近くに在ったホテルの中にて………。
「よし、一旦帰るか」
「何を言ってるんですか、摩桜さん……」
ん?ああ、主語がなかったかな。
「元の世界に帰るかって言ったんだが?」
「何となく分かってましたけど……どうやって帰るんですか?通廊が何処にあるか分からないのにですか?」
頭が痛いかのように頭を抑えている。
まあ、呆れてるだけだろうな。
「確かに通廊が何処にあるかは俺も分からんが、帰れると思うぞ?祐理も知ってるだろ、俺が刑部姫から簒奪した権能をさ」
「確か、自宅を聖域に変える権能のはずですけど……」
聖域……まあ、間違ってはない。
権能を発動させれば俺が許可しないと入れないからな。
「その刑部姫の権能がな、この別世界でも機能してるのが分かるんだよ。今ここで発動させる事も可能だ。アレって発動すると家の中なら何処でも転移出来るんだよ」
「えーっと…つまり、元の世界に戻れるかもしれないと?」
「そういうこと。まあ、一応まだかもしれないってだけどな。やってみる価値はあるだろ?……と言うわけで、早速やってみっか!」
「……え?…ちょちょちょっと待ってください!?摩桜さん、聞いてますか!?」
祐理の静止の言葉を無視して聖句を唱える。
まったく、祐理も知ってるだろうに……俺が有言実行派なのをさ。
「我、望むは城。我、望むは理想郷。平穏を望む者なり。世の繁栄と栄光は此所より始まる……」
聖句を唱える事で身体から呪力が高まっていくのを感じながら聖句を唱え続ける。
「そして、一夜の虚栄も此所より始まる。世界に理想郷は非ず。砂上の楼閣なれば、失う物は無し。我は此所に栄光を打ち建てよう。我は此所に虚栄を張ろう。何故ならばこの城が我が望む理想郷なのだから……」
権能……発動はしてるな……けど、転移が出来ないな。
何かに阻まれている感覚があるな……ちゃんと調べた方がいいな。
上着を少しずらして別の権能を発動させる。
「ペイン、ディスト出てこい、仕事だ」
アジ・ダハーカの首を肩からニョキっと生やして会話する。
「中から視てたから知ってるけどよー」
「阻まれているならこっちからやれば良いだけの話だろ?」
「こっちから?」
阻まれているならこっちから?
つまり、阻まれる前からこっちから邪魔すれば良いって事か?
なら、結界を張ってから空間を曲げてみるか……。
「ペインは空間に作用する結界張ってくれ」
「りょーかーい」
「ディストは転移できるか視といてくれ、俺は空間を捻じ曲げる」
「へーい」
次の権能を意識する。
空間に作用する権能ならレヴィアタンの権能が一番だ。
範囲は人間二人分の大きさで……。
「曲がれ。渦を巻くが如くに捻れて曲がれ」
権能が発動して空間が、ぐにゃっ、と渦を巻く様に捻れていく。
これで上手く行けば良いんだが……。
「お?おっ!これなら行けんじゃねぇか、マオ!」
ディストの声を聞いて直ぐに、刑部姫の権能に意識を向ける。
何となくだが捻れた空間から刑部姫の権能の力が糸の様になって繋がった事を確信して直ぐにこの空間に楔となるモノ、『幻獣創造』を使って幻獣オルトロスを柴犬程の大きさで顕現させてから祐理の手を掴んで転移する。
「──あ、あれ?……此所って摩桜さんの家のリビング…ですよね?」
リビングに置いておいた象頭の木像を見て俺が作ったガネーシャ像である事を確認した。だって俺の呪力が籠ってるしな。
「おっしゃっあー!次元を跨いだ転移成功ー!向こうに楔を打ったからまた向こうに転移して行けるぞ!」
「いえーい!」
「オレらサイキョー!」
「行けるぞ、ではありませんっ!」
「ぐふぉっ!?」
「あでっ!?」
「あたっ!?」
リビングに何故か置きっぱなしだったハリセンで頭を叩かれた。
ちゃっかりとペインとディストも叩いている。
それから正座で祐理に説教されること三十分────。
「───とりあえず、金とか必要な物を持っていくか……。あぁ、祐理はどうすんだ?」
「どう…とは?」
「いやさ、これから俺は別の世界線に行って色々するつもりだが、祐理はこの世界での生活があるだろ?俺に付いていくと家族と会えなくなる可能性だってあるからな……せっかく戻って来たんだ。このまま元の生活に戻った方がいいと俺は思うぞ?まあ、さっきまで一緒に別世界行ってたけど……」
会えなくなる可能性はあるかもしれないし、ないのかもしれない。
またも上手く行くとは限らんからな……。家族がいない俺は特に未練的なのはないし。だいたいの面倒事は草薙に押し付けてるしな。誰が好き好んで委員会の盟主なんざするかっての。今までの様に協力関係、依頼とかの窓口的なもんで十分だ。
ま、俺は嫌な事はノーと言える人間だからな。一時盟主やれって、
「……摩桜さん…。私が一緒に居ないからって、ジャンクフードしか食べないつもり…何じゃないんですか?」
ジト目でこっちを見て言うなって……。
確かに魅力的だな、それ。
ヴォバンのジジイとドニと俺の三つ巴で戦った時に偶々助けてから、二年後に家に来て家事をするようになってから外食とかジャンクフードばっかりだったのだが、用事があって家にいない時しかジャンクフード食ってないな……。
「そんな事ねーよ?」
「ねーよ?」
「少しあるけどなー」
あ!?
ペインのバカっ!何口走っていやがる!
「やっぱり!私を遠ざけて、自堕落な生活をするつもり何じゃないですか!決めました、私も付いて行きます。普段から自堕落な生活をしているのに更に堕落するつもりの様なので見張らせていただきます」
「いやいやいや、そんな事で決めるなよ。もう少し考えたら───」
「……イイデスネ…」
「アッ、ハイ…」
ヤバい、何かヤバい。
祐理の目からハイライトが消えた様に見えたぞ……。
ヤンデレか?ヤンデレの素質でも持ってんのか?
ペインとディストが身体の中に入っちまったぞ……そんなに怖いのかよ……。
「はぁ~…、好きにしろっての…。まあ、祐理の料理は好きだから良いけどよ…」
そういえば、ガネーシャ像の残りの呪力量を見ないとな。その後に、刑部姫の権能が解けないようにしておかないとないけないだろうな。
「……卑怯ですよ、摩桜さん……」
「ん?すまん、祐理。集中してたから聞こえなかったんだが、何か言ったか?」
「あ!い、いえ、ただの独り言ですから大丈夫です!」
「そうか?ああ、付いてくるなら三時間以内で荷物をまとめて来てくれよ。楔がちゃんと機能するか分からんからな」
「は、はい。直ぐに準備して来ます!」
家から出ていく祐理を見て俺も準備に取り掛かる。
とりあえず、金を下ろしに行って、家のコンセントを抜いたりしておくか……。
家に置きっぱなしにしてた金、たぶん億はあるけど向こうでアパートやマンションを借りたりするだろうから……銀行に行って一千万下ろせば十分かな?必要なら向こうで霊水売れば良いし。
そういえば、祐理って今走ってたか?身体の弱さは普通の人並みにしたけど、体力はないままのはず……。
明日は筋肉痛かねぇ……。