サイレンススズカ:私の走る理由   作:あーふぁ

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1話

 春は遠く、まだ冬の寒さがある2月1日。

 今日はウマ娘、サイレンススズカのデビュー戦の日だ。

 俺は初めてレース場にまで来てはレースを見ていた。

 今までウマ娘のレースには興味がなく、ここに来ることなんて思いもしなかった。

 でも来ることになった理由は、デビュー前から仲の良い友達として付き合ってきたサイレンススズカを見るためだ。

 普段会っている彼女はミステリアスでどこか影のある雰囲気を持ち、ちょっとずれた常識を持つ子だった。

 

 だからか、レースでは上手に走れるか心配していた。

 けれど、いい意味で大きく予想を裏切ってくれた。

 半袖短パンの体操服を着て1番のゼッケンをつけたスズカが、ゲートから出た瞬間に内側から先頭に立つ。あとはそのままマイペースといった感じで前を走り続け、ゴールするときには他を大きく離していた。

 その姿を見て、俺は最初から最後までスズカの走る姿から目が離せず、惚れたと言ってもいい。

 力強さを感じる走り。風になびく髪。揺れる尻尾。

 走る前まで、俺がスズカに持っていた寂しげなイメージはレースが終わる頃にはもうなかった。

 寂しげな子。

 ―――そんなイメージを持った、初めて会った頃とは違っていた。

 あの時の出会いは雨が降っていた日だ。1人公園の中で、雨に打たれながら寂しげにベンチに座っていたスズカと出会ったのは。

 

 ◇

 

 季節は9月も後半になった夏の終わり。

 息苦しいほどの暑さはずいぶんと前に感じ、今日は雨がザーザーと強めな勢いで降る肌寒い日だ。

 高校が午後3時頃に終わり、部活に所属していない俺は寄り道もせずに、ひとりで家へと帰っている。

 遊び盛りな男子高校生としては帰りに寄り道をするものだが、俺は家に帰って家事と勉強をしなければいけない。

 

 別に誰かに怒られるというわけでもないが、俺にはやる必要があった。

 仕事で長く家にいない親同士が浮気の疑いとか愛がないとか言って離婚し、家とお金を与えられてアパートでの1人暮らし。

 尊敬もできない親を見て育った過程で学んだことは、人は1人で生きていかないといけない、ということだ。そのためにも良い大学に行き、収入がそこそこ良くて優良な会社に行く必要がある。

 友達なんていないも同然だが、立派な人間になるには必要な犠牲だ。

 それに高校2年生ともなると大学受験はもう間近。

 

 だから今日も今日とて、寄り道もせずまっすぐ帰っている。

 ショルダーバッグを肩に掛け、手には傘を持って制服の半袖ワイシャツをちょっとだけ雨に濡らしながら静かな住宅街を歩いていると、帰り道ににある公園が気になった。

 雨の日にわざわざ来る人がいないのに、傘も差していない女の子がベンチに座っていたからだ。

 足を止め、公園の入り口からベンチに座るその子の横顔を見ると外見的な特徴から人ではなく、その子は俺と同じ歳ぐらいに見えるウマ娘の女の子だった。

 

 人の耳の位置にあるものはなく、代わりに頭の上にはウマ耳がある。その耳には緑色の耳を覆っている、リボンのような耳カバーな馬具のメンコカチューシャをつけていた。

 ワンピースタイプの青を基調としたセーラー服の制服を着ていて、とても控えめな大きさの胸元には大きな青いリボンと蹄鉄(ていてつ)の形をしたブローチがついている。

 下は白色に青いラインが入っているスカート。太ももまである白いニーソックスな制服に皮靴のローファーは、このあたりじゃウマ娘たちが通う学校として有名なトレセン学園のものだ。

 顔が美人で、明るい茶色の髪の彼女はうつむいて寂しそうに地面を見続けている。 お尻から出ている、髪と同じ色をしている尻尾は力なく垂れていた。

 放っておくと風邪を引き、道に出たときには車にぶつかって死んでしまいそうな気がした。

 そんな彼女のことが気になり、俺は公園に入るとまっすぐ彼女のところへと歩いていく。

 正面に立って彼女を見下ろす形となるが、目の前のウマ娘の子は俺に反応する様子さえも見せていなかった。

 

「大丈夫か?」

 

 無反応すぎることに対して心配の声をかけると、ゆっくりとした動作で俺を見上げてきた。

 でも何も言ってこず、その目には何の意思も感じない。

 あまりにも無防備で無気力で寂しげで。生きる気力すらなさそうに見えた。

 そんな人に関わるのは面倒なだけだ。

 無視するか、よくて警察に電話するのが普通だろう。

 でも俺はそんな目の前の子に何かしてあげたかった。この子を見ていると、親が離婚して自分が捨てられたように感じたときのことを思い出して。

 

「ウマ娘の学園ってのは全寮制だったはずだが、帰らないのか?」

 

 彼女がこれかからどうしたいのか気になって聞くが、俺の言葉に返事もせずにまた地面をじっと見つめ始めた。

 言葉だけじゃどうしようもないと思い、冷えている彼女の手をゆっくりとした動作で掴む。

 

「俺の家に連れていく。嫌だったら言ってくれ。すぐに手を離して俺はいなくなるから」

 

 しばらくのあいだ返事を待つが、何も言わないために強引に手を引っ張っては立ち上がらせる。

 けれど、その体は力なく俺の胸へと寄りかかってくる。

 170㎝の身長な俺より少しだけ低い背は片手で抱きかかえるには辛い。だから慌てて傘を放り投げ、地面へと倒れてしまわないように両手で抱き留めた。

 そうしてから冷たい体の女の子を1度ベンチに戻し、落とした傘を閉じてはそこらに放り投げる。

 

「連れて行かれるのが嫌じゃないなら、自分で立ち上がるか抱っこされろ。どっちがいいんだ?」

 

 女の子の顎を掴み、俺の目線へと合わせる。その目はさっきと違い、ほんのちょっとだけ感情が揺れ動いた気がした。

 

「……抱っこ」

 

 ちょっと悩んだあとに小さな口から、ささやくような声が聞こえた。

 自分で選択肢を出しておいて、選ばないと思っていたのに抱っことは。今まで恋人すらいなかった俺に高度な要求をしてくるが相手は弱っている女性だ。こんなところで変にときめいたり、挙動不審になるわけにはいかない。

 俺は女の子を肩へと担いで1人暮らしをしている自分のアパートへと向かって歩き出す。

 もし俺が鍛えた体なら、ロマンあるお姫様抱っこをしたいがそんな体力はない。だからコメ袋を担ぐような雑な抱き方なのは許してもらおう。

 女の子を肩に担ぐ姿は他の人から見ると、誘拐している姿に見えるだろうが幸いにも人と会うことはなく、アパートへとたどり着く。

 

 2階建てで、和室で1Kな広さの部屋である201号室の前に来ると、肩に担いでいた女の子を降ろす。

 ショルダーバッグから部屋の鍵を取り出してドアを開け、彼女を玄関の中へと入れる。

 いったん彼女を座らせたままにし、靴を乱暴に脱いでショルダーバッグを床へと置いた俺は台所がある玄関から部屋と移動する。

 本棚とタンス、ちゃぶ台にテレビがある部屋のタンスからバスタオルを4枚取り出すとそれを持って玄関へと行く。

 

「ほら、これで体を拭け」

 

 玄関に座ったままの女の子に2枚のバスタオルを差し出すが、受け取る気配もなく俺をぼぅっと見上げてくるだけ。

 ため息をつくと、俺は自分の顔だけを拭いてから女の子の体を拭いていく。

 制服が雨で張り付いて、下着が透けて見えて、普段なら気になってしまうが、今はそんな場合じゃない。

 顔をごしごしと拭いてから、胸をさわらないように気を付けつつ上半身を拭いていく。それが終わると俺はワイシャツを脱いでTシャツ姿になり、別なバスタオルを使って俺自身の体を拭いていく。

 

「あとは自分で拭けよ」

 

 そう言うと女の子はゆっくりとした動きで立ち上がり、手に持ったバスタオルをなぜか俺に向けてくる。俺はその手を掴んで女の子自身の体を拭かせる。

 

「誰が俺のを拭けと言った」

「連れてきてもらったから、お礼として拭かなきゃと思って」

「お前はまず自分の心配をしてろ。いいか、しっかり拭いとけよ?」

 

 小さく頷いたのを確認すると、台所のすぐ隣にある風呂場に行き、ガス給湯器のスイッチを入れてシャワーの準備をする。

 それから部屋のオイルヒーターの電源を付け、洗ったばっかりでまだ着ていなかった学校指定の赤色ジャージと下着を乾かす用のドライヤーを準備して玄関へと持っていって、床に置く。

 

「シャワーを浴びろ。ジャージは洗ったばかりだから綺麗だし、女物の下着はないから自分で乾かせ。そのあいだ、俺は外にいるから。何か質問は?」

 

 早く体を温めて欲しい俺は早口でそう伝えると、女の子はジャージのズボンを手に取った。

 

「これ、私は履けないと思う」

「未使用のはないから我慢してくれ」

「そうじゃなくて。尻尾を出す穴がないの」

 

 ……ウマ娘だってことを忘れていた。

 慌てて部屋からハサミを持ってきてジャージに穴を開けようとしたが、どれぐらい切ればいいかがわからない。実際に尻尾をさわって大きさを確かめればいいが、それはただのセクハラになる。

 

「わからないから自分で切ってくれ」

「いいの?」

「ああ。切るのはすぐにできるだろうし、先にシャワーを浴びてくれ。じゃないとせっかく連れてきた意味がない」

「それは私の裸が見たいってこと?」

「見ねぇよ! 早くシャワー行ってこいウマ娘! 髪も下着もきちんと乾かして用意できたら出てこいよ!」

 

 連れてきた理由が納得したという顔に俺は大声をあげ、俺は自分用のバスタオルを2枚ひっつかむと早足で外へと出ていく。

 そうしてアパートの廊下に来ると閉めたドアに背を預けて座り、自分の体を拭いていく。

 ため息をつくと一気に疲労感がやってくる。

 俺は善意で人助けをして立派な人間だと自己満足をしたかっただけだが、言われてみるとエロ目的で連れてきたようにしか思えなくなってくる。

 

 そんなことは考えていなかったのに。

 ただ、体を拭くときに服の上から見えてしまう下着に目が向いてしまったのは不可抗力だ。エロ目的とはまったくの別問題だ。

 そんなことを考え、自分は間違っていないと正当化しつつ体を拭き終わると待つ以外にやることはなく、濡れたバスタオルを自分の上半身に巻くと降り続ける雨を見ながら時間が過ぎて行くのを待っていた。

 寒さに体を震わせながら、ぼぅっとしていると背にしているドアから控えめなノック音が聞こえてくる。

 

「終わったのか?」

「うん」

 

 思っていたより早かったと思いながら、ドア越しに聞こえる声を聞いて立ち上がり、そっと静かにドアを開ける。

 そこには俺のちょっと大きいジャージを着て、しっとりとした髪にメンコが外されて横へと倒れたウマ耳が見えている、かわいい女の子がいた。

 どこか一般常識からずれている子が普通に服を着ていて安心する。遠慮して下着姿だけだったら怒っていたところだ。

 

 あとは俺がシャワーに入って体を温めれば落ち着くが、その前に名前を聞いていなかったことを思い出す。

 別に今日だけの出会いだから名前なんて知らなくてもいいが、せっかく知り合ったのだから聞いてみたいとも思う。

 

「知らなくていいかもしれないが、俺の名前はアキだ。お前の名前は?」

 

 親と同じ苗字とつけられた名前が嫌で、友達から呼んでもらっているあだ名を言う。

 女の子は俺がフルネームを言わないことに不思議そうに見つめてきたが、すぐに返事をしてくれる。

 

「私はサイレンススズカ。まだデビューしてもいないウマ娘」

 

 名前と同時に聞いてもいないことを教えてくれる。レースに出たことがあるとかないとか、そんなことは気にもしないがウマ娘にとって大事なことなのだろう。

 なんで公園にいたとか、気になることはいくつかあるが自分から言いたくなるのを待つことにする。無理に聞いて、嫌がられるのは嫌だから。

 

「それじゃあ……スズカでいいか。サイレンススズカって全部呼ぶのは長い」

「そこは敬称をつけるんじゃないの?」

「なんでそこだけ常識人なんだ」

 

 マイペースなのに戸惑いながら、俺はスズカが使っていたバスタオルを手に取ると、俺が体に巻いているのと一緒に洗濯機に入れる。シャワーを浴びた後に俺自身の脱いだ服を入れてから洗濯機を動かせばいいと思ったが、それだとスズカの制服がわずかな 時間とはいえ遅くなってしまう。時間優先ということで俺が着ていたワイシャツとスズカの制服も入れて脱水のボタンを押す。

 タンスから自分の下着と着替え、バスタオルを取って風呂場前に置く。

 そして服を脱いでシャワーを浴びるために風呂場へ入ろうとするが、手に服をかけたところで視線を感じて振り向くとスズカが静かに俺を見つめてきていた。

 

「私はどうすればいいの?」

「俺がシャワーから出てくるまで好きにしていい」

 

 そう言って背を向けるが、すぐに名前を呼ばれる。

 

「アキくん」

「なんだよ」

 

 綺麗な女の子に自分の名前を呼ばれたことに新鮮さと嬉しさを感じながら振り向くと、スズカの手には着ているはずのブラとショーツ、それとドライヤーを持っていた。

 一瞬だけ思考が止まるが、すぐに理解する。

 そう、俺が貸したジャージの下はノーブラノーパンの状態だと言うことに。

 スズカは尻尾をふんわりと揺らし、恥ずかしそうにするわけでもない。

 男である俺に下着を見せることに何の羞恥心も感じていないらしい。

 わかった。この子はアホの子だ。

 これから接する時はそのことを頭に入れることにし、ついマジマジと見てしまう下着から目をそらす。

 

「これ、乾かしててもいい?」

「乾かしておけって言っただろ! ええい、俺に見せるな! 奥に行って乾かしておけ!」

 

 部屋の奥へと指を指し示すと、頷いたスズカは素直に行ってコンセントにドライヤーを差してから座り、下着を乾かし始めた。

 公園から家まで連れてくるよりも、家についてからのやりとりのほうがとても疲れる。

 大きくため息をつき、服を脱いでいくと俺に背を向けているスズカの尻尾が見えた。ジャージにハサミで穴を開けただけだから、その穴から白い尻の一部分が見えてしまっている。

 

 その姿に理性と本能が争い、理性が勝って視線をずらすと、スズカの頭の上にあるウマ耳がこっちへと向いていた。

 スズカの耳を気にしながら服を全部脱ぎ、下半身にバスタオルを巻く。

 すぐに入るならバスタオルはいらないが、少し試したいことがあるからだ。

 

「……スズカのむっつりスケベ」

 

 小声で言うと、スズカが体をびくりと震わせると同時にこっちに向いていたウマ耳が素早く前へと向く。

 俺がスズカに興味があるように、向こうも興味があるようだ。羞恥心もあることがわかり、裸でうろつくとかそんなことをしなさそうなことに少しだけ安心する。

 スズカがこっちに注意が向いていない隙に風呂場へと入り、脱いだバスタオルを外へと出した。

 風呂場の中は暖かく、嗅いだことのない匂いがする。

 それがスズカの匂いだとすぐに気づき、なんだか恥ずかしくなってしまう。同じ年頃の女の子が使った風呂場を使うなんてのは。

 ドキドキしながらも、シャワーを浴びて体が温まるととてもいい気分になる。

 

 シャワーを浴びながら、このあとはどうしようかと考える。髪を乾かして、あとはコーヒーを飲みながら話をすればいいか。夕食の時間にはまだ早いし。

 色々と考えながら風呂場のドアをそっと開け、隙間から手を伸ばしてバスタオルを手に取る。

 体を拭いてから、バスタオルを腰に巻いて外へと出た。風呂場の中で着替えると、どうしても服が濡れるから外で着ることになるが、見られるかもという緊張感がやってくる。

 アニメやラノベだと、今のとは逆な展開が普通なのに。少女漫画だとこういうのはあったりするか?

 と、恥ずかしがりながら背中を向けているスズカを見ながら服を着終える。スズカの耳はさっきとは違って、こっちに耳を向けないように耳を落ち着きなく動かして努力しているのが見えた。

 その行動に感心しつつ着替えたあとは台所に向かい、ヤカンに2人分の水を入れて火にかける。

 棚からマグカップ2つを取り出して台所に置き、何にしようかと考える。家にあるのはインタスントコーヒーに紅茶、友達からもらったまま缶から未開封のこんぶ茶がある。

 

「スズカ、何か飲むか?」

 

 ドライヤーの音に負けないよう、大きな声でそう聞くと下着を乾かす手を止めてスズカが隣へとやってくる。

 俺はお茶類が置いてある棚へと指を差すとスズカ自身に選ばせる。そうして選ばれたものは、こんぶ茶だった。

 外見的に紅茶を選ぶかと思っていただけに、渋い選択に驚きながら缶を手に取って開ける。

 初めて入れるものだから、缶表面にある説明をじっくりと読む。そうしているとすぐ隣から、風呂場に入ったときと同じ匂いがした。

 すぐ横に来たスズカは俺の持っている缶を手に取った。

 

「私がやる」

「お前は乾かしていればいい」

「アキくんはこんぶ茶飲んだことないでしょ? それなら私のほうが上手にできると思うの」

 

 さっきまでの恥ずかしいところを隠したいかのような、スズカのやる気アピール。

 何かミスをしそうな気がしないでもないが、本人にやる気があるし普段から飲んでいるみたいだから任せるのが1番か。

 

「わかった。じゃあ任せる」

「うん。代わりにアキくんは私の下着を乾かしておいてね」

 

 衝撃的発言を言っておいて、自分の言ったことに気にするでもなくマグカップへとこんぶ茶の素を入れていく。

 女の子の下着を乾かすのは犯罪じゃないだろうかとか、男に対する警戒心の無さはいったいなんだと疑問に思いながら、触るとまだ少し濡れている下着の前へと座る。

 おしゃれな刺繍が入っている下着を前に、何も考えないようにしてドライヤーのスイッチを入れて下着を乾かし始める。

 そうしながら、スズカの様子をそっと見るとヤカンを静かに見つめていた。

 ちょっとの時間が経ち、マグカップ2つを持ってきたスズカはちゃぶ台に置く。

 俺はドライヤーのスイッチを切り、マグカップ1つを手に取って座るとスズカも俺の対面へと座る。

 お互いに何も言わず、マグカップに入っているこんぶ茶を飲んでいく。

 初めて飲んだ味は、しょっぱさとこんぶのうまみ成分が入ったスープだと思った。お米にかけたくなる。もしくは何か具を入れたい。

 お茶と言うには首を傾げる味だが、心も体も温まっていく。

 2口目を飲み、落ち着いてところでスズカに気になっていたことを聞く。

 

「なぁ、スズカは公園で何をしてたんだ?」

「えっと、散歩?」

「傘も差さずにか? 俺はウマ娘の関係者じゃないし、ただの学生だ。変なことを言っても怒らないぞ」

「じゃあ言うけど。……落ち込んでいたの。今度出ることになる、初めてのレースについて」

「ウマ娘らしい悩みだな」

「うん。それでね、私を鍛えてくれるトレーナーさんが『お前はまだレースに出せない』って言われて。周りの子たちがどんどんレースに出るなか、私だけが置いていかれてるの」

 

 さっきまでの言葉少ない様子とは違い、不満や誰かに言いたらしく俺へと言葉を出してくる。

 自分に自信がないような不安な声で。

 

「レースに出れない理由は、私の成長が遅いからだって。だからレースは遅い時期になるの。なんだか私に能力がないって言われている気がして……」

「やっぱりウマ娘ってレースに出たいものか?」

「走ることをなくしたら、私たちウマ娘の存在価値なんてないも同然だと思う。踊ったり歌ったりすればいいって思うかもしれないけど、それはウマ娘じゃなくてもできるから」

 

 話を聞いても、ウマ娘の苦しみなんてのは俺にはわからない。

 俺はウマ娘でもないし、ウマ娘たちと関係する仕事をやったことがあるわけもなく詳しくもない。

 ただ、自分の価値なんてひとつの物事だけではわからないと思う。

 

「でも問題に向き合って悩み続けるってすごいことだと思う。楽なほうに逃げようとしないんだから」

 

 現実逃避として何かに逃げることもなく、自分の将来のことについて考えているのだから。

 

「……そんな立派なものじゃない」

 

 俺としてはとても立派だ。公園で傘も差さずに雨の中にいたくらいに悩み、自分の価値に疑問を持っていたのは。

 でも言葉だけじゃ、スズカの助けには何もならない。

 今日会ったばかりのスズカの力になりたい。自分に自信を持って、この子の笑顔を見てみたいと思ったから。

 じゃあ俺にできることは?

 少しぬるくなったコーヒーを飲み干し、考えた結果はとりあえず飯を作ることだった。

 

「スズカ、今から飯を作るがなにか食べれないものとか好きなのはあるか?」

「えっと……野菜中心だと嬉しいかな」

「わかった。作るから待ってろ。夕食ぐらい食っていく時間はあるだろ?」

「なんでアキくんは私に優しくしてくれるの?」

「昔の自分を見ているような気がしてな」

 

 親が離婚して、アパートの部屋と金を渡され、捨てられたと思って世の中と親に失望していた俺の過去に、スズカが公園にいたときの雰囲気に似ている気がして。

 誰かを見捨てるような人間にはなりたくないという思いが俺にあるからだ。

 

「あとは美人な人に優しくしたいってところだ」

 

 そう言って、ほんの少し恥ずかしくなっては立ち上がり、台所へと行く。

 今からご飯を炊くのは時間がかかる。冷蔵庫を見ると、いい具合にうどんがあった。2人分のうどんと適当な野菜を炒めて夕食にしよう。

 冷蔵庫から野菜を取り出し、まな板の上で野菜を切っていると隣にスズカがやってきた。

 

「どうした?」

「作るの、見ていてもいい?」

「いいけど、下着はつけたか?」

 

 さっき話をしていた時より、なんとなく明るくなったスズカに聞くとジャージの前を開けてブラをつけているのを見せてくる。

 それを見て、即座に俺は包丁を置くとジャージを掴んではファスナーを上いっぱいにまであげる。

 

「……おとなしく見ているならいいぞ」

「アキは乱暴ものね」

「お前の常識がずれているからだ!」

 

 呆れた言い方に大声をあげてしまうが、それの何がおかしいのかスズカは小さく笑みを浮かべてくれた。

 初めて見た笑顔に見とれていたが、気を取り直して料理へと戻る。

 

「誰かに心配してもらえることって、こんなに嬉しいだなんて思わなかった」

 

 恥ずかしい。なんだかそう言われるのは恥ずかしい。

 スズカはつい放っておけなくて、色々と気になってしまう。例えるなら、手のかかる妹を持ったと言えばいいかもしれない。

 料理を作り続けながら、じっと俺の手元を見てくるスズカの横顔を見て、そんなことを思う。

 野菜炒めと、うどんを煮るのが終わって料理ができあがると、皿に盛りつけるのと運ぶのはスズカが自主的に運んで行ってくれた。

 ちゃぶ台で向かい合って、ウマ娘に関する雑談や学園のことを聞く。

 食事が終わっても話は続き、スズカの話を多く聞いていた。でもスズカは時間が気になり、部屋にある壁掛け時計を見あげた。

 

「私、もう帰らないと」

「そうか。今日は話ができてよかったよ」

「私も。誘拐されたときはどうなるかと思ったけど」

「誘拐じゃねえよ。連れてく前にちゃんと聞いただろ?」

「……ええと、そんなことを聞かれた気がしたような、しなかったような」

 

 俺から目をそらしながら立ち上がると、洗濯機の前へと行って制服を手に取った。

 それを見ると、俺はすぐに家の外へと行き、着替え終わるのを待つ。

 スズカが出てきたときは出会ったときと同じ格好になっていた。

 

「今日はありがとう。ちょっとだけ元気になった」

「それはよかった。もしスズカをテレビで見る機会があったら、今日のことを思い出しながら見てやる」

「私を好きになった?」

「なってねぇから早く帰れ」

 

 スズカは少し不満げな様子になるが、すぐに感情のないクールな表情を俺へと向けてくる。

 俺は家へと1度戻り、使い捨てなビニール傘を取ると遠慮するスズカの手に強引に持たせた。

 それに戸惑っていたが、俺の強い意志を感じて受け取ってくれた。 

 

「もう雨に濡れるんじゃねぇぞ。それじゃあな」

「……うん、ばいばい」

 

 そう言って、スズカは俺へと小さく手を振りながら返っていった。

 今日は疲れたが、いいことをしたと精神的に充実した日だった。

 ウマ娘、サイレンススズカとの偶然の出会い。スズカと名前を呼んで色々と世話をした、常識からちょっとずれた女の子。彼女の悩みが軽くなったのなら、嬉しく思う。きっと出会うことはもうないような気がした。

 そう思ってしまうと、寂しく思えたがそもそもあんな美人な子と話をできただけも喜ぶとしよう。

 もし、彼女が有名になったら自分の中で満足感がきっと出るに違いない。

 

 あの子は俺が助けたんだぞ、と。

 そう思いながらスズカがいなくなった方向をしばらく見ていたが、体が寒くなって家へと戻る。

 1人になり静かになった家の中。洗濯機の前にはスズカが残していった、お尻あたりに穴が開いたジャージが置いてある。このジャージは後で直して家で使う用にしよう。

 それと公園で投げ捨ててしまった傘は明日の朝に拾ってこないと。

 そうして慌ただしくも、ちょっと楽しかった日は終わっていく。

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