藍緋反転ストラトスフィア   作:しばりんぐ

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 危険が切迫していること。




焦眉之急(しょうびのきゅう)

 自分の想いは、表に出さないようにしていた。

 僕は兵器だから。無粋な感情を抱くのは、間違っているから。

 彼女も兵器だから。僕らは、それ以上でも以下でもない。

 それでも、よかった。これ以上の関係が望めなくても、同僚として、同じ第一世代としてずっと近くにいられればいいと、自分を言い聞かせていた。

 

 ――けれど、彼女はいなくなってしまった。

 あの黒い龍と呼ばれるものが現れて。傍にいた整備士も何もできないまま、彼女はいなくなってしまったのだ。

 

 僕は、僕はどうすればいいんだろう。

 思い描いていた未来は、真っ黒になってしまった。

 もう何もない。

 僕には、何もない。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 シュレイド王国は分裂した。

 

 分裂から、既に一ヶ月。それは今日に至るまで、環境的な要因でそう言われていた。シュレイド城とその城下町。その王都を挿み、西と東に大きな都市が(そび)え立つ。それが、このシュレイド王国の中枢だった。

 

 しかし、先日の一件で。突如城に謎の古龍が舞い降りて、その全てを焼き尽くしてしまった。民も、王も。竜機兵も、ミューすらも薙ぎ払ってしまった。

 その結果我が国は首都を失い、多くが死に絶えた。何とか生き延びた者は、それぞれで西と東に流れ出たのである。

 西の都と、東の都。それらを繋いでいたのは、他ならぬシュレイド城下町だった。それが今や龍の巣窟となり、突破は不可能なものとなっている。つまり、西と東は環境的に関係が断裂してしまい、新たな連絡経路を開発しなければならない状況だったのだ。

 ――けれど。

 

「……は? 今、なんて?」

「言葉のままです。東シュレイドが、クーデターによって竜人共に占拠されました」

 

 クーデター。

 そんな言葉を、耳にすることになるなんて。

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、目の前の部下は書類を読み上げる。そんな彼の話は、こうだった。

 

 東側へ、多くの民と、これまた多くの竜人たちが流れ込んだこと。

 王国という機能を失った今、国を統制するものがあちらには生まれなかったこと。

 今こそ好機と、長年虐げられていた竜人たちは手を取り合ったこと。

 ――あちらには、『廃棄場』と呼ばれる竜人族の収容所があったこと。

 

「どうやら、彼らは廃棄場から多くの同胞を解放したようです。当然、彼らは人間より丈夫に造られていますから。国の統制がない今、竜人が東を制圧するのもおかしくない話ですよね」

「……いつかはこうなるかも、とは思ってたけどさぁ」

 

 廃棄場は、人間に反抗するなり罪を犯すなりした竜人が送られる巨大な施設である。そこに収容されたものは、基本的に終身収容を強いられる。ミューが恐れていた廃棄場が、まさにそれなのだ。

 第二世代竜機兵に組み込まれた竜人も、恐らくここに収容された竜人を使っていたのだろう。あれもまた、実質的に終身刑なのだから。いや、もっと残酷な刑なのかもしれないが。

 

「んで、彼らはどうしようとしてるんだ?」

「えぇっと、竜人の人権を我々に認めさせようとしているようです。道具の癖に、何を傲慢なことを……」

 

 部下は憎々し気にそう吐き捨てた。きっと、この国のほとんどの人間がそう感じていると思う。

 竜人族は、人間に造り出された人工の種族だ。より安価で、より上質な労働力を造ろうと。人間ではなく、竜人に竜の回収をさせようと。竜機兵という強力な兵器のコアに用いようと。

 様々な用法で、我々は竜人たちを虐げてきた。その溜めに溜めた力が、今になってようやく解放されたのだろう。

 

「具体的には、我々西シュレイドを制圧し、全ての竜人を解放することを掲げております。少数ながらも、こちらに残っておりますしねぇ」

「エンデ……首脳部の方はどう考えてるんだ?」

「当然、我々はそんなことは認めませんから。真っ向から、奴らを叩くと思いますよ。あるべきシュレイドの姿を取り戻しましょう」

「…………」

 

 相変わらず、か。

 国が落ちるほどの危機に陥ったというのに、それでも竜人に対してはそうなのか。この国の相変わらずな様子に、思わず呆れてしまった。

 

「……で? 報告はそれで終わりか?」

「いえ、ここからが結構ローグさんにとって重要な話でして」

「は? なんだそりゃ」

 

 ただの部下の報告かと思いきや、唐突に名指しをされて。

 若干引き攣りながらも話の続きを待つと、冗談では済まされない言葉が飛び出した。

 

「――奴らに、フィリアの研究所が真っ先に狙われています」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「どうして、こんなことに……」

「つべこべ言うな、命令だ。ゴグマゴグよ、奴らを殲滅しろ」

 

 勇ましい髭で口元を覆った、西シュレイド軍幹部。彼に諌められながら、ラムダは極寒の地に立った。

 東シュレイドの深奥。雪に包まれた山が連なったこの世界は、ゲイボルギア北東にある雪山を彷彿とさせる。

 そんな雪に囲まれる中に、淡い光を反射させる建物が一つ。第三世代竜機兵計画の、フィリア。それについて研究、及び培養を行なっている研究所である。

 

 そこを取り囲む数百人の影。クーデターを引き起こし、東シュレイドを制圧した竜人族たちだ。

 彼らは竜人解放運動の手始めに、この研究所の襲撃を目論んだようだった。

 

「しかしまた、何故ここを狙ったのだろうか」

「それは十中八九我々の戦力低下を狙っているのでしょう」

「竜機兵を失うのは、かなり痛いですからね」

「そんな竜機兵狙いの奴らを、竜機兵の力をもって薙ぎ払う。なんと愉快なことか。さぁ、行けゴグマゴグ! 奴らを全て消し炭にしろ!」

 

 幹部の男が、ラムダの背を強く叩く。

 迷うような、葛藤するかのような表情で顔を満たしていたラムダは、小さな悲鳴を上げた。

 

「どうした。奴らはお前の敵だ。我々シュレイドに害を為そうとする、敵だ」

「……敵……」

「ここで我々が奴らにやられてはどうする? そうなればいよいよ我々は終わりだ。あの城も取り戻せない」

「……城……」

「バルクごと全て消し去ったあの龍の、思うがままになってしまうなぁ?」

 

 その言葉は引き金になったのか、ラムダは口元を強く引き攣らせる。

 溢れ出そうな何かを抑えるかのように。感情の奔流に必死に抗うように。彼は、強く歯を食い縛った。

 

「いいか、奴らは竜だ。人類の手を噛む、不躾な獣だ。排除せねばならん。分かるな?」

「うっ……うぅぅ……」

「……どうしたッ! ミューの仇を取りたくはないのか!!」

「うっ、うぅぅ……うああああぁぁぁぁぁッ!」

 

 ラムダは、絶叫して。悲痛な声を、この雪山に響かせて。

 彼の瞳は、酷く憎悪に満ちていた。何もかもを恨み、憎み、まるで幼子のように怒りを訴えている。

 その感情に身を任せ、彼はゴグマゴグの胸の中に入り込んだ。

 

『全員……殺す……殺さなきゃ……あいつらは、敵だ……!』

 

 そう言い聞かせて。自分に、これこそが正しいと言い聞かせながら。

 ゴグマゴグが、動き出す。雪の中にカモフラージュさせていたその巨体を、彼は勢いよく起き上がらせた。

 突然雪山に聳え立った巨人。その恐ろしい風貌に、東シュレイドの竜人たちからは悲鳴が上がる。

 しかし、それが全員に伝わる前に。ラムダは無情にも、喉元を橙色に染め上げて。

 

 直後、轟音。

 甲高い風の音だけが響いていたその雪山を、鈍い爆発音が包んだ。爆熱と血飛沫が、雪を赤く染め上げる。

 

「ははは……はははははっ! 凄いっ、凄いぞラムダ! さぁ、もっとやれぇ!」

 

 そう髭の男が声を張り上げて。それに負けじと、ゴグマゴグも吠えて。

 再び、熱線。純白の世界が、緋色に爆ぜる。

 

 ラムダは、血走った眼でその光景を眺めていた。同胞が弾け飛ぶ姿を見ては、その亡骸を踏み付けて。そうして、散り散りになる竜人に向けて爪を振る。

 

「何だあいつらは! ははは! 重弩ならまだしも、剣などを持ってくるとは! あんなもので、竜機兵を破壊できるとでも思っているのか!」

 

 懸命に、竜人たちはゴグマゴグの足に向けて剣を振るうけれど。方向転換した竜機兵の尾は、何かを考えることなくその多くを薙ぎ払った。悲鳴が上がり、鮮血が舞う。

 

 東側は、重弩もろくに揃わなかったのかもしれない。

 ここに集まった竜人兵の半数は、何かしらの刀剣類を手にしていた。片手に収まる片刃の斧に、両手を要する強大な広刃剣。隣国のような槍に、鈍重な鎚。

 それらを手にしてゴグマゴグへと襲い掛かるものの、彼らは尽く弾き飛ばされる。お話にならない、なんて思いながら、幹部たちは口角を上げた。

 ――その、瞬間。

 

 突如鳴り響く爆発音。同時に響き渡る、建物が倒壊する音。

 その音源はゴグマゴグ――では、なかった。

 

「なっ……!?」

 

 その先には、崩れ落ちる研究所があり。その奥には、煙に紛れる何かの影があり。

 一面の銀世界に咲いたその輝きは、不気味なほど鮮やかな緑色の甲殻と、奇妙な鎧の光で満ちていた。

 その鎧の主が、吠える。背に乗せた人間にまるで遠慮などせず、天高く吠える。

 強靭な後足。丸みを帯びた太い腕。奇妙な頭部は、まるで粘着質の何かがこびりついたかのように、緑色に染まっていた。その巨体を鎧に包んだその竜は、拳を再び振り上げて――――。

 直後、再び研究所が爆ぜる。倒壊した研究所は拳によって砕かれ、さらにその衝撃に火がついたかのように爆発した。

 それが、研究所を文字通り瓦礫の山へと変える。

 

「なっ、なっ……なんだ、あれは! なんだあれは!! どういうことだ!」

 

 そう、髭の男が声を張り上げたが早いか。吹雪の音に溶け込むように、風を裂く音が響き始めた。それは風に乗るかのように、この銀世界へと降り注ぐ。

 咆哮音。低く野太いそれが反響し、同時にいくつもの冷気の塊が雪を穿った。

 

「おおおぉぉぉぉッ!」

 

 それと同時に、竜人たちが吠える。その咆哮は勢いとなり、その勢いは力となり。その力はゴグマゴグへと牙を剥いた。

 鬱陶しそうに唸るゴグマゴグの前に降り立つ、五つの影。白い色にその身を染めた飛竜たちが、荒々しく雪を掻き鳴らす。

 唸るその口からは、琥珀色の牙が勇ましく伸び。その身には、他のものと同様のあの鎧を纏っており。

 

「……馬鹿な! なんだあれは!」

「武装した竜……竜操術!?」

「そんな、まさか! ゲイボルギアか!?」

 

 そう声を張り上げる幹部たちの視線の先では、竜人兵が大きな旗を振り回している。光をよく反射するそれは、竜操騎兵たちにとっての明確な信号となった。

 そうして、彼らは隊列を組む。竜人兵の並びを考慮しつつ、ゴグマゴグを囲む隊列を。

 

「ど、どういうことだ! どういうことだこれは!」

「何故、東の奴らがゲイボルギアと……? こ、これは一体……」

「えぇい! 薙ぎ払え! 薙ぎ払えゴグマゴグっ!」

 

 その掛け声と共に、ゴグマゴグは口元を再び橙色に染めた。

 溜まり切った油は燃え上がるような色に染まり、それが熱線となって雪山を刻む。触れれば溶け、溶けては爆ぜる雪の塊。その雪の上に立つ竜人を、さらには武装した竜もろとも。目に見える敵を全て消さんと、ラムダは渾身の力で首を振った。

 兵士が血飛沫となり、白い竜は飛んで避ける。そして緑の竜といえば、なんとゴグマゴグに向けて飛びこんだ。藍色の尾を揺らし、その緑色の拳を紅蓮の色に染め上げて。ゴグマゴグのドス黒い表皮に向けて、一直線にそれを振り抜く。

 

 一面の銀世界が、鮮やかな緋色に染まる。

 

 竜の拳が爆ぜて、その熱が機竜の油に降り注いだ。瞬時に沸点へと到達したその油は、体積を大幅に膨張させては爆破の渦へと変貌する。恐らく、背中の騎士の予想以上の爆発となったそれは、機竜も竜も全て巻き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 シュレイドの幹部も、竜人兵も、竜操騎兵も。そのあまりの衝撃に顔を(しか)める。白い飛竜は恐怖のためか逃げ出そうと翼を翻すものの、鎧が突然熱を帯びてはその動きを阻害した。焦げるような臭いが、吹雪の中に溶けていく。

 一方で、ゴグマゴグは。あの爆破の衝撃にもまるで堪えず、その翼脚を叩き付けた。鉄骨の如きそれが、緑色の竜を鈍く穿つものの────

 全身が、緋色に。その竜の全身の色は、緑色から燃えるような緋色へと変貌していた。それが、火打石の如き機竜の爪に触れる。触れた、その瞬間。

 

「なっ……また爆破……っ!?」

 

 再び沸き起こる爆発に、ゴグマゴグは悲鳴を上げた。同様に悲鳴を上げていたあの竜も、再び緑色へと戻る。爆発の衝撃で鎧に傷が入るものの、奴はそれを気にする素振りなどは全く見せていなかった。ただ、鬱陶しそうに唸り声を上げる。爆風を浴びては咳き込んでいる、背中の騎士に向けて。

 咆哮。直後に、背中を搔こうとするかのように暴れ始めた。その衝撃に、騎士は慌てて背中にしがみ付く。そうして笛を鳴らしては、何とか竜を鎮めようと奮闘して。竜の鎧は、不気味なほど紅い色を映していた。

 

 燃え上がる研究所。

 

 舞い上がる、淡い色をした粒子。

 

 それらを包み込む、白銀の絨毯。

 

 フィリアの研究成果を全て呑み込んだ、白い闇。

 

 その白い闇の中で、ゴグマゴグは吠えた。

 

 ――ラムダは、己を殺すかのような形相で、吠え続けていた。

 

 






 ラムダさんが病んでるパート。


 彼についての詳しいことは、次回で説明します。
 緑の竜っていうと分かり辛いですよね。あれです、臨界ブラキのあれです。一応古文書に記されてた奴だから、この時から存在していたんだとは思うの。白い方は、ベリオロスに進化するやつ(ベリオロスとは言ってない)
 とりあえず、フィリアさんはご退場。ほとんど燃えちゃって、ばら撒かれても凍死してそう。僅かながら休眠期とかに突入してそう(意味深)。とりあえず、お疲れ様でした。
 出来事の羅列というか、淡々と進めてしまった感はある。むずかしす(´・ω・`)

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