小柄で華奢な体格、整ったかわいらしい容姿、年齢はおそらく14~16ほど。純白の布地に金の刺繍が織り込まれた修道服を着た、まるで人形のような少女が学生寮の一室のベッドで眠っていた。
少女はイギリス正教に所属するシスターであり、1度見聞きしたものを瞬時に覚え、絶対に忘れないという完全記憶能力によって10万3千冊の魔道書を記憶している「魔道書図書館」でもあった。
それゆえに彼女のもつ魔道書を狙う多くの魔術師たちから絶えず追われる立場にあり、意識を取り戻した彼女が最初に考えたことが、魔術師たちに捕まって監禁されてしまったのではないかというのも当然のことである。
ただ、ベッドに寝かされているだけで拘束されているわけでも、部屋に魔術的な措置がされているわけでもなく、そもそもここには魔術師の拠点特有の空気が全くない。きっと通りがかった魔術とは無関係な誰かが倒れている自分を見つけて、親切にもベッドまで運んでくれたのだろうと少女は結論づけた。
昨晩魔術師に追われ、このままでは逃げ切れないと死ぬのも覚悟で屋上からダイブしたことが吉と出たようだ
神様は自分を見捨ててはいなかったのだと、幸運にほっと息を吐く。だがそれははかない幻想であったと、すぐに思い知らされることになる。
「『おや?気がついたようだね』
『いやー家に帰ったら女の子が気絶しているんだもの』
『とっても驚いたよ』
『でも』
『君にたいした怪我がないようで本当によかった!』」
そう声をかけてきたボサボサ頭の少年は「上条当麻」と名乗った。
家から帰ってきたらベランダにぶら下がった自分を見つけ、放っておくわけにもいかず、ベッドに運んでくれたらしい。それだけ聞けば不運にも巻き込まれたただの善良な第三者といえる。だが、彼がどうしても純粋な善意で自分を助けたとは到底思えなかった。
“異常”
それが上条当麻に対する少女の第一印象だった
張り付いたような不気味な笑み
嘘か本心かわからない『』をつけた口調
一貫性のない話の内容
外見こそ一般的な日本の学生だが、言動や行為の1つ1つが白々しく、どれが嘘でどれが本心なのか見極めが非常に難しい。完全記憶能力を持つ彼女でも表現することができない不気味さがあった。
「『でさー』
『何だって君は俺んちのベランダに干してあったんだい?』」
話しかけられて少女は我にかえる。
そうだ、彼にどんな思惑があるにしても、危ないところを助けてもらったのは変わらない。ならばせめて自分は彼の疑問に誠実に答えなければならない。そう思い、自分の事情を包み隠さず話すことにした。
だが・・・
「『おいおい』
『まさかこの最先端の科学技術を誇る学園都市で魔術なんて言葉を耳にするとはね』
『君・・・大丈夫?』
『得たいの知れない新興宗教に入ってなんかいないよね』」
そんな覚悟もむなしく、信じてくれないどころか正気まで疑われてしまう。これには相手がいくら命の恩人とはいえさすがにムっとしてしまう。そこから先は売り言葉に買い言葉、
魔術はあるもん!
しんじないんだったら包丁で私のおなかを刺してみて!
自分の服は魔術によって守られているから傷一つつかないんだよ!
ムキーと口を尖らせてさあ刺してみろといわんばかりにベッドの上に立ち両手を広げて立つ少女。だが上条はむきになってトンでもないことを言っている少女の顔を真剣な表情でじっと見つめた後、落ち着くように彼女の肩に優しく手を置いた。
「『そうか……』
『その魔術というのは君にとってそんなにも大切なものだったんだね』
『俺みたいな何も知らない奴が冗談半分で否定していいものじゃなかったみたいだ』
『謝るよ』」
まじめな顔でそんな殊勝なまねをされてはさすがに落ち着かざるをえない。魔術を馬鹿にされつい強い口調になってしまったが、何も知らない一般人にいきなり魔術と言っても信じてもらえるわけがない。それぐらいわかっていた。
逆に上条の方がこちらの意をくんでくれる始末だ。これではどちらが聖職者かわからない。
ちゃんと謝ろう、そう思い声をかけようとしたがふと気づく。
上条の両手にいつの間にか“螺子”がにぎられていることに。
「『でも』」
少女は知らなかった。
「『俺はやりたくないけれど』
『君がやれっていうんだからしかたないよね?』」
この男(上条)は、いい台詞を言ってからが本番なのだということを
少女の体に上条の手から放たれた何本もの“螺子”が突き刺さる。
痛みや混乱で体が崩れ落ちていく最中、ようやく自分が螺子で貫かれたのだと理解した。絶対の防御を誇る「歩く教会」が機能しない理由も、上条が突然こんな行動に出た理由もわからない。ただ、自分はもう助からないなということはなんとなくわかった。
「『だから俺は悪くない』」
しかし、少女がベッドに倒れこみ、クッションの柔らかい感触を感じたときに違和感を覚える。
なぜ、体中が螺子だらけの自分がクッションにふれられるのかと。そしてその異常がないことの異常さに気づく。
さっきまで確かにあったはずの痛みが、傷が、なにより螺子が跡形もなく、最初から“なかった”かのように消え去っていた。
―なにがおきたの!?
10万3千冊の魔道書の知識を持っても、解明できないことをいとも簡単にしてしまう正体不明の能力。
人を刺したというのにあくまで淡々と何事もなかったかのようにふるまう上条の姿。
それらが少女の恐怖心をいっそう際立たせる。
もはや目の前にいる少年が同じ人間には思えなかった。
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
互いに顔を合わせたまま、嫌な静けさが二人がいる空間を占める。
それを最初に破ったのは、やはり空気の読まない上条だった。
「『…白か』」
……。
………、
…………?
何をいっているのだろう。
相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。今、白といったか。
上条の視線の先には自分がいる。白というのはつまり自分の修道服のことをいっているのだろうか。何をいまさらと少女は自分の体を改めて見ると、いつのまにか自分の全身を覆っていたティーカップを連想させる修道服はなくなっていた。
結論を先にいえば、少女は現在進行形で全裸だった。
正確には、頭に載っている帽子のようなフードと、パンツだけはかろうじてはいている状態であり、完全無欠の全裸というわけではないが、それは何の慰めにもならない。
少女は凍りつく中、あることに気づく。さきほどから上条の視線は自分というより自分の下半身、パンツに集中していることを。つまり彼が先ほど言った白というのは……
「『いいと思うぜシスターらしくて』
『でももうちょっと子供らしいデザインのほうが君には似合うと思うな』
『今度一緒に買いに行こうか』
『俺が君にぴったりのパンツを見繕ってあげるぜ!』」
少女はここでようやく混乱から立ち直り、そして別のものが頭の中をしめ始める。
自分の身に何が起きたのかさっぱりわからない。だがやらなければいけないことはわかった。
「『あれ』
『そんなに大きく口をあけてどうしたんだい?』
『女の子がそんなことするものじゃないよはしたない』
もう彼に対する苦手意識とか恐怖とか恩とかは関係ない。
こいつ、上条当麻は女の敵だ!
「『なんでじりじりと俺のほうに近寄ってくるんだい?』
『いったん落ち着こう』
『というかまずは服を着てそれからゆっくりと話し合おう!』」
悲鳴をあげたり、服を着ようともしない少女の尋常ならざる様子に危機感を感じた上条は必死に説得を試みるが意味をなさない。
口を大きくあけてこちらに一歩一歩確実に詰め寄ってくる少女から逃げようとするが、狭い部屋の中のこと。すぐに逃げ場のない部屋の隅に追いやれてしまう。
「『おいおい この距離マジみたいじゃんやめろよ!』
『君と戦いたくはないんだ!』
『俺たちは分かりあえる!』
『仕返しなんて虚しいことをいつまで繰り返すつもりなんだい!?』
『俺が君に教えたいのは』
『人生における忍耐の大切さ―』」
上条がその言葉を最後まで言い切ることはなかった。
なにが起きたかはここで語らないことにしよう。
だが代わりに、ある学生寮の一室に少年の絶叫が響き渡ったということだけ言っておく。