ヒバリさんは生意気可愛いですねぇ。
三浦ハルは目覚ましの音で目を覚ます。
しかし朝に弱いのか、目覚ましを止めてから数分間は動かなかった。
そして、意を決したようにむくりと起き上がったハルは眠そうな目をしばたかせている。
髪の毛の寝癖は大きく広がり口元に至ってはよだれが出ていたが、ハルはそれらのことにまだ気がついていない。
オレンジ色のパジャマが肩からずり落ちていたのを直して何を思ったのか、再び布団へと倒れこんだ。
そしてそのまま動かなくなってしまった。
このだらしなさである。 彼女を知らない人がこの姿を見ても、並盛町にある日本でも指折りの偏差値を誇る女子中、通称緑中に通う生徒とは到底思えないだろう。
しかし現に彼女は、遊び盛りの小学一年生から塾に通い、友達との遊びや旅行を断って塾の夏期講習・冬期講習へ参加し、隙間時間には塾の自習室に通って予習復習を行うような不断の努力を続けてきた人である。
そのようにひたむきな努力を続けて緑中に合格した三浦ハルは、はた目にはまったくそのようなエリートには見えない。
だがその理由が三浦ハルの良さなのかもしれない。
彼女の明るさや朗らかさが付きまとう偏見ややっかみを振り払ってしまうからだろう
彼女自身の大らかな性格が、三浦ハルとしての個人を人に見させることを可能にするのだ。
しばらくするとハルの部屋の扉の向こうから母親が起床を促す声がする。
ハルは寝ぼけた声でふぁいと答えて、近くにあったぬいぐるみを抱き寄せて「うー」と唸る。 ハル!と母親の声がさきほどより大きくして、ハルは多少嫌そうに「起きたー」とくぐもった声で返事をした。
そして面を上げたその顔は数分前よりはまだ冴えた顔をしている。
ただ、いくばくか不機嫌そうではあったが。
ハルは緩慢な動作ながらも慣れた手つきで制服へと着替えた。
そしてヘアゴムをくわえ、ブラシで髪をとかしながら髪を結っていく。
仕上げにおくれ毛をヘアピンで止めて、いつも通りの三浦ハルの出来上がりである。
ハルは姿見の前で一瞬ニコッと可愛らしく笑うと、満足したように部屋を出て行った。
洗面所に寄ってからリビングに行くと、先ほどの母親が朝ご飯を用意してくれている。
リビングのソファで何やら難しそうな本を読んでいる父がいる。
そして今日の予定などを話しながら家族で朝食を食べる。
これが三浦ハルの平凡な日常である。
日常は同じような繰り返しに見えるかもしれないが、生きているということは毎日初めての一瞬を積み重ねることだ、というのは誰が言った言葉だっただろうか。
今日の初めての一瞬の一つ目は、三浦ハルが朝食を食べ終わって歯を磨いているときに起きた。
家の横には塀があるので普段は人の声が直接届くことはない。
だが、夏の風を通そうと思って今日開けていた窓から、割と鮮明に声が聞こえてくる。
三浦ハルはそこで初めて窓の外に注意を向けた。 塀の上で何かが通り過ぎていく
なんだろうと注視して見ると、黒のスーツに黒のシルクハットを被った赤ん坊が塀の上を歩いていた。
「はひーっ!危ない、危ないですよ!」
塀の上を歩くという危険な行為をしている赤ん坊にとても驚き、歯磨き粉を飲み込んでしまったハルはむせた。
収まって顔をあげるとすでに赤ん坊はいなくなっていた。
こうしてリボーンと出会ったことが三浦ハルの恋のきっかけとなり、その恋が日常に変わって、日常が喜びになる。
そう、日常が変わるきっかけはどこにでもあるものだ。
リボーンを初めて見た朝から三浦ハルは家の窓から外を覗く癖がついた。
そうした観察の結果、平日毎朝、家の塀の上を通るらしいということが分かった。
よくよく見ると赤ん坊の隣に男の子が並んで歩いている。
きっとあの赤ん坊の兄なのだろう、とハルは推測する。
いくばくの思考の後、二人は似ていないと結論付けたハルは、それよりも赤ん坊が塀の上を歩くのを許すのは兄としてあるまじき行為だと内心憤慨したものの、それを止めてしまうと平日毎朝の楽しみが無くなってしまうため言えないでいるジレンマを抱えていた。
あの赤ん坊に塀の上以外で会える場所は無いだろうか。 もしあればそこで会うことにすれば、塀の上を歩かせることを注意できる。
そこでハルは気が付いてもいいはずだった。 自分があの赤ん坊にそこまで執着する必要はあるのだろうかということ、そしてそれが許されるのかどうかという問題に。 だが三浦ハルはどこまでも純粋で、自分が好いた赤ん坊を追いかけること何の疑念も抱かなかった。
そしてとある日曜日の朝に、三浦ハルはリボーンを探すために町へ繰り出したのだった。
赤ん坊が行きそうなところと言えば、駄菓子屋、おもちゃ屋、あとは…保育所とか幼稚園?とハルが思考をめぐらせながら町の中心街に向かう通りを歩いていると、街路地からかなりのスピードで飛び出してきた人と側面からぶつかってしまってこけた。
「はひっ!何ですかぁー!もー!!」
飛び出してきた人は尻もちをついた姿を見て少々バツの悪そうな顔をして視線を逸らすと、「立てる?」と言いながら手を差しのべた。
「ぶつかっておきながらごめんの一言も無いの!?いいです!一人で立てますから!」
ハルは制服についた砂を払い落としながらすっくと立ち上がった。
二人がぶつかって一人しか倒れなかった。
その事実からハルはその人が自分よりも大きな人だと思っていたが実際こうして対面してみると、ハルより小さい男の子だった。
割と幼さを残した風貌で制服を着ているので、おそらく中学生だろう。
年齢はハルにはよく分からなかった。
自分より幼く見えるのはその身長のせいかもしれないし、自分より年上に見えるのはその瞳に宿る強い意志のせいかもしれない、そう思いながらハルは、ただの通りすがりの人に対して何を考えているんだろう、と自分で自分がおかしくなってしまい、ついこらえ笑いをしてしまった。
すると惚けていたその男の子の顔がみるみるうちに不機嫌そうな顔に変わったので、ハルはしまった、と内心慌てていた。
「い、いえ!今私が笑ったのはあなたのことを考えていて、ただの通りすがりの人であるあなたのことをこんなに考えてしまっている私は何なのでしょうーって…おかし…く?」
言っているうちに、これ告白みたいじゃない、と思ったハルはさらに慌ててしまって、その慌てようが顔にまで出てきて、真っ赤になってしまっていた。
「はひーっ!無理!ごめんなさい!もう、何でもないです!!」
恥ずかしさが頂点まで達したハルは目をまわしながら来た道をUターンしようとしたところ、いきなり手首を掴まれて本気で動揺する。
「な、何なのでしょう?」
「君は動揺しているようだけど、そんなことはどうだっていいんだ。 ねえ、リボーンって赤ん坊が今どこにいるか知らない?黒いスーツを着ている赤ん坊なんだけど」
どうだっていいと言われたことに少し落胆した自分がいることに驚きながらも、ともかくリボーンという名前を頭の中で反芻する。
黒いスーツを着た赤ん坊、と考えたところで心当たりが容易に思い浮かんだ。
「リボーン…。 あ、もしかしてあの子のことかな」
平日毎朝自分の家の塀を横切る赤ん坊の横顔が思い浮かぶ。
そうつぶやくや否や、その人がハルの手首を握る力が強まった。
「痛いっ」
ハルがついそう叫ぶと男の子はパッと手を離した。
「心当たりがあるなら案内してよ」
そう言ったその人の顔は涼しげで、悪いことをしたと思っているようには到底見えなかった。
ぶつかってくるし強すぎる力で手首を握ってくるし、不躾に頼み事してくるし、この人本当に失礼だわ!という本音をぐっとこらえて、その頼み事の内容に関して考える。
心当たりはないわけではない…しかし見ず知らずの人に対して人様の赤ん坊を紹介してしまうのはどうだろうか、この人の目的が分からない中、頼み事を飲んでしまうのは赤ん坊を危険にさらすことになる。
そう思い至ったハルは、その人の瞳に宿る強い意志よりもさらに強い意志でその頼み事をはねのけようと思った。
「だめです!見ず知らずの人をリボーンちゃんのところに連れていくなんて、そんな危険なことはできません!」
ハルは仁王立ちになってありったけの勇気をこめて言い放った。
ハルの勇気も空しくその人は、ならいいよと言ってあっさりと引き下がり、ハルの横を通り過ぎて町の中心街とは逆の方向へ行ってしまった。
「も、もう。 何だったんですかあの人は…」
ハルは一連の出来事で一日の気力を使い果たしてしまった。
ハルはその日リボーンを捜すことを諦めた。
その日曜日の夜、歯を磨きながらハルは昼間の出来事を思い出していた。
街路地から飛び出してきてハルにぶつかってきた人のことだ。
いきなり不機嫌になったかと思えば涼しげな顔をしていたり、ぶつかってきたと思ったら何事も無かったかのように通り過ぎてしまったり、あの人はまるで雲のようだと、ハルは見えていた月にかかる雲を見ながら思った。
日は飛んで火曜日。 ハルは歯を磨きながら、今日も自宅の塀を歩いているリボーンに熱い視線を送っていた。
短い手足、大きな頭、そんな体とはふつりあいなスーツに似合いの帽子、そのアンバランスさにハルはすっかり魅了されていた。
頬を紅潮させながら、はぁと時々ため息をもらしているその姿はまさに恋する乙女である。
ただ目の下にある寝不足の隈が多少ヤンデレ感を醸し出しているのは仕方あるまい。
昨日の夜、ハルは思い悩んで寝不足だったからだ。
最近盗み見だけでなく盗み聞きも始めたハルは徐々に行動をエスカレートさせており、昨日はついにリボーンに自分から会いに行った。
リボーンが塀を上っているのであれば自分も上らなければという突拍子もない発想はどこから来たのか分からないが、ハル自ら塀に上ってリボーンの顔を初めて真正面から見た。
好いている人の顔を間近に見られた喜びで気が動転しそうになった。
だが昨日あの人に歯向かった勇気に比べたらこのくらいという思い切りで、リボーンと友達になりたいという意思を伝えると、何を今まで迷っていたのだろうと後悔してしまうくらいあっさりとリボーンは承諾し、ハルは本懐を遂げることができた。
そしてリボーンと友達になることが叶ったハルであったが、その後すぐにツナがリボーンに質の悪い教育を行っていることを知り、ツナに対して怒りが収まらず、その夜ツナの毒牙からリボーンを救うために沢田家に忍び込もうとした。
不法侵入で犯罪者になる直前にビアンキと出会い、事なきを得たが。
ビアンキはリボーン救出の同志だと分かったハルは、そのビアンキとおでん屋で親睦を深める。 そしてそこで彼女にリボーンは最高の殺し屋だと聞かされ、同志である彼女の言葉をハルは信じるか信じないかで非常に思い悩んだ結果、今朝のこの目の下の隈ができたということだ。
そしてその一晩の悩み事の帰結としてハルはツナの実力をはかることでリボーン=殺し屋という言葉の真偽を確かめようと、今日ツナに対決を申し込むつもりだった。
ハルの父親の趣味は鎧収集であり、たしなむスポーツはアイスホッケーである。
ツナと対決する際には防具としてアイスホッケーのヘルメットと鎧、武器としてスティックを用意した。
手こずりながらもハルはそれを着ることができた。
今日は火曜日なので通常通り学校があり、何だかんだ真面目なハルにサボるという発想は無い。
すぐに学校に行けるようにその下には制服を着こんでいる。
外に出たハルは初め、鎧の重さに顔をしかめながらも意気揚々と歩を進めていた。
だが、6月の日差しと制服の上の鎧で鎧の中は炎天下であり、何より鎧は30キロ近くあった。
結果としてツナの通学路にたどり着くまでに、ハルは滝のような汗をかき、体力がかなり失われていた。
鎧の重さによる体力消耗。
そして寝不足とこの暑さで、熱中症にかかっていることにハルは気が付いていない。
足元がおぼつかなくなっているのは自分の寝不足のせいだろうと決め込んで、自分が危険な状態にあることに気が付いていなかった。
そしてツナの後姿を視界に捉えたハルはさらに歩を進める。
そしてツナがハルに気が付き、ハルがほとんど不意打ちながらも先制攻撃を仕掛け、リボーンをかけた戦いが幕を開けた。
先手はハル。 スティックをツナに激しくふるうもツナはハルが思っていたよりすばしっこく、スティックは空を切って地面に叩きつけられた。
スティックから手に伝わってくる衝撃が痛かったが、ハルはそれをぐっと堪えて次の攻撃を仕掛ける。
ふらつきながらも筋の良い攻撃をし続けるハルのことを、遠くで見た獄寺がツナに敵対するマフィアの一人だと勘違いしてしまっても無理はないだろう。
「10代目さがってください!」
突然現れた獄寺にツナは驚いた。
獄寺が自分を守るということは、とその先に起こる出来事をツナは容易に想像できた。
名前を呼んで止めようとしたツナであったが一歩遅かった。
「果てろ」
獄寺の掛け声と同時に着火されたダイナマイトがハルに向かって投げつけられる。
ハルはそれを視認しても最初は何も危機感を覚えなかった。
それは獄寺のようなマフィアではなくハルはただの一般人であるから爆発物など一生でそうお目にかかれるものでもないし、何よりハルは熱中症で頭が回っていなかった。
これは爆発物だとワンテンポ遅れて気が付く。
しかし逃げるにはすでに時間が経ちすぎており、すでにハルの身体は限界に来ていた。
爆発音とともに熱風と衝撃波がハルを襲う。
ヘルメットや鎧といった防具を装備していたハルは軽傷で済んだがその余波でハル自身が川に投げ出されてしまう。
こんな重いものをつけたまま川に落ちたら沈んで溺れ死んでしまう。
ハルは自分の生還の可能性がかなり低いことを悟り、死を覚悟した。
そのとき。 恐怖に目をつぶろうと閉じかけていたハルの瞳がどこかで見たような人の顔を捉えた。
そう、どこかで見た。 いつかに見た。
この涼しげとも不機嫌そうとも見える顔を。
意志の強そうなこの人の目を。
その人の口が何か言いたげに動いたが、ヘルメットを着けているハルにはそれが聞こえなかった。
瞬間、その人は女性であるハルを失礼にも足で蹴飛ばした。
その人が蹴飛ばしたためハルは元の橋の上に戻り、その人は頭から川へと落下していった。
「そ、そんな…!!」
ハルは地面に打ち付けられた衝撃で全身にしびれが走って動けないでいた。
動けない中、川に落下したあの人がどうなっているのかを確かめられないでいた。
あんなにも傍若無人だったあなたが自分の身を危険にさらしてまで、私なんかをどうして…。
ハルはショックで茫然としていた。
するとハルの横を一陣の風が走り抜ける。
ものすごいスピードでツナが川に飛び込んでいったのだった。
ツナさんがあの人を助けてくれる。
そう安心した途端ふっと力が抜けて、体力も気力も消耗していたハルはそのまま意識を失った。
後日聞いた話では、ツナさんがあの人を助けてくれたらしい。
あの人が川に落下したときの打ちどころが頭だったらしく一時は意識を失っていたみたいで病院に搬送されたんだって。
でも何時間と経たないうちに意識を取り戻して怪我は何もなく事なきを得たと聞いて一安心です。
あのとき私も意識を失っていて、並盛中央病院に搬送されたんだけど、私は熱中症にかかっていたらしく、数日間熱に浮かされその間入院。
私より早く退院したあの人と病院で出会うことは無かった。
だから今度会えたら、きちんとお礼を言おうと思っています。
そして退院した三浦ハルは日常へと戻った。
いつもの平日。
目覚ましの音で目を覚ましたハルは眠そうな目をしばたかせ、髪の毛の寝癖は大きく広がり、口元に至ってはよだれが出ていたが、ハルはいつも通りそれらのことに気がついていないようだ。 緩慢な動作でハイソックスを足に通し、髪を一つに結う。 そして顔を洗い、しゃきっとした顔で両親と言葉を交わして朝食を食べ、歯を磨く。
歯を磨いていると、塀の上を歩くリボーンを窓越しに見つける。
ここまではこれまでと同じ。 でもここからは少し違う、日常の中の新たな一瞬。
リボーンがこちらを見て、ニッと笑った。
「ちゃおっス!」
「おはよ、ハル」
リボーンの横にいたツナも笑顔でハルに手を振る。
「おはようございます!リボーンちゃん!ツナさん!」
窓を大きく開けてハルは笑顔で挨拶に応えた。 ハルは歯を磨き終えるとローファーを履き、行ってきます!の元気な掛け声とともに玄関の扉を開けた。
そしていつも通り通学路を歩いていく。
あ。 というつぶやきと共にハルの目が大きく見開かれる。
ハルの通学路にいつもは見ない、いつもと違う人がいた。
丸い頭、ぼさっとした髪の毛、ブレザーを両肩にかけて歩く後姿。
割と小さめな身長なのにすっごく力が強くて…。
そう、彼はきっと日曜日の朝にぶつかったあの人だ。 火曜日の朝に私を命がけで救ってくれたあの人だ。
ハルは思わず走り出した。
そしてその人に手が届くところまで走り寄るとその人はハルを目で認めた。
初めて会ったときも二回目会ったときも、今回も。
いつも同じ表情をしているんですね。
そんなことを思いながらハルは雲雀恭弥の前に躍り出た。
「私、三浦ハルと言います!」
ハルの日常が恋となり、ハルの日常が喜びに変わる、そんな新しい一瞬だった。