自分の志を一貫して守り、容易に変えないこと。
「――ローグさん。この前の国境の事件で、多くの竜人兵を救助したそうですね」
「あん? ……おう、ラムダか」
シュレイドの城の、食堂横。王族やら、衛士やら、議会の連中が利用するこの大規模な食堂での一服を終え、その横のバルコニーへ出ていた俺とミュー。食べ過ぎて眠くなったとかいう彼女を膝に寝かせ、俺はベンチで夜空を眺めていた、そんな時だった。
先日飯を奢ると約束した青年――ラムダ。彼が、妙に嬉しそうな顔をしては、俺の横に立っていた。
「何だ変な顔して」
「いや、ローグさんはほんと、ローグさんだなぁって」
「はぁ……?」
何言ってるんだこいつは、なんて思いを乗せて彼の方に目をやれば。ラムダは、妙ににこにこと笑っては俺の横に腰かけてくる。
「今日は煙草吸わないんですね」
「ミューもいるしな。寝てるけど、吸ったら多分怒る」
「ほんと、ミューちゃんには甘いですよねぇ……飴舐めます?」
「おう、サンキュー」
気さくな様子で、彼は俺に飴を差し出した。それを受け取りつつ、俺はもう一度空を眺める。
珍しく棒付きのその飴は、俺の口の先からその棒を突き出そうとしていた。口の中でころころと飴を転がせば、その棒はくるくると曲線を描き始める。
「……で、ローグさん、竜人の兵たちを助けたんでしたっけ?」
「どうして話を振ってきた奴がそう確認してくるのか、俺には全く分かんないけど。まぁ、そうだな」
「竜人なんて放っておけばよいものを、なんて叱られませんでした?」
「あー。まぁ、小言は言われたなぁ。あんな言わなくてもいいのになぁ」
――いくらでも変わりがいるのだ。捨てておけばよかっただろうに。
――穀潰しどもを回収する方が、より不利益ではないか?
――適性がある者ならいざ知れず、ただの名もなき兵ならばなぁ。
――奴らは道具だ。道具は、消耗品だ。あとは分かるな?
「……思い出したら苛々してきたぞ。あれが国のために働いてる奴らへの言葉かよ」
「しょうがないですよ。だって僕らは、竜人族なんですから」
困ったように、宥めるように。そこに、悲しい気持ちを必死に隠した、寂しげな笑顔。同じく竜人族の彼は、それで俺の気持ちを抑えようとする。
そもそも竜人族とは何か。
何故、竜人族はこうもシュレイド国民に蔑ろにされるのか。
少しだけ人間より耳が長く、指の本数が一本少なく、足は竜の面影をよく残している。寿命が長く体は頑丈で、また知性に関しても申し分ない。それが、竜人族という種族の特徴だった。
しかし、何故彼らは人間からこのような扱いを受けるのか。それは、彼らのルーツによるところが大きい。
俺の膝で眠りこけるこいつも、この目の前の青年もまた竜人族だ。同時に、辛い思いをたくさんしてきた竜人族でもある。竜機兵に選ばれるだけの存在であっても、そこは変わらない。
なんて思い返していると、ラムダは小さく息を吐いた。人が安心した時に胸を撫で下ろす時の、淡い息を。そうして、その赤い瞳で俺のことをじっと見る。
「……どうした?」
「ローグさんって、ほんとに優しいですよね」
「何だよ急に。気持ち悪いな」
「あの兵士たちを助けるし、僕なんかにも気にかけてくれるし。ミューちゃんのことも、凄く大事にしてますよね」
「あー……そう、かな。そうなのかなぁ」
「……素朴な疑問なんですけど、お二人はどうしてそんなに仲がいいんですか? もしかして、そういう関係?」
「いや、別にそんなんじゃないけど」
「あ、そう……ですか。へー……」
「兄妹みたいな感じだよ。いや、親子かな」
「えぇ……。一体なんでそんな……」
「うーん……語ろうか? 二人の出会い的なやつ。まー長くなるけどな!」
面倒くさかったから、適当にそう返した。冗談めいたその口調で、ラムダがやっぱりいいですという姿をイメージしながら。
けれど返ってきたのは、何だかわくわくとした表情で。とても興味を掻き立てられているような、目を輝かせた表情で。
「それちょっと気になります。聞きたいです」
「……マジ? 断ると思ったのに」
予想外だった。予想外の返しだった。面倒くさかったことを、さらに面倒くさくしてしまうなんて。我ながらこれは悪手だったと感じてしまう。
けれど、自分から振ってしまった手前、それを無下にする訳にもいかない訳で。俺は渋々と、顎を擦った。
「まぁいいや。えーっと、これは七、八年は前の話かなぁ――――
――繁華街を歩いていた。
まだこのシュレイド城下町に越してきたばかりの俺は、目に映る物が全て新鮮で、輝いて見えていた。
「ローグ君、あんまりキョロキョロするな。君はこれからこの国の要となるのだから。この世界を変える幹となるのだから」
「あっ、はい。すみません、エンデさん」
俺を抜擢してくれたエンデ副長
ステンドグラスが美しい教会は鐘を鳴らし。
商店街には果物や野菜など、数々の品が立ち並び。
それらを照らす街灯は、淡い電気の光を映していて。
ジォ海よりさらに南下した、砂漠の国から出た俺にとって。文明の中枢といえるこの街は、未知のもので溢れていた。いずれこの世界を統治するであろうシュレイド王国。その光景が、うっすらと浮かんでくるような、そんな気さえする。
「……おぉ、凄い。エンデさん、あれはなんですか?」
「ん……あぁ、あれは回収班が仕留めた竜だよ。カノプスという、固い甲殻が特徴の飛竜だ。まぁ、甲殻が堅すぎるせいで機動性が失われていてな。俗に言う、間違った進化をしてしまったもの、とでも言おうか」
どこか冷めた目でそう話してくれる、彼の視線の先。そこには、水色の光沢が特徴的な竜の姿があった。
一般的な竜らしい姿形をしているが、幾分か小柄な飛竜だ。板状に広がった甲殻は非常に頑丈そうだが、あまりにも枚数が少ない。隙間も大きく、充分に体を守ることはできないだろう。その結果、こうしてシュレイドの人々に仕留められてしまったのか。
そんな竜を荷車に乗せてはせっせと運んでいる者が数人。一見人かと思いきや、耳や指など、明らかに人間とは違う特徴が垣間見える人たちだった。
「……あの人たちは」
「おや? 君は竜人を見るのは初めてだったかな?」
「……竜人……」
「そう。我々シュレイドの技術の先駆けとも言える存在だ」
「……仰る意味がよく分かりません」
どういう意図の発言か分からない。そんな意図で言葉を返すと、彼の口から放たれた言葉が飛んできた。全く予想していなかった、冷たい言葉が。
「――彼らは
人造の種族。彼は、何か特別な色を込める訳でもなく、普段通りの素振りでそう答えた。
彼の話はこうだ。
武器や生活用品、食材に建築物。あらゆるもので、竜は良き素材となる。
これからは、竜を如何に資源として活用するかが国の技術力を左右するようになる、と。そんなことが議論の中枢となったのが、既に数十年前。
そこから、竜をより効率よく集めるために、より能力の高い人種を作ろう。そんな考えの下、生み出されたのが竜人族という種族らしい。
元が人の手で作られただけあって、彼らは商品として扱われている。俗に言う、奴隷階級だ。目の前で繰り広げられる竜人族の競りを見て、俺はそう察した。
「大柄な竜人族の雄だ! 力仕事から竜の回収など、何でも使えるぞ! さぁ最初は五百センからいってみよう!」
「七百!」
「いや、千だ!」
「千五百セン!」
十数人の竜人族を並べては、彼らを名指しして数字を唱える人々。矢継ぎ早に数字を立て並べては回収し、竜人を譲渡する。そうして、次の竜人の競りへと移行していくその手際は、どこまでも作業的だった。
先程までの華やかさとは一転し、暗い影が姿を現した瞬間だったかもしれない。しかし、この国の人々はそれを特に気に掛けることはなかった。エンデの話を聞く限り、これが数十年単位で行われていたとなると、それもまた当然なのかもしれない。
「最後の品はまだまだ小さいが、銀の髪が綺麗な雌の竜人だ。お子さんの遊び相手にするのもよし、お兄さん方の遊び相手にするのもよし! さぁ、いくら出す!?」
「よしっ、二千だ!」
「いや、二千六百セン!」
「三千出すぞ、三千!」
残り一人となった竜人は、齢十二を越えたかどうか。それほどまでに幼い少女だった。
伸びた前髪で見えない瞳。それで競り合う人間たちを眺めては、毛先の痛んだ銀の髪を風に揺らしている。
「……あんな子どもまで」
「竜人は長く使えるように長寿に造られていてな。あぁ見えて、あれも君と同年代か、もしくはそれ以上だよ」
エンデは興味なさげにそう補足しつつ、踵を返す。俺はこの状況がどうしても胸に引っ掛かったが、彼にはついていかなければならないという葛藤に襲われた。だから、そのもやもやとした思いを何とか喉の奥に呑み込んで。
自らを優先し、彼の後を追う。背後からは、あの少女が譲渡される声が響いていた。
◆ ◆ ◆
エンデによるこの街の紹介が終わり、新居への帰路に俺は立つ。
緋色の光が目を照らし、その向こうからは藍色の空が滲み始めていた。もうすぐ、陽が沈む。
「……なんだか、なぁ」
頬を撫でる風は、妙に湿っていて。色が反転しつつある空が、妙に気持ち悪くて。
あの光景が頭から離れず、俺は少し気が抜けてしまったようだ。エンデの厚意にも応えることができず、結局祝いの品は先送りという形になってしまった。そうして解散した、夕暮れ時。
家に帰る気も湧かず、ぶらぶらと路地を歩く。色褪せた路地を抜け、人通りのない噴水広場へと足を踏み入れて。
そんな時だった。
背後から、どん、と。何かが俺にぶつかってきたのは。
「あん……?」
振り返った先に、小さな影。
銀色のその髪は、沈みゆく緋色の光を映し。空の藍色を、優美に吸い込んで。少しずつ反転していくその色が映る姿は、何とも美しかった。文句を言うのも忘れ、その色に吸い込まれそうになる。
「ごっ……ごめんなさい……」
ぶつかった少女はおずおずとそう言葉にし、慌てて走り出す。しかしその足取りは何とも不安定で、竜らしさが垣間見えるその裸足を交差するようにもつれさした。
「おっと……」
危うく倒れそうになるその小さな体を、俺は慌てて掬い上げる。腕に、軽い重みが乗った。
再び目の前に少女の姿が映り、そこで俺はその姿を思い出す。よくよく見れば、先程競りに出されていたはずの少女ではないだろうか。伸びた前髪から垣間見えるその顔に、俺は見覚えがあった。
ボロボロでシンプルなワンピース。
首に取り付けられた質素な枷。
まるで海のように光を映す、澄んだ青色の瞳。
いずれも、見覚えがある。見たことがある。先程の競りで、だろうか。
近付いた顔に、よく見えるようになった表情で。彼女は慌てて、足を持ち直そうとする。しかしそれが裏目に出て、へたりと腰が落ちてしまった。
「おい、大丈夫か。ていうかお前、なんで一人に……?」
「……たっ……ほ、ほっといてください……」
俺も腰を落としつつ、彼女の目線に自らの目線を交えさせる。しかし彼女はその目を逸らし、俺を拒絶するように顎を引いた。
そもそも、何故この子がここにいるのだろう。この子はさっき、競りに出されていたのではないだろうか。誰かに買われたのではなかったのか。そんな疑問が次々と浮かぶが、カタカタと体を震わせるその姿を見ていると、いちいち質問する気にもなれなかった。
そこへ、突然鳴り響く足音。金属特有の高く鳴り響く音に、俺は首を少し持ち上げる。丁度この少女がやってきた方向から、それが鳴っているような――。
そう感じた、その瞬間。腕の中の少女は表情をより一層青ざめさせた。怯えるかのような素振りで、肩を首に近付ける。四本の指が、俺の服を強く握っていた。
「……お前、もしかして……」
そう話しかけたものの、それは彼女には届いてないようで。
とにかく、このままじゃまずい。俺の頭の中では、そんな警報が鳴り響いた。何とかして、彼女を隠さなければ。
「こっちだ!」
「ひゃっ……」
あまりにも軽いその体を持ち上げて、広場の繁みへと身を隠す。その背後には丁度良い木箱があり、その影へと身を寄せた。
その直後になだれ込んでくる、鎧の集団。近衛兵らしい団体が、荒々しく広場を踏み荒らした。
「どこだ! いるか!?」
「いや、こっちにはいないです。道を間違えましたかね……」
「逃亡した竜人、別方向に逃げた模様。とにかく、道を戻りましょう」
「人に背く竜人だ。反乱因子にならないとも断言できん。とにかく走れ! 絶対に逃がすな!」
声を荒げる彼らはそう言い残し、再び雑踏の中へと消えていく。
物騒な物言いだったが、彼らは確かに彼女を追っていた。それも、『逃亡』とも――――。
「……もう、行ったよ」
「…………」
殺していた息を吐き出して、広場の方に目をやって。再び人の気配をなくしたその場を確認しつつ、小さく
不安げに俺を見る彼女に、出来る限りの優しい表情を意識しながら。そっと頷いては、彼女の小さな頭をそっと撫でる。
「……君、逃げちゃったんだな。そうだよな、怖かったよな。辛かったよな」
無言でされるがままの彼女に向けて、俺は言葉を並べ続けた。彼女がどう感じていたのか分からないけど、それでも俺が思ったことを。
そんな言葉を少しずつ並べるうちに、彼女からは小さな嗚咽が漏れ始める。小さな小さな、抑え込むような嗚咽が。
「竜人は、そういう立場なのかもしれないけど。でも、やっぱり割り切れないもんな……」
これは、彼女に向けてというより、自分に向けた言葉だろう。カルチャーショックもいいところで、どうすればよいのか分からない。もやもやとした思いが、胸の内に巣食うような、そんな気がした。
その一方で、小さな声を漏らしていた少女。彼女は、突然。本当に突然、俺に飛び付いてきた。飛び付いたかと思いきや、俺の服を強く握って声を張る。心の内から訴えかけるような、悲痛な声で。
「あっ、あのっ……私のことはほっといて……ください……。このまま、見逃して、ください……私、『廃棄場』には送られたくない……っ」
涙をぽろぽろと流してはそう言葉を連ねる少女。嗚咽のその向こうから、必死に引き絞るように。懸命に主張する彼女の言葉に、俺はすぐ返すことはできなかった。
「助けて……父さん、母さん……」
名前も知らぬ少女だけど、このまま放っておいてはいけないような気がする。
この胸のもやもやの原因となった少女が、今目の前で泣いていて。
何もかも気怠く感じたきっかけが、今必死に俺に懇願していて。
――ふと、エンデの顔が浮かんだ。
あの小太りの男の、どうしたものかと顎を二重にする顔が。
「……ダメだね。君にはちゃんと戻るべき場所に戻ってもらおう」
ちょっと悪戯っぽくそう言った。
きゅっと喉を鳴らす彼女に向けて、そう言った。
「取り敢えず、名前を押さえとかなきゃな。さぁ、君の名前を教えてくれ――――
――ってな感じでな」
「いやちょっと待ってくださいよ、これじゃローグさんただの悪い人でしょ」
「まぁ、悪いことはしたよな。エンデさんの贈り物を何とかミューにしてもらって、無理矢理彼女を引き取ったんだから。そりゃあ、ミューの買い手には悪いことしたよなぁ」
少しばかりの引き笑いも含ませつつ、そう言った。膝の上で小さな寝息を立てる彼女の頭を、そっと撫でながら。
銀色を彩る髪飾りが、しゃらんと綺麗な音を立てる。
「でも、やっぱり放っておけなかったよ。衝動的だったけど、ミューをこうして引き取ったことに後悔はしてない」
「……まぁ、ミューちゃんもローグさんと一緒の時が一番活き活きしてますしね。なんだかんだ、相性はいいんだと、外野の僕でも思いますよ。嫉妬しちゃうくらいに」
「そういうもん? そっかぁ」
そう言われると、少し嬉しいかもしれない。
少し口元を綻ばせて、もう一度彼女の頭を撫でる。少し鬱陶しそうな色を含んだ寝声が漏れてくるが、それもまた御愛嬌だ。
「しかし、話聞く限り本当衝動的ですよね。ローグさんって、もっと思慮深いと思ってたんですけど。買い物とか時間かかりそうだし」
「何だそれ。そんなことは……あるかもしれないけどさ」
「それともあれです? その時から、ミューちゃんの才能を感じ取ってた的な」
「あー……どうだろ」
あの競りに出されていた少女は、今やこの国の最大戦力へとなっていた。
竜機兵計画が発動され、国内の竜人に適性検査を行なった際。ダントツの適正値を叩き出したあの姿は、今でもよく覚えている。むしろ、俺がびっくりしたくらいだ。
「……何となく、懐かしい感じがしたからかなぁ」
「え? 何て?」
「いや、何でもない」
ふと思ったことを呟いてみたけれど、自分でもいまいち釈然としないものがあった。聞こえなかったらしいラムダを適当にあしらいつつ、俺はすっかり無くなってしまった飴玉の棒を口から抜く。
ミューを引き取ったことは、本当に急なことだ。俺にしては思い切ったことをしたと、我ながら自負している。けれど、今こうして彼女が彼女らしく生きている姿を見ていると、やっぱり引き取って良かったと思うんだ。後悔は、していない。
――――このことをエンデに話した際に、童女趣味だと疑われたことを除いては。
後悔は、していないのだ。
はいきました本作品の超独自設定要素くんその1
竜人族ってそもそもなんや?
そう思ったのが、全ての始まりでした。人から進化? 竜から進化? まずどうやって分化したのかも分からない。両者が繁殖するのも無理があるかなぁ。
なんて考えてるうちに思い付いたのが、「竜機兵も作れる技術力があるなら、人造の人間だっていけるんじゃね? あの世界倫理観とか死んでそうだし」でした。その結果人類に生み出された新たな人種にして安く上質な労働力、それが竜人族。さらにその特性を生かし、彼らを核にして竜機兵を設計した……ってなったら凄く綺麗に収まったなぁと個人的には感じました。竜の体に入ってその操作をするのも、竜の遺伝子が組み込まれているのならやりやすいんじゃないかなぁって、思います。
この作品はかなり独自設定の色が強いので、そこは謝ります。申し訳ありません。要素その1ってことで、まだまだあるんですけどね()
閲覧有り難うございました。
あと、一応の主役のローグさん。こんな感じです。
【挿絵表示】