藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 心が乱れ、何が何だか分からなくなること。




心慌意乱(しんこういらん)

 ――ローグ……おはよ……ふあぁ。

 

 朝起きたら、銀の髪が目に入る。朝日を映した淡い輝きが、優しく俺の瞳を撫でてくれた。

 

 ――え? 布団、勝手に入ったら……ダメ? ダメなの?

 

 その髪を指で梳きながら俺はそう諌めるけど、彼女はどこか不満そうで。

 

 ――もう、起きるの? もうちょっと、寝たい。

 

 休日だったらまぁいいかなんて思いながら、俺は体を大の字にする。平日ならば、そんな彼女のほっぺたを引っ張っては無理矢理起きるのだ。

 

 ――ローグ。

 

 人懐っこい猫のように、彼女は俺に頭を摺り寄せて。それでいて、唐突に俺の名を呼んでくる。

 

 ――えへへ、呼んでみただけ。

 

 ちょっと悪戯っぽく微笑を浮かべる彼女の頭に軽くチョップしながら。でも、俺の頬もついつい綻んでしまって。

 

 そうして迎える朝に。横で小さく丸くなるミューに。俺は、今日も頑張ろうなんて思えるんだ。

 

 彼女が、いてくれたあの日までは。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 シュレイド王国は、分裂した。

 

 あの突然の来襲。王国の中枢であったシュレイド城に突如舞い降りた黒き龍によって、我が国は国としての機能を失いかけた。

 シュレイド城を中心に東西で栄えていた都市は、先日の一件によって関係を断裂させてしまう。生き残った首脳部が身を寄せた西シュレイドには、東側の情報がほとんど入ってこない。それほどまでに、あの黒龍の爪痕は深かった。

 

「……事態は非常に重い。国家の危機と言っても過言ではないだろう」

 

 エンデは、深い溜息をつきながらそう溢す。

 二重顎には、嫌な脂汗が浮かんでいるようにさえ見える。

 

「何ということだ、城が落ちるなんて……資源も、造竜所も大赤字だ!」

「ゲイボルギアとの戦争もまだ終わっていないというのに……どうすればよいのだ」

「大体あの龍はなんなのだ! バルクは、バルクはどうなった!?」

 

 皺の深い大臣がそう声を張り上げる。口々にこの状況を嘆いていた首脳部も、その言葉を聞いては押し黙った。そうして、竜機兵の管理を任されている俺の方へと視線を寄せてくる。

 

「……バルクは、ミューは……行方不明です。しかし、現場にはバルクのものと思われる銀の尾と、それを捕食する黒龍の姿が確認されました」

 

 絞り出すように、俺はそう言った。その言葉を聞いて、この会議室の中に重々しい空気が流れ始める。

 第一世代竜機兵にして、シュレイド王国の最高戦力。そんな彼女――バルクが、黒き龍を掃討することができなかった。むしろ返り討ちに遭い、行方不明。現場の痕跡を見る限り、おそらく捕食されたのだろうと。実動隊はそう判断した。

 

「何故だ!? 何故竜機兵が負ける!? 竜機兵は龍に等しい兵器ではなかったのか!?」

「第二世代竜機兵五機に、バルクの喪失……そんな馬鹿な……」

「あの龍が、それほど強いというのでしょうか? 大体あれは何なんです?」

「あんな龍、記録にないぞ。それに、何故観測隊は奴を察知できなかったのだ!?」

 

 この事態を前に、大臣たちはとりとめのない言葉を撒き散らす。阿鼻叫喚、なんていう言葉が相応しいような。そんな気さえした。

 

 黒龍。

 その姿を言葉にするなら、その呼び名が相応しいだろう。

 蝙蝠のような巨大な翼に、蛇のように長い首と尾。その首の先には悪魔のような頭部が唸り、不気味に舌なめずりをする。強靭な四肢は、バルクの突進もまるで堪えない。

 あまりにも強く、そしてあまりにも大きすぎる存在だった。このたった一頭の龍によって、シュレイド王国は危機に瀕しているのだから。

 

「とにかく、国王亡き今は我々がこの国を何とかしなければならない。王族の安否も分からないとなれば、我々軍部が国を主導しゲイボルギアとかの龍の撃破を行なわなければな」

 

 そう、エンデが話を締めて。

 西シュレイドという名で、我が国が再編されたのはこの僅か二日後の出来事だった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……ひでぇなぁ、これ」

 

 旧首都、シュレイド城下町。馬車でその端に足を踏み入れた俺は、眼前に広がった光景を前に思わずそう漏らした。

 華やかだった商店街は、黒ずんだ何かの塊と化し。

 厳かで立派だったあの城門は、さながら地獄の入り口のように焼け爛れ。

 絢爛豪華なあの城は、今や悪魔の居城のように悍ましい風貌となっていた。

 

「ローグさん、ここまでが限界です。これ以上は、本当に危険です……」

「あぁ、分かってる……分かってるよ」

 

 付き添いの竜人兵にそう諌められながら、それでも俺は街を見続ける。

 

 廃墟だ。城下町が、丸々廃墟と成り果てていた。凄まじい業火で焼き尽くされ、ここら一体は最早焼け野原である。融解した鉄と肉の塊を爆心地に、放射状に崩れ落ちた一角も見えた。

 たった一日で街を廃墟にするなんて、ありえるのだろうか。この光景は、夢なんじゃないかって。そう思ってしまいたくなる。

 けれど、もうあの温もりはない。俺の手を握ってくれる、あの小さくて柔らかい手は、今はもういないのだ。それが、夢を現実へと変えてしまう。

 

「ミュー……」

 

 先日の調査隊の報告と、回収された銀の鱗。その鱗は間違いなくミューのものだった。報告を聞く限り、ミューは奴に捕食されてしまったのも十中八九間違いないだろう。

 しかし、彼女はバルクと結合することでその性能を余すことなく使いこなした。これまででは不可能な動きを身に付けたのだ。そんな彼女が、易々と負けてしまったとは俺は思えない。

 ――人には、製作者贔屓だ、なんて言われるだろうか。

 けれど、人の身を捨ててまで彼女はそうしたんだ。じゃないと、彼女が浮かばれない。

 

「……馬鹿野郎。俺は、お前に……」

 

 目を閉じれば、彼女の姿が浮かび上がる。それが万華鏡のように、くるくると表情を変え始めた。

 初めて会った日のこと。

 一緒にシュレイドの街を歩いた日のこと。

 山を登ったり、海に入ったり。飛空船に一緒に乗ったこともあった。

 星空を眺めながら一緒に夜を越えた日のことも、よく覚えている。

 彼女が竜機兵に選ばれた瞬間と、その感動も。

 髪飾りを贈った、あの日のことも。

 

 ミューには、生きていてほしかった。

 兵器が戦場から逃げ出すなんてことになったら、糾弾する奴はたくさんいるだろう。それでも、俺は彼女に逃げてほしかった。今は駄目でも、いずれ挽回することができるだろうから。それが難しくても、俺はあの子に生きていてほしかったんだと思う。これからも、ずっと一緒にいたかったのだと思う。

 せめて。せめてあの時、彼女を『名前』で呼んでやれば、なんて。何度そう後悔しただろう。

 

「……ローグさん」

 

 灰色と紫色、そこに藍色を加えたような鈍重な色。そんな色に染まった空を見上げていると、付き添いの竜人が俺に声をかけてきた。

 

「……何だよ」

 

 ハンカチを取り出しては鼻を拭くふりをしながら、俺は彼の方に視線を移す。彼は言いにくそうに口の端を歪めていたが、それでも意を決したようにその口を大きく開いた。

 

「……僕、ミューさんは生きていると自分は思います」

「……え?」

「だって、見つかったのは尻尾だけなんですよね。尻尾以外は、見つかってないんですよね」

「……だから、喰われたって。そう判断されただろ」

「逆に考えてみてくださいよ。尻尾以外見つからないってことは、尻尾以外は無事ってことにはなりません?」

「……なんだ、そりゃ」

 

 突拍子もない飛躍した話だった。

 見つかってないから、食べられた。

 見つかってないから、逃げられた。

 何だか、酷く無茶苦茶な響きに聞こえる。

 ――聞こえるけれど。

 

「……どっちかわかんねぇよな。この向こうの、城にまで踏み込まない限り」

 

 そう言いながら見上げた、かつての天守閣。今や廃墟の頂点と化し、遠目からでも黒い影が時折動く姿が見える。

 結局、あの黒い龍は積極的に人を襲おうとはしてこなかった。シュレイド城を落とした後は、満足そうにあの地に居座っている。街を丸ごと焼いておいて積極的かどうかなんて考えるのも馬鹿馬鹿しい話だが、退却した俺たち西シュレイドへ追撃してくることはなかったのだ。

 それは当然、未だあの場所に奴は居続けているということになり。ミューの安否を確認しようと思ったら、奴の懐に入らなければならない訳で。

 

「……あいつは、何がしたかったんだろうなぁ」

 

 あの城を我が物顔でうろつく奴に向けて、そんな言葉が漏れた。

 シュレイド王国が気に入らなかったのだろうか。

 竜機兵が許せなかったのだろうか。

 それとも、ただ単に縄張りのためにシュレイドを選んだのだろうか。

 奴が何をしたかったのか、それは俺には分からない。

 

「……ローグさん。ダメですよ、これ以上向こうに行くのは」

「分かってるよ。先遣隊も、もう既に何人か犠牲になってるからな。俺が行ったところで丸焼きになるのがオチだ。俺じゃ、無理だ」

 

 俺では、無理。

 ――――俺じゃあ、無理ならば。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「駄目だ。そんなことは許可できないよ、ローグ君」

 

 エンデは、俺の申し出を一蹴した。

 俺のようなただの整備士では、あの龍の傍に寄ることもできない。

 ならば、竜機兵を用いて城跡を探索する。

 例えば、龍の注意を引く役目と探索する役目に分担するのはどうだろうか。龍を撃破の対象としないのであれば、如何様にも対応できるとも思う。

 ミューは、この国になくてはならない存在だ。ミューがいなければ、竜機兵という存在は不完全である。ミューの捜索は、絶対に欠かせない――――。

 

「情勢は不安定だ。西側に流れ込んだ竜人族はあまりにも少ない。廃棄場が東側にあったのも大きいだろう。早急に、東側との交流及びその経路の確立をしなければならない。あぁそうだ、君の運営する第三世代竜機兵の研究所もそちらにあるだろう? 君はそちらに勤しんでくれ」

 

 エンデは、冷静にそう言った。きっと、俺が心の内で考えていることを分かった上で、そう言った。

 

「……しかし、ミューは。バルクは重要な戦力です。このまま放置なんて、それは……」

「確かにあれは大きな戦力だったが、今は行方不明のものに手を掛けている余裕はない。リスクが高すぎる。それは君も分かっているだろう?」

 

 溜息をつきながら、彼は眼鏡を整え直して。

 そうして俺の顔をじっと見ながら、呆れたように言葉を繋げていく。

 

「第二世代の工場も、かの龍の影響でしばらく活動停止状態だ。今は非常に困難な状態なのだよ。結局、第二世代は五十機にも満たない量しか残っていない。そしてゴグマゴグ。今はこれだけだ。いたずらにあの龍の領域に踏み込んで、竜機兵の数を減らすことは避けたい」

 

 それは確かに、彼の言う通りだった。

 クナーファ近郊に配備された量産型竜機兵を呼び寄せたところで、まともにあの龍と戦っても返り討ちに遭うのがオチだろう。ゴグマゴグなら対抗できるかもしれないが、完全結合したミューですらあの龍には勝てなかった。それを考えると、ゴグマゴグでも流石に厳しいと感じてしまう。

 

「では……城は放棄するということでしょうか」

「そうは言っていない。ただ、時期ではないということだ。君も、もうあの兵器のことは忘れろ」

「……忘れろ、なんて」

 

 忘れられるか。ミューのことを忘れてたまるものか。

 エンデは、確かに間違ったことを言っていない。幹部としては、非常に正しいだろう。むしろ、俺の方が不純だ。本当に国のことを思うならば、俺も彼の意思を汲み取らなければならないのに。

 だけど、今胸の内にあるのは何だ。まるで初めて竜人の競りを見た時のように、もやもやとした何かが胸の内に巣食っている。それが、たまらなく不快だった。

 

「数ある一機の竜機兵が撃墜された。ただそれだけだよ。もしくは、あれはこの国のために犠牲となったのだ。礎にな。それよりも、君がやるべきは新たな竜機兵の開発だ。違うかね?」

「…………」

「あの龍をも(ほふ)れるような、より強靭な竜機兵を。フィリアとゼノラージは、いけるかね?」

 

 そう確認してくるエンデに、俺は控えめながら頷いたものの。

 何だか、奇妙な感覚が俺を支配していた。

 

 空気と真空を遮る見えない壁のようなもの。それが、俺と彼の間に少しずつ出来上がっていくような――そんな気が、した。

 






 場面切り替えが多過ぎました、反省。


 シュレイド王国分裂。領土も大きく変更してしまうんでしょうか。
 ローグとエンデの間に、不穏な感じが生まれていってしまった。哀しいなぁ。
 ミラボレアスくんは、ほんとに何がしたいんでしょうね。人間の敵だなんて言われてますけど、本当に彼は邪龍なのかと考えたりしています。
 それでは、また次回の更新で。閲覧有り難うございました。

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