藍緋反転ストラトスフィア   作:しばじゃが

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 向上の兆しが見えず、前途不安な状況のこと。




暗雲低迷(あんうんていめい)

 

 結晶の地は、今日も眩しいくらいの輝きを見せていた。

 大地を裂くように生える結晶たちは、南の森や荒れ地の岩を悠に超えるほどの巨体を誇る。それが一つじゃない、何十も、何百も連なっていた。

 小ぶりな結晶は大地を細かく削り、洞窟の奥も淡く照らしている。それらに囲まれていると、何か奇妙な力が俺にも宿ってくるような――そんな錯覚さえ覚えた。

 

「あれの調子はどうだ?」

「うーん、芳しくないですね」

 

 そんな結晶の地の地下深く。鋼の足場で構築されたその洞穴の奥に、目を閉じては深く眠る機竜の姿があった。

 首を高く持ち上げたかのような体格は、大柄な翼に包まれて。大地を力強く踏み締めるその四肢は、どんな岩盤も砕きかねないほどの強靭さを有している。鞭のように撓る尾もまた、チューブを多数生やしながらも独特の輝きに満ちていて。

 ぱっと見れば、この結晶の地で運よく入手することができたあのクシャルダオラである。鱗は剥がされ、内蔵された機械が剥き出しになっているために、ありのままの鋼龍の姿とは言い難いが、しかしその骨格は間違いなく彼のものだ。

 

「属性の配合とか、どう?」

「いやー、これが本当に難しいです。大気中の水分に作用する力とか、温度変化から対流を作る力とか、酸化を促し燃焼作用を促進する力とか。そういうのを配合するのって、無理がある気がしますねぇ」

「ほー。でも、結構解析が進んだんだな。前まで、氷を操るとか炎を操るとか、ざっくばらんなことしか分かってなかったのに」

「これだけ分かっても、兵器として生かせないなら無意味ですよ。もういっそ注ぎ込めるだけ属性を注ぎこんでみたら、むしろ安定したりして。あはは……」

 

 そう控えめに笑うのは、この研究所で俺の代わりを務めている女性。

 浅黒い肌と黒い髪が特徴的な、後輩研究員だ。真面目な彼女がそんなつまらない冗談を言うくらいなのだから、この機竜に関しては難産という言葉でも足りないくらい苦労していると見える。

 

「……ベータ計画は、頓挫か」

「えっ?」

「上からの命令だ。多大なコストを要するというのに成果を発揮できないなら、その計画は凍結せよ、だって」

「えっ、ええぇぇ……この子、解体ですか?」

「いや、大丈夫。いつか使える時がくるかもしれないし、こいつはこのまま保存だ。それに、これからの仕事は竜をばらして貼り合わせるのとは、少し異なってくるし」

 

 どういう意味だろう。なんて言わんばかりに首を傾げる後輩を後に、俺は踵を返した。そのまま、上部の研究所本棟の方へと歩き出す。

 後ろからパタパタと足音が響くが。

 沈黙している筈の竜から、言いようのない視線を感じたが。

 今は、あえてそれを無視した。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 先の国境線。ゲイボルギアによる竜操騎兵と竜機兵の戦闘は、苛烈を極めた。

 しかしその影響は非常に大きく、この大陸全土に竜機兵という力の象徴を知らしめるにまで至っている。そのまま、撤退したゲイボルギア軍を追うかのように、シュレイド王国は着々と勢力を伸ばしていた。国境の山岳地帯を越えれば、そこはもう彼らの拠点だ。首都を落とすのも、もはや時間の問題なのかもしれない。

 とはいっても、そこには避けられないエネルギー問題があり。肝心な竜機兵は燃費の悪さ故、満足に出陣できているとは言い難い。今の領土拡大は、竜人兵たちによる働きの方が大きいのだ。

 そんなエネルギー問題を解決しようと、結晶エネルギーの追加分をつい先日彼女――後輩研究員に要請したばかり。その要請した本人が唐突にこっちにやってきたのだから、彼女の心労は何とも言葉にしにくいものになっているとも思う。

 

「……で、ローグさんは一体何用でこちらに?」

「あぁ。竜機兵の新計画は知ってる?」

「えっ……? 新計画……?」

「だよなぁ。本土の方で勝手に進められた奴だから、まだ伝わってないよなぁ」

 

 なにそれと言わんばかりに目を開く彼女を横目に、俺は召集用のベルを鳴らした。取っ手を持っては引っ張ったそれから、研究所内にけたたましい音が鳴り響く。

 そうしてパイプやチューブで覆われた廊下をくぐり抜け、会議室のドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

「さて、みんなに集まってもらったのは他でもない。俺たちの、新しい仕事の話だ」

 

 会議室に結集した、研究所の科学班たち。

 豪快な髭を生やした大男に、丸眼鏡をかけた小柄な男。不潔そうな格好をした者もいれば、あの後輩のように身なりを整えたものもいる。

 そんな個性豊かな研究員たちを前にして、俺はそう口を開いた。

 

「実は、本土の方で新たな竜機兵計画が始まっている。上層部は第二世代と銘を打った。手元の資料を参照してくれ」

 

 エンデから借りた設計図。そこには第二世代竜機兵の大まかな材料から細かな特徴まで、概要の一つ一つが丁寧に記されている。それを研究員たちは興味深そうに眺めては、感嘆の息を吐いた。

 

「ほーう……古龍の素材は、あくまでも基盤のみ、と。この前提供したオーグ細胞かねぇ?」

「まァ、部位の結合に関してはあの再生機能が役立ちますからねェ……向こうの有象無象も中々頭が働くじゃないですかァ」

「しかしこれ、どうなってるんだ? 飛竜を三十頭使うだって? どれだけ大きいのを造るつもりなんだ」

「体格はゴグマゴグに迫りますね……兵装の方は、どうするんでしょう」

 

 その内容をぱっと把握しては、彼らはしきりに議論を始める。相変わらずの頭でっかちな彼らの様子に、俺の頬は思わず綻んだ。

 

「国としては、力の象徴である竜機兵をなるべく大きく見せたいんだとさ。でかい分、体格そのものが脅威になるとか、何とか。あとは……口かなんかに砲台突っ込むかもしれないな」

 

 そう俺が補足すると、彼らはより一層食い入るように設計図を睨む。

 

「……ふぅむ。俺らの竜機兵――第一世代になるのか? それより火力面やコストを劣らせて、大量に造る方針なんだな」

「まぁ、ゲイボルギアの領土を少しずつ侵略しているんでしたっけ? 飛竜は、そりゃあたくさん入手できるでしょうけど」

「おっとォ……待ってください。あの問題はどうなりました?」

「あの問題……?」

「あっ……もしかして、アレですか?」

 

 眼鏡を光らせる細身の研究員の、核心に触れるその一言。それによって、会議室には緊迫した空気が流れた。

 そう、今のシュレイド王国が無視することのできない、非常に深刻な問題。国内に生息する竜が何故か国外へと縄張りを移していくという、謎の流出現象だ。

 この国は、軍備から建築技術、造船加工に食糧事情など、何から何まで竜で賄っている。兵器を造るには竜の素材を必要とし、建物を増やすにも竜の素材が欠かせず、船や飛行船を造るにも、竜が要求される。食卓に並ぶ食材でさえ、竜の肉が一般的だ。

 シュレイド王国は、竜がいるからこそ発展し、今現在も成り立ってる――そう表現しても、過言ではない。それ故に、彼らの流出というのは非常に深刻な問題なのだ。

 

「……流出現象は、今だに収まっていない。どいつもこいつも、まるで夜逃げでもするかのように移動し続けている」

「やっぱり、大量に回収してきたからじゃねぇのかな。ツケが回ってきたってな」

「……うーん、じゃあ今までは奇跡的にそうならなかったってことですかね……」

「ふざけないでください。そんな非科学的な物言いで片付けようなんて、笑止。彼らの動向は、ツケとか奇跡とか、そんな人間の勝手な解釈では測れないんですよォ……」

 

 研究者というのは、どいつもこいつもこだわりが強い。自分の信条に沿ったものをとことん崇め、それ以外のものは蹴落とそうとする。目の前の彼らも同様だ。

 危うく罵詈雑言の嵐になりそうなこの状況を何とかすべく、俺は少し咳払いした。

 

「ごほん……あー、まぁ、とにかく。それについては、本土でも調査中だ。この前なんて有名な(まじな)い師を呼んでな、占ってもらったんだとよ」

「ま、呪い師ってよぉ……」

「……そ、その結果何が分かったんです?」

「まず一つ。何か、近い内に皆既日食が起こるらしい」

「……日食?」

「あぁ。それが何に関係あるのかは分かんないけど。二つ目は、どうも城に不吉なことが起きるとか何とか」

「……ざっくばらん過ぎて何とも……」

「だよな。そんなの結局何も分かってねぇだろって話だよ。最後に、どうも流出現象にはあるパターンがあることが分かった」

「……あるパタァン……?」

 

 研究者からすれば、呪い師の話などペテンでしかない。みな、そう感じているだろう。俺もこんな占いはまるで信じていない。日食ならば、天文学の分野だ。これは信憑性があるかもしれないが、二つ目は言語同断。不吉って。何だよ不吉って。

 しかし、三つ目。パターンという言葉は、彼らの研究者魂をくすぐった。データのみを信じる彼らの心を、くすぐった。

 

「どうやら、あるポイントが中心になっているようなんだ。それを中心に、竜が流出している。まるで、そこを避けるかのように」

「あるポイント……」

「もしかして、首都ですか?」

「ピンポーン。そう、シュレイド城。それを中心として、放射状に奴らは移動しているようだ。各地の観測隊も、それを確認している。どうやら事実のようだぜ」

 

 データによる裏付けがある以上、彼らも安易には否定しない。その事実を呑み込んでは、各々で分析をし始める。

 

「……城に何か起こるってか? 何かって何だ? そもそも何を根拠に起こるって……でも流出はしているし。いやそもそもそれが関連する出来事とは限らないし。いやでも、うーむ……」

「うーん……新天地の資源という可能性も?」

「竜たちが避ける……もしや古龍? 不吉とは、古龍のことでしょうか」

「さぁな。俺はそこまで分からない。でも、城はクシャルダオラ程度じゃびくともしないから問題ないだろ。強固な城壁があるし、それに第二世代の竜機兵がもうすぐ完成して、何機か配備されるそうだし」

 

 いつの間にか話題が逸れていた。そう言わんばかりに、彼らははっと設計図を再度見る。第二世代の話から流出現象に一転し、そこからさらに反転。第二世代について、彼らは再び脳を加速させた。

 やはり、あの言葉が目に付くらしい。我々が手掛けた竜機兵より、一歩踏み込んだ様式に。

 

「そしてこれは……なんでしょう。結合型……?」

「何って、考えれば分かることじゃないですかァ。竜人との接続形式じゃなくて、最初から埋め込むってことでしょォ?」

「ってことは、司令塔となった竜人族は、もう人に戻れないじゃねぇか……」

「まぁ、その方がローコストだけどねぇ」

「そもそも、接続型にする意味が私にァ分からなかった。ねェ? ローグさん……」

 

 丸眼鏡の彼は、窺うように俺にそう話しかけてきて。俺もまた眼鏡を整えながら、言葉を返す。

 

「接続型は確かにコストはかかるが、正常な思考のまま操作できる。意思疎通ができるんだ。暴走の危険性は、限りなく減るメリットがあるんだよ。それに、あの子たちの尊厳も守ることができる。俺は最適な方法だったと思うが」

「尊厳……竜人なのに?」

「結合は……人柱ととるか、礎ととるか。まぁ、今は四の五の言ってらんねぇしなぁ」

「私は賛成ですねェ。この上ない良策です。そもそも、接続型自体が必要なかったんですから」

 

 大柄な彼は渋々と顎を擦り、丸眼鏡の男は満足そうに頷いて。

 他の研究員も、表情にも言葉にも何も出さなかった。肯定も否定もしない。現状維持。事実上の、肯定となるか。

 

「……まぁとにかく。この竜機兵は本土の方で建設される。必要素材のほとんどは飛竜で、材料の入手も本土の方が利便性が高い。また、これだけの巨体故に輸送船では運べない……などの理由でな」

「……じゃあ、私たちの新しい仕事って何です?」

 

 こてんと首を傾げた後輩に。俺は少し口角を上げながら、胸の内に溜めた言葉を吐露した。

 

「オーグ細胞ってさ、その再生能力に特化させたらどれくらいまで進化すると思う?」

 

 何が言いたいんだと言わんばかりに、彼らは眉を(ひそ)める。そうして、俺の言葉の続きをひたすらに待った。

 

「オーグ細胞の再生力に、他者と機械を組み合わせてきた。けれど、何らかの方法でエネルギーを与えてその再生能力を極限まで高めたら? もしかしたら、それは全く新しい進化を遂げるかもしれない」

 

 突拍子もない話かもしれない。培養した接着剤のようなそれを、そのまま単体で生かそうというのだ。接着する対象ありきの接着剤をそのまま使う方法など、かなり限定されるだろう。

 しかし、これはオーグ細胞だ。接着剤のようで、接着剤ではない。古龍の有する圧倒的な再生力を押し留めた、命の塊。こればかりは、一体どうなってしまうのか。それは俺にも分からない。

 

「だから、俺は新たな兵器の開発に手掛けたい。協力してくれるか?」

「その新たな兵器というものは、もしかして……」

「あぁ。『第三世代』の、竜機兵だ」

 

 

 

 

 

 

 元々、オーグ細胞というキーとなる素材は既に培養して管理できているのだ。

 その異様な再生能力――いわば細胞分裂能力を用いて、新たな胚を造り出す。いや、新たな生命そのものを。

 竜人を犠牲にしない、全く別の戦力。機械を用いない、ゼロからの生体兵器。細胞単位の大きさから、大型の龍へと変異させることができるような。そんな、新たな試みだ。

 

 計画案は二つ。

 一つは生体兵器らしく、他者のエネルギーを吸い取って増殖する、量特化タイプ。

 もう一つはこの結晶の地に炉を建造し、そこで結晶エネルギーをじっくり吸収させる、質特化タイプだ。

 

 ――古代語にちなんで、俺はこいつらにこんな名称をつけようと思う。

 前者は、『フィリア』。

 そして後者は、『ゼノラージ』だ。

 

 






 ゼノ・ジーヴァ好きだけど嫌いだけど好き。


 相変わらず人間は竜人に厳しいよってことで。
 あんまり触れられなかった結晶の地研究所と、今の情勢についての説明回となってしまいました。刺激が少なくて申し訳ありません。
 さて、この辺は独自解釈というより、独自設定って感じですかね。もうこれではっきりしましたよね、竜機兵の法則性。そう、マガラ骨格です。
 ちょっと無茶苦茶じゃない? って思われた方も多いと思います。でも、マガラ骨格って本当にルーツが不明だし、ゴグマに関しても古い姿を保ってるとかそんな風にしか説明されないし。まるで生物兵器のような特徴をもつマガラとか、みんなひっくるめてネルギガンテをベースとした竜機兵の成れの果て……なんて考えてみたら面白いかなぁって。えっ、厨二こじらせすぎ? 分かる。
 閲覧有り難うございましたっ!
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