あの子はこの世界が嫌い   作:春川レイ

107 / 118
アンブリッジの人生最悪の日

 

「さあ、ミス・ダンブルドア。お座りなさい。」

シャーロットはアンブリッジの部屋に足を踏み入れた。悪趣味なカーテンやレースが視界に入る。飾り皿のコレクションにはリボンを結んだ子猫の絵が描いてあった。

「何を飲みたいかしら?紅茶?コーヒー?かぼちゃジュース?」

「……かぼちゃジュースをお願いします」

それを聞いたアンブリッジは大袈裟な身ぶりでグラスにかぼちゃジュースを用意した。

「どうぞ。さあ、お飲みなさい」

アンブリッジはまるでうまそうな蝿を目の前にしたガマガエルのようにニタニタと笑いながら、グラスを差し出した。また、自分用にも紅茶を入れ、ゆっくりと口に含んだ。

シャーロットは目の前のかぼちゃジュースを見つめる。おそらく中には何かが入っているはずだ。最有力なのは真実薬だろう。スネイプ先生が渡したものなら偽物でもある可能性はあるが、飲まないのが賢明だ。

「どうしたの?さあ、お飲みなさい!」

アンブリッジが強引に促す。シャーロットは深呼吸をすると、グラスを口元に持っていき、一口飲むふりをした。唇は固く結んだままだ。アンブリッジはニターっと口を横に広げた。

「さて、ミス・ダンブルドア。あなたとは一度お話をしてみたいと思っていたの。じゃあ、聞かせて?」

アンブリッジは一呼吸おいてから口を開いた。

「ダンブルドア、校長先生は何を考えているの?何を魔法省に隠してるのかしら?」

シャーロットはかぼちゃジュースに真実薬が入っている事を確信した。

「……校長先生はいつでも生徒の事を一番に考えてますよ」

シャーロットの答えにアンブリッジは少し顔を渋くさせた。直後にまたしてもニタニタと笑顔を見せる。

「さあ、もっとお飲みなさい、ダンブルドア。さあ、もっとお話を……」

面倒くさいことになった。シャーロットはアンブリッジをチラリと見てから、かぼちゃジュースに視線を移す。真実薬の解毒剤など持っていない。今、持っているのは……。シャーロットは少し考えてから、そのまま、グラスをテーブルの上に落とした。派手な音をたてて、グラスは粉々に砕けた。

「きゃっ!」

「あ、先生、すみません。ついうっかり」

テーブルの上にかぼちゃジュースが飛び散る。アンブリッジのピンクの服にもオレンジ色の液体がかかった。アンブリッジが口をひきつらせて、怒りを抑えるように言った。

「よろしいのよ、ダンブルドア。だれでもうっかりはありますものね。新しいジュースを準備しましょう。」

アンブリッジが新しいグラスを用意するためシャーロットに背中を向ける。それを見逃さず、シャーロットはポケットから小瓶を取り出し、アンブリッジの紅茶に中の液体をほんの2、3滴落とした。続けてたまたま持ってたヌガーを素早く飲み込む。飲み込んだ瞬間、アンブリッジがクルリとこちらを向き、せかせかとやって来た。

「さあ、ミス・ダンブルドア。新しいジュースよ。召し上が……、きゃーっ!?」

アンブリッジが悲鳴を上げた。突然シャーロットの鼻からドクドクと血が滴り始めたせいだ。シャーロットはハンカチを取り出し、鼻を押さえた。それでも鼻血は止まらず、次から次へと出てくる。ハンカチはすぐに真っ赤に染まった。

「ミ、ミス・ダンブルドア、どう……」

「すみません、先生。私、よく考えたらかぼちゃアレルギーでした。医務室に行きます!」

シャーロットは鼻を押さえながらスーツケースを抱えて飛び出していった。さすがにアンブリッジは引き留めなかった。

「ああ、もう!」

アンブリッジは怒りで鼻息をフンと鳴らした。私としたことが、あの小娘に逃げられた。まあいい。いくらでもチャンスはあるのだ。アンブリッジはニタリと笑い、そばにあった冷めた紅茶を一気に飲み干した。

シャーロットは医務室ではなく寮へと飛び込んだ。

「シャーロット!?どうしたのよ?」

「フレッド、ジョージ!解毒剤!解毒剤!」

ハーマイオニーが声をかけてくるがそれに構わずフレッドとジョージに声をかける。

「うわ、シャーロット!?なんだよ?!」

「いいから、解毒剤!鼻血ヌルヌル・ヌガーの!」

ジョージが慌てて解毒剤を渡してくれて、シャーロットは一気に飲み込んだ。解毒剤を作ってあって良かった。行き当たりばったりの計画だったが、とりあえずあのガマガエルから逃げるのは成功した。

「シャーロット?いったい何があったの?」

ハーマイオニーが不思議そうに聞いてくるが、それに答える気力もなく、シャーロットは黙って顔についた血をぬぐった。

その後は細心の注意を払いながらもう一度厨房へ行き、食べ物を貰ってきた。真夜中過ぎ、ちょっとした事件が起こった。

「シリウス!」

暖炉の炎の中にシリウスの顔が現れて、シャーロットは呆れた。ハリーは結局シリウスに手紙を書いたらしい。シリウスはアンブリッジのこと、魔法省の企みを話してくれた。

「魔法省内部からの情報によればファッジは君たちに戦う訓練をさせたくないらしい……」

その言葉に四人は呆然となった。また、シリウスもハグリッドの事を何も聞いていないらしく、ハリーは不安そうな表情をした。

 

 

 

 

 

翌朝、日刊預言者新聞にはアンブリッジの顔がデカデカと載っていた。

『魔法省、教育改革に乗り出す ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命』

とんでもない記事に、学校中がざわざわしていた。アンブリッジは今日から授業を査察するらしい。

「最悪だわ……」

シャーロットは顔をしかめながらも、昨日アンブリッジに仕掛けた罠を思い出してこっそりニヤリとした。上手くいけば、絶好のタイミングで……。

「さ、行きましょう。早く行かなくちゃ。」

ハーマイオニーがさっと立ち上がったため、シャーロットも慌てて食事を終わらせた。

その日の授業にはアンブリッジは査察に来なかった。ハリーとロンによるとトレローニーの授業にアンブリッジが姿を現したらしい。シャーロットは詳しいことを『闇の魔術に対する防衛術』の教室で聞こうとしたが、その前にアンブリッジが「静粛に」と声をかけた。

「杖をしまってね。前回の授業で第一章は終わりましたから。今日は……」

アンブリッジが言葉を続けていると、またしてもハーマイオニーが手を上げた。

「この本は全部読んでしまいました」

アンブリッジがハーマイオニーの言葉を聞いて質問をする。ハーマイオニーが正確に答えて、アンブリッジの眉がつり上がった。シャーロットはニヤリとした。ハーマイオニーは堂々とアンブリッジに意見を発した。

「スリンクハード先生は呪いそのものが嫌いなのではありませんか……」

ハーマイオニーの反論に、アンブリッジは不機嫌を隠さずハーマイオニーからグリフィンドールを五点減点し、ハリーが怒った。

「理由は?」

「埒もないことで私の授業を中断し、乱したからです……」

そのままクィレルの事を持ち出して、過去の教師の事を批判したため、ハリーが大声で

「ああ、クィレル先生は素晴らしい先生でしたとも。ただ、ちょっとだけ欠点があって、ヴォルデモート卿が後頭部から飛び出していたけど」

と言ってしまった。その途端、恐ろしい沈黙が訪れた。そして、アンブリッジが口を開いた。

「あなたには、もう一週間―――」

おそらくハリーに罰則を科そうとしたのだろう。しかし、アンブリッジは言葉の途中で止まった。そのまま息をつまらせたように顔が膨らむ。シャーロットはこっそりニヤリと笑った。なかなかいいタイミングだ。教室の生徒達は突然言葉を切ったアンブリッジを不思議そうに見つめていた。やがて、アンブリッジが口を開く。その口からは、

「ゲロ、ゲロゲロゲロゲロ、クワッ、クワッ」

と、まるでカエルのような鳴き声が出てきた。生徒たちがざわめく。アンブリッジが慌てて何かを言おうとするが、声ではなく、

「ゲロゲロ、ゲーロ」

ひたすらにカエルの声が漏れた。アンブリッジはオロオロしたあと、口元を手で押さえ、声が漏れないようにしながら教室から飛び出してしまった。生徒たちはそんな姿を見て、大爆笑した。おそらく、廊下を走っているアンブリッジにも聞こえているだろう。

「なにあれ?」

「嘘だろう、だれがあんな事?」

「本当にガマガエルみたいだったな!」

ハリーも先程のアンブリッジの発言を忘れて、大きな声で笑った。ハーマイオニーだけは疑わしそうにシャーロットの方を見てきた。

「シャーロット、あなたじゃないわよね?」

「え?まさか。私、アンブリッジに近づいていないでしょう?杖もこの教室では一度も取り出していないわ」

シャーロットはドキリとしたが、平然と答えた。ハーマイオニーは納得したのか、少しだけ笑った。

「傑作だったわ」

シャーロットもハーマイオニーと一緒に笑った。

昨夜、アンブリッジの部屋で、紅茶に仕込んだのはハリーの手にも使った痛み止めの薬だ。一年ほど前に作成したシャーロット特性のただの痛み止めだが、口に入れると自分の声がカエルになってしまうのは本当に誤算だった。しかし、物は使いようだ。遅効性だが、素晴らしいタイミングで効果が出てきた。シャーロットはみんなと笑い合った。

その後の授業はもちろん中止となった。

 

 

 

 

 

アンブリッジは訳が分からなかった。医務室に駆け込むと、マダム・ポンフリーは見たこともない症状に首をひねった。とりあえずは医務室に入院となったが、屈辱で体が震えた。アンブリッジが教室を出ていくときの生徒の笑い声ときたら!本当に今日は人生最悪の日だ。誰がアンブリッジにこんな屈辱を味わわせたのだろう。誰がやったにしろ、こんなことをした人物は絶対に許せない。必ずその尻尾を掴んでやる。アンブリッジは怒りと憎しみに心が染まるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 







明日からしばらくちょっと更新ができません。気長にお待ち下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。