正ちゃんよぉ
文化祭を前日に控えた並盛中学校。
下校時刻はとうに過ぎて辺りは真っ暗であったが、各教室には最後の追い込みのため、夜遅くまで居残りをして作業をする生徒の姿が目立った。
それは
「何が嬉しくて男子二人で居残りせなあかんのや!!」
地味な作業の連続にしびれ切らしたマサカズが「サラ覚悟ぉ!」と叫んだと思うと、うりゃあ!という変な掛け声と共に、向かいで作業していた少年に絵筆を持って飛びかかった。
サラと呼ばれた知的そうな眼鏡の少年はパンと両手でその絵筆の柄を取ってマサカズの攻撃を阻止する。そしてそのまま、深々とお辞儀をした。
「このように道連れになってくれたこと、恩に切る。後で褒美を遣わそう」
「し、真剣白刃取り…だと……」
マサカズは役に夢中で何も聞いていないようだ。
実はこのサラという少年、あだ名の由来はサラブレッドから来ており、それは将軍の血をひいているからだとかなんとか。
「そういえばマサカズ、そろそろ次の生徒会長選の立候補時期だな」
「おお!そーなんや!次の生徒会長は美人で強気の女会長がええなぁ♪」
何やら想像をして、マサカズはちょっと元気を取り戻したようだった。
その反応を見たサラは少し期待を込めて言う。
「実はな、私はお前を推薦しようと思っているぞ」
「え、それはほんまやめて」
「なぜだ?」
「いやだから、美人で強気の女生徒会長を俺は求めているんや!俺が生徒会長なってしもたら、その夢が叶わんやろ!」
「問題ない。私が叶えよう」
「なっ……サラ!?」
マサカズは目を輝かせ、期待を込めて身を乗り出した。
サラはその顔に超早業でラクガキを
した。
「おっわあ!!!!何すんねん!!」
飛び退いたマサカズは、近くにあったタオルで顔をゴシゴシとこすって、何も汚れが落ちていないのを見て軽く絶望した。
「美人、強気、女、うん。完璧じゃないか」
ほら、とサラに手鏡を手渡されて自分の顔を見ると、右ほほに美人、左ほほに強気、おでこに女、と達筆な字で書かれていた。
「ひぎゃーーー!!!
このヤロウ!ただじゃ帰さんからなぁ!!」
マサカズは半泣きでサラに絵筆を持って飛びかかる。
二人はひとしきり大暴れした後、疲れて冷静になったのか、黙々と作業をして垂れ幕を完成させた。
◇◇◇
「あぁ〜…。最悪や。ほんま最悪やぁ…。」
半べそをかきながらマサカズはサラと共に校門をくぐる。
(まさか油性だったとはな。不覚……)
軽く笑って流しながらも、マサカズの目の充血を見て泣かせてしまったと思ったサラは内心少々申し訳ない気持ちになっていた。
まぁ、実際はタオルで顔をこすりすぎて目が充血していただけなのだが。
マサカズは涙で潤んだ目でぼそぼそと呟いた。
「明日の文化祭C組のおんにゃのこと回ろーねって約束してたのにぃ…」
「おい、マサカズゥ!!
彼女いない歴イコール年齢の私に殺されたいかぁ!!!」
「わー!わぁー!嘘に決まってるやんそんなん!!
俺はサラちゃん一筋だよぉ??
サラちゃん、俺を傷物にした責任とって?結婚して?」
「うわっ、離れろ気持ち悪い!」
「サラちゃんにあたしの全部をあ・げ・るぅ♪」
「むむっ、なぜだろう。今ものすごく鳥肌が…」
サラはぶるっと身を震わせた。
そのとき、サラの顔の向こう側を見たマサカズの顔が驚きに染まった。
不思議に思ったサラがマサカズの視線の先を追うと、そこには、
「君たち。とっくに最終下校時刻は過ぎてるよ」
並盛中学校風紀委員長、雲雀恭弥が、学校を囲う柵にもたれかかって横目でこちらを見ていた。
「おわっ!ひ、雲雀恭弥ぁ!?」
サラは動転して一歩後ずさった。
最近学校を空けがちだと噂されていたから今日もいないと踏んでいたが、運が悪かった!
チラと腕時計を見ると21時を超えている。完全下校時刻は20時であり、ここでの雲雀恭弥からの制裁は免れないだろう。
雲雀恭弥にしめられたやつが何人も登校拒否に陥っていたのを俺は見てきた!
ここで逃げなければ、間違いなく、私とマサカズはトンファーで滅多打ちにされて心も体もめちゃめちゃに…!!
青ざめたサラはマサカズに口早に告げる。
「おい!逃げるぞ!!
おいっ!?」
腕を引っ張ったがマサカズはなぜか動かなかった。
「君たちは袋の鼠だ」
す、と二人の前に立ち塞がる。
俺は恐怖でつい身を引いてしまった。
「逃がさない」
そして雲雀とマサカズは対面した。
雲雀はマサカズを少し見上げていて、その顔はどこか不満げで、少し首を傾げている。対してマサカズは緊張した顔で雲雀を見ているが、雲雀が近寄ってきても一歩も引かなかった。
雲雀がおもむろに口を開いた。
「……君は僕の知り合いにとても似ている。
他人の空似とは到底思えない。
君、誰?」
「名前は………入江」
「入江?」
雲雀の眉毛がぴく、と動く。
「そう。
それを聞いた途端、雲雀の顔が狂気に歪んだ。
「ワオ。飛んで火にいる夏の虫とはこのこと?
よくぞ僕の前に現れてくれたね。
君のことをずっと探していたんだよ……ッ!?」
不意に雲雀がぶっ倒れた。
それと同時に、Dr.シャマルが呆れ顔で現れる。
「おい入江!!何度も何度も雲雀恭弥に殺されそうになりやがって…俺は便利屋じゃねーんだぞ!」
「あーー。悪かったよ。今回は僕のミスだ」
「ったく…恭ちゃんは恭ちゃんで、いっつも入江に話しかけに行くし…。
開口一番にサクッと入江を殺しちまえば俺も解放されんのによぉ」
「は?僕が殺されたらお前も死ぬって分かっているだろ?
何、それかあれなの?
死にたがりなの?」
「冗談も通じねーのかよ最近の若いやつは」
「言っていることがまるで老害みたいだ」
「美人で強気な姉さんは言うことがちげぇなぁ。ええ?」
「か、顔のことは何も言うなぁ!!!」
サラは置いていかれたようにぽかんとしてそのやり取りを見ていた。
マサカズ、一体何なのだ?
お前のその変容っぷりは?
いつものお前はどうした?
雲雀恭弥との関係は?
このDr.シャマルは何者?
養護教諭ではなかったのか?
殺し?一体、二人で何の会話をしているのだ?
「おいおい。この坊主放っといていいのか」
ふと冷静になったシャマルが私を指差して言う。
「いや、頼むよ」
マサカズはこれまで私に向けたことがない視線を向けた。
何も関心が無さそうな、冷ややかな目。
「こ、殺すのか?私を?
私とお前は親友ではなかったのか……?」
すがるように問いかけたが、何となくマサカズの心に少し響いたように感じた。
マサカズは一瞬のためらいの後、ぐ、と唇を噛んで私を睨みつけた。
「僕の親友は、白蘭さんただ一人だ
君は、僕のことをただの一つも分かっていないのだから!」
絞り出すような声が聞こえてすぐ、私の視界は暗転した。
◇◇◇
「何言ってんだ。おめーがおめー自身のことを偽るから、このメガネは何も知らないんじゃねーか。何も悪くねーのにかわいそうに」
シャマルがやれやれと肩をすくめる。
「僕の親友は白蘭さんただ一人だ。
彼らとの友人関係は遊びに過ぎない」
キッとシャマルを睨みつけた正一は眼鏡を上げる動作をしようとして、また眼鏡がないことに気がついて誤魔化すように鼻をかいた。
「
「よくそんなに割り切れるもんだ。
「黙れ!!監獄にぶち込まれたいか?」
「へいへい…。黙ってますよっと」
「…おい。二人から記憶、完璧に消せよ」
「分かってらぁ」
シャマルはこの
この少年とは依頼人とその請負人の関係。
それ以上でもそれ以下でもないのだから。
これはシャマルの中での絶対的なルール。
シャマルは、自分の中のルールを決して曲げなかった。
桜が散るあの日までは、決して曲げなかった。