「あの人、誰?」
ハーマイオニーが教職員テーブルの真ん中を指差した。シャーロットはそこにいる人物を見て、思わず呻いた。けばけばしいピンク色の服、弛んだ瞼と飛び出した両眼、まるでガマガエルのようなずんぐりした女だ。
「アンブリッジ」
「アンブリッジって女だ!」
シャーロットとハリーが同時に声をあげた。
「誰?」
「僕の尋問にいた。ファッジの下で働いている!」
「カーディガンがいいねぇ」
ニヤリとするロンの横で、シャーロットは苦々しく口を開いた。
「確か、魔法省の上級次官とかよ。反人狼法を作った人。それでルーピン先生はとても苦労してるはず……」
「いったいどうしてここにいるの?」
四人でコソコソ話していると、グラブリー・プランク先生が一年生を率いて姿を現した。やがて、マクゴナガル先生が組分けの準備を始め、大広間が完全に静まり返る。
組分け帽子の裂け目がパックリ開いて、歌い始めた。
「昔々のその昔、私がまだまだ新しく ホグワーツ校も新しく 気高い学び舎の創始者は……」
帽子が歌い終えると、拍手は起こったが、まるで警告のような内容に生徒たちは戸惑いを隠せずコソコソと話し始めた。マクゴナガル先生が視線で大広間の生徒たちを黙らせ、組分けが始まった。
いつものように一年生が組分けられていく。全て終了する頃には、ロンのお腹が必死に空腹を訴えていた。
ダンブルドアが立ち上がり、挨拶を始めた。
「新入生よ、おめでとう!古顔の諸君よ、おかえり!挨拶するには時がある。今はその時にあらずじゃ。掻っ込め!」
その途端、テーブルにご馳走が現れた。ロンが素早く肉料理を皿に乗せる。シャーロットも笑ってそばにあった野菜料理を引き寄せた。
すぐそばでは「ほとんど首無しニック」が何かを話していたが、シャーロットは静かにゆっくりと料理を味わっていた。ふと、ダンブルドアの方へ目を向ける。ダンブルドアは他の教師と談笑していた。最後にダンブルドアと会話したのは夏休みが始まってすぐだった。正直に言うと、今はあまり予言のことは考えたくない。特に今年は魔法省の間抜けとガマガエルのせいで気が重いのだ。シャーロットが静かにダンブルドアを見つめていると、ふいにダンブルドアがシャーロットの方へ視線を向けた。ダンブルドアとシャーロット、お互いの視線が絡み合う。凍ったような時間が流れた。
「シャーロット、もっと食べなよ」
ロンがそう声をかけてくるまで、二人は無表情に見つめ合っていた。
生徒が食べ終わり、ダンブルドアが再び立ち上がった。例年通り、注意事項を述べていく。そして、
「今年は先生が二人替わった。グラブリー・プランク先生がお戻りになったのを心から歓迎申し上げる。『魔法生物飼育学』の担当じゃ。さらにご紹介するのが、アンブリッジ先生、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教授じゃ」
二人の新任教授を紹介し、あまり熱のこもらない拍手が起きた。
ダンブルドアが話を続けようとしたその時だった。
「ェヘン、ェヘン」
アンブリッジが立ち上がり、咳払いを始めた。どうやらスピーチをしたいらしい。その様子を見てダンブルドアは優雅に腰掛けたが、他の教師は苦々しい顔をした。
「校長先生、歓迎の言葉恐れ入ります」
甲高い声が響き渡り、シャーロットは今すぐ耳栓をしたくなった。ハリーも嫌悪感からか、顔を強張らせた。
「魔法省は、若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であると、常にそう考えてきました。……」
無味乾燥な話し方のスピーチが続く。教師は熱心に聞いていたが、生徒たちは顔を寄せておしゃべりを始めた。ダンブルドアが話すときはいつも大広間はしんとしているのに、今はそれが崩れている。アンブリッジはそんな様子に構わずに話を続けた。ハーマイオニーは苦々しげな顔で話を聞いている。ハッフルパフのアーニー・マクラミンが死んだような目でアンブリッジを見つめていて、シャーロットは今の自分がアーニーと同じ目をしているに違いないと確信した。
ようやくアンブリッジが話し終わり席に着いた。パラパラと拍手が起きたが、シャーロットは絶対に手を動かさなかった。
ようやく、いつもより長く感じた宴会が終わった。ダンブルドアがお開きを宣言し、みんなが立ち上がる。ロンとハーマイオニーは一年生の道案内のため、慌てて動き始めた。
ハリーとシャーロットは二人で大広間から抜け出す。何人かの生徒がハリーを指差して、囁き合うのが分かった。
「ハリー。気にしちゃダメよ。ね?」
「……ああ。大丈夫さ」
そう言ったが、ハリーの顔は暗かった。
グリフィンドールの談話室はいつも通り温かく迎えてくれた。ハリーにおやすみと手を振って、女子寮に入っていく。ベッドの上ではイライザがシャーロットを待っていた。
「イライザ。こっちへいらっしゃい」
そう呼び掛けると、イライザが甘えるように体を寄せてきたので、ゆっくりと撫でた。撫でていくうちに、少しだけ心が落ち着いた。
その後、ラベンダーとパーバティが揃って部屋へ入ってきた。
「久しぶり、シャーロット」
「元気、そうじゃないわね」
「二人とも久しぶり。夏休みは楽しかった?」
二人はシャーロットの問いかけに答えず、矢継ぎ早に話しかけてきた。
「シャーロット、なんでそんなに痩せてるの?」
「それに、髪!切っちゃったの?シャーロットの髪、綺麗だったのに……」
何度も言われた言葉に、シャーロットは着替えを準備しながらも苦笑した。
「夏休みの間、ちょっと体調が悪かっただけよ。髪も気分転換に切っただけ。それよりハーマイオニーはまだかしら?」
「ハーマイオニー?多分一年生の誘導に手間取ってるんじゃない?そうそう、私、監督生になったのはハリーとシャーロットだと思ってたわ。」
「えー?」
ラベンダーの言葉にシャーロットは笑った。
「ハリーはともかく、私?」
「あなたもハーマイオニーも勉強はできるけど、あなたの方が上じゃない?」
「でも、私よりはハーマイオニーの方が真面目だし、監督生にピッタリじゃない。ダンブルドアはそこを重要視したんだと思うわ。」
シャーロットは話しながら、パジャマに着替えた。
「私、もう寝るね」
「え?もう?」
「昨日あまり眠れなかったの。おやすみ」
早々とベッドに横になる。すぐに瞼が重くなってきた。眠りに落ちる直前、戻ってきたらしいハーマイオニーとラベンダーの何かを言い争う声が聞こえた。しかし、気にする余裕はなく、そのまま眠りの世界へと落ちていった。
疲れからか、その夜は久しぶりに夢を見なかった。翌日、ハーマイオニーと二人で朝食へ向かうと、ハリーとロンは不機嫌そうにしていた。どうやら昨夜、シェーマスと言い争ったらしい。シェーマスはハリーの事を信じていないようだった。腹を立てるハリーを見て、ハーマイオニーがため息をついた。
「ええ、ラベンダーもそう思ってるのよ」
「へ?そうなの?」
シャーロットも驚いてハーマイオニーの方を見た。
「僕が嘘つきで目立ちたがり屋の間抜けかどうか、ラベンダーと楽しくおしゃべりしたんだろう?」
ハリーが大声で言ったため、シャーロットは顔をしかめた。
「違うわ。ハリーのことについてはあんたのお節介な大口を閉じろって、私はそう言ってやったわ。ハリー、私たちにカリカリするのは、お願いだから、やめてくれないかしら。だって、もし気づいてないなら言いますけどね、ロンもシャーロットも私もあなたの味方なのよ」
ハーマイオニーがそう言うと、一瞬間が空いた。シャーロットはニッコリ笑った。
「ごめん」
ハリーが小さな声で言った後、四人は揃って朝食へ向かった。
大広間は憂鬱な雨雲が天井を占めていた。シャーロットは少しずつトーストやベーコンを口にしていく。隣ではハリーとアンジェリーナが何事か話しており、ハーマイオニーはフクロウから日刊預言者新聞を受け取って顔を隠すように読んでいた。マクゴナガル先生がテーブルを周り、時間割りを渡している。シャーロットも受け取って時間割りをチェックした。今日は『魔法史』『魔法薬学』『闇の魔術に対する防衛術』がある。ロンが呻いた。
「フレッドとジョージが急いで『ずる休みスナックボックス』を完成してくれりゃなあ」
その時ちょうどフレッドとジョージが現れた。
「よかったら、『鼻血ヌルヌル・ヌガー』を安くしとくぜ」
「どうして安いんだ?」
「なぜならばだ、体が萎びるまで鼻血が止まらない。まだ解毒剤がない」
ジョージがそう言ったため、シャーロットが口を挟んだ。
「フレッド、ジョージ。それなら、私がこの夏休みに作成した薬が鼻血を止める作用があるから、貸しましょうか?何かヒントになるかも……」
その言葉にフレッドとジョージは大喜びした。ハーマイオニーがキッと睨み付けてきたため、シャーロットは慌てて食事に熱中するふりをした。
その日の授業は平和に流れた。『魔法薬学』でいつも通りスネイプ先生がハリーをいびったのは別として。
流れが変わったのは午後からの『闇の魔術に対する防衛術』からだった。アンブリッジの授業は絶望的につまらない。ただ教科書を読むだけの単調な授業なのだ。シャーロットは耳栓とアイマスクを持ってこようかしらと半ば本気で考え始めた。居眠りする方が有意義な時間を過ごせる気がする。
やがて、その授業の目的に疑問を持ち始めたハーマイオニーが手を上げた。
「『闇の魔術に対する防衛術』の真の狙いは、間違いなく、防衛呪文の練習をすることではありませんか?」
ハーマイオニーの質問に、アンブリッジは涼しい顔で何かごちゃごちゃ言っていた。やがて、ハーマイオニーだけでなく、他の生徒たちも疑問をを感じたのか、手を上げて質問を始める。アンブリッジが穏やかに笑いながら
「理論を十分に勉強すれば、試験という慎重に整えられた条件の下で、呪文がかけられないということはありえません。」
などとほざいた。シャーロットは静かに聞いていたが、ハリーはヴォルデモートの復活を信じようとしないアンブリッジに我慢が出来なかったらしい。ハリーが手を上げた瞬間、シャーロットはハリーの上着を掴み制しようとした。しかし、ハリーはそれに構わず声を上げる。
「あいつは死んでいなかった。だけど、ああ、蘇ったんだ!」
シャーロットは呻いた。
「罰則です!ミスター・ポッター!明日の夕方、五時。私の部屋で。」
アンブリッジは何かを羊皮紙に綴ると、ハリーを教室から退出させた。シャーロットはその様子をじっと見ていたが、ハリーはこちらを見ようともせずに、大股で歩いて教室を出ていった。
「ダンブルドアはどうしてこんなことを許したの!?」
ハーマイオニーが談話室で叫んだ。クルックシャンクスが驚いて飛び上がり、肘掛け椅子に座っていたシャーロットの膝に逃げるように乗ってきた。
「あんなひどい女に、どうして教えさせるの?しかもOWLの年に!」
ハリーもハーマイオニーも怒りでカリカリしている。
「もう、やめましょう。ハーマイオニー。私達が何を言ってもムダよ。それよりも宿題をしなくちゃ……」
シャーロットはなだめながら、暖炉近くの椅子に座り直し、教科書を開いた。どの先生も山のように宿題を出しているのだ。少しでも進めなければ終わらない。
ビンズ先生の巨人戦争のレポートを書きながら、フレッドとジョージが何かハーマイオニーに怒られていたが気がつかないふりをした。
ハリー、ロン、ハーマイオニーが眠った後も、シャーロットは宿題を続けた。後になって後悔するのは嫌だし、今年はやるべきことがたくさんあるのだ。時々目を擦りながらも、羽根ペンを動かし続けた。