_____北側・未開の樹海。
野鳥が森の木々を揺らす音。
樹海の湿った土を獣が忍び足で駆けていく気配。
ラッテンはそれに合わせる様に笛を奏でる。
「………………」
黒ウサギは俯いたままであった。
黒ウサギは何時間も膝を抱えて物思いに耽ったまま、時折火に薪を投げる仕草を繰り返すだけだ。
そんな黒ウサギにラッテンは内心イライラしていた。
焦燥や不安に支配されないように口を閉ざしているのだろうが、それが逆にラッテンを苛立たせていた。
(あ~もう!!何時までウジウジウジウジしてんのよ!!何があったかは大体察しがつくけど、さぁ!!)
笛を吹きながら心の中で叫ぶ。
励ますとかそういうのは柄じゃないのだ。
一応気分が明るくなる様な曲を選んではいるのだが。
(というか、こういう役目はあいつらの役目でしょうが!!)
この場にはいない映司達の姿を浮かべる。
映司達なら確かに上手い事やれるだろう。
というよりやれていた。
十六夜の許へと向かう前はそれで黒ウサギも少しは元気付けられていたがマクスウェルによって飛ばされた事によって不安がぶり返して来たのだろう。
ついでに自分が捕まったせいでラッテンまで巻き込んだとも思っているのだろう。
とはいえ、そろそろ曲を奏でるだけで繋ぐのも限界である。
さすがに空気が重い。
何か話でもしようと思い、ネタを探す。
そんな中で黒ウサギがポツリと言ってきた。
「……………ラッテンさんは、後悔していませんか?」
「ハァ?後悔?何に対してよ?」
「その……色々と…………」
「あのねぇ………今更それを聞く?」
多少言葉がキツくなっているのはイライラしているからだろう。
苛立ちが態度に出ているのを反省ながらもラッテンは黒ウサギの方を見る。
(どうせ十六夜に何かあっての言葉なんでしょうが、私は霧崎とマスターに付いていくだけでそんな事は知らないっての!!)
心の内で愚痴を吐き続ける。
黒ウサギは、ラッテンのそんな様子に気付かずに話を続ける。
「黒ウサギは……………“ノーネーム”は、十六夜さん、映司さん、カブトさんが召喚されてから、全てが変わりました。信じられないかもしれませんけど………以前はもっと暗鬱とした雰囲気が館を包み、今を生きる事が精一杯でした。僅かに残った仲間たちも、生活苦を理由に次々と去っていきました。中には、自分の子供を残してまで去った者もいます」
でしょうね、と黒ウサギにも聞こえない様な声で呟く。
かつての経験から旗印と名前を失ったコミュニティがどうなるかくらいは分かっている。
「去っていった彼らを責める気はありません。知ってるとは思いますが、箱庭ではよくある話です。むしろ可笑しいのは黒ウサギたちの方なのですよね」
「そりゃ意地を張らずにコミュニティを解散宣言していたら、少なくとも仲間の離反くらいは防げてたでしょうからね」
「…………ですよね。もし正規のコミュニティとして旗揚げしていたのなら_____彼らを、こんな不出来なコミュニティに召喚する事も無かった。十六夜さんだって、あんなに酷い戦いに命を賭けずに済んだはずです」
最後の言葉は、僅かに嗚咽が混ざっていた。
普段の黒ウサギからは考えられないほど弱気な発言だった。
悩んでいるとは思っていたが、まさかこれ程までに自分を責めているとは予想外だった。
_____だが、そんな事は関係無い。
さすがにラッテンとしても限界だった。
ラッテンは無言で黒ウサギの前に立ち、向かい合う様にする。
「デヤァ!!」
「ひゃ!?」
頭を少々背後に倒し、溜めの姿勢を取り、黒ウサギの額を思いっきり頭突いた。
それには、さすがに黒ウサギも声をあげて頭を押さえる。
「ら……ラッテンさん?」
「あのねぇ…………ジメジメウジウジすんのもいい加減にしなさいよ!!」
頭を押さえて困惑する黒ウサギが見たのは、青筋を立て頬をひきつらせるラッテンだった。
そう、ラッテンは今ブチギレていた。
さすがに我慢の限界で堪忍袋の尾が切れていた。
「そもそもコミュニティがどうとか言うけど、私は一回潰れたのを経験してんのよ!!まぁ魔王のコミュニティだし、前のマスターは名に恥じない散り様だったし、不満は無いんだけど。それでも話す相手を選びなさい!!」
「は、はい」
語り始めるラッテンに気押される黒ウサギ。
「それにあいつらも言ったでしょうが、心配するなって。不安になるよりあいつらを信用しなさいよ!!」
語り始めて少々冷静になって来てはいるが一度始めたからには最後まで言うべきと止まりはしない。
「そもそも私は霧崎と契約した時点でどんなコミュニティだろうと霧崎と共に行くと決めてあるのよ。それにマスターにも付いていくと決めてあるしね」
なら、霧崎とペストが対立したらどうするという話ではあるが。
それに関してはそもそも起こらないとラッテンは確信していた。
今のペストならそう思えるのだ。
「だから後悔してるかどうかなんて聞く時点で間違ってるのよ。それにあいつらだって後悔していたら此処まで戦ってきてないわよ。だからあんたが気に病む必要なんて無いのよ」
言い終わり、ふぅ、と息を吐く。
さすがに言い過ぎたかと思い黒ウサギの方を見る。
「す、すいません。ラッテンさん。どうやら黒ウサギは抱え込み過ぎていたようです……」
「あー・・・私もちょっとぶちまけ過ぎた気がするし、そこらへんはいいわよ」
互いに苦笑する。
先程の様なラッテンはそう見れない。
だが、それのおかげで黒ウサギは胸に灯火を宿らせていた。
そして、映司達の言葉を思いだし、灯火の暖かさは増していく。
黒ウサギがラッテンの方を向き直ろうとした時、
草葉の陰の絶望を見た。
「ラッテンさん、伏せt「気付いているわよ!!」
ラッテンはハーメルケインを構えながら這いつくばせようとしてきた黒ウサギを押さえつける。
魔法陣を幾つか展開すると現れた強襲者の突進を上方へとそらす。
灼熱の体を持つ双頭龍は、紅玉の瞳を光らせて吠える。
「GEEEEYAAAAAAaaaaaaa!!」
「ったく、こんな時に面倒くさい!!」
左手にギフトカードを持ちながらディーンを出すか、どうか検討する。
さすがに双頭龍に勝てるとは思ってはいない。
だとすると逃げるだけだが、それにはディーンは向かない。
となると、手は一つ。
黒ウサギを抱え、双頭龍の攻撃を避けながら川の方へと転がる。
ハーメルケインの先端を水へと付け、魔法陣を展開させる。
「貫け!!」
魔法陣を通った水は槍の様に双頭龍へと放たれていく。
気炎と水槍がぶつかりあって水蒸気が舞っていく。
幾つかは双頭龍の体を貫いたのか、悲鳴が聞こえる。
それにより血液が散撒かれ、一頭龍が次々と生まれるがそれくらいならどうとでもなる。
「ラッテンさん!!もう一体隠れていますッ!!」
黒ウサギの絶叫を受けて左手にギフトカードを構えながら振り向こうとした時、鮮血が舞う。
「がぁ!?」
現れた純白の双頭龍に左腕が噛み付かれていた。
左腕の感覚は既に無い。
ギフトカードは下に落ちている。
双頭龍が動こうとすれば引きずりまわされるのは確実。
ラッテンは即座に決断した。
「_____ッ!!」
「ラッテンさん!?」
ハーメルケインを左腕の根元に当てると自ら左腕を斬り落とす。
舌を噛まない様に歯を食い縛りながら、双頭龍の眼球を斬りつける。
双頭龍はラッテンの左腕を噛んだまま、悶える様に飛び抜けていく。
ラッテンは斬り口を押さえるより前にハーメルケインでギフトカードを拾い、口で掴む。
こうなったら出し惜しみしている場合では無い。
「フガフグ!!ヒィィィン!!(来なさい!!ディィィン!!)」
ディーンはラッテンと黒ウサギを肩に乗せ、襲い掛かってくる双頭龍を殴り飛ばす。
(腕は後でジャック辺りに義手を要求するとして、問題は双頭龍ね。さすがに片腕で二体から逃げ切れる気はしないのよ……………)
そんな事を考えながらラッテンは切り口に包帯を巻き付けている。
黒ウサギも作業を手伝う。
ディーンの肩の上で揺れるとはいえ、そのくらいは出来る。
「GEEEEEYAAAAAAAaaaaaaaa!!」
二体の双頭龍が迫ってきている。
純白の双頭龍はディーンでどうにか相手に出来ているが、問題は灼熱の双頭龍だ。
大体包帯を巻き終えると黒ウサギを反対側の肩へと移動させ、ハーメルケインを構え、防御用の魔法陣を張っていく。
「私は此処で死ぬわけにはいかないのよ!!」
死ぬわけには行かないのだ。
霧崎を置いて、ペストを置いて死ぬのは今では無いのだ。
だが、左腕を失い、かなり血を流し、疲弊したラッテンでは限界がある。
それに加えて即席な防御魔法にも限界はある。
何度か火球を弾くと双頭龍は灼熱の吐息を放ってくる。
これまでの攻防を受けてきた魔法陣にヒビが入り、次々と砕けていく。
「……………………」
迫り来る陽炎を憎々しげに睨み付ける。
もう防ぐ術は無い。
咄嗟に出した防御魔法も全て破られたのだ。
ディーンでも防ぎ様が無い角度だ。
それ以前にディーンは一頭龍と純白の双頭龍の相手で手が一杯である。
悔しさを感じながらラッテンは死を覚悟していた。
「ら、ラッテンさん!!」
そこへ黒ウサギがラッテンと双頭龍の間に割り込んでくる。
無駄かもしれない、駄目かもしれない、それでも黒ウサギは割り込んできた。
幾星霜の遥かな過去_______仏話の“月の兎”が己の身を捧げたように。
同士を守る為に、黒ウサギは灼熱へと飛び込んだ。
今回は黒ウサギとラッテンでした!!
ラッテンとしては励ますタイプでは無いのであんな感じになりました。
黒ウサギはラッテンの言葉と映司達の言葉で灯火を宿らせた感じです。
それでは質問などがあれば聞いてください。
感想待っています。