藍緋反転ストラトスフィア   作:しばりんぐ

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 将来にわたって、いつまでも。




エピローグ
未来永劫(みらいえいごう)


 二匹の龍の争いは、各地に大きな爪痕を残した。

 

 シュレイド王国の中枢、シュレイド城。そこへ突如舞い降りた黒き龍は、シュレイド王国を東西で分裂させるほどの被害をもたらして。

 一方の片割れ――西シュレイドは、その城を奪還するためにあらゆる素材を投じた最高の竜機兵を造り出して。

 

 その二匹の龍は爪を競い合った結果、癒えない傷を世界に残していった。

 東西のシュレイドを焦土に変え、ゲイボルギアの土地を燃やし、凍て付かせる。それに加え、大陸中央部の火山地帯――後にラティオと呼ばれるその山は、まるで龍の叫びに呼応するかのようにその身を弾けさせた。それだけに収まらず、大陸の西端には小さな星が零れ落ち、大地を赤い稲妻が覆ったのだった。

 

 森は焼け、山は崩れ、河は枯れ、海は爆ぜる。

 多くの国が、国としての機能を失った。

 

 

 

 天地を繋いだあの赤い光。それが人類の目に焼き付いている。

 降り注ぐ雷光は、まるで鉤爪のようだった。大地を裂いて、地盤をめくり、空と大地を入れ替える。世界中を覆ったその雷撃に、電力を利用したからくりは全て鼓動を失ってしまった。光を失った人々は、夜闇の中に放り出されることになったのだ。

 

 こうして、人の手で始まった戦争は、最後には世界をも巻き込んだ。文明を失う結果となった。

 

 

 

 巻き込まれたのは、当然人類だけではない。人も竜も、滅亡に瀕するほどその数を減らしてしまった。

 そうなれば当然、食糧不足という名の死神が付きまとう。竜からすれば、か弱い人間は格好の餌だ。国という後ろ盾を失った人類に、その牙から逃れる手段はあまりにも少ない。絶滅の危機は、まさに眼前だった。

 

 その状況を見兼ねた竜人たちは、彼らに向けて手を差し伸べる。かつて自分たちを虐げていた人間たちに、圧倒的弱者の人間たちに、救いの手を差し伸べた。

 西シュレイドが崩壊した今、彼らを弾圧するものはない。いや、弾圧する者はみな死んだと言っていい。弾圧する余裕のある者もまた、存在しないご時世だった。

 

 竜人族は、人造の種族だ。

 人間をベースに竜の遺伝子を組み入れて、人間より丈夫で長寿で、なおかつ知性を併せ持つ。そんな、使い勝手の良い労働力を造ろうと。

 新たな兵器の核として、国の覇権争いに利用しようと。

 そんな考えの下生み出されたのだった。

 

 しかし、その大元となった国は既に崩壊してしまっている。

 今や、彼らを遮るものは何一つとない。

 竜人は、その身体能力や知恵をもって、この世界に適応していた。長年の経験や、あまりある適応能力で、みな逞しく生き延びていた。

 しかし、人間がそのまま滅びゆくのは忍びない。だから彼らは、手を差し伸べた。

 もちろん、誰もがという訳ではない。人を許すことが出来ず、それをよしとしない者もいた。

 

 ――わざわざ人に(くみ)しようとは、物好きな奴らだ。

 

 そう言い残し、多くの竜人は南東の島へと消える。新廃棄場が解放された今、それは雅な島だった。宙に浮いたような不安定な山が風を鳴らす、摩訶不思議な島だった。

 それは、後に『シキ国』と呼ばれるようになる。

 

 

 

 一方の、大陸に残った人々は。

 その知恵を人に授け、その力をもって人を守っている。

 元々少数だった竜人は、一定の人数をまとめ上げては各地に点在するようになる。

 ――――竜人を長とした、小さなコミュニティ。この一連の流れは、後にココット、ポッケなどと呼ばれる各地の村へと繋がっていく。

 

 過去の文明のものは、一切残らなかった。都市は燃え、施設や崩れ、全て自然の奔流に呑み込まれていく。しかし、竜人はそれでよいと考えていた。

 自然と一体化すること。それが彼らの理念である。過去の遺物というパンドラの箱には不用意に触れず、ただ自然のなりゆきに任せる。彼らは、風化を望んだ。

 

 いつしか、過去に大きな大戦があったことも、忘れられていた。

 ただ、「竜が徒党を組んで人類と戦った」という言葉のみが、その言葉通りの意味として細々と言い伝えられただけとなった。

 

 

 

 

 

 かつて巨大龍が通ったとされる谷。踏み均された巨大な道が続くそれは、メタペタットと呼ばれるようになる。

 かつて天体が落ちたとされる大陸西端には、大きな湖があった。それはメルチッタと呼ばれ、後に新たな集落となる。

 忘れ去られても、あの戦火の爪痕は各地に点在していた。

 あの星の降った夜のことは、今では伝説上の出来事だ。おとぎ話にもなれなかった、荒唐無稽な言葉の羅列だ。

 しかし、かつてこの大地で実際に起こったことである。今や、それを知る人物も一握りであるが。

 

 あの天地が逆さまになった夜。全てを失った人々は、明け方の空に、天へと昇る緋色の光を見た。

 白銀の龍が、人を抱いたその姿。まるで人と竜が融和したかのような姿を、竜人たちは見た。赤い翼を棚引かせる、天使のようだと。誰かがそう言った。

 明け方の空を斬ったその星が飛び立ったのは、大陸のどこかにある火山地帯の深奥だ。

 ただそこには、穏やかさがあった。

 ただそこには、認め合う心があった。

 ただそこには、包み込むような愛情があった。

 人々はその地を、不可侵の地とする。元より人が入れない過酷な地だったことも、その一因だった。だがそれ以上に、人と龍が寄り添ったその地を、人々は神聖なものと考えたのだ。

 融和の証。終戦を告げる融和の証として、その地は『親域(しんいき)』と名付けられた。

 親しみの園。人と龍の、寄り添いし地。

 

 

 

 

 

 ――――遠く、遠く離れたあの地では。別の大陸として海に瞬く、あの結晶の世界では。

 眩しい光を放つ炉の中で、小さな小さな命が、静かに揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ローグ。ここなら、どう?」

 

 夜明けの直前。太陽が顔を出す寸前の、美しい空。

 そんな色の下、俺を乗せたバルクが降り立ったのは、雲海を見下ろせるほどに切り立った山だった。不自然なほど高い、奇妙な形をした山だった。

 そこで俺を下ろし、フィーニャはバルクの胸から顔を出す。どうかな、と可愛らしく首を傾げた。

 

「……随分、凄いところに来たな」

 

 もはや高すぎて、シュレイドのあった大陸と陸続きなのか、はたまた別の大地なのか、それすら見当がつかなかった。

 一際大きなこの山は、さながら塔のように鋭く、そして不安定だ。それらを覆う亀裂には、緋色の光がうっすらと走り、少しずつ朝を迎えようとする空を淡く彩っていた。

 

 高い。

 あまりにも高い。

 資料でしか確認していないが、フォンロンの地で確認されたという塔――それよりも、さらに高いような気がする。あまりに高すぎて、夜明けの光と月の模様が同時に見えた。

 

「ここ……結構居心地いいの。私、この子と一緒になってからは、ずっとここにいたの」

「えっ……こんな辺鄙(へんぴ)なとこにいたのお前?」

「高いところ、好き……」

 

 バルクからその身を出して、後頭部の接続器をぷつんと断って。

 フィーニャは、そんなことを呟きながら俺に飛び付いてきた。

 

「ここね、下の方は遺跡になってるんだ。誰かが住んでいたような跡が、ある」

「えっ……それは、今もか?」

「ううん……あんまりしっかりは覚えてないんだけど、人はいないよ。ただ、何かの建物があるだけ」

「……そうか」

 

 人がいるならば、より生活がしやすいと思う。

 その一方で、もう誰にも会わずに、彼女と二人きりで静かに暮らしたいと思う自分がいる。

 ――たぶん、俺に残された時間は、もうあまり多くはないから、だろう。

 

「紋章みたいなマークもあって、山の下にはもっと大きな町があって。でも、誰もいなかった」

「ちょっと待て。紋章だって? それって……シュレイドのか?」

「私、その形しっかり覚えてないから……ごめんね、どこのかはよく分かんなかった。でも、ここにはもう誰もいないよ」

 

 確信をもって、彼女はそう告げた。

 龍の感覚だろうか。俺には思いもよらない感じ方で、彼女はそれを捉えているのだろう。

 フィーニャがそこまで言うのだったら、俺もこれ以上食い下がる理由はない。

 だから彼女の手をとって、ただ静かに微笑んだ。

 

「……フィーニャがそう言うなら」

「信じて……くれる?」

「もちろん」

 

 お互いに頷き合って、会話を区切る。

 そのまま踵を返し、彼女と手を繋ぎながら、切り立った崖の方へと歩み寄った。武骨な表皮の岩肌を、丁寧に踏みつける。

 割れ目から見える赤い光は、明らかに謎の現象なのだが――どこか、覚えのある感覚だった。

 そうだ。結晶の地に満ち溢れていた、あの(まばゆ)いエネルギー。それに近いんだ。

 

 自分の供給源と似た雰囲気をもった光。おそらく、彼女がここを選んだ理由はそれだろう。本能的に、ここが居心地がいいと察したのだろう。

 では何故、ここにそのような力があるのだろうか。

 この遺跡が群れを成したような山嶺に、なぜ龍のエネルギーが満ち溢れている?

 

「ローグ」

「ん……わり、考え事してた」

「……むー」

 

 ついつい考え込んでしまう癖に、ミューは不満そうに頬を膨らませる。

 そんな可愛らしい膨らみを軽くつつくと、彼女はくすぐったそうに頬を綻ばせた。

 

 ――そう、だな。

 もう、俺には関係のないことだ。

 この場所が一体なんであろうと。もしかしたら、かつてシュレイドが手を伸ばしていた場所なのかもしれないけれど。それとも、全く別の者による遺物なのかもしれないけれど。

 今の俺には、もうどうでもいいことだ。

 俺はもう、竜機兵の整備士じゃない。最後の竜機兵の適合者でもない。

 フィーニャと一緒に生きる、ただの人間だ。

 

「……あ」

「……朝、か」

 

 頭頂部を少しだけ見せているような。そんな形だった太陽が、少しずつ、その顔を出し始めた。

 眩しい光が放たれて、その日差しに思わず目を覆うけれど。

 それでもとても温かい、柔らかな光だった。幾重にも連なる光輪が、世界の目覚めを教えてくれる。

 

「……綺麗だな」

「……うん」

 

 こんな世界でも、フィーニャと一緒に生きれるんだったら。もう少し生きてみてもいいかなって、あの反転する景色を見ながら思った。

 いや、生きてみてもいいかな、じゃないんだ。

 俺は、彼女と一緒に生きたいんだ。

 

「……なぁ、フィーニャ」

「ん……」

「返事、しそびれたけど……俺も、フィーニャのことが好きだよ」

「……!」

 

 はっと息を呑んだフィーニャは、その碧い瞳をまんまると広げて。

 それを少しずつ細めては、大粒の涙を溜め始めた。潤った瞳が、嬉しそうに満たされる。

 ひしっとくっついてくる小さな体を抱き寄せて、眩しい朝日に俺も目を細めて。

 

 この世界は、そしてその色は。

 こんなにも美しいんだって、心の底から思ったんだ。

 






 藍スト、完ッ!


 これにて正式に完結です。ちょこっとだけ二人の続きを追加しました。もう一度読みに来てくれた方への、ちょっとしたサービス(?)です。
 約半年と、長いようで短い期間でしたが、お付き合いしてくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいです。かなり趣味と性癖と独自設定&解釈を注ぎ込んだ作品でしたが、それでもこうして読んでいただけたというのが、本当に嬉しいです。
 ぜひとも、感想や評価などでお声をいただきたいです。この作品は、少しでもエモいと思っていただけたでしょうか。作者的に、反応がとても気になるところです。

 完結記念ということで、かにかまさんからいただいたイラストを貼り貼りします。

【挿絵表示】

 優しく微笑むミューが素敵。二人がこれからゆっくりと暮らしていけるような、そんな感じがします。

 全30話、お付き合いくださって、本当に有り難うございました。

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