リースス・レーニス   作:綴日向

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プロローグ

 「№4、もうすぐ出番だ。出ろ。」

 ギイィと耳障りな金属の音と共に入れられている覗き窓一つもない扉がゆっくりと開く。

 六面全て無機質な石壁に囲まれ、苔が生えそうなほどに湿った暗い部屋から傷まみれの足を一歩踏み出すと、十数時間の少し冷たい外の空気が器官と布一枚を隔てた肌を不快に冷やし、体がぶるっと震えた。

 後ろにいた団員に「ダラダラするな」と鞭で背中を叩かれ、嫌々歩き出す。

 先ほどの部屋と打って変わってきれいに磨かれた石壁に、二メートル間隔で松明の掛かった通路は、地下だというのに明るかった。

 通路を抜けて階段を上がると、そこは一階。地下と比べてさらに明るい廊下は、――今回の公演のために貴族が貸してくれた建物らしく――異常なまでに装飾が凝っており、無駄に煌びやかだった。 

階段のすぐそこにある「衣装室」と札の掛かった部屋に入れられると、 中では化粧道具をいじったり服をきれいに整えたりしている女性が五,六人いた。そのうちの一人のぽっちゃりと太った中年の女性が、

「早くしなよ。相変わらず汚くてとろいクソガキだねぇ。」とぼやきながらシャツを破れそうな勢いで引っ張り脱がせ、お世辞にもキレイとは言いがたい濡れた布で僕の体を拭いていく。

 サスペンダーのついた黒い短パンと、真っ白なカッターシャツ着て、太ももまで届く紫と白の縞々模様の靴下と、つま先が少し大げさに盛り上がったブーツを履き、ぼさぼさの茶髪を櫛で軽く整えられる。

 体中にある傷跡は見事に服に隠れてしまっている。虐待する団員は器用なものだと今さながら思ったりもする。

 ふと耳をすませば、ステージのほうから観客の割れんばかりの拍手と歓声が響いてきた。僕の前ということはライオンが火の輪をくぐったり肉に向かって大きなジャンプをしているころだろうか。あんな獣が人を喜ばせるために使われていると思うと不憫でならない。

 そんなことを考えているとバシッと頭を叩かれ、いらいらした様子の彼女が、最後の衣装である仮面を僕に押し付け、ここまで連れてきた団員に引き渡す。

「しっかり仕事をするんだよ!あんたはそれ以外できることがないんだから!」

 出際にそんなことを言われた。ちなみに彼女のこの皮肉は毎回内容が変わる。ここにきて三年程経つのによくもまぁネタが尽きないものだと感心を覚えるレベルだ。

 少しの距離を歩き、ステージの裏口に直結している玄関についた。

 ここまで付き添った団員が、僕の体を雑に放し、扉の前に立つと、このショーの進行を務める男性の大袈裟に明るい声が聞こえた。

「サーカスといえばピエロ!続いては皆さんお待ちかね!我らが夢のサーカス団名物!少年ピエロの登場です!今しばらくお待ちください!」

 ナレーションが終わると同時に観客の歓声が爆発したように響いた。この光景を何度見てきただろう。その裏に何があるか知らない人たちの勝手な声を、何度聞いてきただろう。

 考えながら、後ろを振り向く。団員が驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう。僕は今きっと、生まれてこの方したこともないであろう顔をしているだろうから。

 それを隠すかのように仮面をかぶり、ゆっくりと扉を開く。

 もう二度と嗤わないように。

 そして、いつか笑うために。

 

 僕は、いつもより軽い足取りでステージへ向かう。

 

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