ベルカ自治区とミッドの境界線。
今でこそ共存しているが、本来であれば敵対していた同士が互いの領域を定め、引かれた国境線。
二つの世界が入り混じった、不安定な 間 。
その間に丘がある。
通商のため開かれた大通りからは外れ、人の往来があまり無く目立たない小さな丘。
覆い隠すような深い森と曲がりくねった道のせいか、外界から隔絶させたかのような場所。
そんな暗い道の奥深くを進むと急に開けた空間が現れる。
そこに、教会があった。
白い花が咲き乱れる花壇が敷かれ、その中心に白亜の神の家がそびえ立っている。
ある種の神秘を湛えた独特の重みが、辺りに厳かな雰囲気を漂わせていた。
そう、くまなき月の下、私がシロウに連れてこられたのはそんな場所だった。
♢♢
「フェイト…綺麗なところだろ?」
「………………………うん」
緊張感のない言葉に、自然と目尻が下がる。
ここに案内する間も、ここに着いた直後も、シロウはずっといつも通りだった。
いつも通り優しくて、いつも通り暖かかった。
何度も何度も、ただの勘違いだったんじゃないか、さっきの出来事は白昼夢だったんじゃないか。
そう言う錯覚に陥りそうになる。
その度に、シロウの服についた乾いた血を見て現実に引き戻される。
シロウが無理な駆動をした時、折れ曲がった腕から突き出た骨の欠片で出来た傷の血だ。
私が治療するまでも無く、傷が塞がり骨が正常な位置戻っているところを見るに、やはり
そして、ここに連れてこられたのもシロウの
つまり…………それは、
「どうかしたか?」
「ッ、ぇあぁ、うん…何でもない」
「?、……そうか、ならいい」
ぼぅと立ち止まっていたせいか、シロウに声をかけられた。
慌てて返事したけど、なんとか誤魔化せたみたいだ。
ふと見ると、教会に続く道は未だ半ば、考え事をしながら歩いていたせいか気がつかなかったけれど、思っていた以上に広く、道を隠すように広がる花壇もかなり大きい。
丘を包む絨毯のように一面白い花が咲き誇っているのだ。
シロウがまた前を向いて歩き出したのでほんの少し歩幅を大きくしてついていく。
「これだけ大きな花壇だと、手入れなんかも大変なんじゃ……」
「まぁ、昼ならここの神父が全部一人で手入れしているはずだけどな、この時間なら………」
急にシロウが瞳を細める。
私もシロウが見ている方向に視線を飛ばす。
視線の先には、作りの良い車椅子と一人の女性がいた。
女性は車椅子から降りて傍に置き、花壇の端で小さく鋏を振るっていた。
硝子細工、とでも形容できそうなほど儚げな人だ。白磁の肌に同じような白い髪、手入れはされているものの生来そうなのか酷く痛んでいる印象を受ける。
痩せこけているわけでは無いのだが、白く薄い服の上からでもわかるほどに細い線は病的な印象を与える。
また、その肌を覆う幾重もの包帯。
不自然な程に巻きつけられたそれは真新しげでありながら、奥から染み出した赤い血とのコントラストで生々しく映った。
そんな身体のなか、月のように輝かしい金の隻眼が輝かしく存在を誇示している。
「こんばんは、クラウディアさん」
「……あら、こんばんは、シロウくん」
しっとりとした声で返事をした女性はクラウディアというらしい。
鋏を置いて立ち上がり、私たちの方に歩いてきた。
覚束ない様子だったけれど少しの間なら大丈夫みたいだ。
「それで……そちらの方は?」
ふぃと視線を向けられる。一瞬前まで、私の事は見えてもいない様子だったのでたじろいでしまう。
「ぇと、はじめまして。こんばんは、私はフェイトといいます」
「あっ、女の子だったのね。こんばんは、私はクラウディアです。同じ年頃の娘も居ますから、仲良くしてあげてくださいね」
人好きのする笑顔でペコリと挨拶するの様子は、見た目よりも幼げな様子を感じさせる。
娘もいる、との事なのでそれが彼女の性格なのかも知れないが、シロウの事を考えると不安もある。
それに…………
「———ごめんなさいね、今日はカレンちゃん出掛けてて…」
「いや、今日はコトミネ神父に用があるんだ」
「キレイさん?、まぁ それなら丁度帰ってきたところだったの……」
「そっか、ありがとう……フェイト行くぞ」
「…………え、うん」
クラウディアさんと手短に話をしたシロウはさっさと教会に向かって歩き出す。
私としてはもう少し話をして置きたかったけど、すぐに花壇の手入れに戻った様子をみて邪魔するのも良くないと思い諦める。
代わりにシロウに気になっていた疑問を投げかけた。
「シロウ………クラウディアさんの眼って」
「………見えてないわけじゃ無いけど……ちょっとな、目だけじゃなくて五感が全体的に鈍くなってる。特に、味覚は激辛か激甘じゃ無いと判別出来ないらしい。」
予想を上回る答えに、呼吸が止まる。
やっぱり………クラウディアさんもシロウと同じ…
「…………フェイトが考えてるような事は無いよ、クラウディアさんのは持病みたいなもので俺とはなんの関係も無い。」
心を読んだかのようにシロウが補足する。
少し気は楽になったが、持病と言うならそれはそれで気にはなる。
やはり、ミッドの先端医療でも治せないような難病だったりするのだろうか。
それとも、遺失物の事故での後遺症などだろうか、それならユーノ君に頼んで調べてもらうとかで対処できるかもしれない。
どちらにせよ、助けられるなら助けたい。
シロウはそんな気持ちを知ってか知らずか、大きな扉に手を掛けていた。
「…………それより、気をつけろよ、これから会うやつはオレの知る限り最悪の性悪だ」
ギィィと大きく軋む音が聖堂の中に響いた。
月明かりで照らされたパイプオルガンと閑散とした礼拝堂がそこにはあった。
質素な作りながらも大きなオルガンは、弾き手が居ない今も荘厳な神秘を漂わせ、ここが聖域である事を象徴している。
光を大きく取り入れる造りなためか、夜にもかかわらずあまり暗い印象を与えていない。
否、暗がりは一つだけあった。
幾条も並べられた長椅子に真っ黒いカソックを纏った男が、たった一人座っている。
この男の周りだけは、聖堂に満たされた神秘も呪詛の如く淀んでいる。いや、
「…よくきた、エミヤシロウ。………そして、フェイト・テスタロッサよ」
「ッッッ!!!」
殺気を飛ばされたわけでもない。
決定的な何かを言われた訳でもない。
それでも、人として、生き物として抗いがたい嫌悪の様な感情に背筋が粟立つ。
間合いを測り、辺りを警戒する。バルディッシュは待機状態だが、いつでも展開出来るように四肢に力を込めた。
「そう身構える必要は無い、と言っても無駄だろうがあまり騒がしくしないでくれたまえ、子供達が起きてしまう」
「子供………達?」
クラウディアさんの娘(カレンちゃん?)は先程出掛けていると言っていたが、他にも子供がいたのだろうか。
「エミヤシロウから聞いていないのか?。ここは教会だが、小規模ながら孤児院でもある」
「そう言う事ですか……」
ミッドチルダには案外孤児院が多い。
というのも、他の途上次元世界で親を亡くした子供達や次元漂流者などを一挙にミッドで面倒をみるからだ。
管理局の下、彼等が大人になるまで責任をもって育て上げ社会に適応できるよう支援するのだ。
孤児院は管理局が運営しているものが多いがやベルカ自治区では教会が孤児院の代わりをしているそうだ。
管理局としては局員不足を解消するための策という側面もあるものの、彼等の幸せを願い活動している。
「掛けたまえ、聞きに来たのだろう?エミヤシロウが何者なのか……」
何が楽しいのか薄ら笑いを浮かべ重々しく諭す様に男は語った。
迷い子を教え導くように、賢しい悪魔が愚者に囁くように聖者然としていながらも何処か空虚で、水の底に溜まった泥のような雰囲気は、やはり神父であった。
遂にシロウの
緊張からか、喉がひりつきゴクリと固唾を呑む。
「……………とは言え、だ。私からエミヤシロウについて語るのは筋違いだ。この男の事は本人に聞きたまえ……」
「ッ、馬鹿にしているんですか……」
「そういう訳では無いとも、そもそも彼が私に説明して欲しいと思っているのはエミヤシロウの起源などでは無い」
確認するようにシロウに視線を向けた。
シロウは目を閉じて腕を組みただ沈黙していた。
つまり、それが答えという事だろう。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。説明に入る前に軽く挨拶しておくとしよう」
男は姿勢を正し私を見据え、小さく礼をする。
「私の名はコトミネ・キレイ。聖王教会の騎士であり、この教会の神父でもある。」
騎士、聖王教会でもなんらかの功績を認められたものか、ある程度の力量を持った者しか与えられない称号。
正直なところ、あまりこの男、コトミネには似合っているとは思えないがどちらにせよ要警戒である事には変わりない。
「………では、説明するとしよう。この孤児院は何なのか、をな」
♢♢♢♢
管理局が孤児院を大々的に運営する理由の一つに、局員不足解消というものがある。つまり、支援の見返りとして孤児達に将来管理局で働いてもらおうという事だ。
ミッドはそれなりに安定した社会が築かれており、孤児達も安心して生活することができる。
その反面、安定しているという事は仕事もあまり無かったりする。社会構造がそれなりに完成されているため、人手を必要としないのだ。
ここまで言えば分かるかもしれないが、必然、孤児達の進路は狭められる。
当然孤児院に子供達全員を大学まで行かせる資金はなく、奨学金を得られたとしても、将来返済のため奔走する羽目になる。
こうなると彼等が最も手を伸ばしやすい進路は何か?
いうまでも無く管理局だ。
万年人手不足の管理局は士官学校であっても成績優秀者であれば格安、あるいは無償で学ばせてもらうことができる。
他の管理局関係の学校であっても同様だ。
そういう、打算もあって孤児院はミッドに集中している。
とは言え、ただ局員不足という事だけがこの状況を作り出している訳では無い。
管理局が真に必要としているのは、優秀な人材だ。
そして優秀であれば出自は問わない。
例を出そう。
エリオ・モンディアルという少年がいる。
彼は公には出来ない所で生まれた。
だが、その才能は同年代どころか、次世代を担うに相応しいものと言える。
その才能の一端は彼の出自に関係しているかも知れないが、そんな事は関係ない。
キャロ・ル・ルシエという少女がいる。
彼女はある次元世界の少数部族の生まれだ。
彼女は、何故か部族から追放され偶々幸運にも心優しい管理局員の手によって保護された。
何故追放されたかは、管理局も知っているが、だからこそ彼女を手に入れたがったのかもしれない。
管理局は常に優秀な人材を求めている。
とある研究者はこう嘲笑う。
造ればいいじゃないか、と。
♢♢♢
「憐れだと思わないかね」
「何が………ですか」
分からないはずがない。
けれど、そう言わずには居られなかった。
「利用され、将来を奪われる少年少女達が、だ」
「管理局にそういった側面があるのは認めます。ですが、あくまで私達は彼等の自由意志を尊重します。決して、彼等に強制するような事はしない。」
管理局は強制は決してしない。
あくまで道を示すだけだ。
彼等がそう選んだのなら私にそれを止める事はできない。
エリオもキャロも私が止める事は出来なかったように。
「状況がそれを許さないという事は君も分かっているのだろう に、まあそんな事はどうでも良い。
君が言う事も最もではある。
だがな、彼等の出自そのものに管理局が関わっていたとしたら君はどう思う?」
「…………ぇ?」
心臓が止まったと錯覚する。
血が凍ってしまったのかと思うほど、冷たい何かが体を通り抜ける。
だが、それでもコトミネ神父の言葉は腑に落ちると言う言葉の通り、そのまま理解することが出来た。
「管理局とて、完全無欠の正義の使者という訳ではないという事は君も理解しているだろう?
だからこそ査察官などと言う役職がある訳だ。違法な研究に手を染めていないとも言い切れんだろうに」
確かにそうだ。
査察官の仕事は汚職の捜査だけでなく、違法行為の取締も含む寧ろそう言ったものを抑制するための役職でもある。
そして、違法行為に手を出す局員が存在しないのなら査察官などと言う役職も必要ないものだろう。
実際、地上本部のレジアス・ゲイズ中将には黒い噂が絶えない。
その上、遺失物や質量兵器の使用を推し進めていると言う噂もある。
「加えて説明しておくなら、この孤児院は管理局も聖王教会も認知していない。私の独断で秘密裏に運営しているものだ」
つまり、彼はこう言いたいのだろう。
「ここは、管理局の膿から溢れでた被害者の受け皿だと、そう言う事ですか………」
「実際のところは、管理局が関わっているかどうかは分からないが、可能性のあるとだけ言っておこう」
また、人を馬鹿にしたような笑みを貼り付けてこの神父は言う。
楽しそうに。
たのしそうに。
愉しそうに。
「………………最後に、一つだけ聞かせて貰っても?」
震える声を押さえつけ、何とか言葉を形にする。
醜く歪んだ顔を見せないように、顔を伏せ、拳を白くなるほど握りしめて。
「あぁ、良いとも」
「あなたは……何故こんな事を?」
こんなにも歪んだ男が、何故。
「ふむ、そうだな。生まれてくる命、その全ては祝福されるべきだ、ただそれだけの事だとも」
あぁ………
やはり、この男はどこまで歪みきっても聖職者で、どこまでいっても只の神父なのだ。
♢♢♢♢♢♢♢
夜道を歩く。
星明かりを浴びながら、私はシロウと二人で歩いていた。
「…………ねぇ、シロウ。シロウもやっぱりあの孤児院で育ったの?」
違うと、いって欲しい訳じゃなかった。
でも、そうだといって欲しい訳でもなかった。
どっちの答えでも。
苦しいのは変わりないから。
口から溢れた言葉は取り消せない。だから、静かに答えを待った。
「…………あの孤児院で育ったって訳じゃないけど、似たような境遇だよ。鉄の子宮で生まれて堕ちて、命からがら逃げ出した。
フェイトが知ってるかは分からないけど戦闘機人ってやつのプロトタイプだよ。俺は運が良かったんだ、失敗作だったけど直ぐに廃棄はされなかったから」
星を見ながらそう言うシロウはやっぱり寂しそうで、どうしようもなく寒々しい。
「じゃあ、…………何であんな事したの、静かに暮らしていてくれたら、それで良かったのに」
運び屋は犯罪だ。
物によって罪の重さの程度はあれど、後ろ暗いものを背負う事に変わりはない。
「金が……必要だったんだ………、オレにしたって孤児院の奴らにしたって戸籍が無いからさ、まともな働き口も見つけられない。
だから、あいつらに戸籍を買うための金が必要だったんだよ」
戸籍を買う。
と言う事の意味はわからない訳ではなかった。
彼等は管理局に頼ることが出来ない。
そもそも管理局に存在を知られた時点で彼等はどうなるかわからないのだ。
「………フェイト、オレはさ……どこまでいっても闇から抜け出すことは出来ないんだよ、所詮 失敗作か廃棄物なんだ。どこに行ったって結局は隠れるように生きていくしかないんだよ。だってオレは————」
私にはシロウを助けることは出来ない。
私一人じゃ、管理局の闇を払うことは出来ない。
…………けど、
「だってオレは人間じゃないんだ———『そんな事ない!!!!!!!!!!!!!』
その言葉だけは許せない。
私が私でいるためにはその言葉を許すわけにはいかない。
なのはが私に教えてくれたように、私は『人間』だから。
私は、『フェイト・テスタロッサ』だから。
「シロウは、『人間』だよ………、ちゃんと一人で立って生きてる。誰かの失敗作でも廃棄物でもない………一緒にいると楽しくて、優しくて、暖かくて、私の………大好きな人…………。私の知ってる貴方は『シロウ』だよ………」
ポタリと地面に赤い雫が落ちた。
私の掌からだ、爪が手のひらに食い込んで血が出てしまったみたいだ。
「…………まだ、私じゃシロウをあの子達を助けてあげられない…………。でも、私………頑張るから、いつか…………皆んなを助けてあげられるくらい…………だから…………………」
—————何処にも、行かないで—————
涙で視界がぼやける。
こんな時間だからか、それとも他の理由からか体が震える。
不意に何か暖かいものが体を包む。
強く、私を抱きしめるように。決して離さないと。
「ありがとう」
♢♢♢♢♢♢♢♢
「なぁ、ドクター。流石に出生記録すら無いのは怪しまれないか?」
まだ、幼さの残る青年が、白衣の男に話しかけている。
彼等のいる部屋は数多くのモニターらしき物が乱立する、所謂研究所の一角らしき場所だ。
「それで問題ないよ、いくら完璧に偽装したところでボロが出るのは当たり前だ、いちいち取り繕うのは面倒くさいからね、知り合いの孤児院長がいるから話を付けておくよ」
「ドクターの知り合いって事は、ロクデナシなんだろうなぁ」
「否定はしないがね、シロウはきっと気に入られると思うよ」
カラカラと笑う白衣の男に青年は溜息をついて今後の不安の種が増えた事に辟易する。
「て言うか、本当に大丈夫なのかよ、これ」
「大丈夫、大丈夫、」
白衣の男は何が楽しいのか、爬虫類じみたその瞳を輝かせニヤニヤと嗤う。
「嘘の中に、適度な本当を混ぜた方が真実味が出るものだよ。
それに、正義感丸出しの管理局員が好きそうな心くすぐる
まぁ、別に嘘は言ってないよね。
ちょっと言い方ぼかしただけだよね。
あと、フェイトさんこのペースだと予定より早くR18しちゃいそうで怖い。まだこの時点だと17なのに。