何十本もの安全ピンで修復された修道服をまとっている(針のむしろ状態ともいう)少女が、テーブルに並べられた大量の料理を、1人でとてつもない勢いでたべていた。ちなみにこれらの料理はすべて、上条が自身の助命と引き換えに作らされたものである。
そんな現実離れした様子を傍で見ていた上条は顔をひきつらせる。そして空っぽになった冷蔵庫を見て、「『不幸だ』」と呟いて項垂れていた。
「『空から降ってくるもんだからシータみたいな清楚系ヒロインかと思ったら』
『まさかの暴力腹ペコヒロインだったとは』
『これじゃあ詐欺だ!』
『あんまりだよ!!』
『俺はこの憤りをどこにぶつければいいんだ!』」
かと思えば、急に終わってるセリフを叫びだす上条に、少女は食事を中断させ、その牙のようなするどい歯を向けて黙らせる。
少女は再び料理を口にいれる作業に戻りながら、ちらりと上条の体を見つめる。
ついさっきまで彼の全身には何かに噛まれたような跡がはっきりと残っていたが、今はどこにも見当たらない。
これが彼の能力。
その名も
「『そう』
『
『名前だけでも覚えて帰ってね』」
傷も、痛みも、魔術も、神様の奇跡も、そして死さえなかったことにできると彼はいった。
ありえない、と笑って否定できたらどれだけ楽だったか。自分は先ほどそれを身をもって体験したばかりだ。物理・魔法に対して絶対の防御を誇る「歩く教会」を易々と破壊し、自分の致命傷を受けた体を一瞬で直してみせた。
彼は危険だ。
能力だけでなく、彼というあり方が。
彼を野放しにしては絶対にだめだ。
そんな使命感で体をたぎらせていると上条が近づいてきたのに気づく。彼女はもう惑わされないと強い意思でキッと見上げた。
「『デザートのプリンはいかがかな?』」
とりあえず、
「『それで君はこれからどうするつもりなんだい』」
デザートまでしっかりと食べ終えて一服しているところに上条が問いかける。
その質問に少女は答えることができなかった。
ひたすら逃げて、とうとうこんな場所にまで迷い混んでしまったのだ。いくあてなんてどこにもなかった。彼女には一年前より過去の記憶はない。もしかしたら自分を受け入れてくれる場所があったのかもしれないが、今の彼女は思い出すことができないでいる。
とりあえず最寄りの教会に向かうと説明した。運が良ければ保護してもらえるかもしれないと・・・
宗派が違えば門前払いがいいところだが、他に思い付く場所はなかった。
「『そう・・・』」
上条は少し考える素振りを見せたあと、ひとつの提案をする。
「『だったら ここで暮らさないかい?』」
それはまるで甘い甘い,心をぐずぐずにとかす毒だった。
「『実は君みたいな行く当てのない子を世話している人を俺は何人か知っているんだ』
『みんな優しい人たちだ』
『きっと君も気に入ると思うんだが』
『どうだろう』
『一度あってみないか?』」
あまりにも都合がいい話。まして上条が提案したことだ。全く信用できない。胡散臭いにも程がある。
だが、その提案をすぐに断ることが少女にはできなかった。
それほど、その提案は魅力的で、少女は弱っていた。体だけでなく、心もまた。
その弱さを、上条は見逃さない。
「『好きなだけ』
『というのは無理かもしれないけど』
『毎日美味しいごはんをたくさん食べさせてくれると思うよ』」
ごはん、という言葉に反応する。
安心して満足するまで温かい料理を食べたのはいつぶりだろう。
お金もなく、今までろくなものを食べることができなかった。何日も食事をとらなかったことや、お腹を壊したことを思い出す。
「『いつまでも』
『というのは難しいけど』
『毎日屋根のある場所で』
『ゆっくりと柔らかいベッドで寝れると思う』」
魔術師に追いたてられ、まともに寝ることもできなかった。ちゃんとしたベッドで寝たこともなかったことを思い出す。
「『でも君は優しいから無関係な人たちが巻き込まれるのは嫌なんだろう?』」
そうだ。
自分のわがままで周囲の人たちを巻き込むことはできない。自分の信念も思い出す。だから自分はこの提案を受け入れることなんて……
「『大丈夫!』
『俺が君を守ってみせる!』
『そう』
『俺には
すべてをなかったことにする、魔神にすら匹敵する能力。
彼の力があれば、そこらの魔術師など敵ではないだろう。
「『君の敵も つらい境遇も トラウマも 涙も』
『君を不幸にするものは』
『ぜーんぶなかったことにしてあげる』」
まるで乾いた布に水がしみて広がっていくように、少女の心を上条の言葉が侵食していく。
「『ようこそ学園都市へ』
『こっちの水は
上条は嗤っている。
今までの張りついたような空っぽの笑みとはまた違う、直視するのも戸惑われる、
上条は両手をめいっぱいに広げ、少女の
彼女が自分の提案を受け入れ、堕落し、自分と同じになることを考えると、笑いが止まらない。
頑張る意味も、必要性も奪われた少女。
彼は嘘をついていない。
きっと彼は自分がここでうなずけば、いった通り安心して住める場所を用意し、自分を狙う敵を排除してくれる。そんな予感がした。
彼の毒はすでに彼女の心にまわりきっていた。
それでも彼女は、
ありがとう
でも
私は君が苦手だ。
だから、そんな私が君の一方的な世話にはなれない
しっかりと上条の目を見据えて返事をした。
その目には一切の迷いはない。
「『そう……君は 強いんだね』
『俺なんかよりもずっと』」
彼女の覚悟を真っ正面から受けた上条は、少女の意志を折ることはできないと悟ったのか、さっきまでの悪意が萎んでしまっている。
そして深いため息を1つつき、
「『まったく』
『ちょっと優しくされたらすぐ主人公に惚れる昨今のジャンプのヒロインを見習って欲しいよ』」
力なく呟いた。
「『また勝てなかった』」
「『じゃあ もうどこへなりといけば?』
『俺は自分より強い奴を守ってあげるほど』
『器はおおきくないんでね』
『バイバイ』」
しばらくして調子を取り戻したと思ったら、もう少女に興味がないとばかりにつっけんどんな態度をとる上条。
その姿は親に怒られてすねている子供そのものだ。
だがなぜだろう。少女は不思議に思う。
この自分を見放したような言葉と態度から初めて彼の優しさを感じることができたような気がした。
少女はもう一度お礼をいって玄関に向かって歩きだし、ドアノブに手をかける。
このドアを開けて外に一歩出てしまえば、休憩はおしまい。またつらく大変な日常が始まる。
怖い、と素直に思う。
それでも、このままここにいて自分の信念がダメになる方がずっと怖い。
手に力をグッといれて、ドアを開ける。
朝の日差しが少女の顔にあたる。思わず顔をしかめるが、悪い気分ではない。そのまま外に出ようとしたそのとき、
「『ねえ…』」
後ろから声をかけられて足を止めた。振りかえると声だけで、姿は見えない。まだ部屋の隅ですねているのだろうか
「『君の名前。まだ聞いてなかったね』
『教えてよ』」
そういえばあれだけ会話したにも関わらず自分の名前をいってなかったことにようやく気づいた。彼の印象が悪い意味で強すぎてすっかり忘れていたようだ。
彼が今の今まで自分の名前を尋ねなかった理由は、自分のように忘れていたからか、聞くタイミングをのがしたからか、それとも単に自分の名前に興味がなかったのか。
たぶん、最後の理由だろうなあ。
最初から最後まで上条当麻という少年には振り回されっぱなしだ。
だから最後にこれぐらいいいだろうと、年相応ないたずらっ子のような笑みを浮かべながら、
私はね、インデックスって言うんだよ
名前だけでも覚えてかえってね
返事を聞かずに外へと飛び出ていった。