奈の手、杏の遺伝子へと想いが受け継がれる光の絆。

 願うは一つ。

 手を伸ばしたその先で、苦しみ続ける人の幸。

 

「―――その心の夜よ! 去れ!」

 

 聖剣の全力を拳に込めて、"勇者のパンチ"を、ユザレはカラータイマーに叩き込む。

 

 ティガダークの光なき胸に、光が宿った。

 

 

 

 

 

 ティガを闇に堕とした最大の外的要因は、邪神の闇である。

 闇の巨人は皆、邪神と共生関係にある。

 邪神が闇の巨人に力を与え、闇の巨人の心が邪神に力を与え、世界が闇に染まれば染まるほど邪神も闇の巨人も強くなっていく。

 これこそが、邪神を無敵たらしめるサイクルである。

 

 聖剣の真の力を引き出すことができる今のユザレなら、他者が注いだ闇を消し去れる。

 三千万年後、若葉が竜胆に注がれたカミーラの闇を消したように。

 ティガダークは空っぽになった。

 闇が消し去られたティガダークの動きは止まり、心が揺れ動いている。

 揺れ動く心に合わせて、胸のカラータイマーに宿った光が揺れていた。

 

 胸の光が消えた時、またティガの心は闇に満ち、ティガダークはユザレを殺すだろう。

 

「闇は祓った。ティガ。私はユザレ。あなたの永遠の友達。聞こえる?」

 

 光が揺れる。

 声は届いている。

 ならば、試されているのはティガではない。

 ユザレだ。

 攻撃しても倒すのは無理だろう。

 届けるべきは言葉である。

 ユザレがティガのことを理解していないなら、何もできない。

 ティガのことを理解していなければ、彼の心に響く言葉は紡げない。

 

 ティガの求める言葉をどれだけ言えるかではなく、ティガのことをどれだけ理解しているかを運命に試されている。

 戦いの場所は、その心の中にあるがゆえに。

 

「カミーラのことは聞いた。

 ……私もその場にいたら何をしていたか分からない。

 怒りで多くの人を斬り殺していたかもしれない。

 私にとっても、カミーラは大事な友達だから。

 私も……不器用だけど一生懸命なカミーラが大好きだから。

 初めて見た時から気付いてた。

 ああ、この子は、ティガが好きなんだなって。

 戦場で見えないティガのいいところに気付いて、愛してくれる人なんだなって」

 

 ユザレは一番大好きな人をずっと見てきた。

 その人が色んな人を救ってきたことも。

 その人が救ってきた人の中で、カミーラだけが特別になれたことを。

 その人がカミーラと居るだけで幸せそうにしていたことを。

 一番大好きな人が幸せになれる確信を得て、ユザレはずっと幸せだった。

 

 それももう、昔の話。

 

「カミーラがあんなことをされる謂れはなかった。

 私もその場にいたら、カミーラの涙の代価を支払わせてやったと思う。

 そこで何も思わなかったらティガじゃない。

 こうなったのも、ティガらしくないけどティガらしいって思った。

 罪のない人が傷付けられた時。

 そこに涙を流す人がいた時。

 迷わず助けに行くのがあなただから。

 いつだってあなたは、悲しんでいる誰かの味方で、だからカミーラのためにそうなって」

 

 ユザレは感情を抑えて話そうとした。

 でも、話せば話すほど、心が熱くなってしまう。

 思い出せば思い出すほど、想いが止められなくなってしまう。

 幸せだった記憶が。

 辛い今が。

 心の中で対比されて、言葉の熱を止められない。

 

「罪の無い、涙を流す人を救いたいのなら―――なんで他の人は救わないの!?」

 

 胸の光が、強く揺れた。

 

 世界中でカミーラと同等……あるいは、カミーラよりも不幸な人間が数え切れないほど生まれ、そしてそのまま死んでいった。

 かつてのティガがなくしたいと思っていた、救いたいと思っていた"涙を流す人達"が、ティガの手で数え切れないほどに生み出され、そのままティガに殺されていった。

 先程までのティガなら分かっていて無視できただろう。

 心の苦痛を無視しながら闇の快楽に染まって殺し続けることができただろう。

 なんとも思わない自分で居続けることができただろう。

 だが、今の彼にはできない。

 

「今のあなたは、カミーラを地獄に落とした人間達と同じよ!

 心は違うのに行動は同じ!

 あなたがカミーラを救いたいと思ったのは!

 理不尽に踏みつけにされるカミーラを見て、守りたいと思ったからでしょう!?」

 

 ユザレだけが覚えている。

 

 あの日々を。

 

 あの幸せを。

 

 ティガとカミーラがどんな日々の中、相手のどんな美点を愛したかを。

 

 ユザレだけが、覚えている。

 

「あなたが好きだったカミーラは!

 あなたが優しかったから!

 誰もを助けようとするあなただから出会えた!

 優しさが二人を出会わせた!

 優しいあなたをカミーラは好きになった!

 あなたを見て光になるカミーラをあなたは愛した!

 だからずっと、ずっとずっとずっと! 私は応援して来たの!」

 

 カミーラすらもう、自分がどんなティガを好きだったのか忘れつつある。

 ティガですらどんなティガであったかを忘れかけている。

 カミーラはティガを愛していたことだけは覚えていて、ティガはカミーラを愛していたことだけは覚えている。

 ティガはもうかつてのティガではなくて、カミーラはもうかつてのカミーラではないのに。

 

 カミーラが愛したティガの光は失われている。

 ティガが愛した光になれるカミーラの美点は失われている。

 かつては無垢で純粋だった二人の恋も、輝いていた二人の愛も、闇で穢れきったものだけがここに残されている。

 もう、あの日のように愛し合える未来はない。

 邪神カルトが引き金となり、とっくの昔に、それは闇と悪に滅ぼされてしまっている。

 

「今のあなたは、カミーラが愛したあなたじゃない!

 カミーラですらそれを忘れかけてる!

 今なら間に合う、思い出して!

 カミーラを救った時のあなたを!

 カミーラが大好きになったあなたを!

 ……あの子が愛した、あの日のあなたを!

 思い出して!

 あなたはティガ!

 ウルトラマンティガ!

 誰よりも優しくて、誰よりも格好良い……皆が信じる、ヒーローなんだから!」

 

 ユザレは根底にごく普通の少女としての自分がある。

 自分が誰にどう見られているか意識しているし、ティガの前では特に、自分がティガにどう見られているかを意識している。

 だから彼女はいつだって凛々しく、美しい。

 いつだってティガに一番綺麗な自分を見せてきた。

 そんな彼女は今、自分がどう見られているか、どう見えているかを意識していない。

 彼の目に見える自分の存在を忘れている。

 

 ただただ、彼だけを見ている。

 彼の事だけを考えている。

 彼がこれまでどれだけの罪を犯してきたのか。

 彼がどれほど皆から恐れられ憎まれているのか。

 彼が如何程に苦しんでいるのか。

 彼がカミーラをどんなに愛していたのか。

 彼が大切な記憶をどのくらいに忘れてしまっているのか。

 彼を幸せにするには、どうしたらいいのか。

 

 目の前の人が今の自分の全てになるくらい、強く、強く、彼を想う。

 

 だからユザレは、自分が泣いていることにさえ気付いていなかった。

 

「……ティガ」

 

 胸に宿った光が点滅し、ティガダークの胸のカラータイマーに溶けていく。

 

 ユザレが気付かぬ内に流していた涙が滑り落ち、灰の砂漠に吸い込まれていく。

 

 今のユザレがティガだけを見ているように、今のティガはユザレだけを見ている。

 

「お願いです、どうか」

 

 ユザレはティガと戦った。力をぶつけた。光を叩き込んだ。

 けれど、最後は懇願した。

 心からの言葉を絞り出して口にした。

 こんなにも必死に、懸命に、心からの言葉を絞り出すのはユザレにとって、久しぶりで。

 

―――ティガくん、わたしと、ずっとおともだちでいてくださいっ

 

―――いいよ! じゃあともだちのゆざちゃんは、ぼくがずっとまもるね!

 

 十数年ぶりだと、ユザレの頭の片隅が、ぼんやりと思った。

 

 懐かしい気持ちが蘇って、家族とティガと遊んでいた記憶が蘇って。

 

 ティガに罪悪感を背負わせないために、今日までずっと言わないようにしていた、一度も口にしなかった言葉が、心に浮かび、雨垂れが落ちるように、ユザレの口から零れ落ちた。

 

 滴り落ちる、涙と共に。

 

「もう、私のお父さんと、お母さんと、お姉ちゃんみたいに、みんなを殺さないで……」

 

 そして、光は弾けた。

 

 

 

 

 

 ティガの心の核は、暗闇の中に居た。

 延々と外へと広がり、同時に内側に超高圧度をかけ、中心のティガに圧を掛け続ける闇。

 気体の鉄というものがあるならこういうものなのか、というほどに息苦しい闇の中、邪神の闇に永遠に貪られていた。

 海の中で死ぬことも許されないまま永遠に溺れ続けるような苦痛。

 全身を肉食の虫に喰われ続けるような苦痛。

 そして、自分が自分でないものになくなっていく苦痛。

 

 無限の苦痛に苛まれながら、表層意識はその苦痛を明確に自覚することすらできず、苦痛を感じながら苦痛を倍加させる行動を取り続けた。

 全てはティガの意志である。

 誰かに強制されたわけでも指示されたわけでもない。

 闇に染まったティガの心は、歪みながらも本心の赴くまま選択を繰り返してきた。

 殺戮を、繰り返してきた。

 

 ティガはずっと、自分の心がそう動くのを、特等席で見続けてきた。

 自分はそういう人間なのだと見せ続けられた。

 自分はおそましい人間なのだと思い知らされ続けた。

 自分は許されないのだと、ティガの心がティガに何度も言い続けた。

 もう二度とあの頃の光には戻れないほどに、徹底的に。

 

 邪神の闇は徹底的にティガの心を壊しにかかっていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 心を折り、叩き潰し、引き裂き、切り刻み、磨り潰して、またそれを繰り返す。

 

 そんな闇が、いつの間にか消えていた。

 ティガの内に満ちていた闇が、いつの間にか消えている。

 意識と無意識の狭間で、ティガは光を見た。

 優しい光だ。

 その光に見覚えがあった気がして、手を伸ばす。

 

 されどそのティガに周囲の闇が噛み付いていく。

 逃がすか、と言わんばかりに。

 しかしティガは目もくれず、光に手を伸ばし、光に向かって歩き続ける。

 空っぽになった心の中で、ティガが求めたのは、闇ではなく光だった。

 

 行かなければと、心が叫んでいた。

 見捨てられないと、魂が叫んでいた。

 あの日のように。

 カミーラと初めて出会った時のように。

 ティガの魂は、泣いている誰かの声を聞き届ける。

 そして、たった一人でも駆けつける。誰よりも早く駆けつける。

 

 そんなティガ・ゲンティアだからこそ、カミーラ・チィグリスは愛したのだ。

 

 悲しんでいる誰かを決して見捨てない。

 それこそが、人が捨ててはならない正義だから。

 目の前の人間に誠実に接するということは、そういうことだから。

 たとえ、ティガにもう正義を語る資格はなく、この世で最も誠実でない人間と成り果て、悲しんでいる誰かに寄り添う資格が無くとも。

 闇を祓われたティガは、『光』を選び、そちらへ行った。

 

 カミーラの絶望から生れ出でた闇を、ユザレの絶望をそこで止めるための光で振り切る。

 カミーラのために、光では居られなかった。

 だからああなった。

 ユザレのために、闇では居られなかった。

 だからこうなった。

 

 皆が感謝し、信頼し、愛したウルトラマンティガは、そうして帰還する。

 

「ティガ……」

 

「……ごめんね。ごめん。ユザレ。ごめん……ダーラム、ヒュドラ、カミーラ、皆……」

 

「……ティガ……」

 

 止まるも地獄。

 止まらぬも地獄。

 何を選んでも地獄しか無い分かれ道。

 彼は、止まってしまった。

 振り返り、道を戻ってしまった。

 自分のための地獄ではなく、皆のための地獄を選んでしまった。

 それが正解だったのか、間違いだったのか、神ですら知ることはない。

 

 何を選んでも、ティガは加害者にしかなれない。

 もう全てが手遅れだ。

 それぞれの人間にできることなど、少しだけマシだと思える方を選び、その選択の罪を背負うことしかできない。

 誰も裏切らない生き方をしてきた少年は、誰を裏切るかしか選べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガの自傷を、ユザレは見逃し、終わるたびに治癒の術を掛け続けた。

 繰り返される自傷。

 岸壁に叩きつけられる拳。

 鉄柱にぶつけられる頭。

 切り刻まれる肌。

 痛みを自罰にせずには居られないほどの罪悪感と後悔が、ティガの心を圧し潰す。

 

 死んでしまいたい気持ちが常に一番大きな気持ちとして在る。

 死んでしまえと常に自分が自分に言い聞かせている。

 死んだところで全く償いにはならないと思うたび、苦しみ悶える。

 いっそまた闇に転がり堕ちてしまおうかとすら考えて、力がそれを助長する。

 

 それでも。もう、光から闇には戻れない。

 

 強い倫理観を持つ者ほど、自らの罪を強く自覚する。

 それこそ、自殺を選びかねないほどに。

 強い責任感を持つ者ほど、自殺を選んで全てを投げ出すほど無責任にはなれない。

 ゆえに、苦しみながら生きるしかなくなる。

 ティガは光に戻ったものの、闇に居た時以上に苦しむ様子を見せ、闇に居た時も感じていたはずの苦しみに正しく向き合っていた。

 苦しみの量は変わっていない……それどころか邪神の闇を祓った分減っているが、向き合ったことで、善良なる彼に戻ったことで、その心が追い詰められている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()自分に絶望し、悲嘆し、怒り、狂う。

 

 今のティガは、時たまそうなる。

 "どうすればこうならなかったんだろう"と思うたび、ティガは「あの時僕がああしていなければ」と悔いる。

 だが、それは諸刃の剣だ。

 ティガはこの地上で最も多くの命を救った救世主。

 ティガが自己否定に走り、行動を否定することはすなわち、『過去に誰かが助かったことを否定する』ということになる。

 

 あの時カミーラを救わなければ、こんなことにはならなかった。

 本当にそうか?

 無理をして前に出て皆の代わりに闇を受け続けなければ、こんなことにはならなかった。

 本当にそうか?

 シノクニの人間を何度か守った戦いで、シノクニの人間を見捨てていればこんなことにはならなかった。

 本当にそうか?

 ヒュドラとダーラムを仲間に誘っていなければこんなことにはならなかった。

 本当にそうか?

 

 過去の光に溢れた行動の全て、救えた行動の全てが、色褪せて見える。

 

 誰よりも輝かしい過去だからこそ、多くの人達の栄光と幸福に直結した過去だからこそ、ティガは己を否定できない。

 自分の全てを否定できない。

 したいのに、できない。

 ティガだけは、"自分が生まれて来なければよかった"という言葉を吐けない。

 それを吐いた、吐く権利を持っていたのは、過去に何も持っていなかったカミーラだけだ。

 

「ぐっ……ううっ……」

 

 希望の光は消えて失せた。

 絶望の闇がティガを支配した。

 そして今、絶望の光がティガを突き動かしている。

 

 ティガにはもう絶望しかない。

 その絶望は増えることはあっても減ることはないだろう。

 しかし絶望に耐え前に進めば、まだ少しはマシにできるかもしれない。

 ティガが絶望に包まれていても、僅かな生き残りが希望を抱けるかもしれない。

 彼は今、自分に光が在るからではなく、皆の光のためにウルトラマンとして戻ったのだ。

 

 だから今のティガは光の側の、最弱の闇の巨人である。

 光の力など欠片も残っていない。

 在るのはかすかな闇の残り香のみ。

 巨人化はできるが、その力はこの地球の歴代ウルトラマンの中でも間違いなく最弱だろう。

 光の側の心が、闇の力を打ち消してしまっている。

 カミーラ達はおろか、カミーラ達が十把一絡げに一掃していた有象無象のウルトラマン達の一体と比べてすら、そのスペックは劣っている。

 

 心は狂乱。

 力は最弱。

 ティガは光の側に戻ったものの、希望はまだまだか細く弱い。

 自分を痛めつけ、痛めつけ、痛めつけ……そこから"何か"を掴んでそのまま泥のように眠りについたティガは、目覚めた時、自分の頭を膝に乗せているユザレに気付く。

 互いに何も言わないまま、そっと離れた。

 ユザレは寂しげな口調で、何かを語り始める。

 

「光は光。

 闇は闇。

 交わることはなく、交われば純度が下がる。

 その先にあるのは悲劇しかない……なんて、今になって思う」

 

「……ユザレ」

 

「人の心から闇が消え去ることがないなら、地球人が本当の意味で救われることなんて……」

 

 希望を捨てていない少女の、絶望の混じった呟き。

 

「……永遠に、無いかもしれないでしょう?」

 

 神のように、光で在り続けられれば。

 あるいは邪神のように、闇で在り続けられれば。

 こんな苦しみはなかったかもしれない。

 それでも、彼らは人なのだ。

 光でもあり、闇でもある。

 その心次第でどちらにもなる。

 きっと誰もが、どちらにもなれる。

 絶望のためにティガダークは生まれ、希望のためにティガはユザレの横に戻った。

 

「たとえ人の心から闇が消えることがなくても、僕は信じる」

 

 だから、ティガは。

 

「人間は、自分自身の力で光になれるはずだって」

 

 今でも信じてるのだ。

 

「……教えて、もらったんだ。大切な人に」

 

 大好きなあの子が教えてくれた希望を信じる。

 "誰もが光になれる"という、ティガの人生を支えてくれた真理を信じる。

 まだ終わっていない。

 あの三人も、ティガのように戻れるかもしれない。

 ティガとユザレが信じるのは、本当にか細いかすかな希望。

 

 立ち上がったティガが、ブラックスパークレンスを握り締め、歩き出す。

 

「行くのね」

 

「行くよ」

 

「大丈夫? 情に流されない?」

 

「大丈夫だよ。光と闇を行き来してコツは掴んだ。

 相対して目を見れば、光に戻れるか戻れないかはひと目で分かる」

 

 ユザレはもう戦えない。

 ティガが聞いても誤魔化すが、"勇者が大きな神の力を使うには何かの形で代価が必要"らしく、多くを支払ったユザレはもう戦えないらしい。

 ここからはティガ一人の戦い。

 そして、ティガ最後の戦いとなるだろう。

 

 ティガダークによって、人も、神も、怪獣も、ほとんど生き残ってはいない。

 残るは闇の巨人が三人、邪神が一柱、天地の神が数える程度。

 ティガを警戒しているのか、逆に何とも思っていないのかも不明だが、浮上して来ない邪神を後回しにすれば、対処すべきは闇の三巨人しか居ない。

 

「……戻れないと分かったら、どうするの? 封印?」

 

 ユザレは最後の一線を越える心持ちで、その問いを口にする。

 

 一拍おいて、ティガは答えた。

 

「殺すよ。ダーラムも、ヒュドラも、カミーラも」

 

「―――」

 

「そうでなきゃ……僕は……自分がやったことの責任すら取れないんだ」

 

 一度闇に堕ちれば、もう這い上がれないのが当然。

 闇から光に戻るなど、神の奇跡でもそうそうない。

 ましてや、幾度となく繰り返されることがないからこその奇跡である。

 ティガが光に戻れただけでも、神の奇跡を超える奇跡。奇跡の中の奇跡だった。

 二度目はあるのか。ないのか。

 いずれにせよ、分かりきっていることがある。

 

 ティガに、因果は応報する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガは灰の砂漠を越え、血の荒野に辿り着いた。

 死体がそこかしこにあり、変色した血液が染み込んだ荒野が広がっている。

 死体がそこかしこにあるのに腐敗が控え目で、死体を苗床に虫が繁殖していないのは、『闇』が最近も微生物もその大半を殺し尽くしてしまったから。

 無菌室の腐らない肉のように、死体は消え去ることもないまま、長い時間この血の荒野に晒し者にされている。

 無念の表情で死んだ死体が草木のように生い茂る、死体の草原であるとも言える。

 

 闇に堕ちたカミーラ達は、こういう風景が好きだった。

 闇に堕ちていた時のティガも、この血の荒野に美しさを感じていた記憶がある。

 だが、今はもうない。

 ティガがこの風景に感じるのは、おぞましさだけだ。

 

 血の荒野を越え、闇に染まった黒海を越え、ティガは廃墟になった街に辿り着く。

 

 廃墟の名はルルイエ。かつては絢爛だった街の成れの果て。

 

 もうここに闇の巨人以外の住人は居らず、人間は皆死に、ウルトラマンも皆殺された。

 広大な街には壊れた建物と、石となり粉々になったウルトラマンの残骸だけが在る。

 見渡す限り全てが廃墟とウルトラマンの死体という地獄。

 ここを、闇の巨人は本拠としていた。

 

 数え切れないほどの死が、この廃墟に埋まっている。

 命乞いをしてヒュドラに踏み潰された幼い子供も。

 ダーラムに八つ裂きにされたティガの恩人であるウルトラマンも。

 カミーラを止めようとしてカミーラに焼き殺されたカミーラの親も。

 ここに満ちる膨大な死の前では、無数の内に混じる一、忘れられた塵芥に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 高い塔の上で、ダーラムとヒュドラは酒盛りをしていた。

 ティガは二人の前に姿を現し、先んじて二人の目を見る。

 "光には戻れない"と、ティガは瞬時に理解した。

 苦悩があった。

 苦痛があった。

 絶望があった。

 されど、ティガは一秒の迷いも見せはしなかった。

 二人の目を見ながら、二人にゆったりと距離を詰める。

 

「遅かったじゃねえか、何してたんだ? ヒッヒッヒ」

 

 ヒュドラは気付かなかった。

 いつもそうだ。

 ヒュドラはティガに憧れて、尊敬していても、ティガの本質にまで理解が及ばない。

 彼はいつだって早いのに、いつだって間に合わない。

 

「……お前」

 

 ダーラムはヒュドラと違い気付いていた。

 しかし、どうすればいいかに思考が至らず、後手に回った。

 いつもそうだ。

 ダーラムはどんなに自分を鍛えても、いついかなる時も無力である。

 彼は誰よりも力強いのに、誰よりも無力なまま終わる。

 

 ティガはゆったりとした動き――に、見えるだけの素早い動き――で距離を詰め、袖口に隠したナイフに光と闇のエネルギーを詰め、ヒュドラの首を刺す。

 そして、塔からヒュドラを蹴り落とした。

 

「―――は?」

 

 まともに戦えば勝てない敵を、まず一人。

 光らしくない戦法であるが、闇の者相手に使うがゆえに相対的に光の一手となる。

 ティガは光の側に戻ったが、光の力と心の多くはまだ失われたままで……まだどこか、闇に寄っている。

 闇の手も使える、光の陣営最後にして最弱のウルトラマン。

 それが今のティガだった。

 

 ティガとダーラムが、黒く染まったスパークレンスを抜く。

 

「光に……戻ったのか」

 

「そうだ」

 

「カミーラは、もういいのか」

 

「―――」

 

「まあいい。どうでもいい。……お前と本気で殺し合う時が来た、というわけだ」

 

 親友を殺す時が来た。ただそれだけのことを噛み締める。

 

我が友よ(My Friend)

 

 二人の変身は一瞬で完了し、ウルトラマンダーラムとティガダークが相対した。

 

 世界を侵している闇がダーラムを強化し、ティガの心の光がティガダークを弱くする。

 

来い(C'MON)

 

 ダーラムはどっしりと構え、ティガの攻撃を受けに入る。

 スペック差は圧倒的だ。

 この時代において、ダーラムは文明殺しの格に相応しい力を持っている。

 ティガダークの百倍程度のスペック差で収まればいい方だろう。

 攻撃、防御、どちらであってもダーラムに戦いの天秤が傾けば、ティガは一瞬で死に至る。

 ダーラムも眼前のティガから感じる力を見て取り、それを確信している。

 

 だからもう、この時点で勝敗は決していた。

 

 ティガが腕を振るって攻撃し、ダーラムが受け、ダーラムの両腕が弾け飛ぶ。

 

『!?』

 

『闇の力を、光に変える』

 

 ティガは曲がりなりにも無敗を貫いてきた光の巨人。

 いかなる戦闘においても、最低でも自分だけは勝利してきた。

 勝つべくして勝ち、勝つための準備を怠らず、正確に戦いの流れを予測し、絶対に勝つ道筋を作り上げ、その道筋を外れさせず、どんなに強い相手にも勝ってきた。

 

 これは()()()()()()()()の応用。

 ティガは己の内に眠る力に気付き、自傷による瀕死状態を経て覚醒、それを自分の物とした。

 その力をもってダーラムの腕の闇を光に変換、反発作用で腕を内部から爆発させたのだ。

 

 どうしようもない初見殺し。

 光と闇の対立構造で戦っているこの星において、反則中の反則である。

 ダーラムが受けに入った時点で、ティガの一方的な勝利は確定していた。

 いや。

 この状況に入る前から、ティガは言葉を選び、距離を選び、立ち位置を選び、目線や細かな動きを選んで、ダーラムがこの穴に落ちるように誘導していたのだ。

 

 もっと穏便なやり方も、ティガは考えていた。

 ダーラムが光線を撃つのを待ち、それを吸収して力に変え、封印に持っていくこともできた。

 だけど、それでは"確実に殺せる自信"がなかった。

 ティガはもう決めている。

 全てのツケを支払うべく、光に戻れなかった巨人を、この手で殺すことを。

 

『僕は……僕は、君を殺す。ダーラム』

 

 この時代最後の光の巨人は、闇を光に変えるという全ての根底をひっくり返す異能を編み上げ、それを明確な殺意で行使する、最弱にして無双の存在だった。

 

 ティガの手刀がダーラムの胸に刺さり、ダーラムの闇を光に変え、奪い去る。

 

 と、同時に、ダーラムの体内の闇が一斉に光に変換され、反発し―――ダーラムの首を残して、その全身が爆発四散した。

 

 まごうことなく、死に至らしめる傷である。

 

『……最後に言い残す言葉はないか、ダーラム』

 

 ティガはウルトラマンの鉄面皮で表情を隠し、今にも泣き出しそうな声で問いかける。

 

『そんなものはない。心に浮かんだ言葉は全部その時に言ってきた』

 

 対し、ダーラムは首だけになっても飛び上がり、光の巨人だった頃には無かった肉体変成によって――まるで怪獣のような――口と牙を生やし、ティガの首を噛み千切らんとする。

 ティガは余裕をもってそれを見切り、殴って地面に叩きつけ、潰す。

 

『最後まで戦いか。ダーラムらしい』

 

 ダーラムの首も、石の残骸に変わっていく。

 

 ダーラムの体から闇が抜け、光が抜け……そしてそこに、人としての心が残った。

 

 ダーラムはつらつらと、何かの想いを零し始める。

 

『不思議だ』

 

 先程まであった気持ち悪さはもうなくて、かつてティガ達と笑い合っていた頃のダーラムが、徐々に、徐々に戻ってきていた。

 手遅れになってからの回帰。

 闇の巨人は、死の間際に人としての心を取り戻すのだと……ティガはここで、遅まきに知る。

 

『お前が憎くない。お前のせいだと思えない。何故だ、お前は敵なのに』

 

『―――ダーラム。ダーラム……僕は……僕は……』

 

 ダーラムは学びの少ない男であった。

 戦場の経験で自分を満たす男であった。

 彼は出会い、繋がり、仲間のために何かを学んでいった男だった。

 もう、そんな自分も、学んできたことも、彼は忘れてしまっている。

 

 覚えているのは、ティガという親友が、修羅の生を選んだ自分に、人間らしい幸せの光をくれたということだけだった。

 

『ティガ……お前なら……何故俺がお前を憎んでいないのか、分かるのか……?』

 

 ティガは答えない。

 答えられない。

 ティガはその答えを知っている。

 ダーラムにそれを教えることができる。

 

 けれどこの世界でただ一人、ティガだけは、それを教える権利を持たなかった。

 友情を踏み躙った者が、どうしてその友情を語れようか。

 ダーラムのこの輝きを踏み躙ったのは、闇の誘惑に負けたティガの選択だというのに。

 

『俺は言える。言い切れる。お前という友を得たこれまでの全てに、悔い一つ無し』

 

『……っ』

 

 何も言えない。

 ティガは何も言ってはいけない。

 ダーラムの友情に応える資格を、ティガは全て失っている。

 

『別れの時だ……親愛なる(Dear)……我が友よ(My Friend)……』

 

 そうして、ダーラムは消えた。

 

 彼と共に在った絆も、そうして消えた。

 

 ティガの心に罅が入った音がする。

 

 

 

 

 

 悲しみに膝をつきそうなティガを、背後からヒュドラが襲った。

 

『この裏切者があああああああああああッ!!!』

 

『!』

 

 背後からの完璧な奇襲、風を纏った突撃を、ティガは流れるような体術で受け流し、無傷で乗り切った。

 

 闇に汚染された彼らは、もう人間ではない。

 ウルトラマンがどうとかいう話ではなく、変身前から既に変質しきっており、首を刺されて塔から落ちて潰れた程度では死なない命になっているのである。

 邪神は闇の巨人に力を与える。

 闇の巨人は邪神に力を与える。

 この共生関係を、邪神は半強制的に続けさせている。

 この時代において、闇の巨人の変身者達は、通常手段では殺害しきれないのだ。

 

 もう彼らは人間ではない。

 闇に落ち、光に戻れなくなった時点で、邪神が遊ぶ遊戯人形に成り果てている。

 『光』から生まれたウルトラマンの力でなければ、彼らは殺せない。

 

 怪物に成り果て、ウルトラマンに変身してなおおぞましい気配を纏うヒュドラに、ティガは地獄のような苦しみを覚える。

 

『いいぜ、テメエが裏切るなら殺してやる! この! オレが! ここでなぁ!』

 

『ヒュドラ……』

 

 ティガがヒュドラを変身前に狙った理由は簡単だ。

 ヒュドラが上手いこと対処して、その速さで撤退し、"ティガの裏切りが露見した状態で仕切り直し"になることだけをティガは恐れていた。

 ティガの裏切りが露見した状態で3対1にされた場合、ティガはどうやっても勝てない。

 ティガは冷たい計算と打算で立ち回りを考え、まずヒュドラを刺した。

 それにヒュドラが気付けば、ヒュドラはまずカミーラと合流し、ティガの勝ち目を冷静に潰すことができただろう。

 

 だが、そうしない。

 ヒュドラは声を荒げ、途方も無い怒りを帯びて、ティガにまっすぐに向かってくる。

 ティガだけを見て、冷静さの欠片もない猛攻を仕掛けてきている。

 "そうなるだろう"と分かっていたティガは、冷静にヒュドラの攻撃を捌いていく。

 

『テメエの正しさが!

 テメエに追いつけねえ現実が!

 テメエみたいに慣れないオレが!

 何もかもがオレをここに追いやった! だが! 一番デケえのは!』

 

 ヒュドラの闇の風をこっそりと、光に変えて吸い上げていく。

 ティガとヒュドラの間には文字通りの桁違いのスペック差があったが、ティガは最高効率の体捌きによって、ヒュドラの風を飲み込んでいく。

 

『お前の正しさが、オレを苛立たせるんだよ!』

 

『っ』

 

 技量で見ればティガはヒュドラを圧倒しているのに、その心は今にも窒息死してしまいそうなほどの苦しみにまみれている。

 

『お前の背中を追いかけて、お前が間違った時、オレはどうすりゃいいんだよ』

 

 ヒュドラの猛攻が勢いを増す中、言葉は静かになっていく。

 

『お前に正しくないって否定されたら、オレはどうすりゃいいんだよ』

 

 凪のような言葉に、ティガの心が揺れた。

 

『あ……僕は……ヒュドラ……それは……』

 

 けれども。

 ヒュドラのそんな言葉は、闇に浮かんだ、かつてのヒュドラの心の欠片に過ぎない。

 

『ヒャハハハハハッ! ヒャ、ヒャァッ! ヒィーヒャァッ!!』

 

 突如高笑いを始めたヒュドラが、一気に数倍の加速を始める。

 

 それと引き換えに、先程まで"戦士のヒュドラ"が徹底していた隙の無さが、消え失せた。

 

『絶対に許さねえ!

 てめえだけは絶対に許さねえ!

 何もかも裏切って!

 何もかも殺す!

 最悪の裏切り者がぁっ!!

 俺は最悪のゲスって自覚があるが、てめえはそれ以下だ!

 てめえを仲間だと思ってた……オレがバカだった!

 絶対に絶対、テメエを嘲笑いながら、カミーラの前で殺してや―――』

 

 カチン、と、何かが打ち据えられる音がした。

 

 ヒュドラが腕の刃を当てようとした、その瞬間、ティガダークがタイプチェンジ。

 俊敏形態ティガブラストへと代わり、一瞬の加速でヒュドラとの位置を入れ替え、掴む。

 ヒュドラを掴んだまま、剛力形態ティガトルネードにタイプチェンジ。

 関節を手早く折り、そのまま地面に蹴り込み、ノータイムでデラシウム光流を撃ち込んだ。

 

『―――あ、え?』

 

 初見殺しのタイプチェンジ二連。

 意表を突かれ、目も慣れていなかったヒュドラは一瞬、戦闘の主導権を完全にティガに握られてしまい、そのまま墜落した形。

 燃え上がるヒュドラの体が、瞬く間に灰になっていく。

 初見殺しで殺せてしまうならそれでいい。

 それで勝ってしまえばいい。

 だから、トドメを刺せる瞬間までタイプチェンジを温存していた。それだけの戦術。

 しかしながら、実戦においては悪魔的に有効な戦術だった。

 

『……ヒュドラ』

 

『なあ』

 

 炎の中から、ヒュドラの声がする。

 死の間際に、あの頃のような語り口で語り始める。

 

『知ってるか』

 

 燃え尽きる前のその言葉は、まるで遺言のようで。

 

 友の遺言に応える言葉も、応える資格も、ティガは持たない。

 

『オレも、ダーラムも、カミーラも』

 

 ヒュドラでさえ最後の言葉が自分を責めていないことに気付き、ティガの心はもう、ヒュドラを焼く炎よりも熱い地獄の炎で炙られている。

 

『光も闇もどうでもよくて、お前と一緒に居たかっただけだったんだぜ』

 

 そうして、ヒュドラは燃え尽きた。

 

 彼と共に在った絆も、そうして消えた。

 

 ティガの心に罅が入った音がする。

 

 

 

 

 

 二人を殺して少しの間を置き、カミーラが戦場に現れた。

 カミーラの目を見れば、光に戻れるか戻れないかひと目で分かる。

 けれど、ティガはカミーラの目を見るのを一瞬躊躇った。

 しかし逡巡は一瞬で、すぐに目を見て……心にまた、罅が入る。

 

 そうだと分かれば、すぐに殺してやるつもりだった。

 即時殺せるだけのプランと技能が彼にはあった。

 なのに、できなかった。

 殺せなかった。

 カミーラを殺したくないという気持ちが、ティガが事前に決めてきた全ての覚悟を粉砕し、カミーラを生かしたいという気持ちが暴走しかける。

 

 ティガの心はまだ、光と闇の境界に在るということだ。

 

 カミーラは変身し、互いに巨人となっての語り合いをしようとする。

 

『来てくれたのね、ティガ』

 

『……僕は、ダーラムとヒュドラを殺したよ』

 

 思うより先に口が動いていた。

 カミーラに謝罪しようとする心が動いていた。

 仲間殺しの自白。

 カミーラに嫌われるのも覚悟の上で、それを告げる。

 いつだってティガは、カミーラに対して誠実でありたいと思っているから、言ってしまった。

 

 けれどカミーラは、あっけらかんとそれを流す。

 

『ああ、あんなのはどうでもいいのよ。

 ティガが気にする必要はないわ。

 私とティガ以外が何人死んだって同じよ。

 私はティガだけを愛しているし、ティガは私だけを愛してくれている。それでいいでしょ?』

 

『―――』

 

『それより、ユザレよね。

 また何か企んでティガを探しているみたいだわ。

 あの女の口車に乗ってないわよね?

 あなたが乗るわけないわよね?

 あんな女の言葉を聞く必要なんてないのよ?

 聞いたら……ティガでも、許せないかも。

 ああ、忌々しい。

 光の女。

 おぞましい女。

 闇を見下し、闇に染まらず、闇に堕ちる気配もない。

 私に何も与えないくせに、私の邪魔ばかり、私のティガを奪いにかかる泥棒猫……!』

 

 カミーラは、もう。

 

 仲間との絆も覚えていない。

 

 自分が着ているドレスが、ユザレがくれたものであることも、友達からのプレゼントであるそれを闇に堕ちてなお大切にしていたことも覚えていない。

 

 この女はもうとっくに、カミーラであってカミーラでないものへと変わり果てている。

 

 ティガが愛したカミーラは、あの日もう死んでいたのだ。ティガが目を逸らしていただけで。

 

『どうしたのティガ? どうし―――』

 

 カミーラはいつだってティガを信じている。

 光の時も。

 闇の時も。

 ティガを信じ、いつだって無防備にティガに寄り添っている。

 世界中の全てが敵になっても、ティガは味方で居てくれると信じている。

 自分がどんなに間違っても、ティガは許してくれると信じている。

 いつでも、どこでも、誰が相手でも、ティガが守ってくれると信じている。

 あの街で邪神カルト達に襲われた時にもうその信頼は裏切られているというのに、都合の悪いことは皆忘れて、目を逸らして、ティガを盲信しきっている。

 ティガと二人きりの世界でもいいと思うくらいに、カミーラはティガのことが好きだ。

 

 だからティガにとっては、彼の生涯で最も楽な討伐目標だったと言える。

 

 一秒と少しで、カミーラの闇を光に変え、カミーラに致命傷を与える攻撃は完了した。

 

 

 

 

 

 致命傷を受けたカミーラの前で、ティガは口を開かない。

 

『ねえ』

 

 ティガは何も言わない。

 

『なんで……ねえ、なんで』

 

 ティガは何も言わない。

 

『ね、ねえ……何で何も言ってくれないの……?』

 

 ティガは何も言わない。

 

『わ、私、ティガの言うことなら何でも聞くわ。いつもそうなの、ずっとそうなの』

 

 ティガは何も言わない。

 

『ほ、ほら見て、人間の頭蓋骨を繋げたアクセサリー。ティガにあげようって思ってて……』

 

 ティガは何も言わない。

 

『何を怒ってるの?

 お……怒らないで。

 私、怒られるの苦手。

 それに……ティガだけには怒られたくない……嫌われたくない……』

 

 ティガは何も言わない。

 

『ティガは私の味方でしょう?

 ティガは私のことが好きでしょう?

 愛してくれたよね? 信じてくれたよね?

 いつも私のそばにいてくれるって言ったよね?

 ねえ、ねえ、なんとか言ってよ……ティガ……ねえ……』

 

 ティガは何も言わない。

 

『ダメなところがあったら直すから。足りないところがあったら頑張るから……』

 

 ティガは何も言わない。

 

『だから、だから……お願いだから……嫌いにならないで……お願い……』

 

 ティガは何も言わない。

 

『お願いです……私を嫌わないでください……

 ……お願いだから……私を好きでいてください……』

 

 罅の入ったティガの心が、割れる音がした。

 

『嫌いになんてなってない。これは僕の……果たすべき、けじめだ』

 

 二人分の涙が、零れ落ちていた。

 

『けじ、め? まさ、か……ユザレユザレユザレユザレ! あの女、殺し―――』

 

 光線が、カミーラの首を切り落とす。

 追撃の光線が、カミーラを死体も残らないほどに砕き切る。

 光の粒子になって消えていくカミーラを見送って、ティガは変身を解いた。

 後はもう、出てこない海の底の邪神だけ。

 他はもう全て倒しきった。

 

 人類も、文明も、天の神も、地の神も、光の巨人も、闇の巨人も、海の邪神の眷属たる怪獣達も……ほぼ全て、ウルトラマンティガが殺しきった。

 全てを平にして、最強を証明した。

 なのに。

 その胸に満ちるのは、虚無感のみ。

 

 瓦礫に腰を下ろして、深く深く、息を吐くティガ。

 

「僕が……僕が、間違っていた。

 なんてことをしたんだ、僕は。

 何人殺した?

 何人死なせた?

 守りたかった人も……この手で。

 あんな小さな子供も。

 子供の親も。

 優しげな老人も。

 罪のない人も。

 善良な光の巨人達も。

 大切な仲間も。

 愛したカミーラまで巻き込んで。

 ああ、なんで、僕は、僕は……

 ……()()()()()()()()()()()()()、思ってしまったんだ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()、思ってしまったんだ?

 人々の未来のために、僕の大切な人を殺すだなんて……なんで、今更……」

 

 終わりを迎えた。

 

 後悔の終わりを。

 

「ああ」

 

 誰も隣に居ないこの虚無こそが、ティガ・ゲンティアに与えられた罰。

 

 愛したものは、ほとんど全て彼の手の中から零れ落ちていった。

 

「僕に最初から」

 

 誰よりも強いから、誰よりも救われない最後の結末に、彼は一人残される。

 

「人々の幸せを諦める勇気か。

 カミーラの幸せを諦める勇気が。

 あったら、よかったのに。そうしたら、そうしたら―――」

 

 彼が持つ力が、光と闇を行き来する力で無ければ、何かが違ったのだろうか。

 

 けれど、全ては『もしも』の話。もうとっくの昔に終わった話。

 

 ティガはルルイエを抜け、空を見上げ、かつてないほどに真摯に神へと祈る。

 

「お願いします……神様……たった一つだけ……叶えてください……」

 

 彼は最強だったから、いつだって自分の力でなんとかしてきた。

 願いは自分で叶えるものだと考えてきた。

 足りない力は仲間と支え合い、補い合うものだと考えてきた。

 だから神頼みなんてしない。

 願いが叶う人間の尽力の結果であるべきだと思っていたから。

 

 そんな彼が、みじめに、無様に、哀れなほどに、縋る姿勢で神に祈る。

 

「ユザレだけは……

 ユザレだけは幸せにしてあげてください……

 あいつは何も悪いことしてないんです……

 どうか、どうか、あいつだけは、幸せにしてやってください……

 僕が支払えるものなら何でも捧げます……

 お願いします……お願いします……あいつを……幸せに……」

 

 いつもティガがこうして祈れば、神々は応えてくれた。

 ティガの願いもちょっとしたことなら叶えてくれた。

 その光景こそが、人と神との共存、そして神の悲願である人類の次代への進化の先駆けだと―――そんなことを言う人が居た時代もあった。

 

 けれど、それももう昔の話。

 神は誰も応えない。

 神は誰も叶えてやらない。

 神は誰もがその願いを蹴り捨てた。

 

「う……ううううぅ……」

 

 神殺しの罪人であるウルトラマンティガの願いなど、叶える神はもう誰も居ない。

 

 ティガを愛した神々は全員、ティガがその手で殺したのだから。

 

 

 




 助けを求める遠くの声を聞き届ける能力は常時発動ではないものの、ティガの子孫に継承された能力であるようです。
 原作ティガではヘルメットで頭と耳を覆い、走行中の車という雑音のある密閉空間の中で、遠くの路地裏の奥の悲鳴をダイゴ(当代ティガ)が聞き、そこで襲われた女を助けるのが間に合ったというシーンがあります。
 クレナイ・ガイことウルトラマンオーブも似た能力を持っていたので、そういう面でもティガとオーブは親和性が高かったのかもしれません。
 まあダイゴはそうして助けた女性を目の前で射殺され、その娘の死体は爆散するんですが。
 歴代ティガの宿命ですね。
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