その後、ハルちゃんがお見舞いに来ています。
ハルちゃん可愛いよハルちゃん。
荒れ果てた荒野にて。
数えきれないほどおびただしい数のウミヘビの槍が、四方八方から雲雀を突き刺しにくる。
新しく来る槍を避け、飛び越え、くぐっては槍の林の間を走り抜けて突破を狙う。
その間もめまぐるしく視線を動かし、この状況を把握しようと冷静に分析を行う。
地面に突き刺さったウミヘビのこの異常なまでの硬さと、わずかに見えるこの炎から察するに、雷属性の硬化か。
一本一本が地面の奥深くに突き刺さっている。
そうして走っているうちに雲雀は、上から下へ右から左へと幾重にも何層にも交差した槍の中に閉じ込められつつあることに気が付く。
だが、本当に恐ろしいのはここからだった。
「!」
『幻魔
その張り巡らされた槍同士の間隔が猛スピードで狭まっていく。
雲雀は数秒前に目に焼きつけた光景と今見えている光景を比較して、狭まるというよりはこの『槍の檻』とも言える全体が縮んでいっていることを確認した。
その縮まる檻が残酷にも雲雀の退路を防いでいく。
『恐れを知らぬ者よ』
雲雀はC級リングをはめると匣兵器を取り出して炎を注入した。 雲雀の頭ほどの大きさの雲ハリネズミがくるくると回りながら雲雀の前に現れる。
「ロール」
雲雀が名前を呼ぶとロールは小さく鳴いて返事をした。
すぐさま高速回転を開始し、雲雀が立っている横の地面に向かって穴を掘り始めた。
ちょうど雲雀が通れるくらいの穴がすぐに掘られていき、雲雀は迫りくる檻に完全に捕らえられる前にそこに飛び込んだ。
『……』
地面に入ったため雲雀の姿を見失った面の男、トリカブトは、しばし考えた後、槍の檻の幻影を解除した。
この槍の檻は雲雀を閉じ込める檻でもあり、逆に言えば敵の侵入を防いでしまう防波堤でもあった。
そのため鉄の檻の下の地面に飛び込んだ雲雀を追うには、幻影を解除しなければならなかったのだ。
「冷静な観察眼をお持ちのかたですね。 あのひっ迫した状況において、トリカブトが作り出した方眼の中心にその収縮点があることを見抜き、手薄になった地面に逃れるとは」
離れて攻撃する機会をうかがっていた桔梗はほう、と感心したようにため息をついた。
「初見殺しの技を突破されてしまっては、彼にはもうあの技は効きませんね」
同じ穴から出てきて再び地面へと戻った雲雀は、足一つ乗るくらいの雲ハリネズミを空中に大量に出現させて足場にし、一瞬でトリカブトに詰め寄った。
空に浮かんだまま雲雀から離れようとするトリカブトは迫りくる雲雀のあまりの速さに対応できなかった。
「遅い!」
追いついた雲雀は呟くと、トンファーでトリカブトの仮面をかち割った。
その途端、トリカブト自身がまるで幻影であったかのように黒い霧が霧散していく。
そしてその中から、体全体に呪文を刻んだ僧が死体となって現れ、地面に落下していった。
空中の雲ハリネズミの上でそれを見届けた雲雀。
その正体を見たとき、眉根をよせて何かを呟いたかと思えば、すぐさま次の敵をその目で見据えた。
「もしかしてその僧とお知り合いでしたか?」
僧の顔を見て顔色を変えた雲雀に桔梗は興味を持った。
桔梗の問いかけに対して雲雀は一瞬黙り、おもむろに口を開いた。
「少しね。 でもこれではっきりしたよ。 君たちは僕に咬み殺される」
雲雀よりさらに高いところに浮かんでいた桔梗は、それを聞いてハハンッと笑った。
そしてその横に浮かんでいたブルーベルもプッと吹き出す。
「ぷっぷー!ヒバリン何言っちゃってんの?」
桔梗の隣でおとなしく様子を見ていたブルーベルはきゃははとおかしそうに笑った。
「ブルーベル達のこと、そこらへんの雑魚兵と一緒にしてない?あんた本当に見る目あんのぉ~?」
ニヤニヤと笑って雲雀を見つめるブルーベルをいさめるようにシッと彼女の唇に指をあてた桔梗は、ブルーベルの言葉の続きを引き取って言った。
「トリカブトはいくらでも作れますが、私たちはそうもいかないのです。
世界中から白蘭様のお導きによって真の力を目覚めさせた我々は、白蘭様にお仕えするため生まれた存在。
白蘭様にお仕えする我々は、その力を白蘭様のために振るうのです。
それゆえ、あなたに絶対に負けるわけにはいかないのですよ」
「じゃあ、その力とやらを見せてもらっていいかな。 今のところ弱すぎて何も楽しくないんだけど」
「はぁーーーー!?あんだとー!ヒバリンこらぁー!!もっぺん言ってみろー!」
それを聞いたブルーベルはむきーっと怒って、察した桔梗の制止を振り切って雲雀の前に躍り出た。
そして目をらんらんと輝かせている。
自分と同じ匂い…雲雀は自分自身が戦闘狂であるとは気が付いていないものの、彼女からただようどこか自分と似た匂いに、雲雀はブルーベルに興味を持ったのか薄く笑った。
それを見たブルーベルも雲雀に向かってニィッと笑った。
にらみあう二人の視線がしばらく交差した。
そこで口火を切ったのはブルーベルの方だった。
「ヒバリンなんかブルーベルの手にかかれば、秒殺だよっ」
腕に氷のようなものを作り出したブルーベルはそのまま雲雀に襲い掛かった。
「へえ。 お手並み拝見するよ、お嬢さん」
雲雀はいかにも楽しそうに笑った。
◇◇◇
花々に彩られた自然豊かな森の、清らかな川に浮かぶ船の上に僕はいた。
その船には僕の他に、何人も顔を見知った人たちが乗っていた。
僕はこの船を居心地が悪いとも良いとも思わなかった。
ただ今はこの川の流れに身を任せていたかった。
だが、この川はどこかで終わってしまい、そのとき僕も終わってしまうような予感がした。
そしてふと前方を見ると、ただの陸なのに、どこか終着地のような場所が見えた。
僕はそっちへ行きたくない。 まだ…。
◇◇◇
ふ、と目を覚ますと雲雀はベッドに横たえられていた。
べっとりかいた汗が気持ち悪かった。
心臓がいつもよりも早く打っていて、ひどく寒気がする。
一体どういう状況、とおもむろに手を動かそうとすると、何かが自分の手を握っていることに気が付いた。
見ると、今にも泣きだしそうな瞳で自分の顔をじっと見つめている人がいた。
「…三浦、ハル?」
自分の声がとてもかすれていて驚いた。
のどが乾燥していたことに気が付かず少しせき込む。
ハルが握っていた手を離してそっと水を差し出してきたのでそれを飲んだ。
「ハァ…。 君のストーカー根性には本当にあきれるよ」
「起きてほぼ第一声がそれですか、ヒバリさん」
ハルは笑っているような泣いているような顔をしていた。
「記憶が曖昧なんだけど、僕がどうしてこうなっているのか教えてくれる」
「えっと…、草壁さんが詳しく知っていると思うんですけど、ハルが知っているところだけを説明します」
聞けば、僕は撃たれたらしい。
それを聞いたとたん、遠のいていた記憶が鮮明に思い出された。
真っ暗な部屋。 ただ一つ光るPCモニター。
逆光でよく見えない中、彼の眼鏡がときたま光って見えた。
そして姿勢を崩した僕に向けられた銃口。
「ああ、思い出したよ…。 僕は彼を殺し損ねたんだ」
言ってからしまったと思った。 しかしそれを聞いてもハルは動じず、むしろ真剣な顔で僕を見つめてきた。
「ヒバリさんっていつも何をしているんですか?」
「いつも……いや、君とは関係ない話だ」
そっぽを向こうとして体をねじろうとしたら腹部に激痛が走ったので、そろそろと体の向きを元に戻した。
それが少し顔に出てしまったらしい。
それに気が付いたと思われるハルの声はとても心配そうだった。
「ヒバリさん…ずっとうなされていましたよ。 大丈夫ですか」
頭がぼうっとしてハルの声が少し遠くに聞こえた気がした。
気付いてみれば、腹部がとても痛い。 全身が脈打っている。
それなのに背筋は氷にあてられているみたいに寒い。
頭がぐるぐる回っている。
でもそれをこの女に気付かれるのは嫌だ。
「…問題ないよ」
「ヒバリさん…やっぱりしんどそうです。 寝ていて下さい」
「君がいたら寝られない」
「!す、すみません…。 ハルは一旦帰ります。 また明日来ますね」
「…そんな悲しそうな顔をされたまま帰られても困るな」
「はひっ!?」
ハルは突然のその言葉に動揺して赤くなっていた。
悲しそうな顔より断然そっちの方がいいと雲雀はぼうっとした頭で思った。
「僕はさっきまで夢を見ていたんだ…昔の夢だよ」
「昔、ですか?」
「僕がここに来る前の話」
「その日僕は一人で荒野に向かった」
「知り合いの死体に手紙がくくりつけられて、僕のところに送りつけられてきたから」
「罠とは分かっていたんだけど自分が止められなかった」
「死体を辱められて、黙っているなんてできない」
「あの10年バズーカを持って行って正解だった」
「正直死ぬって分かっていたからリングも匣兵器も全て持って行ったよ」
「案の定僕は彼らに及ばなかった」
「最期の死闘が本当に楽しかった」
「もうすこし精度の高いリングがあれば…」
「だけどそう…全て白蘭が持って行ってしまった」
「そう、白蘭……」
「ヒバリさん?」
その内容が非常に気になってはいたものの、普段無口な雲雀がよくしゃべるので、何かがおかしいとハルは気が付いた。
名前を呼んでもそれが聞こえなかったかのようにそのまま雲雀は話し続けた。
「でもここで死ぬ気にはなれなくて、だから僕は自分の頭に向かって引き金を引いた」
「世界が一瞬消えたんだ」
「そして現れた並盛町には僕以外誰もいなくて」
「僕は…それをとても……………」
そこまで言った雲雀は力尽きたように目を閉じた。
気がつくと彼は非常に呼吸が荒く、真っ赤な顔で滝のような汗をかいている。
「ヒバリさん!?」
その後も何かしらを口走っていたが呂律が回っておらず言葉になっていない。
これはまずいと察したハルはナースコールを押した。
◇◇◇
駆け付けた医者によって解熱剤が投与され、落ち着いて眠る雲雀を見ながらハルは自分が雲雀のためにできることを考えていた。
先ほどヒバリさんが口走っていたことはハルにはよく分からないことばかりで頭がグチャグチャになっちゃっていますが、ヒバリさんが大変なことに巻き込まれているということはよく分かりました。
私を命がけで助けてくれた、あなたの助けに私はなりたいです。
先ほどのお話によると『白蘭』という人がヒバリさんの敵のようです。
そしてヒバリさんが夢うつつに呟いていた『入江正一』という人は、何者なのでしょう?敵なのでしょうか、味方なのでしょうか。
私はこの二人についてシリアスに調査しようと思います。
ヒバリさんが巻き込まれていることにハルも関わってしまったらヒバリさんは怒るでしょうか。
ヒバリさんは…やっぱり怒るでしょうね。
それでもハルは、あなたと同じところで同じものを見たいと思い続けていました。
爆風の中、ヘルメット越しにあなたの目を見たあの日からずっと。
あなたに恋に落ちたあの日からずっと。