サイレンススズカ:私の走る理由   作:あーふぁ

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2話

 また、いつもの変わらない日常が戻ってきた。

 でもそれは2日後の天気がいい晴れの日に終わる。

 学校が終わり、家へと戻ってくるとドアに背を預けて座っていたスズカがいたからだ。

 出会ったときと同じように制服を着ていたが、前と違うのは手に持ったトートバッグいっぱいに入っているニンジンだ。

 スズカは俺に気づくと立ち上がり、何の感情もないようなクールな顔つきで俺を見てくる。

 

「アキくん、帰って来るのが遅い」

「文句言う前に何か言うことがあるだろ、お前」

 

 流れ的に会うことはないような雰囲気だったのに、こうも再会するのはなんかがっかり感がある。

 後々、レースに出ているスズカの姿を見て俺が感動するっていうはずだったのに。

 あまりにも再会が早すぎる。

 呆れた俺に対し、スズカは首を傾げたがすぐに元へと戻った。

 

「これが照れ隠しというものね?」

「さっさと入れ」

 

 スズカの声を無視し、ドアの鍵を開けて入っていく。後ろからスズカがやってきて家へとあがる。

 俺は肩にかけているショルダーバッグをそこらに放り投げると、 冷蔵庫を開けて何の飲み物を飲ませようか考えていると隣にスズカがやってきてトートバッグを差し出してくる。

 

「これ、お土産」

「お、ありがとな」

 

 冷蔵庫のドアを閉めて、トートバッグを受け取るとずっしりと重いのが手に伝わってくる。

 いったん床に置いて中身を確かめるが、ニンジンばかりだ。ニンジンの奥のほうにはお土産ではないスズカの私物っぽいものが入っていた。

 

「全部ニンジンなのはなぜ?」

「普通のだとつまらないかなと思って、トレセン学園名物の高品質ニンジンを買ってきたの」

 

 高品質と言うだけあって、形も色もいい。だけれど、16本もあると消費するのに困る。

 男子高校生の1人暮らしなんて、そんなに野菜は食べないし、ニンジンなんて特にだ。ウマ娘ならとても喜ぶだろうけれど、俺は喜びと同時に困惑がある。

 でもお土産は気持ちなので、ありがたく冷蔵庫へとしまう。

 

「何か飲みたいのはあるか?」

 

 軽くなったトートバッグを返すと、スズカは冷蔵庫のドアを開けてペットボトルのオレンジジュースを指差す。

 そのペットボトルを持ち、ガラスのコップふたつを持つとちゃぶ台へと行き、つい2日前と同じように俺の対面へと座るスズカ。

 ジュースを2人分注ぎ、ある程度飲んだところで気になっていたことを聞く。

 

「今日はどうした。走る練習中にころんで泣いたか? ストレス発散で大食いしてショックを受けたのか?」

「アキくんの中で私のイメージはいったいどうなっているの?」

「手のかかる妹」

 

 ため息をついて言うとスズカは不満らしく、足を延ばして俺の足を軽く蹴ってくる。

 抵抗も文句もしないでいると、次第に威力が上がっていき、強くなっていく。

 

「スズカ、痛い」

「謝って。私が手のかかるってとこは謝って」

「妹なのは否定しないのかよ。で、今日は何の用だ?」

「遊びにきた」

 

 足を蹴るのをやめると、さも当然のように言ってくる。

 友達ならそれでもいいが、俺との関係はそう呼べるものじゃないと思う。その日だけの出会いだと思っていたから、今日みたいなのは予想さえしていなかった。

 

「俺とお前は友達だったか」

「じゃあ知り合いから始める」

「出会ったのも縁があるってことだし、それでいいか」

 

 俺の言葉に何か気になることがあったのか、首を傾げて少し考えたあとに口を開けた。

 

「……ツンデレ?」

「今すぐ出ていけ」

 

 そんな楽しい言葉のやりとりをしつつ、俺は家に帰ったらいつもしている勉強のためにスズカを放置することにした。

 スズカもやることがあるため、ちゃぶ台に勉強道具を気にせず自分の作業を進めていた。

 その作業とは、俺があげたスズカ用に改造されたジャージだ。持ってきたソーイングセットと当て布で、尻尾部分の穴を補強している。

 時々その作業を気にしながら勉強をしていると、作業が終わったスズカが隣に座ってくる。

 

「アキくんはいつも勉強しているの?」

「ああ。今は目標がないが、行きたい大学に入れるように」

「大変だね」

「お前だってウマ娘なんだから、なにかしら努力をしているだろ。それと同じことだよ」

「そっか。アキくんと同じかぁ……」

 

 言葉に寂しさと嬉しさの感情を顔に浮かべ、スズカが悩んでいる問題は今も続いていることがわかる。

 でもそれは俺にはどうしようもない。だから、気晴らしをさせてあげようと前のようにふざけることにした。

 やることはスズカの頬に人差し指を突き刺すということを。

 それをされたスズカは表情を変えなかったが、俺が「ぺったんこな胸と違って、ほっぺたは柔らかいな」なんて言うとイラッとした感じに顔をしかめると俺の人差し指を口に入れ、結構な力で噛んできた。

 俺が悲鳴をあげたのは言うまでもない。

 そういうふうに今日は時々じゃれあいながら、スズカが俺の勉強を見るということをして過ごしていった。

 

 空が暗くなりかけた時にスズカは帰ると言い、俺は少し待ってもらってサンドイッチを作る。

 たくさんのニンジンをもらったから、それのお礼としてだ。

 作ったのはきゅうりのサンドイッチだ。パン4枚を使い、作っていく。

 パンにはマーガリンの甘味ときゅうりの爽やかさ、塩コショウを入れる。これが俺お気に入りの作り方。

 その俺自慢の手作りサンドイッチをスズカに持たせる。

 

「もらっていいの?」

「おう。帰るときにでも食ってくれ」

「ありがとう。わざわざ作ってくれたのは、私の魅力のせい?」

「何を言っているんだ。このダメ妹は」

 

 スズカのおでこをデコピンではじき、涙目でおでこを押さえながらスズカは帰っていった。

 なんだかんだで今日も楽しかった。もう俺の中ではスズカは妹ポジションだ。

 お礼を言ったから、今度こそもう会わないかと思う。

 でもそのうちまた来そうな気がするから、それまでに料理の腕前を上げて置かないと。

 そう決心してちゃぶ台のところに戻ると、スズカが縫っていたジャージが置いてあった。ズボンを手に持って広げると、きちんとお尻の穴部分は補修されていた。

 スズカの奴はまた来るらしい。そのことはなんだか嬉しくなり、にやける顔を軽く叩く。

 補修されたスズカ専用のジャージをタンスにしまうと、冷蔵庫からニンジンを取り出して今日の夕食は何を作ろうかと考えた。

 

 こうしてスズカと過ごした2回目。この日から、俺とスズカの友達以上で兄と妹みたいな関係が始まっていく。

 週に1回か、2回ほどスズカは学園の授業が終わったあとにアパートへと遊びにやってくるようになった。

 遊びと言っても、ほとんどは雑談をしたりスズカが本棚から何かの本を取って読んでいるぐらいだ。スズカが本を読んでいるあいだ、俺は勉強をして静かな時間を過ごしたいた。

 そういう穏やかな関係の日が続き、俺とスズカは遠慮をあまりしない仲になっていった。

 でも親しくなったからといって、スカートの中が見える無防備姿勢が増えてきたのは俺の理性によろしくないのでやめて欲しいとは思うが。

 9月の出会いから始まり、12月と続いていく。

 そのあいだ、スズカが気に入ったきゅうりサンドイッチを毎回持ち帰らせ、クリスマスを一緒に過ごし、神社に初詣にも行った。

 こうして一緒の時間を過ごし、俺の狭い1Kの部屋にはスズカの私物が少しずつ増えていく。食器にマグカップ、スズカ専用ニンジンと言ったものが。

 世話の焼ける妹という家族がもう1人できた気分になる。

 スズカと会うのが楽しみになってきたが、1月も半分を過ぎるとひどく落ち込みながらスズカがやってきた。

 その日はスズカは家に入るなり、ちゃぶ台に突っ伏して力なく倒れた。

 それを見ながら、俺はいつものように座って勉強をし始める。

 が、いつもの何かと俺にちょっかいをかけてくるのと違い、どんよりと暗いオーラを出しているのが落ち着かない。いったい何があったのか心配してしまう。

 

「何かあったか?」

「聞いてくれるの?」

 

 突っ伏したまま、顔だけを動かして見上げてくるスズカ。

 ふざける様子もないことから、真面目に話を聞くことにする。

 

「お前の悩み事ならいつだって聞いてやるさ」

「ありがとう。そのね、2月1日に初めてのレースがあるの。時間は午後1時を少し過ぎたあたり。コースは芝の1600m」

 

 スズカが言ってくれたのは前にも言っていた、レースのことだった。

 悩みを教えてくれたのは嬉しいが、もし技術的なこととか、どう走ればいいとか聞かれたらと思うと冷や汗が出そうになる。でも聞いたのは俺自身で、スズカの悩みが軽くなるのなら分からなくてもしっかりと聞いてやりたい。

 

「……不安なの。最初のレースから私のウマ娘生活が始まっていくのが。負けたらどうしようって。1度負けたら、その次も負けるかもって。そうして勝てなかったら私はどうすればいいのかということを考えるの。ウマ娘だから走るけれど、私には目標がなくて。G1優勝? 海外遠征? 3冠? そのどれにも興味が持てなくて」

 

 いつもより勢いよく、感情が強くある言葉がスズカの口から出てくる。自分への自信のなさと不安が。特に走る理由がないというのが大きな問題になっていると思う。

 俺だって何の目的もなく勉強を日頃からしているわけではない。大学に行き、きちんとして就職をしたいと考えている。

 そうすることで、自分を捨てた親と違って、まともな人間として存在することができると思うから。

 だからスズカにも理由が必要だ。これから自分を支えるべき、そんな理由が。

 

「だったら俺のために走ってくれよ。俺はスズカが、サイレンススズカが走っている姿が見たい。

 普段はクールな雰囲気だけど、どこかぽやぽやしているお前じゃなくて。かっこいいお前が、俺は見たい。レース場に行って、お前を見てやる」

 

「アキくんのため?」

「おう。普段がダメダメだから、俺にかっこいいところを見せてくれ」

「私はダメダメじゃ―――」

 

 スズカはその言葉に不満だったのか俺を睨んでくるが、ほんの数秒経ったあとには気まずそうに目をそらしていた。

 おそらく、かっこいいところがあると思っていたけれど、考えてみればなかったということに思い至ったのだと思う。

 

「……もし私がダメなウマ娘で、引退させられたらアキくんが養ってくれる?」

「任せておけ。ウマ娘を使う仕事に就職して、思い切り働かせてやる」

 

 そう言って笑みを浮かべると、スズカは安心した笑みを浮かべてくれた。

 少しのあいだ、ふたりで笑みを浮かべあっていたが、スズカはふと真顔になる。

 

「ねぇ、アキくん。もし私が次のレースで勝ったらご褒美が欲しいの」

「いいぞ。で、いったい何が欲しいんだ?」

「んー、内緒」

 

 それを最後にレースに関する話は終わり、いつも通り俺たちは部屋の中で自由にのんびりと過ごした。

 レース4日前に遊びに来たスズカは、レースの見方やレース場の場所、レースの時間を改めて教えてくれた。

 俺が初めて行くからなのか、お姉さんみたいな感覚で俺に接してくるのは新鮮だ。妹が成長したような気分になる。

 気分よく俺に色々と教えたあとは、絶対に来てねと何度も念押ししてくる。手書きのメモでレース場についてから行く順番を詳細に書いたのを俺に渡すくらいに。

 前と違って、やる気に溢れるスズカに結果がどうあってもレース後に会ったら優しくしてやろうと決めた。

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