藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 強い者同士が、激しい闘いをすること。




プロローグ
龍虎相博(りょうこそうはく)


 それは、猛烈な嵐だった。

 まるで台風が凝縮されて、龍の形に押し留められたかのような、そんな姿。それが口を開いては、次々と竜巻を創り出す。大地を穿つ掘削機を思わせる、無慈悲な暴風だった。

 

「……クシャルダオラ、すっげぇ……っ!」

 

 白色と、紫色と、淡い蒼色。様々な色を混ぜ返したかのような結晶の山に隠れつつ、その様子を窺っていた俺は、そのあまりの風圧に顔を(しか)めていた。

 ()の龍の名は、クシャルダオラ。鋼の如き鱗を身に纏い、体格に不釣り合いなほど巨大な翼を振り撒いている。特殊な形状のその翼は、羽ばたく度に乱気流を生み出して。強靭な肺は、飛竜の息吹をも軽々と打ち消すほどの質量の息をもたらして。

 生物の中でも異質な存在――そして今、国が喉から手が出るくらい欲している存在である。

 古龍、と呼ばれているカテゴリー。彼は、その一人だった。

 

 舞い上がる結晶の欠片が、荒く俺の頬を撫でていく。いつの間にか曇天へと変わっていた空は、遠く、遠く。付近の火山を、この大陸ごと包み込んでいた。降り注ぐ豪雨は、俺の着込む調査用のフードを荒く叩き続ける。

 

 ――――そんな雨を、同じく受ける存在がもう一つ。

 あまりにも肥大化した二つの角を備え、強靭な四肢で大地を強く貫いている。その全身を、これでもかと言わんばかりに棘で覆い、怒りを露わにするかのように唸るその姿。

 怒りの対象となった彼――鋼龍に剥がされたと見える頭部の棘は、じわりじわりとその鋭角を露わにしていって。不気味なほどに白い棘を新たに生やし、剥がれた部位を瞬く間に再生させていった。

 

「……あれもマジでやばいな」

 

 正体不明の、龍――なのだろうか。シュレイドの本土からは遠く離れたこの大陸に、突如舞い降りたその姿。

 それはまさに、悪魔そのものだった。古くからある教本に描かれた存在が、そのまま飛び出したかのような。奴はそんな姿をしていた。

 

 研究結果から、奴は他の生物とは比較にならないほどの再生能力を有していることが判明している。

 国が求める『次世代の兵器』の開発のためには、奴の能力が欠かせない。そのため、今回の出動は奴の回収が目的なのだが――。

 

「……ところで、あいつ、どこ行ったんだ?」

 

 その次世代の兵器(あいつ)が、消えていた。俺は重弩こそ担いでいるが、あくまでも回収班。そして、本業は次世代の兵器(あいつ)の整備士だ。本計画の戦力の大部分は、あいつの能力に集中している。あいつがいなければ、この計画は実行できないのだ。

 しかし、そんな俺の心配をも薙ぎ払うかのように、クシャルダオラは吠える。その巨大な翼を振り抜いては即座に舞い上がった。

 そうして吐き出した、極太の竜巻。目の前への古龍への威嚇か、もしくは奴を仕留めるための切り札か。

 しかし、その竜巻を前に、もう一方の古龍はといえば。

 一切の躊躇なく、飛び込んだ。

 

「うおっ……!?」

 

 あの乱気流に突っ込んで。全身を、あの風の刃に曝け出して。

 瞬間、凄まじい轟音がこの地を駆け巡った。機械仕掛けの鋸を金属に擦り付けたかのような、そんなけたたましい音だ。全身の棘を激しく剥がしながら、しかし奴は一直線に、クシャルダオラへと襲い掛かる。

 その光景は、あまりにも異常だった。クシャルダオラも危機感を覚えたのだろうか。その身の鋼にいくつもの傷をつけた目の前の外敵は、自らを(かえり)みることなくひたすら襲い掛かってくる。異常とも言えるその攻撃本能に、彼は翻るように飛んで距離を離した。かの棘の古龍の牙は奴に届くことなく、そのまま宙をえぐる。

 

「……おっそろしい……けどすっげぇ……っ!」

 

 本当に、本音が漏れた。凄まじい暴風雨にフードがずれて、藍色の髪が露わになる。危うく吹っ飛んでしまいそうな眼鏡を慌てて押さえつつ、目の前の光景にもう一度ピントを合わしたら。心の底からの声が、漏れた。

 全身血塗れにしながら、両者は再び向かい合う。これは縄張り争いなのか、捕食行動なのか。それともただのじゃれ合いなのか。俺たち人間には、彼らの真意は分からない。しかし、彼らが少しじゃれるだけで、人のようなか弱い存在は死んでしまう。生物としての性能の差を思い知らされている気分だ。その光景は、この言葉に尽きる。

 だが、逆に言えば。逆に、彼らの力を利用することができるならば。そうすれば、人類の天敵となるものは何一つなくなるのではないか。シュレイドが大陸全土を統治することも、夢物語ではないのかもしれない。

 

 そんな、俺が思考の海に溺れかけた瞬間だった。

 唐突に、風が吠える。今度は、クシャルダオラが飛び出した。その全身を風に乗せ、棘の龍に向けて滑空したのだった。

 暴風の具現化とも呼べるそれは、棘の龍の翼を激しく穿つ。何かがへし折れるような、嫌な音が響いた。それに奴は顔を顰めるものの、クシャルダオラを捉える瞳だけは逸らさない。そうして、第二波とも言える滑空を仕掛けるその鋼の龍に向けて、真正面から向かい合った。

 

 黒く染まった棘が、鋼龍の甲殻を深々と突き刺して。

 全身の鋼を、棘で覆い尽くして。

 滑空の勢いを、渾身の力で全て呑み込んで。

 

 ――あの棘の古龍は、クシャルダオラの滑空を、あろうことか真正面から受け止めたのである。あまりにも超常的なその光景に、俺の開いた口は塞がらなかった。

 それも束の間。奴は、そのまま背負い投げでもするかのように、クシャルダオラを投げ飛ばす。乱雑に結晶を砕きながら大地に体を擦りつける彼は、酷く苦しそうな声を上げた。穴の空いた鱗からは鮮血が溢れ返り、立ち上がる手足も弱々しい。もはや満身創痍とも言える状態だろう。その様子を見ては、棘の龍は満足そうに唸る。

 奴も奴で、大怪我しているというのに。まるで血が固まったかのようなその黒い棘を鳴らしながら、一歩、また一歩と鋼龍との距離を縮めていく。

 

 イタチの最後っ屁という言葉が、その光景には最も相応しいだろうか。

 クシャルダオラが突如鎌首をもたげ、大量の空気を吸い込んだ。渾身のブレスを。圧倒的質量の吐息を、奴にぶつけようと。彼は、最後の賭けに出たのだった。

 

「やべ……っ!」

 

 襲い来るであろうあの暴風に耐えるため、俺は慌てて結晶の影に飛び込んだ。重弩に付けられたベルトを無理矢理そこに巻き付けて、自らが吹き飛ばされないように対策を講じる。だが、それが飛び出るその前に。棘の龍が、大きく身を掲げて吠えた。まるで慟哭のような声で、吠えた。

 瞬間、舞い上がる奴の体。急上昇しては、先程の鋼龍の如く滑空を繰り出すその巨体。そこに、あまりにも激しい乱回転を加え――――。

 

「おっ……おおぉぉぉぉッ!?」

 

 まるで散弾だ。この結晶の地に激しく穴を空けるそれは、数え切れないほどの黒い棘たち。それが乱回転によって弾け飛び、この周囲一帯に穴を空けたのだった。

 風圧対策に躍起になっていた俺は、防弾の対処など全くしておらず。慌てて全身を丸めて、頭を覆うしかなかった。多少強化訓練を受けていると言っても、本業は整備士だ。戦士や兵器のように、飛び交う銃弾を躱すことなど、できる訳がないのである。

 

「…………ひゅぅ、ビビったぁ……」

 

 幸い、俺の体に穴は空いてなかった。右頬だけはどうも掠ったようで、血が溢れ出ていたが、それもこの際大した問題じゃない。その影響で罅の入った眼鏡を持ち直しながら、もう一度あの龍の決戦の場へと目を向ける。罅割れたレンズの向こうを注視した。

 

 地に伏せる、クシャルダオラ。その頭を叩き潰す、あの棘の龍。全身の棘を全て散らし、奴もまた満身創痍だというのに。されど、勝利を得たことを強く主張するかのように、高く高く吠え上げていた。

 敵に勝利した瞬間。それは、筆舌し難い喜びを勝者に与えてくれる。それは人間だけでなく、彼ら龍も同様らしい。まるで自らの強さを誇示するかのように吠える奴の姿は、歓喜の念で満ち溢れていた。

 

 ――しかしそれは、数少ない油断の瞬間でもあって。

 一戦を終え、一呼吸する瞬間。その瞬間は、隙だらけの的そのものなのである。

 

「漁夫の利は、いただくぜ……!」

 

 結晶に巻き付けたベルトを剥がし、その銃身を大地に寝かす。自らも伏せては、スコープへと目をやった。天高く吠える奴の頭部。それが上下する様を確認しながら、俺は照準を合わせる。

 頭部、胴体、臀部、尻尾。それらが一直線になる瞬間だ。まるで針の穴に糸を通すような、あの瞬間。それを狙っては、俺は重弩の引き金を引いた。震える体を、息を止めては抑えつけ、奴の体を穿つ一閃を撃ち放った。ドスンと、俺の体に重い衝撃がのしかかる。

 銃声をも、置き去りにするようなその衝撃。クシャルダオラのブレスよりもさらに早いその文明の賜物(狙撃弾)は、奴の体を深々と射抜く。貫通性を極限まで高めたそれが、あの龍に悲鳴を上げさせた。

 

「……やったかっ!?」

 

 一直線に風穴を空けられて、その弾道が瞬く間に炸裂して。その衝撃に、彼の龍は抗いようもなく倒れ伏す。

 と思った瞬間。奴はその剛腕で体勢を保ち、どころかぎょろりと俺の方を見た。

 

 まさか、仕留められなかったか。

 この狙撃弾を使えば、もしかするとあいつの力を使うことなく龍の回収ができるかもしれない。そんな浅はかな俺の考えを、容易に打ち砕いた瞬間だった。

 クシャルダオラに全身を剥がされ、俺に穴を空けられていても。それでも奴は、倒れない。どころか俺の姿を確認して、走り出した。効いていないことはない。確かに、奴は足を引きずっている。それでも、あれは決定打にはならなかった。あの悪魔が、こちらへと駆け寄ってくる――――。

 

 

 

 

「……ローグ、危ないよ」

 

 その奴の体が、唐突に転がった。

 まるで足払いのように剣が走り、それが奴の前脚を斬り裂いた。重い音を立てながら転倒する巨体を余所に、小柄な影が俺にそう声をかけてくる。

 

「……今まで、どこにいたんだよ」

「結晶の影に隠れながら、機を窺ってたの。そしたら……ローグが、勝手に手を出すから」

 

 少女が、俺を名指しで諌めては不満げに頬を膨らませた。

 長く伸びた銀の髪を棚引かせ、深緑の外套に身を包む彼女。その顔立ちは、少女という言葉が過不足なく似合うほどに幼い。形の良い唇を尖らせながら、その澄んだ青い瞳をジト目にし、不満げに俺を睨んでいる。

 こんな荒地には、不釣り合いなほど可憐な少女だと、長いこと一緒に過ごしている俺でもそう思う。しかし、その銀の髪から垣間見える長く鋭い耳に、後頭部下に取り付けられた機械の接続器。そして一対の剣を握る四本の指が、彼女がただの人間ではないこと物語っていた。

 

「……ッ、ミュー! 危ない!」

 

 だが、それも束の間。転がった勢いを生かし、体勢を持ち直した棘の古龍。奴は、俺よりも彼女――『ミュー』を脅威と認識したらしい。その全身を振り上げて、先程鋼龍の頭を叩き潰したように、その剛腕を高く高く掲げ始めた。

 

「――大丈夫、だよ」

 

 奴の怒号に溶け込んでしまいそうなほど、小さな声。それで俺に応えつつ、彼女は駆け出した。ふっと、彼女の姿が消える――かと思いきや。瞬間、棘に包まれた奴の足が弾け飛ぶ。

 それに驚愕し、なおかつ痛みのあまりよろける奴のその背中に。ミューは、激しく回転しながら飛び込んだ。

 緑の刀身に、しかし赤黒い光を差したその双子の剣で。

 それを逆手に握っては、独楽のように回転して。

 背中の甲殻を、どころかその下の肉までを。激しく斬り結び、鮮血の花を舞い咲かす。

 そうして、駆け登った彼女は。天に歯向かうかのように吠える龍の、その頭に向けて、二本の剣――『滅龍剣【天絶一門】』を振り下ろした。刀身に塗りたくられた龍属性の光が、奴の脳天を穿つ。天への咆哮は、断末魔へと変わっていた。呻き声のような、弱々しい断末魔へと。

 淡い色で輝くこの結晶の地が、薔薇の如く濃い裂傷の血で濁っていく。その一瞬で事切(ことき)れた巨体は、呻き声すら掠れに掠れ。糸が切れたかのように倒れ伏しては、二度と起き上がることはなかった。

 

「……はは、手負いとはいえ、ここまであっさり龍を仕留めるたぁ……」

 

 鮮やかな紅色で銀の髪を染め、無表情で龍を一瞥する少女の姿。ただの少女のように見えて、その中身はまるで異なる者の姿は、美しくもあって、恐ろしくもある。

 

 彼女は人間ではない。竜人族だ。そして、類い稀な才覚を見出され、兵器の役目を担っているという一面ももつ。俺とは根本的に違う、この国の未来を左右する存在だ。

 

 次世代の新兵器。モンスターの脅威から人々を救い、この世界を人のものにする。シュレイド王国の繁栄を成就させ、人々を幸福へと導くために開発されたもの。

 

 ――――人は、それを竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)と呼ぶ。

 

 






 分かりにくいですが、一応竜大戦時代です。


 平均文字数は読みやすい範囲で頑張ってみます。ということで書いてみました、竜大戦。
 竜大戦時代とか古代文明についてかなり独自解釈が強めで考えてみたんですが、こういう解釈も面白いんじゃないかって思って書いてみました。自分なりにイメージした竜大戦と竜機兵、古龍を考えている内に、是非とも書いてみたいシチュエーションが浮かびまして。そう長くはしないので、折角だから書いたろ、みたいな。滅龍剣は、風化双剣の風化する前の本来の姿、的な。詳しい世界観説明は、次話でします。
 ここまで読んでくださり、有り難うございました。

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