とある過負荷の上条さん   作:あきしょう

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7月23日(前)

「もーーー!! とうまーーー!!」

 

 女の子の怒った声がこの狭い部屋に鳴り響く。きっとまた彼が何か彼女にいたずらでもしたのだろう。すでに彼らのこのやりとりは日常の一部になっていた。

 

 上条当麻。

 

 三日前の夜に突然訪ねてきたと思ったら、シスターの格好をした見知らぬ女の子を引き連れてそのまま家に転がり込んできた、私の大事な生徒の1人であり、そして私の心に初めて大きな敗北感を味あわせた人でもある。

 

 私、月詠小萌が初めて彼の名前を聞いたのは、彼が入学する前、誰がどの生徒を受け持つか決める職員会議でのことだった。

 

 曰く、行く先々で多くの問題を起こす、学園都市きっての超問題児。彼のせいで廃人になった教師もいるとかいないとか。

 

 そんな噂をもつ彼をどのクラスで受け持つか。誰もが及び腰であった中、私は自分から立候補した。

 

 社会心理学、環境心理学などをはじめとした様々な心理学を専攻し、日ごろから家出した問題児たちの面倒を見て、時に更生させてきたという自負が、そんな子でも私ならという気持ちにさせた。

 

 そのことを、私はすぐに後悔することになる。

 

 私のそんなちっぽけな自信は、彼とのファーストコンタクトで粉々に吹き飛んでしまった。

 

 それ以来、彼との接触は最小限にしている。

 

 もちろん、それは他の生徒と対応を変えているという意味ではない。聞かれた質問には親身になって答えるし、出なければならない補習にはすこし脅してでも必ず出席させるようにしてきた。

 

 だが、それだけだ。

 

 本当に彼のためを思うなら、自分はもう一歩踏み込まなければならなかった。そう、まさに目の前のシスターの少女がやっているように。

 

 それをしないのは、たぶん私は彼から逃げ出してしまったんだと思う。

 

 他の誰を救えても上条当麻だけは救えないのではないか。

 彼を救うこと自体、罪深いことなのではないか。

 

 彼と出会ったとき、そんな教師としてあるまじき考えが頭をよぎって怖くなった。このまま彼と関われば、教師としての私は死んでしまうのではないか。そう思って彼を導くことを諦めてしまった。

 

 でも今なら分かる。彼は人との付き合い、特にあのシスターの少女との関わりを通じて少しずつ、本当に少しずつだが変わりつつあるのだと。

 

 だからいつか、

 

 

 私が間違いだったと必ず後悔させてくださいね、上条ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステイルとの戦闘の後、帰る場所を失ってしまった上条とインデックス。彼らがその後向かったのは、上条の担任の先生であり、家出少年や少女たちを保護するのが趣味という小萌先生のアパートであった。

 

 ちなみになぜ上条が小萌先生のアパートの住所を知っていたのかはここで語らないでおくとする。原作通り青髪ピアスに聞いたのだろう。たぶん。きっと。Maybe…

 

 いきなり訪ねてきた上条たちを泊めることにさすがに始めは難色を示した小萌先生。しかし、インデックスのボロボロの服(上条の趣味でさせられていると思ったらしい)と大きく鳴らしたおなかの音を聞いて、苦笑しながら開けてくれた。

 

 こうしてなし崩し的にしばらく滞在する場所を確保した上条たちであったが、問題がないわけではない。

 

 たとえば、部屋中に散らかった大量のビール缶とタバコの吸殻という小萌先生の意外な一面を知った上条が絶句したり、新たな魔術師の襲撃に備えておかなければならなかったり、そしてなにより、小萌先生のアパートには、お風呂などという高尚な概念など存在しない。

 

 そのため現在上条とインデックスの二人は、アパートの最寄にある銭湯へ一緒に仲良く向かっているところだった。

 

「おっふろ♪ おっふろ♪」

 

 インデックスは両手に洗面器を抱えながら、今にもスキップしそうなほど楽しそうに歩いている。

 

「『インデックスちゃん 駄目だぜ』

 『きちんと前をみて歩かなきゃ』

 『それにまーたそんなピンだらけの修道服を着ちゃって』

 『ひょっとして人にぶつかって野外ポロリとか』

 『そんな変態プレイに興味があったりするのかい?』『うわー!』」

 

「もー。また勝手なことばかり言って! そもそもこの『歩く教会』をこんな風にしたのはとうまだもん! そうだ! とうまのオールフィクションで壊れたことをなかったことにできないの!?」

 

「『インデックスちゃん…』

 『これだけは覚えておいて』

 『どんなものでもいつかは壊れる。』

 『でもそれは自然の摂理であって』

 『気軽になかったことにすることは ものへの冒涜に他ならないんだよ…』」

 

「くだらないことにしょっちゅう能力をつかう、とうまにだけは言われたくないんだよ!」

 

 上条のからかいにムキーとよい反応で返すインデックス。彼女はいい加減気づいたほうがいい。上条の煽りに彼女が生真面目に反応するたびに、上条が面白がってまたからかうという負(マイナス)のスパイラルができあがっているということに。

 そんないつもの他愛のない言い争いを銭湯につくまで続けるのかと思いきや、急にインデックスが立ち止まり、周囲をきょろきょろ見渡し始めた。

 

「『どうしたの?』

 『…………』

 『あっごめん!』

 『でもトイレだったらすぐそこの公園に確かあったと』」

 

「…………………………」

 

 上条のからかいにも反応せずに、真剣な表情でじっと考えるインデックス。上条もさすがになにか異常事態が起きたと分かり口を閉じる。そして少し経ってから彼女の口から出た言葉は、このあたり一帯に「人払い(Opila)」の魔術が仕掛けられている、というものだった。

 

「『人払い(Opila)?』」

 

「うん。周囲に「ここにこようとは思わない」っていう暗示をかけさせる魔術って言えば分かりやすいかな。でも、これだけ広範囲に術式を発動させるなんて、相手は相当実力のある魔術師かも」

 

 そうインデックスに言われて上条は思い出す。まだ寝るには早い時間なのに、自分は誰ともすれ違った覚えがないということに。

 

 一方インデックスはこの魔術の行使者にあたりをつけていた。

 まず、神父の格好をした大男はないと踏む。あれだけ盛大に上条にやられたのだ。この短期間で彼の心と体を治すのはどんな魔術だって難しいに違いない。

 

(たぶん……彼女だ)

 

 それは三日前、自分の背中を刀で切り裂き命を奪おうとした女性。

 なぜあの時彼女が自分を見逃したのかは分からないが、その光景はさっき起きたことのようにはっきりと思い出せる。他ならぬ完全記憶能力が、忘れることを許してくれない。

 

 体が震える。また殺されるかもというトラウマが彼女の心を弱気にさせる。

 

 ふと、頭に何かが乗っかる感覚があった。

 見上げると自分の頭に手を置いて相変わらずの張り付いた笑みを浮かべてこちらを見ている少年の姿が目に入る。

 

「『インデックスちゃん』 

 『そういうことならここは俺に任せて君は逃げな!』

 『何があろうと俺が君をまもってみせる!』」

 

 その白々しく心が全く込められていない言葉を聞いてこんなときでもこいつは! という気持ちがインデックスの中で沸き起こる。そして、震えがすでに止まっていたことに気づく。

 これを彼は意図してやっているのかそれとも全て自分の考えすぎか。どちらにせよ自分がやることは決まっているとインデックスは立ち直った。

 

「とうま、私は魔術の出所をさがしに行くけど、とうまは絶対に、ぜっったいにここを動いちゃ駄目なんだよ!とうまに任せたらろくでもない結果になるに決まってるんだから!」

 

「『わかった!』

 『インデックスちゃんの言うとおり』

 『俺は何があっても』

 『どんなことが起きようとも』

 『絶対にここを離れないって命をかけて誓うよ!』

 

 いきなり前言撤回した上条の言葉にインデックスは何か言いたげな表情になるが、上条に何を言っても無駄だと思い返したのか、すぐ戻るから!という言葉をのこして駆け出していった。そこにさっきまでの不安げな様子は見られない。

 

 …一方。

 

 インデックスの小さな後ろ姿が見えなくなるまで頑張ってねーと軽い調子で応援しながら手を振っていた上条。

 

「『…ところで』」

 

 突如、彼の周囲にまとうオーラが変わる。

 

「『さっきから俺たちを見ていた君は』

『だ~ぁれだ?』」

 

 過負荷にふさわしい、醜悪なものへと。

 

 上条は誰かが自分の近くにいるように話しかけるがそこには何者もいない…筈だった。

 

「こんばんわ」

 

 上条の言葉に促されたのか、どこからか声が聞こえてきた。

 それはゆっくりで凛とした、そしてまるで女王が敵対者にかけるような冷たさを感じさせる声であった。

 

 上条がその声の方向にふりむくと、1人の女性が立っている。

 二メートルほどの日本刀を携えた美しい女性だ。

 一本にまとめられた長く美しい黒髪、そして大和撫子然とした表情。本来それらはみるものに清廉さすら感じさせるものであったが、左足の裾はなぜかなく生足が飛び出ており、さらにへそまで丸出しにしている痴女めいた格好が、すべてを台無しにしていた。そんな怪しい格好の女性に

 

「『こんばんわー!』」

 

 と上条は明るく返す。その姿は相変わらずで警戒している様子はみられない。

 

 なんの他愛もない挨拶。

 だが、片方はいつでも切りかかれるように気を引き締め、もう片方はそんな相手の心情を理解しているにもかかわらず、何をするわけでもなくただわらっているだけ。

 

 世間話のようなどこにでもありそうな会話を交わす二人だったが、その場は確かに剣呑な空気が支配していた。

 

「私は神裂火織、と申します」

 

「『神裂さんだね』

 『うん 覚えたよ』

 『よろしくね!』

 『ちなみに俺の名前は』」

 

「上条当麻。存じております。神浄の討魔…いい真名です」

 

「『あれー!?』

 『なんで俺のことを知ってるの?』

 『あっ わかった』

 『君』

 『俺のストーカーだろ!』」

 

「………不本意なことではありますが、まあ、あながち間違いとは言い切れませんね。あなたのことはこの三日間色々と調べさせてもらいました」

 

「『え!』

 『うわー』

『冗談だったのにマジで!』

『とっても美人さんなのになー』

『そんな見られたら即通報みたいな格好もしているし』

 『神裂さん』

 『君 よく残念美人って言われない?』」

 

「………………………………」

 

 どんな状況でも相手をあおる上条のスタイルには変わりはない。だがそんな彼の挑発を受けても神裂は表情を崩すことなくただじっと上条を見ている。もっとも内心どう感じているかは分からないが。

 

「『なーんてね 俺をだまそうったってそうはいかないぞ!』

 『神裂さんもインデックスちゃんを狙う魔術結社の一人なんだろ!』

 『俺は君みたいなすかした顔でエリート然しているやつが一番嫌いなんだ!』

 『問答無用でぶっ殺してやるぜ!』」

 

「そうですか…私はできれば話し合いで解決したいと思っていたのですが」

 

 話し合い? 

 と上条は意外そうな顔をして、数瞬考えるそぶりを見せた後、

 

「『そうだね!』

 『話し合いで解決できるんだったら争って決めるよりもずっといいに決まってる!』

 『それに俺たちは別にうらみあっているわけでもないんだしね。』

 『そうだ!』

 『そのために神裂さんに1つおねがいしたいことがあるんだけど!』」

 

 先ほど自分がいったことなど忘れたかのように手のひらを返した。

 

「お願い?それは一体なんでしょう?」

 

「『死んで!』」

 

 突如、上条から神裂に向かって大量の螺子が投げつけられる。

 にもかかわらず神裂は避けようとも防御しようともせず、ただなすがままに立っているだけ。

 これではいかに彼女の肉体が人間離れしていても意味はない。あまりに不可解な対応だ。

 

「『安心してくれ神裂さん。』

『話し合いをしたいって言う君の遺志はちゃーんと俺が引き継ぐよ』

 『俺は死体になった君と気が済むまで語り合って君と争わずにすむ方法を考えるさ』

 『なに 俺と君のことだ きっとすぐにみつけられるさ』

 『だから物言う君は邪魔なんだ』」

 

 だが、それはよけれなかったのではなく、よける必要がなかっただけのこと。

 

「なるほど、ここまで聞いたとおりとは逆に珍しいこともあるものです」

 

 不意をついたかのように見えた上条の先制攻撃だったが、いつの間にか張り巡らされた、よく目をこらさなければ見えないほどの極細の糸によって螺子は絡み取られていた。

 

「『……そうか』

 『俺のおしゃべりに付き合ってくれたはこの仕掛けを施すためっていうわけかい?』

 『残念だよ 君も俺との会話を楽しんでくれていると思っていたのに』」

 

「ようやく気づいたようですね。先ほど神裂と名乗りましたが、私たち魔術師にはもう1つ、戦うときに名乗る名前を持ち、それは魔法名と呼ばれています。それを名乗ることは、己の行おうとする行為の誓言であり、本来なら言いたくないことなのですが…、ステイルの言うとおり貴方にはそうもいかないようです」

 

「『ステイル?』 

 『誰それ』 

 『新キャラ?』」

 

 この間の戦闘の際にステイルは本名を上条に名乗らなかったため、いきなり彼の名前を言われても誰のことがわからないのも仕方はない。

 

「三日ほど前にあなたが倒した、私の仲間の魔術師の名前ですよ」

 

「『うーん』

 『ごめん 記憶にないや』

 『ひとちがいじゃない?』」

 

 というのは関係なく、上条の頭の中からはきれいさっぱりステイルとの戦闘のことなど忘れているようだった。だが神裂は特に気にした風もなくただ

 

「そうですか」

 

 とだけつぶやいた。

 

「では、最後に私も魔法名を名乗らせていただきましょう。Slavere000--本来は救われぬ者に救いの手を、という意味なのですが…今回はあなたの流儀に則って」

 

 そこまで言い切った後いったん口を閉じ、目を瞑り、息を吐いた後、言葉を続けた。

 

「死になさい。上条当麻。安心することもなく。遺志を残すこともなく。」

 

 物理的にも人を刺せてしまいそうな力強く、鋭い眼光が上条をいぬく。それでも上条は屁でもない様子でいつものセリフを言い放った。

 

『俺は 悪く ない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 上条にはある予感があった。

 

 自分は負けて無様に地面に伏すことになるだろうと。

 

 だが、そんなことはいつものことだ。

 

 人はみんな自分は死なないと思っている。

 いつか命が尽きることを頭では理解していてもそれは今日や明日じゃないと思っている。

 

 だけど死ぬ。今日も死ぬし明日も死ぬ。

 事件で事故で病で偶然で寿命で不注意で裏切りで信条で愚かさで賢さでいつだってみんな死んでいく。

 

 そんな中女のこのために死ねる俺は残念ながら幸せだ。

 

 だからいつもみたいにへらへら笑って死ねよ、上条当麻!

 

 

 

 

 

 

 




かなりテンションの低い神裂さん。だが次回は…?


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