企み
夜の空気が部屋を満たしている。男はふと読んでいた本から顔を上げた。何か物音が聞こえた気がする。椅子から腰をあげ、窓の方へ向かった。静かな夜だ。気のせいだったのだろうか。男が机に戻ろうとしたその時、聞き覚えのある声がした。
「少し疲れておるようじゃの、ニコラス。」
「……アルバス!」
ニコラス・フラメルは久しぶりに会う友人が目の前に立っていたため、驚きで声をあげた。
「いつここに?本当に久しぶりだ!」
「ついさっきのことじゃよ」
フラメルはダンブルドアをテーブルへと促し、紅茶を用意した。ダンブルドアは穏やかに微笑みながらカップに口を付ける。
「こんな時間に来るとは!まあ、いい。用件は分かっているさ。」
フラメルはニヤリと笑いながら口を開いた。
「
「……完成したのかの?」
フラメルは顔を輝かせながら、そばにあった戸棚を開く。そこには大きめの金庫があり、フラメルは何事かをブツブツ呟くとゆっくりと金庫を開けた。金庫の中に入っていたのは50㎝ほどの大きさの箱だった。
「さあ、持っていけ!」
「……まさか。本当に?本当に完成したのか?」
ダンブルドアが信じられないという風に首を振った。
「いやいや、完成してはいない!ただし、かなりいいところまでいったと感じているよ!あとはお前さんの努力次第さ!」
フラメルは腕を組ながら誇らしそうに話を続けた。
「
「では、本当に?」
「あとはお前さんが仕上げをするだけだ。ただし!壊すんじゃないぞ!
ダンブルドアは注意深く、箱を開け、中を覗く。ふむ、と頷いた。
「では、本当によいのかの?これをもらっていっても……?」
「ああ、かまわない。お前さんには借りがあるし。それに、必要なものなんだろう?」
フラメルはニヤリと笑った。ダンブルドアは少し悲しそうに首を振った。
「……いや、できれば、これは使いたくない。わしはとんでもないことをしようとしている。それでも…………」
ダンブルドアは箱を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。
「まあ、使うか使わないかはお前さん次第さ。それよりも、最近はどうだ?かなり騒がしいらしいが……」
「ああ、少し、いろいろあっての」
フラメルはもちろん、「例のあの人」の件は知っている。ダンブルドアもそれを分かっていながら「例のあの人」のことは口にしようとしなかった。
「ああ、そういえばお前さんの、あの引き取った娘はどうだ?仲良くしているのか?」
ダンブルドアは弱々しく笑った。
「いいや……わしは嫌われたようじゃ。この間、はっきり言われたよ。大嫌いだと。」
フラメルはポカンと口を開くと、次の瞬間大きな声で笑いだした。
「ハッハッハッハッ!なるほど!大嫌いだといった挙げ句、お前さんにそんな表情をさせるとは!面白い。大したものじゃないか、お前さんの娘は。」
「娘?」
ダンブルドアが目をパチクリと動かした。
「いやいや、娘ではない。わしはあくまであの子の後見人であり……」
「だから、家族、つまり娘だろう?お前さん、今自分がどんな顔をしていたか分かっておったか?この世の終わりのような顔だったぞ。それだけ大切な存在なんだろう?」
ダンブルドアは何かを言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに箱を抱えたまま立ち上がった。
「……すまん。そろそろおいとまするの。」
「ああ、ちょっと待ってくれ。これを持っていけ」
フラメルは机の引き出しから数枚の書類を取り出した。
「ここに理論が書いてある。一応仕組みもな。くれぐれも言っておくが、それは完全な形ではないからな。それだけは肝に銘じておいてくれ。ああ、それと、読んだあとはそれを燃やしてくれ。私は手を切るよ。本来はあってはならないことだ。いいか?私は全てを忘れる。」
「分かっておるよ。それじゃあ、ニコラス。さらばじゃ」
その瞬間、ダンブルドアの姿は消え去った。フラメルは残りのお茶を口にしながらぼんやりと考えた。
なぜだか、ダンブルドアとは二度と会えないような気がした。
魔法省。魔法大臣のコーネリウス・ファッジは不機嫌そうに書類をめくっていた。仕事が山積みの上に、次々と問題が上がってきてしまい、休む暇もない。特に、あのダンブルドアの「あの人」関連の話は正直に言って思い出したくもなかった。
その時、ノックの音が聞こえ、ファッジが返事をすると見慣れた顔が扉から現れた。
「大臣、よろしいでしょうか?」
「ああ、アンブリッジ上級次官。どうかしたかね?」
「いえ、こちらの資料にも目を通していただければと思いまして……」
ファッジはまたも増えた仕事に顔をしかめた。
「分かった。その辺に置いといてくれ。それよりも、君の準備は万全かね?」
その言葉にアンブリッジは醜い笑顔を見せた。
「もちろんですわ。抜かりはありません」
「君の仕事は、今年、ホグワーツへ行き、そこでダンブルドアを監視ならびにホグワーツを管理することだ。くれぐれも失敗は……」
「ご心配なく、大臣。分かっていますとも」
アンブリッジは自信ありげに何度も頷いた。ファッジは少し安心したが、それでも完全に不安は消滅しなかった。
ファッジは恐れている。ハリー・ポッターが復活したなどと戯れ言をいう『例のあの人』ではなく、アルバス・ダンブルドアという偉大なる魔法使いを。いつか、ファッジの座を脅かす存在になる人物だ。いや、今ももうすでに脅かされている。ファッジはアンブリッジに気づかれないように歯を喰い縛った。その時、ふと思い出す。ある人物の存在を。
「上級次官。ホグワーツの管理やダンブルドアの監視も重要だが、ハリー・ポッターの動きはさらに重要だ。そして……」
ファッジは少し言葉を選ぶように続けた。
「ダンブルドアが後見人となっているホグワーツの生徒、シャーロット・ダンブルドアにも注意をしてくれ。あの娘も何かを企んでいるかもしれない」
アンブリッジは更に笑顔を深めると口を開いた。
「ご心配なく、大臣。あんな小娘に何ができます。案ずる必要はありませんとも」
「いや……。聞いた話では、かなり優秀な魔女らしい。魔法省ではダンブルドアの秘蔵っ子として名前が挙がるほどだ。警戒する必要はある。」
「秘蔵っ子?まさか。大したことはありませんわ。たかが学生ではありませんか!」
「……もしくは、その娘をこんな風に呼ぶ者も存在する」
「“ダンブルドアの愛し子”」
「……まあ、うふふふふ。会うのが楽しみになってきましたわ」
顔をしかめる大臣とは逆に、アンブリッジはガマガエルそっくりの顔に笑みを浮かべた。
「さあて、その子は何を知ってるのかしら?」
暗い暗い夢の中。いつもこの夢だ。杖を振るう自分。死の呪いで倒れるハリー。響き渡る高笑いと悲鳴―――
「ハリー!」
シャーロットは叫びながら飛び起きた。混乱しながら周囲に目を凝らす。自分のスーツケース内の寝室だということを認識し、静かに息を吐いた。ベッドの傍では、イライザが心配そうに瞳を揺らしながらシャーロットを見つめていた。そばにある時計を見ると、今は早朝らしい。のどの乾きを感じて、ゆっくりとベッドから抜け出した。小さな洗面所の水道から水を出し、コップに注ぐ。勢いよく水を飲み干すと、正面の鏡に視線を合わせた。鏡の中から、驚くほど痩せた赤毛の女が自分を見返してきた。
この夏休み、シャーロットはほとんどスーツケースの中の研究室で過ごしていた。寝る間も惜しんで、勉強や魔法の自主訓練を行ってきた。食事も最低限の栄養補給のみだ。寝ていると悪夢に襲われる。そんな生活のせいで最近は体調も良くない。アンバーが何度かスーツケースへ声を掛けてきたが、放っておいて欲しいと頼んだ。ハリー、ロン、ハーマイオニーの手紙だけはスーツケースの中に届けてもらった。どうやら、ハリーは吸魂鬼に従兄弟とともに襲われ、守護霊の呪文で追い払ったようだ。しかし、そのせいで魔法省から尋問を受けたらしい。シャーロットは手紙の内容に顔をしかめた。三人へは、体調を崩したため、ホグズミードで休養中だと伝えてある。シャーロットが行かなくても、ハリーはうまくやるだろう。それでも、シャーロットは3人の元へ行きたかった。ただ、不死鳥の騎士団本部に行くのは躊躇われた。ダンブルドアが率いている、闇の魔法使いに立ち向かうための秘密同盟だ。あの予言のことが頭をよぎる。ダンブルドアの近くに行くのは避けたかった。しかし、そろそろ動くときかもしれない。シャーロットは深呼吸すると、スーツケースの扉を開けるため、洗面台から離れた。
アンバーは洗った食器を拭きながら物思いに耽っていた。シャーロットは夏休み中、ほとんどスーツケースの中で過ごし、姿を見せない。放っておいてほしいと頼まれたが心配で仕方がない。勉強のしすぎで疲れてはいないだろうか。シャーロットの事だから大丈夫だとは分かっているが……。その時後ろから声がかかった。
「アンバー、お腹すいた……。クランペット食べたい……。」
アンバーはその声を聞き、勢いよく振り向いた。
「お嬢様!ようやく……」
アンバーは振り向いた視線の先にいるシャーロットを見て、目を見開いた。
「お、お、お嬢様ー!」
「へ?」
「か、か、かみ、髪を!」
「あ?あー。」
シャーロットは自分の赤毛を少しだけつまんだ。
「切ったのですか!?」
「うん。邪魔だったから。」
元々、シャーロットは髪を伸ばしっぱなしにしていた。その髪は腰まで伸びており、毎年夏休みになると、アンバーが毛先を揃えたりするなど整えていたのだ。その髪が、肩にようやくかかるほど短くなっていた。
「久しぶりに短くするとさっぱりしたわ。頭も軽いし。」
シャーロットが少し笑うと、驚いたことに、アンバーは大きな瞳に涙を貯め始めた。
「ア、アンバー?」
「お、お嬢様が自分の外見に興味がおありにならないということは知っていましたが、これはあんまりです!あんなに綺麗な髪をそんな無惨に切るなど……」
「え、いや……」
「毛先もバラバラ!ツヤツヤだった髪がこんなにもグシャグシャに!」
「う……」
「せめて、せめて、短く切るのであればこのアンバーめにお声をかけてくださればよかったのに。ああ、あんまりです!」
「す、すみません」
アンバーのあまりの勢いに思わず敬語になってしまい、シャーロットは謝った。その後も涙を流しながら恨み言のように説教をするアンバーになすすべもなく、シャーロットは黙ってそれを受け続けた。
数分後、鏡を前にシャーロットはアンバーに髪を整えられていた。チョキン、チョキンという音が鳴り響く。
「お嬢様、ずいぶんとお痩せになりましたね」
「ん?まあね。大丈夫よ。体重はそんなに減ってないわ。」
「それだけではありません。あまり寝てらっしゃらないのでは?目の下の隈がひどいことになっていますよ」
「あー……」
シャーロットは鏡で自分の顔を改めて観察する。夏休み前と比べて明らかにほっそりしており、目はギョロギョロしていた。何よりも、アンバーの言うとおり、ひどい隈だ。自分の顔を眺めているうちに、アンバーのヘアカットは終了した。
「これでいいでしょう」
「ありがとう、アンバー」
シャーロットは鏡の中の自分を見て、満足げに頷いた。適当に切ってしまった無惨な髪はアンバーに整えられた。今は肩に届かないほど短い。
「こんなに短くするのって、子どものとき以来じゃない?なんか懐かしい」
「お嬢様は今でも子どもです。次からは切るときはアンバーに必ず声をかけてくださいね」
「はーい」
アンバーがまだ不満そうにしていたため、シャーロットは苦笑しながらも素直に返事をした。
その後はアンバーが大急ぎで作ってくれたクランペットを食べた。
「アンバー。ダイアゴン横丁に行ってくるね」
「お買い物ですか?」
「うん。やっと新しい教科書のリストが届いたの」
モゴモゴとクランペットを頬張りながら、シャーロットは話を続けた。その後は手早く着替えを済ませ、適当に荷物をまとめ、玄関から出ていった。
「行ってきまーす!」
数分後、アンバーは扉をノックされたため、開けた。そこには久しぶりに見る主人の姿があった。
「ダンブルドア様!お久しぶりです」
「久しいのう、アンバー。」
ダンブルドアはアンバーに導かれ、ゆっくりと家に入ってきた。家をキョロキョロと見渡す。
「あの子はまだスーツケースの中かの?」
「いいえ、お買い物があるとかでダイアゴン横丁へ…」
「おお。ようやく出てきたのか。体調は大丈夫だったかの?」
「ええ。だいぶお痩せになりましたが……」
アンバーはパタパタとお茶の用意をした。ダンブルドアはふと部屋の端っこにある床に目を止めた。そこには、先ほどシャーロットが髪を切った場所だ。床には赤毛が散らばっていた。
「アンバー。あれはあの子の髪の毛かの?」
「も、申し訳ありません!先ほどお嬢様の髪を切ったのです。すぐに片付けますので!」
アンバーがあわてて掃除の道具を取りに行った。ダンブルドアは床に散らばった赤い髪をじっと見つめていた。