簡単なことにも全力で取り組むことの例え。
その姿を言葉にするならば、翼と尾の生えた巨人に見えた。
統率が為され、列を組んでは歩き出すその巨体。
そこらの飛竜の二倍――いや、三倍はありそうなその体躯は、一歩踏み出すだけで大地を揺らす。その腕一本だけで、人間の何倍の重さなのだろうか。極太の肉に、それを包むように張り付けられた鉄鋼。局所局所には銀色の輝きが光り、唸るような声が響く。
その数は、たった十五体。隊列を組んだ彼らの背後には、焼け野原となった山々が連なっている。
その山に囲まれたゲイボルギアの首都『クナーファ』は、本日をもって陥落した。
この、たった十五体の悪魔たちによって。
「……まるで、この世の終わりでも見ているような気分だぜ」
大地を漆黒に染めるその巨大な影を眺めながら、俺はそう漏らした。
渋味と酸味を不均等に混ぜ合わせたかのような、タバコの煙。お気に入りの銘柄のそれが、ふっと風に溶けていく。
「一機あたりに飛竜三十頭。それを計二十機建造し、五体は城へ。残りは戦線に。なんて言いますけど、十五体でこれなんて……恐ろしいですね」
そう、冷めた目で言葉を漏らすのは、金の髪を風に
彼らの先輩にあたる、世界で二人目の兵器。背後に漆黒の巨体を眠らせては、涼し気に地に降り立った。そう、ラムダである。
「ゲイボルギアは……どれくらいもったんだ?」
「そりゃ、まぁまぁいい戦いしてましたよ。国境戦での僕らは、囲まれて一方的にやられることもありました。でも、物量でってなると話が異なりますよね。それに僕らは、とにかく相手の拠点ごと攻撃すればいいんですし」
ズタボロになった石の山を見つつ、煙を漏らすその筒を咥え込んで。鼻孔を埋めるその味を呑み込みながら、廃墟となったクナーファを見る。
ゲイボルギアにとっては、最大の防衛線。しかし我々シュレイドからすれば、攻略対象の一つでしかない。我々が有効活用するのは二の次で、今は勢力を広げることが優先だ。
被害を抑えれるなら抑えろ。無理だったら構わず薙ぎ払え。そう命令された彼ら――『第二世代竜機兵』は、必要以上の力をもってこの街を攻め落としたようだった。
「制空権は、どちらにもありました。僕みたいに、油を引火させられることもないですし。空を覆ったのは両軍ともです。でも……」
「でも?」
「彼らは、破損しない限り動きに支障をきたしません。いくら火球を浴びようが、平然と戦い続けてました」
「…………」
「反面、飛竜たちはそうもいきません。怪我を負えば動きが制限されますし、そうでなくとも痛みに体を捩らせることも多かった」
「察するに、彼ら第二世代は痛覚を有していない……ということか」
「……えぇ、おそらく」
苦虫を噛み潰したように、彼は表情を歪ませる。
いくら攻撃を受けようが、痛みは感じない。それは、彼らが命の境界を捉えられないということだ。引き際を知ることができず、壊れるまで戦うことを強いられる。そんな同胞の仕打ちに、彼は心を荒げずにはいられないのだろう。握り拳が、震えていた。
ミューとラムダ。二人の竜機兵は、頭部に装着された接続機器を通して竜機兵を操作する。俗にいう、接続型タイプの竜機兵だ。設計者は俺であり、当然痛覚も残している。二人が壊れないように。二人が、生きて戻って来られるように。
けれど、これはなんだ。これこそが兵器だと、そう言いたいのだろうか。
「……えげつねぇなぁ」
心の底から、そんな思いが。思いが言葉になって、漏れた。
◆ ◆ ◆
「……何なんだろう、この成分」
ゲイボルギアが行使する、竜操術という技術。その技術の原理を解明するために、俺は顕微鏡とにらめっこしていた。レンズをじっと凝視すれば、レンズの向こうの鎧の破片も、俺の瞳をじっと見る。やや紫がかったそれは、静かに光を反射していた。
――あれから。
シュレイド軍がクナーファを落とした、その日から。
第二世代竜機兵が実践投入されたあの日から。
既に、
このシュレイドの街では次から次へと竜機兵が建造され、灰色の空に羽ばたいていく姿が見えた。その数は、あの街を落とした頃の倍に既に超えただろうか。戦線は未だに拡大し、領土はさらに広がっている。
それでも、この街は何も変わらない。人間たちは優雅に暮らし、今が戦争中であることをついつい忘れてしまいそうになる。それほどまでに、この街は穏やかだ。
南方で大きな地震があったとの報告を受けたが、その影響を受けている様子も特にない。的外れだが、しかしそれ以上に平和という言葉が的確だった。
「ローグ……つまんない」
「つまんないってなんだ。今俺は仕事中なんだよ」
「今日訓練ないし、出撃要請もないし。ひまー。構ってー」
棒読みで、無表情で。
ミューがそう主張し、俺の服の裾を引っ張ってきた。
「だから今仕事中なんだって! 大事な研究サンプルの解析してんだよ。ほっといてくれよ」
「……ローグは、私をほっとかなかったくせに」
それは、あの噴水広場で会った時のことを言っているのだろうか。
そう意味深に言ってくる彼女に、俺は唸りながら頭を抱えつつ。でも、そう言われたら断るに断れないために。渋々と、自らの膝を空け放った。
「……しょうがないな。大人しくしててくれよ」
「わぁい。えへへ」
相変わらずの微笑だ。満足しているのか、していないのか。それすら全く分からない彼女の微笑。それで顔を埋めながら、彼女は俺の膝に座ってくる。しゃらしゃらと髪飾りを鳴らしながら。
思えば、この子の満面の笑顔なんて見たことがあるだろうか。うっすらと、見覚えのあるような気がして。でも、どうもそれに思い当たるものがなくて。まるで砂嵐に呑まれたかのように、そのイメージは思考の波に溶けていってしまう。
いつも微笑だ。口元を少し綻ばせるだけの、微笑。大人しい彼女らしいが、それは過去の生活からによる自我の抑圧からきているのかと思うと、胸が痛くなる。
「……もっと笑っていいんだぞ」
「え……笑ってるよ……」
こてん、と。不思議そうに首を傾げる彼女。
今のは押し付けになってしまったかな、とも感じた。
人の手によって無理矢理作り出された笑顔になんて、竜糞ほどの価値もない。それよりも、彼女が心から笑えるように、見守っていく方がずっといいのかもしれない。そんなことを思いながら彼女の頭を適当に撫でつつ、俺は視線を顕微鏡に戻した。
見たこともない鉱石だ。成分も、輝きも、そこらの鉱床のものとはまるで異なる。少なくともこの鉱石は、シュレイド国内では非常に入手困難なものだとも思う。彼らの領内には火山地帯もあるし、そこから得られたものだろうか。
「ローグ……何見てるの?」
「ん? これか? これは、竜操騎兵とその竜が使ってた鎧の破片だよ。何だか見たことない材質っぽくてなぁ。これが奴らの技術の鍵になるかもしれないってことで、調べてるんだ」
その淡い輝きに、ミューは少し目を細めた。
いつもの、俺のシャツを勝手に着ている時のような、リラックスした顔。何となくだが、そう見える。
「何だか、不思議な光……。少し心が落ち着くような、そんな気がする」
「え……そうか? 全然分かんねぇんだけど」
俺はそれに全く共感できなかった。こいつ、適当なことを言ってやがるかな。
なんて思ったが、ミューは嘘を全くつかない子だ。もう十年近く一緒に過ごしているが、彼女が嘘をついたことなど一度もない。
で、あるならば。ミューがそう感じているのも、本当のことだという可能性もある。
「マジで何か感じるのか?」
「うん。今は心がふわふわする感じ」
「……その感覚は、他のものでも感じたりする? 例えば……うーん、ぬいぐるみとかさ」
「ううん……こんなの、はじめて。何でだろう……」
少し目を細めつつ、彼女はそう言った。不思議な感覚があるものの、それが何かは分かっていない様子だった。
しかし、それはこの鉱石の光のみのものらしく。彼女が、他のものからこのような感覚を得ることは、どうやらないようだ。
つまり、この光は本当にこの鉱石独自のものなのだろうか。そして、何故俺にはそれが分からない?
俺とミューの違いは何だろう。
年齢?
性別?
性格?
――種族?
「竜……竜操術……」
竜人は、強靭な竜の遺伝子を組み込まれて造られた。故に、竜の特性や感覚がないとは、言い切れないだろう。
じゃあ、俺が何も感じないで、逆に彼女には何か感じられるのは、竜の遺伝子の有無という違いによるものなのだろうか。
つまり、この光は竜に作用する――?
「……ミュー。この光、どう思う?」
「……うーん。何か、上手く言えないんだけど……色に……」
「……色に?」
「色に、感情が見える気がする」
何とか言葉を組み合わせて。
緩やかな頭を働かせて。
そうして彼女は、その不思議な感覚について語り出した。
「この色は、凄く穏やかな感じ。でも、赤くなったりするととってもむかむかして……青くなると、何だか寂しくなる……」
「……色が、感情を左右させてるってことか?」
「んー? ……よく分かんない」
彼女が竜機兵となって、もう数年が経つ。竜人族として三十年弱の歳月を生き抜いて、今再び
彼女自身、その感覚についてはよく分かっていないだろう。言っていることも意味不明だ。でも、もしそれが本当ならば。この鉱石は竜の感情を見せるものであって――――。
「……呼応する……竜の感情と呼応する……なんて、どうだろう」
「……??」
「例えばさ、これが竜の感情の影響を受けて色を変えたり、逆にこの光で竜をリラックスさせたりとか、さ」
「……よくわかんない」
彼女は、振り出しに戻ったように首を傾げる。
「……だよな、あほらし。そんな非科学的なものがある訳ないか。竜操術は、多分刷り込みかなんかだろ、普通に考えて」
考えるのも阿保らしくなってきた。科学者であるのに、なんてバカみたいな考えをしているのだろう、俺は。
どっちにしろ、どうでもよいことだ。
彼らは竜を使役する。竜と徒党を組んでいる。
しかし我々は、竜を資源として余すことなく使う。竜を使役するのではなく、使用するのだ。そちらの方が圧倒的に有意義で、圧倒的に生産性がある。それは明白なことじゃないか。
「これが産出する鉱山も制圧できたら、何か分かるかもしれんけど。まぁ、どっちでもいいか」
「……シュレイド王国は、どこまで領土を広げるんだろう」
「そりゃあ、竜を満足に得られるくらいまで……だろうなぁ。欲を言えば、大陸全土だろうけど」
「……戦わなきゃ、ダメ?」
「そりゃあ、ミューはこの国の最大戦力だぜ? しかも、最速の竜機兵だ。国の英雄にだってなれる。肩身の狭い思いをしなくても、よくなれるんだ」
悲哀の色を含んだ瞳で、そう目を伏せる彼女に向けて。
俺は少し胸の内を開けては励ますものの、それでも彼女はその顔を上げることはなかった。まるで気持ちのすれ違いのように、彼女の表情に影が差していく――。
丁度、その時だった。
「失礼しますっ! ローグさん! 至急、第一世代の出撃を! 古龍です! 古龍が現れました!」
近衛兵が扉の向こうからそんな悲鳴のような声を上げる。
それが部屋に反響し、俺もミューも、勢いよく顔を上げた。
◆ ◆ ◆
「……で、状況は?」
「先日制圧したクナーファに向けて、四肢と翼を生やした青い古龍が迫ってきているとの報告が入りました。急を要するようです」
「あっちには何機か竜機兵いるだろうに」
「第二世代は古龍との戦闘は想定しておりません。複数で望めば或いは……ですが、それより個体としての性能の高い第一世代の方が適任、だと」
「……エンデさんだな、どうせ」
相変わらずの合理的な考えな考えだ。
竜人は、あくまでも道具。竜機兵も、あくまでも道具。故に最も効率よく使う。そんな彼の語り口調が耳元で囁いているかのような、そんな錯覚すら覚えた。
ミューの飛行速度なら、ここからクナーファまであっという間だ。スピードが売りの彼女に、遠方の古龍を当てさせる。それは確かに合理的で、設計者の俺としても嬉しいことなのだけれど。何だか、気持ちは複雑だった。
しかし、命令は命令だ。任務を遂行しなければ。
「……じゃあ、ミュー。急で悪いけど、行けるか?」
「……うん」
戦闘服に身を包んだ彼女は、髪飾りをそっと外す。それを大事そうに手に持って、俺にずいっと突き出して。しゃがんでそれを受け取った俺は、彼女に改めてそう尋ねた。
おずおずと頷く彼女は、何だかとても寂しそうで。何故だか分からないけど、心残りがあるかのような、そんな顔をしていた。
「心配すんな。ミューは本当に強い。オーグだって、生身のまま仕留めただろ? 大丈夫。お前なら勝てる」
「…………」
「英雄になれるんだ。向こうのみんなは、お前のことを待ってるから」
独特な意匠のラバースーツ。抵抗力を極限まで減らしたその戦闘服に身を包んだミューは、ひとまとめにした銀の髪を、不安げに揺らしている。
戦うことは、苦手ではないはずだ。
竜のことを気遣うような素振りを時々見せるものの、あのオーグ然り、あの紅蓮の竜然り。戦う時には、彼女は容赦なくその牙を振るう。だから、大丈夫だと。俺はそう思うのだが――。
「……ローグは、来てくれないの?」
「えっ」
「…………ローグ」
上目遣いで、懇願するかのように。彼女は、そう訴えてきた。
考えてみれば、今までは彼女が出撃した時に俺も一緒に出向いていたような気がする。そう考えると、彼女単独での出撃というのは、今回が初となるのかもしれない。
「……悪い。俺は城の方での仕事が控えていてな。でも、バルクの整備はばっちしだ。俺がいなくても大丈夫」
「…………」
「さっと飛んで、ばばーって倒すだけだよ。ミューならできるさ」
「…………ばか」
突然の罵倒。それだけ言うと、ミューは大きくバックジャンプする。そのまま、胸が開いたバルクの中へと飛び込んだ。
「……は? 何だ、急に」
思わずそう漏らしたら、返ってきたのは精一杯口から顔を出した彼女の舌。俗にいうあっかんべーを、渾身の力で繰り出している。接続される痛みにも負けない、全力のあっかんべーを。
それだけやって、彼女は一言も発することもなく。銀色の胴に吸い込まれて、バルク自身の目が青く光る。
そうして、そのまま。まるで俺から逃げ去るかのように。彼女は翼の火を噴かせ、一目散に飛び去ってしまった。
「……何なんだ、あいつ」
俺も、近衛兵たちも。唖然とその様子を見送っている。
緋色の光が灰色の空の中で瞬いている様子を、言葉もなしに見守っていた。
あっかんべー可愛い。
クナーファは、トルコなどのお菓子の名前です。ピンときた方もいらっしゃるかなぁ。そう、ここは未来のドンドルマ。ドンドルマもトルコの甘味だから、それにちなんだ名前にしたろっていうことで。クナーファ、クナーファ。かっこいい響き。
ドンドルマと言えばドンドルマアイスですけど、トルコアイスって何であんなにみょーんみょーんってするんでしょうね。不思議……食べたことないけど。食べてみたい。
ほいでは、また次回の更新で会えることを願っております。閲覧有り難うございました。