受けた恩を忘れ、義理に背くこと。
この世界は、なんて理不尽なんだろうって。僕は幼いながらに感じた。
第一世代の竜人として、僕は試験管から生み出された。物心がついた時には、ずっと光の入ってこない部屋にいたんだ。後から知ったけど、そこは竜人を造るための研究所で、実験室だった。
試験管にフラスコ。材料となる竜と、人間の遺伝子。僕は母親の顔と父親の顔を知らない。母体となった人間はいたそうだけど、研究者が言うには名前もない奴隷だったそうだ。
来る日も実験。来る日も実験。初の検体の一人となった僕は、体中をくまなく調べられた。本当に、死ぬんじゃないかって。そう感じるくらい酷い実験ばかりだった。何人か、動かなくなった兄弟もいた。
「お前は一際丈夫だね。知性の方も問題ない。成功体だな」
一体どれだけの月日が流れたかは知らないけど、突然僕はそう告げられて。そこからは、唐突に実験から解放されたんだ。充分データが取れた、とか。もう実験は不要だ、とか。
後から分かったことだけど、それは竜人の身体能力が如何なものかを調べるテストだったらしい。そして、僕ら第一世代の多くを犠牲にしたその結果をベースに、続々と新たな竜人が造られるようになった。僕らとは違って、生殖機能も持たされながら。
でも、そこからは変わった。名誉ある存在ということで、僕は王家に引き取られたんだ。貴重な竜人の祖となったことで、丁重に扱われるようになった。勉学、武術、兵法、経済――僕はその才能を、如何なく発揮するようになる。
「僕は、こんなにも色々できます。名誉竜人とか、そういうのはいい。僕にも、国を担う仕事をさせてほしいです!」
そう王に頼み込むほど、僕は自分の能力に自信を持っていた。今国を動かしている人間たちより、もっと上手くできると確信していた。
――――けれど。
「この国は、人間が動かすんだよ。君は名誉ある竜人として、苦労することなく生きることが許されているんだ。だから、そんな仕事をしなくてもいいんだよ」
深い皺と白い髭に満たされた王は、まだ子どもの姿をしていた僕に、そう告げる。優しい口調ながらも、それははっきり僕の思いを拒絶していた。竜人には、国の役職を与えないという事実を叩き付けられた。
子どもの頃に感じていた理不尽が、僕の中で再び湧き上がる。
何故、何故僕は駄目なのか?
竜人だから、駄目なのか?
じゃあ、何故僕は竜人なんだ?
人間が造ったのに。より高い能力を持った人種を造ろうと、人間が自らの手で生み出したのに。
僕には、人間が頭の悪い生き物に見えた。見た目は似ていても、知性も思考も、僕より遥かに劣っているように見えたんだ。
けれど、より優れているはずの僕が、彼らの上に立つことは許されない。何故なら、僕は竜人だから。
それから何十年か経って、竜機兵というものが生み出された。ただの安上がりな労働力として譲渡されていた竜人の、新たな使い道だ。
竜人の兵器運用。これもまた、僕は対象から除外されてしまう。名誉竜人は、そのデータを残すための枠。僕のような才気のあるものしか認められず、逆に兵器として国を担うことを認められない。そのために、僕は竜機兵の候補にもなれなかった。
国の抱える最新の兵器。国の命運を握るそれに選ばれたのは、名も知らぬただの竜人だ。能力を見れば、僕が真っ先に選ばれるはずなのに。
――そのためだろうか。黒龍が城を落とした時、僕はむしろ好機だと感じたんだ。
国が窮地に陥って、もう名誉竜人だとかデータの保存だとか、そんなこと言ってられなくなったのだから。僕が出ることも、僕の才能を世間に知らしめることだって、可能になるかもしれないのだから。
そうだ。
僕はこんなところでくすぶっているような男じゃない。
生殖をして子孫を繋ぐような、僕に続いた世代の竜人とも違う。
僕は僕。唯一無二の存在なんだ。
僕という存在は、竜機兵として――龍に知性を宿す者として、これからずっとこの国にあるべきものなんだ。
だから、誰か。誰か、僕の存在を認めてくれ。認めて、くれよ。
◆ ◆ ◆
「……まだ意識あるんだ。なんかブツブツ言ってやがる」
ずるずると引きずっているそいつは、悪夢に
言葉にならないその声は、何を言っているのか全く分からない。
「俺への恨み言、かもなぁ……」
研究所の、奥の奥。格納庫へと続くその廊下を、俺はリアを引きずりながら歩き続けていた。
歩けば歩くほど、リアは呻き声を上げ、廊下に赤い筋を刻んでいく。胸に滅龍剣が刺さっているというのに、彼は未だに息をしていた。無論、虫の息のようだが。それでも、竜人の頑丈さには恐れ入る。
「折角だからよ。一緒に乗ろうぜ、エスカドラ。せめて、せめてな……」
ずるずると。俺の声と引き摺る音が、混ざり合って反響した。
「実はこれも、お前の言ういらない手を加えたの一つなんだよ。滅龍剣の龍属性エネルギーを、エスカドラのキーにする。この剣がなきゃ、エスカドラは飛び立てないのさ」
別に、彼に聞こえているとは思っていない。それは独り言だった。罪悪感を逸らすための、独り言。
俺とてこれが正しいとは思わない。叛逆、どころじゃないだろう。西シュレイドからすれば、最後の一手を横取りされるようなものなのだから。
つまりは、エスカドラの奪取。
そしてその改造。
最後の竜機兵を、その製造者自身が奪うことで、この竜機兵の技術を失わせる。
――最後に、憎き黒龍をこの手で殺してやる。
だから、こんなとこで迷ってられない。
やると決めたのだから。俺はやるだけやるんだって。ミューを苦しめたものを全て消し去って、それから彼女に会いにいくんだって。
「……ローグ君」
「…………エンデ、さん……」
廊下を抜けた先。格納庫へと出た俺を、驚いたようなエンデの声が迎え入れた。
視界の先に。金網で組まれたこの足場に立つ、エンデの姿。
「……どうして、ここに。てっきりもう就寝されたものかと……」
「なに、飛び立つ前に、その雄姿を見ておこうと思ってな。……ところで、それは」
「…………」
「ふむ……そうなったか」
俺の姿を見られたなら、このリアの姿だって彼の目には映るだろう。もう、言い訳のしようもない状態だった。
だったら、今ここで彼を止めるしかない。ここで彼が俺を止めようと兵を呼んだら、全てが水の泡になる。
だから。
「――――ッ……」
右手に、熱いものが伝わってきた。どろりと、剣を伝ってそれが降り掛かる。
一瞬で距離を詰めたために、手を離すのも忘れていたリアは、金網に擦られ悲鳴を上げていた。一方で、俺が刺した目の前の彼はというと。
「ぐっ……くはっ、ははは……君の、様子が……変だとは、彼から報告を、受けて、いたよ……しかし、こうなるとはな……ふふ、面白いものだ」
「……何が、おかしいんですか」
「ふふ、おかしいさ……。君が、ここまでする、なんて……少しは、予想はしていたがな……けれど、ふふ、ふははは……」
笑っている。目の前のこの男は、エンデは。刺されたというのに、その刺した張本人に向けて笑っている。
「気付いて、ないのか、ね……」
「何、が……」
「君……泣いて、いるじゃないか……」
ぽたぽたと、何かが零れ落ちる。それはエンデの腹から溢れ出るものよりは幾分か小振りで、随分と透き通ったものだった。それが、俺の瞳から落ちていく。
「……え」
「ふふ、慣れないことを、するもんじゃない、さ……」
泣いている。
誰が。
俺だ。
泣いている。
なんで。
なんで――――。
「……すみません。俺、本当は貴方を刺したくなんてなかった。ほんとは、貴方に知られずにやりたかった」
「ふっ……君は甘い。本当に、甘い。そんなんじゃ、ダメだろう。もっと、芯を強く持たねば、ダメだろう……?」
ミューを見捨てた人なのに。竜人に冷たく当たっていた人なのに。あんなに、考えが合わなくなったのに。
それでも、俺はこの人に信頼を寄せてしまっていたみたいだ。どうしても、嫌いにはなり切れなかった。手が、震えてしまう。剣を持つ手が、諤々と震える。
「……君に、無理させているのは、分かっていた……。これは、それが返ってきたようだな……」
「そんな……そんな、つもりじゃ……」
「ぐふっ、いや、良い……。苦労を、かけたな……」
その微笑みは、今までみた彼の笑顔の中でも特に優しくて。俺の瞳からは、どうしようもなく涙が溢れ返ってきた。
父親の友人として、昔から親交のあったエンデ。
俺の上京を支えてくれて、仕事を与えてくれた。
シュレイドでミューと出会った時には、彼女を匿う手助けをしてくれた。
俺を竜機兵計画に抜擢して、ずっと後押ししてくれていた。
俺には、父親の記憶なんてほとんど残っていない。だからこそ、もしかしたら彼は、俺にとっての父親の代わりとも言える存在だったのかもしれない。
「君は、どうする……つもり、かね? リアも、こうなった以上……」
「……エスカドラは、俺が動かします。そう改造しました」
「……それは、機竜の方を、か……? それとも、君自身をも、か……?」
「……両方、です」
「だから、その目……なの、だな」
俺の目元を、彼の手が撫でる。納得がいったかのように、彼は笑った。
リアの言う、俺が夜な夜な施したこと。
それは単純だ。俺が搭乗できるようにエスカドラをカスタマイズすること。ただそれだけだった。
言葉で言うのは簡単だが、実際はそう単純なものではない。竜機兵は、元々が竜人の能力に合わして造られているのだから。故に俺は、その設定を少しずつ、矛盾が出ないように変更した。他の研究者に気付かれないように、丁寧にカバーをしながら。
しかし、人間の能力では対応し切れないために、俺自身も変わらなければならなかった。だから俺は、自らに龍の血を混ぜたのだ。この瞳は、その副作用だった。
視力も上がり、身体能力も上がる。体の節々の痛みは、龍の血による活性化へと変貌していた。俺がリアに勝てた理由も、これだ。
とはいえ、元々がひ弱な人間である。この活性化も一時的なものだろう。近い内に、必ずガタがくる。だから、その前に俺はやるべきことを果たさなければならない。
「……俺は、行きます。この機竜を奪って、竜機兵の技術をなかったことにします。……それと、せめて。せめて、宿敵を……あの黒龍を討ち果たします」
「……それが、君の答え、か。ふふ……それも、いい」
決意を固めてそう言うと、エンデは静かにそう笑った。彼の腹から剣を引き抜いても、彼はその笑顔を崩さなかった。血飛沫を上げて、金網へと倒れ込んでも、口角をずっと上げ続けている。
やっぱり、分からない。俺はこの人が何を考えているのか、やっぱり分からない。
「……一つ、聞いてもいいですか」
「ほう……なん、だね……?」
「何故貴方は、シュレイドをこうしたのですか?」
何故、シュレイド王国をこのような形に導いたのか。
何故、ゲイボルギアとの関係をこうも悪化させたのか。
何故、竜機兵というものに手を出したのか。
何故、黒龍に襲われなくてはいけなくなったのか――――。
「何を。そんなの、生きるため……だろう」
「……生きる、ため?」
返ってきたのは、とてもシンプルな一言だった。
「生きるためには、誰かの命を……貰わ、なくてはならない……もしくは、奪ったりな」
「…………」
「国という、巨大な生き物を生かすためには……それ相応の餌が、求められるのだよ。私は至って、自然に従順だった、さ……」
絶え絶えな息で、彼はそう語る。悔いはないとでも言いたげな、清々しい表情だった。
「そろそろ、この国の命も果てようとしている……のかもしれないな。だが、それは同時に、新たな国を生む瞬間になる。そうやって、国は国を繋いできた……生き物の如く」
「…………」
「それとも……どう、だろうな。この国は、既に死んでいたの……かもしれん。ぐっ……城が落とされた、あの時に……。さしずめ我々は、亡霊……か」
「亡霊……」
「闘争のみが……残った亡霊さ。もう、もういいだろう……。さぁ、行くとよい、ローグ君。最後の竜機兵が、飛び立つ瞬間を……私に見せて、おくれ……」
待ち切れない。そう言わんばかりに、彼は口角をさらに歪ませる。
あぁ、そうだった。彼もまた、竜機兵に囚われた人の一人だったんだ。竜機兵という存在に心を奪われたんだった。
せめて。せめてそれが、手向けとなるだろうか。
「……有り難うございました」
仰向けで、苦しそうに胸を膨らませる彼。その体を、布団を掛けるかのように白衣で覆い、俺は小さくお辞儀をする。
そうして、踵を返す。格納庫で眠るエスカドラに向けて、一歩ずつ歩み寄った。
滅龍剣が光る。右手のそれが緋色の光を灯し始め、それに伴いエスカドラの逆鱗の隙間が妖しく光り始めた。その光が太い線へと伸びていくと、いよいよその胸の甲殻が唸り始める。
ガシャンと、口を開けるその胸。露わになる、エスカドラの内部。
試運転どころか、神経の接続すら今回が初めてだ。まともに動く保証なんてどこにもない。それでも、やらなければ。俺は、やらなければならない。
「行ってきます、エンデさん」
そう言って、その内部の肉に滅龍剣を刺した。迸る赤い光。龍属性エネルギーが、神経を駆け巡る。
唸る細胞。
響く龍鱗。
巨体が震えだし、眠るように閉じていた瞳は、ゆっくりと開いていく。
内部からは、肉の腕が伸びてきた。それが俺の体に穴を空ける。皮を剥ぎ、肉を裂いて。血管と神経を無理矢理接続させる。想像を絶するような痛みだった。
「ぐっ……!」
ミューは、いつもこんな感覚だったのだろうか。俺の指示で仕方なく、彼女はずっとこうしていたのだろうか。
――すまなかった。本当に、苦労ばかりかけちまった。
今度は、俺の番だ。全ては俺の不始末だ。だから、俺が蹴りを付けなければ。
機械音が格納庫の中で響き渡る。エスカドラが動き出すにつれて、それを繋いでいたワイヤーが音を立てて千切れていく。しかし、どうも出力が不完全だった。
「……あぁ、片割れを取り入れるのを忘れてた」
金網の上で転がるリアと、その胸に刺さっている滅龍剣。エスカドラのキーのもう片方を取り入れなければ。
「……悪いな、リア。俺のことは、恨んでくれていいから」
右手を伸ばした。大きく開いた掌を、リアに向けて伸ばす。同時に、俺の真上から唸るような声が響く。
それを、そのまま振り下ろした。振った右手の掌を、渾身の力で握り締める。
同時に、唸り声が弾けた。俺の真上の、唸り声を漏らしていたもの――エスカドラの頭部。それが、リアに向けてその牙を振るった。滅龍剣を、彼の全身ごと、一口で取り入れたのだった。
機竜の喉を、大きなものが通る。滅龍剣はそのまま体内に流れ落ち、機竜の内部に吸収される。
溢れ出した龍属性エネルギー。細胞の隙間が妖しく光り、龍鱗はさざ波のように脈動した。頭部の角は大気を震わし、翼は風を飲む。
出力万全。
状態良好。
エスカドラ、出撃準備完了だ。
「さぁ……やる、か」
◆ ◆ ◆
その夜、結晶の地の火山は突如噴火した。
あまりにも突然で、あまりのも予兆がなかった。
それはまるで、何かの力に呼応して突然暴発したようだったと。おそらく、その姿を見た者はそう感じただろう。
唐突にして恐ろしく規模の大きなその噴火は、結晶の地の火山地帯を一夜にして数倍の範囲へと増大させた。流れ出るマグマが、切り立った山の麓まで溢れ出したのだった。
――シュレイド王国がかつて用意した研究所をも呑み込む、大規模な溶岩の津波。
人間を一人も逃がすことなく、研究所は一瞬にして溶岩の底へと沈んでいった。
その日の夜空は、清々しいまでに澄んでいたという。空一面に広がる藍色と、大地を覆う緋色。それらに満たされた世界の中で、甲高く吠える影が一つ。
龍の姿をしたその影は、慟哭のような咆哮を、この反転する世界に轟かせていた。
エスカドラが、絶望を差したような声で鳴いていた。
後の世で、その爪は「龍を守り、人の世界を破壊するための武器」と噂されるだろう。
後の世で、その角は「人の世を終わらせ、龍の時代をもたらす武器」と噂されるだろう。
後の世で、その翼は「終末の時に人としての生を捨て、龍として生きなければならない標」と噂されるだろう。
後の世で、誰かが彼をこう呼んだ。
黒い太陽。またの名を、「
藍緋反転えすかどらー。
はーい、もうクライマックスです。もうラスボス戦です。
反逆するローグさんは悪なんでしょうかね。国を守ろうとしたエンデさんは、正義だったんでしょうかね。なんて考え始めると、5話目くらいの内容を思い出す今日この頃です。
アルバ及びその武器の説明欄はなんかこう、竜大戦のこと示唆してる感じがして好きでございます。最後のものはその引用です。上から順に、ハンマー、スラッシュアックス、大剣から持ってきました。
それではではではではん。