話や議論を活発に行うこと。
轟音が響く。
それに伴って弾けた熱線は、樹海を激しく焼いた。
しかし、白き龍はそれに掠ることもなく、悠々とその身を翻す。
同時に、霊毛を湛えた厳かな顎を解放。再び熱線を放つゴグマゴグの、その対角線上に。龍は、稲妻を丸く押し留めたかのような光を放った。
熱の塊と、雷の塊。それらがぶつかり合い、強烈な爆風を生む。そのあまりの勢いに、樹海の木々は勢いよく吹き飛んでいく。
要は、相殺だ。機竜の渾身のブレスを、白き龍は神雷をもって相殺したのだった。どころかその反動を受け流しつつ、旋回。急激に加速し、曇天の渦へと消えた。
空を覆い隠すように広がった雲。その灰色が、鮮やかな緋色へと反転する。火花のような光が瞬いて、そうかと思えば刹那、地表を貫いた。落雷という範疇を凌駕したその光。もはや鉄槌の如きそれは、大地を捲り、機竜を叩き潰す。あまりの衝撃に野太い悲鳴が上がり、体表の油は一瞬で沸点を迎えた。
『ぐぁッ……!』
内部のラムダが吐き出した血反吐。
ミシミシと軋む機竜の体が、紅く染まっていく。
『こいつを殺すには、もっと……もっと……っ!』
樹海を無差別に襲うその鉄槌は、地表を覆うそのカーペットにドス黒い穴を空けていった。
そんな中で、さらに黒い色を撒き散らす影。まるで蒸気のように体から黒い湯気を浮かせ、機竜は重苦しい声を上げた。
――それはまるで、嘆きのような。慟哭のような。
鋭い音を立てて、翼が開く。ズタボロに破けた翼膜が、あの油で固まっていたはずの翼膜が開き、巨体を覆いかねないほどの闇が広がった。
蛹が羽化するかのような素振りで。
ぎこちなく、壊れた機械のように。
ゴグマゴグは、空へと羽ばたいた。
口元を焦がす熱線。それが白き龍を、この世界ごと焦がすかのように解き放たれる。
樹海に、紅蓮の花が咲いた。
◆ ◆ ◆
「……む、また地震か」
「地震……ですね。これは一体……。また、とは?」
執務室。
西シュレイド司令部の、兵団長の執務室。
そこで言葉を交わす影が、二つ。
「ここ最近、地震が頻初しているのだ。それも、そこそこ規模の大きいものがな」
「今のもまぁまぁ揺れたようですが。このシュレイドの地に地震なんて……珍しい」
憂うように話す兵団長のエンデと、その話を聞いてはやや辟易とした声を漏らす竜人、リア。
頻初する地震に、二人は忌々しそうに眉を顰めた。
「震源地はどこなんです?」
「正確な位置は分からない。何分、地殻の運動というのは観測が困難を極まる。シュレイドの技術をもってしてもな」
「そう……ですよね。失礼しました」
「ただ、おそらく東の方だとは思うが。地点ごとの揺れの大きさによる推測に過ぎんがね。精度が荒く、使い物になりやしないよ」
不甲斐無い。
そう言わんばかりに、エンデは目を伏せる。
「何だか、日に日に震度が大きくなっているような気がするな。何か良からぬことが起きないといいが」
「それは随分と貴方らしくない。そんな些細な自然現象、気に留めるまでもないですよ」
西シュレイドにとって今重要なのは、城の奪還と戦勝だ。地震は直接的な被害を残した訳でも、大きな影響がある訳でもない。
そんな言葉を孕んだリアの主張に、エンデはそれもそうだと納得しつつ、手元の書類へと意識を戻した。
「ゲイボルギアと東シュレイド。なかなかどうして、我々の手を煩わせる」
その資料とにらめっこしては、溜息と共にそう溢すエンデ。
それに、リアは嘲笑うように頬を引き攣らせた。
「ふん……やはり第二世代では、手が余るのでしょうかねぇ」
執務室を含むこの司令部を有するは、西シュレイドの集中都市だ。短い期間で対飛竜用の防壁を築き上げ、シュレイド城には及ばずとも高い守備力を誇る都だった。
地理的な条件もあってか、またはあの黒龍の影響か、このあたりに生息する飛竜はほとんど残っていない。そのためここは比較的安全で、西シュレイドの実質的な本拠地となっている。兵団長であるエンデがここにいることが、その証拠とも言えるだろう。
「ここ最近の戦況はどうですか?」
「ゴグマゴグの奮戦もあって、奴らの深奥までのルートが確立しつつあるよ。南東の密林、北東の雪山に関しては奴らの勢力圏でな、次の攻略対象はここになる。まぁ、今のところ優勢だ」
「密林に雪山……東側のゲリラ戦法が厄介そうですね」
「うむ……こちらの兵も、あれには苦戦しているなぁ。もっと竜機兵を増やすことができればいいんだが」
「……その様子だと、そろそろ巨大龍の素材も尽きてきましたか?」
「……残念ながら、な」
第二世代の竜機兵は、膨大な巨大龍の素材をメインパーツとして再製造された。
しかしいくら巨大といっても、その数には限りがある。今やその在庫も底が見え始め、第二世代の製造速度は非常に緩慢になりつつあった。
「これまでは有利にことが進んだが、これからはどうだろうな。竜操術も、未だに全貌が見えない技術だ。これからどう変わるかも予想ができない」
「おや、以前まで謎と称していたのに、今は全貌が見えない、ですか。ということは、少しは分かったのですかね?」
「……大陸中央部を南下すれば、活火山があるだろう。他にも、樹海の奥に潜む滝つぼや、凍土の氷の中にな。ある特殊な鉱石があることは認められた。どうも、奴らが竜に着せた鎧と、同じ素材のようだ」
「ほう……素材元が分かったのですね」
「分かったと言っても、それをどう使っているかは皆目見当がつかんよ。まぁ、我々には分かったところで関係ないがね」
とはいえ敵の情報を得ることは、戦争では欠かせない。そう卑屈気味に言いながら、エンデは眼鏡を整える。
それを見ながら、リアは間違いないですねと小さく返した。
「間違いない。間違いないですが、仰る通り関係がないですよ。もはや時間の問題です。エスカドラができるまでの、時間の問題です」
「……ローグ君は、どうかね? エスカドラは、進んでいるかね?」
「報告書の通りですが、進んでますよ」
「報告書だけではなく、君が見たままのことを聞きたい。君が見て、そして感じたことを」
エンデの眼鏡が、妖しく光る。書面だけでは伝わらないことを、私に伝えろと。血走った眼が、リアを鋭く射抜いていた。
リアは、ふぅっと小さく息を吐く。久々に本土へと帰ってみれば、すぐにこれか。なんて、若干の呆れを込めた溜息だった。
しかし、アルファ計画は確かに国の命運を左右する最後の手段である。エンデがそれだけ強く思うのも、致し方ないことかもしれないと、彼は自分に言い聞かせた。
「……そう、ですね。計画はとても順調です。費用面、素材面とこれまで以上に手厚い待遇だ、とどの研究員も嬉しそうですよ。ベータ計画という土台もあって、着々と機体は出来上がっています」
「……ほう」
古龍の角には、説明の出来ない力が秘められている。
神経回路を中に内包しているのか、それとも結晶のような作りなのか。理由は不明だが、古龍の力をコントロールする、重要な部位となっている。
そんな角を、数多な古龍から集め、一つにまとめあげる。まるで、天を統べるかのように勇ましい角を。様々な属性を配合した、この世に二つとない角を。
全身逆巻きの鱗と甲殻で覆うその姿は、生物としてあまりにも異質に見える。
巨大龍を始めたとした大量の素材を投じたことで、ベータ計画の機体より二回りほど巨大化したその機体。黒く染まった太陽の如く、力強くも優美な姿だった。
エスカドラの大部分は、完成間近だ。八割方出来上がっているといっても、過言ではないのかもしれない。
「……ただ、ここ最近ローグの動向が不審ですね」
「……何?」
「夜な夜な、一人で整備を続けています。それに、一体どこで眠っているのか不明というか。夜の、多くが寝静まる時間に彼は人知れず姿を消しています」
「それは遅くまで作業しているというのではない、ということか? 明らかに怪しい動きなのかね?」
「明らか、とまでは言い切れませんが、少々不審ですね。何故わざわざ深夜に一人で作業をするのか」
「仕事が終わり切らなかった、という可能性はありそうだがな。真面目な彼のことだから」
「いえ、足りない分を補うというよりは……何か手を加えているようにも見えます。まぁ、彼なりのカスタマイズなどをしているのかもしれませんが」
「……ふむ」
リアの報告を受けて、エンデは深々とその言葉を反芻する。
長年信頼してきたローグだ。彼の仕事熱心な様子を長い間見てきたエンデは、そう思い直す。もちろん、彼もこのシュレイドの方針はよく理解しているはずだ。竜人への認識については少々課題が見られたものの、あの黒き龍を討ち果たしたいという気持ちは痛いくらい伝わってきたのだから。
そんな、エンデの思うローグの姿。それとは少しずつ逸れていく、リアの話すローグの姿。
「彼は一体どこで休んでいるのか、僕には分かりません。まぁ、あの研究所はとても広いですし、僕自身まだ全容を把握できてないんですけどね」
「そればかりは致し方ないな。あの全容は、私も把握し切れていない。それは仕方ないだろう」
「うーん。あとは、最近サングラスをつけ始めたことかな。彼曰く、意識を改めた、だそうですが」
「……確かに、少し不審だな。引き続き監視を頼むよ。彼の様子を、今後もよく見ておいてほしい」
エンデは、少し複雑そうな面持ちだった。一方のリアは、任されましたよと受け応えつつも、興味なさげに小さく笑う。
「まぁ、彼が仕事のできる人物であることは間違いありませんから。現に、エスカドラも直に完成します。そしたら、僕に任せてください。ゲイボルギアも、東の奴らも、あの黒龍も。全て薙ぎ払って差し上げます」
全く。全くためらいなく、彼はそう言った。
ゲイボルギアの竜操騎兵も。東シュレイドの同胞たちも。城を落としたあの黒龍も。彼にとってはただの通過点に過ぎない。そう言わんばかりの面持ちだった。
相変わらずだ、とエンデは心の中で軽く溜息を吐く。
相変わらずだった。リアの態度は、あまりにも相変わらずだった。仕事のパートナーの変化にも大した興味も抱かず、同胞の惨状にも情を示さない。
ゲリラ作戦へと傾向した竜人族の多くは、捕虜として捉えられた。ゴグマゴグが進軍した、あの樹海の南に浮かぶ小さな島。そこに、多数の竜人が収容されている。
かつての廃棄場に代わる、新たな廃棄場。反逆者を追放した、新廃棄場だ。
そんな同胞の有様にも、彼はまるで興味がない。異質なようで、相変わらずだと。エンデは少し呆れながらもリアを見た。
「……君は、どう考える?」
「はい?」
「あの黒龍は、一体何か。君はあれをどう考える?」
唐突な問いだった。エンデから漏れ出た、唐突な問い。それを前に、リアは少しばかり目を丸く開く。
「……質問の意図がよく分かりません。申し訳ありませんが、兵団長の考えを先に聞かせていただければと思います」
「……ふむ」
困ったように、というよりかは、むしろ試すかのように。一体何が聞きたいのかという好奇心が表に出ないように抑え込みながら、リアはそう切り返した。
それにエンデは軽く考える素振りを見せたものの――――。
一つ、また一つと言葉を並べ始める。
「私は、あれは恒常性そのものだと思うよ」
「……はい?」
「この世界には、恒常性、もしくは整合性とも言うべきか。均衡を保とうとする力がある。捕食者があまりに多過ぎては、被食者は消えてしまう。そうならないように、捕食者は少なく、被食者は圧倒的に多い。というようにね」
抑えきれない言葉を前に、次第に早口になる彼の口調。豊満な二重顎が、忙しなく震えた。
「あの黒龍は、まさにそれかもしれない。彼がそれを意識していなくても、増えすぎた人間を減らすためにシュレイドの中枢へと舞い下りたのかもしれない」
「…………」
「生態系というのは、時に多くの命を削っても均衡を図るものだよ。疫病や、飢饉のように。あの黒龍は、人間によって崩れ始めた均衡を保つために、たまたまこの時期に、シュレイドで活動し始めたのかもしれないな」
一通り話し終えては、エンデは眼鏡を拭き直す。少し興奮気味な様子で、その額には汗が浮かんでいた。その熱気に煽られて、レンズはうっすら白く濁ったようだった。
一方でその話を黙って聞いていたリアはといえば。少しばかり、その表情を曇らせる。反発的な態度を露わにして、その形の良い眉を歪ませた。
「……お言葉ですが、僕はそうは思いません」
「ほう……。というと?」
「まるでこの世界に意思でもあるかのような口振りですね。ですが、星は星。人は人。別のものですよ」
「……ふむ。意思、か」
「均衡を保つ力……そんな恒常性があるのなら、そもそも人間なんて生まれなかったと、僕は思います。今も木の上で木の実でも食べてる、下らない生き物のままだったと思います」
リアは強く、はっきりとそう言った。真摯に目を向けるエンデに向けて、そう言った。
「今の環境は、人類の思うままです。如何なる生物も、我々の思うままです。我々が生態系から脱しているのは、火を見るよりも明らかでしょう。で、あれば。そのような恒常性など存在しない……仮にあったとしても、その作用は非常に弱い」
すっと息を吸ってから。「この世界の事象は、全て積み重ねである」と。彼はそう主張した。
環境も。
生物も。
文化も。
知性も。
時間も。
災害も。
全て、積み重ねとなっている。積み重なる度に崩れて、そこからさらに積み直して。そうして、この世界は出来上がった。
「――――だから、我々は竜機兵へと至った」
「……!」
「我々は、積み直しを重ねた到達点だと思うのですよ。積み重ねは言わば、進化の過程そのものです。そして竜機兵は、人間の頭脳を龍の力に宿した新人類。つまり人類は自らの手で進化を掴んだのだと」
「……到達点、か。確かに、今我々は最高の一個体の生命を造り出そうとしている。そうか。進化をも掴んだ、か。その捉え方はとても興味深いな」
「……まぁ、一竜人としての考えです。特に深い意味も、真理だという証拠もありませんけどね」
そう、リアは笑った。口角を伸ばして、薄く笑った。
エンデもまた、思いがけない意見を聞けたからか。興味深そうに、小さな引き笑いを繰り返した。顎が二重の曲線を描き出す。
「あの黒龍は、恒常性そのものかもしれませんし、ただの生物の一つかもしれません。自分の寝床を得るために、先に住んでいたものを薙ぎ払う。竜や獣、虫にだってよく見られる光景です」
「確かにな。やっていることは変わらない。あの龍も、ただそれだけの存在かもしれん」
「えぇ。しかし、そんなことは関係ない。我々の邪魔をするから、とにかく殺す。それで良いですよね?」
「あぁ。それでいい。それでいいのだ、結局我々は。都合の悪いものは全て消す。それで良いのだよ」
妙に清々しい顔だった。
二人とも、目的や思いを共有できたからだろうか。とても清々しい顔でそう笑った。
「近い内に、エスカドラは完成するのだったな?」
「はい。もうすぐですよ、きっと」
「そうか。いや、そうか。うむ、素晴らしいことだ。……君の出陣には、私も赴くとしよう」
「ほう、ということは……」
「そうだな、結晶の地に私も行く。是非とも、この国の最高の機体が飛び立つ姿をこの目で見たい」
「……分かりました。お待ちしていますよ」
清々しい笑顔は、少しずつ影を差していって。人間特有の悪意を孕んだそれへと、いつの間にか色を変える。
――――エスカドラ完成まで、残り僅か。
◆ ◆ ◆
煙が、樹海の木々を撫でた。
見るも黒々しい煙だ。まるで石炭を燃やしたかのように。砲身ごと弾け飛んだ、不良品の砲台のように。恐ろしいまで黒い煙が、この樹海の闇に呑まれていく。
そんな煙を吐き出しているのは、これまた黒い巨体だった。
継ぎ接ぎの翼は、見るも無残に破り捨てられ。黒い塞鱗は赤く焼け焦げて。爪は剥がれ落ち、城殻は樹海の中へ零れ落ちる。
不気味な機械音が響いた。もはや動かぬ巨体が、それでもなお何とか動こうと。壊れた機械のように耳障りな音が、風に溶けていく。
『……そ……んな……』
機械の鱗に包まれた、人口の肉。その内部で、肉の中に体を埋める影。人のような姿をしたそれは、息も絶え絶えな様子で虚空を見つめていた。
『これでも……勝てない……なん、て……』
人のような姿をしていながら、人ではない。もはや原型は留めていない。腕も、足も、首でさえ。人口の肉に溶けるかのように、その境界線をなくしていた。この機竜――ゴグマゴグとのシンクロ率を、限界以上まで上げた状態だった。
それでも、この巨体はもはや動かぬ鉄クズと化している。力なく項垂れる彼は、どうしようもなく目を閉じた。
『……ちく、しょう……』
そんな鉄クズの前に舞い降りる、憤怒に燃えた白き龍。
白い鱗に白い体毛。塔を包むが如く広がった翼膜も、長く伸びたその尻尾も。何もかも白い。頭部には四本の角が美しく伸び、まるで王冠のように月の光を浴びている。
しかしそんな優美な姿も、血染めのような色を帯びていた。そこにはもはや神秘的な色も残っておらず、ただただおぞましさだけが這い出ていた。べろりと舌なめずりするその姿は、見る者を戦慄させる。
『……せめて、せめてあの槍があれば――――』
いつかの巨大龍を仕留めた、あの爆裂槍。機竜の背中から伸びたあの鋭い切っ先を求め、彼は形を失った手を伸ばす。
しかし、それが何かを掴むことはなかった。
次回で物語が大きく動き始めます。
なんか論争みたいになっちゃった。ミラボレアスってなんぞやみたいな話。こういう解釈を聞くの、めちゃくちゃ好きなんですよね。好きすぎてつい書いちゃいました。
ガイア理論ってとても面白い考え方だと思います。恒常性というあえて生物の用語を使ったのもそれです。ホメオスタシスって、なんかの技名みたいで好き。厨二全盛期だった頃の私は、時間操作能力にクロノスタシスってつけたけど、それに似てる。あーかっこいい!!
失礼しました。次回から説明回をやっと脱出します。波乱万丈にいきます!
それではではん。