藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 危機や苦難が目の前に差し迫っていること。




涸轍鮒魚(こてつのふぎょ)

「ぐっ……!」

 

 目を覚ませば、猛烈な痛みに襲われた。体を動かすと、まるで電流が走るかのように全身が痛む。起き上がる前に、その痛みで意識が一気に覚醒した。すると、痛み以外の感覚も次第に目を覚まし始める。

 物凄い倦怠感だ。まるで脳みそが慣性から逃れてしまったような、違和感に近い感覚が俺を支配していた。

 なんだこれは。まさか、こんなに顕著に影響が出るものなのか。

 

「きもちわる……」

 

 何とか身を起こしながら、俺は悪態をつく。

 しかし、それで体がよくなるという訳でもなく、むしろ空になった袋から伸びたチューブがとてもうざったく感じた。だから、俺はそこに手を伸ばす。

 引き抜いたチューブに、続いて飛び出る太い針。それが俺の肌の穴を広げ、赤い血が溢れ出た。

 

「……畜生が」

 

 そこに無理矢理ガーゼを貼って、血を止める。とりあえず塞がってくれるのを待つしかない。

 時刻を確認すれば、とっくに朝を迎えていた。火山の熱気に煽られた太陽光が、この部屋に淡く差している。

 今日は、白く分厚い衣に袖を通す。本来は服が汚れないために全身を覆うものだが、変に傷痕を指摘されたくない今、この衣はとても好都合だった。

 

「さて……いくか」

 

 鏡を見ては、あからさまに変わってしまった俺の目。目に映る色も、形も、これまでとは何か違うように感じる。眼球が、脈動しているかのようだ。

 誰かに何かを言われたくはない。だから、俺は黒く塗り潰された眼鏡を手に取った。俗にいうサングラスをかけて、ドアノブに手を掛ける。

 体の調子には辟易とするが、そのうち慣れるだろう。今は、とにかくできることから始めなければ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 リアは、西シュレイドにより選ばれた名誉貴族だった。

 

 先の黒龍の出現で、シュレイド王国は王国としての機能を失った。

 国の中枢を一日にして廃墟とされ、東西は分断。残った国民はそれぞれ分かれたものの、西には人間の多くが、東には竜人の多くが流れるという結果となった。

 しかし、リアは西シュレイドの竜人だ。彼のように東へと流れようとせず、シュレイドのためにその身を捧げようとする竜人もいる。そんな彼らには、エンデ兵団長直々に名誉貴族という階級を与えられることとなった。それはつまり、これまでのような弾圧から解放され、人間と同等の市民として扱われることとなる。市民権を得るということだ。

 このリアという男も、その貴族の一人だった。どころか、エンデから最終型の竜機兵に選ばれている。他の竜人を下に見るのも、尤もかもしれない。

 

「我々はこのシュレイド王国によって生み出された。つまり、シュレイドは僕たちの親といっても過言じゃない。親孝行するのは、当然のことだろう?」

「それでも、今までの弾圧を帳消しにできるほどのものなのか? それは」

「ふふ、する側だった君がそれを聞くんだ?」

「…………」

 

 ダメだ。話が平行線だ。どうもこいつとは話がうまく通じない。

 

「個々を重んじていては、国がダメになるだろう。我々は今こそ国に尽くすべきなんだよ。今にも崩れ落ちそうなシュレイドを救うために」

「……それは確かに、避けては通れない道だけど」

「竜人の僕がそう言うのは、おかしいかい?」

 

 どこか蔑むのように、リアはそう笑った。

 ここまで達観した意見を述べる竜人族は見たことがない。何をとっても、こいつは異質だ。

 

「変わり者とはよく言われるさ。僕も自覚している。それに、雑多なやつらと一緒にされても困る。僕は奴らのような無能とは違うから」

「……無能じゃないだろ」

「ふん……どいつもこいつも無能だよ。僕は、他の竜人とは違うんだ。東シュレイドの奴らとも違う。『新廃棄場』に送られるような奴らとはね」

 

 なんていったって、名誉竜人だから。兵団長から直々に、アルファ計画の主幹に抜擢されたのだから。と、彼は誇らしげにそう付け加えた。

 確かに、能力面を見れば驚異的な数値を叩き出している。運動面、知能面、センスとあらゆる点において非常に好成績だった。ラムダは運動面は優れているものの、センスに課題がある。ミューは抜群のセンスの持ち主だったが、他の面においては二人に後れを取っていた。

 リアは、能力面を見れば竜機兵にこの上なく相応しい人物だ。精神性に関しても、今の首脳部と波長が合うと思われる。何故なら、俺はこいつと合わないからだ。

 

「ミューもラムダも、敵を前にためらうことが多かったと聞くよ。兵器として、それはどうなんだろうね。僕なら、僕なら躊躇なく殺せるけどさ」

「……二人は、優しいからな」

「優しい? 優しい兵器? ふふ、なにそれ」

 

 嘲りを含んだ引き笑い。それが、俺の神経を荒く掻き回す。

 

「兵器に感情なんてなくていいんだよ。その点、第二世代はいいものだ。まぁ僕は、自分をコントロールできるから問題ないけれど」

 

 随分な自信家だ。自分はそうはならないと、心から確信しているようだ。

 

「とにかく、僕に任せてくれ。最強の竜機兵として、大量の資源を集めてきてやるからさ。あの黒龍も、軽く屠ってみせるよ」

「…………」

「だから、君は最高の機体を作ってくれれば、それでいい」

 

 まただ。大量の資源。竜を資源にすること。

 こいつは、過去の俺のようなことを言ってくる。いや、違う。自分の信じるものだけを信仰して、それ以外は見下して。竜は資源と信じて疑わずに、道具のように扱うその姿。

 ――こいつは、過去の俺そのものだ。

 こいつに対する嫌悪感は、同族嫌悪の気持ちからきているのかもしれない。本当に、昔の自分を見ているかのようだ。

 

「……そもそもさ」

「うん?」

「お前はどうして、そうなったんだ?」

 

 かなり突拍子のない質問だったかもしれない。心に咲いた疑問を、思いのままについ吐き出してしまった。

 それに彼は少し目を丸くするものの、それを徐々に細め始めた。ふぅんと、小さな息を漏らす。

 

「変な質問だね。それは、どういう意味なんだい? 心の問題かい? それとも、思想かい?」

「……どっちもだ」

「……ふーん」

 

 どう話してやろうか。そう言わんばかりに眉を顰める彼だったが、意外にも話し始めた。ひとつ、ひとつと思い出したように言葉を並べていく。

 

「僕は、いわば第一世代の竜人族だ。もう、百歳近くになる」

「……えっ」

「驚いたかい? こう見えて、僕はかなり年上なんだよ。竜人族というのは、本当に長寿なんだ」

 

 見た目は三十歳前後。俺と同じくらいか、もしくは少し年上か。

 なんて思えるが、かつてのエンデの言葉を思い出す。彼の言葉通り、あの少女の姿をしたミューは、実は俺より四つ年上だったのだ。であれば、リアがそれ以上の年上なんて、分かり切っていたことなのに。

 

「竜人計画が始まって、まず僕らの世代が生み出された。初の検体ということで、それはもう重宝されたさ。様々な実験に参加したが、何分僕らが今後のベースとなるからね。手厚く扱われたんだ」

 

 リアの話を鵜呑みにすれば、彼はその検体のなかでもとりわけ優秀だったらしい。後に血を残すという名目で、竜機兵の対象からは除外され、王都で穏やかに暮らしていたそうだ。

 

「……だが、先のシュレイド城陥落でね、全てが変わった。積み重ねた歴史が言ってるよ。僕の出番だとね」

「なんだそりゃ……」

「その結果、僕はここにいる。それが何よりの証明なのさ」

 

 何が言いたいのか分からない。そう言いたげだね、と彼は薄く笑う。

 

「つまり僕は、僕の価値を世に知らしめたいんだよ。竜人の中でもとりわけ優れた僕が、この危機に瀕したシュレイドを救う。僕は救国の英雄だって、証明してやるんだ」

「……はぁ」

「そのために、使えるものは何でも使わないと。失敗作も、無能共も、君自身も。そして、我が物顔でこの世界をうろついている畜生共も」

 

 長年の夢が叶う。彼の狂気染みた笑顔は、そう言っているかのようだった。

 その姿は、シュレイドの縮図のよう。彼の思想は、シュレイドのそれだ。自らを崇高なものとする姿勢。それ以外は全て見下す様子。生命を生命と思わぬその態度。

 

 本来、生命は奪い合うものだ。自分が牙を剥くということは、向こうからも牙を剥かれるということ。こちらが相手を奪おうとすれば、逆に自分が奪われることだって当たり前だということ。

 しかし今のシュレイドはなんだろう。我々人類はなんだろう。

 命を命とも思わず、ただ一方的に虐殺する。

 その亡骸を好きに使って、それを踏み台にしている。

 自らが殺されるというリスクから逃れ、竜人という手足にそれを肩代わりさせている。

 ――どころか、奪った者たちを集め、新たな命すら造り出そうとしている。竜機兵という新たな手足すら、思うままに操ろうとしている。

 なんだ。もしかして、神にでもなったつもりだろうか。

 

「……また変なこと考えてるね。顔に出てるよ」

「…………」

「まぁいいさ。君が何を思おうが、僕には関係ないし。やることだけしっかりやってくれればいい」

 

 話は終わりだ。なんて言いたげに、彼は席を立った。

 本当に、興味がないのだろう。特に何か思う訳でもなく、至って事務的に話を済ませ、彼はこの部屋を後にした。本当に、自分以外に興味がないらしい。

 

「……ちっ」

 

 あんな奴が、最後の竜機兵だなんて。俺の最後の大仕事は、あいつに尽くさなければならないなんて。

 ――――そんなこと、まっぴらごめんだ。

 

「……前途多難ですねェ」

「あ?」

 

 唐突に響く声。何かと思って再び扉の方へ目をやれば、今度は別の人物が立っていた。

 第一世代及び第三世代竜機兵の製造に尽力していた研究員――丸眼鏡の彼だった。

 

「相変わらず竜人のメンテナンスも欠かさないんですねェ。貴方らしいといえば、貴方らしいですけど」

「……そんなんじゃねぇよ」

「ところでそのサングラス、どォしたんですかァ?」

「……イメチェンだよ。どうでもいいだろそんなこと」

 

 リアが触れようともしなかったそれに、彼はさも自然に触れてきた。

 今まで眼鏡だった奴が突然サングラスに変えたんだ。聞きたくなる気持ちも、分からないでもないが。

 

「そォですかァ。……それより、彼とはどうですゥ?」

「……リアか。難しい奴だな、あいつは」

「ほほォ。竜人の扱いに長けてるローグさんでも、難儀するんですねェ……」

 

 相変わらず、棘のある言い方だ。本当に、心の底から竜人を蔑んでいるのが分かる。

 人間は、竜人の生みの親。

 竜人は、人間にとっての新しい道具。

 それがこの国の一般常識だ。リアのような特異な竜人でもない限り、その人格も市民権も認められていない。この男もまた、シュレイドの縮図のようだった。

 

「……なんだよ」

「いやァ、相変わらず変な人だなァって。貴方はどうしてそんなに竜人を気にかけるんです?」

「……それは」

 

 それを聞かれると、まず始めに水が頭の中で溢れ返る。

 視界一杯に、夜闇に照らされた水面が映るのだ。それが泡を、いくつも彩るように差していて。いや、むしろそれらは俺の口から零れていって。

 そう、水の中だ。俺は水の中にいたんだ。夜釣りをしていたら、誤って転落して、急流に呑み込まれたんだ。俺は、溺れていたんだ。

 

 もう死ぬのかもしれない。志半ばで。趣味にのめり込みすぎて。まだ成人もしていないのに。昔の俺は――まだガキだった俺は、そう思いながら、目を閉じた。

 

 けれど、ふと手に奇妙な感触が走る。ひんやりとしてるけど、でも仄かに温かくて。柔らかいけどとっても小さな、何か。いや、手だ。誰かの手だ。絡む指に少し違和感があるけれど、それはまごうことなき人の手だった。

 水の中で薄目を開ける。一体何かと、俺は目を開けた。

 揺れる水面。

 ぼやける視界。

 水にとける、銀の髪。

 ――鋭く伸びた、形の良い耳。

 

 大丈夫だよ。そう言わんばかりに、目の前の少女は優しい笑顔を浮かべていた。まだ、七歳に届くかなんて思うほどに、幼い少女だった。

 

「……昔さ、竜人に助けられたことがあるんだ」

「……ほゥ?」

「ミスで、死にかけたんだけど……竜人に助けてもらって、彼らのキャンプに迎え入れてもらって。そこで、初めて竜人に会った。辺境に住んでたから、竜人なんて名前は知らなかったけど。でも、彼らはとても……とても温かったよ」

 

 思い出すと、懐かしい。俺の中での、竜人との最も古い記憶だ。

 

「種族は違っても、とても気の良い人たちだった。俺は本当に、彼らに救われたんだ。……だから、成人して、王都に来て……現実を知った時は本当にショックだったよ」

「ふゥん……」

 

 きっと、彼からしたら至極どうでもいいことだろう。そんなことを聞かされたからって、何かが変わるなんてことはない。ただ、俺は俺としてこんなことがあって、彼は彼としてそれを彼なりに受け止める。そこに大きな変化はないと思う。

 ただ、聞かれたから答えた。それだけだ。

 

「君の価値観は、若い頃に歪められたんですねェ……それは、不幸としか言えません」

「…………」

 

 そら、見たことか。

 これだ。これが、俺と彼らの間に広がっている壁だ。

 本土にいる連中も、ここの研究員も、そして竜人であるリアでさえも。俺と彼らの間には、決して交わらない壁が広がっているんだ。

 ――きっと、変わらない。一度滅んだりしない限り、この壁は絶対に交わらない。

 きっと、きっと――――。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

『ここは……』

 

 大陸を越えたその先へ。狭い海を越えた、その先へ。

 クナーファから遥か東方にあるその土地は、雪山をも越えた先にある新たな陸地だった。大地を覆うように広がった樹海。そして、天を貫くように建てられた古き塔。

 ゲイボルギアの宗教か。それとも何かの観測のためか。不自然なほどに高く積み上げられたその塔は、いつも分厚い雲に呑み込まれている。

 しかし、今日の空は妙に澄んでいた。夜の闇を思いきり吸い込めるような、澄んだ空だった。

 

 そんな樹海を、地響きを立てながら歩く影。

 紺色と灰色を混ぜ合わせたようなその体色は、まるで重油を被ったかのようにどろどろと滴っている。鉄柱の如く太い翼は、その先から伸びた爪で大地を荒く掻き乱す。あまりにも太い尾で木々を薙ぎ、充血したような瞳を転がすその頭部は、厳めしい龍の形をしていた。

 第一世代竜機兵。機体名『ゴグマゴグ』。ローグが案じる竜人、ラムダが搭乗するそれは、低い唸り声を上げる。

 

 大陸を横断した。

 遭遇した古龍を積極的に討った。

 ゲイボルギアを薙ぎ払った。

 この大陸までのルートを開拓した。

 叛逆する同胞を、まとめて消し炭にした。

 生かした者は、みな南の島に送り込んだ。

 新廃棄場と呼ばれるその島に、全て押し込めた。

 

 ラムダはとても不安定だった。

 疲労困憊で、余裕がない。しかし一刻も早く黒き龍を討たなければと、その思いがひたすら彼を動かしていた。強迫観念染みたそれが、彼を操っていた。

 

 ――――そんな彼を嘲笑うように、大気が震える。

 雷雲だ。赤黒い雷雲が、空を覆い始めた。この塔を撫でるかのように、空が重々しく染まっていく。

 

『……なんだ!?』

 

 異質な空気。それを感じ取り、機竜の中のラムダは顔を上げる。

 

 そこには――塔の頂上には、何かがいた。何かが、地を這う機竜を見下ろしていた。

 雄大な翼に、長く伸びた尾。四肢と翼は分かれ、他に類を見ない姿勢で二足歩行をしている。上半身を持ち上げ、そこから伸びた長い首をもたげたその龍(ドラゴン)は、血に染まったかのような舌でべろんと口周りを舐める。

 

 その姿は、報告のものと瓜二つだった。寄せられたスケッチの姿、そのものだった。あの黒き龍と、非常に似通った姿だった。

 ――――ただ一つ、ある点を除いては。

 

『……白い……?』

 

 そう、白いのだ。全身の鱗が。その翼膜が。首周りから伸びた体毛も、溢れる霊気のようなものですら。何もかも、白い。報告とは全く違う――――。

 

『お前も……アイツの仲間か……ッ』

 

 違う。しかし、無関係ではない。あまりにも似通ったその姿は、ラムダの心を強く刺激した。

 仕留めることができれば、研究が進むだとか。

 竜機兵のパーツにできるだとか。

 彼は一切そんなことを考えない。ただ、不満の捌け口を。自らの不幸をぶつける対象として、その『白き龍』を選んだのだった。

 

 ゴグマゴグが、咆哮を上げる。壊れた機械のようなその音が、この樹海の中で反響した。

 一方の白き龍。その者もまた、甲高い叫び声を上げる。体表が、まるで血染めのように赤く染まった。

 

 






 ミラルーツさんおっすおっす。


 相変わらずの説明回。いやほんとすみません。盛り上がりに欠けてほんますみません。
 ローグさんとかリアさんの掘り上げ回です。あと病んだラムダさんパート。
 ハンター大全2の地図を見ると、フォンロンの地は別の陸地にあるんですよね。遠いんだなぁ。
 それではでは。閲覧有り難うございました。
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