夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

9 / 63
 一話三万字が見えてくると、いつものペースで書いてるせいで途端に定時更新が間に合わなくなる。時拳時花を思い出しますな

 昨日からのジードショーがティガダークメインで凄かったそうです。
 人と巨人の共存を願うティガ・マルチタイプ。
 人を神として導こうとするイーヴィルティガ。
 ところがそこで怪獣がティガに憑依、闇に呑まれたティガがティガダークに!
 ティガダークは会場の子供からのファンレターを子供の前で握り潰す!
 トラウマ確定!

 光の巨人として、ジードと共にティガを止めに動くイーヴィル!
 だがめっちゃ強いティガダーク、イーヴィル首絞めで殺しかける!
 そこで握り潰されたファンレターを司会のお姉さんが音読。
 子供の『大好き』というファンレターの中身を聞いて、ティガダーク苦しむ。
 そしてティガダークから怪獣が追い出され、ティガダークはマルチタイプに!
 怪獣をジードが倒し、ティガとイーヴィルは運命の対決に!
 戦いは互角だったが、イーヴィルはティガの人と支え合う生き方を認め、敗北を認め去った……
 って感じだったそうです。

 見たかった……告知足りてませんよ……


誕生 -リ・バース-

 竜胆は千景を昼御飯に誘おうとして、その途中でひなたと会った。

 

「あ」

 

「あ」

 

 二人が進もうとしている方向は同じ。

 千景の部屋は寄宿舎の一階端にあるので、竜胆くらい目敏ければひなたのつま先の動きから、足が向かう先を見分けることもできる。

 どの程度かは不明だが、ひなたが千景の状態を察しており、最低でも声掛けくらいはしようとしていることは、竜胆にもある程度は推測することができた。

 俺と同じで昼飯に誘おうとしたりしてんのかな、なんて竜胆は思った。

 

「ちーちゃんのとこに、俺も行こうとしてたんだ」

 

「……一緒に行きますか?」

 

「頼む。俺は……その、なんだ。

 "俺だから話がこじれる"こともあるかもしれないから、居てくれると助かる」

 

「はい」

 

 寄宿舎への少しの道を、ゆっくり歩いて、竜胆とひなたは言葉を交わす。

 その過程で、二人の共通の友人である若葉の話が出る。

 

「あいつ格好良いよな」

 

「でしょう!?」

 

「うおっ」

 

「良いですよね、若葉ちゃん!」

 

「お、おう」

 

「あれは三年前のことです!

 まだ勇者という枠すら無い時代!

 人類に突如バーテックスが牙を剥き、誰もが困惑するしかない瞬間がありました!

 ですがそこは私が育てた若葉ちゃん!

 臆することなく、バーテックスに果敢に挑む勇敢な若葉ちゃん!

 ああ、ですが、木の棒ではバーテックスに敵わない!

 若葉ちゃん危うし! ですがその若葉ちゃんの勇姿が神様を動かしたのです!

 奉納されていた神の刀を掴む若葉ちゃん! その抜刀はまさしく光!

 すっぱーんと斬られるバーテックス! 若葉ちゃん大勝利! そんな感じでした、はい」

 

「あ、熱い……語りが熱い……」

 

「短くまとめられなくてお恥ずかしいばかりです」

 

「あ、恥ずかしいのはそこなんだ……まあいいけどさ」

 

 竜胆はひなたに対し、これまではどちらかというとマイペースでのんびりとしたイメージを持っていた。自分のペースを揺らがさない落ち着いた少女だと思っていた。

 が、マイペースとローペースは違う。

 ハイペースだってマイペースなのだ。

 ひなたはどうやら、若葉のこととなると全力でアクセルを踏むタイプであるらしい。

 

「落ち着きがあって大人っぽいと思ってたが、こういう一面もあったんだな」

 

「若葉ちゃんからはのんびりしてる、時々何考えてるか分からない、なんて時に言われますね」

 

「天衣無縫入ってるんだな、上里は。

 落ち着きがあって大人っぽい印象も無くなってはないけど」

 

「御守さんの方が年上ですよ?」

 

「おう、頼っていいぞ」

 

「ふふっ、考えておきます」

 

 ボブとケンを除けば、竜胆は唯一の男で最年長になるのだ。

 元兄として、つい歳下の女の子に年上ぶりたい気持ちになってしまうのはご愛嬌。

 落ち着いた雰囲気のひなたが若葉のことではしゃいだのを見て、そういえば髪をまとめてない時の花梨と上里の髪型と髪色って似てたな、と思い出して。

 少年の胸は、痛んだ。

 

「友達を熱く語る分には何も悪くないさ。はしゃいでる子を見ると、ちょっと妹を思い出すし」

 

 竜胆の物言いに、ひなたは目を丸くした。

 

「何か、良いことがありましたか?」

 

「なんで?」

 

「何気ない会話で家族の話が出せるようになったみたいですから。

 何か良いことでもあって、心境に変化があったのでは……と」

 

「……俺もしかして結構分かりやすい奴なのかね」

 

 竜胆は照れ、ひなたは優しく微笑んでいた。

 

 竜胆は皆に話したこと、皆と話したこと、皆に話してもらったことを語る。

 ひなたは聞き上手で、話している方が気持ちよく話せるよう、適度な相槌と表情の動きを混じえた良い反応をしてくれる。

 それもあって、竜胆はとても楽しそうに仲間との会話のことを話していった。

 そんな彼を、ひなたはずっと微笑んで見ていた。

 

「やっぱり若葉ちゃんは素敵ですね……ハイパーフレンドクリエイターです」

 

「ハイパーメディアクリエイターの突然変異か何かかな……?」

 

「でも、若葉ちゃんと御守さんは仲良くなりそうだとは思ってました」

 

「そうなのか?」

 

「ええ」

 

 ひなたは、何がどう最悪の方向に転がっていっても、若葉と友奈だけは竜胆と仲良くなるだろうと思っていた。

 

「若葉ちゃんの勇者の衣装が、桔梗の花を模していることはご存知ですか?」

 

「ああ、それは見てて分かった」

 

「桔梗の花言葉は『優しい愛』、『永遠の愛』、『変わらぬ心』。

 『清楚』、『従順』、『友の帰りを願う』。

 そして……『誠実』です。竜胆の花の花言葉も、『誠実』でしたよね」

 

「!」

 

「お二人とも、真面目な人で誠実な人でしょう?

 竜胆さんはグレているけど、誠実でない自分ではいられない。

 若葉ちゃんも誤解されやすいけれど、誠実でない自分ではいられない。

 誠実な人同士というのは、紆余曲折あっても最終的に気が合うものですから」

 

 おおぉ、と竜胆の声が漏れる。

 俺が誠実かはともかく何か説得力あるな、と竜胆は思った。

 竜胆と若葉の関係推測を花から始めて、現実の人格評価を経て、実際にその推測をピタリと当ててみせたのだから大したものだ。

 関係推測を花言葉から始めるあたり天然が入っているのに、まともに人格を見てもいるから、最終的な結論が間違いにならないという、独特な思考。

 

「気が合ったようで何よりです」

 

「ちょっと論争にはなったけどな、俺達」

 

「ではここで友奈さんの言葉をお借りしましょう。『喧嘩するほど仲が良い』」

 

「あの子は"喧嘩してても仲良くさせる"の間違いじゃねえかな……」

 

 ひなたは勇者達のように、竜胆の口から直接彼の過去を聞いてはいない。

 だが昨日の時点で若葉と一緒にある程度の事情を聞いていた上、元々ひなたは竜胆に対し悪意的でも敵対的でもなかった。

 なので会話は滑らかで、どこか好意的で、隠されてはいるが同情も入り混じっている。

 竜胆はそれを知ってか知らずか、ひなたに対しても好意的だった。

 

「若ちゃんが真っ直ぐで優しくて強い奴に育てたのは、上里のおかげもありそうだ」

 

「若葉ちゃんは私が育てました! でも若葉ちゃんは、一人でも育っていける子ですからね」

 

「あー、分かる。あれはハートの芯が鋼なやつだ」

 

「そうでしょう、そうでしょう。ふふふっ」

 

「まあでもやっぱり、日向(ひなた)で育った若葉の花だっていうのが、一番大きい要因だろうな」

 

 植物の若葉は、日の下で育ってこそ強く大きくなり、いつか綺麗な花を咲かせるものだ。

 ひなたと若葉の名前を絡め、うんうんと頷きながらひなたの手腕を褒める竜胆。

 褒め言葉ですぐ照れたりする球子等とは対照的に、ベタ褒めされても照れをほとんど顔に出さないひなたであったが、流石にちょっと照れた。

 

「若ちゃんには、余計な罪悪感とか、後悔とか、背負ってほしくないもんだ」

 

 俺みたいに、とは言わない竜胆。

 竜胆がそう言わなくても、言葉の裏を察するひなた。

 

「植物も、人も、光だけで大きくなるわけではありませんよ。

 若葉ちゃんにだって闇はあって、憎悪や復讐心に囚われていたことはありました」

 

「あいつが?」

 

「若葉ちゃんもいつか話すと思います。良い仲間で、良いお友達みたいですから」

 

「そっか……じゃあ、待つかな。話してくれるのを」

 

「植物の種を発芽させるのに、光が求められる時も、闇が求められる時もあります。

 好光性種子や嫌光性種子と言われるものですね。

 人も同じです。光だけでも、闇だけでも、それだけで良いというわけではないと思います。

 私が見た限りでは……

 自分の闇を乗り越えた時の若葉ちゃんは、生涯で一番に、大きな成長を遂げていましたから」

 

「……光と闇か」

 

「光と闇が、大きな花を咲かせる。そこは、人も植物も同じですね」

 

 他人事ではない。

 植物が光と闇あってこそ健全に成長し花を咲かせられるように、人間もまた、光と闇、幸福と苦難こそが成長に繋がっていくもの。

 光と闇の中で揺れている竜胆には、一から十まで他人事に聞こえなかった。

 

「千景さんもきっと、まだその道半ばなんだと思うんです」

 

 上里ひなたは"戦う者"ではなく、"支える者"である。

 彼女の戦う場所は、勇者達のように戦場ではなく、竜胆のように自分の心の中ではなく、きっと勇者達と共に過ごす日常の中にある。

 

「それで、ちーちゃん心配して来てくれてる上里はいいやつだよな」

 

「お友達ですから。私は、戦う仲間にはなれないけれど、それでも仲間でいたいんです」

 

「……丸亀城(ここ)はあったかい場所だな。中に居るやつが暖かいからか」

 

「今はこの暖かい場所が、帰ってくる御守さんを迎えてくれる家ですよ」

 

「あ、今の言い回しめっちゃ好き。ぐっと来た。そっか、ここが、今は俺の家なんだな……」

 

 会話を重ねれば重ねるほど、相手のことが理解できてくる。

 相手が喜んでくれる言葉が分かるようになる。

 言ってあげるべき言葉が分かるようになる。

 この二人もまた、互いに対する理解を深めていた。

 

 そこでひなたは、うっかり忘れそうになっていたことを思い出す。

 

「あ、今渡しておきますね。これを」

 

 ひなたは薬の入った処方箋を、竜胆に手渡した。

 

「薬……?」

 

「発作が出た時、物陰に隠れて皆に見せないようにしていたみたいですが……

 すみません。一度、偶然見てしまったことがあったんです。あなたが苦しんでいるのを」

 

「……うっわ、こういうのは誰にも見られてないと思ってると、恥ずかしいな……」

 

 竜胆は普通に生活しているだけでも、心の闇に引っ張られて発作を起こす。

 寝る時は自分を縛っておかないと、起きた時に悪夢の影響で自殺しそうになるのもしょっちゅうだ。

 竜胆は隠せていたつもりだったようだが、心の闇の発作が時折彼を苦しめていることに、ひなたは気付いていたらしい。

 

「大社に頼んで貰った強めの痛み止めと精神安定剤です。

 効果がどの程度あるかは分かりませんが、飲めばすぐに効き目が出るとか。

 その代わり、効果が切れるのも早いそうなので、服用する時はお気を付けて」

 

「ありがとう、助かる」

 

 竜胆は薬の袋を受け取り、ふと、何故か眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

 ひなたは首をかしげる。

 このタイミングで何故竜胆が難しい顔をしたのか、さっぱり分からなかったからだ。

 竜胆は恐る恐る、ひなたに問いかける。

 

「この薬、苦かったりしない?」

 

「ちょっと、御守さん、突然可愛いところ見せてくるのやめてください」

 

 竜胆の中には、親に飲まされた薬が苦くて"うえっ"ってなった時の記憶、すなわち苦い薬への苦手意識があった。

 苦い薬をちょっと嫌がる少年の表情に、ひなたはちょっときゅんとした。

 

「……あー、いや、待った。

 苦い薬が苦手ってわけじゃないんだ。

 俺も中三になった男だからな。多分コーヒーもイケる」

 

「……ふふふっ」

 

「なんだその笑み」

 

「最近まで小学生で時間が止まっていたのですから、仕方ないですよ。可愛いと思います」

 

「お前の方が可愛いわ! 男に何言ってんだ!」

 

「可愛いは容姿ではなく、心ですよ。若葉ちゃんだってかっこいいけど可愛いでしょう?」

 

「まあそうだが。お前と俺ならお前の方が可愛いし、若ちゃんとお前ならお前の方が可愛いわ」

 

「……むむむっ」

 

「よし、理屈は通ったな。今後お前は俺のことを可愛いとか言うんじゃないぞ」

 

「ああ……なるほど、そういう話でしたか。より可愛い方は可愛いとか言うな、と……」

 

「そういうことだ」

 

「でも私、若葉ちゃんを可愛いと言えなくなったら、死んでしまいます……」

 

「えええ……変わってるやつだな、上里は」

 

「楽しい人ですね、御守さんは」

 

 とりあえずひなたを可愛いと強く主張して、ひなたより可愛くない俺に可愛いとか言うのは禁止、という結論に持っていこうとする竜胆。

 年上の男に対し可愛いという感想を隠しもしないひなた。

 二人は妙な噛み合い方をしていた。

 

「まあ、それじゃあ、若ちゃんは上里より可愛いとか美人とかってことでいいよ」

 

「若葉ちゃんに今の台詞をそのまま伝えておきますね」

 

「やめい」

 

 ひなたは竜胆に対し"分かりやすい"と思い、竜胆はひなたに対して"読めない"と思っていた。

 

「分かってきたぞ、お前天衣無縫に他人をぶん回すタイプだな……半分くらいは狙って」

 

「まあ、人聞きの悪い。私がそんな人間に思えますか……?」

 

「思ってるから言ってるんだが。メインのおもちゃはたぶん若ちゃんかな」

 

「そんな風に見られているなんて悲しいです……私は若葉ちゃんを愛でているだけなのに」

 

「俺の妹が結構そういうタイプだったんだよ! ……こんな風に思い出すとは思わなかった」

 

 竜胆は歩きながら話していたちょっとの時間で、いつの間にかにひなたのことを"ひーちゃん"と呼ばされていた。

 本当にいつの間にかに。

 上里ひなた恐るべし。

 内心が読み切れないのも本当だが、そんなものが読み切れなくとも彼女が善性の者であるのも本当で、そこに疑う余地はないように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景は一人、部屋にこもる。

 カーテンを閉めて、窓を隠して、電気も点けず、薄暗い昼間の部屋に引きこもる。

 

「……」

 

 何も考えたくなかった。

 何か考えてしまえば、そこから連鎖的に考えたくないことまで考えてしまって、物騒なことを考えてしまいそうな自分が怖かった。

 頭の中に二人の自分が居るかのよう。

 相反する思考が意見をぶつけ合っていて、今にも暗い考えをしている方が勝ってしまいそうで、それが怖い。

 

 千景はケンが朝持たせてくれたお弁当を開けた。

 行動することで余計なことを考えないようにしよう、何も考えず食事を取ろう、とぼんやりと思いながら箸を取る。

 そして、弁当の白米の上に、海苔で書かれた文字を見た。

 『キョウモ、イチニチ、ガンバロウ』という文字を見た。

 

 ケン・シェパードは丸亀城では家事をよくやってくれている。

 彼は昔からずっと家事をやっていたらしく、自分の弁当にも凝るし、他人のための弁当にはもっと凝るようなタイプの男だ。

 千景の弁当にもかなり手が込んでいたが、もしケンが千景の弁当を作るとしたら、もっともっと愛情を込めるし、それ相応に手の込んだものを作るだろう。

 昔は娘にもそういう弁当を作ってやっていたと、かつてケンは言っていた。

 

 弁当はすっかり冷え切っている。

 なのに、一口食べた千景は、そこに温度とは違う暖かさを感じた気がした。

 "娘をちゃんと愛する父親が作ったお弁当"は、追い詰められた千景の心によく効く。

 

「……ぐすっ……」

 

 自分を責める心、他人を責める心。

 自分の幸せを求める心、友達の幸せを求める心。

 勇者である自分、勇者でない自分。

 幸せを感じている時、今日のような幸せを感じられない時。

 色んなものが頭の中をぐるぐる巡る。

 

 心の闇が顔を出し、千景はそれに立ち向かうでもなく、それを抑えるでもなく、それからひたすら目を逸らすことで自身の暴走を停止させていた。

 だが、それも所詮はその場しのぎ。

 今の千景が暴挙の一歩手前にあることは何も変わりない。

 

 そんな、寄宿舎(あめのいわと)に引きこもってしまった女の子(アマテラス)のために、彼女の友人はやって来た。

 

「ちーちゃん、一緒お昼ご飯食べに行かない?」

 

「!」

 

 思考をしないようにしていたのもあって、千景は半ば反射的に、感情的に、飼い主に呼ばれた子犬のように部屋の入り口に向かい走っていく。

 そして、ドアノブに手をかけたところで、止まった。

 "友達に会いたい"という気持ちが彼女を走らせ、"友達に会いたくない"という気持ちが彼女の手を止めさせる。

 

 会いたい。

 会いたくない。

 寄りかかりたい。

 彼にこれ以上重荷を背負わせたくない。

 近付いて、愛されたい。

 近付いて、嫌われたくない。

 苦しんでいる彼を助けたい。

 苦しんでいる私を助けてほしい。

 千景の手と足が止まる。

 

 悩んだ末に、精霊の穢れの影響を受けている千景は、ドアの鍵を開けなかった。

 

「……ごめんなさい。もう、お昼は食べてしまったの」

 

「そっか」

 

「ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉を口にして、謝罪の言葉を外に出すと、とめどなく"ごめんなさい"が出て来る。

 

「……ごめん、なさい」

 

 数え切れないくらいの"ごめんなさい"があって、千景はそれを次々と口に出していった。

 何に対して謝ってるかすら口にしないまま、ただひたすらに"ごめんなさい"を続けた。

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 ドア一枚を挟んで、竜胆はそこに立っている。

 薄い板一枚を挟んで、千景はそこで泣きそうになっている。

 二人は近いのに、遠かった。

 

「竜胆君は……あの村でのこと、後悔してない……?」

 

「後悔してることも、後悔してないこともある」

 

「……」

 

「後悔していないことは……何度でも同じようにすると思う」

 

 細かく説明されなくたって、分かる。

 竜胆は殺したことを後悔していて、千景に手を差し伸べたことを後悔していない。

 だから何度でも、手を差し伸べるのだ。

 千景を助けようと思ったことだけは、絶対に悔いることはない。それが御守竜胆だ。

 それを後悔させ、千景を憎ませようとするのが、彼の中に根付いた闇なのだ。

 

「あなたは……あの村に、来るべきじゃなかった。

 後悔したことも、しなかったことも、あるとあなたは言うけれど……

 良いことだけは絶対になかったはず。

 良いことが一つもなくて、辛いことしかなかったなら……

 ……あなたはあの村に、絶対に、来るべきじゃなかったのよ……」

 

 千景は自分の心を傷付けるようにして、心を傷付けて流した血を言葉にするようにして、痛みに耐えながらそう言った。

 "あそこに来るべきじゃなかった"と口にするだけで、千景は苦しい。

 なのに、ドアの向こうの竜胆は不動で。

 

「良いことはあったよ」

 

「嘘」

 

「あったんだよ、俺には」

 

「嘘! ……そんなもの、あるわけがない!」

 

「君に出会えた」

 

「―――」

 

「誰かと出会えたことは、それだけで嬉しいことだ。その人と友達になれたなら、尚更に」

 

 千景の心は幼少期からずっと闇。

 精霊の影響で、その心は更に闇に落ちやすくなっている。

 対し、竜胆の心は闇に抗う光。

 闇に侵食されながらも、千景を憎み恨んでしまいそうな心をねじ伏せて、必死に懸命に光の心を取り戻そうとする、そんな心。

 

 竜胆自身が闇に染まってしまいそうなのに、竜胆は周りの人間を照らす。

 千景の心にすら、闇に抗う光をくれる。

 竜胆の心がその無茶に耐え切れなくなってしまうその瞬間までは、竜胆は自分の闇と戦いながらも、他人の内の闇を照らす者で在れる。

 

「待ってて。俺、頑張って特訓してくるからさ」

 

 千景の心は弱く、竜胆の心は強い。だが竜胆は自分の心の弱さばかりを嘆く。

 もっと強くならないと、と彼は考える。

 人が強くならなければならない義務などない、弱いままでいる権利だって人にはあるはずだ、と考える心も、竜胆の中にはあるから。

 弱い人が弱いままでいられるよう、自分がもっと強くなって頑張るべきだと、彼は考える。

 

 千景の弱さを、竜胆は許せる。

 無理に強くなる必要だってないはずだと考える。

 彼女が今の彼女のままでも、今の弱さを抱えたままでも幸せになるためには、最低でも自分が彼女を守れるくらい強くならなければならないと考える。

 

「俺は今度こそ、敵がどんなに強くても、多くても、君を守れるようになってみせる」

 

 あの村で、竜胆は千景を村八分から救い出せなかった。

 それどころか、自分の暴走で泣かせてしまった。

 千景を助けたかったのに、結局は助けられなかった。

 だから竜胆は、自分を変えようとしていた。

 友を助けたいと思った時、友を助けられる自分になるために。

 

 竜胆の足音が離れていく。

 閉じられたドアの前で、千景は一人崩れ落ちた。

 

「竜胆君……私は……」

 

 今と違う自分に変わっていくため、迷わず進んで行ける彼が妬ましかった。

 心の闇に引っ張られながらも、かつての自分らしさを取り戻しつつある彼が好ましかった。

 自分を置いて行ってしまいそうな彼が嫌いだった。

 進み続ける彼に憧れていた。

 自分と違って眩しい心を根底に持っている彼が眩しくて、どこかに行ってほしかった。

 彼と話していると心が暖かく眩しく照らされている気持ちになれて、嬉しかった。

 

 正の感情、負の感情が入り混じる。

 本当なら純粋に嬉しい気持ちだけ感じられていたはずなのに、精霊の穢れがその邪魔をする。

 心の闇が囁く。

 

『ほら、鎌を取って』

『憎い人は殺していいんだ』

『気に入らない人は切っていいんだ』

『だって君は』

『勇者なんだから』

『讃えられ、許される、勇者なんだから』

『友達に近くに居てほしいなら、ほら、鎌を取って』

『切って、脅して、近くにいてもらいましょう』

 

 心の闇に、友の言葉が刺さる。

 

―――良いことはあったよ

―――君に出会えた

 

 千景は鎌に手を伸ばした。

 

『そう、そうやって、鎌を握って―――』

 

 そして、頭の中に救う闇をねじ伏せて、鎌の柄を部屋の床に叩きつけた。

 

「しっかりしなさい、私っ……!」

 

 それは、千景にとって初めての、自らに巣食う闇を認識した上で立ち向かい、それをねじ伏せようとする『光』の決意だった。

 

「これ以上、私が私を嫌いになりたくないなら……自分で自分に、勝つしかないのよ……!」

 

 竜胆は男だ。男だから。男なら、誰かのために強くなろうとするのは当然のこと。

 千景は女だ、女だけれど、見ているだけじゃ始まらない。

 友のため、熱すぎるくらいの想いで強くなろうとする女が居たっていい。

 

 勇気をもって立ち向かう。

 ただそれだけできれば、勇者だ。

 自分の弱さに立ち向かう勇気は、もう竜胆から受け取っている。

 

 自分の中の闇にぶつかっていき、打ち勝とうとする千景。

 心の闇は無くならない。

 過去が無くなることはない。

 トラウマはきっとそのままだ。

 だが、心の闇に負けないよう踏ん張って、闇に打ち勝とうとするその意志にこそ意味がある。

 

『それでいいの? 私は、本当は、たくさん憎んで、たくさん嫌ってるのに』

 

「っ……いいのよ……好きなもの、憧れたものを、傷付けてしまうよりずっといい……!」

 

 心の闇と光が減ることなど滅多にない。

 ならば闇を抑え込むには、闇より大きな光か、闇さえも抑え込む心の強さが要る。

 心の闇は何でもかんでも壊し、殺そうとしていた。

 闇の感情は他人の命より優先される。

 精霊の影響で負の感情が暴走すれば、千景はすぐにでも他人を殺しに行くだろう。

 

 少女の内で、闇と光が衝突し、喰らい合い、そして。

 

 郡千景は、他人の命よりも優先される闇の感情を、自分の命よりも優先する友情でねじ伏せた。

 

「千景さん?」

 

 部屋の外に出て行った千景は、そこでひなたと顔を合わせる。

 千景の表情を見て、ピンと伸びた背筋を見て、穏やかな雰囲気を見て、ひなたは千景が何かの壁を越えたことを察した。

 

「……もう大丈夫、みたいですね」

 

 頷いて、無言で千景は歩き出していく。

 他人の命よりも重い憎悪があった。

 自分の命よりも重い友情があった。

 憎悪は友情には勝てなかった。

 今は、大切な友達である友奈や竜胆を想うだけで、千景の心は安らぎ落ち着く。

 

「私は……私は、絶対に」

 

 友達を、他の友達に取られるんじゃないかという恐れがあった。

 友達に失望されたくないという恐れがあった。

 友を失う恐れがあった。

 今の千景の中で最も大きな恐れは、情けない自分を見せてしまうことで、友に失望され友を失ってしまう恐れ。

 だから、もっと強い自分になりたいと、千景は素直に思える。

 

「出会ったことを……彼に後悔、させたくない……これまでも、これからも……!」

 

 千景は一人歩き、自分の中にある想いを拾い上げ、一つ一つ見つめ直し始めた。

 

「私は……私が! 彼に一番最初に出会った勇者、だから……

 情けない姿も……かっこ悪い姿も……見せたくない……私は勇者、なのだから……!」

 

 彼女の中にはもう、自分に向き合う勇気があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜胆は昼飯を食べ、少し体を動かしてから、若葉に連れられ丸亀城内部の道場風味の訓練施設に足を運んでいた。

 そこで彼を待ち受けていたのは、ボブ、ケン、友奈の三人。

 

 先輩ウルトラマンであるケン。

 現代の格闘術含む格闘技に長ける友奈。

 そして、先輩ウルトラマンにして、空手の達人であるボブ。

 皆が皆、強くなりたいという竜胆の願いに応えてここに来てくれた。

 

「俺が、あの時……

 もっと早くちーちゃんを助ける手段を思いつける人間だったなら。

 押さえつけるあいつらを自力で跳ね除けられる俺だったなら。

 闇の力なんてものに頼らない自分だったなら。

 闇の力に誘惑に負けない心があれば。闇に堕ちない心を持っていたなら……」

 

 少年が語るは後悔。

 

「憎んだ誰かを殺す以外の道も、あったかもしれない。そう思う」

 

 あの時、もし、自分がそうだったなら、という『もしも』の話。

 

「頭脳でもいい。発想でもいい。腕力でもいい。権力でもいい。俺にもっと力があったら……」

 

 後悔を語っているのに、心は後ろを向いていない。前を向いている。

 

 ならばこれは、心の闇と過酷な過去を下敷きにした、前を向く意志だ。

 

「違う道はあったかもしれない。だけど俺は見つけられなかった。

 『俺は何も止められなかった』

 『俺は何も救えなかった』

 『殺し壊すことでしか何かを終わらせられなかった』

 それが事実だ。

 俺には、何かを願っても、願ったことを現実にする力がなかった」

 

「リュウくん……」

 

「もしも、願いを現実にしていける力があったら……

 闇の力なんてものに手を伸ばさず、ちーちゃんを幸せにできたかもしれない。

 だけど。

 現実には、ちーちゃんにトラウマを植え付けて、傷付けて、妹すら殺してしまった」

 

 竜胆はただ、良い結末であればと想う。

 皆が笑って終われたなら。

 皆が幸せに終われたなら。

 それでいいじゃないかと想う。

 そうでないなら、過程で自分がどんなに頑張っても、そこに悲しみを覚えてしまうから。

 

 竜胆は求めるのは強さ、力、変わっていける自分。

 バッドエンドに終わった三年前とは違う"望んだ結末"を、掴み取れるものだ。

 

「俺は強くなりたい。心も体も。いかなる地獄においても不動で、全てを守れるように」

 

 竜胆は今のままの自分でいたくない。

 バーテックスが来れば負けてしまいかねない自分でいたくない。

 無力な人間が徒党を組んだというだけで、女の子一人守りきれないような無力な自分でいたくない。

 

「俺は、なりたい俺になる。

 俺がなりたいのは、只人(ただびと)が倒せない悲しみを、終わらせられる巨人」

 

 人間には助けられない人ですら、きっと助けられる巨人に、なれたなら。そう願う。

 

 竜胆の横で、若葉も同様に強くなる宣誓を口にしていた。

 

「強くなりたいと思ったのはお前だけじゃない。

 私も、今日一日でどれだけ無力感を覚えたことか。

 私も変わりたい。今日守りきれなかった仲間の心も、守れる人間に変わりたい」

 

 特例として大社に外すことを許された手錠を外して、竜胆と若葉が笑い合う。

 午前中には意地を張り合い、声を張り合っていたとは思えない。

 二人の心が目指すものは、面白いくらいに一致していた。

 

「腕力付けて、勉強して、もっと頭良くなって……俺達も先は長いな」

 

「ああ。だが、まずは」

 

「一番差し迫った問題の大敵、バーテックスを全部ぶっ飛ばすため」

 

「強くなろう。共に」

 

 男なら、そう、誰かのために強くなる。

 女もそうだ。見ているだけじゃ何も始まらない。

 あの村の人々の醜悪は、竜胆の中にも若葉の中にも、"どんなものからだって守りたい"という強い意志を植え付けていた。

 

 若葉は木刀を構えて友奈との模擬戦に、竜胆は拳を構えてボブとの模擬戦に向かう。

 皆で一緒に訓練し、更なる高みを目指す合同訓練の始まりだ。

 

 ボブは空手の構えで、素人同然の構えを取る竜胆を誘う。

 

来い(c'mon)

 

 指導をするのは、歴戦の白きウルトラマン二人。ボブと、グレート。

 

『ウルトラマン』を教えてやる(I'll tell you 『How to ULTRAMAN』)

 

 指導されるは、新人の黒きウルトラマン、御守竜胆。

 

 自分に勝つためだけでなく、自分以外にも勝つための特訓が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボブは、一日で結果が出るとは思っていなかった。

 竜胆の才能にも期待はしていなかった。

 だが、竜胆のガッツは信頼していたし、期待していた。

 そのため彼の方針は、じっくり時間をかけて竜胆を鍛え上げる、というものであった。

 特訓が、始まる前までは、だが。

 

 そんな予想は、特訓が始まって二十分と経たない内に、全てひっくり返されていた。

 

 これまでの共同訓練でも、竜胆の身体能力の高さは気にはなっていた。

 闇に属性が寄っている竜胆の身体能力は非人間的で、神の武器を使っている勇者と比べても遜色はなく、そのせいか勇者と比べて荒い技のほうが目についたくらいだ。

 竜胆に一対一でしっかりと技を教えるのは、ボブもこれが初めてである。

 だからこそ、思い知らされていた。

 

 竜胆の持つ、生来の『戦闘における才能』に。

 

「くっ、流石ボブ、守りが堅い……!」

 

 竜胆はボブに教わった攻撃の技、防御の技などを、次々自己流に組み上げ・組み換え、ボブに教わった技をそのままの形で習熟しつつ、新しい形に変えていく。

 闇の力による身体能力のブーストを除外して考えても、竜胆の才能は凄まじかった。

 

 直感力・判断力・思考力・対応力と、センスや思考に依存する多様な力が、どれもこれも飛び抜けて高い。

 相手の攻撃の前に攻撃を察知し、攻撃前の敵の予備動作を見切り、敵の攻撃に対し最適な対応を返すのみならず、何手か先まで読んでこの時点で布石を打つ、なんてことすらする。

 ボブ視点、"戦闘の天才"以外の表現が思い浮かばなかった。

 

 一を教えれば十を知るタイプではない。

 一を教えると他人の十倍の速度でそれを学び、自分のものとするタイプ。

 そしてボブから学んだ十をパズルのように組み替えて、自在に自分の技として操り、ボブが教えていない攻め方を唐突に編み出してくるタイプであった。

 教えた技しか使わないが、教えていない強さを使ってくる。

 教えていて楽しいと、ボブは思った。

 

 教えれば教えるほど強くなる。

 信じられないことに、ボブは今日半日での鍛錬ですら、竜胆が劇的に強くなることを確信していた。吸収スピードが異常に早い。

 教えを吸収する速度が早い天才を、"スポンジが水を吸うように"と形容することがある。

 だが竜胆はそんなものではない。

 これは『砂漠』だ。

 とんでもない勢いで教えを吸っていく。

 どれだけ吸えば限界が来るのかも分からない。

 教えを吸収すればするだけ強くなっていく、底無しで果て無しの才能がそこにあった。

 

凄いとしか言いようがない(VERY GOOD)

 

「あ、良かった、悪くはないんだ俺! 良かった、才能無かったらどうしようかと……」

 

 何故、これだけの才能が埋もれかけていたのか。

 その原因は、竜胆が今日までティガダークとしてしか戦っていなかったところと、竜胆がティガダークとしてどう戦うかばかりを考えていたところにある。

 

 つまりこの才能は、竜胆の()()()()()()()()()()なのだ。

 暴走時には、ほとんど正しく発揮されていない強さなのだ。

 もっと言えば、暴走を抑えることに必死になっている時の竜胆では、仲間の目につかないレベルで発揮されない強さなのだ。

 

 ティガダークは暴力をデタラメに叩きつけてこそ強い。

 ところがこの強さは、ボブと同質の、冷静に考えながら技を繰り出してこそ発揮される強さ。

 変身者の才能と、ティガダークの性質が、完璧に噛み合っていない。

 ボブは心底、惜しいと感じた。

 闇の力による身体能力ブーストを抜き、精神に影響を与える闇の力もぶっこ抜けば、竜胆の才能は日本の格闘技界で頂点を狙えるレベルにあった。

 そうなっていれば、彼は間違いなく陽の当たる場所に生きていただろう。

 

 とんでもなく、もったいない。

 才能がもったいない。

 ボブは深く深く溜め息を吐いた。

 

「あの、やっぱ溜め息つかれるほど駄目だったかな俺……」

 

いや問題はない(No problem)

 

「プロブレムは……問題、だっけ。問題無し? それなら良かった」

 

 とはいえ、ここでの特訓でそれらの前提は全てひっくり返るだろう。

 ボブは竜胆の動きの基礎部分から、しっかりと技を仕込み始めた。

 しっかりとした教えを少し叩き込めば定着するので、ボブは技と動きを基礎に染み込ませひたすらそれを反復させ、自分との組手の中で状況に合わせた応用を仕込んでいった。

 

 こうしていけば、ティガダークは動きのレベルが上がる。

 動きの一つ一つがハイレベルに仕上がる。

 そうなれば、暴走を抑えながらでも体に染み付いた技を繰り出せるようになるだろう。

 ボブはティガダークに変身するという前提から、竜胆に適した指導を行い、竜胆に適した技を仕込んでくれていた。

 

 そして、竜胆もまた。

 ボブが教えてくれた技を天才的に習得・応用しながらも、組手の中で一度もクリーンヒットさせられないボブの強さに、舌を巻いていた。

 

(この人に教えを請うて良かった。強い! 巧い! 底が全然見えてこない……!)

 

 そも、武術の世界が"凡才が天才に絶対に勝てない世界"であるならば、そんなものが流行るわけがない。

 凡才も天才も皆が懸命に努力し、全力で工夫し、油断なく敵の技や強さを研究して対策し、それでも誰が勝つのか分からない。それが武術の世界だ。

 ボブの技はその極地にある。

 異常なレベルの天才であろうが、ボブが積み上げた十年以上の武術の厚みは貫けない。

 

 『ただの大天才程度』には、絶対に負けない強さ。

 それが、ボブの空手の強さであった。

 竜胆はボブの教えを受ける者として、その強さをどんどん吸収していく。

 

「ぐっ」

 

 ボブが変則的な攻撃を放ち、それを竜胆に受けさせようとする。

 だが竜胆はそれを受け損ない、手刀が首に綺麗に入ってしまった。

 竜胆はむせ込んで膝をつく。

 

立て(Stand up)

 

 竜胆は必死に息を整える。

 

立て!(Stand up!)

 

 痛む喉を押さえる。

 

立て、男だろ!(Stand up guy!)

 

 そして、喉を抑えながら立ち上がって、構えてボブと対峙した。

 ボブが"いいぞ"と言わんばかりのアメリカンな笑みを浮かべる。

 楽しそうな二人を見て、特訓休憩中の友奈とケンと若葉がおおっと声を漏らしていた。

 

「あっち……何かすごいね」

 

「ヤミノゾクセイトカ、ソウイウノ、イッサイカンケイナク、テンサイネ」

 

「竜胆があの調子だと、私と友奈もほどなく追いつかれるかもしれないな」

 

「よーし、ボクシングの技とか、ムエタイの技とかちょっと教えてみよう!」

 

「あ、おい友奈!」

 

 友奈は仲間との模擬戦だと、仲間を気遣って全力を出しきれない。

 が、その実力は勇者筆頭の若葉に匹敵するほどのものがある。

 彼女自身も格闘強者であるのだが、彼女はそこに加えて、格闘技のテレビ番組を見たりするのが大好きなミーハーでもある。

 実力が伴う格闘技マニアの一端なのだ。

 

 ちょっと教える程度であれば、友奈は無数の技の引き出しを持つ。

 そして竜胆は、友奈にちょっと教えてもらった程度でも一つの技として習得できる。

 竜胆の技のレパートリーを、友奈の指導がメキメキ増やしていく。

 

「はいリュウくん! 次回し蹴り! 次フリッカージャブ! その次ムエタイの首相撲で!」

 

「友奈! 技いっぱい覚えてもどれ使えばいいのか迷うんだけど!」

 

「……あっ、そっか!」

 

……しょうがねえなあ(……I guess there's no choice)

 

 が、技だけいくら増やしても意味はない。

 技だけで格闘技ができるわけもない。

 

 一連の動きの中に技を組み込むこと。

 流れの中で前兆動作少なく技を放つこと。

 技の後に隙を生み出さないこと。

 技と技を流れるように繋いで連携技に仕上げること。

 どんな技を使って敵の防御を崩し、どんな技で仕留めるか考えること。

 するべきことは無数にある。

 

 友奈にモリモリ技を仕込まれた竜胆を、ボブが実戦形式で鍛え、仕上げ、竜胆流の格闘技の形に整形していく。

 動きは空手ベースになったが、少し離れるとキックボクシングの蹴りを入れたり、投げられそうな状況では一本背負いをしたり、至近距離ではムエタイの肘や膝が飛ぶキメラが誕生した。

 

「リュウくん教えれば教えるだけ面白い完成形の格闘技になって、見てて超楽しい」

 

「なあ友奈、もしかして俺をおもちゃにしてない?」

 

 仲間内で指導する人、指導を受ける人、模擬戦をする二人とローテーション。

 技の習得度合いが底辺だった竜胆が一番伸びていたが、ケンも僅かに力が伸び、成長期の若葉や友奈も確実に力を伸ばしていた。

 これを一週間、一ヶ月、と続けていくことで、本格的に力が身に付くのである。

 竜胆という例外は除く。

 

「スペシウム・ビーム、スブリ、イチマンカイ! サアヤッテ!」

 

「ははーんさては俺で遊んでるな?」

 

「スブリハ、キホンノナカノキホンダゾ」

 

「ごめん、俺光線撃てないんだ……素振りしても……あ、自爆の素振りなら」

 

「自爆の素振りって何? リュウくん?」

 

 竜胆はメキメキと実力を伸ばしていった。

 

 そうしていると、ボブが"そろそろ実力を試してみよう"と言い出した。

 明確に強い側のボブに教わりながら模擬戦をするのではなく、師匠と弟子ほどに力が離れているわけでもない、同格に近い相手とぶつかれと言い出したのだ。

 ここにはボブの、「同年代と競わせて更に上を目指させる」「格上とばかり戦っていると付きやすい負け癖を回避する」という狙いがあった。

 竜胆の相手役に選定されたのは、木刀を持った乃木若葉。

 

「すげえ、もう夜だけど、この五時間で確実に俺は強くなった……若ちゃんにも負けねえ!」

 

「ずいぶん自信を付けたようだな。が、私もそう簡単には負けてやらないぞ」

 

「言ってろ。俺も少し前までの俺じゃないんだ」

 

「ああ、大した成長だ。

 私も負けていられない……この戦いの中で、お前以上に成長してみせる」

 

 若葉が木刀を、竜胆が軽い木とテーピングで守った腕を構える。

 

「私も武道においてはお前の先人だ。遠慮せずに来い!」

 

「ああ、頼むぜ! 胸を……」

 

 その瞬間、"胸を借りるつもりで行くぞ、って女の子に言うのなんかいやらしくない? 失礼じゃない? 若ちゃんを不快にさせない?"と竜胆は思った。

 

「……俺は全力でぶつかっていくぞ!」

 

「その意気や良し!」

 

 ボブは日本語の妙が分からず、友奈は気付かず、ケンは爆笑をこらえた。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「てやああああああッ!!」

 

 初戦は、若葉が圧勝した。

 天才をねじ伏せる、剣というアドバンテージに、鮮やかな若葉の剣技。

 誰がどう見ても、若葉の圧勝であった。

 

「なんだと……くっ、もう一度だ!」

 

「いいだろう。何度でも受けて立ってやる!」

 

 二戦目も若葉が圧勝した。

 また竜胆が再戦を挑み、友奈が"男の子だなあ"と思う。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「てやああああああッ!!」

 

 三戦目も若葉が勝った。

 早くも圧勝ではなくなってきたことに、ケンが驚く。

 成長過程にある竜胆は、またも再戦を挑んだ。

 

「なんだと……くっ、もう一度だ!」

 

「いいだろう。何度でも受けて立ってやる!」

 

 四戦目も若葉が勝った。

 この時点でボブはなんとなく流れが読めたらしい。

 大社や食堂、ひなたなどに連絡を入れ、帰りが遅くなっても心配するなと伝えていた。

 竜胆はまた再戦を挑む。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「てやああああああッ!!」

 

 五戦目も若葉が勝ち、十戦目までも若葉が勝った。

 この時点でボブは一旦部屋に帰ってゴールデンタイムのテレビ番組を見始めた。

 

「くそっ……ぐっ、もう一度だ!」

 

「いいだろう。何度でも受けて立ってやる!」

 

 三十戦目まで若葉が全勝なのを確認したところで、ケンも部屋に帰って風呂に入った。

 その頃ボブが戻って来て、ずっと二人を見守っていた友奈に晩御飯を持ってくる。

 ボブはギターと美声にて、二人の戦闘用BGMを奏で始めた。

 ケンが長風呂から帰って来た頃には、若葉の四十連勝目が終わっていた。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「てやああああああッ!!」

 

 今六十回目だっけ、と誰かが言った頃には、日付が変わっていた。

 一回の手合わせが一瞬で終わることもあれば、何十分経っても終わる気配すら現れないこともあった。

 竜胆は若葉の動きを熟知し、若葉は竜胆の動きを熟知し、そこから新たな動きや新たな成長を見せて相手を上回る、そんな繰り返し。

 疲労や思考の隙を突いて、若葉はまた勝利する。

 

 もはやここまで来ると、本人の武術才覚やこれまでの努力という大きな勝利要因が、相対的に大きくなくなってくる。

 ここまで戦える根性と、追い詰められたギリギリの瞬間における勝負強さ。

 それが勝敗を分けていた。

 つまり、追い込まれてからの強さなら、若葉は竜胆を明確に上回っているということだ。

 

「くそっ……ぐっ、もう一度だ!」

 

「いいだろう。何度でも受けて立ってやる!」

 

 流石に眠くなったケンが部屋に帰った。

 ボブも部屋に戻る。

 友奈だけが二人の戦いを見守っていた。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「てやああああああッ!!」

 

 若葉の百連勝目もとっくに過ぎた深夜の頃、二人を見守っている内に道場の床で寝てしまった友奈に、ボブが毛布をかける。

 特訓が始まったのは昼の一時前だったが、もう深夜の一時も過ぎている。

 二人が組み手を始めてから、もう八時間近くが経っていた。

 ボブは可愛らしい寝顔で寝ている友奈の頭の下に枕を入れてやり、あぐらをかいて腕を組み、二人の模擬戦を見守り始めた。

 

「くそっ……ぐっ、もう一度だ!」

 

「いいだろう。何度でも受けて立ってやる!」

 

 ボブも寝た。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「てやああああああッ!!」

 

 太陽が登っても、二人は止まらない。

 竜胆は諦めず挑み続け、若葉は一度たりとも"もうやめよう"とは言わなかった。

 千景が竜胆に対し言い、ひなたが若葉に対して言った、そんな共通の言葉がある。

 『ちょっと真面目すぎない?』だ。

 二人はちょっと真面目すぎた。

 努力や鍛錬を苦にしない人間すぎた。

 だが、一人では流石に、ここまでの領域には到達できなかっただろう。

 

 二人だから到達できた、そんな境地だった。

 

 竜胆は若葉のために。若葉は竜胆のために。目の前の相手のために限界を超えた。

 

 人はそれを、『匿名掲示板のレスバトルで最後にレスしたら勝ちって気持ちになってる人みたいな、ここまで戦ったんだから最後に自分が勝って相手が負けを認めて、そんな感じの決着でスッキリ終わりにしたい気持ち現象』という。

 

 

 

 

 

 入り口傍で寝ていたボブと友奈を、早起きしたケンが起こした。

 

「オッハー」

 

おはよう(Good morning)

 

「おはよう、ボブ、ケン。それとリュウく……」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「「「 !? 」」」

 

 二人は、朝になってもまだやっていた。

 

「す……ストーップ! ストーップ! はいそこまで!」

 

 流石にここまで来たら友奈も止める。

 

 友奈も、昔旅館でゲーム無双をしていた千景と、生真面目にその千景に全力で挑み、次第に互角になっていった若葉の姿はよく覚えている。

 だがまさか、成長する天才の竜胆と、追い込まれてからも強い若葉をぶつけると、ここまでのものになるとは想像もしていなかった。

 

 竜胆には闇の力由来の再生能力があり、若葉には健康と回復を促進する神樹の加護がある。

 酷い筋肉痛には、おそらくならないだろう。

 竜胆は闇寄り肉体のスペック、若葉は近くに置いている神刀の加護によるスペックを使用していたため、身体能力的には互角だったはずだ。

 なのに、一度も勝てなかった。

 竜胆は若葉と一晩、朝まで二人で過ごしても、一度も勝てなかった。

 認めざるをえない。

 

「……俺の負けだぁー。完膚なきまでに」

 

 その声を聞き、若葉は大きな達成感を噛み締めながら、とても嬉しそうに、朝日を見つめて感慨深そうに息を吐いた。

 

「勝った……私の方が強いからな。変身していない時は私が守ってやろう」

 

「くっ」

 

 こいつらいい空気吸ってんな、とボブは思った。

 

「しかし、本当に粘り強く、諦めない男だった……味方にすると本当に頼もしいな」

 

「リュウくんも若葉ちゃんもお疲れ様」

 

 友奈が欠伸を噛み殺しながら、二人に歩み寄る。

 

「若ちゃん、次は俺が勝つ」

「いいや、次も私が勝とう。……仲間とこうして全力で戦うのも、いいものだな」

 

「おおっ、二人は仲間にしてライバルになったんだね!」

 

「ライバル……ライバル? そうか、ライバルか」

「ライバル……ライバル……うん、しっくりくるな」

 

 竜胆と若葉が揃ってうんうんと頷く。

 友奈の表現が、二人揃ってよっぽどしっくりきたらしい。

 乃木は竜胆に勝ち、竜胆と乃木がライバルになり、乃木が連戦連勝しながら紙一重のライバル関係が続きそうな、そんな二人の関係。

 

「よし、次の特訓だ!」

 

「おおっとぉ、リュウくんここで休む気配を見せない! いや、休んだ方が良いと思うな!」

 

「いや、なんか目が冴えて寝れそうにないし……」

 

「アンマ、ニクタイムリサセテモアレダシ、メンタルトックンデクールダウンシテ、オワリナ」

 

「メンタル特訓……!」

 

「シン・ギ・タイ、ゼンブキタエタインダロ」

 

「ですね。お願いしやす!」

 

 かくして竜胆は肉体を休めつつ、寝れないくらい覚醒しきった脳をクールダウンすべく、メンタルトレーニングに移行した。

 まずは、実は内心他者を傷付けることが苦手で、相手を攻撃するという基本行動だけで自覚しにくいストレスが蓄積する竜胆のメンタル問題から向き合うことになった。

 ここから徐々に慣らし、仲間が攻撃されても平気なメンタルを獲得する。

 そんな目標を打ち立てる。

 よって最初は、相手を傷付けても闇を溜めない、慣れ訓練だ! 友達の悪口を言ってみよ!

 

「バカ若葉! ひっくり返してもバカワカバ!」

 

「ちょっと面白い感じにするんじゃない!」

 

「うるせえ何も悪い事してないお前に悪口言って嫌な気持ちになんてさせられるか!」

 

「真面目か!」

 

「若ちゃんだけはそれ言っちゃいけないだろっ!」

 

 なんか上手く行っていない。

 そうこうしてると、特訓修行の話を聞きつけた球子がやって来た。

 

「せーんぱいっ! 頑張ってるかー!」

 

 ケンがヒソヒソと竜胆の耳元に囁き、竜胆が凄い嫌な顔をして、ケンが「コンナモノモ、ノリコエラレナイデ、ヤミニカテルカ!」と竜胆の背中を押した。

 竜胆が見たことのない顔で球子を挑発する。

 

「か……かかってこい、旋刃盤胸! その平たい胸は飾りか!」

 

「……タマの先輩に変なこと言わせたのはどこのどいつだ! 前に出ろ!」

 

「わーい速攻でバレちゃってるねケン」

 

「この先輩の赤くなった顔見ろ! 言わせる人間と言わせる台詞くらい吟味しろぉ!」

 

 球子がケンに飛びかかり、ケンの頭をヘッドロック。

 「アイタタター!」と叫ぶケンは球子を肩車し、道場の中を走り回った。

 なんだかケンも球子も楽しそうである。

 

「サイキンマタオオキクナッタナ、タマコー!」

 

「せーちょーきなんだよ、成長期!」

 

 ケンがボブに駆け寄り、球子がケンを足場にしてちょこっと跳んで、ケンの肩車からボブの肩車に飛び移る。

 

「ボブ、うちの先輩どんな感じ? 強くなれそうか?」

 

強くなければ生きていけない(If I wasn't hard, I wouldn't be alive)

 

「……ん?」

 

優しくなければ(If I couldn't ever be gentle, )生きている資格がない( I wouldn't deserve to be alive)

 

「……やべっ、わかんね。タマの付け焼き刃の英語力の限界が来たか……」

 

良い男さ(Very good guy)

 

「あ、今のは分かった。心配無い感じかな」

 

 ボブは

「強くなって生き残ってもらいたい」

「その優しさを抱えて生き残ってほしい」

「きっと強くなれる」

 といった意図を小洒落た感じに口にしたつもりだったが、言語の壁と球子の学力の壁は大きかった。ボブの気取った言い回しは少女に伝わらず、虚空に消える。

 

「……あー、段々、俺も眠くなってきたよ」

 

「私も眠くなってきたな……」

 

「じゃあこの辺りで終わりにしようね。はい、特訓終わり」

 

 眠気が出て来たあたりで、友奈にやや強引に二人は道場外に追いやられ、特訓をそこで切り上げられた。

 目をこすりつつ、二人はとりあえず自分の部屋に向かう。

 

「特訓一回で無駄に強さが身に付いた気がするな、竜胆……」

 

「ああ、俺もだ……」

 

 そんな二人を。

 道の途中で、お茶とタオルを持った郡千景が出迎えた。

 

「……ど、どうぞ。竜胆君も、乃木さんも」

 

 あの村に行った後、三者は三様の立ち上がり方をした、と言える。

 

 若葉は"仲間を守る"という事柄に、違う視点を加えた。

 竜胆は仲間に過去を話すことを決め、仲間との絆を深めて、心を強めた。

 千景は闇に落ちそうになりながらも踏ん張って、独力で自分の闇に打ち勝った。

 

 複雑な感情を抱いていた若葉と竜胆が特訓をしていると聞き、飲み物とタオルを渡しにきてくれたことからも、千景の変化と成長は見て取れる。

 今、千景は"他人に自ら進んで優しくした"のだ。

 かつての彼女は、他人に優しくされない、他人に優しくもしない、そんな子だった。

 けれど今、彼女は誰に言われるでもなく、自ら進んで他人に優しくしようと努めていた。

 竜胆は今、千景のその優しさを、肌身に染みて感じていた。

 

「「 ありがとう 」」

 

 若葉と竜胆の声がハモる。

 千景の目がスッと細まり、声のトーンが落ちた。

 

「……ずいぶん仲良くなったみたいね」

 

 小さな嫉妬を、千景の内の精霊の穢れが増幅する。

 千景は深呼吸して、それを抑え込んだ。

 

「若ちゃんがちーちゃんを大事に思ってくれることが分かったからな」

「竜胆が私の仲間を、千景を、どれだけ大切に思っているか分かったからな」

 

「……え、なにそれ? え?」

 

 が、竜胆と若葉が予想外に好意をぶつけてきたため、千景は少し戸惑ってしまった。

 竜胆と若葉から、目には見えない守ってやるからなーオーラが飛んでいる気すらする。

 戸惑う千景が状況を理解する前に、竜胆と若葉が、千景の方にフラっと倒れた。

 

「ちょっ、ちょっと!?」

 

 千景が背に括っていた鎌が千景の身体能力を強化し、なんとか千景は倒れてきた二人を受け止める。重かったが、なんとか耐えた。

 何事か、と思う千景の耳に、二人の寝息が聞こえてくる。

 

「寝てる……なんで……二人揃って寝不足……オールナイト……まさか……!

 いやそれはないわね。

 この性レベル・コロコロコミック級コンビにその心配は不要……じゃあなんで……?」

 

 千景は重い二人をなんとか部屋まで運び、寝かせようとするが、二人同時に運ぶのはなんとも難しい。

 

「……汗臭い……なんでこんなに汗臭いのこの二人……」

 

 途中で友奈が来てくれて、千景は心底安心し、友奈に感謝し、"流石高嶋さん"と心中でとても感謝し、若葉の方を雑に渡した。

 

 竜胆の方を友奈に渡そうとは、絶対に思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボブ・ザ・グレート。露骨に偽名、本名不明。南アメリカ出身。

 ケン・シェパード。北アメリカ出身。元警察官。

 

 初回特訓から数日が経過した頃。

 特訓の休憩時間に、少し気になり、竜胆は二人について友奈に聞いてみた。

 友奈は笑顔で、快く答える。

 

「タマちゃんとアンちゃんはあの二人と特に仲が良いよね。

 個別だと、タマちゃんとボブ、アンちゃんとケンが仲良いみたい」

 

「アンちゃん……伊予島か。前にそんな感じの話聞いたな」

 

「あの二人はさ、『故郷のない男』なんだって、自分達のことを言ってるんだ」

 

「『故郷のない男』……」

 

 二人はアメリカ出身だ。今、アメリカに生きている人間は一人も居ない。

 

 ボブも、ケンも、故郷をバーテックスに奪われ、大切な人を皆殺しにされた。

 戦って、守って、負けて、失って、そのたびに誰かが死んで、その繰り返し。

 ボブは南アメリカを失い、ユーラシアに移動してネクサスと共闘して、ユーラシアで全ての土地と全ての人々を目の前で壊され、日本に来た。

 ケンは北アメリカを失い、オーストラリアに移動して、オーストラリアの壊滅後は中国に移動、そして中国で全ての土地と全ての人々を目の前で潰され、日本に来た。

 

 何度も目の前で奪われた。

 大切な人など何度殺されたかも分からない。

 されどボブとケンは膝を折ることもなく、うつむくこともなく、どんな時も諦めず、今生きている人を守ろうとし続けた。

 皆を守りたいという想いが、現実に何度裏切られようとも。

 

 この四国が、事実上の人類最後の砦であるということは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()命は、既に()()()()を余裕で超えている。

 

 バーテックスを撃退できても、死者七十億人という数字は何も変わらない。

 その、七十億の中に、ボブやケンの家族、友達、仲間がどれだけ含まれているのだろう。

 一緒に戦った軍人もいたはずだ。

 巨人の心を支えた仲間もいたはずだ。

 家族だっていたはずだ。

 だが、四国でボブとケンの周りには、そういう人間は一人も見当たらない。

 

 故郷だけではないのだろう。二人が、バーテックスに奪われたものは。

 

「二人は、日本を第二の故郷だと思ってくれてるんだって」

 

「……第二の故郷。だから、頑張って守ってくれてるのかな」

 

「うん、きっとそれも、戦ってくれてる理由の一つなんだと思う。

 二人は日本の人じゃないけど、日本を自分の故郷と同じ目に遭わせたくないんだよ」

 

「あの二人にとっての、第二の故郷か。俺達も頑張って守らないといけないな」

 

「だね」

 

 今竜胆は、二人の『故郷のない男』から戦い方を伝授されている。

 二人の男が第二の故郷と定めた、この極東の世界を守るために。

 故郷のない男と共に、彼らの故郷を守るために。

 

 故郷と人々を守れなかった二人の男は、何を思って竜胆という巨人を鍛えているのだろうか。

 

「そうやって見ると……俺にはあの二人の大人な笑顔が、とても立派に見えてくるよ」

 

「あの二人、四国に来てから一度も不安な顔とかしたことないんだよ。

 私達が子供だからかな? 私達の前では、いっつもふざけてたり、笑ってたりしてるんだ」

 

「……ウルトラマングレートと、ウルトラマンパワードが、選んだ男達か」

 

 竜胆は、拳を握り締める。

 数日の特訓であったが、その間に若葉とも、友奈とも、ケンとも、ボブとも拳を交えた。

 特に直接的な師にあたるボブから受け継いだものは、この拳に多い。

 ボブの空手の技の多くは、この拳の中に詰まっている。

 

 竜胆は先日、若葉達との会話の中で、手にした力の意味が分からないという話をした。

 ティガの力の意味は、まだ分からない。

 何故ティガに選ばれたのかも分からない。

 巨人の力をどんな信念で使えば良いのかも分からない。

 

 だが、今この拳に宿る力の意味なら、分かる。

 この力を何のために使えば良いのかならば、分かる。

 ボブとケンの指導が拳に宿らせた力は、力の意味と一緒に拳に宿ってくれた。

 

 竜胆が拳を握った瞬間、世界の時間が停止する。

 

「来る」

 

 世界が樹海に変わってゆく。

 世界の時間が止まってゆく。

 神樹の根蔦が街を覆い包み、世界が戦いの準備を整えた。

 

「樹海化……バーテックス!」

 

「よりにもよって今日か……」

 

 今日は全員何事もなく丸亀城に集まっている。

 三人の巨人。

 五人の勇者。

 全員が若葉の元に集うまで、一分とかからなかった。

 

「全員揃ったな」

 

 見たことのある大型と、見たことのない大型が、壁周辺に見える。

 星屑は多いが、十二星座は見当たらない。

 過去の敵構成を頭に入れておいた杏が、珍しい構成だと感じていた。

 

 竜胆、ボブ、ケンが前に出る。

 少年はふと、ボブに疑問を口にした。

 

「ボブ。俺を鍛えてくれてありがとう。

 でも……今更だけどさ。

 鍛えた俺が暴走するっていう最悪を、想像しなかったのか?」

 

 ボブは応える。

 

疑う理由などあるものか(It admits of no doubt)

 

 答えを悩むことすらしない。

 

俺はお前を信じる(I believe you)

 

「―――」

 

 これが、ボブ・ザ・グレートである。

 若葉が竜胆の首に手を添え、首輪を変身可能状態にする。

 若葉が死んだら俺は変身できなくなるな、と、竜胆はふと思った。

 

「認証。行くぞ竜胆、共に」

 

「ああ」

 

 勇者が変身端末を、巨人が変身のアイテムを取り出す。

 ボブは銀三角のデルタ・プラズマー。

 ケンは流線型カプセルのフラッシュプリズム。

 竜胆は神器ブラックスパークレンス。

 

 全員が、一斉に構えた。

 

「サア、ショータイムダ、カレイニキメヨウ!」

 

 勇者が光に包まれる。

 デルタ・プラズマーから、プラズマ状の光が弾ける。

 フラッシュプリズムが、青と緑の光を放つ。

 ブラックスパークレンスが、巨大な闇の柱を屹立させる。

 

 皆が放った光が、ブラックスパークレンスの放つ闇を、外側から包み込む。

 その光景はまるで、光になれない竜胆が、皆の光で、光になったかのようだった。

 

「Powered」

 

「Great」

 

「ティガァァァッ!!!」

 

 丸亀城の周囲に立つ、青き瞳の巨人、白き巨人、黒き巨人。

 パワード、グレート、ティガダーク。

 三体の巨人が、城を囲み立つ。

 

『俺の特訓の成果……見せてやる!』

 

 ティガダークは、数日の特訓でサマになった構えを取った。

 

 

 

 

 

 おそらく、ここまでは。誰の中にも、希望はあった。

 

 

 

 

 

 竜胆は肌で力の流れを感じる。

 何かいる。

 だが、近くには特に何も見えない。樹海と街があるだけだ。

 

『気配を近くに感じるのに、敵バーテックスが見えないな……』

 

「竜胆君、これを見て」

 

『ちーちゃん……これは』

 

「レーダーだと敵はいるの。でも見えない。ということは……」

 

 バーテックスは初見殺しを仕掛けた。

 勇者は、事前にちょくちょく端末を確認する癖を付けておいたことで、端末のレーダーにてその初見殺しを知覚する。

 バーテックスの新たな一手は、確殺の初見殺しではなくなり、警戒していた勇者と巨人に接近を悟らせない、程度のものに終わった。

 

「……地中(した)だっ!」

 

 そのバーテックスの能力は、水中遊泳と地中潜行。

 地中さえも泳ぐ能力で、一気に勇者達に悟られずに接近した。

 その姿はまさしく魚。あるいは、クラゲ。

 額に十数個の目を持つ、クラゲのような魚であり、魚のようなクラゲだった。

 

 その目が、千景を捉える。

 接近を悟られなければ、このバーテックスは、その時点で勝利を確定させられる。

 ()()()()()()だった。

 

「―――」

 

 ガチリ、と、千景の中で何かの歯車が噛み合わなくなった。

 

 

 

 

 

 気付けば千景は、何も無い闇の中で、不気味に嘲笑するもう一人の自分と向き合っていた。

 

「え……なんで? 皆と一緒に、戦ってたはずなのに……」

 

『私、思ってたよね』

 

「私……? なんで……?」

 

『竜胆君がどん底に落ちててさ。

 再会してすぐの頃、思ってたよね。

 今、自分がこの人に優しくすれば、この人に優しくするのは自分だけになるって』

 

「―――え」

 

『思ってたわよね。だから、否定できない』

 

「ち……違う!」

 

『ああ、竜胆君は絶対に私をいじめないから!

 攻撃したりなんてしないから!

 味方になってくれたから!

 私だけが彼に優しくすれば、彼は私だけの味方になってくれるはず……そう思った』

 

「思ってない!」

 

『高嶋さんと違って、私だけの味方になってくれるかもしれない!』

 

「そんなこと考えてない!」

 

『ああ、なんて暗い喜び!

 高嶋さんと似てるところも多かった、三年前の彼が!

 傷付き、絶望し、暗い気持ちを抱いている。

 竜胆君や高嶋さんのような、綺麗な心の人を見るたびに思った。

 私の心は弱く、醜く、とても陰気。

 あんなに明るかった竜胆君の心が、私の心に近付いてくれて、嬉しい……!』

 

「違う違う違う! そんなこと、私は……違う! 思ってもないし考えてもない!」

 

『でも、失敗しちゃったんだよね。竜胆君に優しくしたかったのに』

 

「黙れ!」

 

『私は、優しくする方法を知らなかったんだよね。本当に無価値だよね、私』

 

「黙れぇ!」

 

『"こう優しくすれば他人に好かれる"ってやり方、知らなかったのよね。

 "他人にはどう優しくするのが最善なのか"を知らなかったのよね。

 だから出遅れた。

 だから他の人の方が先に彼に優しくしてしまった。

 "竜胆君が皆に優しくしてもらえてよかった"なんて言葉で自分を誤魔化した。

 他の人達がどんどん、彼の中で特別になってしまった。

 高嶋さんとかも、特別な枠だったみたいよね。ほら、名前の呼び方だって』

 

「黙って」

 

『特別な友達が二人いると、大変よねえ。

 ねえ、どっちにどっちを取られたくないの?

 今の最高の友達? 三年前の最高の友達?

 まあ本当は、二人が二人だけで仲良くなるの、止める権利なんてないんだけどね』

 

「黙って……」

 

『悲しいわよねぇ?

 だってあなた、明確に竜胆君の心を救った覚えなんてないものね。

 救ってもらった覚えはあるけど。

 私が優しくしたからじゃない。

 彼が優しかったから、彼は損得抜きで初対面の私を助けてくれただけ。

 じゃあ当然じゃない。

 彼が辛い時に彼に優しく接したのは、私じゃなくて高嶋さんだったんだから』

 

「お願いだから、黙って……」

 

『自分の幸福を邪魔する人が煩わしいでしょう?

 あの父親が、そう生きていたように。

 愛してくれるなら誰でもいいんでしょう?

 あの淫売な母親が、そう生きていたように』

 

「―――」

 

『あの父親は子供のような倫理と癇癪で生きていたわね。

 そう、今のあなたのように。

 あの母親は自分を愛してくれる男なら誰でも良かったみたいね。

 そう、今のあなたのように。

 だってそうでしょう?

 あなた、不特定多数のたくさんの人達にも愛されたいんでしょう?

 その人達に裏切られたら、冷静じゃいられないんでしょう?

 本当は名前も覚えてない集団のあの人達に、認められ愛されたいんでしょう?

 じゃああの母親と同じじゃない。

 あ、違うわね。

 名前も知らないような人からも愛されたいのなら、あの母親以上に醜悪な淫売だわ』

 

「ち……違う! 私はあの親とは違う! 絶対に違うっ!」

 

『何が違うの?

 だって、本当はあなた、愛してくれるなら誰でもいいんでしょう?

 愛されていることが重要。

 必要とされていることが重要。

 価値が認められていることが重要。

 だから愛してくれるなら、誰だって良かったんでしょう? 竜胆君でも、高嶋さんでも』

 

「もう、何も、言わないでっ……お願いだからっ……!」

 

『私があの二人を好きな理由は……

 あの二人が優しくて、私に愛を向けてくれて、私を大事にしてくれるからだものね。

 私を愛してくれて、大事にしてくれる人は、誰だって好きになるもんね。私は』

 

「違う違う違う違う違うっ!!」

 

『何も違わないわ。

 周りを見てみれば分かるでしょう?

 普通の人は、付き合う相手を選んでるわ。

 親しい人を選んで、"この人が自分の味方で居てくれれば十分"と思ってる。

 乃木さんと上里さん、土居さんと伊予島さんのように。

 だから私みたいに、不特定多数の民衆の好意や支持なんて気にしてないの。

 それが普通なのよ。

 友達ですらない奴らに、愛されたり必要とされたりしたいなんて、普通は考えない』

 

「私は……私はっ……私は私は私は私私は私は」

 

『私は誰でもいいの。

 愛してくれれば誰でもいいの。

 私の性根が見えてるから、とびっきりいい人しか、私に好意的に接しない。

 周りはちゃんと察してるもの。

 私は私を愛してくれる人を好きになる。

 それ以外の人はどうでもいい。だからずっと高嶋さんにばかり好意的に接してきた』

 

「そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない」

 

『愛してくれれば"誰でも良い"。

 "誰でも良い"だなんて思ってる人に、友達が出来るわけないじゃない。

 友達を作る努力とかしたことある?

 香川に来てからは仲間を無視してゲームしてただけだったでしょ?

 友達になろうとしてくれた土居さんも無視して、ゲームして、怒られて。

 何もしてなかった私に高嶋さんが話しかけてくれて、友達になってくれて!

 ああ、なんて楽なんだろう!

 何もしていなかったのに、友達が出来た!

 とっても優しい友達が! 待っているだけで優しい友達があっちから来てくれた! 楽!』

 

「黙って黙って黙って黙って黙って黙って黙って」

 

『私のことは私が一番分かってる。

 民衆が私のことを裏切ったら、見限ったら、私はそれを殺すかもしれない。

 だってもう、私を愛してくれないって分かったんだから。

 私を愛してくれるなら誰だっていい!

 私を認めて愛してくれる人は、どんなに憎くても殺せない! 村の人間も!

 でも私を愛してくれないなら、もう殺しちゃっていいや! いいよね、あはは!』

 

「これは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃない」

 

『何言ってるの?

 嫌いな自分からは逃げられない。

 嫌いな過去からは逃げられない。

 一生付き合っていくしかないのよ。

 だって生きている限り、自分も過去も無くなることはないんだから』

 

「う、あ」

 

『生まれてから五年経てば、五歳の淫売の子になるだけ。

 生まれてから十四年経った今は、十四歳の淫売の子になっただけ。

 二年後には、五年前に友達の喉を切った罪人の私になるだけ。

 七年後には、十年前に友達の喉を切った罪人の私になるだけ。

 生きている限り、誰もが、自分からも、過去からも、逃げられないわ。

 彼も、私もね。

 ああ、本当にかわいそうな竜胆君……こんな私と出会ってしまったせいで、人生台無しね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景の中で、何かがぷつりと切れた音がした。少女の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵は神とバーテックス。

 心の痛みなんて分かるわけがない。

 心の苦しみなんて慮るわけがない。

 心を成長させた人間に気を使うなんてこと、するわけがない。

 輝かしい人の心の成長ですら、バーテックスは問答無用で踏み躙る。

 

 自らの闇に打ち勝ったはずの千景の心さえも、バーテックスは無理矢理に陵辱した。

 

 千景を見た魚クラゲのあのバーテックスは、『記憶を捏造し精神を操作する怪獣』である。

 無いはずの記憶を植え付け、今ある記憶を捻じ曲げる。

 無いはずの感情を植え付け、今ある感情を捻じ曲げる。

 精神を操作し、ありえない思考を自然と走らせる。

 

 「君は特訓で成長したから真っ先にその力を敵に振るわせてあげるね」なんてバーテックスが言うわけもない。

 淡々と、人間側の事情など、一切鑑みることはなく。

 ティガダークと郡千景という、簡単な精神操作で無力化・傀儡化ができそうな人類戦力に、バーテックスは目をつけた。

 

 

 

 

 

 千景が発狂したような、喉を潰しそうな声で叫びながら、ティガへと襲いかかる。

 もはやその思考は、正常から程遠い。

 

「ああああああああッ!!!」

 

 竜胆は、それを止めようとする。

 止めようとするが、修行で鍛えた武を真っ先に千景に向けることを躊躇う。

 一瞬の葛藤の中、竜胆は千景が暴走していることを認識し、その暴走の原因があの魚クラゲのバーテックスにあることを理解して―――竜胆は、最悪の危機を直感した。

 

『俺の様子がおかしくなったら、誰でもいい、俺をその時点で殺せ!』

 

 まだ理性のある内に、竜胆は仲間達に呼びかける。

 千景の鎌がティガの額を切り抉ったが、その痛みに悶えてなんていられない。

 

『あれが精神に干渉するタイプの敵なら……その時点で、俺の天敵中の天敵だ!』

 

 魚クラゲのバーテックスが精神操作を得意とするなら、竜胆なんてカモにしかならない。

 事実、そのバーテックスはティガダークに狙いを定めている。

 バーテックスによる精神操作が、ほんのちょっとでも"暴走だけする分には最高の破壊兵器"であるティガダークの、砂上の楼閣のような精神に当てられてしまったならば。

 その瞬間、ティガダークは天の神にとって最高の駒になる。

 

 仲間の危機に、球子は飛び出そうとした。

 

「先輩! 待ってろ、今タマがそっちに……」

 

「球子! 杏から離れるな!」

 

「!」

 

 だがそこで、彼女らの下にも見たことのない新手のバーテックスが二体出現する。

 新たなバーテックスはせいぜい3m程度の小型だが、どこかドラゴンのような、怪獣じみた容貌をしていた。

 しかも足が速い。

 スピードの速い二体の小型バーテックスが、珠子と若葉に咄嗟に守られた杏を狙い、杏の周囲を走り回っていた。

 

「また新型……!? タマっち先輩、若葉さん、気を付けて!」

 

「小型の怪獣型、って3mもなさそうなのが二体!?」

 

「後衛の杏を狙っている! 私とお前が杏に近い、杏を守るぞ!

 友奈! お前がティガと千景に近い! お前が二人を守りに行ってくれ!」

 

「う、うんっ!」

 

 まるで双子のような小型怪獣型バーテックスを若葉・球子・杏で受けて、若葉は友奈を竜胆達の下へ向かわせる。

 

 その頃、パワードとグレートは残り全ての個体を受け持っていた。

 パワードが最強技、メガ・スペシウム光線を放つ。

 グレートが最強技、バーニングプラズマを放つ。

 子供達のピンチに、大人二人が焦り、一気に勝負を決めに行ったことは明白だった。

 だと、いうのに。

 

 メガ・スペシウム光線は、女のようなバーテックスには当たらず、その体を通り過ぎ。

 バーニングプラズマは、バーテックスの浮遊盾に反射され、グレートとパワードを襲った。

 どちらも、今日まで一度も見られていなかった、新型のバーテックスだった。

 

『っ』

 

 反射されたバーニングプラズマを、二人のウルトラマンが紙一重で回避する。

 

 追い込まれたグレートとパワードに、水瓶を思わせる形状の全身武器庫じみた攻撃特化のバーテックスが、最大火力をぶちかます。

 回避しようとした二体の巨人に、牛のようなバーテックスが音響兵器を叩き込む。

 騒音で動きを止められてしまった二体の巨人に、水瓶タイプのバーテックスの攻撃が、次から次へと叩き込まれていった。

 

クソッ!(Shit!)

 

 ボブは子供達の前では使わないと決めていたはずの、汚いスラングをつい口にしてしまう。

 それは、彼が追い詰められ、余裕をなくしている証拠であった。

 足を止められたグレートとパワードを、ソドムとゴモラが包囲していく。

 

 

 この戦闘で投入された"新型にして新型でない"バーテックスは、総勢六体。

 

 

 其の名は『亜型十二星座』。

 別の頂点に辿り着くための回り道。

 進化の過程の試行錯誤。

 星屑で肉体を作った大型個体の、十二星座と怪獣型の中間体。

 融合にあらず、中間である。

 

 幻覚と地中遊泳を行う、魚座。

 二対一体の高速獣、双子座。

 攻撃を跳ね返す、蟹座。

 火力に特化した、水瓶座。

 攻撃無効の爆撃体、乙女座。

 音響兵器を放つ、牡牛座。

 

 其はティガダークの参戦に合わせ、新たなる進化を開始した―――新世代のバーテックス。

 

 "血を吐きながら続ける悲しいマラソンを止めたら滅びていいぞ"と言わんばかりの、神が遣わした進化の悪夢、進化という名の絶望だった。

 

 

 




 ビジュアルファンブックだとピスケスは魚モデルと明言されてるんですが、どうしてもクラゲに見えてしまうルシエド。趣味を出していいのが二次創作の良いところですね

【原典とか混じえた解説】

●亜型十二星座
 十二星座と怪獣型の中間体。
 融合ではなく、二つのものの中間の存在。
 天の神の試行錯誤と、バーテックスの独自進化の模索の過程。
 未だ未完成。
 改良の余地・進化の余地・強化の余地は無限に存在する。
 遠い未来、"全く異なる二つを融合昇華する"概念に繋がっていく可能性を持つもの。

●超空間波動怪獣 サイコメザードII
 天より来たる者、根源的破滅招来体の手先『メザード』郡の一体。
 水棲クラゲから派生したような形状の怪獣。
 メザードは総じて、人間の心を抉り、心を玩具にし、弱い心を押し潰す術に長ける。この個体は幻覚粒子を撒き散らし、人に幻覚を見せ、記憶と精神を操作する『サイコメザードII』。
 ティガダークの天敵。
 海中や地中を泳げる魚座(ピスケス)と、精神操作特化怪獣の中間体。
 亜型ピスケス・バーテックス。

●双子怪獣 レッドギラス&ブラックギラス
 獅子座L77星という、光の国とは別の『ウルトラマンの星』を滅ぼした双子の怪獣。
 当然、その星のウルトラ戦士も打倒済み。
 TVウルトラマンレオではウルトラセブンも打倒している。
 接近戦も強く、保有する光線も強力。
 小型高速戦闘タイプの双子座(ジェミニ)と、強力な双子怪獣の中間体。
 亜型ジェミニ・バーテックス。

●蟹座怪獣 ザニカ
 本来は心優しく、戦いを好まず、悪意もなく強くもないカニの怪獣。
 蟹座に住まう怪獣で、両手の鋏、強力な消火能力を持つ泡、マッハ6の飛行能力を持つ。
 攻撃反射能力を持つ蟹座(キャンサー)と、飛行能力・対火能力を持つ蟹座怪獣の中間体。
 亜型キャンサー・バーテックス。

●水瓶超獣 アクエリウス
 地球を植民地にするため、水瓶座第三星人達が派遣した超獣。
 怪獣を超えた怪獣『超獣』らしく、毒の噴煙、電撃、光線、ロケットと強力な攻撃手段を揃えており、攻撃力は中々のもの。
 水を操る水瓶座(アクエリアス)と、多様な攻撃手段を持つ水瓶座超獣の中間体。
 亜型アクエリアス・バーテックス。

●天女超獣 アプラサール
 "宇宙光線と少女の夢を合成した超獣"と表現され、乙女座の精『アプラサ』が異次元人ヤプールによって改造されてしまった成れの果て。
 光線や羽衣による攻撃を行い、宇宙線と乙女座の精の合成体であるため、物理攻撃の全てを無効化する能力を持つ。
 高火力爆撃タイプの乙女座(ヴァルゴ)と、物理攻撃無効の乙女座超獣の中間体。
 亜型ヴァルゴ・バーテックス。

●牡牛座怪獣 ドギュー
 弱い者いじめが大好きないじめっ子怪獣。
 何の罪も無い子供をいじめ、その子の母親を殺し、その子のペットを殺し、人間や動物を殺した後その子にその罪をなすりつけるなど、嫌な意味で『知性が高い』怪獣。
 牙、角、爪、怪力を持ち、人間に化けたりする変身能力も持つ。
 音響攻撃持ちの牡牛座(タウラス)と、変身能力持ちの牡牛座怪獣の中間体。
 亜型タウラス・バーテックス。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。