戦闘機人 code.Archer   作:國真流

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19/追憶

 

 

 

ある男の話をしよう。

 孤独に、愚直に、その手を汚してでも信念を貫き通した男の話だ。

 男は誰よりも地上を愛し、平和を愛し、その維持に心血を注いだ人間だった。

 

 ♢♢♢♢♢

 新暦55年

 

「どう考えても、理に合わん!!」

 

 ダンッ!!と男の拳が机に叩きつけられる。

 年の頃は三十代半ばといったところだろうか、後ろに撫で付けた焦げ茶の髪が特徴的だ。

 中肉中背といった体型だが、広い肩幅からそれなりに鍛えているのが分かる。しかし、首から足までピッシリとお手本のように管理局の制服を着ているせいか、全体像は知ることができない。

 

「落ち着け、レジアス。今更そんなこと言っても仕方がないだろう。」

 

 落ち着いた様子で応対するのは同じ年頃の偉丈夫。

 同じく管理局の制服に身を包んでいるが肩や肘の張り具合から、余程鍛えており、一流の魔導師であり戦士であることが分かる。

 

「……分かっている。分かっているともさ」

 

 レジアスは力なく、だらりと腕を垂らす。自分の無力を呪うかのように、その瞳には深い悲しみの念が滲み出ている。

 

 その男、レジアス・ゲイズ三佐はつい先ほどまで、直属の上司に直談判しに行っていた、地上戦力の増強を図るためだ。

 しかし、現在 管理局は未開拓の時空世界の発見に力を注いでおり、優れた魔導師はどうしても海にとられがちだ。

 本人の意思で所属は変更できるが、高待遇、高収入な上に市民からの人気も高いとあって『海』に所属希望するものが多い。

 

 それ故に無理な勧誘は『陸』と『海』との間に軋轢を生みかねないとして、レジアスの上司は戦力増強を諦めたのだ。

 

 

「もう、いっそのこと独自の部隊でも作って好き勝手出来ればいいのだがな」

「まず無理だろうな。新部隊の申請くらいならお前の階級でも可能だろうが、ある程度の後ろ盾が必要だろう。」

「三提督…か」

「とまでは言わずとも、黎明期に活躍した名のある提督か、若くとも実績ある提督数名の後ろ盾があってなんとか……と行った具合か、まぁそれでも厳しいと思うが」

 

 廊下を歩きながら代案について考えるが、そう簡単に良い案が浮かぶはずもなかった。

 そもそもレジアスは30台というその若さで三佐という高い階級を持っているが、決して後ろ盾や強力な後見がいるわけではない。

 管理局からある程度、独立している地上本部は査察官の目が届きにくいが故に汚職も多い。それをレジアスは利用し、汚職事件の告発で手柄を立てると同時に、上の席を空けることによって今の地位に登りつめたのだ。

 一応言っておくが、レジアス本人は清廉潔白、質実剛健であり汚職事件には一切関与していない。

 基本的には自身の有能さで今の地位にいるという事だ。

 

「だがな、ゼスト。俺はまだ、諦めるつもりはないぞ。ここは俺が生まれ、俺が育った地だ。そのミッドが日に日に荒れていくのを見るのは我慢ならない。」

 

 レジアスはぐっと拳を握りしめ、窓の外を見る。

 地上本部から見下ろすクラナガンの町は一見平和なように見える。しかし、少し郊外に出てみれば、スラム街が列挙として並び、危険薬物、違法遺失物、窃盗、暴行、殺人。

 あらゆる犯罪が蔓延っている。

 

「……そうだな、取り敢えずは、今いる人員で何が出来るかの洗い出しか。……実働は俺がやる、だからお前は偉そうに踏ん反り返って指示でもしてろ」

 

「ほぅ、言ったな?……ならボロ雑巾のようになるまで使い倒してやろう。後悔するなよ?俺はやると言ったらやる男だ」

 

「「……………………」」

 

 暫し、黙り合う二人。

 辺りに耳が痛いほどの沈黙が蔓延し、コツコツと靴が床を叩く音だけが響く。

 

「……ぷっ」

「………ぶはっ」

 

 同時に吹き出す二人。

 既に空気は弛緩しており、和やかな空気が流れている。

 

「クックック、お前に冗談は似合わんな、まったく」

「それはお前の事だろう?レジアス。お前はいつも通りの堅物の方がお似合いだ」

「まったくだな、慣れないことをするもんじゃない」

 

 レジアスは肩をすくめると、面白そうに肩を震わせるゼストの方を見やる。

 

「ところでどうだ?今夜辺り(ドンッ)『キャッ、!!』

 

 前を見ずに歩いていたためか、丁度曲がり角から歩いてきた女性局員とぶつかる。体格差があるためぶつかられたレジアスではなく、ぶつかってきた局員だけが転んでいる。

 

「————ご、ごめんなさっ、佐官!?ぁあ、えと申し訳ありません!!!」

 

 転んだ女性局員は急いで立ち上がると、ピシリと敬礼しつつ謝罪の言葉を口にする。とはいえ慣れていないようで、たどたどしいものだった。

 

「気にするな、不注意だったこちらも悪い」

「はい!ありがとうございます。」

 

 言うや早いか、局員はトテトテと走り去って行く。

 レジアスとゼストはその後ろ姿を見つめる。

 

「若いな。」

「ああ、まだ二十かそこらかだろうに、陸曹ということは余程優秀な魔導師か技師なのだろう」

「ああゆう若く有望な局員が、ウチに来てくれればいいのだがな」

「まったくだ……」

 

 ♢♢

 

 

「ねぇねぇ!!今日めっちゃイケメンの佐官がいたんだけど!」

「……どんな人よ」

 

 管理局の宿舎にて姦しい、いや二人しかいないのだが、とある女性局員が恋バナに華を咲かせていた。

 

「なんか、こうキリッとした目でいかにも質実剛健って感じの人だったよ」

「………………もしかしても思うけど、レジアス三佐?」

「?」

「質実剛健の三佐といえばレジアス三佐官ぐらいしか思い浮かばないかな、なんか強そうな人近くに居なかった?」

「………………ッいた!」

 

 側を一緒に歩いていた如何にも武人と言った人物を思い出す。

 因みにだか、レジアスが本部にいる時はゼストが一緒に居ることが多い。そのせいか二人をセットだと考えている局員も多い。

 実際、本人達も名コンビだと自負している。

 

「………あんた、趣味わるいって」

「そんな事ないよ〜〜!!絶対いい人だもん」

「ぇ゛ー」

 

 レジアスのあまりの堅物さに辟易する局員は多い。勿論、有能だという事もあり一定の支持を集めてはいるが、恋愛の対象として見ると有り無しでいうと無しという意見が圧倒的多数だろう。

 

「決めた!私レジアス三佐の部隊に行く!!」

「 」

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

「恐れながら、申し上げます!!三佐!いくら地上が人手不足だからと言って、休暇返上はやり過ぎだと思います!!」

 

「貴官の言い分も分からないではないが、だからといって何故()が貴官と休日を過ごさねばならない」

 

「愛です!!」

 

「愛など要らぬ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を尻目に局員達はあくせく働いている。時間帯も夜に差し掛かっているためか殆どがデスクワークだ。

 

「あのぉ、ゼストさんあの二人止めなくていいんですか?」

 

 遠慮がちに口を開くのはクイントだ、つい最近ゼスト隊に配属されたためにまだ勝手がよくわかっていなかったのだ。

 

「放っておけ、じき収まる。」

 ゼストはクイントの方を見向きもせずに高速でタイピングしている。レジアスがあの様子なので書類が溜まっているのだ。

 

「にしても、大変ですね〜。レジアス三佐、あそこまで付き纏われると」

 横から口を挟むのはメガーヌだ。クイントと同期だが既に仕事を終えたのかゼストの分の書類に目を通し始めている。

 

「いや、実際逆だろうさ」

「「逆?」」

 

 いってる言葉はわかるが、言ってる意味が分からない二人が同じ言葉を同時に返す。

 

「ああ、レジアスはその実()()をそう嫌ってはいないさ、寧ろ救われているのだろうな、あの明るさに」

 

 ああ、とクイントとメガーヌも納得する。確かにあれだけ底抜けな明るさを見せつけられたら嫌でも元気になるだろう。

 

「男なんて単純なものだからな、純粋な好意を突っぱねるものなどそうはいない」

「そんなものですか……」

「そんなものだ」

 

 タンッと小気味いい音と共にゼストがタイピングをやめる。どうやら書類仕事も片付いたようだ。

 

「ところでクイント、ノルマは終わったのか?」

「あ゛っ!メガーヌ!!手伝って〜〜」

「…はぁしょうがないわねぇ」

 

 ———ていうか三佐!!デートって言ってくださいよ!!何故俺が貴官に付き合う必要があるのだ!愛です!!!まだ言うか!!!

 

 

 

 

 ♢♢

 

 

 

 自然豊かな公園で一組の男女が並ぶように座っている。

 女性は終始機嫌良さそうに、男性は眉間に皺を寄せてこそいたが肩に寄りかかってくる女性を邪険にする事もなかった。

 

「レジアス三佐、今日はありがとうございます、わざわざ付き合ってもらっちゃって」

「…まったくだ、大事な用だと言うから何かと思えば日光浴とはな」

 

 温かな日差しが二人を包む。柔らかいかぜ頰を撫ぜるとくすぐったそうに目を細める、

 

()がこうしてゆっくりするのは随分久しぶりだ。」

「三佐は働き過ぎです、たまにはゆっくりするのも大切ですよ」

「……ああ、そうかもしれないな……」

 

 風が吹く。

 草木が揺れ、流れる雲が筋となって空に広がって行く。清涼な植物の呼吸が肌に感じ、肩の重みも抜け去って行くようだ。

 

「………レジアスでいい」

「……はい?」

「今日はプライベートだろう階級を気にすることはない……」

「…………………はい」

 

 彼女からレジアスの顔は伺い知ることはできなかった。背けるように空を見上げるその顔は光に照らされ見えなかったのだ。

 

「レジアス……私、『海』に誘われてるんだ。」

「……ああ」

 

 レジアスも勿論その事は知っていた。

 そもそも上官であるレジアスに了解が取られない筈がない。その事に思い至らなかったのかどうかは定かではないが、彼女はそれをレジアスに打ち明けた。

 

 レジアスには行くな、とは言えなかった。

 行って欲しくはない、だが、陸よりも空に上がることが彼女の為になると確信していたからこそ、その言葉を口に出来なかった。

 

「……まぁ、蹴っちゃったんだけどね!!」

「………………はぁ?」

 

 予想もしなかった言葉に、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。もしここにゼスト隊の隊員が一人でもいれば『じっ自分は何も聞いてません、聞いてませんからぁぁぁぁぁ』と言ってた全力で逃げるくらい間抜けな声だ。

 

 未だ状況の飲み込めないレジアスに彼女は続けた。

 

「で、まぁ考えたんだけど、海に行くとレジアスの部下じゃ無くなるじゃない?それはなんかやだなぁ〜って。だってもう私を守ってくれないわけでしょ?」

 

 上司なんだし、とつらつらと続けて言の葉を並べる彼女、頭痛がすると言う風にレジアスは溜息をついたがその口元は優しげに微笑んでいる

 

「馬鹿者が、管理局員(おれたち)の仕事は地上と市民の平和を守る事だろうが。お前が守られてどうする」

 

 レジアスにとって精一杯の照れ隠しだったが、彼女は心底嬉しそうに微笑んでいる。

 

「……………じゃあ、私が結婚して寿退職したら私の幸せとレジアスの仕事が両立するわけでして、そしたら………」

 

 

 

 

 ————私を一生、守ってくれますか?

 

 

 

 

 

 風が凪ぐ。

 

 

 

 

 

「………はっ、不本意だが………それが仕事だからな」

 

 

 

 風が鳴り、日差しが差す。

 二つ並んだ黒い影は一瞬、大きな一つになって、小さな二つに再びなった。

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 そこそこに豪華な邸宅。

 慌ただしく動き回る彼女とレジアスは話をしていた。

 

「おい、無理して行く必要はないと思うぞ?」

「しょうがないよ、これで最後って言うんだから手伝って上げないと可哀想でしょ」

 

 彼女は優秀な魔導師だったが、近頃寿退職するという噂が立っており本局は使えるうちに使い倒してやろうと言う魂胆なのか、陸どころか海でも増援として呼び出される日々が続いていた。

 

「本当に大丈夫か?俺が言えば流石に海まで駆り出されることもなくなると思うが……」

「ダイジョーブ!!やれる事はやっておきたいからさ少しでも戦うよ、そんな事よりレジアスこそオーリスの事宜しくね、その為に有給取ってもらってるんだから」

 

 レジアスの腕にはひとりの赤ん坊が抱かれている。

 母親に似た顔立ちでもう既に美人さの片鱗を見せている。かと思えば、目元の鋭さは父親譲りで如何にも実直そうな雰囲気が漏れ出している。

 

「じゃあ、私は行ってくるから、家のことはよろしく!」

 

 シュバっと音がしそうなほど軽やかにカバンを手に持つと、彼女は元気よく玄関を飛び出し局に急いだ。

 その背中を半ばレジアスは呆れるように見つめ最後は諦めた風に顔を綻ばせた。

 

 ———行ってらっしゃい、………なんてな

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

『残念ですが、奥様は殉職なさいました』

 

 

「は?」

 

 

 僅か6時間後の事だった。

 海が取り逃がした時空犯罪者を捉える為フォローに回っていた彼女は未知の遺失物の攻撃が市街地に向くのを防ぐ為犠牲になったと言う。

 強力な熱線を放つ遺失物だったせいか、遺体すら残らなかった。

 

 

『それで、賠償についてなのですが……』

 

「………賠償?」

 こんな時になんの話かと、レジアスの声は震えるが局員の模範たるものとして怒りを理性で捩じ伏せた。

 

『はい、奥様が遺失物を逸らしたお陰で市民に被害は無かったのですが、なにぶん場所が悪くいくつか建築物が損壊しまして、管理者から賠償請求をされたのですが、その一部を負担して頂ければと」

 

「……お前、本気で言っているのか?」

 

 賠償請求された事にではない、局員が殉職した事よりも賠償こそが本当の用事だと言う風な態度にこそ、怒りを覚えた。

 しかし、電話口の男は勘違いしたようであからさまに不快感を表している。

 

『あのですねぇ、そもそも貴方の奥様がもう少し使()()()()()()()こんな事にはならなかったんですよ?そこをわかってもらわないと此方としては「 」………はい?』

 

 

 

 

 

「……それは、管理局の総意かと聴いている」

 

 静かに、しかして重く。

 底冷えするような声でレジアスは問う、辺りからは音が消え、時空が歪んだように揺らめいた怒気が溢れて出す。

 

『……………………………』

「………そうか」

 

 グシャッ!!

 

 物言わぬ男に大した感慨も覚えず、携帯を耳から離し握りつぶす。

 破片が指に突き刺さり、裂けた肉から鮮血が溢れ出るが気にもならなかった。

 

「これが、()()()()()()とやらの末路か………」

 

 散々利用され、良心を踏みにじられ、その尊厳さえも貶められ、誰の記憶にも残らず消されて行く。

 

 

「フッ、クックッ、クックック、ハァッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ。クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ———————————————————

 —ふ ざ け る な!!!!」

 

 

 

 拳は壁に叩きつける。

 血の滲んだ手から壁に赤いシミがつく。いく筋か流れた血は涙の様に止め処なく溢れてくる。

 

 

「殺す、腐った上を、殺す、汚れた犯罪者どもを………………

 だから、待っていてくれ、お前が守った地上は俺が必ず、

 

 

 ————私を一生守ってね

 

 

 

 ああ、守ってみせる。どんな手を使ってでも。」

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

「………じょう、………ぅ将、中将。お客様がお見えです。」

 

 目を覚ますと、オーリスが目の前に立っていた。

 頭を振り、脳に血を巡らせる。

 

「わかった、通してくれ、お前は席を外していろ」

「はい」

 

 オーリスは返事をすると、いつものようにツカツカ出ていった。

 

 見ると、執務室の椅子で眠っていたらしく、机にまだ資料が広げられていた。

 バラけると後々面倒なので、さっさと整理し片付けはじめた。

 

 ただその一つに気になるものがあった。

 新聞だ。

 一面に『高町なのは、復帰後またしてもお手柄か!!』と大きく書かれている。他の面も八神はやてやその他の若手魔導師の記事で埋め尽くされていた。

 

 不愉快になったので、グシャグシャと丸めゴミ箱に捨てる。

 どうも彼女たちは好きになれない。

 

 

 

 資料を整理し終え、棚に運ぶ。途中、ゴミ箱にある新聞の写真が目に入る。まだ成人していないような年若い魔導師が笑顔でインタビューを受けている。

 

 

 ————お前らは生き急ぐなよ

 

 

 その言葉は誰にかけられたものだったのか。

 聞き手のいないその言葉は、静かに響いてやがて消えた。

 

 

 

 

 

 





レジアスさんはもうちょっと救われても良いと思うの。
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