あることを成し遂げようと決心すること。
戦況は、混沌を極めていた。
かつてのゲイボルギアの首都クナーファは、今や最前線の街となっている。量産型の竜機兵が何機も配備され、新たな竜機兵はそこを拠点に空へと飛び立っていった。
巨大龍、ラオシャンロンの素材をふんだんにつかわれた新たな量産型は、赤みの帯びた甲殻を夕陽で染める。戦線を拡大するために、今日も何機と製造され、その分だけ墜ちていった。
湿地帯で。
凍土で。
山岳地帯で。
活火山で。
雪山で。
砂漠で。
海を隔てた、さらに奥の深き樹海で。
大陸全土を包んだ戦火は、この世界を惨たらしく焼いていく。
飛竜も、牙獣も、どんな生物でもおかまいなしだった。使えるものは全て使え。そんなエンデの指示の下、西シュレイドはあらゆる資源を費やして火に薪をくべていく。
この結晶の地で、ひたすら兵器開発に臨む俺の耳にも、今の戦況は伝わっていた。
東シュレイドの竜人たちはゲリラ的な作戦へとシフトし、西シュレイドの進軍を著しく阻害している。数が少ない彼らは、広い領土をかつて有していたゲイボルギアからの知識を基に、随所随所で細かな火種を燻らせた。
ゲイボルギアもまた、以前とは比べ物にならないほどの竜操騎兵を投入している。これまでの飛竜に加え、二足歩行をする翼のない竜まで使役し始めたのだ。
一体どのような手段で戦力を拡大しているのかは分からないが、兵の報告では背中の騎士に牙を剥く竜の姿も見られたらしい。どうにもこうにも、純粋な絆なんていう綺麗な方法ではないように見える。
竜操術とは、一体何なのか。
「……で、この素材は?」
「はい、本土の方から送られてきたものです。エスカドラを至急完成させよ、と」
竜人の作業員たちが持ち運んできてくれた大量の資源。それを確認し始めるは、後輩研究員。
相変わらずの活発な様子で、彼女は眼鏡を光らせていた。少し熱気のこもった部屋に、彼女の浅黒い肌はやや汗ばんでいるように見える。この部屋に並んだ素材たちも同様に、それぞれの色を熱に照らしていた。
炎龍の素材。燃え盛る炎を封じ込めたような、不思議な玉。
幻獣の雷尾。落雷を固めたかのような厳かな角。
幻獣の霊毛。氷柱を凝縮したかのような澄んだ角。
鋼龍の大量の甲殻に、状態の良い爪。
巨大龍の強靭な筋繊維と、あまりにも巨大な一本角。
その他に、オーグのものと思われる肥大化した角や爪。
さらには、大砂漠を遊泳する巨大な龍の太い牙のようなものまでも。
何をとっても、古龍の素材だった。価格をつけたら、一体どれほどになるのだろうか。そう考えると恐ろしいくらいのその資源。
これまでの雀の涙のような財政事情とは打って変わり、多額の費用をこの研究に投入できるという事実を、如実に表している光景だった。
「あの頭の固かった本部が、こんなに投資してくれるとはなぁ」
「それだけ、切羽詰まってるってことですかね……」
「……かもな。まぁ、おかげでエスカドラ開発は捗るけどさ」
第四世代の竜機兵、『エスカドラ』。別名アルファ計画と呼ばれるそれは、あの黒き龍を仕留める最終兵器だ。
第一世代の竜機兵でもまるで対抗できず、ミューを撃墜したあの龍をどうやって仕留めるか。考え付いた結果は、ありとあらゆる古龍の強みを両立させた兵器という答えだった。
熱と冷気の混合を目指し、しかし技術・コスト面から凍結となってしまったベータ計画。それをベースに進められているアルファ計画は、過去の課題点など見る影もない。これだけ大量の素材を得られるならば、研究速度も格段に上がるだろう。エスカドラの完成も、決して夢物語ではないはずだ。
「どうも、ラムダが頑張ってくれるみたいですよ。この資源の多くは、ラムダが仕留めたものみたいです」
「……ラムダが」
あいつが、あの引っ込み思案だったラムダが――――。
◆ ◆ ◆
報告は聞いている。
ラムダは休息も惜しんで、とにかく大陸を東へと進んではそのルートを開拓していっていると。
進行ルート上に現れた古龍を、積極的に仕留めていると。
その猪突猛進ぶりが功を奏し、とうとう海を隔てたさらなる奥地へと足を踏み入れたらしい。ゲイボルギアの祭事らしき催しを行う場所とのうわさは聞いたが、どうやら非常に高い塔があるのだとか。
俺は正直、彼のことが心配だ。自身を省みない行動だと、あまりにも無謀な考えだと思う。とにかく邪魔するものは全て排除すると語っていた彼の瞳は、とても疲弊していた。
「……俺はどうしてやればよかったんだろう」
ラムダは、ミューのことが好きだったと語った。本当は俺に嫉妬するくらい、ミューのことが好きだったと。
それなのに、その彼女がいなくなってしまったのだ。彼女は、あの黒い龍に殺されてしまった。憎む気持ちはよく分かる。無論、ただ見ていることしかできなかった俺に対しても。
「くだらないな」
パタンと。本を閉じては、目の前の男はそう吐き捨てた。
「……あ?」
「くだらないと言ったんだ。一時の感情に支配される彼のことをね」
黒い髪を襟足でまとめたその男――リアは、垣間見える長い耳をそっと撫でた。
筋の良い背丈を椅子に置きながら、ゆっくりとした仕草で足を組む。
「ラムダといいミューといい、君の作る竜機兵は……性能はいいものの、感情面で難があるな。僕に言わせれば失敗作だよ、ほんとに」
「なんだと……」
「竜機兵は、兵器さ。兵士でもある兵器。故に、国のために尽くさなければならない。ラムダはまぁいいだろう。今はこうして努力をしているのだから」
前髪を掻き分けながら、彼は一拍置いて。そうして、嘲笑うように息を吐き出した。
「ミューは、なんだろうな。結局城を守ることもできず犬死だ。本当の失敗作はあれだよ」
「……ミューは奮闘したんだ。城を守るために、その身を犠牲にしたんだよ。あの子は失敗作なんかじゃない」
「君は製作者だから贔屓目で見てしまうだろうね。だけど、客観的に見ればあれは任務に失敗した。つまり失敗作なのさ。まぁ、あの程度の性能じゃ黒き龍には敵わないというデータがとれたことは、良い働きだったと認めるけどね」
「……いい加減にしろよ」
分かったような口振りでそう言うリアの胸倉を、思わず掴む。それが功を奏したのか、単純に癪に触ったのか。リアは、一度その口を閉じた。
「お前にミューの何が分かる。あの子が何に悩んで、何を選んだのかを知ってるのかよ。知らない癖に、分かったようにベラベラほざいてんじゃねぇよ」
「……じゃあ、逆に聞くけどさ、君はそれを知ってるの?」
「そんなの――――」
ミューが何を選んだのかは知っている。彼女は龍となることを選んだ。俺を守るために、人であることを捨てたのだ。
彼女の悩める姿も、ずっとずっと見てきたつもりだ。
過去のこと。
竜人という立場のこと。
自身に巣食うトラウマのこと。
自らに課せられた使命のこと。
彼女はずっと苦しんできた。
けれど。
――――ローグ。私、私ね。あなたのことが……あなたのことが――――
あの時言いかけた言葉は、何だったんだろう。
あの時、彼女の言葉は俺の耳には届かなかった。一体何て言ったのか、全く分からない。あそこに、彼女の本心が表れていたはずなのに。
「……ほらね。やっぱり分からない。けど、それが普通だよ。他人がどう思ってるかなんて、知りようがないんだから」
思わず力の抜けた俺の手を、リアは振り払った。そうして、自らの首元の皺を丁寧に伸ばし始める。
「あぁは言ったけどね、基本的に僕は君のことを信頼しているよ。真に竜機兵を造る技術は、君なしでは成り立たないだろう。第二世代のような下らない水増しとは違う。ラムダを見ていれば、よく分かる」
そうして腰を上げて、読みかけの本を手に取って。俺の肩に触れるかのような距離で、リアはすれ違いざまに言葉を残した。
「君は、エスカドラを完成させることに集中してくれ。なぁに、僕は失敗作とは違う。感情に捉われずにあの黒龍を果たすし、ゲイボルギアや東シュレイドなんて粗雑な存在も潰そう。なんたって僕は、エンデ兵団長から直々に選ばれた竜人だからね。他の奴らとは違うのさ」
なんとも尊大な口振りだった。誰もを見下すような、驕りに満ちたその言葉。
「大量の資源が届いてるんだろ? 竜は資源……もちろん、龍もね。シュレイドは竜を資源としてきたんだ。それに則って、これからもどんどん竜を使っていこう。期待してるよ」
そう締めては、彼はドアに手を掛けてこの部屋を後にした。人を食ったようなその態度に、俺は何も言い返せなかった。
竜は資源。
シュレイドは、竜を資源としてきた。
これからもどんどん使っていこう。
――まるで、これまでの俺が何度も吐いてきたようなその言葉。
聞き覚えのあるそれが、いつまでも俺の頭の中で反響していた。
◆ ◆ ◆
結晶の地の夜空は、満点の星空で埋め尽くされていた。
白色、黄色、橙色、そして緋色。藍色の空に穴を開けるかのように、そのひとつひとつがまぶゆい光を放っている。
そんな藍色の空に、白い煙を溶かす。煙草から吹き出るそれと、正反対の部分。そこを咥えては、すっと静かに吸い上げた。俺の吸う空気の量に比例して、煙草の先は赤く燃え盛る。より一層、煙が膨れ上がった。
清涼感だ。辛くも甘いその香りは、柔らかい清涼感を喉にもたらしてくれる。仄かな熱さが喉元に留まって、それをゆっくり味わいながら少しずつ息を吐く。その息もまた、柔らかな白色に染まっていた。
「綺麗だなぁ」
満点の星空だ。近隣の火山の光を浴びてもなお、星空は静かに瞬いていた。ひとつひとつが精一杯、その命を輝かせている。
死者は星になるなんて言い伝えがある。星になって、地上に生きる大事な人を見守っていると。そんな言い伝え、馬鹿馬鹿しいと感じてしまうけれど――――。
「ミューも、そこにいるのかな」
揺れる。着火機の光が、吹き出した炎が、静かに揺れている。
その揺らめく光を見ていると、輪郭がぼやいていくように感じた。光がずれて、重なっていくような。何もかもがぼやけていって、俺は思わず瞳を閉じる。眼前の景色が瞼の裏へと変わって、あの焼き付いた光景がぼんやりと浮かぶ。
泣き腫らした瞳。
怯えたように震える唇。
それでも、必死に笑顔を浮かべている彼女。
上擦った声で、俺の名前を呼ぶミュー。
目の前には誰もいないはずなのに、それでも何だかミューがいるような気がして。だから俺は問いかけた。この星のどれかとなった、ミューに向けて問いかけた。
とはいえ、返事なんてくるわけもなく。ただ虚しいまでの風の音が、この研究所を掻き回した。
「馬鹿馬鹿しい……疲れてるわ」
普通に考えて、そこにミューがいるはずがない。
死んだら、その肉体は分解されるのだ。自我を収納した脳ごと、無に帰すのである。それが星になるなど、非科学的にもほどがある。
ミューは、もういない。彼女はきっと、もうこの世のどこにも存在しないのだ。ラムダは、無我夢中で任務をこなしている。彼も、ここにはいない。
これまで一緒にいた者は、今やずっとずっと遠くに行ってしまった。俺だけ、俺だけが未だに変わらない場所で変わらない作業をしている。過去に囚われたかのように。馬鹿の一つ覚えのように。結局今まで通りの生活を送ってしまっている。
竜は、資源。
リアの吐いた言葉が、今もなお脳裏にこびりついていた。俺が何度も、ミューに向けて言った言葉だ。この国は竜を資源とすることで、武器や家屋、雑貨に食材を賄ってきた。シュレイドは、竜を利用して発展してきたのだと。
「……俺は……なんで、何も思わなかったんだろ」
吸い上げた煙が、喉奥で溢れ返る。鼻孔を埋めるその香りは、白い煙となって零れ落ちた。鼻息が、白く染まる。
ミューは、俺がその話をするといつも表情を変えた。取り繕ってはいたけれど、確かにその表情に影を差していた。あの時は、俺はそれを特に何とも思っていなかったけれど。
――――龍になったら、私も解体されちゃうのかな。
……私、解体されたくない。怖い……怖いよ――――。
怯えた表情で、それでも健気に笑顔を浮かべようとしていたミュー。そんな、彼女の最期の姿が瞼に映る。
きっと、彼女にとっては他人事ではなかったのだろう。
自分も、いつその立場になるか分からない。ミューにとっては、同胞が解体されているようなものだったのだと思う。そして、いざ自分の番が迫ってきた。それが、彼女の心を強く締め付けていたのかもしれない。
なるべく竜と戦いたくないと、瞳が訴えかけていた。開戦前の国境での諍いの時が、最も印象的だっただろう。彼女は竜と戦うことに積極的ではなかった。できることなら傷つけたくないと、彼女はきっと強く願っていた。
俺は、そんな彼女に、ずっと竜は資源だと語ってきたのだ。俺はどれだけ、彼女の心を蔑ろにしていたのだろう。
「……今更気付いても、もう遅いっていうのに」
燃え尽きた先が、黒く崩れ落ちる。灰を寄せ集めたようなそれは、荒涼とした結晶の山々に溶けていった。舞い上がる煙は、俺の目を淡く焼いてくる。煙が、目に沁みるのだ。どうしようもなく、目に沁みるのだ。
空を見上げると、満点の星空が広がっている。どこまでも広がっている空が、どこにでも繋がっている空が。
あの空の向こうには、我々西シュレイドの拠点が今も着々と戦争の準備を進めているのだろう。ゲイボルギアは、領土奪還のために強靭な竜を調教しているのだろう。今や廃墟となったあの城には、かの黒龍が今も我が物顔で居座っているのだろう。
その全てが、ミューの犠牲があって成り立っている。ミューが犠牲になったから、誰も彼もが今ものうのうと息を吸えるのだ。
ミューは、龍に成り果ててでも俺を守ろうとしてくれた。そのおかげで、俺は今もこうして生きている。けれど、彼女がどうでもいいと吐き捨てたこの世界もまた、皮肉にも生き残っていた。
彼女を蔑ろにしてきた俺と、彼女を犠牲にしたこの世界。
残った俺は、何をするべきか?
一体、どうすればよいのだろうか?
――答えは、きっといくつもある。俺のやるべきことも、きっとたくさんあるだろう。それでも、俺の思いは。本当に望むことは、一つだけ。
「ミュー……俺は、お前に会いたいよ」
満点の星空の中で、一際輝く彗星が瞬いた。
まるで、流れ星に願い事をするかのよう。
そんな俺のか細い声は、この星空に吸い込まれるように溶けていった。
◆ ◆ ◆
夜も更けた結晶の地研究所。
作業は中断され、各々が休息を取っている時間帯だった。作業の音は一つと響かず、誰かの寝息が立っているその最中。
格納庫の奥で、静かに佇む影が一つ。彼以外、誰一人認知していないその研究室で、彼――ローグは静かに横になっていた。
そんな彼の腕には、脈動する細いチューブが数本。深く深く、その体の内側へと入り込むそれらは、鮮明な色に染まっている。まるで血潮のように赤い何かが、我先へと彼の血管へと流れ込んでいた。
混ざる血流は、まるで胎動のように跳ねる。血管をなぞるように、彼の腕には赤い線が刻まれていく。
目が、開いた。
まるで夜空のように深く染まった、その藍色の瞳は。
その藍色は――――。
四字熟語縛りそろそろきつくなってきた。
盛り上がりにかける展開が続いてしまって申し訳ないです。今回で第二十話ということで、これで三分の二を何とか超えたらしい。早く完結させたいです。
実はこの作品を考えるに当たって、テーマとなった楽曲があります。今までもちょくちょくヒントは入れたつもりですけど、たぶん、今回はそれが一番色濃く出てると思います。答え合わせは、完結後の活動報告でできたらなぁ、と。
それではでは。