藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 初めて出会った者同士が、非常に親しくなること。




傾蓋知己(けいがいちき)

 ――なんで、この人は私を引き取ったんだろう。

 

 ボサボサと手入れの行き届いていない藍色の髪に、同じ色に染まった気だるげな瞳。少しばかり隈が出来たそれを眼鏡で覆うその姿は、不健康な人間そのものだ。団服を適当に着崩したその人は、一言で言うと『よく分からない人』だった。

 でも、その雰囲気がどこか懐かしい気がして。最初にぶつかってしまった時は、この人にすがりつきたくなってしまった。それが何故かは、私もよく分かってない。

 

「……自己紹介がまだだったなぁ。俺の名前はローグ。よろしくな」

 

 そう言っては懐から煙草を取り出して、それを色の薄い唇に挿み込んで。手で覆うように、マッチをかざす彼。

 そっと目を細める仕草をじっと見ていると、途端に鋭い煙が私の鼻を穿ってきた。

 

「……っ、こほっ、こほっ」

「お前は、何て言うんだ?」

「けふっ……」

「おいおいおい……もしかして、煙草嫌い?」

 

 涙が浮かんできてしまう。目が充血してくるのが分かる。

 煙草なんて、大嫌い。

 目が痛くなるし、煙たいし、苦しいし。私を買い取った人たちはみんな煙草を吸っていて、その煙を直接私にかけてきて。凄く、凄く苦しかった。

 

 ――どうせ、この人も同じなんだろう。

 

 なんて、どこか他人事のように目を伏せた。

 結局、誰に買われても同じだと、私は心の中で引き笑いをした。

 ところが、そこに返ってきたのは予想だにしない彼の言葉。

 

「わり。消すわ。ごめんな」

「……え」

 

 今、この人は何て言ったんだろう。言葉が、頭に入ってこなかった。ううん、入ってきたんだけど、理解が出来なかったんだと思う。

 半ば信じられない思いで顔を上げると、彼は火を付けたばかりの煙草を灰皿へと押し付けていた。そうして火を消しては、窓を勢いよく開ける。

 

「吸わない人からしたら、臭いだけだもんな。ちょっと換気しようか」

 

 そう言って、申し訳なさそうに彼は笑った。

 まるで。まるで私を、いるものと扱うように。私に気を遣ってくれているかのように。そんな、あまりにも非現実な(・・・・・・・・・)その光景に、私は言葉を失ってしまう。

 

「さて。もう一回聞くけど……君は、なんて名前なの?」

 

 ちょっと照れくさそうにそう尋ねてくる彼の声が、何だかとっても優しくて。

 ――よく分からないけど、心がうるさく鳴った。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 竜人族は、道具。

 私はそう教えられてきた。人間からも、そう扱われてきた。

 女で、まだ三十を過ぎたかどうかというくらいに私は幼い。お父さんのように労働力として使われることはなく、お母さんと同じように誰かの家に買い取られ、そこで家事手伝いなどの雑務をさせられることがほとんどだ。

 けれど、その生活は本当に苦しくて。人間には絶対服従しなくちゃいけなくて。お父さんも、お母さんも、別々の人に買われてしまったから。もう、二人ともどこへ行ってしまったのか分からない。

 頼れる人なんて、誰もいなかった。

 誰も――――。

 

「おまっ……ベジタリアンか!? ほんとに肉、食えねぇ感じなの?」

「……っ、は、はい……」

 

 好き嫌いはしちゃいけない。したら、罰を与えられてしまう。

 依然買い取られたところでは、奥様からこっぴどく叱られた。私の作った物が食べられないなんて、許せない。そんな風に怒鳴られては酷い折檻をされて。その後は、家畜用の餌なんかが出されたりなんてして。

 でも、この人は――ローグは、むしろ心配してくれているかのような、そんな顔をしていた。

 

「……昔からダメなのか?」

「……ごめんなさい」

「いや、いいんだ。好みは人それぞれだしな。代わりに俺のサラダやるよ」

「えっ、で、でもそんな……」

「いいっていいって。俺はお前の分の肉もらうから」

 

 そう言っては、彼は自分のサラダを私の方へと差し出して、逆にお肉を持っていってしまった。

 正直、肉の方が好きだし。なんて言いながら、彼は私のお肉をかじる。屈託のない笑顔を浮かべながら。

 

 

 

 

 

「……うぉ、マジか!? お前……めちゃくちゃ料理上手だな!?」

「そ、そうですかね……あぅ」

 

 伸びてきた大きな掌に、私はされるがままに頭を撫でられながら。

 彼は、私の作ったサンドイッチを口にしてはそう大声を上げた。

 別に、私はとりわけ料理が上手い訳じゃない。ただ、こう言ってはなんだけど、これまでの彼の食生活があまりにもあれなんだろう。

 それでも、料理を含めた家事はこれまでもずっとしてきたから。下手ではない――と、思う。

 

「こりゃあれだな。料理当番交代制を採用したいな」

「え?」

「一日交替で、料理を作る……なんてどう?」

「え、いやその……ローグさんも、作る……んですか?」

「……それは、俺の飯が不味いと言いたいのか……」

「いっ、いえ、その、そうではなくて――」

 

 ――私が休みなんてもらって、いいんでしょうか。

 

 そんな思いを、言葉に変える。

 生憎か細い声になってしまったけど、彼はそれを聞いては口元を引き締めた。そうして、ずいっと私の瞳を彼が覗き込む。藍色の中に、青色が浮かんだ。

 

「……俺な、嫌いなんだよ」

「……え?」

「竜人を奴隷みたいに扱う風潮。俺、あれ大っっっ嫌いなんだよ」

 

 どこか酷く冷めた目で。冷笑的に、彼はそう吐き捨てた。突然変わった声のトーンに、私は思わず怯えてしまう。

 だけれど、彼はそんな私の手をとって。冷えた指先を、彼のあったかくて大きな手が、ぎゅっと包み込んで。

 

「君を迎え入れたその日から、俺たちは家族だ。君は奴隷じゃない。そんな風に思わなくて、いいんだよ」

 

 何だか、物語でも見ているかのよう。

 彼の言葉の一つ一つがあったかくて、心を優しく受け止めてくれる。

 顔が熱くなった。頬が焼けるよう。目元に、何かあったかいものが溜まってくるような――。

 嬉しさで泣くなんて、初めてだった。

 

 

 

 

 

「この部屋自由に使っていいからな」

 

 そう言って彼が案内してくれたのは、彼の家にある使われてなかった小部屋。ベッドや棚、さらには可愛らしいラグまで用意されている。

 

「休日の朝にいっつも掃除してるんだけど……それでもいい?」

 

 手が空いた時に、私はいつでもやりますよ。なんて、私は控えめにそう返して。

 

「買い物行くならさ、おすすめの店があるんだ。案内するよ」

 

 そのまま、彼は私の手を引いてくれて。

 

 

 

 

 

 シュレイドの街は、何だかこれまでとは違って見えた。

 いつ怒鳴られるか分からない怖さ。それは主人にか、道行く人にか、近衛兵にか。本当に、誰にいつ怒られるか分からない。私の一挙一動で、激しく叱られることもある。

 でも、彼と歩く通りにはそんな息苦しさなんてなくて。私の手を引いては、私の歩幅に合わせてくれる。道行く人に文句を言われても、彼は優しく庇ってくれる。

 ――この前の、私の引き取り方といい。彼は、結構位の高い仕事をしているんだと思う。彼の着る団服の腕章を見ると、文句を言う人もいそいそと去ってしまうんだから。

 何だか、安心してしまう自分がいた。いつ廃棄場送りにされるか分からないような、そんな生活だったのに。往来の真ん中で晒し刑にされても、不思議じゃない生活だったのに。彼の横にいると、何だかそれが凄く無縁な気がして。

 こんなんじゃいけないと、思うのに。気付けば、彼の傍が私の居場所になっていた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……ローグ、さん。あれは何?」

「あれはな、星座っていうんだよ」

 

 それから、暑い日々がしばらくやってきて。

 深い緑色の葉っぱが、そのうち紅くなっていって。

 その葉が落ちたら、急に寒い日が続くようになって。

 そんなある日のこと。彼の出張についていって、山奥の山荘に宿泊した時だった。

 空が、凄く澄んだ空が。藍色に染まった絨毯に、光る点が無数についているかのような。そんな凄い輝きが、私の心を掴み取る。

 

「星座……?」

「そう、星座。星が集まって、絵を為したものを言うんだよ。あれは飛竜座だ」

「飛竜座……」

「んで、あの長い奴。あれは海竜座っていってね。海に住んでるでっかい竜に見えるんだってさ」

「……よくわかんないです」

「ははは、違いない。俺だってどう見ても星の集まりにしか見えねぇもん」

 

 率直な感想を言ったら、彼はそう笑っては私の頭を撫でてくれた。

 彼の足の間に収まって、防寒着を一緒に羽織って。包み込まれるかのように空を見ながら、彼に体を預ける。最近こうしてるのが、すっごく落ち着くことに気付いたの。

 そんなこんなで、空を見上げていたその時。星の合間の藍色に、ふと興味が湧いた。

 

「……あの空の向こうには何があるのかな」

「ん? 何だそりゃ。哲学的な話か?」

「ううん。そういうのじゃなくて……本当に向こうには何があるのかなって」

「あー……」

 

 何となく思ったことを口にしてみれば、彼はどうしたものかと頭をぼりぼり搔いて。それでも、その返答となるものと考えてくれているようだった。

 数秒、あーとかうーとか喉を鳴らしたものの。形にならない言葉を、彼は何とか形にしてくれた。

 

「難しい話になるけどな。あの向こうには分厚い壁があるんだよ。この空と大地を隔てる壁がな」

「壁……?」

「そ。その向こうには、宇宙っていう場所がある。なんとな、そこには空気がないらしいんだ」

「……息が、できないの?」

「らしいな。んで、それらを隔てる壁があってなぁ……んー、『成層圏』って言葉は聞いたことあるか?」

「……ない、です」

「ないかぁ」

 

 聞き覚えのない言葉にそう返すと、彼はまた愉快そうに笑って私の頭を撫で回す。

 

「壁だよ、壁。決して交わらない、分厚い壁さ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……ローグ、それ、なに?」

 

 一緒に暮らし始めて、何年が経っただろう。

 もう何度も世界の色は緑、青、赤、白と反転していって、それを何度ローグと見てきたか。私ははっきり覚えていない。

 いつしか、私は彼のことを名前だけで呼ぶようになった。彼も、しっかり私の名前を呼んでくれる。彼は私のことを、お前だとか、それとか。そんな呼び方はしない。ちゃんと、私として、私のことを呼んでくれる。それがたまらなく嬉しかった。

 

 この日にローグが持ってきたのは、見覚えのないチラシ。あまり賢くない私には、読めない文字も多かったけれど。代わりに彼がそれを読み上げてくれて、私はようやくその内容に触れることができた。

 

「……竜機兵適正調査っていってな。全竜人対象のテストだよ」

「テスト……?」

「近々、新しい兵器が開発されることになる。それを操作できる適応者を探してるんだ、俺たちは」

「……兵器?」

 

 長いこと彼と過ごしたことで、いくつか分かったことがある。

 彼は、この国の研究者だった。それもとても凄い研究者。新しいものを造るのに、彼は引っ張りだこで。あっちこっちに飛び回って、その度に私もついていった。

 おかげでこの国の色んなとこを見ることができたけど、仕事が大変だからゆっくり観光することもできなくて。いつか、ゆっくりこの国を回ろうな。なんて言うのが、彼の癖だった。そのいつかはいつになるか分からないけれど――何だか、とっても楽しみ。

 いつか、行けたらいいな。彼と一緒に、遠いどこかへ。

 

 そんな彼が新しく開発しているのが、何やら『りゅーきへー』っていうものらしい。それが一体何なのかは、よく分かんないけど。

 

「その、りゅーきへーっていうのは……なんなの?」

「竜の素材を掻き集めて、新たな存在を造り出す……ていう、次世代の新兵器だよ」

 

 何だか、嫌な感じがした。竜を集めてって響きに、嫌な予感がする。

 

「古龍をベースにさ、機械の部品を詰め込んで生きる兵器を造ろうって計画でなぁ。これ図案なんだけど、見てくれよ。格好良いだろ?」

 

 目を輝かせながらそう言う彼は、まるで少年のようだった。子どものような見た目をしている私が言うのも、変かもしれないけど。でも、その表情に邪気はなくて。ただ自分の思い描くおもちゃを造ろうとしている、子どもみたいに見えた。

 ローグは優しい。竜人族を差別することなく、平等に扱ってくれる。私のことも、凄く大切にしてくれている。

 でも、彼の優しさが向かうのは人間と竜人族だけ。竜に対しては、決してそうはならなかった。この国の人らしい、竜は資源とする考え方。それを聞くと、私は少し暗い気持ちになる。

 彼は、成層圏を決して交わらない壁だといった。空と宇宙がそうであるように、彼の竜人と竜への態度の差も、決して交わらないのかもしれない。

 

「……どうして、なのかなぁ」

 

 憂うような溜息が、漏れた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「――ューさん、ミューさん」

「…………んぅ」

 

 ふと、呼び掛けられる声がする。私の通名が、耳の中に鳴り響いた。

 その声を聞いて、私は重い頭を持ち上げる。目に映るのは、荒涼とした景色。そして、動かなくなった青い古龍――――。

 

「お疲れ様でした。無事テスカト種の雌を討ち果たしたようで。お見事です」

 

 そう言うのは、武装した竜人族の男性。あの古龍の出現を知らし、私を要請した竜人兵部隊の、リーダーさんだと思う。

 彼らもようやく峠を越えたからか、安心したような顔で水を飲んでいた。鉄の色に染まった水筒が、夜明けの光を帯びては眩しく光る。

 

「少しは休まったでしょうか」

「はい……大丈夫です」

「そうですか、それはよかった。いやぁ、鬼神のような戦いぶりでした。古龍をも討ち果たすなんて」

「……有り難うございます」

 

 感慨深そうにそう言っては、彼は大きく息を吐いた。どっと疲れた。そう言わんばかりの、大きな深呼吸だ。

 

「これから私たちはあの龍を大型飛空船に乗せて、とりあえずクナーファまで飛びます。貴女は、どうされますか?」

「……私は、一旦簡易拠点に戻ります。そこでもう少し休んでから、この子とシュレイドに帰りますね」

 

 そう言っては、背後で沈黙していた銀色の機体を撫でる。

 この子は、死んだように眠っていた。私が接続を外せば、この子はたちまちのうちに意識を失ってしまう。この子の頭にも脳はあるけれど、自我がない。自我を担うのは適応者。この子は、私がいないと動かない。

 あの時ローグが持ってきたテスト。あれが一体何かはよく分からなかったけど、その結果こうしてこの子といられるのだ。そう考えると、ちょっぴり嬉しくもある。

 

 

 

 

 

 そうして彼らがせっせと古龍の亡骸を運ぶ様子を、私は何ともなしに眺めていた。

 

 ――ごめんね。あなたが何を思っていたのかは分からなかったけど、私はあなたを倒さなきゃいけなかった。

 

 本当は、モンスターと戦いたくなんてない。できることなら、互いに過度に干渉し合わずに、平穏に共存したい。兵器を造るから、計画の妨げになるから。そんな理由で、何も悪くないモンスターを狩るなんて、ほんとは嫌だ。

 でも、今は戦争中だし。そうしなきゃ、私を保護してくれてるローグにも迷惑をかけてしまう。我儘ばかりは、言ってられないから。

 

 私の使命と想いの間には、きっと成層圏みたいな壁が広がってるんだろうな、なんて。

 この薄暗くも澄んだ空を見上げては、そう思った。

 

 






 何か既視感ある感じ。


 多分、私が投稿しているもう一つのモンハン二次作品を読んでくださってる方は、こう思ったと思います。私も、書いてて思いました。相変わらず、こういうヒロインが性癖にぶっささるんだろうなぁと我ながら自己分析してしまいます。
 大気圏には、いろんな層がありますけども。私はやっぱり成層圏って響きが一番綺麗に感じますね。多分、この先も壁のイメージで何度も出てきます。成層圏って、ほんと響きが綺麗。英語にしてみても、本当に綺麗。凄い。
 閲覧有り難うございましたー!

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