「お前がアーチャーとか言う奴か」
「ああ、お初にお目にかかる中将閣下」
鋭い視線が交差する。
事務的ながら高級品である事がわかる革張りのソファーに腰掛けるのは恰幅のいい、濃い髭をたくわえた鋭い眼光の男、実質的地上の指導者、レジアス・ゲイズ中将だ。
対するは、体に張り付く様な紺色のスーツに、同色の外套と武装に身を包んだ白髪、褐色の男。
オレンジ色のバイザーに隠されているためその瞳は伺えないが、射抜く様な視線を目の前に向けていることはわかる。
外套の男はアーチャー、今やミッドどころか全次元世界でも有数の武器商人である。
「上から話は聞いている、今後はお前がパイプになると言うことだな?」
「その認識で間違いない、前任者は別の任務に就くことになった。これからの計画を考えるとその方が都合がいいのでね」
実際のところは違う、前任者——つまりドゥーエの事だが失踪してしまいその穴埋めにアーチャーが割り当てられただけだ。
とは言えレジアスも不穏な空気こそ感じつつも、余計な藪は突かない地上の守護者を名乗るだけの慎重さと知性は持ち合わせていると言う事だ。
「計画の事だがアーチャー、此方の準備はあと少しで完了する、そちらも準備を進めておいてくれ」
「……ほぅ、『海』の反発が強そうだったが、よく抑え込めたな」
「地上は
計画、というのはレジアスがかねてより画策してきた、地上の治安を守るためのものである。
違法すれすれと言うより、『海』からすれば考えられない様なものではあるが、そこは地上の領分だと押し通した。
「いくら無銘の遺失物とはいえ、もう少し時間がかかると思っていたのだがな」
「それだけ最高評議員の権力は強大だということだ、事実彼らの後押しがなければ難しかっただろう。」
そう、彼らの言う計画とは地上の治安部隊に無銘の遺失物を配備する、と言うものだ。
アーチャーが取り扱う商品として既に裏では広く普及しているものだが、投影で幾らでも創り出せるため数を揃えるのは容易い。
しかし、そのまま管理局に納品するわけではない。流石にそれは違法性が高すぎる。ならばどうするか…
「……それで?、生贄に使えそうな組織は見たかったか?」
「ああ、ベルカの過激独立派のグループが良さそうだ。熱狂的な独立心を持ちながら年若いせいか、練度の大したことのない一派があった。」
「……革新派か、下らんな」
そう、反社会団体に横流しした遺失物を管理局が合法的に回収すればいい。
世間の意見として、いくら遺失物と言えども、ただ倉庫に眠らせておくのは惜しいと思う者は少なくない。
実際、安全性が確認された遺失物で公的に使用されているものもある。
「とは言え、一派につき100本が限界だろうな、彼らの行動次第では更に数を絞る必要がある。」
「妥当…な数か、最終的には一部隊につき2本、ないし3本の導入を考えている。早急に準備を進めてくれ」
「了解した、ドクターにもそう伝えよう。」
アーチャーはもう用はないとばかりに踵を返し出口へ急ぐ。
レジアスもそれを止めることなく、ただその背中を見送った。
短い邂逅のあと、レジアスは深くため息をついた。
胸にどろどろと溜まっていく形容し難い、不快な重みが渦巻いているのを感じる。
これまで自分が死なせてきた、これから自分の計画で死なせることになるであろう部下達の怨念だ。
窓の外を見ると、美しい地上が広がっている。しかしその裏には薄暗い闇が広がっていると言うことも彼は知っていた。
「………もう少し、もう少しだ。」
誰に投げかけられたわけでもない言葉が口から溢れる。
ぐずぐずに濁ったその双眸にかつて輝いた光は今もなお色褪せながらも鈍く光っていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
オレ、シロウ・エミヤは今、大変困っている。
「シロウ!あっちのアトラクション、たのしそうだよ」
それはもう、本当に困っている。昔、トーレ姉に無茶苦茶な訓練で無茶苦茶な要求をされた時より困ってる。
「シロウさん!こっちにも屋台があります、一緒に行きませんか?」
たぶん、ドクターの持ってくる厄介ごとの三倍は困ったことになっているのではないだろうか
「「シロウ(さん)!!!」」
目の前には金の髪をなびかせた、一見大人しい(いつもなら大人しい)少女と燃える様な赤い髪に溌剌とした笑顔を見せる、実直そうな少年の姿があった。
それぞれオレの手を引き、遊園地という普段のオレには似つかわしくない場所に連れてこられている。
なんでさ…どうしてこうなった。
♢♢
数日前
「だめ…かな?」
オレの目の前で両手を合わせ、申し訳なさそうに、少し照れ臭そうに頭を下げるフェイトの姿がある。
黒で統一された格好は、一見仕事着に見えるが実はプライベート用の服らしく個人的なお願いだということを表していた。
そしてそのお願いの内容なのだが………
「遊園地って言ってもなぁ、オレもあんまり行ったことないし案内とかも出来ないぞ?」
そう遊園地に一緒に来て欲しいという事だった。
より正確に言うならば、本来なら三人で行くつもりだった遊園地なのだが、1人急用でキャンセルとなったためその穴埋めをして欲しいとの事だ。…………最近何かしらの穴ばっか埋めてる気がする。
「私も、そう詳しいわけじゃないから大丈夫だよ。このままだとチケット代無駄になっちゃうし、勿体無いから…」
そう言われると行かなくては悪い気もしてくる、わざわざ自分に言ってくる位なのだから、なのはちゃんや他の知り合いの都合も付かなかったのだろう。
「わかった、一緒に行くか」
「本当!?」
フェイトにしては珍しく飛び上がる様に喜んだ。むしろ文字通り飛び上がった。ガタリとイスが音を立て辺りの客が奇異の目を向けてくる。
少し恥ずかしそうに、頬を染め軽く頭を下げながら座り直す。
「………じゃあ、チケットは先に渡しておくから駅で待ち合わせ……で良いよね?」
もじもじと指を絡ませながら、上目遣いで聞いてくる。
フェイトみたいな可愛い娘にこういうポーズを取られるとなんというか、保護欲が湧くな、母性ではないが父性とでもいうか?守ってやりたい妹を相手にしているみたいだ。
なお、妹であるクアットロもよくこういったポーズを取ることもあるがろくな目に合わないので、鋼の精神力で断ろうとしては結局いつも押し切られていたりする。
「うん、それでいい。……あっ、あともう1人来るっていう人について聞いておきたいんだけど…」
「あっ、ごめん。会ったこと無かったよね、今 私が保護責任者って事で世話してる子なんだけど、エリオ君っていうんだ。優しいとっても良いことだよ」
エリオ……か、フェイトが色んな子供を世話してるって話は聞いていたけど直接会うのは初めてだな、情報を集めておいた方がいいかもしれない。
「そっか、楽しみにしてるよ」
「うん♪私も」
フェイトが保護した子供は何かしら奇異な出自の個体が多いと聞く、ドクターの実験に使えそうなサンプルもあるかも知れないし入念に準備して行くとしよう。
にしてもフェイト………なんかやけに機嫌いいな、いい事でもあったのだろうか。
♢
駅前、なんだかよくわからないオブジェの前で二人を待っていた。いつも思うのだが、よく駅前にあるこの謎のオブジェは何の狙いがあるんだろう。
ここにあるものも、ビビッドの赤い立方体と真鍮製と思われる輪っかが組み合わされた摩訶不思議な物体だ。
ドゥーエ姉あたりに聞けば、何処何処のお偉い芸術家がこれこれな理由で制作したものだ、なんてウンチクを垂れてきそうである。
ドゥーエ姉といえば本当に何処に行ったのだろうか、ドクターを裏切るとは考えづらいし……………………
「シロウ」
「うぉっ!」
急に視界に入ってきた金髪にギョッとする。
あんまり考え事に集中していたせいで、接近に気がつかなかった。フェイトも不思議そうに首を傾げている。
「ぁっと、悪い考え事しててさ」
「?、まぁいいかな。
それよりシロウ紹介するね、ほら挨拶して」
フェイトが腕を引いていた男の子をオレの前に立たせる。とうの男の子はあまりの子供扱い加減に嬉しい様な、恥ずかしいような微妙な表情を浮かべている。おそらく、本当は自分から挨拶したかったのだろうがフェイトのお節介を断りきれず、このような状態なのだろう。
「エリオ・モンディアルです!はじめまして、シロウさん!噂はかねがね聞いています。今日はよろしくお願いします。」
ピシッと敬礼するように挨拶するエリオ・モンディアル、真面目な性格がよく表れている。ハキハキした話し方と目上に対する礼儀がしっかりしている子供だ。
「ああオレも話は聞いてる、オレはシロウ、シロウ・エミヤだ。珍しいから覚えやすいと思う。こちらこそよろしくエリオ」
エリオ・モンディアル。
この男の子についても情報は調べ終わっていた。なんでもフェイトと同じプロジェクトFに関係のある少年との事で、ドクターが興味を示していた。Fの遺産と呼ばれていたが、正直サンプルとしての優先度はあまり高くなさそうだった。
「じゃあ…、そろそろ行こっか。電車も着く頃だし早めに着いて悪い事無いだろうから」
そう言い、エリオの手を引くフェイト。エリオはやはり恥ずかしいのか先程から助けを求めるように此方を見ている。
耐えろ、保護者に甘やかされるのは庇護者の義務だ。声に出さずサムズアップするとエリオは観念したように渋々手を握り返した。
案外、まだ甘えたかったりするのかも知れない。
しかし、こうして後ろから見るとフェイトがちゃんと保護者してるのがわかる。未だ幼い面影を残しつつもエリオを先導する姿は実の親子のようだ。
エリオの隣を並んで歩く。手こそ握らないが側から見れば家族のように見えるかも知れない。丁度エリオとの髪色も似てないこともないしな。
♢
電車に乗り目的地を目指す、祝日ということもあり中の人口密度はかなり高くぎゅうぎゅうに押し込まれていて身じろぎするのにも苦労するだろう、所謂、満員電車というやつだ。
そんな中でもフェイトはエリオの手を離さず、しっかり握っている。逸れないため当然といえば当然だがこの満員電車のなかでは些か大変そうだ。
と、その時 満員電車ではお馴染みの犯罪者を発見した。しかもそいつはよりにもよってフェイトに手を出そうとしている。
フェイトも先程から臀部に感じる硬いものに気がついていたようで、焦ったような恐怖に戦慄く様な表情を浮かべている。
フェイトが声を上げないのをいい事にその男は益々臀部に触れる回数を増やしていった。まぁ電車の揺れに合わせて押し付けているだけの様なのでただの愉快犯とも取れるが。
そしてフェイトだが、なぜ抵抗しないのかと訝しんでいるとその視線の先にあるもので気が付いた。
エリオだ。エリオのはじめての遊園地との事で良い思い出を残してあげようと耐えているのだ。
フェイトはあまり、人に頼る事をしない。自分一人が我慢すればなにもかも丸く収まるも考えている節がある。
ため息をつき、決心を決める。人混みのせいでロクに動くことは出来ないが、痴漢を止めるくらいは出来るだろう。
電車の揺れに合わせ身体を移動させる。何人かの乗客に睨まれたが、そんな事を気にしていても始まらない。
男の背後に立つとフェイトの身体に触れていた方の腕を捻りあげる。同時に顎の骨を叩いて外し口を開かなくする。
「……………ここで手を引け、今なら通報はしない」
ありったけの殺意を込めて男を睨むとコクコクと震えながらもうなづいた。
男が懲りたのを察すると、顎をもう一度叩いてはめ直してやりフェイトの間に割り込んだ後腕を放してやった。
フェイトは恥ずかしそうにキュウとオレの服の裾を摘む。
辺りの乗客から嫉妬の視線が飛んできたが逆に睨み返して黙殺する。
すると、一箇所からキラキラと輝いた視線が飛んでくるのがわかった。エリオだ。たぶん今の状況をうまく飲み込めていないのだろうがフェイトを守ったということだけは理解しているようだった。
♢
「シロウさん!!かっこよかったです!!」
心苦しくなるぐらいキラキラの純粋な視線を向けられむず痒いような照れ臭い様な変な気持ちになる。
電車を降りて遊園地に着いたのだが、フェイトが御手洗いに行きたいとの事だったのでこうして男二人気兼ねなく話し込んでいるのだ。
さて、エリオの目にはオレがフェイトを護ったように見えるのかも知れないが、そもそもちゃんと側にいていられればあんな自体にはならなかったのだから、結局オレの責任なのだ。
「そんな事ないです、僕 フェイトさんが何か困ってるのは気づいてたんです。けど、どうすればいいかわからなくて……でもシロウさんは違ったじゃないですか、すぐフェイトさんを助けて、解決しちゃったじゃないですか。
本当にヒーローみたいですよ!困っている人を助ける
年齢を考えればエリオの言葉は年相応のなんの変哲も無いものなのだろう。しかし
『僕はね、◼️◼️◼️◼️◼️になりたかったんだ』
掠れたノイズ混じりの映像が脳を擦る。
消し去られた筈の過去が自分を追いかけ追い詰めている。頭痛と共にノイズは収まったが胸に穴が空いたような虚無感はどうしても消えてくれなかった。
横を見ると、純真な目で自分を見つめる少年がいる。
なんでもないと苦笑した後、オレは立ち上がってこちらに駆け寄ってくるフェイトに手を振った。
♢♢♢♢♢♢♢
「シロウ、今日はありがとう。楽しかったよ」
「オレも楽しませて貰ったから、おあいこだな。また機会があったら誘ってくれ.、エリオもありがとう、楽しかった」
「はい!僕も楽しかったです。今度シロウさんのお店に遊びに行きますね」
「ああ、いつでも待ってるから好きな時に来るといいよ」
日も傾きすっかり黄昏時だ。
エリオもフェイトも、遊園地であれだけはしゃぎまわったのに意外と元気で自分の足で帰れそうだ。
「それじゃあ」
「シロウさん、また今度」
エリオとフェイトが手を振りながら歩いていく。
勿論手は繋がれたままだ、エリオももう諦めたのかそれとも気がついていないのかあまり意識していない自然な様子だ。
「まぁ、たまにはこういうのも良かった……のかな」
遊園地で二人に振り回されるのは案外楽しかった。
最近、
烏が鳴くのを眺めながら夕日に黄昏れる。
それにしても何か忘れているような……………
「あっ、BARのこと忘れてた」
シロウ・エミヤ。何気にほぼ24時間働いている男だ。
♢♢♢♢♢♢
「なあなあ、今日てフェイトちゃん来とらんの?」
「フェイトさんは今日遊園地だそ〜ですよ〜、あの保護したって子と噂のシロウさんと一緒に」
「なん…………やて」
どこぞの死神のようなリアクションを取るはやてだが、その顔は驚愕というより何かよからぬことを思いついた様な顔をしている。
「シロウさんて、フェイトちゃんのコレって噂のある人やんなぁ?」
小指を立てながらニマニマと笑うはやて。この娘、半分くらいおっさん成分で構成されているのではないだろうか。
「それはよくわからないですけどぉ、フェイトさんの意中の相手だってなのはさんは言ってましたよ〜」
妖精サイズのリインがはやての周りを飛び回りながら悪ノリする。普段なら諌める所なのだろうがリインもやはり色恋沙汰には興味があるらしい。
「よっしゃぁ!!ほな、全権力を乱用してシロウさんのプロフィールを丸裸にしたるで!!!」
「は、はやてちゃん!!!流石それは、!!」
「うははははは!!うちにかかればミッド市民の情報なんて筒抜けなんやで〜!!!」
カタカタとタブレットを操作するはやてと止めることもできず、アワアワと飛び回るリイン。
他に人が居ないためか、はやての暴走は加速する。
「ほうほう、結局イケメンやん、フェイトちゃんも案外面喰いやなぁ、あっ、バーテンやっとるやなオ・ト・ナの男の人ってか!!それでそれで〜〜、………………………は?」
楽しそうにデータを漁っていたはやてだが急に静かになり、ただキー叩く音だけが響く。
その様子を不審に思ったリインが恐る恐るはやてに声をかけた。
「あの〜、はやてちゃん?どうかしたのですか?」
「………………………ないんや」
「………え?」
険しい顔を上げるはやてに、リインは若干後ずさる。
はやて自身も、深く思考の渦に巻き込まれている様で呻くように声を絞り出した。
「………………………………………シロウ・エミヤなんて人間が産まれた痕跡は何処にも無い。」
最近シロウは何かしらの穴埋めばかりしている様な気がします。別に卑猥な意味じゃなくもない。