ひとりの男の子に出会った……
ある違法研究所で、その男の子は私に剣を向けてきた
私を排除する、とその子は言う。
物騒な武器を手に、私より少し高い背の男の子は私に牙を剥いたのだ
けれど所々おかしいところもあった、
例えば初めの矢。全ての矢が的確に私達の足元に打ち込まれた。
おかしい。普通なら的の大きい身体を狙うべきだ、足を止めさせたいからといって態と外す意味はない
射った矢を防がれたとしても警戒の為、結局 足は止まるだろうし、防がれなければそれだけで一人脱落させられる。
けれどその子は、それをしなかった
やさしい…子なのだと思う
それを示すかのようにその子の目には迷いが見て取れた。 戦う事への迷いではない、そういう意味では彼に容赦は無かった。
この子の迷いは相手を傷つける事への迷いのように思える。 おそらく自覚が無いのだろう。けれどそれは確かに彼の根本に根付いているものだ…
ふと、スバルの顔が浮かぶ。
そうだ 誰かに似ていると思ったがスバルに似ているのだ。自分が他人と違うのを理解しているのだろう。極端な程、傷つけるのも傷つけられるのも嫌う傾向があった
この男の子を例えるなら、覚悟を決めて芯を持ったスバルといったところか…
つい頰が緩む、娘のことを思い出したかだろうか…
不意にこの男の子とギンガとスバルが仲良く遊んでいる様子が思い浮かんだ。
もしかしたら、こんな未来もあったのかもしれない
「キミ、名前は?」
—いや、今からでも遅くは無い
「——私はクイント!、クイント・ナカジマ!!」
—こんないい子がここにいて良い訳がない
「—私が勝ったら、君の名前を教えてね」
—余計なお世話かもしれない、勘違いしているのかもしれない。 けど、そんな事はどうでもいい
これは私のワガママだ……
「——私の息子にならない?」
………あっ、でもこの子にも兄弟いたらどうしよ…
…………まぁあと5、6人くらい増えても問題ないか!
♢♢♢♢♢♢
研究所の一角、そこでひとりの少年とひとりの女性が対峙していた。 少年、シロウを取り囲むように魔力の道が縦横無尽に引かれておりその上に女性、クイントが立っている。
クイントは油断していた。無理もない、退路は断ち 自分に有利な条件に持ち込んだのだから。
だが、目の前の少年が銃型のデバイスを取り出したのを見て背筋に悪寒が走った。
物々しいデバイスだが、そこまでおかしなところは見られない。けれどその銃から発せられる殺気は、今までとは比べ物にならない程の濃度だった
「——I am the born of my sword…」
「…ッッ!!」
少年の詠唱が始まると、周囲の温度が下がったとような気がした。よく分からない、よく分からないが何か危険だ。そう直感したクイントはウイングロードを滑り少年と距離を詰める。何かががどうにかなる前に捕縛してしまおうと思ったからだ。
「でぇぇぇりゃぁぁあ!!」
ローラースケート型のデバイスを軋ませながら最大加速で風を切る。 シロウとの距離2m、
魔力を込めた拳を振りかぶり勢いのまま打ち付ける。
ドゴォォォン!!!!
轟音と共に破片が散る、シロウはクイントの全力の拳を受け、床に倒れ————てはいなかった
「ッ!?何処に——」
ダァン!!
背後から、短い発砲音が聞こえた。
鈍い痛みを背中の左側に感じる
焼けた鉄が肉を焼く音がする……何処から?
クイントは自身の左脇腹をみる。貫通した様子はないどうやらこの音は自分の中から聞こえてきているようだ
「どう…やって……」
「………………」
クイントの疑問にシロウは答えない
【固有時制御・十重加速】
今現在、シロウにとって最速の移動術である
時間を制御し一瞬を多大な大きさに引き延ばすことで加速する、十重加速というのは本来戦闘機人の頑丈な肉体であっても、効果の後のリバウンドで絶命し兼ねない程の負荷がかかる
しかし、シロウは【全て遠き理想郷】によってその負荷を軽減しているのだ。
なお、負荷が掛からないわけではないので反動で暫く動けなくなるというデメリットもある
「——unlimited lostworks!!」
詠唱が終わると共にクイントは自身の傷から魔力が暴走してくるのを感じる。
なんとか自分の魔力を回し押し込めようとするが、背中の裂傷 焼ける肉 撃たれた背中、これだけの傷の痛みに耐えながら魔力を存分に扱うことは出来なかった
——ザンッ!、剣が身体を貫き血を散らす
——ザンッ!、皮膚を裂き骨を剝きだす
——ザンッ!、骨を砕き関節を壊す
—名剣が神剣が鈍剣が鋭剣が魔剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が——
彼女の身体を貫いた
突き出た剣で体が宙ぶらりんに吊るされるとようやく剣は塵となって消え彼女を解放した
「——————」
最後まで諦めず魔力を押し込めようとしていたせいだろう、幸か不幸か奇跡的にクイントはまだ、生きていた
掠れたような、管を風が通るような音だけが聞こえる
「何か…言い残す事はあるか?」
シロウは床に倒れるクイントを見下ろしながら言った
別に情が移ったわけではなかったが何か強い意志を感じる瞳に興味が湧いたのだ
クイントは懸命に口を動かす、肺が潰れているから、喉が裂けているからか声にならないヒューヒューと風を切るような音がでるだけだった
シロウは慣れない様子で口唇を読み意味を汲み取る
—か・ぞ・く・に・な・ら・な・い・?—
「ッッ!」
意味が伝わった事に気付いたのか、クイントは微笑む
身体中を壊されて今まさにその命 潰えようとしているものには似つかわしくない笑顔だった
「お前は……! この後に及んで………!!」
怒りとも失望とも取れない声色でシロウは言う
握りしめた拳は震え、その顔は歪んでいる
(そんな戯言を………こんな状況でも、お前は言うのかッ。自分を殺した相手に、こんなになってまで)
シロウには理解出来なかった自分を殺す相手に向かって家族になろうなどと、ふざけた事を言う意味が分からなかった。
するとクイントはまた口を動かし始めた。もう意識も殆ど無いらしく弱々しい動きでシロウも口唇を完全に読む事は出来なかった。ただ、3文字だけ読み取る事が出来た。
—な・ま・え—
名前の事を言っているのだと理解するのに少しかかった。『勝ったら名前を教えてね!』たしかそう言っていただろうか。
約束が違うじゃ無いか…
そう思ったが、何故か言いたい気持ちになった
最後まで局員として自分を守ろうと助けようとしている彼女の姿に胸を打たれたのかもしれない
「私は…いやオレは——」
シロウだ そう続けようとした。
「—————————」
だが、シロウがその言葉を言おうとした時にはクイントは既に息絶えていた。
義理堅い…のだろうか。結局、彼女は約束を破らなかった。自分の負けを認めて素直に息を引き取った
シロウは自分の手が汚れるのも構わず微笑んだままのクイントの瞼をなぞり目を閉じさせた
立ち上がり、背を向ける
——君は優しいね——
そんな声が、聞こえた気がした
その言葉は妙に耳に残って自分を壊していくような感覚があった
「—オレは………優しくなんて…ない!」
言い聞かせるように、刻み込むように言葉を吐く
誰にも認めさせないように、誰もが認めないように、何より…自分が認めないように。
その言葉を否定する。
自分は優しくなどないのだと
『おっ兄様ぁぁ、こちらクアットロ、敵は片付けましたぁ。そちらはどうですかぁ?」
クアットロから念話が来た、どうやらあちらも済んだようだ
「こっちももう終わった。すぐ戻るよ」
「はぁい、引っ越しの準備もありますしぃなるべく急いでくださいねぇ」
そう言って念話を切るクアットロ、少し機嫌が良さそうだったが、作戦がうまくいったのだろうか
後で聞いてみようとおもいつつ歩き出す
シロウは横に転がしておいた局員二人を速やかに処理し、【マグダラの聖骸布】を消しその場を後にした