何かをきっかけに、気持ちを入れ替えること。
「諸君。……諸君は、何を望む」
西シュレイドに急遽設立された仮説司令部。西の都一の大きさをもつホールを丸々利用して、彼――エンデ
ホールの奥のステージに立つ彼は、拡声器も持たずに前を見る。その先にいるのは、西シュレイドに集結した兵団の面々。その多くが人間で、俺と同じく青い団服を身に纏っていた。肩身が狭そうにその中に混じる竜人は、困惑の表情で兵団長を見る。
「東シュレイドは、完全に竜へと堕ちた。哀しいことだ」
そう、彼は唐突に声を震わせた。
「ゲイボルギア。かの竜の輩と、東シュレイドは協定を結んだそうだ。友好条約だ。竜の分際で、人の真似をしているようだ。全く度し難い」
その言葉に、多くの兵団員は首を振る。
「奴らは我らの誇る竜機兵の研究所を卑劣にも襲撃し、開発途中のフィリアを水の泡と化した。許し難い行為だ。竜の知能しか持たぬものには、あの価値は分からぬと見える」
嘲りを含んだその物言いに、ところどころからは同調する嘲笑が飛び出して。
「そして、あの黒き龍。あれは、徒党を組んだ竜共の親玉だ。奴はあろうことか日食に紛れ城を落とすという暴挙に出た。到底許し難い行為だ」
その言葉は、嘲笑を呑み込んだ。彼らの心を、静かに煮え滾らせる。
「――さぁ、諸君は何を望む」
改めて問い直した彼は、狂気的な笑みを浮かべた。
「私は、奴らを滅ぼそうと思う」
その笑みは止まることを忘れた馬のように、収まることなく走り出す。彼の二重顎が、不気味な曲線を描き出した。
「我々西シュレイドの手で。軍事的に。物理的に。環境的に。情報的に。戦略的に。自然的に。圧倒的に。謀略的に。高圧的に。悪魔的に。力に溺れた竜に、制裁を加える我らシュレイドらしく! ……奴らを、滅ぼそうと思う」
曲線は、止まらない。彼の言葉も、止まらない。
「我々西シュレイドの力で。拳で。ナイフで。重弩で。大砲で。射撃装置で。砲馬車で。実動隊で。回収班で。大部隊で。……竜機兵で。ありとあらゆる手をもって、奴らを滅ぼそうと思う」
彼の語り口調につられるかのように、多くの兵たちは顔を歪めていった。
頬が吊り上がる。
興奮に乗って冷や汗が溢れる。
拳に力が入り、険しい皺が走り出す。
「さぁ! 諸君は何を望む! この世界に! 我らシュレイドに! 諸君は、何を望む!!」
「この世界を!」
「シュレイドこそ世界!」
「世界を、シュレイドのものに!!」
とうとう、声が張り上がった。堪え切れなくなったと言わんばかりに、野太い声が反響する。立ち上がった男たちから飛び出した声は、薄く笑うエンデへと一直線に飛び込んだ。
「ゲイボルギアを滅ぼせ!」
「東シュレイドを潰せ!」
「シュレイドを、あるべき姿に!」
「この大陸を、シュレイドに!」
冷や汗を垂らす竜人兵も巻き込むほどの歓声。それによって、ホールは熱気に満ち溢れ出す。
もはや慟哭にも似たその大声に、ニタリと笑ったエンデはその口を開けた。糸を引くような唾液が宙を裂く。その奥の赤々しい咽喉から、彼の問いが顔を出す。
「――では、諸君は、そのためにどうする」
一瞬の静寂は、その反動をバネのように弾けさせて。
それはまるで、竜の咆哮のように。
彼らの歓声は、もはや喉を焼き潰すような叫び声に変わり果てていた。
「戦争だ!」
「力をもって、力で制す!」
「我らの力で、この大陸を征服せよ!!」
その言葉を待っていたよ、なんて言いた気な顔だ。兵団長は薄ら笑いにさらに狂気を差しながら、白い歯茎を剥き出しにする。そうして、妙に甲高い引き笑いをしながらも頷いた。
「うむ。――――ならば、戦争だ」
振り上げられる拳。それが描き出すのは、まるで弩を構えるかのような素振り。
「我々は、重弩だ。込められた弾を今にも撃ち放とうとしている重弩だ」
厳かな口振りでそう言うものの、彼はしかしと言葉を濁す。構えた腕を解いては、だらりと宙に投げ出した。
「……しかし、我らは拠点を追いやられた。数にしてゲイボルギアの竜共にも及ばない。取るに足らない負け犬かもしれない」
哀愁を漂わせる表情でそう言って。されど、彼はその表情を一変させる。しかしと切り出したその言葉を、再びしかしと切り返した。
「しかし私は、諸君を一騎当千の
投げ出した手を、振り払う。彼の叫びに呼応したその動きは、彼の背後をも呼応させた。
垂れ幕が上がり、壁が走る。ホールの裏が露わになり、そこに並べ立てられた竜機兵は人々の視線を吸収した。
湾曲した角に、厳めしい鋼色の翼。太い手足に、長い尻尾。そして何より、あの巨大龍の如き紅蓮の体躯。
全身を鋼で覆ったその機竜は、兵団長の進めるままに開発された第二世代竜機兵だ。それらが、列を成して立ち並んでいた。新たに建造された無垢な
「もはや、犠牲を惜しむ必要はない。この世の全ては、我らシュレイドのためにある。その全てを用いて、我々は世界を取るのだ!」
そう、高く掲げた彼の手に。多くの兵が同調しては、その腕を同様に掲げ始めた。半ば自暴自棄のようにエンデを湛える声が沸き上がり、それがこのホールを包み込む。
青ざめながらも同調する竜人をも、容赦なく巻き込むその熱気。それは誰の目から見ても、明らかに異常だった。
「滅ぼせ!」
「道具風情が粋がりおって、竜を滅ぼさなければならぬ!」
「黒龍を、ゲイボルギアを、竜を許すな!」
エンデは、それらを受け止める。まるで泣き喚く子を優しく見守る親のように、静かに受け止めた。
「さぁ、諸君。人の、人による、人のための世界を……創り上げよう」
全てを受け止めた上で、彼はそう締め括って。
和平を結んだ東シュレイドとゲイボルギア。その徒党を組んだ竜たちを制圧すること。とどのつまり、戦線をなお拡大することを、ここに宣言したのだった。
◆ ◆ ◆
「戦争になりますね」
「……とっくの昔から始まってるだろ」
会合を終え、いよいよ慌ただしくなったこの司令部。そのテラスで煙草をふかしていた俺に、ラムダがそう声をかけてきた。
「……申し訳ありません。フィリアは、守れませんでした」
「いや、いい……。状況が状況だ。仕方ない」
「……いえ……申し訳ありません」
もう、何日も満足に眠っていないのだろう。俺よりも酷い隈を刻んだその顔で、それでも彼は気丈な笑みを溢した。鈍いはずの俺ですら、彼が相当気を病ませていることが分かる。それくらいに酷い顔だった。
留守中に首都が潰されたこと。
ミューを、そこで失ってしまったこと。
そして、フィリアの研究所での出来事。
――まさか、ラムダが同胞に手を掛けるなんて。
報告書を見て、俺は目を疑った。ラムダが、東シュレイドの竜人族を薙ぎ払ったという文言。それが、俺にはどうにもこうにも信じられなかった。
だって、しょうがないじゃないか。ゲイボルギアとの初の交戦の時には、必死に同胞を守ろうとしていた彼が。あの優しいラムダが、大量の同胞を雪に溶かしたというのだから。
でも、今こうしてラムダと会って。城が落ちてからようやく会えた彼の顔を見た時、俺は納得した。いや、納得してしまった。
「……ラムダ」
「僕のことはいいんです。それより、ミューちゃんが……」
「……あいつは、よく頑張ってくれたさ」
それ以上先を言おうとして。でも、それは言うに言えなくて。そんな言葉を表したかのような顔で、彼はその続きを呑み込んだ。俺もその姿を見るに耐えず、再び視線を滑らせる。清々しいくらいに澄んだ、藍色の夜空へと。
ミューはもういない。
あの子も、この夜空の中に溶けてしまった。会う術は、もうどこにもないのだ。
「……ミューちゃんは、どうして……」
「……あいつは、俺を守ってくれたんだ。俺を逃がすためにバルクと完全結合して……でも……」
「……そんな。ミューちゃん、そこまで……」
愕然とした様子だった。信じられない。彼の目が、そう訴えかけてくる。
しかしそれは、嘘でも誇張でもなんでもない。そんな意図を込めて、俺は顎を小さく引いた。
「……僕」
「あ?」
「僕、ミューちゃんが好きでした」
「……は?」
突然の、ラムダのカミングアウト。愕然としたのは、今度はこっちだった。
「別に、結ばれたいなんて高望みはしてなかったです。一緒に第一世代としていられれば、幸せでした。ちょっぴりローグさんには嫉妬とかもしちゃいましたけど、でも幸せでした」
「……初耳なんだが」
「あんまり表に出さないようにしてましたから。ほら、僕らの立場って厳しいですし」
「…………」
「でも、もういいんです。ミューちゃんは、もういないから……」
そう言って、ラムダは引き攣った笑みを浮かべる。自嘲するような、呆れ返るような、そんな乾いた笑い声だった。
奇しくも、俺たちは互いに大事な存在を失ってしまった訳で。構図こそラムダの初陣前の夜とよく似ているが、顔つきも心持ちも随分と変わってしまった。もう、夜釣りをしようとも思えない。
「……すまない」
「……ローグさんが悪い訳じゃ、ありませんよ」
それから、沈黙。
何を言えばいいのか分からない。それはきっと、彼も同じだろうけど。どうしようもなくて、ただ夜風の音だけが響いていた。
話題を変えよう。このままじゃ、きっともっと心が落ち込んでしまう。
「黒龍は、竜操騎兵の親玉……か」
「……兵団長がそのようなことを言ってましたね、確か。あれって、どういうことなんでしょうか……」
「あんなの、ただの扇動だよ。全てを共通の敵にすればまとめやすいだろ。話も、国民も」
「じゃあ、無根拠にあんなことを言った……ってことですか?」
「先に言った者勝ちだ。それに、あれが敵であることは間違ってない」
「それは……そうですけど」
不服そうだ。ラムダらしい、真面目な精神が垣間見える瞬間だった。やっぱりこいつはラムダなんだって、俺は少し安心する。
だから、何の気もなしにこう呟いてしまった。昔のようなとりとめのない言葉を、深く考えずに溢してしまった。
「……この戦争は、どうなるんだろうな」
――――それが、自らを貶めることになるなんて知らずに。
「敵を全て薙ぎ払うだけです」
即答。それは、即答だった。
「…………え?」
思わず、耳を疑った。彼が何を言ったのか、一瞬分からなくなる。
だって、あの「この戦争が正しいかどうか」と悩んでいた青年が。今となっては、随分と色の冷めた瞳で、そう吐き捨てているのだから。
「邪魔する奴らは全て殺す。……そして、あの龍も。絶対に、殺します」
「……ラムダ……」
そんなことを言う奴では、なかったはずなのに。でも、今俺の目の前でそう言う彼の瞳は、間違いなく人殺しの目をしていた。
やろうと思えば、人間もただの肉の塊として見ることができる。そんなどこか非現実的な目。いや、むしろ人間が理性と引き換えに置いてきてしまった、野生という現実的な目だった。
「竜も、竜人も、人間も……龍も。もう、何も関係ない。僕は、ミューちゃんの無念さえ晴らせればそれでいい」
「……お前は、それでいいのか。本当に」
「もう、決めましたから」
――あの雪の中で、同胞を焼き殺したあの時から。僕は、もうこうするしかないと悟ったんです。
彼はそう言って、寂し気な笑顔を浮かべた。大切な何かを失った時の、触れれば割れてしまいそうなほど儚い笑顔を。
「……ローグさんは、言いましたよね」
「……何を」
「生き甲斐を見出して生きた方がいいよって」
それは、今は亡きシュレイド王が領土拡大宣言をして。ゲイボルギアに、正式に宣戦布告をしたあの時に。
戦争の正否について問い掛けてきたラムダへ、俺は自分の思想を吐き返した。疑ってしまえばきりがない。目の前の色も、これが本当の色なのかさえ分からない。この戦争が正しいかどうかなんて、考えるだけ無駄なことだ。
――――だったら、少しでも心を依らせるものをもって、それを生き甲斐にして生きていった方が楽に生きていける。
そんな意味を込めて、俺はそう答えたのだった。
だけれど、ラムダは。
「僕は、僕の生き甲斐を……
「…………」
「量産型竜機兵の拡大も、僕は賛成ですよ。同胞を屠ることも、厭いません。だって、そうすればそうするほど、早くあの龍を殺せるでしょう?」
そんな言葉は、聞きたくなかった。
そんな笑顔を――俺は見たくなかった。
「あいつが今ものうのうと生きているだなんて、許せない。だから……お互いに頑張りましょう。仇を、討ちましょうね」
あの儚い笑顔はあっさりと砕け散り、やや冷めた瞳で彼はそう言い残して。そのまま、司令部の虚へと踵を返す。
夜闇に溶けていく彼の後姿を見ながら、俺は喉の奥に
「……そんなつもりで、言ったんじゃないんだよ」
彼への謝罪は、言葉にもならず。言葉を置いてきてしまった息だけが、ただ俺の耳を浅く撫でていく。
また一つ、大事な何かが無くなってしまったように感じた。手を伸ばしても、届かないところへ行ってしまったかのような。そんな喪失感が、俺の胸を酷く掻き回すのだ。
心を依らせることのできるもの?
それって、一体何なんだ?
俺はあの時、何を思ってそんなことを言ったのだろう。
――――目を閉じれば。
空の色を鮮やかに映した銀の髪があって。
口元を少しだけ綻ばせたような笑顔を見せる少女が、俺に向けて声をかけてくる。
薄幸そうな表情も。
困ったような表情も。
悲しそうな表情も。
何を考えているか分からない無表情も。
ようやく見せてくれた、優しい表情も。
決意を固めたように、健気に笑う彼女のあの顔が。
「……馬鹿野郎。生き甲斐を失ったのは、俺の方じゃないか……」
どん、と壁に拳をぶつけて。壁に当てられたひ弱な拳は、小さな悲鳴を上げていた。
胸の内から込み上げる思いが、ただひたすらに喉を震わせる。
俺は、何だ。
何であの時に、そんな大口を叩けたんだ。
ラムダがどうして、そうも割り切れるかが分からない。あの龍に復讐したところで、ミューが帰ってくる訳でもないのに。
「……そんなの、ただの自己満足じゃねぇかよ」
あの龍を殺したら、ミューは喜んでくれるだろうか?
「――――どうやって戦えばいいんだ」
目の前の暗闇に溺れそうだ。もう、何もかもどうでもよくなってしまいそう。俺は何をすればいいのか、本当に分からない。いっそ、このまま
「君は、戦わなくていい。戦えるものを、造ればいい」
そう言っては、俺の手を握る誰かの手。
目の前の暗闇から俺を掬い上げる、怪しげな表情。奇妙な曲線を描いた二重顎。
「……エンデ、さん」
「混乱しているな。無理もないことだ。このような状況なら仕方のないことだ」
「……すみません、俺……」
「しかし、そうもゆったりはしていられない。君には、するべきことがある」
「……? するべき、こと?」
俺の手をとった男――エンデ兵団長は、悲壮感のある笑顔を浮かべながらも、俺の手に紙の束を置いた。それは、いつかの量産型資料を思わせる分厚い紙の束だった。
「……これは」
「して、ローグ君。『ゼノラージ』の方はどうかね?」
俺の思考がまとまらないのに、エンデは俺にそう急かしてきて。働かない頭を何とか回しながら、問いの答えを何とか形にする。
「……残念ですが、実用化は程遠いです。未だ虫のサイズにすら届いていません。正直、我々の生涯を通しても完成させることは難しいかも……しれません」
「ふむ……」
培養したオーグ細胞を胚として。そこに、あの龍の力が浸透した地脈を利用してエネルギーを送る。無作為に散らばった地脈に手を加え、火山地帯の最深部に収束するように加工して。それをあの結晶炉へと繋いだのだ。まるで栄養分を送る、へその緒のように。
卵に見立てたあの結晶炉で、命の輝きを見せているゼノラージだが、その成長速度は想像以上に緩やかだった。成長するには百年、いや千年単位を要するのではないかと。最近の研究では、そんな計算すらされている。さらに、城が落ちるという想定外の事態だ。とてもじゃないが、ゼノラージは実用化はできないだろう。
まさか、こんな結果となるなんて。せめて、せめてフィリアが無事だったのなら良かったのだが。
「ゼノラージは凍結だな。もうあれはいい。それより、その資料を見てくれ」
想定内と言わんばかりにエンデは眉一つ動かさず、俺にそう促してきた。そんな彼に言われるままに、目を通したその資料には。見慣れない文言が、静かに自らを主張している。
「……これは」
「いつか君が言ったな。城は放棄するのか、と」
「…………」
「そして私はこう答えたな。時期ではない、と」
「……はい」
「これが、その時期だ。時期、そのものだよ」
エンデが、ニタリと笑った。竜機兵の力を目の当たりにした時のような、狂気に満ちた薄ら笑いだった。
――――『第四世代竜機兵』。
「君には、『神』を造ってもらいたい。あの黒き龍をも屠ることのできる、黒き太陽を」
神のように、人々を救うもの。
太陽の如く、人々を照らすもの。
頓挫したベータ計画をベースとして、ありとあらゆる古龍素材を注ぎ込んだ竜機兵の最終形態。龍殺しの神を生み出すというその計画。
別名、『アルファ計画』。
機体名――――『エスカドラ』。
エンデのキャラモチーフがバレバレ過ぎる件。
何だこのクソ鬱小説は。俺じゃなきゃ見放しちゃうね(念魚喰並感)
でも、鬱シーンってこう、書く方は楽しいんですよね。私は書くの好き。何かこう、滾る。今私のこと変態だと思った人、先生怒るから大人しく手を上げなさい(迫真)
エンデのところは、こう、書いてみたかった。単純に趣味ですわ。これで大体起承転結でいうところの転までは終わりました。あとは、結するのみでさァ。
それではでは。