夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 カミーラ、と呼びかけてくれる貴方の声が好きだった。

 愛してくれるあなたが好きだった。

 光が似合わないはずの私を、いつも肯定してくれる貴方が好きだった。

 

 罪の無い人が傷付けられることを許せなかったあなたが好きだった。

 皆の笑顔を守ろうとするあなたが好きだった。

 あの日、森の中で、私を救いに来てくれたあなたが好きだった。

 

 貴方が闇に落ちても、私はあなたが好きだった。

 

 でも、貴方は光に戻った。

 

 何故、私は貴方が好きな理由が貴方から無くなったのに、貴方が好きだったのだろう。

 

 何故、貴方は私を置いて、光の側に戻ったんだろう。

 ……理由なんて分かりきってる。

 私が、光の側に戻れない女だったから。

 絶対に戻れない女だったから。

 一度堕ちたら、戻れない女だったから。

 私はもう、とっくの昔に、悲しんでいる人じゃなくて、幸せな人になっていたから。

 

 あなたが幸せをくれたから。

 

 私はずっと、あなたのおかげで幸せだった。

 

 ああ、でも、口が動かない。

 

 それを伝えられない。

 

 さよなら、ティガ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダーラム、ヒュドラ、カミーラの力を光に変換し、ティガは光の巨人としての力の規格を取り戻すことに成功した。

 光の側にも闇の側にも振り切ることができない今のティガは、強大な神性とぶつかって打ち勝てるほどの存在ではない。

 しかし、光と闇の極致を行き来したことで、巨人の目を見れば戻れるかどうかが分かるように、海を見ればどこに海の神が居るのかが分かるようになった。

 

 ティガはルルイエに邪神を誘導し、ルルイエに残っていた最後の設備を利用、命を削る渾身の力でルルイエごと封印することに成功した。

 邪神単体で永続的な封印を行うのではなく、ルルイエごと封印する、虫カゴごと虫を土に埋めるような封印を行ったのである。

 できれば邪神も仕留めておきたかった。

 闇の三巨人に対してそうしたように、後の時代に憂いを残さないために倒しておきたかった。

 しかし、それには力がもう足りない。

 邪神がティガの弱体に気付く前に畳み掛けねばならない。

 邪神が勝てたはずの戦いで勝ちを逃してしまったことに気付いたのは、ティガの手によって光の封印を受け、海の底に沈められてからだった。

 

 戦いは終わったのだ。

 

 三千万年後に続く、いくつかの禍根を残して。

 

 

 

 

 

 ティガは灰の砂漠に足を取られている牛の鬼のような生物を見つけた。

 サイズは子犬程度の奇っ怪な生物。

 ティガはその動物……否、動物という括りには入れておけない、通常生物を超越した上位生命体に見覚えがあった。

 カミーラがいつも膝の上に乗せて、その頭を撫でていたのを覚えていたから。

 

「君はチィちゃんがいつも可愛がってた若い神の……そうか、生き残ってたのか」

 

 ティガが牛鬼を抱きかかえようとするが、その手はその神に叩き落される。

 その目には確かな敵意があった。

 ティガはぎゅっと拳を握り、罪悪感に表情を歪める。

 この神がティガに殺されたのは、友であった神か、親であった神か、あるいはティガ同様に……愛する人を、失ったのか。

 怒りには相応の理由があるはずだ。

 

「……ごめんね」

 

 ティガは手を引き、頭を下げて謝る。

 牛の鬼は落ち込んでいるティガを見て複雑な表情をして、ティガの足元に歩み寄り、ティガの足をぺちぺちと叩く。

 "元気出せよ"とでも言いたげに。

 

「……。ありがとう」

 

 二人で灰の砂漠の外縁を歩き、廃墟に足を踏み入れ、一人と一匹は歩く。

 終わった世界の二人旅。

 多くの生物が絶滅し、人類もまた絶滅しかけている世界を、二人が歩いて行く。

 ティガは牛の鬼に合わせて歩幅を少し狭め、牛の鬼はティガに合わせてせっせこ歩いていた。

 

 人類は生存数から見て、絶滅してもおかしくないほどの数まで減ってしまった。

 数千万年残る物を作れていた文明ももう、多くの物が壊されたことで永遠を失い、百万年後にはほぼ全ての物が風化して消え去るだろうと推測されている。

 この時代の文明は死んだ。

 殺された、と言い換えても良い。

 現在の人類には、最新技術を習得している人間も、人類の最新技術を保存しておく方法も、最新技術で何かを作っておけるだけの資源も無いのだ。

 

「ここから……世界は……立て直せるんだろうか……」

 

 神は答えない。

 ティガの不安は、不安であって不安でない。

 もうとっくに世界が立て直せないことは確定している。

 それでもティガは、そう言わずにはいられなかった。

 このまま何も残せず終わるなどということだけは、避けなければならなかった。

 

 不安に苛まれるティガの足を、牛の鬼の角がぐりぐりと押す。

 どうやら元気付けようとしてくれているようだ。

 雨が降る前の雲のような微笑みで、ティガは神に微笑みを返す。

 

「ありがとうね」

 

 ティガが優しげにお礼を言っても、牛の鬼はぷいとよそを向いて無愛想。

 

 加害者と被害者、人と神、巨人と牛鬼、子供と子供。奇妙な相方との珍道中を進んでいく。

 

 ほとんど一日歩き、ティガは目的地に辿り着いた。

 

「待ったぞ、ティガ」

 

「全然待ってないよ~」

 

「行きましょうか」

 

 そこで待っていたのは、三人の人間。

 二人はウルトラマン。

 片方は松葉杖をついていて、片方は車椅子に乗っている。

 松葉杖をついている方は強気な成人男性で、車椅子に乗っている方はのんびりとした青年。

 

 一人はカミーラと同部隊でウルトラマン達の食事を作っていた女性。

 壊れかけの車をカチャカチャといじっていたが、顔を上げてティガに笑いかけていた。

 

 ティガとユザレを除けば、地球星警備団最後の生き残り。

 最後の五人の内の三人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう地球上に動いている機械は多くなかった。

 闇は光の全てを否定するがため、人の進化の光の産物とも言える機械をことごとく破壊し、技術者がほぼ全滅した人類はそれを直す手段がなかった。

 闇の破壊を免れたものもティガの攻撃、あるいはティガの闇落ち以降の戦闘によって保護加工を喪失し、現在ではことごとくが破壊されてしまっている。

 

 もうこの地球上で動いているのは、ボロボロの壊れかけの車一台だけだ。

 旧世代の、化石燃料を燃やして走る車。美術館に飾られていた一品である。

 美術館の崩落に巻き込まれていたこれは、四人しか乗れないのにドアも左後ろの一つしかなく、またエンジンもガタガタなので頻繁に止まる。

 タイヤのゴムは穴だらけだったものを無理矢理穴を修繕して使用し、ブレーキは宇宙戦艦のパーツの一部だった慣性制御システムをそのまま車の上に乗せ、代用とした。

 使わないでいいなら使いたくないポンコツである。

 

 しかしながら闇の巨人がもう居ない今、ウルトラマンには三分の制限があるため、長距離移動となれば車は必須である。

 ティガと、ティガを待っていた三人の内一人の女性は、たびたび止まる車をその都度修理しながら、四人と一匹が乗る車を走らせていった。

 

 彼女は実家の仕事の関係で、ある程度機械に強いらしい。

 それでも旧世代の車に触れたのは初めてだったらしいが。

 ティガ、ウルトラマン二人、人間一人、神一柱の間に会話はそんなにない。

 彼らは多くの時間を沈黙を保ったまま、目的地に辿り着いた。

 

「ここだ、ティガ。目立たない山中が一番だろ」

 

 気の強そうな松葉杖の男は、松葉杖でティガに場所を指し示す。

 

「分かった」

 

 ティガは頷き、木の棒で地面に術式の下地を書き、儀礼を行うことで"神域"の疑似領域を作り上げ、そして青銅のスパークレンスを掲げる。

 スパークレンスが光を放ち、光がピラミッドを作り上げていく。

 悪しき者では触れることもできない領域。

 光の者が招き寄せられる領域。

 神とウルトラマンのための神域を、光の力でピラミッドとして作り上げていく。

 

 そんな彼の背中を、牛の鬼がじっと見ていた。

 

「うわっ……すっげ……流石ウルトラマンティガ……」

「ですね……」

「こんなに簡単に……」

 

「太陽光を吸って光に変える仕組みを組み込んだよ。

 細かな不具合はピラミッドが自分で直してくれる。

 三千万年は邪神でも見つけられない……と、思う。

 エラーもおそらく一億年くらいは起きないかな。

 いつか光を必要とする戦士の子孫が現れた時、このピラミッドは応えるはずだ」

 

 光のピラミッドを見て、最後の三人のウルトラマンは目配せする。

 そして、『光』がくれたスパークレンスを空に掲げると……それぞれの手の中で、スパークレンスが光の砂になって消えていく。

 もう闇の脅威は去った。

 この星で光が果たすべき使命はない。

 そう。

 別れの時が来た、ということだ。

 

 三人の体から『光』が離れ、『光』はこの星で戦うために使っていた肉体を、石像としてピラミッドの中に鎮座させた。

 

「これまで……ありがとうございました」

 

 ティガ達が四者四様に頭を下げると、光はティガ以外の傷付いた巨人変身者に光を当て、傷を持っていく。

 松葉杖も車椅子も必要がなくなり、二人は普通に立って歩けるようになった。

 

「傷が……」

「消えた?」

「おお……ありがとうございます。この星を救いに来てもらって、こんな……」

 

 光は何も言わず、瞬いて、宇宙の彼方に去っていく。

 かくして、光は去っていった。

 遠い未来に、この星の誰かが、闇と戦うための力を残して。

 最後まで何の見返りも求めず、人間達に自らの未来を選択する力を与えるのみで何も言わず、星の向こうへと帰っていった。

 

「よし、後は、周辺の土地の再確認と、地脈の精査と、それから……」

 

 やや過剰に細かいところを詰めていこうとするティガだが、ふらりとその体が揺れ、脱力した体が横に倒れる。

 咄嗟に飛び込み、左右から元ウルトラマンの二人がその体を支える。

 少し大きな力を使いすぎたようだ。ティガの顔色はだいぶ悪い。

 強気な表情の男も、のんびりした表情の男も、ティガの体調を心配する表情になっていた。

 

「働きすぎだ。少し休め、私たちは急かさない」

 

「でも……万が一闇の罠があったら……闇は、なんでもありだから……」

 

 ティガを支える二人の体が、触れているティガにも気付かれない程度に、少し強張る。

 

 いつだってそうだった。

 ティガは他人よりちょっとだけ、時には他人とは比べ物にほどに多く頑張ってきた。

 他人より頑張ることで他人が求める結果を出してきた。

 今も、昔も、ティガは無理をすることで他人の希望を繋ごうとしている。

 

 これまでずっとこの二人も、ティガに無理をさせてきた。

 望んでそうしてきたわけではない。

 無理をさせないでいいならそうしたかった。

 自分達の助力でどうにかできるならそうしたかった。

 環境がそれを許さなかった。

 弱さがそれを叶えなかった。

 

 そして、ティガがそうさせなかった。

 「信じて待ってて」とティガが言えば、不思議とティガを信じられる気がして、この二人はずっとティガの無理を許容してきた。

 ティガなら大丈夫だと。

 ティガならなんとかしてくれると。

 ティガを助けられるほど……自分達は、強くないと。

 そう思いながら、そう割り切りながら、ティガと共闘もできない弱者の脇役として、世界のどこかで人々を守るために戦ってきた。

 その結果が、あの結末である。

 

 悔いているのはティガだけではない。

 この元ウルトラマンの二人もまた、胸の奥に後悔を抱えている。

 

 だから二人の選択は、"無理をさせない"に帰結した。

 

「急いでるわけじゃないんだ。後でいい。休むぞ、ティガ」

 

「だよね~」

 

 二人がティガを折りたたみの椅子に座らせ、三人の元ウルトラマンをにこにこ見守っていた元食担部隊の女性が、折りたたみのテーブルをのそのそと置く。

 

「わたし、お蕎麦持ってきたので作っちゃいますね。

 ティガさんこれ好きでしたよね、確か。

 これも食べきっちゃうとネクスト同じ味を味わえるのはいつになるか分かりませんが……」

 

「……ありがとう」

 

 強気そうな男がテーブルを拭く。

 のんびりした男が飲み物をコップに入れていく。

 にこにこした女性が即席の蕎麦を作っていく。

 ティガは手伝おうとするが、倦怠感のせいかふらついてしまい、座らされたままだった。

 

「……」

 

 蕎麦が出てきても、ティガは周りのやんわりとした扱いに戸惑った風で、女性から促されるまで自分が食事を始めないまま固まっていることにも自覚がなかった。

 

「ティガさん、いただきますですよ、いただきます」

 

「あ、ああ。いただきます」

 

 ちょっとの休憩の食事に、四人は蕎麦を啜り始めた。

 

 うどんの原料である小麦は人類最後の作物の一つと言われているが、蕎麦も小麦に並ぶほど昔から人類に食されてきたものである。

 西暦2010年代時点での研究では、最古の蕎麦栽培種が食されていた証拠は日本……それも、高知で発見されていた。

 もっと古くから食べていた地方もあったかもしれないが、少なくとも証拠が出ている分には、最低でも9000年以上前から蕎麦を食べていた高地が最古の地である。

 

 世界最古の蕎麦の地は、高知なのだ。

 中国の方で育っていた原種が、日本本土のどこかを通って四国に辿り着き、高知で誰かが食べていた……学術的にはそう考えざるを得ない。

 

 シノクニとは、三千万年後の四国のこと。

 カミーラの生まれは、ティガが一番好きな蕎麦が平地一面に広がる、高知であった。

 この蕎麦もまたシノクニの高知地域に僅かに残されていたものであり、カミーラの故郷の味であり、ティガの好きな味でもあった。

 

 ティガはとても美味しそうに蕎麦を口に運び、ふと思い出す。

 

「……ああ。そういえば、いつもは……」

 

 "チィちゃんがいただきますって最初に言って、僕はその後に続いて言ってただけだったっけ"……と、言いかけて、ティガの口が止まる。

 

 ティガの思考を察せるほど、ここに集まった面々はティガを理解していない。

 ティガと長時間共に一緒に居たのも今日が初めてだ。

 それでも、分かることはある。

 彼らはティガとカミーラの仲睦まじさは知っていた。

 二人がいつも一緒に食事を取って談笑していたのも知っていた。

 そして今、ティガから笑顔が消えて泣きそうな顔を隠すように俯いたのだから、ある程度察しがよければ推測は立つ。

 

 かつて、ティガが好きだった者達は皆、ティガを尊敬していた者達は皆、ティガに感謝していた者達は皆、ティガを信頼していた者達は皆、期待していたのだから。

 ティガとカミーラの相思相愛が結ばれ、彼らが互いに幸せにし合うことを。

 善良なる彼らは皆、ティガとカミーラのよき未来を、心の底から願っていた。

 それももう、昔の話。

 

「食いながらでも少し話を進めておくか」

 

 要らなくなった松葉杖を遠くに放り投げ、強気そうな男が話を変える。

 

 やや荒っぽいが、ティガを気遣っていることに疑いはなかった。

 

「ティガの石像はかなり状態がいいな。

 だが、私達二人の石像……

 というより、巨人の体はもう駄目かもしれない。

 ダメージが大きすぎる。長く見ても千年は保たなそうだ」

 

「ティガの力しか残らないかもね~」

 

「……十分だろ。次代がティガほど才気に溢れてるかは分からんが」

 

「だね~」

 

 強気な彼も、のんびりした彼も、自分と一体化していたウルトラマンの力がそんなに長くは後世に残らないだろうと考えていた。

 星の命運すら決定する激戦が残した傷は大きい。

 永い永い時が経てば、傷が深い二つの石像は滅び、ティガの石像だけが残るかもしれない。

 それでも次代に何かを残しておくべきだと考えたから、彼ら四人は此処に居る。

 

 ティガもまた、何かを後に残すために此処に居る。

 ポケットの中を探り、ティガは二人の元ウルトラマンに、今はただの人間になっている二人に、二つの宝物を差し出した。

 

「これを」

 

 それは、青銅のスパークレンスと、ティグの紋章であった。

 

「ティガの……神から戴いた紋章とスパークレンスか。いいのか?」

 

「元より、僕がしたことの後始末をしたら誰かに返上するつもりだったから」

 

「……」

 

 青銅のスパークレンスは、人の手によって作られた人造のスパークレンス。

 この時代の最先端技術を用いて作られた『光』の神器のレプリカである。

 本物と同格以上の光変換能力を持ち、頑強さに重きを置いているため、数千万年が経とうと現実に存在し続けるだろう。

 ティガを信じ、ティガに全てを託した、人々の希望の象徴だ。

 

 ティグの紋章は、ティガを鍛え上げた鬼の神が免許皆伝に与えた菱形の宝珠。

 科学技術では再現不可能な神の力の結晶体であり、内包された神々の力がティガのために光り輝いている。副次効果として、"ティガを導く"という力を宿していた。

 永遠を生きる神の力が宿されているだけあり、内包されたその光も永遠に近い。

 ティガを信じ、ティガに全てを託した、神々の希望の象徴だ。

 

 気の強い方がティグの紋章を受け取り、のんびりした方が青銅のスパークレンスを受け取る。

 

「……本当に戦いが終わったんだなあ、って感じがしますね」

 

 その三人を見つめつつ、盆を持った女性がぽつりと呟く。

 ここに居る四人の内三人は元ウルトラマンだ。

 終始ただの人間であり、カミーラの同僚の友人Dくらいの立ち位置であった彼女は、ティガが全てを手渡す光景に、何か感じ入るものがあったらしい。

 

 盆を置いたその手が、車の後部座席に置かれた『聖剣』を撫でた。

 それは軽い封印を施されたユザレの聖剣。

 ユザレが手放し、どこかの地に封印してもらうため、この女性に預けられたものだった。

 聖剣が使い手の手を離れているその事実が、重ねて証明する。

 もう、この時代の戦いは全て終わりを迎えたのだと。

 

 全て終わらせて安堵しきった、今にも死にそうな表情をやつれた顔に浮かべるティガを見て、気の強そうな男は思わず口を開いた。

 

「ティガ、お前……カミーラに……いや、それはなんでもねえ、忘れろ。私が言いたいのは」

 

 そしてつい言いかけた言葉を引っ込める。

 ティガに対する気遣いがあった。

 皆が言わないようにしている内容があった。

 それはティガも察していて、心中で周りの三人に感謝していた。

 あんなにも最低最悪なことをした自分を気遣ってくれる優しい三人の行く末に幸あれと、心の中でずっと祈っていた。

 

 言うべきことがある。

 触れるべきでないことがある。

 気の強い男は、言葉と伝える内容を選びに選び、言うべきことをティガに言った。

 

「お前、許されないぞ。多分ずっと。分かってるのか?」

 

 それは誰かが言わなければならないことだった。

 

 元ウルトラマンとして、彼が言わなければならないことだった。

 

 ティガはショックを受けた様子もなく、憔悴した顔で迷いなく頷く。

 

「うん、分かってる」

 

 頷いてほしくなかった、と思ったのは、この中の誰だったか。

 四人の間に沈黙が流れる。

 心地良くない沈黙だった。

 居心地の悪い静寂だった。

 

 ここに居る三人は皆、ティガに多かれ少なかれ"許されるべきではない"という気持ちを持っている。ティガがしたことは、それだけ大きな罪だった。

 この先何千万年経とうと、1000億人鏖殺に加担した罪を超える生命体は出てきまい。

 それでも。

 ここに居る三人は皆、ティガに"許されてほしくない"と思ったことはなかった。

 

 沈黙を切り裂き、のんびりとした男がティガに話しかける。

 

「ね、ティガ~。三年前、ぼくを怪獣から救ってくれてありがとう」

 

「え?」

 

「ティガは覚えてないかもしれないけど、ぼくは覚えてるよ」

 

「……僕は、お礼を言われるような人間じゃない」

 

「許されない人相手でも、『ありがとう』を言うくらいはいいんじゃないかな~」

 

 のんびりと、彼は言葉を続ける。

 恨みの言葉でもなく、責める言葉でもなく、感謝の言葉を彼は選んだ。

 ティガに救われた感謝が込められているその言葉は、安易にティガを責める言葉よりもずっと重く、安易にティガを慰める言葉よりもずっと優しかった。

 

「ね、言わせてよティガ、ありがとうって。きっとこれが最後なんだから」

 

「……僕に」

 

「うん?」

 

「僕に、褒められる、権利なんて……」

 

「違うよ。これはぼくがお礼を言う権利なんだ。君の自罰は関係ないんだよ」

 

「……」

 

「カミーラと君もそうだったんじゃないかな。

 カミーラがいくら自分を卑下しても、君がいつまでも感謝と称賛を続けてたこと。

 ぼくは覚えてる。だって、そんな君を信じようと思った気持ちは、無くなったりしないから」

 

「―――」

 

「君がカミーラに前を向いてほしかったように、ぼくも君に前を向いてほしいんだ」

 

 強気な男が触れなかった部分に、のんびりした男は迷いなく踏み込んだ。

 

 いつかの日に、ティガはそうして、光の側にカミーラを連れて行った。

 

 目の前の男の気遣いが、優しさが、嬉しくて、有り難くて、辛くて、痛い。

 

 ぐっと拳を握り締めるティガに、気の強そうな男が腫れ物に触れるような声で語りかける。

 

「なあ、ティガ。お前……何がしたかったんだ?」

 

 ティガの表情が動く。

 

 口が動いて、心が漏れ落ちる。

 

「……何が、したかったんだろうね」

 

 その表情を見て、気の強そうな男は腹を決めた。

 

「ちょっと立て、私の前に、そうだ」

 

「?」

 

 ティガを立たせ、男は深く深く深呼吸。

 そして思い切り腕を振り上げ、ティガを殴った。

 ティガの鍛え上げられた体幹は反射的に身体を柔軟に動かし、本能的にパンチの威力を軽減したため、渾身の一撃であったのにティガは倒れるどころか膝を折りすらもしない。

 ただ、頬に鈍い痛みだけが残った。

 

「っ」

 

「こいつで私の分だけはチャラにしといてやる。

 ありがとうよ、ウルトラマンティガ。

 お前が守ってくれたことを覚えてる。だから……困ったことがあったら呼べよ」

 

「……え?」

 

 ティガを殴って、強気な男はそのままぐっと抱き締める。

 熱い抱擁だった。

 優しさなんて欠片もない。

 抱き締められている方が苦しいだけの抱擁。

 とても不器用で男らしい、戦友に気持ちを伝える方法だった。

 愛情表現が下手な父が息子にするような抱擁だった。

 

 強く抱き締め、まだ少年から青年になる過程の成長途中の背中を、ぽんぽんと叩いてやる。

 

「私が行くかもしれない。

 私の後継が行くかもしれない。

 今はまだ出会ってない仲間が行くかもしれない。

 だけど必ず誰かが行く。

 こいつを持って、必ずお前を助けに行く。待ってろ」

 

 ティガの眼前にティグの紋章を突きつけ、男はそう言った。

 

「じゃあ、ぼくもそうしてみようかな。

 ぼくかぼくの意思を継いだ誰かが行くかもしれないから、待っててね~」

 

 青銅のスパークレンスを手の中で転がし、のんびりと男がそう言った。

 

「わたしは何もできない普通人ですので、応援してます。あ、聖剣は届けに行くかもですね」

 

 ティガの横で聖剣を抱きかかえ、にこにこ微笑む女性が言う。

 

 ティガはもう、自分は世界の全てに否定されていると思っていた。

 事実、ティガが許されるべきだと思っている人も神も全くいない。

 あまりにも大きな罪は、ティガを擁護する者すら根絶させた。

 けれど、それでも。

 誰からも許されないティガの事情を理解し、ティガが困った時にはティガの味方になってやろうとする『慈悲深き光の者達』こそが、この時代の人々の中心だったから。

 

 眩しい光の優しさに、ティガは"もう自分はそちら側ではない"ことを強く自覚する。

 

 この場に人間は一人。

 ウルトラマンだった者が三人。

 それぞれが"助け合い"の約束を誓ってくれている。

 ティガは少し、何かを思い出しそうになってしまって。

 こぼれそうな涙を、歯を食いしばってなんとかこらえた。

 

「……そんな日が来ないのが、一番だけどね」

 

 千切れた雲のような微笑みを、ティガは浮かべる。

 

 ティガは胸が痛くて、苦しくて、辛くて、嬉しくて、ほんの少しだけ救われた気になる。

 もう大切なものは何も取り戻せないけれど、それでも、少しだけ救われていた。

 にこにこと微笑みかける女性が、複雑な心境のティガの肩を叩く。

 

「そんなに落ち込まないでください。

 カミちゃんだって貴方が笑えなくなってしまったら、落ち込んじゃいますよ」

 

「うん」

 

「うう、良いこと言えない何もできないパンピーのわたしがバッド……

 いつか、本当にいつか、この聖剣と一緒に誰かがあなたを助けます。

 イッツァワードが目印です。

 私の友達か仲間の目印です。

 ディア・マイ・フレンドー、って、助けに言ってトゥギャザーするんですよ」

 

「あはは。ありがとう。僕には……過分すぎる言葉だよ」

 

 冗談めかして話している女性の口調を耳にして、ティガは気付いた。

 

 "こういう特殊な喋り方をする地方がある"ということを、ダーラムから聞いた覚えがある。

 

「君、もしかして」

 

「ダーラムの親戚です。アイアムレラティブ。意外でしたか?」

 

「いや……似てる、かもね」

 

「私を殴ったりあんまり好きじゃない親戚の兄だったので、ドントマインドですよ」

 

「……」

 

「ティガさんが引きずってる方が気になります。立ち直ってほしいというのが本音です」

 

 二つの原語が混じり合う喋り方。

 この女性はどうやらダーラムと同郷の親戚だったようだ。

 ティガが殺した男の親族の登場に、ティガの表情は曇る。

 その女性は、そうなってほしかったわけではなかった。

 ティガに前を向いてほしかった。

 ゆえにダーラムの親戚として、その唯一無二の立場からティガの幸福を願う。

 

 その言葉は少しだけティガに届いて、少しだけ心を動かす力が足りなかった。

 

「だから……だからちゃんと、カミちゃんの分までハッピーになってくださいね」

 

 その言葉に、ティガは頷くことができなかった。

 

 ティガから受け取った青銅のスパークレンスを持ち、男は南へ。

 遠い未来に沖縄と呼ばれる地に到着し、そこで生き残りを集め、沖縄の神々と繋がった。

 沖縄の神々は海に近しく、常に邪神を見張る者となった。

 

 ティガから受け取ったティグの紋章を持ち、男は北へ。

 遠い未来に北海道と呼ばれる地に到着し、神威の神々に後を託し自然の再生に一生を捧げた。

 北海道の神々は新たに生まれてきた地の神々に、古き歴史を語り継ぎ続けた。

 

 ユザレから受け取った聖剣を持ち、女は内陸の山間へ。

 できるだけ海から遠い山間を選び、遠い未来に諏訪と呼ばれる地に到着し、そこで神々と共に三千万年越しの口伝を語り継ぐ集落を作った。

 三千万年前後、諏訪大社には一字一句違わない口伝が残されており、それは白鳥歌野と藤森水都を通して御守竜胆・乃木若葉に受け渡されることとなる。

 

 遠い未来に受け継がれた光の戦士の遺伝子は、ティガとユザレのもののみだけであったが、約束の残滓は三千万年経った今も受け継がれている。

 いつまでも、いつまでも。

 彼らの意思は受け継がれ、たった一つの約束を守らんとする。

 

 後始末は、これで終わり。

 

 そしてティガは、太陽に背を向け、光に背を向け、一人どこかへと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の後始末を終え、帰還したティガを、ユザレが出迎えた。

 

 長き戦いの終わりに相応しく、ユザレは正装で恭しくティガへと頭を下げる。

 

「戦いは終わりました、ウルトラマンティガ」

 

「お疲れ様、ユザレ」

 

 全て終わった。

 終わったのだ。

 そして、願いは叶わなかった。

 ユザレはずっとティガの幸福を願い。

 ティガは最後にユザレの幸福を願った。

 しかしもう、その願いは叶わない。

 目の前の人が幸せなら少しだけ自分も幸せになれるのに、目の前の人が幸せでないから、互いにもうどうしようもなく幸せになれない。

 

「ごめんなさい」

 

「君が謝る必要なんてどこにもないだろう」

 

「あなたに、そんな顔をさせてしまった」

 

 あのままで良かったわけがない。

 闇に堕ちたまま全てを滅ぼし、最悪の地獄と絶望の中を生き、"カミーラのため"などという最悪のフレーズを繰り返すティガダークになるよりは、ずっとマシだった。

 ほんの少しだけ救いのある終わりにできたのだから、それで十分であるはずだ。

 

 けれど、逆に言えば、救いは少ししか無かった。

 どうしようもなく救われない結末を、少しの救済で僅かに希釈しただけ。

 少しはマシな結末であっても、幸福に笑える結末ではない。

 ユザレはティガを救って幸せにしてあげたかったのに、救うことはできても、幸せになれるところまで連れて行くことはできなかった。

 

「私は……私は……

 人類の未来を、より安全なものにすることより……

 あなたが幸せになっていける道筋を、選ぶべきだったのに……」

 

「それは違う」

 

「……」

 

「君は正しかった。僕がそれを保証する。地球の最後のウルトラマンとして」

 

「でも」

 

 二人の会話を、牛の鬼が見ている。

 カミーラに可愛がられてきた神が見ている。

 幸せになれなかった二人を見ている。

 世界の無情をじっと見ている。

 その時、"悲劇的な結末など面白くもなんともない"という人間の義憤に似た感情が、牛の鬼の中に目覚めていた。

 

「私は、あなたを幸せにしたいなら、あなたに人を殺させてはいけなかったのに……」

 

 ただ、ただ、牛の鬼は憤りを覚える。

 悲しむユザレに。乾いた微笑みを浮かべるティガに。こうなってしまった運命に。

 目の前の少女の幸福を願うことの何が間違いだったのか。

 目の前の少年の幸福を願うことの何が間違いだったのか。

 間違いで無かったのなら―――何故、そんなささやかな願いすら敵わないのか。

 

 ユザレとティガの、互いに対して口に出さない気持ちが、互いの内にある幸福を願う想いが、それが何の実も結ばない現実が、牛の鬼の内側に確かな信念を構築していく。

 

「いいんだ。そういうものを得る資格は、僕にはもう無い。

 僕はティガダークの時に沢山殺した。

 光に戻っても過去は変わらない。

 死んだ人は蘇らない。それに……仲間だった人も、愛した人も、殺してしまった」

 

「それは、皆を守るためで」

 

「大義名分があったってさ、殺したことが肯定されるかっていうと、違うと思う」

 

「……」

 

「ましてや僕は、守るためだけに殺したんじゃない。

 自分の心に従って、感情に突き動かされて、罪の無い人も沢山殺したんだから」

 

 牛の鬼は神である。

 アマテラス同様新しき神であり、この文明の終わりを見届ける最後の時代に生まれてきた。

 神であるがゆえに、その存在意義は自然を体現し、人に崇められ、人を救い、神の威光であまねく全てを照らすことにある。

 全能、ないし万能の力で神は人に恵みをもたらし、人から崇められてこそ生きられるのだ。

 

 なのに、何もできない。

 何も倒せない。

 何も照らせない。

 ティガもユザレも救えない。

 大事に扱ってくれたカミーラも救えなかった。

 最初から最後まで、この牛の鬼は無力なまま、何もできなかった。

 

 ただ普通に生きていただけの少年は最強で、最強なのに誰も幸せにできなくて。

 この神も神として生まれ強大な力を持っていたはずなのに、どこまでも無力で、誰も幸せにできない。

 同じ虚無がそこにある。

 なのに、違う。

 ティガと神は何かが違う。

 ユザレへの向き合い方一つとっても違う。

 幸福の何もかもを失ってなお、他人のために戦い、ユザレのための言葉を選んでいるティガの背中に、神は『人が持ち神が持たない光』を見出す。

 それにこそ、守る価値があるのだと。

 

 それは奇しくも、かつてアマテラスがティガに見た光であり、今はティガ本人諸共見限り、失望の底に沈ませてしまった光であった、

 

「毅然とするんだ、ユザレ。

 時には弱音も吐くけど、君は毅然とした凛々しい女性だった。

 皆のリーダーとしてやっていける、強い女性の理想像。

 君みたいな女性が、僕を引き戻してくれたからこそ、僕は光へ戻れたんだ」

 

「……私は」

 

「感謝してる。

 君がいなければ、きっと僕は駄目だった。

 君の剣は相応しい人間が継いで、これからの世界を守るだろう」

 

 ユザレはただティガに謝罪したいのだと、牛の鬼は理解した。

 ティガはただユザレに感謝したいのだと、牛の鬼は理解した。

 謝罪と感謝。

 思い合う二人の気持ちは、似て非なる想いにて絡み合う。

 少年の言葉が少女を救おうとしているように見え、牛の鬼はぎゅっと己の手を握る。

 

「ギジェラは地上に出ている分は全部焼き尽くした。

 邪神は海の底に封印した。

 闇の巨人も全員殺した。

 外宇宙から来そうなものももういない。

 未来に残ってしまいそうな不安要素は全て潰した。

 ……これでやっと、皆は平和な世界を取り戻したんだ」

 

「ありがとう、ウルトラマンティガ。本当にあなたのおかげよ」

 

「……神様の時代は終わりだ。人はここから、一から歩き出して行くんだろうな」

 

 ユザレはずっとティガに幸せになってほしかった。

 始まりの願いが一貫している。

 "どうかティガを"と、幸せを願っている。

 

 対し、ティガの願いのほとんどは折れている。

 "せめてユザレは"と、幸せを願っている。

 折れて折れて、最後に残った願いだけがそこにある。

 

 牛の鬼は会話の流れを追っているが、肝心な部分に気付いていない。

 

「長かった。

 空から闇が来訪したあの日から。

 海の神の理不尽が、皆の平和を奪ったあの日から。

 数えきれない人が殺され……

 文明は、僕のような邪悪な存在に壊されて……

 それでも……滅びてたまるかと、言い続けたことは、無駄じゃなかった」

 

 発言こそユザレの方が弱気で、ティガがひたすら褒めと励ましを口にしているように見える。

 

 けれど、それは言葉の表面だけを見た場合の話だ。

 

 牛の鬼は本質を理解していない。まだ人間というものへの理解が及んでいない。

 

 互いが互いの幸福を願っている二人であるならば、逆だ。

 牛の鬼の認知は逆なのだ。

 泣きそうになっている方の反対が大丈夫ではなくて、終わりの言葉と感謝の言葉を述べている方の反対がもっとずっと相手に感謝している。

 逆なのだ。

 ユザレはティガの現状を見て、感謝よりも強く、自分を責める。

 そしてティガは、ユザレよりずっと大丈夫ではないのに、ユザレのための言葉を絞り出し、絞り出し……もう、限界だった。

 

「なんて言うんだろうな、これ」

 

 こんなに摩耗した人間の声を、ユザレは聞いたことがなかった。

 

「……ああ、そうか。疲れたんだ、僕は」

 

「―――」

 

「もう行くよ。ここでお別れだ」

 

 

 

 三千万年消えることのない後悔が、遺伝子に刻まれた瞬間だった。

 

 

 

「あなたはどこに?」

 

「さあ、どこに行こうかな。ユザレは?」

 

「伊予之二名島に」

 

「ああ……伊予の島か。元気でやれよ、応援してる」

 

 ユザレは最後の別れに、最大限の礼を尽くしていた。

 

 頭を下げ、手を取り、ティガを送り出す。

 

 ユザレはティガと別の道を行くことを決めたが、別れたくはなかった。

 本当はずっと一緒にいたかった。

 ずっと彼の隣にいたかった。

 彼の傍に居られるだけで幸せだった。

 自分の手で彼を幸せにしたかった。

 けれど、その選択肢を自ら捨てる。

 

 ティガとユザレは、カミーラ達と共に過ごしすぎた。

 ティガはカミーラの愛する人で、ユザレはカミーラの親友だった。

 互いが互いを見る度に、あの日々のことを思い出してしまう。

 つい死んだあの仲間達のことを話題に出しそうになってしまう。

 お互いに望まないまま互いを傷付ける話題を口にしてしまい、自分が相手の傷をほじくり返してしまったことに傷付き、延々と互いに傷付けあってしまう。

 

 もう、駄目なのだ。

 傷が消えてなくなるまで、この二人は一緒に居られない。

 あの気安い関係は、楽しい時間は、もうどこにも無い。

 あの日のように語り合うことはもうできない。

 少なくとも傷がなくなるまでは、互いが互いを傷付けるだけ。

 だからユザレは、彼から遠く離れることを決めたのだ。

 彼のことが好きだから、彼と二度と会わないことを決めたのだ。

 

 愛する人の顔をもう二度と見ないこと。

 愛する人ともう二度と触れ合わないこと。

 愛する人を自分が幸せにできないことを受け入れること。

 それだけが今のユザレにできる、最後の愛の証明だった。

 

 ユザレは彼の手を握り、少しだけ、自分の内の想いを口にする。

 

「想っています。これまでも、これからも。ずっと……だから、またいつか……」

 

「ああ。またいつか、どこかで」

 

 去っていくティガの背中を見つめ、もう無い次を口にする。

 

 いつか、彼の心の傷が癒えればまた会うこともできるかもしれない。

 

 それがありえないことだと分かっていながらも、ユザレはその日を待ち続ける。

 

「もしも……『次』があるのなら……その時は、その時こそは……」

 

 そうして。

 

 彼と彼女の二人の物語も、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガは世界を歩いた。

 生き残った人を助けるため。

 壊れた世界を少しでも直すため。

 償いきれない罪を、ほんの少しでも償っていくために。

 

 各地を歩いて回るティガの横には、牛の鬼の姿をした小さな神様が居たという。

 

「さあ、行こうか。僕の自己満足にしかならないかもしれないけれど」

 

 人類は絶滅寸前。

 動物も複数種が絶滅。

 植物も絶滅したものが多く、自然環境は無茶苦茶なことになっていた。

 再生も保全も、今の人類では難しい。

 ティガにできることは、増やした植物の種を撒き、荒野になった地上を直すことくらいのものだった。

 壊すのは簡単なのに、直すことは難しいのだと、改めて実感していく。

 

「ひぃ」

「ティガだ」

「やめて……来ないで……」

「……悪いが出ていってくれんかね。皆、あんたに怯えてる」

「殺されたって私達は……お前のやったことを忘れないぞ」

 

 行く先々で人を助けても、ティガに向けられるのは恐怖と憎悪のみ。

 誰にとっても、ティガは自分の大切な人や居場所を奪った敵だった。

 敵意を幾度となく向けられ、しかし善良な者に染まった文明の生き残りであるためか、誰もがティガを怪我させないし殺さない。

 包丁の一本でも持ってくれば、ティガは死を受け入れて殺されただろうに。

 

 その生き様が既に罰。

 残る人生全てが罰。

 もはやどう生きようとも、その人生には罰しか無い。

 この世界の全てを傷付けた彼は、この世界の全てに否定されている。

 

「牛の……鬼の神様? まあいいか。

 付き合ってくれてありがとうね。

 君のおかげで僕もひとりじゃない。それに随分救われてるよ」

 

 ティガの素直な感謝に、照れた様子で牛の鬼は顔を背ける。

 

「あ、海だ。

 すっかり闇も抜けたみたいだね。

 ……ああ、そういえば。

 闇に染まってない海って、青かったんだっけ……

 もうすっかり忘れてたな……そうだ、空も海も、青かったんだ」

 

 一人と一匹が、海辺を歩いていく。

 

 ユザレとティガがまた出会うには、ティガが胸の痛みを過去にするしかない。

 ダーラムを、ヒュドラを、カミーラを忘れていくしかない。

 ティガもそれは分かっている。

 ユザレの気遣いを理解している。

 どんなものと比べてもユザレの幸福が一番であったなら、そうしていただろう。

 今を生きるユザレのため、あるいは今を生きる自分のため、過去を振り切って痛みを乗り越え、未来に生きることを選ぶことができただろう。

 

 それでもティガは、カミーラのことを忘れるなんてできなかった。

 カミーラのことを過去にするなんて、できるわけがなかった。

 

 痛くても、苦しくても、辛くても、一生幸せになれなくても、カミーラのことを覚えていたかったのだ。

 

 旅の途中、様々な場所を彼らは訪れる。

 そのたび、ティガは牛の鬼に何かの思い出を話した。

 今のティガを形作っている記憶を話した。

 忘れられない過去を話した。

 一つ一つに、もうこの世には居ない、ティガの愛する人の姿があった。

 

「海で釣りをしてたんだ。

 ここの海……じゃなかったかな。

 シノクニのどこかだったと思う。

 チィちゃんは虫におっかなびっくりしてて、餌が付けられなくてさ。

 僕が付けてあげて、二人でのんびりと釣りをして話して……

 ……何か話してたけど、何話してたんだっけ。なんでもないことを話してたのかなぁ」

 

 海を一人と一匹が往き。

 

「ここで野営してたんだ。

 ……ああ。

 もう皆の名前を書いた岩とか、残ってないか。

 色んな人や、ウルトラマンや、神がここに居たんだよ。

 僕やチィちゃんもそうだった。

 食べて、飲んで、歌って、騒いで……

 ああ、そうだ。

 チィちゃんは皆に愛されてたなあ。

 僕なんかよりずっとまっとうに愛されてた。

 チィちゃんは優しくて、気配りができて……いつだって、他人のいいところが言えたんだ」

 

 荒野を一人と一匹が往き。

 

「これも壊れてるか……

 ああ、これはね、遺伝子から人を作り出す機械だよ。

 元は外宇宙開発用の機械なんだ。

 何も無い星に僕らの子孫を広げるためのね。

 遺伝子があれば子供を作れる、みたいなものかな。

 ……あのね。

 そんなことしないよ。

 確かに僕とチィちゃんの子供だって残せる。

 僕やユザレの遺伝子だって登録されてるしね。

 でも、それだけはしない。

 やっちゃいけないんだよ、そういうことは。

 ……君も神なら、分かってほしい。僕はこれ以上、愛を踏み躙りたくないんだ」

 

 復旧できそうな技術を探し。

 

「ああ。懐かしい森だ。

 ここのキャンプで何日か過ごしたことがあったんだよね。

 ダーラムが鍋をひっくり返して。

 ヒュドラが夜の見張り番サボったって報告が来て。

 ユザレが僕のご飯持ってきてくれて。

 僕はヒュドラを探して、皆と話したりしてた。

 チィちゃんは皆のご飯を作って、明日への活力を作ってくれてたりしたなぁ」

 

 近道をするため、森に入り。

 

「チィちゃんはいつもどこか、僕を見上げてた。

 本当な僕が彼女を見上げてたんだけどね。

 僕なんてそんな大したもんじゃなかったのに。

 ……戦う力に、何の意味があるんだろう。

 戦いが強いからって何になるんだろう。

 もっと価値のあるものがあったはずなのに。

 段々そういうものの価値が下がっていった気がする。

 戦う力への評価とか信頼とか?

 そういうものが膨らんで、僕らも気付かないまま何かを間違えていて、そのままで……」

 

 草木をかき分け、猛獣の多くが絶滅した世界の夜を歩く。

 

「僕なんかよりも価値のあるものがあったはずだ。

 強さより価値のあるものがあったはずだ。

 力は、強さは、それを守るためにあったはずだ。

 僕は僕より価値のあるものを守りたかったんだから。

 僕なんかより……彼女の方が……

 ……誰かが戦死した時、それを知って、誰も居ない所で泣いて居た彼女の方がずっと……」

 

 木々の合間の夜空を見上げて、一人と一匹は道なき道をゆく。

 

「いや……そうじゃないか。

 チィちゃんは特別だったけど特別じゃなかった。

 僕以外の人にとってはそんなに特別じゃなかった。

 チィちゃんより価値のある人なんていくらでもいたんだ。

 だからそうじゃない。

 チィちゃんが誰から見ても特別だったとか、そういうことじゃない。

 客観的な価値があったとかそういうことじゃない。

 僕が……僕には……僕にだけあった……チィちゃんが特別だった理由……それは……」

 

 その旅路は、ティガが自分に向き合うための旅路でもあり、牛の鬼がティガ・ゲンティアを知るための旅路でもあった。

 

 彼らはぐるりと一周りして、ずっと前に、ティガの家だった場所にやって来る。

 

 大戦争の終盤にはもう誰も帰っていなくて、空っぽになった家だ。

 

 今はもう、闇の巨人達の攻撃の余波により崩壊しており、街だった廃墟の一部になっている。

 

「ここも、そんなに残ってないか」

 

 後から来るかもしれない人のため、廃墟にある程度人が通れる道を整備しつつ、ティガはかつて自分が住んでいた家に向かっていく。

 昔は、ここに永遠の桜が無数に咲き誇っていた。

 それももうない。

 あんなにも美しかった桜が"もののついで"で根こそぎ折られてしまうほどに、かの戦いは広く大きく激しかったから。

 

 元々期待していなかったティガだが、そこで予想外のものを見る。

 桜が一本だけ咲き誇っていたのだ。

 かつての皆との思い出が蘇り、悲しみと懐かしさに浸るティガは、そこに引き寄せられるように足を運んでいた。

 

「あ……一本だけ、残ってる」

 

 ティガの足を気安くつんつんとつっつく牛の鬼。

 どうやら構ってほしいらしい。

 そういうところばかりカミーラに似てしまった神に、ティガは苦笑する。

 牛の鬼にティガが歩幅を合わせ、神は早足でティガに歩幅を合わせ、二人は桜を目指してゆっくりと歩いていく。

 

「君も、好きな子は桜が似合う子にしておくといい。

 ばあちゃんの受け売りだけどね。

 桜は儚くて、豪華絢爛でなく、添えた人の心を引き立てる。

 本当に優しい人は、山桜の傍で語り合えばすぐ分かる。

 だから恋人にしたり妻にするのは桜が似合う人になさい……って……」

 

 そして、待ち受ける必然の運命と、彼らは出会った。

 

 そこには、桜の似合う少女がいた。

 

 今のティガには、今の彼女の顔がハッキリと見える。

 

 表情も。感情も。意思も。怨恨も。失望も。絶望も。あるいは全てがへし折れた後の、ティガへと向けられていた特別な感情の残骸も。全てがハッキリと見えていた。

 

「ありがとうございます。介錯しに来てくれたのですか、アマテラス」

 

 ティガは神の前にて拝礼をする人間の儀礼を、完璧にこなす。

 失礼があってはならない。

 これから降りるは神の沙汰。

 法も国も裁けなかったティガ・ゲンティアを、神が裁きに来て、ここで待っていたのだ。

 

 それは神の全知による未来予知ではなく、ティガは必ずここに戻ってくるという、アマテラスとティガ達が共に過ごした時間が生み出した、とても人間的な予想によるものだった。

 

 次の世代の天神の代表―――太陽の神格、天照大神。

 天の神のほとんどが死した今、事実上の今代の天神主神格。

 それが今、たった一人の人間を裁くために、この地上に降りて来ているという事実。

 

 それは「罪人に神が神罰を下しに来た」のか。

 「見ていられない哀れな生の者を終わらせてやろうと来た」のか。

 あるいは、「もっと特別で私的な感情で来た」のか。

 神の時間感覚においてまだ幼年期を終えていない女神は、既に現時点で多くの神話の主神格を凌駕するほどの力をもって、永遠の桜の下に君臨している。

 ティガが与えた多くの絶望が、彼女を鍛え上げたのかもしれない。

 

 それは通常の神話の逆位相。

 普通の神話は、神が人に試練を与える。

 人はそれを乗り越え、大きな成長を遂げる。

 しかしアマテラスの場合は、ティガがアマテラスに意図せず試練を与えた形だ。

 人が与えた最大最悪の試練を乗り越えた神であるアマテラスは、現時点で天地の全ての神を凌駕するほどの力を、その精神から組み上げることができるようになっていた。

 

 アマテラスは、ティガを殺すだろう。

 

 そうでなければ、神の論理のつじつまが合わない。

 

「人に謝ってきた。

 世界に謝ってきた。

 神であるあなたに謝り、あなたに殺される。

 償うならば……僕は、そうしなければなりませんよね」

 

 裁きを受け入れるティガの前に、牛の鬼が立ちはだかる。

 

 死を受け入れたティガを庇って、小さな体でそこに立つ。

 

 アマテラスの顔が、また新たな神の感情で歪んだ。

 

『どきなさい 我が弟

 その男は

 許されない

 報われない

 幸せにはなれない

 生きているべきではない

 我らは神の身

 世界に生きる人間のほとんどが

 いえ 世界に生きる命のほとんど全てが

 望んでいるのです その男の 死を 我らはそれを叶えてやらねばならない』

 

 アマテラスと牛の鬼から膨大な力が吹き出し、ぶつかり合う。

 ぶつかり合う神の力がバチバチと音を立て、その余波だけでティガは転ばされてしまう。

 ティガにもうかつての力はない。

 今の彼はただの人間だ。

 アマテラスの殺意に対し、それを受け入れるか、嫌がるか、どちらにしろ死ぬ選択肢しか存在していない。

 牛の鬼の力では、どう工夫しても太刀打ちできないことは明白だった。

 

「いいんだ」

 

 ティガは牛の鬼に優しく語りかける。

 ティガに己の背中を向け、天地の全てにおいて最強の太陽神に歯向かうことは、最悪全ての神性が保証された永劫不滅を脅かされる事態に繋がりかねない。

 そこまでされて守ってもらうほど、ティガは自分が生きる意味を見出していなかった。

 

「これは、僕が受けるべき罰であると思うから」

 

 牛の鬼は見ていられなかった。

 善良だった。

 他人のために生きてきた少年だった。

 頑張る理由がいつも他人の幸せな少年だった。

 大切な人が幸せであれば幸せな少年だった。

 それだけの少年だと、この旅路で知った。

 ならば見捨てられるわけがない。『幸せになれるかもしれない次』に賭けて、牛の鬼は命すら賭してアマテラスへと突貫する。

 

 それが容易く跳ね除けられ、牛の鬼は地面を転がった。

 アマテラスは不快げに、ティガに対する無言を貫きつつ、牛の鬼には一瞥もしない。

 ティガは転がされた牛の鬼を、優しげな手付きで抱きかかえ、空に上った天照を見上げながら、牛の鬼を桜の下に置いてやる。

 

「もし、君の気が向いたら。

 もし、君がいつか、人間と繋がりを持ったら。

 その時、少しだけ思い出してほしい。

 目の前の人間を見て、ちょっとだけ思い出してほしい。

 人間は、皆……自分自身の力で光になれる。そう、信じてあげてほしいんだ」

 

 そして、牛の鬼を巻き込まないために、"桜の木が巻き込まれなかったらいいな"と思いながら、桜の木から離れていく。

 

「僕はここまでみたいだから」

 

 牛の鬼が手を伸ばす。

 けれどもう届かない。

 体はもう動かない。

 "こんな終わりは嫌だ"という気持ちがあった。

 "せめてもう少しでいいから救いをくれ"という願いがあった。

 神の力があっても彼を救う奇跡は起こせず、神ですらただ見届けることしかできない。

 空には、太陽と同熱量の炎が現れ、アマテラスの手の中でどんどんその熱量を膨らませていっている。

 

「……気に病まないで。君はいい神だ。君との旅、楽しかったよ」

 

 牛の鬼が咆哮する。

 しかし体は動かない。

 無慈悲に人を殺さんとする天の神を、牛の鬼は見上げることしかできない。

 力の差は歴然だ。三千万年経ってすら、そうだった。

 

 ティガの携帯端末が鳴り響く。

 中継局も端末もほぼ全滅した現在の世界でティガに連絡を取れる者は多くない。

 端末を操作し、ティガは自分を殺さんとする太陽の炎を見上げ、電話を取った。

 

『今いいですか? 突然大きな神の力が感じられて……

 あなたに何かあったなら助けに行きます。何かありましたか?』

 

 声だけで分かる。

 内容だけで分かる。

 いつだってユザレは、ティガのことを考えて、心配してくれる子だったから。

 

「こっちは何も起きてないかな

 

『ああ、良かった。なんだかとても心配になってしまって』

 

「あの、さ」

 

『はい?』

 

「ユザレは……ちょっとでも、幸せになれたのかな」

 

 数秒、会話が止まる。

 少しだけ考えて、ユザレは本音を口にした。

 混ざりっ気のない、嘘一つ無い本音を言った。

 

『……幸せだったけど、幸せじゃなくなってしまった。それは確かです。それでも』

 

 言葉にしなければ、伝わらないこともある。

 

 言葉にすることで、伝わる真実がある。

 

『あなたに出会わず15年を生きるよりずっと幸せでした。それだけは、言い切れます』

 

「―――」

 

 人間にとって大切なことは、大切な人の中にある。

 

『また会えたら、うんと伝えたいことがあるんです。……また会えたらいいですね』

 

「そうだね。また、出会えたら」

 

 ティガはそう言い、通話を切った。

 

 空の炎が落ちて来る。もう誰にも止められない。

 

「また出会えたら、か」

 

 瞼を下ろせば、そこで人生が終わる予感があった。

 

 ゆっくりと、これまでの人生に別れを告げて、瞳を降ろす。

 

 これまでのことが一つ一つ瞼の裏に浮かんできて、ティガは微笑む。

 

「ああ」

 

 後悔の微笑みだった。

 

「なんだか、後悔するばかりの人生だった、気がする……」

 

 炎に飲まれて、その微笑みが焼けて落ちた。

 

 

 

 

 

 そして、思い出す。

 

 死の間際の走馬灯が、彼に最初の気持ちを、最初の決断の理由を思い出させる。

 

 これまでのティガの選択の全ての源泉、ユザレ以外は誰も本当の意味では理解していなかった原初の気持ちが生まれた瞬間が、瞼の裏に再現される。

 

 あの日。

 

 薄暗い森の中で。

 足元には彼岸花が咲いていて。

 闇の中に溶けるような黒髪があって。

 葉と葉の間から、僅かな光がこぼれ落ちていて。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 ティガ・ゲンティアは、この子を幸せにしたいと、そう思った。

 

 ずっとずっと幸せでいてほしいと、そう思った。

 

 一目見た時から、少年は少女のことが、ずっと好きだった。

 

 きっと少女が少年を好きになるよりも先に、少年は少女を好きになった。

 

 けれど、もう。

 ティガに正義はなく。

 この星の全ての人間に対し、誠実で無い裏切りをして。

 悲しんでいるカミーラを愛し、その味方で在り続けることもできなくて。

 

 生き続けることが罰になってしまった少年を、神の慈悲の炎が灼き尽くす。

 

 まるで、太古の昔に宗教として連綿と続いていた、『神がその罪を裁き禊げば、その罪は消える』という地上世界の神のルールを、そこに形にするように。

 

 燃え尽きる。

 体も。

 心も。

 魂も。

 罪も。

 あの日から二人で重ねてきた、ティガとカミーラの想い出も。

 何一つ残さぬよう、神の炎が灼き尽くす。

 神の炎は罪を焼き、灰燼に至らせ、無という名の許しへと至らせる。

 

 死の間際、少年は二つの言葉を吐いた。

 一つは謝罪。

 一つは感謝。

 自分があまりにも酷いことをして、殺してしまった少女に謝罪を。

 今日までずっと、自分を幸せにしてくれた少女に感謝を。

 一人の少女に、一つの謝罪と、一つの感謝を告げる。

 

 そして。

 

「……ああ……ごめん……泣かないで……チィちゃん……」

 

 やがて、天の座に座る神が、少女の姿で泣いているのを、ティガは最後に見ていた。

 

 今、泣いているのがアマテラスでも。

 

 あの日泣いていて、ティガが愛したのは、あの日のカミーラだったから。

 

 最後の最後に、ティガはカミーラの涙だけを想い―――消滅した。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 流れ落ちる涙が。

 地に落ち染み込む涙が。

 拭えなかった涙が。

 今でも、彼の心に残っていた。

 

 

 




挿絵はめりっと様にいただきました。ありがとうございます
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