藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 豪快で、才能が優れていること。




豪宕俊逸(ごうとうしゅんいつ)

「……急すぎて、心の準備がまだできてないや」

 

 そう声を漏らしたのは、金の髪を無造作に伸ばした青年だった。

 上に伸びた背丈を風に浴びさせながら、彼はその赤い瞳を前方へと向け続ける。

 その先には、深い霧があった。灰色の岩場と、無造作に造り上げられた砦。それを浸すかのように、濃霧が淡い光を照らしている。

 ふぅ、と彼は息を漏らした。緊張を逃すかのように。凝り固まった自分を、解き解すかのように。

 

「ラムダさん。もうすぐそこまで、奴は迫ってます」

「……うん、足音がここでも聞こえてるから」

 

 竜人兵による報告を受け、彼――ラムダと呼ばれた青年は、覇気のない返事をした。

 そんな彼の見る霧の向こうからは、重々しい足音が聞こえてくる。それはまるで、重厚な資材を地面へと叩き付けているかのような。地鳴りにさえ聞こえてくる、重苦しい震動だった。

 

「巨大龍、か。本当にいるんだね」

「ラオシャンロンについては、過去の書物から記述はあります。でも、まさか我々の代で見られる日が来るなんて」

 

 感嘆した様子でそう話す竜人兵。あの地鳴りの主の名を聞いて、ラムダはぴくりと眉を動かした。

 ラオシャンロン。まるで峰のような体躯を有し、それを強靭な四肢をもって運びゆく。そこらを飛ぶ飛竜や、ミューが討伐したような古龍とは比較にならない巨体をもつ、まさに巨大龍という名が相応しい存在だ。そのあまりの大きさは、ラムダの操るゴグマゴグさえ超える。

 誰かが言った、歩く天災という言葉。それはまさに、言い得て妙と言えるだろう。

 

「……進行ルートは?」

「相変わらずです。ジォ海の南西側から出没した数日前の予想通り。そのままここ……ジォ海の北を通るようにして、クナーファを目指して歩いているようです」

「……なんだか、さ」

「えぇ……まるで王都を避けるかのようなルートです。実に気味が悪い」

「……まぁ、足取りが分かりやすくて助かるけど。急ピッチで建造したこの仮設砦も役に立ったし」

「ですね……ただ、ジォ海西側は、壊滅状態だそうです。平らに踏み慣らされた道が、巨大な道が続いているのだとか」

 

 ――ラオシャンロンが現れたのは、数日前の出来事だった。それも、ミューが出撃する前の話。

 ジォ海の南西。丁度砂漠地帯に差し当たるかというほどの鉱山地帯で、突如地震が起こる。その直後に、奴は姿を現したのだった。そう、シュレイドの街には特に影響が及ばなかった南方の地震。彼は、その震源地そのものなのである。

 

 地面からあの巨体が飛び出てくるというのは、非常に面食らう状況だろう。事実、予想外の地震の正体に、シュレイド王国の対応は非常に遅れてしまった。しかし、一度出てきてしまったのなら、あまりの巨体故に観測自体はそう難しくない。

 大地に刻まれた痕跡や、奴の行動の特徴から進行ルートを割り出して、その予想される地帯に砦を建設する。さらに、そこにゴグマゴグを操る第一世代竜機兵、ラムダを送り込む。それが、シュレイドの打ち立てた対巨大龍作戦だった。

 今、目の前に奴は迫ってきている。あとは、このまま奴を迎え撃てばよい。首都に迫ってきている訳ではない。しかし、このままクナーファに踏み込まれるのは避けたい。

 そして何より、巨大龍という貴重な資源をみすみす逃す訳にはいかない。それが、シュレイド軍の最終的な判断だった。

 

「……よし、作戦開始だ。いこう」

 

 ラムダがそう言うと、背後で準備していた竜人兵たちが力強い返事を連ねた。この圧倒的な存在を前に、彼らが拠り所とするのはこの巨大な竜機兵。普段は嫉妬に溺れる者もいるが、この状況下においてはこれほど頼りになる存在はない。みな、そう感じていた。

 砦を跨ぐように伸びた吊り橋。その背後に鎮座する、ゴグマゴグの胸殻。それががばっと開いては、彼はその中へと飛び込んだ。跳ねる瞬間蹴り上げられた橋が、ぐらぐらと濃霧を掻き乱す。

 そうしてゴグマゴグの瞳に光が灯り、漆黒の機体が持ち上がって。ボタボタと油を撒き散らしながら、巨人は歩き出した。

 

「砲撃部隊、準備!」

 

 そう竜人兵が声を上げると、鈍い足音が響き渡る。首を掲げた、四足歩行の気高き獣。奇蹄目に分類された生物――『馬』が、隊列を組んでは走り出す。そんな彼らの背後には、大柄な荷車と黒光りする砲身の姿があった。

 それによって運ばれた大砲は、およそ二十丁。それが砦の高台に等間隔で並び、迫りくる巨体に照準を当てた。同時に運ばれた砲弾が着々と詰められる中、部隊長の竜人は静かに右手を天へと掲げる。

 

「砲撃班、構え――――」

 

 震動と共に、霧が薄められる。そうして露わになる視界。そこから見える、錆びついたような赤茶色の甲殻。あまりにも巨大な龍が、その姿を現した。

 

「――――撃てぇっ!!」

 

 続く、砲撃音。

 火薬の弾ける音が、この砦の中で響き渡る。谷状のこの空間の中でその轟音が反響し、野太い呻き声が混ざり込んできた。

 総弾は百を下らないだろう。それだけの量の砲弾を埋め込められ、凄まじい量の煙が上がる。衝撃波に濃霧は消し飛ばされたものの、火薬の黒々しい吐息が、またもや巨大龍を覆い尽くした。

 

「……やったか?」

 

 誰かが、そう言って。そんな淡い期待を、口から溢して。

 

 現実はそう甘くない。そう言わんが如く、舞い上がる黒炎の中から巨大な頭が飛び出した。

 いつの間にか立ち上がっていたらしい奴は、その立派な尾を支えに何と二足歩行をし始める。そうしてさらに高く舞うその頭から、もはや衝撃波の塊と言える咆哮を吐き出した。あの砲撃音を遥かに上回る、大咆哮を。

 

 刹那、反り合う衝撃波。丁度ラオシャンロンと向かい合うかのように。砦の奥に潜む黒々しい影が、これまた悍ましい咆哮を放つ。

 赤茶色の巨龍を、黒々しい機竜が捉え。そうして、一直線先へ。悠然と闊歩する巨龍のどてっぱらに向けて、機竜はドス黒い吐瀉物を撒き散らす。

 

「うおおぉぉっ!?」

 

 そのあまりの勢いに、竜人兵は驚愕の声を上げた。

 如何に液体であろうと、超速度で射出されれば、それは固体とそう変わらない威力をもつ。そうして撃ち放たれた吐瀉物は、ラオシャンロンの腹部を荒く叩き付けた。奴は倒れはしないものの、悲鳴のような声を上げる。

 

「……作戦通りだ! 門を守るゴグマゴグに近付く前に、奴を仕留めるぞ! 射撃班、オイル班、準備!」

 

 部隊長の声に反応して、多くの兵士が声を上げる。そうして、射撃班と呼ばれた者たちは重弩を掲げ、砦の端へと並び立った。

 一方、オイル班と呼ばれた者たちは、再び馬を駆けさせる。先程砲身を運んだものと、同型の荷車。それが、ガタガタと石造りの砦を掻き鳴らす。しかし、彼らが引く荷車の上にあるのは、砲身ではなかった。重弩をさらに巨大化させた、重厚な射撃装置。そこに備えられた巨大な矢には、黒く濁った液体を溜め込んだ筒が供えられていた。

 

「ってぇっ!」

 

 掛け声と共に、発砲音が響き渡る。巨体を穿つために射撃班は重弩を鳴らし、オイル班はその矢をラオシャンロンに向けて撃ち放った。オイルをたっぷりと詰めたその筒を、勢いよく風に乗せたのだった。

 そんな竜人たちの努力も、奴はまるで気にも留めない。全身が油まみれになっているのにまるで気にせず、彼は優雅に前脚を地へと付けた。そうして、再び歩き出す。大地を揺らすあの震動が、再び兵士たちに襲い掛かった。

 歩き始めたラオシャンロン。その瞳の向こうで鎮座する、漆黒の機竜。ドロドロに溶けたかのような黒が、濃霧を吸い込んで。かと思えば彼の胸元が、その喉元が、淡い橙色に染まり始めた。

 

「全員、伏せろぉ!」

 

 そう部隊長が言うが早いか、兵士たちは攻撃の手を止めその身を守る。

 次の瞬間、大気が爆ぜた。黒々しい油が真っ赤に染まり、そのまま大気ごと緋色に染める。一瞬で気化することで膨大な質量を撒き散らしたそれらは、次々と連鎖反応を引き起こした。ラオシャンロンの体を覆った黒い油が、瞬時に弾け飛ぶ。

 

 悲鳴。それは悲鳴だ。突然、身体を纏った液体が、凄まじい熱と衝撃波に成り変わった。その凄まじい旋風は、確かに奴に痛みを刻んだのだった。

 興奮のあまり吠えるゴグマゴグと、痛みのあまりに吠えるラオシャンロン。その光景はあまりにも異常で、またあまりにも恐ろしい。龍と人が戦っているのか、龍と龍が戦っているのか。それすらも定かではなくなってしまう。

 

「……すげぇ……なんて威力だ」

 

 オイル班も、少量とはいえ油を重ねた。しかし、奴を覆っていた油のほとんどは、ゴグマゴグが吐いたもの。ラムダはそこに赤熱させた油を熱線として放ち、大量に引火させたのだった。

 それによって、ラオシャンロンの甲殻は大きく焼け焦げる。ところどころ、剥がれては肉が見えていた。しかし、それでも奴は動きを止めない。どころか、その足並みを早め始める。

 

「なんだ……何故急に急ぎ出した?」

「へっ、ゴグマゴグにビビったんだろ!」

「いや、それだったらゴグマゴグから離れようとするんじゃないか……?」

「むしろ、手早く距離を詰めて接近戦に持ち込もうなんて、そんな腹なんじゃ……っ!」

 

 兵たちは意表を突かれながらも、再びそれぞれの獲物を構えた。そうして、ずんずんと歩むラオシャンロンに向けて、それぞれの獲物に火を吹かせる。

 奴の足は速かった。攻め込もうとしているかのように。はたまた、逃げ出そうとしているかのように。人によってその捉え方は様々なものの、彼は確実に、ゴグマゴグとの距離を詰めていく。

 響く瀑布の音色。再び、ゴグマゴグが体内の油を奴に叩き付けた。内容量は多くないために、そう何度も放てない。しかし、迫りくる巨体を止めるには、出し惜しみをしている場合ではなかった。

 その油を受けて、ラオシャンロンは暴れ始める。先程の痛みを思い出したのか、奴は全身を砦に擦り付けては身じろぎした。その度に砦が激しく揺れ、その上で重弩を構えていた兵たちが巻き込まれていく。

 

「うぁっ……!」

「ひぃ……っ!」

「狼狽えるな! 攻撃の手を緩めるな!」

 

 巨大な背中に弾き飛ばされたものは、そのまま全身を石に叩き付けられて沈黙する。砦と甲殻に磨り潰される者もいれば、崩れ落ちた瓦礫に埋もれる者もいた。巨体に踏み付けられ、挽肉のように成り果てた姿。それが、次から次へと大地を赤く染め上げていった。

 その光景に兵たちの士気が下がり、部隊長が大声を上げては彼らを奮い立たせる傍ら。再び、オイルの矢が注ぎ込まれた。同時に、ゴグマゴグのあの熱線も。

 

「総員、身を守れ!」

 

 襲い来るあの衝撃に、兵たちは慌てて身を屈めて。その瞬間に、大気が赤く弾け飛ぶ。

 先程までとはいかなくとも、これまた大規模な爆炎が奴を包んだ。巨大な火球ともなったそれはこの砦を激しく焼いて、散らばる肉の塊を溶かしていく。

 それでも、奴は止まらない。

 

『これでもダメなのか……。こうなったら、接近戦でこれ(・・)を撃ち込む他はない……!』

 

 その光景を前に、ラムダは悔し気に唇を噛んだ。

 なお加速するラオシャンロン。不自然なほど慌てた素振りで、奴はゴグマゴグに向けて駆け出した。足の震動は最早地震へと変わり、兵たちはまともに動けない。

 体内の火薬を大量に消費したゴグマゴグは、その大振りな翼を持ち上げて、ラオシャンロンを迎える意志を見せた。中で歯を食いしばるラムダは、最終兵器の使用を決意したようだ。

 いよいよ、ラオシャンロンが吠える。邪魔だと言わんばかりのその声のままに、奴はゴグマゴグへと突っ込んだ。折れた鼻先を、躊躇なしに叩き付ける。

 その巨体を、機竜の太い翼腕が受け止めて。それでも衝撃を抑えられず、彼は背後へと弾かれた。そのままもつれるように砦の門へと流れ込み、分厚い鉄の壁が激しく軋む。

 

「……すげぇ、あの巨体を押し留めやがった」

 

 一瞬の沈黙。それを打ち破ったのは、竜人兵の感嘆するような声。

 その門を背に、ゴグマゴグは踏み止まった。背後を壁にして、彼は巨大龍の突進を殺し切ったのだった。

 そのまま、両者は相撲でもするかのように押し合いを繰り広げる。その余波が砦を崩し、大量の瓦礫が零れ落ちた。それでも彼らは手を引かない。互いに譲らず、押しては引いての繰り返し。

 巨大龍が唸り声を上げる。そこを通せと言わんばかりの鬼気迫る表情。それに、ゴグマゴグは負けじと吠えた。

 

『お前は――ここで死ぬんだよ』

 

 そう、ラムダが吠えて。ラムダの声は、ゴグマゴグの行動へと移り変わって。

 ふっと、彼は力を抜いた。巨体を支える力を抜いて、ラオシャンロンを前進させる。

 

「……あっ!?」

「マズい……ッ!」

 

 思わず竜人兵が焦る瞬間だった。彼らが重弩を構え直そうとする、その瞬間だった。

 前進するラオシャンロンの、その首下に。ゴグマゴグは、自らの巨体を器用に動かして、するりと滑り込んで。そのまま、巨大龍の首元に、機竜の背中を擦り寄らせる。

 その背中に搭載された、黒光りするもの。

 体表よりもさらに黒く染まったそれは、舞い上がった火の粉の色をうっすらと滲ませていた。その先にあるのは、柱のように伸びた鈍重な矛先。それを、彼は巨大龍の首筋へとあてがった。

 

『止まれえぇぇっ!!』

 

 ラムダが、吠える。

 彼の声は、外へは届かない。

 それは代わりに、機竜の口から飛び出した。あの重苦しい声が飛び出した。

 

 瞬間、凄まじい爆発音が鳴り響く。砲台によるものでも、油が弾ける音でもない。密閉された空間から何とか逃れようとするかのような、締め付けられた爆発音。

 その音と同時に、ゴグマゴグの背中にあった切っ先が飛んだ。内包した火薬を自身の熱で引火させ、その衝撃を砲身の中で凝縮させる。無駄なく衝撃を全て注ぎ込んだその雷管は、巨大な槍を射出。轟音が鳴り響いた。

 これが、本作戦の最終兵器。ゴグマゴグの背中に取り付けられた、『爆裂槍』という新兵器だ。

 

 尋常ではない量の、血飛沫。鮮やかな赤色に染まったそれが、まるで噴水のように噴き上がる。灰色の空を真っ赤に染めては、両者の体表をも塗り潰していった。

 赤い霧を撒き散らしながら、巨大龍は天へと吠え上げて。まるで何か訴えるかのように、彼は吠え続けて。やがて事切れたかのように声を断てば、そのまま横倒しに身を投げる。必死に起き上がろうとしたものの、もうその体に力は入らないようで。そうして、微細な運動すら掠れ掠れになった。

 

 

 

 

 

 しばし、沈黙。やがて沸き起こる、大歓声。

 倒れ伏した巨体を前に、兵士たちは雄叫びを上げた。

 

 あの巨大龍を、自分たちの力で止めたのだ。それは、筆舌し難い喜びだろう。ゴグマゴグから飛び出したラムダも、これまた清々しい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 人の力は、巨大龍の命を奪うものほどにもなった。その証明となった瞬間だ。

 竜機兵の力が、古龍に迫るほどのものであること。龍に等しくある者(イコール・ドラゴン・ウェポン)である証明が、クナーファの近隣でも、そしてこのジォ海北の砦でもなされた、歴史的な瞬間だった。

 

 

 






 ――キョダイリュウノ、ゼツメイニヨリ。


 ラオシャンロンVSゴグマジオスという物凄い光景。書いてみたかった。
 私自身、重度の世界観厨なんですよね。もう世界観気にし過ぎて、古龍も安易に仕留める描写が書けないタイプです。別の作品では、その辺凄く気を遣ってまして(一部某馬刺しという例外がいますけど)、それはそれで楽しいんですが、古龍のことをもっと描写したいって気持ちも強いんですよね。この作品を書こうと思ったのも、絶対に見られないであろうとあるモンスターたちの縄張り争いが見たかったから。ワールドで古龍同士の縄張り争いが見れることには、ほんとに感動しました。
 爆裂槍は上質な火薬が動力になった撃龍槍って感じ。銃弾の原理の超巨大バージョンかなぁ。やっぱり、こういう兵装は欲しいかなと思います。パイルバンカーみたいでかっこいい。
 趣味の話に付き合わせてごめんなさい。閲覧有り難うございました。
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