アンブリッジの授業中の事件はすぐに学校中に広まり、噂が飛び交うようになった。ほとんどの生徒はこっそりクスクス笑っている。アンブリッジは二日ほどで普通の声が出るようになり、医務室から出てきた。その後は広まる噂にピリピリしながら、授業の査察を行っている。
真夜中、ハーマイオニーがためらいがちに口を開いた。
「あのね。ねえ、私、今日考えていたんだけど……」
少し不安げに三人を見てから、思いきったように言葉を続けた。
「そろそろ潮時じゃないかしら。むしろ――むしろ自分達でやるのよ」
「自分達で何をするんだい?」
ハリーが貯まっている宿題に目をやりながら怪訝そうに聞いた。
「あのね、『闇の魔術に対する防衛術』を自習するの」
「いい加減にしろよ。この上まだ勉強させるのか?」
ロンが呻くように反論してきた。
「でも、これは宿題よりずっと大切よ!」
そう言うハーマイオニーは去年SPEWを発足しようとした時と同じ目をしていた。ハーマイオニーの提案は、自分達で『闇の魔術に対する防衛術』の授業をする、という物だった。ようするにクラブ、というか学生組織らしい。
「私たちに必要なのは先生よ。ちゃんとした先生」
その言葉に思い出したのは今まで一番まともで優秀な先生、ルーピンだ。
「ルーピンは騎士団のことで急がしすぎるわ。どっちみち、ホグズミードにいく週末ぐらいしかルーピンに会えないし……」
「じゃ、誰なんだ?」
ハリーの質問に、ハーマイオニーはため息をついた。
「分からない?私、あなた達の事を言ってるのよ。ハリー、シャーロット」
「ん?」
シャーロットは自分の名前が呼ばれたため、ビックリしてハーマイオニーを見つめた。一瞬、沈黙が流れた。ハリーが口を開く。
「僕の何のことを?」
「あなたとシャーロットが『闇の魔術に対する防衛術』を教えるって言ってるの」
ハリーとシャーロットはお互いに無言で見つめ合った。ハーマイオニーが言葉を続ける。
「シャーロット、あなたは言うまでもなく成績は学年トップだわ。それにハリー、あなたも『闇の魔術に対する防衛術』ではトップクラスよ。それに、あなたがこれまでやって来た事を考えて!」
「あは、確かに!」
シャーロットは笑った。
「一年生は『賢者の石』を救ったわね。二年生はバジリスクをやっつけた。リドルの馬鹿を滅ぼしたしね。三年生は……」
「あれは運が良かったんだ!」
ハリーがシャーロットの言葉を遮って大声で言った。ハーマイオニーが口を挟む。
「そう。そして、いつも助けてくれたのはシャーロットよ。あなたもハリーも守護霊の呪文は完璧。だから……」
「こっちの言うことを聞けよ!」
ハリーがまた大声で言って、ハーマイオニーが黙った。
「君たちは分かっちゃいない!君たちはあいつと正面切って対決したことなんかないじゃないか――。まるで授業なんかでやるみたいに、ごっそり呪文を覚えて、あいつに向かって投げつければいいなんて考えているんだろう?」
ハリーはハーマイオニーの提案が軽率だと言わんばかりに大声を出した。シャーロットは黙って見つめていた。ハリーが全てを話し終わったあと、シャーロットは慎重に口を開いた。
「ハリー、だからこそよ。私たちは戦う準備をしなくてはならない」
「分からないの?私たちは知る必要があるの。あの人と直面するってことがどういうことなのか。……ヴォ、ヴォルデモートと」
ハーマイオニーがヴォルデモートの名前を口にしたのは初めてだった。ハリーは少し落ち着いたのか、ゆっくり椅子に座った。
「ねえ、考えてみてね?いい?」
ハーマイオニーはハリーにそう言って、寝室へ入っていく。シャーロットも後に続いた。
「ハーマイオニー、本気?」
「……シャーロットは賛成してくれるんじゃないの?」
「手放しで大賛成とは言えないな。バレたときのリスクがね。アンブリッジは絶対、絶対怒り狂うよ」
ハーマイオニーがシュンとしたため、シャーロットは慌てて言葉を続けた。
「慎重に考えましょう。ね?」
それから二人はベッドにもぐりこんだ。
それからの二週間はまたしてもゴタゴタしながら時が流れた。『魔法生物飼育学』ではマルフォイがハグリッドをけなしたため、アンブリッジの前でハリーがマルフォイに突っ掛かり、またしても一週間罰則となった。ロンは怒鳴られながらもクィディッチの練習に精を出していた。
「どうかしら?『闇の魔術に対する防衛術』のこと、考えてくれた?」
ハーマイオニーは突然切り出した。ハリーは居心地悪そうにモゾモゾしながらチラリとシャーロットを見てきた。シャーロットは苦笑しながら切り出した。
「とりあえずクラブみたいな感じで一度開いてみる?誰か参加したいなら……」
「私、習いたい人には誰にでも教えるべきだと、ほんとにそう思うの」
ハーマイオニーがそう言って、週末のホグズミードで会合を行うことになった。
ホグズミード行きの日は明るい天気で少し風も強かった。ハーマイオニーの案内で『ホッグズ・ヘッド』に行くことになった。大通りを歩いて横道に入る。やがて、ボロボロの木の看板とちょん切られたイノシシの絵が見えてきた。
パブに入ると、今まで嗅いだことのない変な臭いがした。小さくみすぼらしい、暗いパブだ。顔を隠した客たちが何人か座っていた。
カウンターに座ると、バーテンが裏から出て来て近づいてきた。
「注文は?」
「バタービール四本」
ハーマイオニーがそう言うと、バーテンがカウンターから瓶を取り出す。ぼんやりとしていたシャーロットはバーテンの瞳を見て、ハッとした。
その瞳はシャーロットのよく知る人物と同じだった。バーテンもシャーロットの視線に気付き、一瞬だけ視線が絡み合う。シャーロットはすぐに目をそらした。不思議な感覚だった。ホグズミードに住んで10年近く経つのに、彼と会うのは初めてだったし、存在自体を忘れていた。
「シャーロット、どうしたの?」
「何でもない。それよりも誰がくるの?」
ハーマイオニーが不思議そうに見てきたため、慌ててバタービールを口に含みながら尋ねた。
「ほんの数人よ」
ハーマイオニーが時計を確かめながらそう言った。
やがて、パブに次々と学生達が現れた。ネビル、ディーン、ラベンダー、パーバティ、他の寮からはパドマ、ルーナ、アーニー、ハンナなどなど。シャーロットの知らない顔もいたし、セドリックとチョウのカップルが入ってきた時、ハリーは顔が強張っていた。
「数人?数人だって?」
ハリーがかすれた声で囁いて、シャーロットは吹き出した。全員にバタービールが行き渡る。ハーマイオニーがまず口を開いた。
「えー。それでは、こんにちは。さて、えーと、じゃあ、ここにいるみなさん、なぜここに集まったか、分かっているでしょう。えーと、じゃあ、ここにいるハリーの考えでは、つまり、私の考えでは、いい考えだと思うんだけど『闇の魔術に対する防衛術』を学びたい人が、つまり、アンブリッジが教えているようなクズじゃなくて、本物を勉強したいという意味だけど。なぜなら、あの授業は誰が見ても『闇の魔術に対する防衛術』とは言えません。それで、いい考えだと思うのですが、私は、ええと、この件は自分達で自主的にやってはどうかと考えました」
ハーマイオニーは一息ついた。
「つまり、それは適切な自己防衛を学ぶということであり、単なる理論ではなく、本物の呪文を――。なぜなら、なぜなら、ヴォルデモート卿が戻ってきたからです」
その言葉にみんなの反応は様々だった。悲鳴を上げたり、怯えたり、目をらんらんとさせてハリーを見たり。
「『例のあの人』が戻ってきたっていう証拠はどこにあるんだ?」
ハッフルパフのスミスが突っ掛かってきたが、ハリーは毅然とした態度でそれに反論し、スミスは黙りこんだ。
「みんなが防衛術を習いたいのなら、やり方を決める必要があるわ。……」
ハーマイオニーが切り出す。その時、ハッフルパフのボーンズが口を挟んだ。
「ほんとなの?守護霊を創り出せるって、ほんと?」
それを皮切りに、その場の全員がハリーのこれまでにしたことを知って驚いて、その後は顔が輝いた。
「バジリスクを剣で殺した!」
「『言者の石』を救ったよ――」
「『賢者の』!」
「それにまだあるわ。先学期、三校対抗試合でハリーがどんなにいろんな課題をやり遂げたか――」
チョウがそう言った時、ハリーはどんな顔をしていいか分からないというような不思議な表情をした。
「それに、いつも助けてくれたのはシャーロットよ。彼女は知識が豊富で技術も一番だわ。」
ハーマイオニーが付け加えるように言ってくれて、シャーロットは少し顔が赤くなった。みんながざわざわと話し始めて、賑やかになってきた。ハーマイオニーが切り出す。
「ハリーとシャーロットから習いたいという事で、みんな賛成したのね?」
みんなが同意を示した。その後は時間や場所のことを話し合ったが、結局決まらず、後からじっくり考えることになった。
「私、考えたんだけど、ここに全員、名前を書いてほしいの」
ハーマイオニーがためらいがちに羊皮紙と羽根ペンを取り出した。
「私たちのしていることを言いふらさないと、全員が約束するべきだわ」
何人かは書くのをためらっていたが、結局ハーマイオニーの説得で全員が名前を記した。チョウの友達らしい女生徒が書くときにチョウを恨めしそうに見たのをシャーロットは見逃さなかった。その後ようやく会合はお開きとなり、みんなはパブから出ていった。ハリー、ロン、ハーマイオニーはバタービールを飲みながら歩き続け、あれこれと話し合っていた。シャーロットはゆっくり歩きながら一人物思いにふけった。シャーロットの知っている通りの流れになった。ここからどう動くべきなのだろう。おそらく、あのチョウの友達が密告するはずだ。それを止めることはできるだろうか。いや、止めても止めなくても、この秘密は危うすぎる。ハリーのフォローをしなくてはならない。しかし――――
「シャーロット、そろそろ学校に戻りましょう。」
気がつけば、三人はシャーロットよりもずっと先を歩いていた。ハーマイオニーがシャーロットに呼び掛ける。シャーロットは慌てて三人の後を追いかけていった。
残りの週末をシャーロットは勉強のみで過ごした。最近は疲れのせいかぐっすり眠るため、悪夢を見なくなっている。疲れは蓄積していたが、シャーロットの気分は少しずつ上昇していた。
朝、シャーロットは談話室の掲示板を見て、顔をしかめた。
『告示 ホグワーツ高等尋問官令 学生による組織、団体、チーム、グループ、クラブなどは、ここにすべて解散される……』
ようするに、アンブリッジの許可のない団体は認められず、承認のない団体に属する生徒は退学処分となるらしい。
「偶然なんかじゃない」
「ええ、そうね」
ハリーが拳を握りしめながら言って、シャーロットも同意した。ハリーやロンは会合に来ていた生徒の密告を疑ったようだが、ハーマイオニーはそれを否定した。
「私がみんなの署名した羊皮紙に呪いをかけたの」
シャーロットはそれを聞いて苦笑いした。ハーマイオニーは本当に優秀だ。
それからは細々とした事件が起こった。ハリー宛にシリウスの手紙を運んでいたヘドウィグが怪我したり、クィディッチチームの再編成がアンブリッジのせいでうまくいかなくてハリーもロンもアンジェリーナもイライラしていた。また、シャーロットも授業の査察にくるアンブリッジの顔が目に入る度に腹が立ってムカムカしていた。
「ねえ、会合は結局どこでするの?」
ハリーが宿題をしながらこっそりと話を振ってきた。
「あのね、私、考えたんだけど、私のトランクはどうかしら?」
「君のトランク?」
「シャーロットからもらったの。シャーロットのスーツケースみたいに、入ったら広い部屋があるのよ。」
「ハーマイオニー、君、そんなにいいものもらったの!?」
「シッ!ロン、声を小さくして!」
ロンが大きな声で叫んだため、シャーロットが慌てて注意した。談話室には四人の他に、まだ数人の生徒がくつろいでいた。
「ね、シャーロット。どうかしら?ピッタリじゃない?」
「……うーん。見張りがつくのならいいかなぁ。」
「見張り?」
「考えてみて。一度トランクに入ったら、外の様子が分からないのよ。会合が終わって、トランクから外に出たらアンブリッジとご対面なんて最悪じゃない。」
「あー、そうね……。どうしようかしら……教室を借りるわけにもいかないし、ホグズミードはまた話を聞かれる危険もあるし……」
シャーロットはニッコリ笑って口を開いた。
「あらまあ、三人とも。ピッタリの部屋があるのをお忘れ?」
「?」
三人が不思議そうに顔を見合わせた。
「フワーァ!ここはいったいなんだい?」
ディーンが感服して辺りを見渡した。
ここは『必要の部屋』だ。広々とした部屋に、揺らめく松明。壁際には本棚が並び、大きなクッションまで床に置かれている。更には一番奥の棚には不思議な道具も揃えられていた。
「えーと、ここが練習用に僕たちが見つけた場所です」
ハリーが固い声でそう言った。集まった生徒たちは顔を輝かせながら部屋を眺め回している。
「えーと、僕、最初に僕たちがやらなければならないのは何かを、ずっと考えていたんだけど――」
ハリーが話し始めたとき、ハーマイオニーが手を上げた。
「リーダーを選出すべきだと思います」
ハーマイオニーの言葉に、ハリーがすかさず口を開いた。
「リーダーはシャーロットだ。」
「うん?」
本棚の本のタイトルに視線を走らせていたシャーロットは自分の名前が出て来たので、ビックリしてハリーに視線を移した。
「え?私?ここは普通にハリーじゃない?」
「僕よりは君の方が技術も知識も上だ!」
「あなたの方が実績があるわ!」
「君はリーダーに向いている!」
「あなたは行動的で実行力もあるじゃない!」
「君の方が魅力的だ!」
「えっ。えっと、ありがと」
シャーロットはハリーの言葉に思わず顔を紅潮させ、ハリーも自分が何を言ったのか今さらになって実感し、照れ臭そうにうつむいた。
「ちゃんと投票しましょう」
ハーマイオニーが提案し、厳正なる投票の結果、ハリーがリーダーになった。ハリーは不服そうだったが、シャーロットはホッとした。
「それと、名前をつけるべきだと思います」
その言葉に、『反アンブリッジ連盟』やら『魔法省はみんな間抜け』やら様々な名前をみんなが提案したが、ジニーの意見から『ダンブルドア軍団』と名付けられた。
「いい名前ね。ピッタリよ」
シャーロットも喜んで賛成し、他の生徒たちもいいぞ!と笑い声があがった。
「それじゃ、練習しようか?」
ハリーがそう言った時、シャーロットが口を挟んだ。
「待って。提案があるんだけど。」
「シャーロット?提案ってなんだい?」
シャーロットはみんなの顔を見回して、ニッコリ笑いながら話し始めた。
「練習をするのはいいんだけど、それだけじゃつまらないでしょう?もっと楽しみがあるべきだとおもわない?」
「シャーロット?楽しみってなんだい?」
「私がご褒美を用意したわ」
「ご褒美?」
みんなが顔を見合せてザワザワとする中で、シャーロットはゆっくりとポケットからある物を取り出した。
それは小さな瓶だった。金色の液体が入っており、表面からはしぶきが跳ねている。
「おいおい……。嘘だろう……」
その液体の正体を知ってるらしいセドリックが呻くのが聞こえた。
「これがご褒美よ。フェリックス・フェリシス!」
シャーロットが小瓶を手に持ち、高く掲げると、名前を知っているらしいハーマイオニーが呆然としながら口を開いた。
「……シャーロット、それ、いったいどこで……?」
「ヒミツ」
シャーロットがハーマイオニーに向かってニヤリと笑った。ほとんどの生徒はフェリックス・フェリシスが何かを知らず、戸惑ったようにしていた。
「シャーロット、それなに?」
ハリーがみんなの気持ちを代弁するように尋ねてきたので、シャーロットは説明した。
「幸運の薬!飲むとやることなすこと全てがうまくいくわ。これを一口飲むと6時間ほどラッキーな事が続くはずよ。もちろん、試験や試合で使うことは禁じられているけど……。」
シャーロットが説明すると、みんなの顔が輝きだした。
「学年度末、この中で最も優秀で素晴らしい生徒を決めるのはどうかしら?その人にこれをプレゼントするわ!」
生徒たちは再びザワザワし始めた。シャーロットはそんな生徒たちを見て、ニッコリ笑った。
「それじゃあ、始めましょうか」