藍緋反転ストラトスフィア   作:しばりんぐ

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 突発的に起こる、予想だにしない出来事のこと。




青天霹靂(せいてんのへきれき)

 巨大龍ラオシャンロンが無事討伐されたとの報告が入って、二日後の今日。

 シュレイドの城は、本日も非常に慌ただしい。

 

 何と言っても、あの巨大龍だ。言い伝えには名を残していた、山の如き巨龍。動く霊峰とも例えられるその龍は、まさに伝説上の存在だった。人の手で仕留めたなんて話も記録には存在しない。

 それを、ラムダは――竜機兵は、なんとやってのけたのである。

 

「すげぇなぁ、あいつ……」

 

 報告書を読みながら、俺はそんな感嘆の息を吐いた。

 燃え尽きた煙草の先を灰皿に落としながら、それをもう一度口へと持っていって。少し甘いような香りを充分に味わいながら、もう一度報告書の方に目を通す。

 

 ――ジォ海北の砦にて。多数の犠牲を出しながらも、ゴグマゴグ、見事巨大龍の命断つ。

 

 多くの竜人兵が殉職した。

 砦も大きく破損したらしい。

 門を破られる、本当に一歩手前だったとか。

 それでも、彼らは任務を遂行した。ラムダが首元に抉じ開けた穴が、決定打となったらしい。となると、あの新兵器を上手く使いこなしたのだろうか。

 

「ローグ君」

 

 ぼーっとそんなことを考えていると、不意にマグカップが寄せられる。

 深い香りに満ちた黒い飲料。豆を炒ったそれを手にしたエンデが、俺の横に立っていた。

 

「エンデさん……有り難うございます」

 

 そのカップを受け取りつつ、俺は少しだけ口にする。

 熱さに溶け込んだ苦味と、鼻孔を突き抜けるような酸味。旨さとはかけ離れた味なのに、何だか癖になってしまう。何とも不思議な飲料だ。

 

「君の竜機兵、大活躍だな。いやなに、素晴らしいことだ。やはり、性能に関しては第二世代とは圧倒的に差がある。埋められない差がある。ラムダも、ミューも素晴らしい」

「……二人が強いからこそ、です」

 

 満足そうに頷くエンデにそう言いつつも、俺は心の中でガッツポーズを(えが)いた。

 あのエンデが二人を褒めている。竜人である二人を、褒めているのだ。それが何だか、たまらなく嬉しかった。

 二日前のラオシャンロンの撃破。それとほぼ同時期に、シュレイドから飛び立ったミューに関する報告も入ってきていた。ゲイボルギアの旧首都、クナーファ近郊に現れた古龍を、無事撃破したという報告が。

 

「テスカトの雌……そして巨大龍。ふむ、思いがけない収穫となったな。君の計画の方でも、これらの素材はいるかね? いらなければ、量産機の方に回させてもらうが。これだけあれなら、かなりの量が作れる」

「あー……じゃ、少しだけいただいてもいいですか? また書類を提出します」

「そうか。うむ、そうか。できるだけ早めにな。あぁ、そうだ。新しい計画はどうだね? 第三世代というのは、どうだね実際?」

「うーん、ぼちぼち……ですね」

 

 第三世代竜機兵。再生能力に優れたオーグ細胞に様々な遺伝子を付与することで、新たな存在を作り出すその計画。

 口で言うのは簡単だが、要は一から命を造り出すということだ。その胚が一つの生物になるように細胞分裂を促す技術。中々に、計画が難航している。特に代謝。その代謝のシステムを構築することに、非常に困難なのだ。

 

「老廃物を撒き散らすテスカト種のデータは、喉から手が出るほど欲しいもんです」

「ふむ……テスカトの方が優先的、と」

「はい、ラオシャンロンは少しあれば大丈夫です。詳しいことは、また書類に書いときます。……あ、そうだ。結晶の地はもちろん、こっちの方にも手配していただけたら幸いです」

「こっち……?」

 

 不思議そうに、彼は眼鏡を持ち上げた。俺も同じく眼鏡を持ち上げながら、頭で立て並べた文字を言葉にする。

 

「本土の方に、研究所を新たに建設したんですよ。『フィリア』のために」

「あぁ……そういえば、そうだったな」

 

 書類を捲ってはその確認に勤しむエンデ。細かくは認識していなかったその姿から、彼はこの計画に関してはあまり興味を抱いていないということが感じさせられた。

 フィリアは、寄生して他者のエネルギーを吸収して成長する。そうして生まれ出た個体が、新たに生殖細胞を撒き散らし、次から次へと竜を、そして人を喰らっていく。フィリア計画は、そんなシステムの構築を目指すものだ。今はまだ研究段階だが、それをあの大陸の、しかもあのようなエネルギーに満ちた地で育てるのは危険極まりない。

 故に、国内の東部。山脈を越えた先にある寒冷地。そこに新たな研究所を設立したのである。あの場所でなら、仮に事故などによって誤って散布されてしまっても、被害を食い留めることができるだろうから――――。

 

「もう一つあったな……アレの方はどうだね?」

「『ゼノラージ』ですね、こちらは結構順調ですよ」

 

 もう一つ。新大陸に横たわっていた大蛇から、地脈を通してエネルギーを供給する。その先に結晶の炉を造り、オーグ細胞を培養した。それが、ゼノラージである。

 この新たな兵器はエネルギーに満ちた炉の中ですくすくと育ち、細胞分裂も確認された。フィリアに比べれば、随分と順調に開発されている。

 

「そうか。それは何よりだ。君の言うように、いつか竜機兵の世代交代というものができるといいな」

「……はい、有り難うございます」

 

 その口振りは、やや皮肉を孕んでいて。俺はそう返しながらも、内心で舌打ちした。

 やはり、彼らにとっては手軽に竜人を使いたい。そう考えていることが、はっきりと分かる口調だった。

 

「まぁ、考えてばかりでは煮詰まってしまうよ。少し外の風も浴びて来たらどうだね? あぁそうだ。今日は丁度あの日じゃないか」

「あの日……?」

(まじな)い師の言う、皆既日食の日だよ」

「あぁ……そういえば」

 

 思い出したかのように、エンデはその言葉を口にした。呪い師という言葉をわざわざ強調するあたり、彼はあの占いのことを全く信じていないようだ。

 まぁ、それは俺も同様であるが。日食と、不吉なこと。如何にも占いらしい、曖昧で無根拠な言葉だった。天文学的には、確かに周期としては合っているだのなんだのと、国の観測隊が騒いではいたのだが。

 

「……そう、ですね。少し、見てきます」

「あぁ、そうしたまえ。私は執務室に戻る。書類は今日中に頼むよ」

「はい……」

 

 まるで興味ない。そう言わんばかりに彼は踵を返し、廊下の方へ姿を消した。

 相変わらずの現実主義者(リアリスト)だ、なんて思いながら、俺はマグカップに残った飲料を一気に喉に通す。苦味が口いっぱいに広がって、脳を無理矢理蹴り上げた。掠れ掠れだった思考が鮮明になったような、そんな感覚が走る。

 

「よし、行こう」

 

 席を立ち、机の合間をくぐり抜けて。相変わらず騒がしい城のホールを抜け出し、本日は図書館脇の外廊下へ続く扉を開いた。そのまま外階段を昇りつつ、城の二の丸に当たる小振りな塔へと身を寄せる。

 ふと城下を見れば、広場には多くの人々が集まっていた。これから起こるであろう日食を見ようと、常日頃活気づいている街が、いつも以上に騒がしくなっている。

 それにつられるように空を見上げると、既に太陽の端が月に食われかけていた。

 

「おー……すげぇ。日食なんて初めて見たわ」

 

 日食の話など、話題になることの方が珍しい。竜を資源とした技術で発展したこの国にとって、日が形を変えることなどさした問題ではないのだから。

 そのため我が国の天文学はあまり進んでいるとはいえず、こうして呪い師によって示唆されなければ、このような注目を浴びることもなかった。

 

「ミューも、ラムダも。向こうでこれを見てるのかねぇ」

 

 手に持ったままだった煙草を咥え、一服。喰われゆく太陽を見ながら吸うこの味も、なかなか格別じゃないか。

 徐々に、半分ほど喰い始めた月。まるで太陽が、三日月のような輝きを見せる。その奇妙な輝きに見とれながら、俺は遠方にいる二人の兵器に思いを馳せた。

 

 ラムダは、凄い奴だ。あのラオシャンロンを仕留めるなんて。そのための作戦と、そのための兵装を用意したけれど。それでも、それをやってのけるのは本当に凄いと思う。技術者冥利に尽きるってもんだ。

 ミューも、無事古龍を討つことができたらしい。

 別れ際に何故か不機嫌な様子だったが、今はもう機嫌を直してくれているだろうか。怠惰な彼女のことだから、向こうの拠点でじっくり休んでから帰ってくるだろうけど。帰ってきたら、あいつのお気に入りの菜食店に連れていってやろうかな。

 

「……もうすぐで出来上がりそうだなぁ」

 

 月は、いよいよ太陽を食い尽そうと牙を剥く。この街も、巨大な影が差したかのように、徐々に身を黒く染め始めた。

 これよりもさらにドス黒い色に身を染めたゴグマゴグは、エネルギー切れのために活動停止となった。今はラムダともども砦に待機し、エネルギーの供給をされるのを待つばかり。明日には、再び活動できるだろう。

 ラオシャンロンとは、それだけしなければならない相手だった。そう考えると、古龍という生物が如何に化け物めいているのかを感じさせられる。

 

「……ミューは、今日にでも帰ってくるかなぁ」

 

 なんてぼやきながら。咥えた煙草を揺らし、目映い空を眺めて。

 月が太陽を覆い尽くし、黒く染まったその向こうから光が漏れる。眩しい金の輪が生まれ、街の至るところから歓声が上がった。

 

 綺麗だ。確かに、これは美しい。

 もしタイミングさえあれば、ミューと一緒に見て、それから彼女の反応を見たかった。なんて、煙の味を感じながら考えてしまう。

 それほどまでに綺麗だった。

 

「おぉ……すっげぇ」

 

 天地を覆い尽くすような金色の光。大地を染め上げる漆黒の闇。

 それらを生み出すその黒々とした穴は、まるで深淵に繋がっているかのような。地獄の門のようとさえ、感じさせられた。

 

 ――その深い深い黒から、鈍い色をした影が舞い降りる。

 

 黒く、ただひたすらに黒い影が、舞い降りた。

 

 

 

 

 

 直後、轟音。

 まるで何かが崩れるかのような音が鳴り響く。それは分厚い震動へと姿を変え、この城に――いや、この街に襲い掛かった。

 

「……っ!?」

 

 突然のその衝撃に、俺は慌てて手すりを握り締める。

 二の丸が激しく揺れ、俺の視界も激しく荒れた。もし手すりを握り締めていなければ、俺は宙へと投げ出されていたのでないか、と。そう感じさせられるほど強い揺れだった。

 

 地震か? まさか、先日のようにラオシャンロンがまた現れたってか?

 

 なんて思いながら、何とか身を起こして。阿鼻叫喚の声に埋まる城下に押されるように、俺は顔を上げた。

 本丸の、絢爛豪華な天守閣。このシュレイドの象徴とも言えるそれを、俺は見上げた。

 

 ――黒い、影?

 

 一瞬、影が差しているのかと思った。しかしその影は天守閣を軽々と穿ち、その度に大量の瓦礫を撒き散らしていた。

 ただの影に、このようなことはできるはずがない。

 これは影では、ない。

 

「……(ドラゴン)……」

 

 その姿は、まさに物語に出てくる龍のような姿だった。

 一番近いのはクシャルダオラかな、なんて。俺は置いてけぼりになった思考を振り回す。

 大きな翼に、四本の手足。細く鋭い尾に、長い首。その先には、悪魔とも龍ともとれない恐ろしい顔がついていて。べろんと伸びた舌が、城を見回しては妖しく舌なめずりをする。まるで獲物を前にして、かぶりつくのが楽しみでたまらないなんて言いたげな、不気味な動きだった。

 クシャルダオラに近いかもしれない。でもそれは、あくまでも他の生物と比べたらという話で。あれにはあそこまで長い首と尾はなく、また姿勢も全く異なる。四肢を用いて器用に本丸を囲うその姿は、まさに黒き龍という呼び名が相応しい。

 日食と共に舞い降りた、黒き龍――――。

 

「……っっっ!!」

 

 それが長い首をもたげ、その悍ましい口を開いた。

 同時に飛び出した、聞いたこともないような咆哮。鳥の甲高い断末魔のような、聞く者を戦慄させる恐ろしい声だった。気が狂ってしまいそうだなんて。咆哮を聞いてそう感じるのは、この時が初めてだ。

 それがこの城に、この城下町に反響する。この世の終わりのような声が、反響する。

 

 ちょっと待て。

 

 思考が追い付かない。

 

 これは、なんだ?

 

 何故ここに、龍がいる?

 

 ここはシュレイド城だぞ? シュレイド王国の中枢だぞ?

 

 クシャルダオラ程度にはびくともしない。そもそも、龍が接近していれば観測隊が気付くはずだ。

 

 ゲイボルギアが隠密行動していたって、それを瞬く間に察知できるほど、シュレイドの観測隊の精度は高いのに。

 

 ――なのに、こいつはなんだ?

 

 どこから来た?

 

 どうやってここに来た?

 

 何故、ここに来た?

 

 

 

 

 

 こいつは一体、何なんだ。

 

 

 

 

 

 天守閣が、砕ける。

 龍の力に耐えられず、本丸はとうとう倒壊した。

 凄まじい土煙を撒き上げながら、我が国の象徴が音を立てて崩れていく。街を撫でるあの大きな鐘が、勢いよく転げ落ちた。

 そのけたたましい音が気に障ったのか、その龍は苛々した様子で尾を振り回す。その細く長い尾は、極限まで(しな)った鞭のように。本丸どころか、その周囲の壁や門を瞬く間に薙ぎ払った。レンガや石は散弾のように飛び交って、他の建物や城下に穴を空けていく。

 

「お、おぉ……これは、どうしたことだ……」

 

 掠れたような、絞り出すような声。必死に体を守っていた俺に耳に、そんな声が入ってくる。

 その声は、聞き覚えのあるものだった。恐らく、シュレイド国民ならそのほとんどが知っている声。厳格さと自尊心を強く孕んだ、重々しい男の声。

 

「……王っ! そこは危険です! こちらに!」

 

 反射的にそう叫んで、俺は通りに躍り出た。

 本丸に続く、舗装された道。城外を覆うように刻んだ道は、今や変わり果てた姿になっており――。

 その向こうで。本丸の、目の前で。王は呆然と佇んでいる。その周りには瓦礫の山が降り注ぎ、不自然なくらいに鮮烈な赤色が滴っていた。あんな塗料、使われていたかななんて、そう錯覚してしまいそうだ。

 

「王! 退避しましょう! 今そちらに向かいます! 王も、こちらへ!」

 

 邪魔な瓦礫を踏み付けて、俺は彼に向けて歩き出す。一転非常に歩きにくくなってしまったその道を、懸命に踏み締めた。そうして、こちらに気付いてはよろよろと歩き出す王に向けて、懸命に手を差し伸べる。

 早く、速く。本丸から。奴の傍から、王を離さなくては――。

 

 

 

 

 ここでの、俺の反省点は何だろう?

 

 思うに、あの龍の動きを全く考えてなかったことではないだろうか。

 俺は王を退避させることに躍起になって、頭上を全く見ていなかった。

 ようやく王が歩き出して、安心してしまう俺がいた。

 ――あの龍が、彼を追い掛けてこないなんて。そんな保証、どこにもないというのに。

 

 瞬間、弾け飛ぶローブ。赤く染まったそのローブが、より鮮やかな赤に染められる。一瞬前まで目の前にいた人物は、黒く染まった腕へと変わっていた。俺の頬に、団服に。まだ温かみを残す赤が、染みついていた。

 

「……王……」

 

 返事をしたのは、彼ではなくて。何事もなかったかのように彼を踏み潰した、かの龍で。

 唸る双眼を前に、俺は悟る。

 

 ――――シュレイドの城は、今日で落ちるのだと。

 

 

 






 書けたあああぁぁぁぁぁ!


 シュレイド城がミラボレアスくんの手によって落ちるところ。それがめちゃくちゃ書きたかった! ミラボレアスくんhshs
 ミラたんは、使いにくいんですよね。禁忌のモンスター故に軽々と登場させれないし、強大過ぎて討伐させることも難しい。本当に、扱いにくいモンスターです。
 そんなミラたんを描写するなら、シュレイドの落ちるところとか書くのはどうかな、とか。それと竜大戦を無理矢理繋げればどうかな、なんて思った手前でした。
 いやぁ、13話目という不吉な数字にこの話を持ってこれてよかった。それでは、また次回の更新で。閲覧有り難うございました。

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