息も絶え絶えで、今にも死にそうな様。
嫌な感じがした。
まるで黒い渦が覆い被さるように。
私の大事な人を引き千切ろうと、何かが牙を剥くような。
何だか、凄く嫌な感じがするの。
その感覚に慌てて飛び起きて、空を見上げたら。いつもは灰色の空が、今日は妙に澄んでいて。だけれど、奇妙なくらいに薄暗くて。太陽が消えて、黒い何かが光り輝いていた。空に、白い光の輪ができている。
その空の向こう。大事なあの人がいるはずの、シュレイドの城。それが、何だか凄く嫌な感じがして。空が燃えているような、そんな奇妙な錯覚すら覚えた。
「……ローグ……」
居ても立っても居られないなんて言葉は、こんな時に使うのかな。
私は、何も言葉にまとめることができず、ただバルクの胸に飛び込んだ。
◆ ◆ ◆
「ミューさん……ミューさん!?」
竜人兵が声を上げる。しかしそれは、炎の噴射音で掻き消されてしまった。
浮き上がる銀色の巨体。日食の影響で影が差した身を輝かせながら、その鋭角体は空へと滑り出す。
そうして、そのまま翼の尻を爆ぜさせて。
爆音。続く軌跡。空を区切るように残った緋色の影が、薄暗い空を走っていった。
「……一体、どうしたんだ。ミューさん……」
クナーファ近郊の簡易拠点。
そこで待機しては日食の様子を眺めていた竜人兵は、困ったような声を上げた。他の兵たちも、みな動揺した様子で空を眺めている。彼女が飛んでいった、シュレイド城のある方角を。
それは、突然の出来事だった。
古龍回収の任を果たし、この簡易拠点で休んでいた第一世代竜機兵、もといミュー。そんな彼女が突然飛び起きる。それだけでも珍しいというのに、彼女は何も言わずに竜機兵へと飛び込んでしまった。
そうして、この日食の空へとまっしぐら。兵たちも、唖然としたことだろう。
「……伝令っ、伝令!」
そこへ躍り出る、若い竜人兵。
非常に焦った様子で現れた彼に対し、拠点の兵たちは訝しむような視線を投げかけた。今度はなんだ、と言いたげな視線である。
「今し方信号が届きましたっ、古龍です! 正体不明の古龍が、シュレイド城に現れました!」
「城……城に!? んな馬鹿な!」
「観測隊が気付くだろうそんなの!」
「それがどうも、本丸を直接叩かれたようで……第二世代では相手にならないから、バルクを至急出撃させよとのことです!!」
「……そんな、マジか……」
「城に直接なんて……一体……」
みな、思考が追い付かない様子だった。
無理もない。あの堅牢なシュレイド城が、この国の中枢が攻撃を受けたのだ。動揺するなという方が、無理な話だろう。
そんな兵たちを前に、伝令を伝えた竜人は恐る恐る口を開く。周りを伺いながら。ここにあるはずの巨体がないことを、不審に思いながら。
「……それで、バルクはどこに……」
「……多分、もういった」
◆ ◆ ◆
ここは、火山地帯だろうか。
そんな馬鹿げた問いが、脳を駆け巡った。
「はは……ははは」
乾いた笑い声が漏れる。
もはや人とも竜人とも判別ができない肉の山に囲まれながら、俺はただ笑うしかできなかった。もう、頭がおかしくなりそうだ。
肌が溶け、どろどろと液体を滴らせる顔。皮が剥げたのか、彼らが伸ばす手には奇妙な垂れ幕のようなものが靡いていて。腰から太いチューブを垂れさせる人もいた。いや、あれはもしかして腸だろうか。
地獄絵図だ。水を求めて歩き回る、幽鬼のような影。緋色の炎のカーテンに、まるで影絵のように痕を残す彼らの姿は、もはや形容出来ないほど恐ろしい。
それが一つ、また一つと丘を作っていく。肉を積み重ねたかのような丘が、無造作に出来上がる。
龍は、その丘を踏み付けた。天高く舞い上がっていた体勢から一変、悠然とその肉の上に舞い降りる。
何を考えているのか全く分からない表情で、奴は低い唸り声を上げた。
その下では、奴の表皮に密着する肉塊が悲鳴を上げる。肉が焦げる嫌な臭いが、鼻を突いてきた。
「……うぇっ」
そのあまりの光景に、何かが喉の奥から込み上げる。抑えようにも抑えられず、それを無理矢理吐き出して。しかし、この胸の気持ち悪さは収まらない。もうどうしようもなくて、狂ってしまいそうだった。
――このまま狂ってしまえたら、どんなに楽なのだろうか。
「はぁ、はぁっ……こんなっ、こんな……!」
焦げた肉は、次第に黒く染まっていく。それはこの黒き龍の如く、光を逃さない漆黒へと堕ちた。いや、どころかそのまま結合してしまったかのような――そんな気さえする。
再び喉奥が膨れ上がる衝撃に、思わず俺は空を見上げて。
すると、燃え盛る橙色の何かが見えた。
大型飛空船よりもさらに大きい、鋼鉄の体。翼と尾の生えた巨人の姿。
「……あ」
鋼色の身が、燃え盛る緋色を映して墜ちてくる。ゴグマゴグにも劣らないその巨体が、ゆっくりと。
その腕はとうに消え、腹は深くえぐれていた。継ぎ接ぎの肉を覆うために造られた鋼の皮。それが無造作に剥がされ、合成の肉がずるりと顔を出す。その奥に注ぎ込まれた機械の内臓は、我先にと溢れ出していた。
巨体が、大地へ墜ちる。シュレイドの絢爛な城下町を、激しく磨り潰す。
大破。
戦闘不能。
つまるところ、その竜機兵は既に事切れていた。
指の一本すら動く素振りを見せない。時折内部回路が弾けてスパークは飛び出るものの、もう起き上がる様子は一切なかった。それが、大地を覆う炎に呑まれていく。
――――もう既に、四機目だろうか。あの龍に破壊された竜機兵は。
「……こんな、こんなのって……」
怒りに身を任せるように。
快感に溺れるように。
苦しみを吐き出すかのように。
嘆きのあまり慟哭をするかのように。
如何様にも捉えられるかの龍の咆哮に、俺の腰は思わず落ちた。
城下はもう火の海だ。人々はこの突然の事態に、慌てふためいた。そんな彼らをまるごと呑み込んだ、無慈悲な吐息。それが撫でるように、この街を焼いていく。
シェルターのようなものは、当然この街にも設置されている。人々は、詰め放題の野菜のように、そこへと詰めかけた。
しかし、そんなものはまるで意味がないと言わんばかりに。あの龍が吐いた炎の波は、そのままシェルターへと流れ込む。シェルターごと、この街を覆い尽くしていた。
日食を楽しんでいた人々の姿は、もう見られない。空が、燃えていた。
凄まじい咆哮音が響き渡る。拡声器がハウリングするかのようなその声は、鋼色の巨体を押し上げた。シュレイド城の防衛のために配備された竜機兵。五機目となる、最後の竜機兵だ。
ひしゃげた機体。ズタボロになった合成筋繊維。あまりの熱に溶け始めた外殻。
同胞が呑まれるその大地と、それらを満足そうに眺めるあの龍に向けて。最後の竜機兵は飛び出した。
――けれど。
轟音。
まるで、蝿でも払うかのように。あの黒き龍は、自らより大きなそれを軽々と薙ぎ払う。その細く長い尾を撓らせて、鞭のように機竜を薙いだ。
弾き飛ぶ巨体。大地を転がる鉄の塊。たったそれだけで胸の装甲は剥がされ、人口の肉が露わになる。それでも、彼は止まらない。まるで痛みを感じていないかのように、何事もなく起き上がった。
そうして、口元を開く。飛竜の吐息を機械的に模した、特殊な機構。熱炎を機械に押し留め、電流によって制御する。口元に灯る緋色の炎の中に、鮮やかな青が差した。青い炎が、あの漆黒の体に向けて注がれて――――。
「……かぁ! 誰かいますか! 無事な方はいらっしゃいますか!?」
その先で。唐突に、人の声が響く。
炎の揺らめきの中で走る、近衛兵たちの声。火の粉の中で、まるで地面から這い出したかのように。
人間の影が、複数人見えた。動揺と困惑を含んだ声が、燃焼音に混ざり込む。
「馬鹿っ、出るな! 地下に潜れ!!」
元々は、三の丸と城の土台を繋ぐ階段だった。しかし今では三の丸は影すら残さず、天井を失った階段だけが生きていた。
それを通して地上へと顔を出した近衛兵たち。生存者の捜索へと出向いた彼らを、無慈悲にも射線に入れる黒き龍。
「そこは駄目だ! 死ぬぞッ!」
「えっ――――」
彼らの体が、橙色に染まる。
シュレイドの誇りを色に変えたかのような、爽やかな青。その色に染まった彼らの装備は、次第に暖色へと色を変えていった。
その色は徐々に、しかし確実に。揺らめく炎のような真紅へと色を変える。
服の色が変われば、当然彼らの色のも変わる訳で。
彼らの体は、それに耐えられないかのように、少しずつ黒へと移り変わっていった。
「逃げっ……」
そんな俺の声が飛ぶ前に。機竜の熱線を掻き消すかのように、黒龍の吐息が弾け飛んだ。
様々な物質を無理矢理融合させたかのようなそれは、一直線に竜機兵へと飛び込んでいく。その射線にいる近衛兵たちも、有無を言わさず呑み込んでいく。
直後、炸裂。ゴグマゴグの熱線をも超える、巨大な爆破の渦へと変貌した。
その音はもはや形容出来ず、ただひたすらに振動の塊となり。
その光は、もはや眼球を焼く熱と化し。
その衝撃は、爆薬にしたら一体どれくらいの重さになるのだろう。
吹き飛ばされる衝撃の中で見えたその爆炎は、まるでキノコが生えるかのように。頂点が異様に膨らんだ、何とも不気味な煙を生んでいた。
「……がはっ」
凄まじい衝撃と、その風圧。それによって吹き飛ばされた俺の体は、壁か柱かに激突することで急停止した。
一体、どこを打ったのか分からない。視界が反転したかのように、目の奥がチカチカと瞬く。全身が痺れるように痛い。肺が焼けてしまったかのように、呼吸が苦しかった。
それでも何とか身を起こして、目の前の光景を捉えようとした。彼らは、あの近衛兵たちは逃れられたのか――――。
崩れた大理石の壁に、黒い影が乗っていた。
いや、影ではない。
染みだ。黒い染み。
彼らがいたはずのその場所には、まるで黒の塗料を噴射したかのような染みだけが残っていた。それ以外、影の一つもない。
「……そんな、まさか」
一瞬で、蒸発した?
それとも体の芯まで炭化させられて、あの壁に叩き付けられた?
もはや何かの形すら留めなかったその姿を前に、俺の膝は音を立てて崩れ落ちる。
こんな、こんなの。
こんなのは、人間の死に方じゃない。
こんなの――あんまり過ぎる。
あの火球を吐いた後でも、何事もなかったように黒龍は前脚を地に付ける。そうして、少しずつ地を這い出した。その這いずる音は、少しずつ大きくなっていく。
見れば、最後の竜機兵もまたその姿を保ってはいなかった。融解しては、鋼も肉もドロドロに混ぜ返したように。さながら溶岩の如く、大地を赤く染め上げていく。あの火球の爆心地にいたのだ。そうなるのも、致し方ないのだろうか。
「……あぁ、そうか。残っているのは、俺だけなのか」
滴る涎。狂気的な舌なめずり。怖気が走る音を立てながら、かの龍は俺の前に立った。
突然の事態に遅れながらも出撃し、俺を守ってくれた竜機兵たち。そんな彼らも、もはやあの炎と変わり果てている。状況は振り出しに戻り、俺は再び奴の前に投げ出されたのだった。
王は、死んだ。
竜機兵たちも、一機すら残らず鉄の塊と成り果てた。
エンデや他の幹部たちも、どうなってしまったのか分からない。
この崩れ落ちた城を前に、俺はどうしようもなく両腕を投げ出した。
――それ以外、何もすることができなくて。
こんなところで終わるのか。
呪い師の言う不吉とは、こいつのことだったのか。
こいつは一体なんなんだ。
こんな化け物、見たことがない。文献にも全く情報がない。
まさか。まさか。こんな突然、全部終わってしまうなんて。
だって、あんな馬鹿馬鹿しい占いを信じる奴なんている訳ないじゃないか。
下らない妄言だって、普通鼻で笑うだろ?
それが、まさか。こんな奴が現れるなんて――――。
「もう、どうしようもないじゃんか……」
奴が唸る。こんなちっぽけな存在に向けて、その牙を振るう。俺を引き千切ろうと、悍ましい口が空間を走った。
あぁ、こんな突然終わるんだったら。せめて、ミューを笑顔で送り出してから死にたかったなぁ、なんて。
俺はその喉奥の漆黒を見ながら、静かに目を閉じた。
エグめ描写目指しますた。
ローグの主観描写になってしまうために描写不足のところがありますが、まぁ首都が落ちてます。日本で言えば東京都壊滅、みたいな。結構シンゴジラっぽいのイメージしながら書いてましたね。内閣総辞職ビームも凄いけどあのビームに収縮する前の火炎放射みたいなのもやべぇと思う。ミラさんはビーム吐かないもんね。螺旋火炎ブレスはするけど。あれされるといつも避けられないからあれ嫌い。
正直、ここまで大規模な描写はしたことがなかったので若干空回り感が強いです。でも、何となくでもイメージが伝わっていたら嬉しいな。
ゼロんさんからイラストをいただきました!! 城が燃え落ちる絶望感がすき。ミラたんhshs
【挿絵表示】
閲覧有り難うございました。