AM4:00
朝露が芝生を濡らし、登り始めた陽が其れをキラキラと輝かせている。
小鳥の囀りがまばらに聞こえ始め、街に活力が満ちてくるのが分かる。
ある喫茶店の前でも、一人の青年が箒とチリトリをもって早朝の気持ち良さを感じながら忙しく動き回っていた。
シロウの朝は早い。喫茶店としての開業は午前11時からなのだが、一人で店を回しているため仕込みなどはこの時間帯から始めなければ間に合わない。
BARとしての閉店が夜中12時なのもあって時間があまり無いのだ。
「——っよし、掃除完了っ」
ポンっと手に持っていた布巾を置く。机も椅子も磨き上げられていて埃一つ付いていない。
どれも顔が反射しそうな程ピカピカで、店の雰囲気をよくしている。
カランカラン
シロウが満足そうに辺りを見回し、一息つこうと茶を入れようとした時、急に店のドアが開いた。
「シロウ兄〜、居るっスか〜?」
「シロウ兄ーー来たよー!!」
元気そうな女の子の声が2つ響き、人が入って来た。
先に声をかけた方は、赤い髪を後ろで纏め活発な印象がする女の子で何処と無く軽い感じがする。服装は肩の開いたカジュアルな服で少しボーイッシュな、動きやすいものだ。
もう一方は、対照的に水色の髪を肩口で切り揃えており、愛嬌のある可愛らしい顔のせいか幼い印象を受ける。
此方もやはり何処か軽い感じ……というか抜けてそうな性格に見える。
服装は白いフリルの付いたワンピースにジーンズ生地の上着を着ている。
「ウェンディにセインか、元気にしてたか?」
「元気いっぱいっス!!」
「元気でーす!!」
二人して両手を上に広げ元気さをアピールする。その様子はよくある児童番組のお兄さんと子供達のやりとりの様に見える。
言うまでも無いが、シロウが体操のお兄さんでウェンディとセインが元気いっぱいに返事する児童だ。
「五月蝿いぞ…二人とも」
ウェンディとセインの背後に一つの影が現れる。
底冷えする声と共に姿を現したのは、長い銀髪に黒い眼帯ピシッと伸びた背筋…あと低い背。チンクだ。
「一般人の格好をしているからと言って あまり目立つような行動はするな。特にこんな街中ではどこで誰が見ているかなどわからん。店内でも油断するな。そもそもお前達は……」
教え諭すように淡々と説教するチンク。ウェンディとセインは反省したように首を垂れて黙って聞いている。
見た目だけで見れば誰よりも幼く見えるが、チンクはこの場の誰よりも姉らしく思えた。
「あ〜〜、久しぶり……チンク。ところで、もうその辺にしないか?用があって来たんだろ?」
話が長くなりそうだと思ったのか、単純に妹を助けてあげようと思ったのか、若くはその両方か、シロウはチンクに声をかけ説教を中断させる。
チンクもあまり長々と説教するつもりは無かったのか、少しため息をついた後シロウに向き直った。
「久しいなシロウ。元気だったか?」
「なんとか上手くやってるよ、そっちはどうだ?皆んなちゃんと生活出来てるか?」
「姉妹も増えて来たが今のところ問題はないな。この二人が少しヤンチャして困る程度だ。
ただ……そうだな、トーレが最近寂しがっていたぞ。前、研究所に戻ってきた時は丁度トーレも任務で出ていたからな、また今度会いに行ってやれ」
シロウの頭に無表情なのに明らかに不機嫌な雰囲気を漂わせるトーレが浮かぶ。近くにトーレが居るわけでもないのに、シロウは背中に冷たいものが流れ 鳥肌が立った。
「あ〜、うん 分かった今度は先に確認を入れてから帰ることにするよ。」
何の確認かは言うまでもないだろう。
「セイン」
「はいはいサー!!」
チンクがセインに合図すると、セインはずるりと地面から一抱えある箱を取り出した。
箱は目立ちにくい紐でセインの足に結ばれており今まで地面に沈んでいたようだった。
「【起源弾・劣】配達に参りましたッ!!」
ピシッと軍隊の様にセインが敬礼する。本人は至って真面目なのだろうが、童顔のせいか迫力がない。
「先日ドクターにそろそろ補充が必要だと言っていただろう?、セインのISの訓練も兼ねて持ってきたんだ。」
「本当は私とセインの二人で来る予定だったんっスけど〜、チンク姉が心配だからってついてきたんっスよ」
ウェンディがブーたれながら説明を捕捉する。チンクが付いてきたことは本人にとっては不服な様だ。
一方チンクは『この二人を放っておいたら何が起こるか分かったものではない』とでも言いたげな目でウェンディもセインを睨んでいる、と言うよりは呆れている様にも見える。
「ま 、まぁ取り敢えずありがとう。剣は投影で幾らでも造れるけど、【起源弾】はそうはいかないからな…。そのくせ最近だと【起源弾】の需要が増えてるから足りなくてさ。」
ミッドの魔導師は砲撃型が多い、それ故に投影品の剣よりもカートリッジと同じ要領で使える【起源弾】の方が人気だったりする。
シロウも工夫して剣の形を弄って砲撃魔導師でも使える形にしているが、いかんせん売れ行きは良くない。その分ベルカ式魔導師が大量の刀剣類を購入していくので困っていると言うわけでもないのだが…
それと余談だが最近だとシロウの剣を更に加工してデバイスの部品として使っている魔導師もいるそうだ。これまたベルカ式に多いのだが、一部の管理局員が局に黙って自分のデバイスを改造していると言う噂さえある。
「それにしても、いつも思うけど便利なISだよな…セインのやつは」
「ドクターも予期してなかった突然変異らしいからね、扱いは難しいけどもう大分自由に使えるようになってきたよ」
【
自分だけでなく自分の持っているもの 触れている物も自由に運ぶことができる。
先程のは更にそれを応用して自分自身は地上にいるまま、自分に触れているものだけを地中で潜行させるという訓練を兼ねていた様だ。
非常に強力…というか便利な能力なので主におつかいや侵入などの雑用を任される事が多かったりする。
「いや〜それにしてもカッコいいっスよね〜」
突然ウェンディが辺りを見回しながらウンウンと頷く。
「何が?」
受け取った起源弾を店の目立たない所に収納しながらシロウはきく。箱を丁寧に並べる手を休めることは無かったが意識は完全に会話の方に向いている。
「こういうお店っスよ。なんかこう…大人って言うか渋いって言うか、夜のBARでカッコよくお酒とか作ってみたいっス。」
「カクテルか?」
お酒を造ると聞いて一瞬、密造酒のことが頭に浮かんだシロウだったがそんな筈ないと考えを消し去りまともにな答えを返した。
「そうそう!それっスよ!カシャカシャってやるんスよね、いつか…こんなトコでバイトでもしてみたいな〜なんて……ハハハ…」
言うにつれて語尾が弱くなる。笑い声もとってつけた様で不自然だ。
普通にしていれば分からないが彼女達は戦闘機人だ。その事を自覚しているからこそ、何でもない事をまるで夢でも語る様に言うのだろう。
「……それにしても、まだお客さんってこないの?どんな感じなのか見てみたかったんだけど。」
セインが雰囲気を変える様に明るい声で話題を変える。
「営業開始までにまだ時間があるからな、一応席がすぐ埋まるくらいには人気があるつもりだけど……今日はどうだろうなぁ。
茶でも淹れるからゆっくりしてってくれ。」
シロウはカウンターの裏に回り茶筒とポットを取り出す。
ポットに水を入れ火にかける。
ブーーブーー
しばらく沈黙が続いたがそれを破るかの様にシロウのポケットからバイブ音がした。
『仕事』用の携帯電話だ。
シロウは火を止め届いたメールを確認する。内容を把握するとシロウはチンク達の方を向いた。
「悪い、今日は臨時休業だ。店は閉めるから帰ってくれ。」
♢♢♢♢♢♢♢
パキッパキッ
一歩進むごとに床が軋む音がする嫌な音のする床は今にも抜けそうだ。更に割れたガラスが辺りに散らばり足音を消す事を許さない。
ミッド郊外、打ち捨てられた研究所。研究所の周りには雑草が茂り元々の地形の事もあったのだろうがその存在を知る者はほとんどいない。
昔は局が進めていた魔法生物の実験施設だったそうだが、とうに撤退し今では違法取引の場として使われている。
シロウも取引場所としてここを指定されたのだった。
シロウは指定された研究所の一番大きな部屋にたどり着いた。老朽化が激しいのか床の所々が崩落しかけている。
そこに一人の少女がいた。
歳は14、5といった所だろうか。
ボロ切れの様なものを纏い、頭をそれでスッポリと覆っている。顔はよく見えないが金髪がチラリとのぞいていた。
「お前が取引相手か?」
「………………………………」
スッ
シロウの質問に答える代わりに少女は懐から紙を一枚取り出した。それを見てシロウは合点が行く。
こういう違法取引では自分が直接赴くのではなく、金で雇った第三者を立てる事も多い。それに浮浪児を使う事もしばしばありシロウも何度か経験のある事だった。
とはいえこんな子供を一人でこんな所に行かせる事に何も感じない訳ではなかったが…
シロウは少女の差し出した紙を受け取ろうとする。必然的に二人の距離は1mも離れておらず手を伸ばせば首を絞める事も可能だろう。
カシャンッ
「うん?」
右腕に冷たい感触を感じる。
シロウが自分の右腕を見てみると、無骨なけれど頑丈そうな鉄の輪がそこにはまっていた。
カシャンッ
少女は自分の左腕に反対側に付いた輪を嵌めるとフードをとり、シロウの眼を真っ直ぐ見据える
「時空管理局、執務官フェイト・T・ハラオウンです。
違法魔導師アーチャー、遺失物の密輸及び密売の容疑で逮捕します。」