絶体絶命 作:ぴのこ
金木はゆっくりとリハ室のドアを開ける
リハーサル室前で、美しいピアノの旋律が聞こえてきた。
金木は一瞬立ち止まり、その音色に聞き入る。
(なんだろう・・・この不思議な感覚は。
『ショパンの雨だれ』は聞き慣れていたはずだ。
どこか懐かしく切ない・・・奏者のすすり泣きが、心の叫びが
聞こえるようだ)
次第にその旋律に変化が起こってくることに気づく。
(アレンジだ・・・まるでジャズのような即興アレンジをしている・・・
クラッシックでは御法度であるオリジナルフレーズ投入・・・)
金木は思わず持っていたバイオリンを片手に
リハーサル室をゆっくり開ける。
水面に浮かぶ葉のように、金木は弦に弓を静かに重ね
こすり合わせる。
予想外の即興コラボに、ピアノ奏者は一瞬たじろぐが
音色の快感に惹かれ、そのまま演奏を続ける。
まるでずっと昔から知っていたような、そんな感覚が
金木を覆っていた。
やがて過去に愛した女性の面影を追っている自分に
気が付くのは時間の問題だった。
ピン・・・
演奏終了の合図を奏者達は無言で感じ取り、楽器から手を離す。
「金木さんね。素敵な旋律をありがとう。久々にすっきりしたわ」
「いえ・・・こちらこそ勝手なことをしてごめんなさい。未来さん。
あまりに素敵なアレンジだったので、思わず共演してみたくなりました」
「あなたもオリジナルを演奏なさるの?」
「え?・・・ああ・・・時折、自室では勝手にアレンジしたり
していますけど、マスターに叱られちゃうんで、極秘で演奏したり
しています。バレちゃったら『作曲班にまわれ!』って、
怒鳴られちゃいますからね・・・」
「ふっ、そうよね。ドラマ制作の作曲班に回されちゃうわよね。
でも、私はここがいいの。大きなホールでたくさんの人の鼓動を
その場で感じていたいから。臨場感あふれる緊張感がたまらないの」
「未来さんって、意外に情熱的なんですね」
「私が冷徹な女に見えて?」
「え?あ・・・冷徹・・・じゃないけど、クールかなって。」
「だいたい同じ意味じゃない?」
「ち、ちがいますよ!クールに、冷静に、淡々とされているっていうか
聡明な感じが伝わるんですよ」
「ものは言いようね。あなたこそ思ったより情緒的で
わたくしの心を揺さぶってくださったわ」
「そ、そうですか・・・それはよかった」
未来が微笑んだ時、一瞬心臓が止まりそうになり、鼓動が高鳴っていくのを押さえられず、動揺する金木だった。
「金木さん、これからもよかったらコラボってくださらない?」
予想外の未来の提案に、金木は躊躇するも喜んで即提案を受け入れた。
「僕でよければいつでも!」
「これが私の連絡先。家には地下に練習室があるから、いつでも
いらして。防音壁で覆われているから、どんな音を出しても大丈夫。
イラついたら、大声だしたって、平気なのよ!」
「未来さんも大声だすことがあるんですか?」
「あら?私がそんな暗い女に見えるのかしら?」
「いやいや、上品な方だから、大声とか出さないと思いまして・・・」
「出すわよ!大声どころか、壁に向かって罵詈雑言浴びせることもあるんだから」
「想像つかないなー」
「じゃ、今度お見せするわ!」
「ははは!楽しみにしていますよ。あ、これが僕の連絡先です。
未来さんも気が向いたらいつでも呼んでください。速攻演奏の
お供を致します」
「嬉しい!楽しみができたわ!いっしょに憂さ晴らししましょう!」
2人の絆ができあがった気がした。語らずとも分かり合える
音の共演。未来の奏でる不思議な旋律は、金木の感性を揺さぶり
ある人との思い出を思い起こさせるのであった。
・・・・・・・・・
研究室からの帰り道、酷仁と姫乃子は土手をとぼとぼ歩いていた。
「ねえ酷仁。未来ちゃんの移植だけどさ。最初の移植って
喰種だったんでしょ?どんな喰種だったか知ってる?」
「ああ、たしか同じ年ぐらいの女性だったな・・・」
「あたい、ちらっときいちゃったんだけど、芳村って人みたいなんだよ」
「え?・・・芳村って・・・・もしかして・・・」
「酷仁も知ってるよね?金木君の元カノ」
「うん・・・」
「金木君は自らの改造というより、その彼女のために新薬を開発していたんだよ」
「結局、願い叶わず、彼女はこの世からいなくなって
しまった・・・それから、金木は数週間一睡もせず、研究に没頭していたらしい」
「悲しすぎるよね・・・愛する人を失うって」
「どれ程のものか、計り知れないよ・・・」
「酷仁、ちゅーして」
「え゛???今?ここで?」
「そう、今すぐ」
目をつぶり唇を突き出す妃乃子
「人に見られたら恥ずかしいじゃないか・・・」
「ふーふだからいいのっ」
ぶらさがるように、妃乃子は酷仁の首に手をまわした。
「ぜったい離れないから。ずっと酷仁の傍にいる。
死ぬまで生きるから!!」
背伸びしたまま、ぎゅっと酷仁を抱きしめる妃乃子
「なに言ってんだよ・・・おまえは・・・
死ぬまで生きるのあたりまえだろ」
照れ隠しにそんなことをつぶやきながら
酷仁も妃乃子をなにがなんでも守り抜こうと思っていた。
無意識のうちに未来に惹かれていく金木
その理由が明らかになる日はそう遠くなかった