風紀委員長のパラレル奮闘記   作:まきびし

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山本の実はヤベーやつオーラ好き


第11話 雨のち曇りのち晴天

 すっかり日が落ちて夜を迎えた並盛町。

 都心のベッドタウンであるこの町は、ちょうど帰宅ラッシュを迎えていた。

 だが今日、山本武が家路につくのに選んだ橋はいつも人通りが少なかった。

 加えて車の通りも少ない。 暗くて静かな川辺だ。

 端的に言えば不気味な帰り道を選んだのは、一人で考え事をしたかったからだった。

 

 先ほど夜の7時に野球の練習を終えた山本。

 少し砂っぽい髪をすずしくなってきた夜風にさらし爪の中に少し泥が詰まっているのを歯牙にもかけず歩いているのは、彼が野球少年だからだろう。

 

 そんな彼がふと顔を上に向けて月を見上げた。

 すっかり夜だなーと彼は独りごちる。

 

 普段であれば夜の6時半に練習が終わっているところ夜の7時に練習が終わった。

 それは、明日、文化祭の前日準備で練習が無いから、その分今日は長めに練習したからだった。

 

 1年で野球部のレギュラーである山本は秋の大会を控えている。

 3年生が夏の大会で引退し、今回が1・2年生だけで出場する初めての大会。

 短い期間だったが3年生の先輩には大変お世話になったし、何よりチームの柱として野球部を実力的・精神的に支えてくれた。

 その分先輩達が抜けた穴は大きく、今回の秋の大会で新体制の実力が測られるが、ここで失敗してしまうと先輩が築いてきた『これまで』を台無しにしてしまいかねない。

 

 そんな大会を前にして臆病風に吹かれた山本は一人で考える時間が欲しかった。

 この川辺、橋を通る帰り道は、とても静かで考え事にはうってつけだった。

 

 

 遠回りだからいつもより10分ほど遅く帰ることになる。

 家族が心配すっかな…。

 いや、10分遅くなるなら20分でも一緒だな。 ちょっとぼーっとしてから帰ろ。

 

 そう思った山本は、車も通れるような大きな橋を渡っていたが、足を止めて橋の柵に前から体をもたれかからせた。 下には大きな川が流れている。 空は曇り。 そのため、川は月の光を反射できず真っ暗だった。

 

 この秋大会でオレたちは…。

 これまでずっとみんなで頑張ってきた。

 けど、先輩方が引退した今、もしここで負けちまったら…、

 オレたちは先輩に任せきりにして、頑張って無かったってことになる。

 オレたちは『頑張って無かった』ってことに気付くために秋大会に出るのか?

 

 まとわりつくような不安。

 泥沼のように、はまったら抜け出せない不安。

 

 時折、山本はこのように弱気になってしまう。

 明るい自分と、どうしようもなく弱気な自分。

 

 普段は明るくいるが、弱気になってしまうとどうしようもないくらいネガティブになってしまう。 腕を怪我した時は野球が人生だった山本は校舎から飛び降りようとしたこともあった。

 

 今回もそうというわけではないが、暗い川を見て落ち着いてしまうくらい、気持ちは暗く沈んでいた。

 

 

 ここ最近、そんな不安や気持ちを紛らわすために少しでも強くなりたくて練習していた。

 

 だからこそ、大事な大会の前に文化祭のために運動場を使用禁止にされ、クラスの出し物の準備するために練習時間を取られている現状にいら立ちを感じていた。

 もちろん、彼はそれを悟られないようにはしているが。

 

 

 物思いにふけっていた山本はふと腕時計を見た。

 

 ああ、もうこんな時間か。 帰ろ。

 

 歩き出した山本はさえない表情で橋を渡り切ろうとしていた。

 

 

 そのとき、山本の後ろから足音が近づいてきた。

 かなり駆け足だ。

 

 橋の上の歩道と車道の間には柵があり、山本はその歩道の中心線を歩いていた。

 割と狭い歩道。

 どちらによけようかなとちょっと考えて、何となく左に避けたら、目の前に無灯火のロードバイクが猛スピードで迫ってきていることに気が付いた。

 

 ちょ、無灯火かよ。 電気付けてくれねーと気付きにくいって。

 

 と内心文句を言いながら右に避けた。

 

 そしたら、山本のすぐ後ろで足を地面に踏み込む音がした。

 タンッ、と地面を蹴る音がしてすぐ、山本の肩に重さがかかった。

 

 

 「おわっ!?」

 

 

 「邪魔だよ」

 

 

 上から声がして見上げると、人が山本の肩の上から前方にジャンプするところだった。

 気付いた時にはもうその人は先に進んでいた。

 

 その人はくるっと宙返りして着地するとすぐに走り出していた。 器用にもこの間、ずっと携帯電話を耳にあて、視線は川の方を向いていた。

 

 

 「ああ、見つけたからもういいよ」

 

 

 携帯電話を切ってすぐ懐にしまったその人は橋を渡り終えるや否や、河川敷に飛び降りてまた走り出した。

 

 

 「あれ…ヒバリか?」

 

 

 山本はようやくさっきの人の正体が分かった。

 山本は特に何も思うことなく足蹴にされた肩の部分の砂を払った。

 

 なんか急いでんのかなアイツ。

 そいや、かなり息遣いが荒かった気がする。

 

 河川敷を走り抜けていく雲雀を橋の上から物珍しそうに見ていた山本だったが、雲雀が河川敷からさらに下りて川に入ったのを見てかなり慌てた。

 

 アイツ、何やってんだ!?夜の川に入るなんて危険すぎんだろバカ!

 

 居ても立っても居られなくなり、山本も走り出した。

 河川敷についてから目を凝らしたが、真っ暗な川と同化して雲雀がどこにいるのかよく分からない。 というか、川と河川敷の間に背の高い草が生い茂っていて正直よく見えない。

 

 流されたとか無いよなぁ…?

 嫌な予感がして雲雀が川に入っていったところより下流に向かって走った。

 しかし誰も流されてきているようには見えない。

 

 そしてふと元来た道を見ると、50mくらい先で、頭の先から足の先までずぶぬれになりながら、同じくずぶ濡れの泣きじゃくる男の子を背負って雲雀が川からあがってきていた。

 

 雲雀はその子を地面に下ろすと、片膝をついて、何やら話しかけているようだった。

 男の子はうなずいたり首を振ったりしてそれに答えているようだった。

 そして話し合いがひと段落したのか、雲雀が男の子の頭を優しくぽんぽんと叩いた。

 その後男の子をまた背負って歩き出した。

 

 

 ヒバリはおぼれた子どもを助けに行ってたのか。

 怖えーばっかだと思っていたけどアイツ良いところあんだな。

 

 山本が雲雀に走り寄ると、雲雀がちょっとだけ後ろを向いた。

 

 

 「あぁ…、えーっと、…」

 

 「山本!」

 

 「そう。 山本武だ。 何か用?」

 

 

 そう言っているヒバリの声は結構疲れていて、話しかけたのがちょっと申し訳なくなった。

 

 

 「その子もヒバリも大丈夫かなーと思って」

 「問題ないよ。 それより僕について来ないでくれる。 群れるのは嫌いなんだ。 すぐに離れないと咬み殺すよ」

 「そんなばってばての体じゃなんもできねーって」

 

 

 雲雀はため息をつくと男の子を地面に下ろした。 幼稚園児くらいの男の子はよく分からず下ろされてぽかんとしている。

 

 そして雲雀はおもむろにトンファーを取り出すとそれを山本に向かって振り放った。

 

 

 「うわ!?なっなんだ!いきなり!」

 「草食動物になめられるのは僕のプライドが許さないんだ。 君はここで僕に咬み殺される」

 

 

 疲労を感じさせない体裁きに驚くも、よくよく見れば6月に応接室で戦ったときよりも、えらく的外れな打ち込み方をしてきている。

 だからもし当たってもそこまでダメージにはならなかった。

 コイツやっぱり疲れてんなぁ。

 

 それに、当たりながらも避けていく内にだんだんヒバリの動きが見えるようになってきた。

 避けられる攻撃がどんどん増えていって、しまいには全部避けることができた。

 これなら反撃できるかも?

 

 どこか楽しくなってきてしまった山本は手を出そうとした。

 その時、

 

 

 「委員長!その辺にしてください!」

 

 

 大声をあげて駆け寄ってきたのは風紀委員会副委員長、草壁哲矢だった。

 勝負を止められた雲雀は草壁に向かってギロッと睨んだ。

 

 

 「草壁、いつ僕の戦いを邪魔していいなんて言った?許さないよ。 君も咬み殺す」

 

 

 雲雀は体の向きを変えて草壁に向かっていった。

 しかし、その攻撃はただ草壁が一歩横に移動するだけでよけることができてしまった。

 

 よけられて体制を崩した雲雀は、なんとそのまま地面にぶっ倒れてしまった。

 山本は唖然とした。

 

 

 「委員長、そのまま少しお休みになってください」

 

 

 倒れた雲雀に草壁がしゃがんで話しかけると、少し間をおいてから雲雀は静かに目を閉じた。

 そんな雲雀を軽々と背負い上げた草壁さんは、オレに子どもの方を背負うように頼んできた。

 

 

 「おい、坊主。 お家帰ろーな。 寒くないか?」

 

 

 山本はニカッと笑って男の子に話しかけると、男の子は大丈夫!と元気に答えた。

 そして山本も子どもを背負った。

 

 草壁と山本が二人並んで河川敷を歩き始めた。

 しばらく沈黙が続いた。

 その沈黙を割いたのは草壁の方だった。

 

 

 「委員長のこのようなお姿は、他言無用でよろしく頼む」

 「このようなって…これッスか?」

 背負われる雲雀を指さした山本に草壁はうなずく。

 

 

 「どこぞの誰かに知られるわけにはいかないんだ。 委員長はそこにいらっしゃるだけで抑止力になる。 だからとても大切にしておられる並盛町の風紀を守るために、委員長は誰にも弱みを知られてはいけないんだ」

 

 「オレ…なんか悪りーことしちまったな」

 「いや、気にすることはない。 委員長もおそらくこうなることは頭の隅で分かっていらっしゃったと思う」

 「え?分かっていたってんなら、何でオレを相手に?」

 

 「分かっていてもイラつく自分を止められなかったんだろう。 そこが悪いところでもあり、良いところでもある。 例えば、風紀を守るためなら自制が利かなくなることとか」

 

 「それはつまりどういう…?」

 「実はこのような人助けは今日だけでも4件やっていてね」

 「そーなんスか!?」

 「委員長はまるで未来でも見てきたみたいに、何かが起こる場所を見つけ出すのが上手なんだ。 裏道やトンネルや薄暗い道路や川…行く場所はいつも人気が無くて、委員長が行かなければおそらく大変なことになっていたと思うようなトラブルばかり」

 「それはすごいッスね」

 

 「だけど、そういうトラブルがあるところであれば、どんな時間・どんな場所でも飛び出して行ってしまう。 だから無理をしすぎるんです」

 「コイツ…たしかに戦った感じ疲れてましたけど、どのくらい無理してたんすか?」

 「ここ一か月は毎日働きづめだったな」

 「一か月!?そんなに!?」

 

 「おかげで並盛町は平和だが、委員長はボロボロだ…。 だけど止めたら怒るし、止めなければこうなる。 どうしようもないんだ」

 

 

 草壁は苦笑した。

 

 

 「だからどうか、このことは誰にも言わないでおいてくれないか」

 「そのこと知っちまったら、言うに言えないっすよ」

 「ありがたい」

 「…ヒバリって、実はこんなちっこかったんスね」

 

 「ああ…そういえば、靴が脱げているな。 川で流されたか。 靴を履いていない委員長の身長はおそらく145cmに満たない」

 「本当に小さいっすね」

 「全くだ。 それにすごく軽い。 こんなに小さくて軽い体でどこにあんな力があるのかいつも不思議でならない」

 

 「ハハッ。 小さいけど誰よりも強いってすげーな」

 「それに、誰より優しい人でもある」

 「ヒバリを信頼してるんだな、草壁さん」

 「ええ、とても」

 「そっかー」

 

 山本は先ほど雲雀が倒れたときに、草壁が一言声をかけただけで目を閉じた雲雀を思い出す。

 

 

 「ヒバリも信頼してると思いますよ」

 「さあ…どうだか。 委員長が目を覚ましたとき明日は休んでくださいと言っても、どうせこの人は僕が見ていないところで風紀が乱れるのは許せないとかなんか言って、私に任せてくれることはないだろうし」

 

 「明日は文化祭の事前準備ッスね」

 「委員長はイベント事が割と好きなんですよ。 並盛が活気づくから。 だから彼は成功させるために風紀を守ろうとするんです」

 

 「そっか…。 そうだよな。 こんなになるまで並盛町や並中守ってくれているやつがいるのに、文化祭が無ければいいとか、オレ、思ってました」

 「そうなのか?」

 「野球の試合が近くて、文化祭のせいで練習無くなるからちょっと嫌で」

 「なるほど…たしかにそうだ。 それなら、君の野球の応援をしてくれている人のために文化祭を成功させようと考えるのはどうだろう」

 

 

 山本の脳裏には引退していった先輩や家族の姿が思い浮かんだ。

 

 

 「その人たちに恩返しする方法は、何も野球の試合の結果だけじゃない。 文化祭のようなイベント事を楽しんでもらうのも、恩返しの一つになるんじゃないか。

 

 君は試合に勝ちたいという気持ちが先行してしまっているように思う。

それを支える人たちのことを忘れてはいけないよ。

この後ろの人も大きく言えばその一人だしな」

 

 

 と、草壁は笑って雲雀を見た。

 

 

 「そう…そうッスよね。

オレ、試合に出てもし負けちまったら、自分が『頑張って無かった』ことに気が付くだけだと思ってました。

でもどんな結果でも、支えてくれる人たちにオレらの『頑張っている姿』を見せることがきっと大事なんすよね」

 

 「そうだな 」

 「草壁さん、ありがとうございました!本当に」

 

 

 山本は久しぶりに心からの笑顔を見せた。

 秋の大会に向けて、支えてくれている人たちのために全力で頑張ろう。

 

 

 このバカみたいにな。

 

 疲れて眠りこけている雲雀を見た。

 見ていると何だか勇気が湧いてきた。

 

 そして文化祭は絶対成功させよう。 先輩方にとっても最後の文化祭で、オレの家族も来るし、小学時代のダチだって来る。 オレを支えてくれてる色んな人達に楽しんでもらいたいから、もちろん、全力で!

 

 

 何か大切なことに気がついた山本。

 男の子を送り届けて草壁と別れたあとも、ずっと晴れやかな顔をしていた。

 

 

 そうして良い気分で帰宅した山本は、散々帰りが遅くなったことを父親からしこたま怒られるのであった。

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