久しぶりに並盛中学校の応接室で迎えた朝は眩しかった。
静かな朝だ。鳥の鳴き声以外は風が通り抜ける音くらいしか聞こえてこない。
今が何月なのかはよく分からないけど、どちらかというと暑くて少し寝汗をかいていた。
昨日感じた頭のふらつきはすでに収まっていることにふと気が付く。
良かった。
もし体調が昨日のままだったら奇襲されたときにおそらく100%の力を発揮できなかっただろうから。
とは言ってもここは平和な過去の並盛町だったか。
奇襲なんて心配する必要は無いのに長年警戒し続けたクセはしばらく抜けそうにない。
ソファの上でぐっと背伸びをすると凝り固まった背中が引き伸ばされて気持ちが良かった。
それにしても僕は女になってしまっているけど、これは一体何が起きているんだろう。
10年バズーカは原則として入れ替わりが起こるアイテムだけど、男の僕とこの女の精神が時空を超えて入れ替わってしまったのか。
もしそうだとしたら、元々の僕の体はもう死んでしまっているだろうから、この女の精神はそれと一緒に消えてしまったのか。
身代わりにしたようで申し訳ないけど、予想していない結果だったから仕方ないよね。
思い返すと、元々僕が改良した10年バズーカでしたかったことは、過去の僕と今の僕を入れ替えて、過去の僕が10年後の敵の攻撃に耐えている間に最期に一目並盛町を見るというただそれだけ。
まさか女の僕として中学生からやり直す事になるとは思いもしなかったよ。
ふとこの女のことが気になった。
この女は今まで何してきたんだろう。
過去の僕と同じように並盛町の風紀を守っていたのかな。
昔懐かしい風紀委員の腕章を見ながらぼうっと考えた。
誰かこの女のこれまでを教えてくれる人がいればいいんだけど、さすがに聞けないか。
とりあえず誰かと会って、僕に対する反応を伺ってみようかな。
今は朝の5時か。
応接室にかかった時計で時間を確認した。
ソファから立ち上がって、そして何となくソファの前に置かれていた机の上を見た。
何も置かれていないため、ニスの効いた机の表面が朝日を受けて輝いていた。
校門から敷地外に出ると、ほとんど人通りのない住宅街が朝焼けで光っていた。
ポストに差し込まれた新聞の朝刊の日付を見たところ、今日は6月の土曜日らしい。
年は、たしか沢田綱吉たちが入学した年だ。
ふーん…。 うん、生徒会総会が毎月第4水曜日の昼休憩に開催されていて、毎年6月の総会は2学期の委員会の部屋割りの最終決定を言い渡す内容だったはず。
そう、その後すぐにボンゴレファミリーが応接室に乗り込んできたから、大体今はその時くらいか。
ということはもうリボーンと沢田綱吉と獄寺隼人と山本武との対面は終わっているわけだ
中学時代、彼らの敵を相手にするのは楽しかった。
ヴァリアー、だっけ。
それ以降会うことはなかったけどあの時の僕にとって彼らと殺り合うのは非常に楽しかったよ。
というより、正直相手は誰でもよくて歯ごたえのある相手が欲しいだけだけどね。
ああ、でも今の僕は女だから当時より身体能力はおそらく劣る。
いいね。 だからこそ戦いがもっと面白くなる。
力の効率が勝負の決め手となってくるのか。
僕は暴れるのが好きでこれまでは身体能力のゴリ押しで戦いを制していたけど、この女の体ではそうはいかないから、今回は頭脳戦としゃれこむのもそれはそれで一興だね。
雲雀は機嫌良さげに並盛町を闊歩していく。
二時間くらいして並盛町全域を見回り終えたが、特にこれといって変なところは無かった。
本当にただの平和な並盛町で安心した。
それと同時に、今回こそはこの平和な町を守り通すと雲雀は静かに意志を固めた。
前回は、テロ組織による侵略行為という形で白蘭がまず一つ国を物にするところから始まり、白蘭が手中に収めた国VS連合国軍の構図で戦いが始まった。
だが白蘭の圧倒的な力は周辺国家を次々と支配していき、この日本もすぐに白蘭に屈してしまった。
ミルフィオーレというマフィアが、白蘭が治めるテロ組織そのものであるため、同じくマフィアであるボンゴレのボスが住む並盛町は日本でも真っ先に標的にされた。
その軍事力になすすべもなく地上を追われた僕ら風紀財団は、その風紀財団を母体とするレジスタンスを地下で立ち上げた。
そして抵抗運動を続けて何度もミルフィオーレ基地に侵攻しようとした。
しかし彼の知力にはどうしても敵うことができなかった。
ミルフィオーレ・ホワイトスペル第2ローザ隊隊長兼メローネ基地最高責任者、入江正一。
彼は日本人だがミルフィオーレファミリーの一員となり、嘘か真か並盛町で育ったという噂もある。
だからこそ、日本の中で並盛町がまっさきに標的とされたという説もある。
彼は武闘派というよりは参謀派であると聞き及んでおり、その顔を見たことはないものの、彼の術中にはまって何度も死を感じた。
彼は脅威だ。
もし本当にこの並盛町に住んでいるのだというのなら、見つけ次第、必ず僕の手で咬み殺す。
そうと決まればまず情報収集か。
並盛町役場で僕の顔が通るか試してみたいし、通れば入江正一が並盛町に住んでいるかいないかがすぐに分かり、住んでいるなら住所もすぐさま手に入るだろう。それなら、すぐにでも。
いや、町役場は休日には閉館している。
僕の顔が通るかどうか定かではないし、試すのは休みが明けてからにしよう。
はやる気持ちはあるものの急いては事を仕損じる。
どっしり構えることが成功の秘訣だと前の経験をもとに自制する。
それにしても二時間歩き回っただけあってそろそろのどが渇いてきた。
何か飲み物でも買おうかな。
雲雀は近くの目についたコンビニに入った。
入ると同時に、レジで眠そうに立っていた店員が「いらっしゃいませー。 おはようございます」とむりやり張り上げたような声で言うのが聞こえた。
財布にお金があることを確認し、飲料の棚まで向かう。
そういえば昨日の夕方に目が覚めてから何一つ口にしていないな。
健康に悪いし何か食べるべきだろうけど、あまりお腹が空いていない。
とりあえず微糖の缶コーヒーにしようか…と思っていると、ちょうど店員がドリンクを補充していたため、目当ての缶コーヒーをとるのに邪魔だった。
「ちょっと、君」
「あ?」
客に対応するには無礼すぎる対応に眉根を寄せたとき、その店員の顔を見て少々驚いた。 ああ、懐かしい顔だ。
「ああ君、獄寺隼人か。 」
懐かしさに目を細めたのはつかの間だけで、それ以前の疑問が頭に浮かぶ。
彼はどうして働いているのか、と。
というよりこのコンビニはなぜ彼を雇っている?
使用者が15歳以下の児童を雇用することは一部の例外を除いて法令で禁止されているし、何よりアルバイト等を行うことは並盛中学校の校則違反だ。
これは風紀を乱す行為で、粛正すべきだ。
そう考えを帰結させた僕はこのコンビニか獄寺隼人個人かどちらを先に粛正するか悩んでいると、獄寺隼人が口をへの字に曲げながら元々目つきの悪い目をいっそう悪くさせて僕をにらんだ。
「なんだてめェ。 人のバイト先にまで来てヤル気か?あぁ?」
「じゃーヤル?」
彼がヤル気のようだし、粛正は獄寺隼人が先でいいか。
雲雀は気付いていなかったが雲雀は自然と笑みを浮かべていた。
雲雀は戦闘狂としての自分に実は未だ気が付いていなかった。
袖の下を確認するとトンファーを見つけたので僕はそれを引いて取り出した。
彼はヘッと細く笑うとタバコを取り出し火をつけようとした。
それを見た僕は冷静さを失いかけている自分に気が付く。
だが仕方ないと思う。
なぜならバイトにタバコに、彼はいくつもの校則を破っている。 何より風紀委員長である僕の目の前で。
決めた。 咬み殺す。この場で。
そのとき、先ほどレジで眠そうに挨拶した店員が獄寺に向かって何か叫んだ。
「獄寺くん!店内でタバコ吸わない!あと、お客様にガン飛ばさないで!」
そう言われた彼はしぶしぶタバコを懐にしまった。
「チッ…命拾いしたな」
タバコがポケットに消えていくのを見た僕は少しだけ頭が冷えて、自分のやろうとしたことに気が付いて、危なかった、と内心ため息をついた。
「それは君の方だよ」
もうすぐで店内にも関わらず君を咬み殺してしまうところだった。
さすがに店内で暴れるのは迷惑だからなんとか自制できてよかったよ。
と思いながらも少し残念に思っている自分もいて苦笑しそうになった。
僕は暴れ足りないのかもしれないな。 このすぐに頭に血が上る感覚は今この体が餓鬼だからなのかな。 これは…困るね。
「で、おまえここに一体何しに来たんだよ?」
獄寺の言葉でふと我に返る。
ああ、そうそう。 僕はただ飲み物を買いに来ただけだった。
「普通に買い物だよ。 何か問題ある?」
「いや、ねーけど…」
「じゃーのいてよ。 僕はそこにあるコーヒーが取りたいんだ」
指し示すと彼は素直にのいてくれたので一歩進み出て僕は飲料の棚の最上段にある目当ての缶コーヒーを取ろうとした。
しかし背伸びをしても缶コーヒーを掴むことができず、わずかに表面を引っかくくらいで取ることができない。
参ったな。 この女の体はかなり小さい。
諦めて別のを買おうと思ってふと横を向いたとき、僕のその姿を見ていた獄寺の顔がこれでもかというくらい震えていて、手で口まで押えて笑いを必死にこらえている。
それを見た僕は僕の中で何かが切れるのを感じた。
こらえきれずに盛大に噴き出した彼を見て、全身に制御が利かない殺意が満ちるのを感じた。
ああ、まずい。 冷静な自分が消えていく。
「咬み殺す!!!」
ここから先はもうよく覚えていない。
感情のままにトンファーを振るったことだけが記憶の片隅に残っている。 完全に制御という制御が何も利かなかった。
はっと我に返って気が付いたときにはコンビニ中がグチャグチャになっていて、彼は地面に伸びていた。
やってしまったと内心頭を抱えずにはいられなかった。
この女の体は若すぎて、感情のリミッターが制御できない。
そういえば今は思春期とか呼ばれる年頃だったか。
納得と諦めの気持ちが自分の中で生まれ、自分を原因として混沌としてしまった周囲の状況を見ながら、しばらく立ち尽くしていた。
冷静になった僕はせめて後始末くらいは自分でつけようと思い、頭を抱えていたレジ奥の店員に話しかけて、全て弁償する旨を伝え、請求書を僕宛てに書くように言って手続きを整えた。
彼には話しかけた当初憎々しげににらまれていたものの、賠償の話を持ち出すと納得してくれたようだった。
この女の体、小さいし感情のコントロール効かないしろくなことが無い。
自分の今後を思うと先が暗かった。
コンビニを後にした雲雀はいつも通りすました顔をしていたが、内心今の自分にうんざりしていたのであった。