藍緋反転ストラトスフィア   作:しばりんぐ

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 気持ちを引き締め、覚悟を決めて取り掛かること。




緊褌一番(きんこんいちばん)

 ここ最近、竜の動向に異変が確認されるようになった。

 

 我が国の領土は、そこまで広くない。ゲイボルギアと比べれば、その差は歴然だ。大陸の東――西竜洋から湿地帯を含み、ジォ海を挿む程度しかない。その南の砂漠地帯の国々とは友好条約を結んでいるものの、領土ではないのだ。

 一方、ゲイボルギアといえば。

 北の雪山から大陸中央部の火山地帯、南東の密林までという広大な領地を有している。その所々に小さな国を含むものの、依然としてあの国は非常に強大な存在だ。

 

 それなのに、我が領土の竜たちはここ最近奇妙な動きをしている。

 それはまるで、このシュレイドを畏れては逃げるかのように。領土から、少しずつ竜の姿が消えているのだ。

 ゲイボルギアが領内の竜に手を掛けている、からではない。彼らは先の一戦以降沈黙しているために、目立った武力衝突などは起きていないのである。両国の関係は、さながら水をかけられた焚火のように、しばし燻っていた。

 縄張り意識の強い大型の飛竜まで、少しずつその縄張りをずらしている。数週間前は飛び回っていた空域を、今では飛ぶ様子は見られない。まるで怯えているかのように、この国から離れていくのだ。

 

「――というのが、現在の我が国の深刻な問題だ」

 

 その一連の現象の説明をしたエンデ兵団副長は、そう締め括った。

 

「竜は、諸君らの知っての通り欠かせない資源である。そう、それは鍛冶の都市にとっての鉱山のように。海洋国家にとっての海産資源のように。我々は、竜を兵器に変える力を得た。故に、この事態を見逃す手はない」

 

 彼のかける眼鏡が、電灯の光を映しては妖しく光る。やや興奮気味に話す彼の顎は、いつも以上に揺れていた。

 

 竜機兵は、古龍や飛竜などを利用して造られている。先日結晶の地で回収することができた正体不明の古龍――『オーグ』と名付けられた――をベースにし、そこに数多の飛竜や古龍素材で肉付けしていく。さらに電子回路なり基盤なりを用いて神経組織を構成したもの。それが、竜機兵だ。

 本当に、オーグを回収することができたのは幸運という他ない。あの龍は、類稀な再生能力を有していた。ただの損傷ならば軽々と癒し、細胞を凄まじい速さで増殖、さらに結合させる力。それが奴の特性だった。

 その細胞を培養し、数多の部品と部品の間に植え付ける。それがバラバラの素材を繋ぎ合わせる決定打となったのである。それも、機竜の頭部に仮初の脳組織を構築させるほどの。

 

 今現在、活動可能な竜機兵は二体だ。

 一つは、我が家のミューが駆動させる銀鱗の機竜。オーグをベースに、クシャルダオラの銀鱗を用い、さらに空中制御能力に優れた飛竜の素材を投与した。

 そこに龍結晶のエネルギーを出力に変換させる機関を搭載したのが、あの機竜――――『バルク』である。

 本機竜のコンセプトは、スピードと遊撃性だ。それに応えるかのように、先日のミューは窮地に陥った国境戦に滑り込み、凄まじい性能を見せてくれた。

 

 もう一つは、オーグの骨格を参考にしつつ大量の素材を投与して造ったもの。

 骨格こそバルクと共通しているものの、こちらは殲滅力重視で建造したために大型化してしまった。あまりに大柄なために結晶の地で完成させることはできず、パーツごとにシュレイドに移送してはこちらで繋ぎ合わせたのである。

 先日には試運転を重ね、問題なく実用化ができた。適応者であるラムダとの相性も、上々である。

 

「――今我々は、『バルク』と『ゴグマゴグ』という二機の竜機兵を得た。この竜機兵技術は、今後シュレイド王国の主戦力となるだろう。この力をもって、我々はこの資源流出の問題を解決しなければならない!」

 

 そう、エンデが吠える。その力強い演出に、議会の連中は両掌を叩き合わせた。中には、席を立ち上がる者までいる。このシュレイド城の大ホールに、空気を含んだ破裂音が強く響いた。

 そんな彼の奥から、白い髪と髭の目立つ男が現れる。重厚なローブに身を包んだその人物は、頭に厳かな金の冠を乗せて。我が国の最高権力者――シュレイド王だった。

 

「以上の通りである。ここに、我らシュレイド王国は領土拡大を宣言する!」

 

 厳格なるその響きに、大ホールに集まった要人たちは拍手する手を収める。王の宣言に、緊張の雰囲気が漂い始め、ところどころから息を飲むような音が響いた。

 

「彼の国、ゲイボルギアの動向は皆知っての通りであろう。それも先日、彼らは竜に跨って現れた。彼らは『竜操術』と呼んでいたそうだが、深刻な不穏因子となりかねない動きである!」

 

 彼が話す度に、長く伸びた髭が揺れる。そう様子を眺めつつ、俺は彼の言葉に耳を傾けた。

 

「かの国の民は竜に魂を売り、人としての誇りを捨てた! 彼らは竜と徒党を組んだ畜生の輩共である。もはや、人に非ず! 討て! 竜共を討ち、新たな資源を創り出せ!」

 

 その声を引き金に、大量の歓声が上がる。溜まり切った鬱憤を晴らすかのような大声が、この城の中で反響した。

 内部のほとんどの者が、けたたましい歓声を上げている。多くの人物が主戦派であるとよく分かる、そんな光景だった。それを、俺は座りながらじっと眺めていた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「戦争になりますね……」

「そうだな」

 

 あの集会が終わって数刻。藍色の空に黄金の月を輝かせる、妙に明るい夜だった。

 ミューは相変わらず集会に顔を出さず、自宅で眠りこけていた。訓練も重なって疲れているのだろう。俺は彼女を起こすこともなく、趣味の釣り道具を持っては家を出た。

 そんなこんなで、城下町の掘りの横。大きくも小さくもない水路の横にアウトドアチェアを展開しては、釣糸を水面に垂らしている。

 そこへ声をかけてくる存在。またこいつか。

 

「ラムダ、最近よく俺のとこ来るなぁ」

「いやー、僕ってあんまり友人いないんですよ」

「……人間はともかく、竜人同士でもいないのか」

「竜機兵の適応者って、肩身が狭いもんです。あいつ調子に乗りやがって、みたいな」

「あー……」

 

 水に揺れるルアーを眺めながら、そんな声が漏れる。考えてみれば、ミューも俺の他の誰かと親しくしているところなど見たことがない。ラムダと話すことこそあれど、少なくとも彼女はあまり関わろうとはしていない。

 確かに、彼らは竜人族の中でも浮いた存在なのかもしれない。人間からは道具のように扱われ、同族からは嫉妬の目で見られてしまう。彼ら適応者は、自らのあるべき場の縮小に繋がってしまうのだろうか。

 ――いずれ、竜機兵の中にしか居場所を見出せなくなってしまうのではないか。なんて、一抹の不安がよぎった。

 

「そう考えると、ミューもお前も俺のとこの居心地がいいって解釈していいのかな」

「僕はどうか分かんないですけど、ミューちゃんは間違いなくそうだと思いますよ」

「いやそこは逆だろ普通。何で自分のこと分かってないんだよ」

 

 相変わらずどこか抜けた返答をする彼に呆れつつ、俺は小さく息を吐く。彼は彼で、愉快そうにたははと笑っていた。

 

「……話戻しますけど、戦争ですね」

「あー……みんな乗り気だったな」

「しょうがないですよ。資源が流出していってしまうのなら、それを何とかしないといけませんですから。そうしなきゃ、国家が成り立ちません」

「そうは言ってもなぁ……戦争かぁ。この前みたいな、軽い小競り合いじゃ済まないんだろうなぁ」

「多分、多く死にますよ。……竜人族が」

 

 先程までの笑顔を収め、どこか悲観的な色を表情に差す。

 シュレイド王国の回収班、実動部隊のほとんどは竜人によって構成されている。元々が、それらに活用するために造り出された存在なのだから、それは致し方ないことなのかもしれないが。

 

「……竜人のことも考えなきゃ……だけど」

「だけど?」

「あいつら、ゲイボルギアの……何だっけ、あれさ」

「竜操術でしたっけ」

「そうそう、それそれ」

 

 ミューが相対したあの飛竜。あれは、不思議なことに鎧を纏い、鞍を乗せ、手綱をつけていた。

 人に使役されていることが明らかなその特徴に、背に人を乗せ、さらにその指示に従っていたという報告。エンデの言っていた、馬小屋のような建物が確認されるようになったという事実に照らし合わせるならば、その小屋は竜のためのものなのは明らかだ。

 王は、彼らを人ではないとした。彼らは、竜と徒党を組んだ竜同然の存在。掃討の対象となるのだろう。実際、先の小競り合いも彼らが先に手を出したとの報告を受けている。それが、戦争の口実だろうか。

 

「……あ、何か釣れた」

「ローグさん、釣り好きですよね」

「まぁな。確かにこうしてよくやるし」

「ミューちゃんも呆れてましたよ。ローグさんの釣り好きには困ったって」

「マジで? 確かに昔、深入り過ぎて遭難したこともあったけどさぁ」

「えっ……」

「いやー、のめり込んだ挙げ句川に落ちて流されてなぁ。死ぬかと思ったわ」

「……でも、そんなことがあっても、やめられないんですね」

「そういうこと。夜釣りはいいぞ、ほんと」

 

 何て言っていると、竿の先いが小さく揺れる。ふと感じた重みに、リールを手早く巻いた。

 重みといっても、身体を引っ張られるほどのものでもない。針先についていたのは、中指程度の小振りな魚だった。

 

「うーん、あんまり腹の足しにはならなそうだな。キャッチアンドリリースだ」

「夜釣りっていっても、こんな街の掘りじゃいいの釣れないと思いますよ」

「別に今日は大物狙いじゃないしな。ぼんやり考えごとができたらそれでいいかなって」

「あー、そういう……」

 

 アウトドアチェアに座る俺の向かい。そこに設置されたベンチに腰掛けては、ラムダはぼんやりと空を見上げる。妙に明るい月が、自らを強く主張しているような空だった。鮮やか過ぎて、逆に気持ち悪くなってくるような、そんな気さえする。

 彼の整った横顔を見ていると、ふとこの前の実験風景が頭をよぎった。あの巨体が研究所の敷地を闊歩する、雄大な姿を。

 

「『ゴグマゴグ』は、どうだ? 良い感じか?」

「あ、はい。凄くいいです。自分が何だか、凄く大きくなれたような気がして」

「それは何より……だけど、足元にはちゃんと気をつけろよ」

「大丈夫ですって。ちょっと油臭いのがあれですけどね」

 

 最近完成した竜機兵の二機目。ゴグマゴグと名付けられたそれを、ラムダは先日試運転していた。

 バルクと比べれば、見上げるような巨体をもつ機竜だ。それでも彼は、見事にそれを操作していたらしい。接続も、上手い具合にいっていたのだと思う。

 

「いいよなぁ、竜機兵。あれをバリバリ操ってる姿見ると、羨ましくなるよ」

「そういうもんですか? 結構しんどいんですよ。接続したり、動かしたりすると」

「そりゃ、あれ着て戦場行かなきゃならんだろうから、大変なのは分かるけどよ。でも、すっげー格好良いと思うんだ、俺は」

 

 様々な命を繋ぎ合わせ、新たな存在を作り出す。なんて深いテーマだろう。さらに、それに適応できた者は自らを機竜の中に組み込んで、内側からそれを操作する。それに、俺はロマンを感じずにはいられなかった。

 

「結構憧れがあるんだよ。ミューに適性があるのが判明して、強化訓練受ける際にさ。俺も可能性感じて一緒に頑張ってみたりしてな」

「はぁっ、そんなことしてたんですか!?」

「まぁ、デスクワーカー気質だから全然ダメだったけど。元々が竜人を対象にして造られてるし、人間じゃ一筋縄ではいかないだろうなぁ」

 

 人間用にカスタマイズすることを研究してみた日々が懐かしい。

 竜人の身体能力は人間より幾分か高いため、出力を抑えて人間でも搭乗できるようにするか。はたまた、人間そのものを竜人族並の性能に作り替えるか。色々と研究してみたものだ。

 コストが馬鹿にならないから、実行には移せなかったが。そもそも上から許可が下りないだろうけど。

 

「ローグさんも、結構変なとこあるんですね」

「変ってなんだよ。男だったら憧れるだろ、あぁいうのに」

「はぁ……そう、かなぁ」

 

 同調とまではいかないが、一定の理解を示そうとしてくれるラムダ。若干頬が引き攣っているが、今は言及しないでおこう。

 再び釣竿へと視線を滑らせる。今はルアーは沈黙し、静寂が続いていた。今日の引きはいまいちだろうか。

 

「……ローグさんは、どう思います? この戦争に」

「どう……って?」

「僕は、この戦争が正しいのかどうか、分からなくて。どう向き合えばいいのかなぁって」

「……正しい戦争なんて、あるもんかねぇ」

 

 少し引きを感じて、パッとリールを巻くも空回り。引き上げてみれば、餌は消えてなくなっていた。してやられたか。

 

「ラムダは、正義とか悪とか、結構気にするタイプ?」

「え? え、えぇ、まぁ」

「そっかぁ。聞いといてなんだけど、俺はそういうの気にしないタイプなんだよね」

 

 彼の考えと、少し反りが合わないかもしれない。それを先に主張しつつ、言葉を繋げる。彼の問いに対する、返答となる言葉を。

 

「俺らが領土拡大を図って、ゲイボルギアと戦争するのは正義だ。でも、それは彼らにとっても正義かって言われたらそうでもない。どっちかっていうと悪だよな。その逆もそうだろ。正義も悪も、戦争には関係ない。強いて言えば、どっちも正義でどっちも悪だ」

「…………」

「何が正しいかなんて、分かんないよな」

 

 ラムダが、どう返せばいいかと言わんばかりに顔を伏せた。何か思うところがあるようだが、それは言葉にならないようだ。

 一拍置いて彼の様子を窺うが、返答は難しいようだったから。俺は、もう少し言葉を繋げた。

 

「正しいかどうかって、疑ってみたら答えなんて出ないんだぜ。俺はな、最初に色を疑ったんだ」

「……? 色、ですか?」

「そう、色。目に見えてる……例えば、この空とかな。あれは本当に藍色なのかなって小さい頃に疑った」

「藍色かって……藍色でしょう」

「俺たちはみんな、物の色をその固有のものとして認識してる。けどそれは、目で見て脳で処理した情報でしかなくてさ。つまりそれは実像じゃなくて虚像なんだよ。だから、本当に夜空は藍色なのかどうかは分かんないのさ」

「えっ……えっ?」

「俺たちにとっては藍色に見えるこの空も、本当は何色なのか。虚像ではなく実像を捉えることができたなら、本当は何の色なのか分かるかもしれない。そう考えると、頭が凄く熱くなったよ」

 

 何を言ってるんだこの人は。なんて言わんばかりに、彼は首を傾げた。何だか困惑しているような表情だった。

 

「色への疑いは、ちっさい頃に持ってた積み木とか粘土とか、いろんなものに向かってな。んで、大きくなって視覚も触覚も全部脳で処理されていることを知ると、今度は触る感覚すら疑わしくなった」

「……え、えぇっと? 触る感覚……?」

「例えば、釣竿に触れるとするじゃん。ひんやりしてて、細くて。でも頑丈で頼りになる。そんな感覚もまた、脳で作り出されたイメージに過ぎないんだよ」

 

 そうして、言いたいことを言うために息を大きく吸って。言葉を、胸の中で反芻して。

 

「結局俺たちは、個々の感覚でしか物事を測れないんだ。俺たちにとって、ゲイボルギアとの関係は死活問題かもしれない。けど、この世界は、この宇宙は……実はプレパラートの上に乗った細胞液に過ぎないのかもしれない。世界として見れば、俺たちの問題なんてほんの些細な出来事なのかもしれない」

「……話が飛躍し過ぎてて、よく分かんないです」

「あー、だよな。ごめんな。つまり俺が言いたいのは、あんまり深く考えすぎてもどうしようもないってことだ。戦争に意味を見出だすなんて、それこそ無意味な行為だよ。それよりも、そこに生き甲斐を見出して生きていった方がいい……ってな」

 

 ローグさんの話は、時々意味の分からないことになる。そう言っては、ラムダは溜息をついた。

 確かに、これは俺の価値観に基づくことだから彼には理解しにくいだろう。しかし、これだけしんどい世の中なんだ。少しは何か、心にゆとりをもてるような何かがある方がいいと、俺は思う。少しでも心を依らせることのできる、何かが。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 この数日後。

 ローグとラムダが何ともなしに話していた、この正義でも悪でもある戦争は。いよいよ、現実的な存在となってこの世界に降り掛かった。

 シュレイド王国は、領土拡大を宣言し。ゲイボルギアはまた、シュレイド王国は我が軍を不当に侵害したとして。

 

 ――――誰かが『竜大戦』なんて呼び始めた戦争が、勃発したのである。

 

 






 次回から、いよいよ竜大戦突入です。


 竜大戦といえど、構図は国対国ですよね。しばりんぐ式解釈の竜大戦は、こうなりました。
 ハンター大全の竜機兵の項で、竜が徒党を組むっていう記述がありますけど、正直これ違和感があるんですよね。あくまでも生物な彼らが、縄張りの奪還こそすれど徒党を組んで襲い掛かるっていうのは不自然すぎると思いました。古龍なら亡骸回収の特性でまだ分かるけど、それ以外については違和感が強かった。個人的にはですけど。
 個々の縄張り奪還なら分かりますけど、それじゃ徒党を組むとも言えないですよね。帝征龍のように統率を図れる龍がいたのか、なんて思ったりもしましたけど……竜操術とかいう古代技術も無関係じゃないんじゃない? ていうのが、超独自設定要素その2。ついでにゲイボルギアって名前は竜操術と関連のある某ランスからきています。
 現場からは以上です。

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