主人公だけど平凡さを最終巻まで感じさせるツナって偉大。。
雲雀恭弥が保健室を訪れて小一時間ほど経ち、運動会の開会式が始まった。
生徒が入場し整列したあと、選手宣誓、その後すぐにチアリーディング部の女子生徒が演技を披露するという。
しばらくすると、チアガールが弾ける笑顔とともに駆け足で入場してきた。
「よぉっ 待ってました!!」
保健室で一人、盛り上がるシャマル。
運動場にもどっと大きな歓声が湧き上がる。
シャマルの期待はうなぎ登りだった。
しかしタイミングが悪いことに保健室に来客が。
礼儀正しく挨拶をして入ってきたのは、学ランにリーゼントという古風なヤンキーの格好をした男子生徒だった。
「失礼します。
風紀委員会副委員長、草壁哲矢です」
よく見るとリーゼントの形が崩れている。
相当慌てて来た様子だった。
この慌て様、そこで寝ている手負いの雲雀恭弥…。
合点がいったシャマルはああ、と呟いた。
「恭ちゃんを迎えに来たんだろ?
そこで寝てっからさっさと連れてけーれ」
シャマルは奥のベッドを指差した。
そして不快な虫を追い払うようにしっしと手を振る。
草壁がベッドに近づいていき、すやすやと眠る雲雀を確認すると安堵したように表情を和らげた。
そしてシャマルに対して深くお辞儀をする。
「すみません。ご迷惑をおかけ致しました」
「本当にご迷惑だっての。
入ってきて早々俺に掴みかかってくるしよ」
シャマルは、はぁ〜あと疲れたため息をついた。
「俺のこと害虫か何かだって誤解しているみてーだから、お前の方から言っておいてくれる?
ウジ虫以上の働きはしますからって」
皮肉げに言うと草壁は苦笑した。
「ええ。素性はよく分かりませんが、委員長に害は無さそうだ。
おそらく、委員長を治療してくれましたよね?
顔色がよくなっています。
本当にありがとうございます」
「いいっていいって!
俺、男に礼言われても嬉しくねーし!」
シャマルはなぜか少し慌てていた。とてもまっすぐな目でお礼を言われたので捻くれ者のシャマルも今回はさすがに少し気恥ずかしかったようだった。
「今、委員長は麻酔で眠っていますね」
「分かるのか?」
「いつもは葉っぱの落ちる音でも目覚めるくらい眠りが浅いので」
「神経質すぎねーか、それ」
「委員長に恨みを持っている人は多いですから、いつ何時も警戒してのことでしょう」
雲雀の顔を横目に見ながら、納得いかなさそうにふーんとシャマルは呟いた。
だがそれ以上は何も言わなかった。
「恭ちゃんは色んなことを隠してそうだな」
「と、言いますと?」
「これは秘密にしておいた方がいいかもしんねーが、お前は知っておいた方がいいかもなぁ」
「秘密…」
草壁は興味ありげに身を乗り出したが、少し迷った後、首を振ってその申し出を拒絶した。
「いえ、教えていただかなくて結構です。
人には隠したい秘密の一つや二つあるでしょう。
委員長とてそれは同じです。
それに、どんな秘密を抱えていようとも、私の心はこの人と共に。」
「はー。
見上げた忠義心だねぇ」
シャマルは手を広げて肩をすくめた。
「安心しな。
他の誰にも言わねーよ。
恭ちゃんのことは陰ながら応援しているしな」
シャマルはよっこらしょと重い腰を上げて、眠る雲雀の隣まで来ると、雲雀を持ち上げるために手を伸ばした。
すると草壁にその腕を掴まれて制止される。
何だと見ると、静かに首を横に振った。
シャマルは納得したようになるほどと呟いた。
触れて起こしたら彼女が怒るからだろう。
どれだけ恭ちゃん思いなんだよ、過保護すぎるだろ、と内心呟きつつ、シャマルはかぶりを振った。
「そんな心配しなくても起きねーって!
ちょっとやそっとで起きる麻酔じゃねーから」
「いえ、そうではなく。
委員長は私が運びます」
「は? 何で?」
「いえ、その……」
なぜだか冷や汗をかいて口ごもる草壁に何か勘付いたシャマルは、内心意地悪く笑った。
「いやいや。
別にやましいことをしようとしているわけではないぜ?」
何かを察したのか、草壁の顔が強張った。
「それにさ、ごめん。さっきすげー触っちまった」
「は?」
「しかも、胸…」
揉むような動作で手をワキワキさせながら反応を見ていると、草壁の顔が緊張を通り越して蒼白になっていた。
「さ、先ほどから気にはなっていたのですが、委員長をなぜそのような呼び方で呼んでいるのでしょうか…?」
「何でってそりゃあ 女の子だから?」
シャマルの言葉に全身を硬直させた草壁だったが、少し経った後なんとか冷静さを取り戻して、「このことは、他言無用ですよ」と絞り出すような声で言った。
「んん〜?それならそれなりの対価を寄越してもらわなきゃなぁ?」
「…対価というのは?」
「雲雀恭弥の弱点」
「?委員長に弱点なんてありません」
「無ければ作ればいいのさ!」
そう言うとシャマルは
「テメェ!委員長に何をした!?」
目の色を変えた草壁が思わず掴みかかろうとするとシャマルはのわっと叫びながらも身軽に避けた。
「心配しなくても、とってもマイルドな呪いだぜ?
『桜クラ病』って言ってな…
って、わ、わ!
話は最後まで聞けって!」
うおおと叫びながら飛びかかってきた草壁に一太刀浴びせて、それを受けた草壁は保健室の壁まで勢いよく吹っ飛んだ。
シャマルは俺は武闘派じゃねーってのに!とボヤく。
「落ち着け!保険だよ保険!
怪しさムンムンの俺をコイツが放っておくわけねーし、自分の身の安全を保障したいだけだ!
悪用はしないって!」
嘘だけど。とシャマルは心の中で舌を出した。
「今から俺とお前は共犯者だ。
恭ちゃんにかけられた呪いのことを、お前は雲雀恭弥はもちろん、誰に対しても話すなよ?
あと、この呪いの発動条件は『桜に囲まれること』なんで、恭ちゃんは今後お花見禁止な。
もし恭ちゃんが花見したいっつっても全力で止めろよ。バレるから。
オッケー?」
「…非常に理不尽ですが、要求を飲みましょう。その代わり、あなたが学校から立ち去るときは必ず、この呪いを解くと誓って下さい!!」
草壁が鬼気迫る表情でシャマルに迫る。
「わーったよ。誓うよ」
シャマルは諌めるように両手を前にして草壁の体を押した。
「では、このことは他言無用で!!良いですね!?」
草壁は雲雀を抱えて逃げるようにして保健室を後にした。
面白くなりそうだ、と内心ニヤつきながらその背中を見送った。
◇◇◇
その後すぐにまた誰かが保健室に入ってくる。
何だ、忘れ物……っ!?
草壁ではなくまた別の生徒。
そう確認したところで、シャマルは息を飲んだ。
待て。俺はコイツを自分の目で見るまで、その存在に気がつかなかった。
ごく平凡そうな顔、少し長めの癖のある髪。
並盛中ブレザーを着ているから、風紀委員会でもなく身分としてはただの一般生徒だろう。
だが、ただの一般生徒であるはずがない!
裏の世界で長く生きているこの俺が、その気配を捉えられていなかったのだから。
「何者だ。テメェ」
警戒心むき出しのシャマルとは対照的に、その生徒は友好的に手を広げた。
「シャマル先生が僕のこと知らんのは当然や!
僕、
一週間前に転校してきたばっかりやから、学校の中の地図分からんねん。
便所ってどこあるんですかねぇ?」
軽く笑顔を交えて、シャマルのそばまで近づいてくる。
そして上目遣いでシャマルの顔をじっと見つめる。
「そんな険しい顔せんでもええやん♪」
ニマッと人の良さそうに笑った正一を見て本能的な恐ろしさを感じたシャマルは、冷や汗を流して少し後ずさった。
「ヘッ。わざとらしい嘘ばっかつくな。
第一に転校したてのヤツが養護教諭の俺の名前なんざ知ってるわけねーだろ。
そして、テメェが探している便所は保健室の隣だ!」
「あっらー?そーなん?全然気付かんかったわ」
わざとらしく首をひねる正一は全く邪気が感じられない。
シャマルは正一のことを底知れないヤツだと思った。
「
正一から急にその笑顔が消えた。
正一を知る者からすればありえないことである。
だが、それは正一の素の顔であり、正一は無意識のうちに『
「…なぁ、便所の場所教えてくれてありがとーな先生。
便所ついでにもう一個聞いてええかなぁ?
雲雀恭弥をなぜ殺さない?」
「まさか…お前は、俺の依頼人、か?」
その返事を聞いた正一はチッと舌打ちをした。
「質問を質問で返すなよ。
僕は代理だよ。ま、あなたが信じるか信じないかは別だけど。
何、雲雀恭弥が女だって?
それがどうした?
情でも移ったの?」
「俺は…女子供は殺さねぇって決めてんだよ。
この依頼を受けたとき、雲雀恭弥がまさか女だなんて思わなかったんだ」
シャマルは気まずそうに目線を逸らした。
「プロなら仕事は完遂してくれ。
あなたのポリシーなんて僕には関係ないし、それはあなたのミスだ。
必ず、雲雀恭弥を殺せ。
もし達成しなければ、監獄行きは免れない」
「無理だ!俺には殺せない!」
「まだ言うのか!!」
正一はシャマルの頬を殴った。
殴られてもシャマルは黙り込んでいたが、しばらくして重々しく口を開いた。
「
「うええーっ!?あーもう!!知るかよ!
そんなんあるなら先言えよ!!」
カッとなってつい素の姿をさらしてしまった正一は、しまったと思ったが時すでに遅し。
シャマルが唖然とした顔でこちらを見ている。
あぁ!役作り失敗したぁ!!!
正一は自分の不甲斐なさに両手で頭を掻きむしった。
「と、とにかく!」
普段のクセで眼鏡を上げそうになるが、今はもう眼鏡はかけていない。
内心慌てて鼻の頭をかく振りをした。
「代わりの手段を用意しろ!」
シャマルは、んんと唸った。
「『桜クラ病』にかかっているときに、お前様が拳銃でパンと一発殺っちまうのが一番確実で早いと思うぜ」
「拳銃…」
正一は途端に気分が悪くなった。
実は、雲雀恭弥を拳銃で打って以来、彼は自分が打つ姿を思い浮かべるたびに、吐き気がして、ひどい時は立っていられなくなるのだった。
「う…」
「おいおい、大丈夫か?お前様、拳銃に何かトラウマがあるんだな」
「だ、黙れ」
「ま 俺には関係ねーけど。
それなら、新しく雇うか…」
「何のためにお前に依頼したと思っている!?
ある日突然病死、っていう筋書きが欲しかったからに決まっているだろ!!」
「そう怒りなさんなよ…。
そんなら、ホラ」
シャマルは保健室の棚をまさぐって、どこからともなく酒を取り出して来た。
「度数96度のウォッカだ……
筋書きはこうだ。
『花見中、飲酒をした中学生が、急性アルコール中毒で死亡』
な、いけそうだろ」
「いいと思う。
ただ、4月まで待たなきゃいけない。
僕は彼に命を狙われているんだ。
4月の雲雀恭弥殺害日まで、僕を、全ての敵から守れ!」
「わーったよ。恐れ多い俺の主人様よ。
契約履行できない代わりにその日まで、全力でお前を守ってやる」
「…成立だ。
よろしく頼むよ、Dr.シャマル」
二人はにらみ合いながら握手を交わした。