藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 死に挑んでも、冷静でいること。




臨終正念(りんじゅうしょうねん)

 その日は、エスカドラが出撃する日。

 結晶の地の研究所では、西シュレイドの兵団長が直々に開催するセレモニーが行われることになっていた。

 西シュレイドにとっては、反撃の切り札そのものである。ゲイボルギアと東シュレイドの連合軍に攻め入られ、苦境に立たされていた彼らを救う、唯一の手立て。西シュレイドの国民が、心待ちにしていた日だった。

 そんな西シュレイドを、早朝から猛烈な寒波が襲った。

 

「あぁ、今日は何だか凄く冷えるわねぇ……」

「不思議よねぇ、まだ温暖期なんだけどねぇ。それに地震! そっちは大丈夫だった?」

「今日も揺れたわねぇ。嫌になっちゃうわ」

「日に日に、揺れが強くなってる気がするの……。あーやだやだ」

 

 早朝から、子連れの母親は井戸端会議を始める。

 いつもと変わらない日常。そう信じてやまない西シュレイドの住民たちは、いつも通りの生活を営もうとしていた。

 

「今日、なんでしたっけ。セレモニー?」

「そうそう、この国の命運を握るものらしいわね」

「それのおかげで、もう他国に怯えなくてもよくなるかしら?」

「あの城を落とした龍も、討伐できるように造られたらしいわ」

「有り難いわねぇ。あんなけだもの、早く死んでしまえばいいのに」

「野蛮な竜人も、まとめて消してほしいわねぇ」

 

 早口でまくしたてる母親たちは、何気ない世間話に花を咲かし。かと思えば、ふと頭上から降ってくるものに気が付いた。

 

「……あら? 雪?」

「やだわ、なんでこの時期に雪なんて……気味が悪いわ」

 

 西シュレイドを覆う雲。そこから降り注がれる細やかな雪。温暖期だというのに、粗い雪が大量に街に積もり始める。

 

「嫌ねぇ、何だか不気味だわ」

「観測隊の人たちは何してるのよ! ちょっと文句言ってやろうかしら」

「水分補給とか言って、サボってるんじゃないかしら。全く、ちゃんと働いてよねぇ」

 

 口々に文句を言って、皺に深みを増した母親たち。その頭上を迸る、閃光。

 

「ちょっ、何よ!?」

「嘘、雷!?」

「あらやだ、ほんと……!」

 

 雪を吐き出すその雲は、随分とどす黒く染まっていた。それがところどころから光を漏らし、重々しい音を打ち鳴らす。重厚な太鼓の音色の如きそれは、家屋のガラスを激しく震わせた。

 

「雪に雷って、なんなのよ!」

「ちょっとこれどうなってるのよ! 観測隊は何してるの!?」

「ねぇ、なんかやばくない……? 家に帰った方がいいかしら……?」

 

 そう不安げに眉を曲げる母親の裾を引っ張る、幼い子ども。

 突然我が子に呼ばれ、母はしゃがんでは幼気な声を待つ――。

 

「……お母さん、あれなぁに?」

 

 その小さな指の先には、街へと舞い下りる黒い影があった。

 

 大小様々な角を、無理矢理結合させた歪な頭部。

 空を覆うかのように大きく、見るも邪悪な翼。

 処刑台のように重々しい、鋭く光る爪の山。

 妖しく揺れる、大蛇のような尻尾。

 あまりにも不自然な、逆鱗で満たされたその姿。

 

 龍だ。どう見ても、龍である。機竜のはずが、救国の存在であるはずの竜機兵は、まさに龍そのものだった。名前の通り、龍に等しきもの(イコール・ドラゴン・ウェポン)であった。

 

 その龍が、吠える。陽炎のように揺れるその龍が、吠える。

 それが点火させたかのように、突如街が燃え上がった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 竜機兵を動かすことは、思ったより難しかった。

 何せ、自分の体にはない器官がいくつもあるからだ。翼に尾、そして前脚の使い方。どうにもこうにも、これが上手くいかない。体勢も四つん這いで、さらには首も長いのだ。本当に、自分の体のようにはいかなかった。神経を繋いでいても、この様だ。何とか飛び立てたのが、自分でも驚いたくらいなのだから。

 

『ぐっ……でも、これ以上は……』

 

 俺の声が、肉の中で反響する。血肉が弾け、体勢が歪んだ。

 シュレイド城まで届くことは叶わず、仕方なく大地へと地を付ける。間の悪いことに、それは西シュレイドの都市だった。

 

 仕方ない。ここからは歩いていこう。あの黒龍に挑むためにも、体力は温存しておかなければ。

 

 そう考えて、一歩一歩踏み締める。レンガで舗装された道を、太い爪で掻き(なら)していく。

 歩けば歩くほど、足跡が出来る。その足跡は、焦げるような臭いと共に白い煙を噴き上げていた。

 どころか、空は暗雲が立ち込めて、白い雪が降り注ぐ。だというのに、雷鳴が轟き、鋭い閃光が街を走り抜けた。

 極めつけは、自然発火だ。木造の家屋が、俺が近付くと燃え上がる。火の手が徐々に、この街に広がっていった。

 

『……これは……』

 

 まさか、俺の周囲で異常現象が起きている?

 あまりの熱量に自然発火が起こり、雪が降り注いで、雷が起こるだと?

 

 そんな馬鹿な。まさに、天変地異じゃないか。

 龍は確かに、まさに自然現象の具現だ。暴風雨だったり、陽炎だったり。雷だったり、吹雪だったり。その性質は個々によって異なるが、どれも自然現象を押し留めたような特性を有していた。

 それらを混ぜ合わせたことによって生まれたエスカドラは、その特性も同時に引き継いでいるのだろうか。どころかそれを押し留めることもできず、こうして溢れ出させているのだろうか。

 

『……ははは、まさか、ここまでになるとはなぁ……』

 

 完全に、自然法則から逸脱している。こんな、まさかこんなことになるなんて。自分の体から溢れ出るエネルギーを、コントロールすることすらできないなんて。

 

 ――やはり。やはり、こんな技術は無くしてしまった方がいい。

 

『……早く行こう。城はこの先だ』

 

 吹雪に霞むようにして、しかしその存在を懸命に主張するかのように。白く染まる空の向こうには、灰色の影が顔を出した。その輪郭は、かつて黒龍に呑み込まれたあの城を想起させる。いや、むしろその城そのものだ。形こそ大きく変形していても、たくさんの思い出が詰まった地がそこにある。

 いよいよだ。とうとう、ここまできた。まさか自分自身が竜機兵に乗り込むことになるとは思わなかったが――かつてミューと一緒に受けた強化訓練が、こんなところで生きてくるとは。

 

『むしろ、このためにやってたとでも言うべきか?』

 

 そんな自嘲を込めた笑いを置いてから、深呼吸。肉とチューブに満たされた空間で、大きく息を吸う。

 咆哮。吸い込んだ息を勢いよく吐き出すと、それに呼応するかのようにエスカドラは吠えた。キンと、金属が張り裂けるような音が響く。西シュレイドの街を、強烈な音波が荒く撫でた。

 

 周囲から、ガラスの割れる音がする。倒壊の音色が響き渡る。

 咆哮と同時に暴風が発生して、燃え盛る火炎を先に先にと吹き飛ばして。巻き上げられた火の粉は炎の雨となって街に降り掛かって。

 

「……なっ、これは一体……!?」

 

 ふと、聞き覚えのある声が響いた。司令部のテラスに慌てて滑り込んだ、威厳ある髭を肥やした男。確か、ラムダと共にフィリア防衛線に出撃した幹部だったような気がする。

 

「エスカドラ……!? エスカドラかッ!?」

「何故だ、何故このような……まさか、暴走か!?」

「リア……いや、アルファ!! 何をしている!! 一体、何を――――」

 

 次々と幹部が顔を出し、口々に動揺を漏らしていた。

 過去形だ。一瞬で、彼らの口は塞がってしまったのだから。

 俺が何かしたとか、そういう話ではない。むしろ、何もしなかった。何もしなくても、彼らは一瞬のうちに全身を凍てつかせてしまったのだ。司令部が、瞬く間に氷像と化す。

 

『……嘘だろ』

 

 天を統べるが如きこの角が、静かに震えている。全身の逆鱗が、妖しく輝いている。

 自分が何かしようとした訳でもない。全く考えてすらいなかった。けれど、エスカドラの力は、自分の意思とは無関係に溢れ出している。ただいるだけで、天変地異を引き起こしてしまう。

 ――――これが、シュレイドが最後に造り上げたものか。

 

『散々投資して、全力で作り上げたペットに手を噛まれるってか……皮肉が効いてるなぁ』

 

 内部の俺の声は外に届かない。仮に届いたとしても、関係がなかった。音を立てて崩れ落ちる司令部を前に、俺の声なんて些細なものだ。氷の塊となったそれが、炎の波に包まれる。

 何もかもが、燃えていく。西シュレイドの人間も、街並みも、数々の資料すら。街を覆うように広がっていく業火に呑まれ、燃えていく。もう、人の声は聞こえなくなっていた。

 

『……大量殺人者か、俺も』

 

 こんなつもりじゃなかった。なんて言っても、もう許されない。

 分かっていたじゃないか。俺がエスカドラを、こんな運用をすればどうなるかなんて。竜機兵という技術を無くすには、こうするしかないなんて、分かり切ったことじゃないか。

 

 国も、民も、恩人でさえ。全てを裏切って牙を剥くその様は、まさに畜生だろうか。鬼人と、罵られるだろうか。

 それでも、俺はいくよ。黒龍をこの手で殺して、ミューに会いに行くよ。

 

『ミューを犠牲にしなきゃ成り立たない世界なんて、意味がない。……そんな世界にいる意味も、ない――――』

 

 突然の事態に、量産型の竜機兵が出動する。この暴風雪を裂いて、列を為しながら俺の前へと現れる。

 そりゃそうか。こんな異常事態、対応せざるをえないだろう。

 名目は、なんだろうか。謎の龍の討伐か、それとも暴走した機竜の対処か。

 

『この感じ……』

 

 ゾロゾロと、顔を出す機竜たち。あの鋼で覆われた表皮を外気に晒しながら。燃やされて、凍らされながら。俺の動向を警戒するように、ジリジリ距離を詰めてくる。

 そんな彼らより、何倍も異質な風。それが俺の肌を撫でた。機竜の鱗を、厭らしく撫でた。

 

 土が焼ける。

 (くろがね)が溶けていく。

 水が煮立つ。

 風が起きる。

 木が薙いでいく。

 炎が生まれる――――。

 

 唐突に、空気が弾けた。

 凍て付いた街の一角が、激しく火を吹き上げる。まるで噴火のように、凄まじい規模の火柱が立ち昇った。

 

『……来たか』

 

 その炎は、蔓延る量産型たちを呑み込んだ。俺を注視していた彼らを、背後から丸呑みにするその火柱。巨大龍の甲殻も、特注の装甲だって容赦なく融解させていく。

 鳴り響く、機械のような悲鳴。劫火に溶ける、からくりの故障音。

 曇天の雲を切り裂いて、黒い影が現れた。その巨大な翼で雲を掻き回しては、瓦礫の山の上に舞い降りる。

 

 あまりにも太い爪に、びっしりと全身を覆う悍ましい鱗。

 蝙蝠の如き黒い翼は、暴風の中でもまるで関係ないと言わんばかりに風を鳴らす。

 長すぎる尾には細かな角が連なって、燃え盛る建物を次々と薙ぎ倒した。

 

 べろりと、あの忌々しい舌なめずりをする奴――憎き黒龍。

 そんな奴は、左目におびただしい傷が刻み込まれていた。どころかその上から伸びる角には折れた痕があり、それを隠すかのように妙に長い角が伸びている。それはまるで、損傷した部位に現れる仮骨のように――――。

 

『……ミュー……』

 

 調査団の報告では分からなかった、間近で見る黒龍の姿。それは一言で言えば、手負いのようなもの。

 あのまま退却した俺たちには分からなかったが、ミューは確かに一矢報いたのだった。完全結合しても何も為せなかったなんて、そんな訳がなかった。彼女は確かに、奴に癒えない傷を刻んでいたのだ。

 

『……ごめんな、ミュー。あとは、俺がやるから』

 

 一瞬のうちで数十体の量産型を蹴散らした奴は、畏怖を込めたような目で俺を見た。

 前会った時にような、ただ餌を見るような目ではない。縄張りを争うために、俺を敵と認識してここに現れたのだと。その目が、そう訴えかけてくる。

 そりゃそうか。こんな、街を覆う規模で嵐と吹雪と火災と雷雲を呼んでいるんだ。字面だけ見たら、冗談なんじゃないかって。どこかの面白可笑しい物語なんじゃないかって思わせられる。

 けれど、エスカドラにはそんな馬鹿みたいなことができてしまった。それは確かな脅威だと。龍であろうと、俺は確かな敵であるのだと。この黒龍は、そう証明しているようだった。

 

『……会いたかったぜ、お前に。お前を殺したくて仕方がなかった』

 

 一歩、足を踏み出して。

 

『お前はなんだ。なんで、こんなことした』

 

 翼をはためかせ、吹雪を荒く掻き乱す。

 

『縄張りが欲しかったのか? (ねぐら)が欲しかったのか? そのために、俺らの城を落としたのか?』

 

 低い唸り声を上げる黒龍の前に、俺は少しずつ歩み寄った。奴もまた、後退することなく俺を睨み続ける。

 

『お前にとっては、俺らは虫みたいなもんなんだろ。自分が快適に生きるために、害虫は殺して殺虫剤を散布する。そういうことなんだろ』

 

 相手の出方を窺っているようだ。まるで円を描くように、俺と奴は睨み合いながらも少しずつ一歩を刻む。

 

『それで、俺たちは無意味に死んだ。民も、竜人も、竜機兵も。……ミューも。みんな、無意味に死んじまった』

 

 藍がかった銀の逆鱗に、光を全て呑み込むような黒が差した。

 

『それが悪いとは言わないさ。お前はお前のためにそうしたんだから』

 

 黒龍が、鎌首を擡げる。その妙に青い色をした口内に、橙色の光を灯し始め――。

 

『――だから、お前も無意味に死ね』

 

 全身から解き放たれる、血のように赤い光。紅蓮の炎よりも濃い、くすんだ緋色が顔を出す。

 氷塊を全て溶かすように、凄まじい熱線がこの街を焼いた。

 

 牙と牙が、擦れ合う。

 






 某漫画の復讐論好き。何の漫画か知らないけど。 


 ミラボレアスという言葉の意味は、「運命の戦争」の他に「避けられぬ死」という意味があるそうですね。その「死」を踏まえ、今回のサブタイトルはこの四字熟語にしました。ローグさん、(ミラボレアス)に挑むの巻。
 ラスボス戦じゃー! 閲覧有り難うございましたじゃー!
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