ドゥーエ姉を書きたかった。
ただそれだけ
エメラルドグリーンの海。
白く輝く砂浜。
透き通るような青い空。
地球で言うところのエーゲ海のビーチを思わせるその海は、老若男女様々の観光客で賑わっており、白い砂浜にカラフルなパラソルを突き刺すことで一層楽しげな雰囲気を醸し出している。
そんな風景の中に1組の男女が居た。
煌びやかな金の髪を靡かせ、白い肢体をビーチチェアに横たわらせる
女性は双眼鏡を片手に持っており傍の男性と談笑しているように見える。
その様子には少しの違和感もなく、近くを歩く人がいてもバードウォッチングでもしていると当たりを付けるだろう
だが、二人の会話は平和なビーチに似つかわしくない、物騒極まりない内容だった。
「シロウ、あのベンチに腰掛けている女性、わかる?」
「ああ、あの綺麗な緑色の髪の人だよな?」
何でもないように返事をするシロウだがシロウから見てその女性は約1キロは離れている。
ビーチ近くのホテルにあるオープンカフェで寛いでいるようだが、普通の人間なら見ることはかなわないだろう。
「元時空管理局提督にして次元航行艦アースラの艦長だった女性よ、現在は時空管理局内勤で総務統括官を務めているわ。
管理局の内情にも詳しいはずよ。」
「
淡々とと説明するドゥーエに情報収集が目的だと悟ったシロウは、スタンダードかつ古典的方法を提案する。
「スマートじゃないわね」
ばっさり切り捨てられたが……
「シロウ。」
「ん?」
「ちょっと貴方、彼女をナンパして来てくれないかしら?」
「……………………え゛、?」
固まるシロウ。
笑いかけるドゥーエ。
実際は数秒の事だったのだろうが、シロウにはとてつもなく長い沈黙に思えた。
二人の間に喧騒と波の音だけが響く。
「ナンパしてきてくれない?」
「いや、無理だって」
即答した。
何気に実はもう、童貞を捨てている(仕事の関係で仕方なかったからだが…)シロウだが、ナンパなんてした事がないし基本ヘタレだったりするので自分から女性を誘う根性などカケラもない。
「大丈夫!、セッテイングは全部お姉さんがやってあげるから」
そういう問題じゃない。
「いや、無理だって!!、俺そういうのは全くやった事ないし、そもそもなんでドゥーエ姉がやらないんだよ!」
ドゥーエは諜報のプロだ、巧みな会話術と観察力、そしてその美貌(変装込み)で多くの人間を籠絡してきた。
勿論、男性だけというわけではなく女性もその中に含まれる。
「それはっ!……………色々…あるのよ」
何か言いたげなドゥーエだったが、押し留め誤魔化す。
「………………………………」
シロウも何か察するものがあったのかそれ以上追求しなかった。
「…………それで?俺は何をすればいいんだ?」
諦めたようにシロウが口を開く。
結局のところシロウはドゥーエの弟であり、弟が姉に逆らうことは出来ないのだ。
「第一目標は顔見知りになる事ね、継続して情報を入手できるように関係を築く事。
第二に端末のデータのコピーね。これは優先度こそあまり高くはないけど出来れば後々楽よ。」
「楽ってのは?」
「端末には彼女の個人情報が満載だもの、好みや行動パターン、友人関係やその連絡先……脅すも拐かすも思いのままよ」
割とえげつない事を平然と微笑を湛えながらいうドゥーエ。
残酷なようだが、これが彼女のやり方だ。
クアットロが最高の戦闘機人だと賞賛する所以でもある。
成る程とシロウも頷き、一息つこうと傍らのテーブルに置いたトロピカルジュースのストローを咥える。
「あっ、だからベッドの上では頑張ってね♡」
ブフォッ!!
ドゥーエの言葉にシロウは飲み込みかけたジュースを噴き出す。
横目でシロウがストローを咥えて飲み込みかけたところを見ながら言っていたあたり狙っていたようだ。
「ゲホッ、ゲホッ………ど、どうゆう事だよ。」
「
あれはそういう意味だったのか。てっきり友人関係を結んで仲良くなれ、ぐらいの意味かと
「けど、結婚…とかしてないのか?」
流石にドゥーエがそこら辺の調査を疎かにしているとは思わなかったが管理局員は既婚者率が高い。
それにも理由があり管理局が局員同士の結婚を推奨していたり、婚活パーティーの様なものを頻繁に催すからだ。
局員同士の子供は9割局員を志すというから、管理局の狙いもわからないではない。
「そこは大丈夫、彼女は既婚者だけどもう未亡人、義理を守る相手はいない」
「いや、そうでもないだろ、亡くなった夫のことを忘れられない未亡人なんて珍しくもないぞ」
事実、シロウの知り得ないことだがリンディは夫であるクライド・ハラオウンが殉職して以来、男性との関係を持つことは一切なかった。残された息子のため仕事に全てを捧げていたからだ。
だがそれも過去の話。
つい先日アースラから降り、息子も独り立ちした今となっては仕事に人生をかける熱意もとうとう冷めてしまっている。
現在、保養地にいるのも無聊を慰めるためだ。
「———それに今の貴方の格好なら彼女は拒まない。断言できるわ」
シロウはその言葉に自身の前髪を摘み見る。
青みがかった黒い髪だ。
普段より若干長めに調整されており前髪が少し目にかかる。
スカリエッティ製の高性能カツラでそれこそ頭皮ごと剥がす勢いで調べられなければ気づかれることはない。
顔も同じように普段とは似ても懐かない様相をしており、彫りが深く目つきが鋭く見える。
これは単純にドゥーエによるメイクの賜物だ。
彼女によれば、ファンデーションをうまく使って陰影を加えればどんな顔にでも成れるそうだ。
「心配せずに私に任せなさい。
♢♢♢♢♢♢♢
♪〜♪〜
妙に安っぽいジャズの流れるBARで私、リンディ・ハラオウンは一人寂しくお酒を煽っていた。
ここはホテルの上層にある店で、時間も深夜に差し掛かっているためか人気はあまりなかった。
本当は今回のバカンスにはクロノやエイミィ、フェイトも来る予定だったのだが、結局 全員仕事が入り私一人で来ることになってしまった。
ぐいっとキャロルを煽る。
軽く喉を焼く感覚が心地いい。
普段はあまり強いお酒は飲まないのだが、今日に限ってはなるべく酔えるように敢えて強いものばかり飲んでいる。
一人の寂しさを紛らわせるためだ。
ぐいっと、また酒を煽る。
この時期になるといつもそうだ。無性に寂しくなって夜一人肩を震わせ枕を濡らしたことも一度や二度ではなかった。
数年前まではまだマシだった。
仕事に没頭し、頭から嫌なこと全てを追い出して気がつけば
———けれど
頭に
懐かしい、愛おしい、恋しい、今は亡き夫の顔が頭をよぎる。
——何故、彼だったのか。
——何故、他の何処かの誰かでは無かったのか。
そんな、嫌な考えを紛らわすようにまた、酒を煽る。
ふと、気がつくと手元のグラスは既にカラになっていた。
思案に耽っていたせいか全く気がつかなかった。
また何か頼もうかと思案していると、目の前にグラスが置かれた。
顔を上げると、マスターが私に笑いかけている。
白髪混じりの黒髪をオールバックにした人の良さそうなオジ様だ。
「隣のお客様からです」
マスターの視線の先には一人の男性がいた。
年の頃はクロノより少し上にくらいだろうか。
黒髪にもの憂うげな表情をした、けれど何処か温かみを感じさせる人だった。
目の前に置かれたカクテルグラスを見る。
淡い緑色をした透明なカクテルだ。ライムの刺激的な香りが漂っている。
「……ナンパだとしたら落第ね」
ギムレットを初対面で贈るのは流石に無神経に過ぎるだろう。
「そうですね、ただ………想いを共有したかっただけです。オレみたいな若造に何がわかるでもないですけどね」
苦笑して、彼もグラスを傾けた。それも私に贈ったものと同じギムレットだ。
「そんなに………酷い顔してたかしら?………」
「……ええ、少なくともオレには…そう思えたんです。」
♪〜♪〜
「どなたか……亡くされたのですか?」
「もう随分と昔のことよ…吹っ切れたと思ってたのだけど………ダメね」
♢♢
「———それでね!クロノもフェイトちゃんも忙しいからってキャンセルしちゃったのよ!!!
『母さんはしっかり休んで』って。そんなこと言われたら一人でも行くしかないじゃない!!」
私は夫のこと、後悔していること、子供が独り立ちしてしまった虚無感について、気がつけば話してしまっていた。
頼りになる感じがどこか
まぁ酔いが回って考えが纏まらなくなって来ていただけかもしれないが。。
「……そりゃあ、嬉しいけど、もっと甘えてほしいって言うか、私そんなに頼りないかしら?
もっと頼ってくれても「オレは」———
ずっと黙って聞いていてくれた彼が私の声を遮る。
「……リンディさん、オレは……貴方こそ、もっと甘えていいと思いますよ」
右手に温かい感触を感じる。
カウンターに置かれた私の手に彼の手が重ねられている。
顔を上げると、目が合う。
私を真っ直ぐ見つめるその目はその顔は少し赤くなっていて、熱を帯びているようだ。
初めて
あの時、私はどんな顔をしていたのだろう。
今みたいに、耳まで真っ赤にして俯いていたかもしれない。
私はそっと、その手を退ける。目の前の彼は少し傷ついた顔をしたけれど、それは杞憂だ。
「マスター……グラッドアイを一つ」
マスターは黙って頷くと速やかに用意してくれた。
私はそれを一口飲むと、カウンターに置く。
胸元からカードキーを抜き出すとグラスの横に添える。
最後に彼の耳元で一言。
「………待ってるわ」
それだけ言って私はBARを出た。
出る瞬間、私の目に映ったのは、わたしの髪と同じ翠色のグラスを傾ける彼の姿だった。
♢♢♢♢♢♢♢
白いベッドの上で目を覚ます。
横に目をやると一糸まとわぬ姿で、翠の彼女は寝息を立てている。なんの不安もなく安らかに眠る彼女は起きる様子は無い。
ゆっくりとベッドから降りる。
彼女は少し身じろぎしただけで、起きるには至らなかった。
彼女の荷物を漁り、端末を見つけた。
速やかに、予め用意して置いた機材に繋ぎ、中のデータをコピーする。
数分後、コピーを終えたオレは何事もなかったかのように、ベッドに戻り彼女の髪を撫でた。
罪悪感のようなものが内からこみ上げたが、すぐに薄れて消えてしまい、そのまま泥のように眠った。
♢♢
「ね?簡単だったでしょう」
目の前であくどい笑顔を浮かべるドゥーエ姉。
因みに、リンディ・ハラオウンのBARへの誘導、BARの人払い、舞台設営、バーテンダーは全てドゥーエ姉がやった。
あの渋いマスターもドゥーエ姉の変装によるものだ。
「まぁ、簡単だったけどさ…あれなら、わざわざ寝なくても良かったんじゃないか?」
リンディのガードは思った以上に緩く、おそらくデータのコピーくらいならちょっと仲良くなるだけでも出来ただろう。
「………言ったでしょう、継続して情報を得るためだって。まだ何か隠している可能性もあるの、手を抜いてはいけないわ」
「もっともな事で………」
「けどね、シロウ。情は捨てては駄目よ?」
戦闘機人らしくない、ドゥーエ姉らしくない発言に、思わず驚き目を見開いてしまう。
今までドゥーエ姉は徹底して情を捨てるようオレに教えてきた。(家族への情は別だが)
余りにも、今までの彼女とは食い違っている。
ドゥーエ姉も失言だと思ったのか、苦々しげな顔をしていた。
「さっ、任務も終わったしもう帰りなさい。明日も早いんでしょう?」
「ああ、そうだな。ってドゥーエ姉もやる事いっぱいあるだろ?
早めに帰れよ。」
「…………ええ、そうね」
見間違いだったかもしれない。
けど、ドゥーエ姉は酷く哀しそうな顔をしていて、今にも泣き出しそうだった。
♢♢♢♢♢♢♢
ブー、ブー、ブー
朝、まだ日も登っていないほど早い時刻。
携帯のバイブが響いた。
オレは昨日ロクに寝れていない事もあって不機嫌目にそれを開く。
『……シロウ、いるかい?』
声の主はドクターだ、またロクでもないことを引き起こしたのだろうか?もしそうなら切ってやろう。
「なんだよ、下らない用なら切るぞ?」
『……一応聞いておくが、そこにドゥーエはいるかい?』
「?、いないけど…」
『そうか………シロウ、どうか落ち着いて聞いてほしい。』
『ドゥーエが行方を晦ませた。』
18禁版も投稿するので良ければ見ていってください。