「一曲分…………という約束だったものね。夢は見られましたか、御客様?」
「………………………ええ。とても素敵な夢だったわ」
「あーあ………………負けちゃった。ま、さっきの一撃で殆ど致命だったんだけど。加えて全力の演奏とかやっちゃったもんだから………………………悪魔の霊格が持たなくなったみたい」
「……………………」
「じゃあね、可愛いお嬢さん。ご静聴感謝します♪マスターによろしくね」
「此方こそ。素敵な演奏をありがとう」
◇◇◆◇◇
頭が割れそうな痛みと共に身に覚えの無い記憶が浮かび上がってきた。
それはあまりにも鮮明で、まるで実際に体験したかのような記憶だった。
あまりの痛さに顔を歪め、額を押さえる。
その様子を怪訝に思ったのかフェイスレスが声を掛けてくる。
「どうしました?
しかし、そんな言葉など今のラッテンの耳には届いていなかった。
意味の分からない記憶に困惑しながらも一つの可能性に思い当たりはした。
もしかしたら、この記憶は別の世界線での自分の記憶なのかもしれない。
だが、普通はそんな事は起きるはずが無い。
幾ら箱庭があらゆる世界と繋がる場であったとしてもそれはありえないのだ。
浮かんだ光景は明らかに箱庭だった。
ならば、ありえるはずが無いのだ。
別の世界線の箱庭と繋がるなどありえない。
何故ならそれは高次次元の壁を越える事になるからだ。
箱庭と繋がる過去現在未来を含めた全てを一塊と見た”世界”において箱庭は一本しか存在しない。
過去現在未来はあっても並行する物は無いのだ。
あったとしても、それは時間軸や空間軸よりも高位の次元の壁を超えた先にしか無い。
ゆえにありえないのだ。
きっかけがあったとしても起こり得ないのだ。
だから、訳が分からないのだった。
困惑し、右目から血涙を垂らしながらラッテンは絞り出すかのように呟いた。
「久遠……………?」
「ッ!?」
その一言だけで明らかにフェイスレスの様子が変わる。
驚いたような顔をし、虚を突かれたようになる。
そして、我に返るとラッテンに掴み掛かった。
「久遠?久遠と言いましたか?何故!!
「知らないわよ!!あんたの顔を見たらいきなり浮かんできたのよ!!」
「は?それはどういう意味ですか」
「そのまんまよ。あんたが何に必死になってるかは知らないけど、私は何も知らないわよ」
ラッテンはフェイスレスの眼をまっすぐ見ながらはっきりと言い返す。
浮かんできた単語なだけで意味も知らなければ何を意味するかなど分かりもしなかった。
ゆえに今の言葉は真実である。
それは瞳を見たフェイスレスも察したようだった。
だからこそ、落胆するかのように息を吐くと自嘲するかのように言った。
「そうですか。少し取り乱してしまいましたね。御見苦しい所を見せましたね」
「確かにあそこまで必死になるあんたは珍しいんでしょうね」
互いに溜息を吐きながら背を向ける。
ラッテンは湯桶を手に取るとフェイスレスの頭に被せる。
当然フェイスレスは困惑したかのように文句を言う。
「いきなり、何をするんですか!?」
「見ておいて今更だけど……………顔見られたく無いのでしょう?なら、それで隠しておきなさい」
言うだけ言うとラッテンは湯煙の向こう側、アルマ達の方へと歩いていく。
頭痛も問題無い程度には収まり、血涙も止まっていた。
「どうでした、マスター?」
「見れなかったわよ」
「それは残念でしたね」
「えぇ、とても」
そのまま流れに任せて先程の事を無かった事にしようとするラッテン。
有耶無耶にしようとする空気ではあるが、ラッテンの背後から立ち上る覇気はそれを許さなかった。
その覇気の発信源は言うまでも無くフェイスレスである。
「何を有耶無耶にして済まそうとしているのですか?
カチャリ、と連接剣の繋ぎ目を緩める湯桶の騎士。
檜の湯桶でスッポリと首から上を覆っているので表情は読み取れないが、今まさに怒髪天を衝くが如く怒り狂っているのは間違いない。
ラッテンは冷や汗をダラダラと流しながらも背は向けたままである。
「さっきまでのは冗談ってことで………………」
「そうです。何事も落ち着きが大事ですよ?」
「Y、YES!!ラッテン様のおふざけなのです!!後で説教しておきますから此処は黒ウサギの、」
「ウサ耳を差し出すから」
「ご勘弁を、ってラッテンさん!?」
「わかりました。ウサ耳二つで許しましょう」
カチャリ。
「なにゆえ!?何故に悪くない黒ウサギの耳が質に!?」
「死地だけにじゃないかしら?」
「YES!!って別に上手くはございませんからこのお馬鹿様!!」
スパーンッ!!とウサ耳を伸ばしてラッテンの頭を叩く黒ウサギ。
フェイスレスはしばしそのやり取りを聞き取りつつ、溜息を吐いた。
先程までの状況から考えれば茶番でしか無い状況に加えて、自身の状況を考え本当に嫌になる状況だった。
「……………」
カチャリ!!
「はいお待ちを!!天丼芸をしている余裕は今の黒ウサギにはございませんので!!お詫びに御背中流しますから、ささ、此方に此方に!!」
黒ウサギは前進に脱兎するという斬新な戦術でフェイスレスの手を握り、流し台に連行する。
彼女が本気で怒っている気配に感付いたからだろう。
黒ウサギもフェイスレスも離れた事を確認するとアルマとラッテンは表情を変える。
アルマとラッテンは常時記憶を共有している為にわざわざ言わなくても先程ラッテンに何が起きたかは分かっていた。
分かった上で茶番に付き合っていたのだった。
「それで、先程のは何ですか?」
「だから、私も知らないわよ。記憶を共有している私達が両者共に知らない事を私が応えられるわけが無いでしょう」
「それでも、考察くらいはしているのでしょう?」
「おそらく別世界線の私だけど、何で別世界線の記憶が映ったのかは分からないわ」
「そこらへんはもしかしたら映司殿達の領分かもしれませんね」
「ありえるわね~」
「そう言えば、彼女も交えて話をしたいのですが問題は無いですか?」
「たぶんね。何か抱えてはいるけど話せはするはずよ」
ラッテンはそれだけ言うと黒ウサギとフェイスレスの方へと歩み寄る。
アルマもそれに続く。
ラッテンはセクハラを交えながら女性陣は背中を流し合い、湯船に浸かるのだった。
◆◆◆◆◆
十六夜は風呂上りに土産物を眺めていた。
何かしら面白い物を探してもいたが、気を紛らわせたいという面もあるにはあった。
御門釈天とは飯を喰った後という約束なのでそれまでの暇潰しも兼ねていた。
「ん?」
「お」
偶然ではあるが霧崎と出会うのだった。
お互いに一人でブラリと歩いてるだけだったので少し話すことにする。
「ラッテンとかはどうした?」
「温泉行った」
「だから、一人寂しく歩いてたわけだ」
「寂しくは余計だ、寂しくは」
大事なことなので二回言うのだった。
とはいえ、あまり間違っても無いが。
「お前の方は何してんだ?」
「釈天の奴が夕食食い終わるまでの暇潰しだ」
「お前も似たようなもんじゃねぇか」
ジト目で睨むが十六夜は涼しい顔で受け流す。
実際寂しい云々とは無縁な男ではあった。
二人でしばらく歩いていると十六夜はちょうどいい機会だと思い付く」
「そうだ。少し話せるか?」
「いいけど、俺が話せる事なんて少ないぞ?」
「別にただお前が体験した世界の危機とやらについて聞いてみたいだけだ」
「それなら映司さんとかに聞いた方が良くないか?」
「あいつらは今何処歩いてるか分からねぇんだよ」
「あぁ、そういう事な。けど、どの道話せる事は少ないぞ?」
実際アゲハ達とは参加開始時期は違う。
それに加えて一時期は意識を失ったままであり、不参加な事件もあった。
最後のゲームもアゲハと天戯弥勒の未来での最終決戦も見ては無い。
現代での最後の攻防も近くにはいたが、直接見たわけでは無い。
だから、当事者ではあるがメインについて話せることは少ないのだ。
後々聞いた事もありはするが伝え聞いた話で正確かどうかすら分からないのだ。
「構わないさ、それでも」
「そうなのか?」
「何かヒントを得られたらいいくらいの話だからな」
頬を掻きながら答える。
十六夜としては珍しい反応ではあった。
何か思うところがあるのかもしれないが、霧崎は察し切れなかった。
だけど、何かしらの悩みを抱えてるくらいは分かっている。
ゆえに面倒ではあるが了承するのであった。
とはいえ、立ち話もアレなのでカフェなりなんなりで話すことにするのだった。
温泉回してない温泉回パート2でした!
ラッテンとフェイスレスの関係性は本人たちが意識してない部分で繋がりがあったり
それでは、質問があれば聞いてください
感想待ってます!